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■ ネット日記
この日記について。
僕の日記は、 「日記」じゃありませんね。 あまり日常的なことは書いていないし、 時間的にもいつ起こったことなのか正確では ありません。
思うにネット日記って言うのは やはり人の目に触れるってことが前提で、 また、それが書いているほうにとっては重要な 要素でもあって、だからこそ、この飽きっぽい僕が 二年も日記が続けることができたと思います。 でも二年も日記を続けると、特にそう思うのですが、 ネット日記って言うのは 基本的に小説、あるいは物語的な部分が どうしても出てきてしまうのではないかと・・・。
人の目を意識して書いている部分が 必ず、僕だけではなくてみんなにあって、 それが意識的にせよ無意識的にせよ、 文章と内容に影響してくるのじゃないかと思うのです。 もちろん、創作として書いている人は いないと思いますが、人の目に触れない、 つまり従来の、就寝前に手帳に書いて、 誰にも見られ無いように隠しておく、あの「日記」とは ぜんぜん性質が違うものになるのじゃないかと・・・。 人に見せると言うことは、やはりそこにメッセージ性というか 何かしらの意図を伝達しようと言う意思があるものです。
「こういう風に書くことによって、 こういう風に読んでもらいたい」と言った意図が どうしても出てくるもので、それは 自分ひとりが読者である「日記」には全くないものです。
いや、もしかしたら人に自分の事や、 自分の見た世界を伝えると言うことは すべてそういう性質を持っていると言うことかもしれません。
だから、ネット日記だけを見て、 その人物の姿(人物像)を想像しても それを現実のその人物と全く同一視することは とても危険です。 その人物が悪意で自分を偽って書いている 場合はもちろん、全くの善意で書いていても。
しかし、逆に言うと、ネット日記に書いてある 人物が、あるいはネットで交流するその人物が、 〔ネットでは〕まさにその人であり、 現実では全く違った人であったとしても 〔ネットでは〕全く何の問題にはならないと言うのも 真実です。
ああ、なんだか凄く当たり前のことを 書いているような気がしてきた・・・。 現実生活でも、結局、人間関係では 同じことが言えるような・・・。
「人間は偽装と虚偽と偽善にほかならない。 自分自身においても、また他人に対しても。」
パスカル『パンセ』
まぁ何と言うか、 読む側の視点を考慮に入れて 文章を書いてしまうことがたびたびあるもので、 どうしても真実とか現実と言うものとの 「ズレ」を感じてしまうと言うことを言いたかったのです。
2003年04月02日(水)
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