 |
 |
■■■
■■
■ walk out on somebody
俺には嫌いな人がたくさんいる。 と言ってもそれほど友達が多い訳じゃないから、 人数的にはそんなに多くはないけどね・・・。 知り合いの中の三割かそれ以上の人は嫌い。
被害妄想的な考え方の 人間なのだから、当然と言えば当然なのだけれど。
でも「嫌い」って言っても、 直接相手に態度で示すことは全くない。 そりゃ 「嫌ってるってわかってもいい」ってくらいの 感じになることはあるけどね。
人の好き嫌いは 激しいのだけれど、 それでも優柔不断なのか、 あるいは恐怖感からなのか、 あるいは「優しさ」と言うものからなのか、 またはそれら全てなのか、分からないけれども 自分はなかなか人を「諦めようとしない」
この人は絶対自分とは合わないと 思っても、どにかしてその人の良い部分を 見ようと、と言うよりも探そうとする。 けっこう前にこの日記書いた 「無邪気な子」についてもそうだ。
友達が言うには そう言う生き方、人間関係を 「関係を続けなければならない理由がない人」にも 適用して、続けていくのは とても大変で、いつか破綻するらしい。
それは本当だと思う。
でも俺は人を どうしても諦めきれない・・・ ちょっと良いところを見つけると 「お、いいとこあるじゃん」ってなって、 少し嬉しくなって、仲良くなろうとするんだけど、 それでまたいつものその人の イヤな気質を見ると「やっぱこういう人なんだ」 ってなって「大ッ嫌い」になる。
だから俺の人への評価は 一部の人以外 (いや、程度の差はあれその人たちに対しても) ちょっとしたことで揺れ動いて混乱している。
あの人には「こういう良いところがある」 でもあの人は「こういうイヤな人だ」 どれが本当のあの人なんだろう・・・?
こんな長く書いて、 結局何の話なんだというと、 実は「無邪気な子」の話の続きなのだ。 前回の話ですっかりその子のことに 見切りを付けたようなことを書いたけれども、 それからの日々の付き合いで、 やはり再び、俺の彼女への評価は混乱してしまっている。
彼女がああなのは ちゃんとした理由があるからなんだってことが おぼろげながら、分かってきて・・・ と言うのも彼女自身あっけらかんとしていて 俺なら絶対俺みたいなやつには話さないような話、その「理由」めいたことを時々話すからだ。 (彼女があっけらかんとしているのは 俺の見た印象ではワザとそう言う風に装っているのだと思う)
さっぱりわからなくなった。
その理由を含めて全体を考えると 彼女は(俺から見たら)不幸なのだ。
彼女はああしなければ、 自分を支えられないのだと思う。 いや、彼女を支えているのは単に「無邪気」な 風な生き方それ自体ではないけれど・・・。
言い方を変えると、 彼女はある「支え」のゆえに (もちろんそれが全てではない) そう言う生き方をせざるを得ないのだと思う。
彼女は追いつめられて ある選択をした。その選択をした以上は その道を、なにがどうあろうと、 開き直ってでも、進まなければならない。 そうしなければまた振り出しなのだから・・・。 彼女は振り出しに戻ることを怖れている。
「イヤな彼女」 「そうせざるを得ない彼女」
揺れる
2002年05月28日(火)
|
|
 |