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2006年07月30日(日) 階級を上げる苦しさ

◎対戦相手は二階級下の元チャンピオン

いよいよ話題のKK選手(1986/11/17生まれ、身長166cm)が世界に挑む。といっても世界王者決定戦だ。階級はライトフライ級(かつてのJフライ級)なので、KK選手がいつも戦っているフライ級より軽い。KK選手は減量についてはまったく問題ないという報道なので、体力的には優位にあると思える。
相手のファン・ランダエタ選手は、1978年10月7日、ベネズエラ・マトゥリン生まれ。1999年12月に1回KO勝ちでプロデビュー。04年1月、チャナ・ポーパオイン(タイ)とのWBA世界ミニマム級暫定王座決定戦を制し、王座獲得。同年10月に正規王者・新井田豊(横浜光)との王座統一戦に挑んだか12回判定負け。2006年5月にライトフライ級に転向して現在WBA1位にランクされている。身長165センチの左ボクサーファイター。戦績は20勝(16KO)3敗1分け。
さて、ここで軽量級の階級について整理しておこう。こんどの決定戦はライトフライ級で戦われる、つまり、47.61〜48.97kg(105〜108ポンド)だ。ランダエタ選手が王者を獲得したミニマム級は、かつてはストロー級と呼ばれていたもので体重は47.61kg以下(105ポンド以下)。一方、KK選手がいつも戦っているフライ級は、48.97〜50.80kg(108〜112ポンド)と重くなる。
経歴でわかるように、ランダエタ選手は46.61Kgの元チャンピオン。2年前に防衛に失敗して以来48.97Kgまで上げた選手。一方のKK選手はフライ級(50.80kg)から減量して48.97kgで戦うわけで、二人は2階級の開きがあると考えていい。年齢はランダエタ選手が27歳、KK選手が19歳。このマッチメークからみると、KK選手にとってチャンスがある試合だと考えられる。

◎具志堅用高氏の思い出

筆者は、国際式ボクシングが立ち技格闘技の中でもっとも美しい競技の1つであると信じて疑わない。なかでも具志堅用高氏(世界ジュニアフライ級王者)は日本が輩出した世界王者のなかで、最高の王者の一人であると確信している。
具志堅氏には思い入れがある。日本で行われた彼の防衛戦を続けて数試合、筆者はリング下で観戦した。筆者は運動部の記者ではないが、友人のヘルプで東京で開催されたボクシングの世界戦を取材した。勝ったほうのインタビューに友人が行き、負けた者のインタビューに筆者が行くことになっていたのだ。取材では具志堅選手はいつも勝っていたので、筆者は敗者の外国人挑戦者の会見にばかりいっていた。ところがある試合で負けた挑戦者の会見が終わっても友人が出てこないので、具志堅選手の控室に顔を出したところが、控室には記者が黒山のように彼を囲んでいた。遅れた筆者には具志堅選手の顔も見えない。彼が話す声はとぎれとぎれの小声で、聞こえない。記者とのやりとりは、まるで、地方から出てきた中学生が都会の大人に質問されてこわごわ受け答えするときの様子に近かった。
リング上の具志堅氏は大きかった。照明に照らし出された彼の身体は光り輝き、オーラを発散していた。相手を見据えた表情は猛禽類のようだ。パンチが当たったとみるや襲いかかる姿は恐ろしかった。身体中から霊力がみなぎり、この世の者とは思えないほどだった。そして、その日も具志堅選手は獲物を射止め(防衛に成功して)控室に戻ったのだ。そこで筆者が見た王者の姿は、小さく優しく控えめだった。彼の下に下降した神が去り、彼は普通の人間になっていた。筆者には、戦う具志堅選手と戦い終わった具志堅選手との乖離――そのギャップの深さこそが衝撃だった。
筆者が具志堅氏から受けた衝撃は、ボクシングが張り詰めた極限に近い緊張状態においてなされる競技であることだった。そこには、妥協や約束事や冗談といった緩みの一切が介入する余地がない。筆者にとってボクシングとは、王者・具志堅が紡いだ世界であり、それ以外ではない。具志堅選手以外の世界戦ももちろん何度も見たのだけれど、具志堅選手が与えてくれた思いと同じものを得ることがなかった。“思い入れ”と一笑していただいてかまわないのだけれど、具志堅用高選手は、筆者にとって、忘れえぬ格闘家の一人となって、記憶の中にいまなお留まっている。

◎テレビがボクシングもダメにする

その具志堅氏がKK選手を某週刊紙上で批判した。もっともな話だ。KK選手には、品位がない。KK選手の試合には(筆者は観戦していないのだが)、おそらく、具志堅氏がかもし出した緊張のみなぎりが感じられないのではないか。
KK選手の試合は興行として、しかも、エンターテインメントとして、成立している。KOシーンだけを期待する「ファン」にだけ支持されている。KK選手はテレビによってつくられたボクサーにすぎない。特異なキャラクターと意外性の高い環境(ボクシング・ファミリー)から、テレビの大キャンペーンによって人気を獲得し、弱い相手とのマッチメークで世界に近づいてきた。対戦相手をみれば、日本人選手が一人もいない。日本チャンピオンにならずして、世界王者決定戦に出場する選手を知らない。KK選手がボクシングの王道から外れていることはまず、間違いない。
繰り返すが、KOシーンだけがボクシングの魅力ではない。お互いが相手の得意技を封じる場合がある。その場合は、かみ合わなかった試合という。その一方、かみ合って打ち合いになっても、決定的パンチを防御する技術が双方に高ければ、KOシーンが起きないこともある。ただ、KO負けを恐れてリスク回避の試合を続ければ、王者への道は遠ざかる――それがプロ格闘家の宿命なだけだ。
巷のブログで言われるように、こんどの試合の勝敗が仕組まれているとは思いたくない。KK選手が世界王者になる可能性もあるし、そうでない可能性もあると、すなわち、KK選手の勝ちが約束されていないことを信じたい。
だが、筆者は、対戦相手がどんなボクシングをするのかがわからない。テレビが対戦相手の過去の試合の映像を流してくれないからだ。相手がいま現在、どんな選手なのか、どんなボクシングをするのかわからないまま、ただKK選手を見たい、KK選手がKOするシーンを見たい――という理由で高いチケットを買うのは、いかがなものか。そのようなチケットの購入動機は、スポーツの世界から外れている。
しかも、戦う前から相手を罵倒するような品位を欠く選手が約束どおりKO勝利する、そして、「ファン」はそのシーンを見て楽しむ、という構図は、国際式ボクシングのものではない。それは、プロレスの世界ではなかったか。


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