一度だけの人生に
ひろ



 another person’s affairs 

思い起こすこと

中学校三年の時に
うちで飼っていた犬がいなくなった。
柴犬で、子犬の時はとっても小さくて
痩せてたから「プチ」って名前になった。

プチは俺が生まれたときに
うちにやってきて、俺と同い歳だった。
うちの家族は犬好きで常に何らかの犬を飼って
いたが、引っ越し、出産等々
手放さなければいけなくなることが多く、
結局ずっと家族と一緒だったのは
プチだけだった。
特に俺には生まれたときから
ずっとそばにいる家族の一人だった

プチは14歳の時に脳内出血を
起こして左半身麻痺のような状態になった。
家族の誰もがもう死んでしまうだろうと
思っていたが、その後多少元気になって
ヨタヨタと歩きまわり、家族に愛想をふっていた。

そして十五歳になった年の
ある朝。いなくなった。
それまでにも度々いなくなることはあった。
たいてい散歩から帰ってきたときにチェーンを
しっかりつないでいなかったことが原因で、
そう言うときはチェーンをジャラジャラ
引きずりながら一人でいつもの散歩コースを
まわって必ず自分から帰ってきた。

しかしその時はチェーンと首輪は残っていた。
そして帰ってこなかった。

犬の首輪なんてそうそう簡単に
はずれる物じゃない。

家族のみんなは、
プチは自分がもうすぐ死ぬのが
分かって、自分の死んだ姿を家族が見て
悲しむことがないように自分から姿を消したのだ。
どこかへ一人で死にに行ったのだ。
と言って、泣いていた。

しかし唯一人、家族の中で
泣いたり、嘆いたりしない奴がいた。
家族は「お前はなんて冷たい奴だ」と
そいつを非難し、軽蔑した。

それは俺だった。


その時に
俺は自分がそう言う風になって
いることに初めて気が付いた。
何か悲しいこと、ショックなことがあると、途端に
そのことに全く
リアリティを感じなくなってしまう。

「これは悲しいことだ」「悲しむべきことだ」
と言うことはわかっている。
だから「どうして悲しまないんだ」って
自分に対していらだちすら感じる。
「どうもピンとこない」そう言う感じ。

そのことが自分でもおかしいと思っていたから
その後、プチのいなくなった犬小屋や
プチの首輪やチェーンを眺めてなんとか
「泣こう」とした。悲しもうとした。

しかし、無理矢理泣こうとするのも変だし
自分で自分に白々しい感じがする
からすぐにやめた。


それ以来
ずっとそんな感じだ。

むしろ悲しいこと・ショックなことが
起こりそうな時の不安の方が大きい。

いざ起こってみると
自分には全く関係のないことのように感じられる。
「しらじらしい感じ」と言っても良いかもしれない


2002年05月14日(火)
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