アジアユース選手権、日本はカタールと対戦し、延長、PK戦の末に勝利を収めた。この結果、日本はべスト4入りを果たすとともに、来年6月にオランダで行なわれるワールドユース(U-20世界選手権)への出場権を獲得した。 この試合を見た人ならばだれでも、日本よりカタールの方が実力が上であることを認めるだろう。カタールは強かった。しかし、サッカーとは不思議なスポーツであって、運がなければ勝てない。カタールには同情を禁じ得ない。カタールは、個人技(パワー、テクニック、スピード)及びチーム戦術において、日本に劣るところがなかった。 日本の勝因を挙げるならば、とにかく相手に点を与えなかったことだ。実力に差があっても、守りきって勝つ機会を待つことが、サッカーでは可能だ。<0−0→PK戦>の戦略。ボクシング、レスリング、柔道なら、大差の判定負けだ。 日本ユース代表の戦い方が、若いサッカー選手の将来にどういう影響を与えるかはわからない。けれど、とにかく、ワールドユースの出場権を獲得しなければ彼らに世界への道は開けない。だから、この勝利は貴重と言うほかない。 結果から、両チームの若い選手はまったく異なる結論を導いたに違いない。カタールの若い選手は、サッカーの不条理を恨んだに違いない。砂漠の小国の若き代表は、湿潤な人口1億人を超える国の代表チームを追い詰めながら、勝利を得られなかったのだから。 砂漠の民は遊牧の民であり、世界史とは農耕の民と彼らとの確執の積み重ねのことだと換言できる。遊牧の民は一時、世界帝国を築きながら、農耕の民に滅ぼされる。遊牧の民は嵐であり、農耕の民は土そのものだ。 実力で上回るカタールの若者が世界大会に出場できず、それより劣る日本が代わりに行く。Jリーグ市原のオシム監督は、サッカーは人生だと言ったらしいが、まったくそのとおりだ。敗者には運のない人生であり、勝者には神の存在を確信させる人生だ。ことほどさように、日本の勝利は幸運だった。 アジア杯も含めて、この試合ではっきりしたことは、日本のアジアにおける位置。当コラムで何度も書いているが、日本はアジアで10位以内。そのくらいの認識で妥当だ。 そういえば、W杯予選(フル代表)のオマーン戦がもうすぐだ。オマーンももちろん砂漠の民。日本は相手国に乗り込んでの戦いだ。こちらの試合は引分で日本はいいのだが、引分は神がなす悪戯の1つ。オマーンがいい試合をして負けることもあるし、日本がそうなることもある。
|