一度だけの人生に
ひろ



 

僕には、もともと物欲があまりない。
それはこの日記でも何度か書いてきたと思う。

服、靴、音楽CD、DVD、AV機器、テレビ、車。
特に欲しいとは思わないし、思ったとしても、
凄く弱いもので、手に入らなくたって
それほど残念でもない。
「あれば良いな」くらいの欲求でしかないのだ。

だから、逆に周りの友人たちが、
どうしてそんなにあれやこれやと
物を欲しがるのか不思議な気がする。

学校にほとんど来ないで、
買い物のためにバイト、バイトの毎日で、
次から次へと物を購入する人たちを見ていると、
「自分の幸福の観念と、人のそれが
全く食い違っているのじゃないかと言う不安」
とまで言ったら大げさになるのかもしれないけれど、
そんな風な感じすら受けるのだ。

物欲があまりないのだから、
文字通り「食べていける」だけ
稼げば良いと言うのが率直な、
僕の実感的考えだったのだが、
どうも、そう言う風に単純にもいかない。
凡そ、この世の中で、特に日本で、
「食べていける」だけしか稼がない奴、
あるいは稼げない奴は敗者、負け犬の評価を
受けるようである。
そのために皆、望むと望まざるとに
関わらずに、必死に物を求めていく。
なんとも不思議だと思う。
どこか、実感から離れた、
空転した資本主義の幻想と言うか、
とても妙な、馬鹿馬鹿しい間の抜けた感じ。


「日本人が皆こんなあやつり人形みたいな
へんてこな歩き方をするようになったのは、
いつ頃からのことかしら。ずっと前からだわ。
たぶん、ずっとずっと前からだわ。」

「ねえ。アナーキーってどんな事なの?
あたしは、それは、大昔の桃源郷みたいなものを
作ってみることじゃないかと思うの。
気のあった友達ばかりで田畑を耕して、
桃や梨や林檎の木を植えて、ラジオも聞かず、
新聞も読まず、手紙も来ないし、選挙もないし、
演説もないし、みんなが自分の過去の罪を自覚して、
気が弱くて、それこそ、己を愛するが如く、隣人を愛して、
そうして疲れたら眠って、そんな部落を作れないものかしら。」

太宰治『冬の花火』


ああ、いいなぁ
そんな部落を作れないものかしら。

2003年10月01日(水)
初日 最新 目次 MAIL