お昼の食卓に就いたみんな。 あんまりお腹が空いてない。。。 空いてないんだけど、食べりゅ(笑) 13時13分のバスに乗って帰るため、 食べ終わってから荷造り開始。 来て下さった方にだけお土産がありゅ。 ラーメン(家族分)と山くらげ。(調理済み) どちらもとっても美味しいのでつ。
お正月などは従姉妹のAちゃんにも お土産に持たせまちた。 今回判ったのは、 田舎とこちらの考えが 余り違わないということ。 ただ、それは若い人であって、 やっぱり年配では違うなと感じりゅ。
たとえば、 こちらではパンは主食の1つだけれども、 田舎ではおやつ、あるいは代用品でしかない ということなどなど・・・。
今回と納骨の時も引き出物は ジャムだったんでちゅ。 Aちゃんたちも朝は皆パン食だし、 叔母(ママの妹)もそうだし、 ぱんちゃんもママもそう。 だからジャムにしたんだけれども、 田舎ではパンはおやつと 捕らえているというので、 3回忌の引き出物は考え直さないと なりませんねぇ(^^;) でも、白と緑のおまんじゅうじゃ、 田舎の人は食べてもAちゃん達は 食べないしなぁー。 焼酎は好き嫌いがありゅし、 日本酒は飲めない人もいりゅからなぁー。
そうそう。 お昼に揚げたての春巻きを出したら 皆ペロリだじょ!(笑) Kさんの「肉じゃが」も パパが大好きだったということや、 それを知ってKさんが「ご供養に」と 作ってくださったということを お伝えしながらのお昼だったにょ。 T子叔母さんは1年前に食べた Kさんのおにぎりを覚えていて、 「お通夜の時に食べたやつだべ?」 って美味しそうに食べていた。 Kさんのおにぎりは本当に美味しいんですにょ。 お米の美味しさを充分に引き立たせた 握り方なんですね。 ぱんちゃんも握り方を教わりました。 ・・・教わっただけで作ってませんが(笑) 我が家特性の大根サラダも好評でした。 このサラダはママが製薬会社に勤めていた頃の お友達(部長&奥様)のおうちに 遊びに行った時に教わったそうな。
で。
13時13分のバスに乗るべく、 食べ終わって支度して、バス停へ。 1泊するだけなのに、 色々と持って来ているから(礼服とか) カバンが重い・・・。 紙袋も底が抜けそうだから2重にしまちた。(笑) バス停までママと送りに行ってきまちた。 暖かい日差しを受けて、 皆は帰って行かれました。 なんにもおもてなし出来なくて、 本当にごめんなちゃい。m(_ _)m
家に帰ると叔母が掃除機を ガシガシとかけてくれていた。 布団を出した張本人のぱんちゃんが 布団をしまう。
しまってあった布団が、何故はいらん?(汗)
たたみ直して押入れに頭を突っ込み、 手と頭を使ってお片づけ。 後は毛布だけ! ってところでお茶タイム。 お茶を飲みながらダラダラと世間話をし、 気がつけばもう夕方。 叔母も帰らないとならない。 お土産をこれまたたくさん持たせて、 すんごい大荷物・・・。 前日、Aちゃんに海老名の家に寄るなら と持っていって貰った叔母の荷物・・・。 それがあれよあれよという間に、 お土産で紙袋3〜4袋になってしまう。 うーちゃん号で送ることに。 ○○駅は駅前が一方通行なにょで、 車の場合は松○町を右折して 妙○寺のガード下をくぐって ○○駅へ行くという周り道をしないと なりまちぇん。 未だに右折が未だに大嫌いなぱんちゃんは、 同じ右折ならと松○町の交差点の少し手前、 Kさんちへ行く道を右折する。 ここは1箇所、えらい狭い道があります。 車がここを通る時は人も通れません。 だから結構車が電柱をこすった後が ワンサカありまちゅ。 何度ここで若葉のぱんちゃんが バックさせられたことか・・・。 (出会いがしらに車が来た 涙) ぱんちゃんはここを通る時は ソロソロと徐行するので まだここでこすったことはありまちぇん。 (でもあんな広い道路の新横浜でこすったけろ) ここは細い上に右に急カーブした道 なのでちゅ(^^;) でも、ここは○○駅へ出る近道なんでちゅよぅ。
「ぱんちゃんが運転するようになって、 本当に楽になったわね」
と叔母。 う〜ん、でもぱんちゃんの運転は 車が少ない日曜日限定で、 更に知っている慣れた道しか 行かないでしから(^^;)
○○駅から我が家までは歩いて20分。 でも、今は寒いし、暗いし、 それに何よりも疲れているのだし、 夜の運転はまだ怖いんでちゅが、 うーちゃん号を運転することにしたのれつ。 叔母のお陰で本当に助かりまちたから(^^) 暫くエンジンを掛けて、うーちゃん号GO!
叔母を送って帰ってくると、 あたりはもう真っ暗。 雨戸を閉め、洗濯物を取り込んで、 余りお腹も空いていないので、 昼間の残りをつまんで夕食は終わる。
1時間後、叔母から電話がありゅ。 無事に着いたというお知らせ電話だった。 夜、21時には従姉妹のYちゃんから 電話があった。 夕方6時半には田舎に着いたそうで、 その足で今回来れなかった M叔母さんの所へ引き出物を 届けてくれたという。 M叔母さんは、パパが食道の手術を受けた頃、 大腸癌の摘出手術を受けらりた。 肝臓への転移もあり、 パパは最後まで末の妹を心配していた。 M叔母さんは薬と、利尿剤 (たぶんパパが使っていたような 肝臓機能を低下させる薬を服用しているので、 利尿剤をも服用しているのだろうと思う) を使用しているので、 午前中はともかくやたらめったら トイレが近いという。 だから体調が悪いわけではないんだけれども、 今回はトイレが近すぎるからと 法要参加は見送られたにょ。 宮城はまだ雪がちらついていたというから、 そんな寒くて暗い中を届けてくれて 本当にありがとうね、Yちゃん。
22時にはS竹さんちで泊まることになった K叔母さんから電話があった。 あの後、横浜高島屋でお人形展を見、 鎌倉へ行って、中華街でご飯を食べて 帰ってきたという。 翌日にはT子叔母さんから電話がある。
「弔いに行ったんだか、 旅行に行ったんだかわからないくらい 楽しかった」
と言ってくださったという。 「また、夏ごろ来たい」とも。 なんのおかまいもできないで 本当に申し訳けない状態だったけれど、 こんなところでよければ、 またいつでもいらして下され。
今回、たくさんの方の力をお借りしました。
本当にありがとうございました。
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