一度だけの人生に
ひろ



 何にもならない

結局、僕らは幸せ過ぎるから、
毎日、変なことで鬱々したり、
小さなことでカッとなったりしてしまうのだろうか。

ゼミ室を出てすぐの窓際、
椅子に腰をかけて、煙草を吸いながら
三年間、ちっとも変わらない同じ景色を見る。
僕もちっとも変わっていない。
相変わらず、良く分からない不安を抱いて、
その不安が何なのか、必死に探して、考えてみて、
それらしきものに気がつくと、
かえって、自分にガッカリしたような、
つまらない、味気ない思いになったりしている。

一言を持って言い表せば。
と考えると、つまりは
「張り合いが無い」と言うことなのかもしれません。
「張り合い」なんて言葉を使うと、
世の「大人」の恰好の標的となるのでしょうけど、
実感なんですから、ごまかしたくても、仕様が無い。
でも、大事でしょう?張り合い。

世の中、ままならないことが多いってことを
今こそ、声高に叫んだほうが良いんじゃないですかね。
「あなたは何にでもなれるんですよ。
けれども、何にもならなくても、別に良いんですよ。」
(↑BY北野武)
って生まれてきた子供達に言ってあげましょうよ。

やっぱり、俺って甘いのかねぇ。


「甘さを軽蔑する事くらい容易な業は無い。
そうして人は、案外、甘さの中に生きている。
他人の甘さを嘲笑しながら、自分の甘さを美徳のように考えたがる。」

太宰治



幸せすぎるのかな・・・。

2003年10月05日(日)
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