一度だけの人生に
ひろ



 知らぬ

僕の祖母は、僕の顔を知らない。
僕だけでは無い。孫全員の顔、
父の顔、姉の婿の顔、全部知らない。

麻酔の医療ミスで
48歳の時、全身麻痺となり
視力も失い、寝たきりになったのだ。

祖母は今年で77歳。
食事、排泄、寝返り、起きあがることすら
自分ではできない。そんな生活を
三十年近くもしてきたのだ。

僕が小学生の頃に、
祖母は、僕の家で一緒に住むようになった。
まだガキだった僕は、正直この祖母が
あまり好きではなかった。
煩わしかったのである。
起こしてあげるのは、専ら僕の役目だったが、
起こしても、しばらくすると
すぐ横になって、また起きるときに
「ひろちゃん。ひろちゃん」と呼ぶので、
面倒でイヤだった。それ以外でも
何か用事のあるときは
「ひろちゃん!ひろちゃん!」とうるさかった。

一緒にいる時は何かと煩わしく感じていたの
だけれど、離れて住むようになって、
僕の大学合格や、弟の高校合格、
姉の結婚などで涙を流して喜ぶ祖母を
見ているうちに、たまらなく申し訳なく、
愛おしく思うようになった。

何もできないのだ。
それこそ「生きている意味」に
直面して三十年間生きてきたのだ。
それなのに、顔も知らない孫の心配をして、
家族の心配ばかりをして、笑ったり、喜んだり
泣いたりしているのだ。

祖母は僕がこっちに戻る時、
いつも必ず、「また来てね」となぜか言う。
実家なのだから
また来るのは当たり前なのに・・・。

毎年、3度は必ず帰る。


2002年11月17日(日)
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