池ポエム
ハンス



 夜の鳥、枝を打つ

 闇に紛れるには、まぶしすぎる。夜の黒の中に異物が混じった。窓の外をふと見て、視界にその色が映る。鼓動を抑えつける。心臓に悪い色は月明かりに似ていて、いやな条件反射が染み込んでしまったのを思い知る。
 「バカか、あいつは」
 窓を叩きもしない。やっと昇ってきたはずなのに、入れてくれと懇願もしないで木の枝に潜んでいる。でかいコウモリだ。少々、派手な。
 「風邪ひくぞ」
 声は聞こえないが口パクで、できるだけはっきりと伝えた。ギョロリと、コウモリの目だけが不自然に輝いて見えた。貪欲な光が、窓の向こうに鎮座していた。
 入れてくれって言えよ。頼めよ。そうしたらすぐに開けてやる。
 理事で学園長で生徒会長。建物も、生徒だって、全て自分のものなんだろう?夜にこそこそと寮に不法侵入するなんてどうかしている。自分の学校にこっそり潜り込む理由がどこにあるのか。誰の目から逃れようとしているのか。
 (だからこそ、だけどな)
 手を出せばすぐにあらゆる方面に知れてしまう。上に立つ者に自由な行動などないに等しい。天真爛漫に振る舞っているようで、あれほど不自由な身分もない。
 上から眺めるばかりなのは、どれほど歯痒いことだろう。下から見上げる立場だから、想像もつかない。下から見上げる歯痒さを知らない彼女は、上から眺めるばかりで手を差し出せないから、こんな風に世間の目を逃れてやって来る。
 迷惑だ、と最初は言った。態度にも示した。自分たちは、こんなところで逢引していい間柄ではない。隣の部屋には紗枝がいる。輝ける星が、一向に上がって来ない一剣待生を特別に思うのは、罪。
 まだ窓の外には、コウモリがいる。そろそろガラスを破られそうだ。壊しておきながら、きっとあいつは素知らぬ顔して帰る。翌朝、呼び出しを受けるのは面倒なので、そろそろ折れてやるか。どうして尋ねて来る方が偉そうなのか、心底わからない。彼女が生まれつき王者だから、と言う理由で無理矢理納得しておく。
 「バカか、アンタは」
 白い息がわっと外へ溢れた。
 「風邪ひくぞ」
 かさかさと木の葉が風に揺れる。寒い。すぐさまこのコウモリを部屋に引っ張り込んで、窓を閉めなければ。
 「心配してくれるのね」
 「アンタに風邪ひかれたら、あたしが色んなヤツから怒られるんだよ」
 過保護もいいとこの、ハチマキ娘とかに。
 「責任取って」
 腕を掴んでコウモリを捕獲した。冷えて髪が冷たい。足を滑らせるようなマヌケはしないだろうが、鈍重に体を寄せられて少し焦る。
 「バッ、こんなとこでふざけんな!落ちるだろーが」
 「神門さんは手を離さないわ」
 「そうだとしても、人目があんだろーが。さっさと中入れ!!」
 暗闇にすっと、赤い頬のひつぎの顔が浮かんで、次の瞬間とても重いものに飛びつかれて後ろ向きに引っくり返っていた。
 頭を強く打った。
 「痛い……重い……」
 背丈も体重も、どれだけそっちの方が重いと思ってるんだ。しかも、その左足。
 本人はお構いなしで、人の上に乗ってふんぞり返っている。
 「もう来んな。二度と来んな」
 「いやよ」
 偉そうに、王様の一言を言い放つと身をかがめて、何かを探り出す。抵抗しても、王様には逆らえない。指先は冷たくて、正直触ってほしくなかった。やがて、したいことが見つかったのか両頬を手で掴まれる。どこもかしこも冷えているのに、ひつぎの唇は熱い。熱が移ったのか顔が熱くなる。何も言えなくなる。息を吐いたら、白くはないけど燃えるように熱かった。
 「何がしたいんだ……アンタ」
 夜中に尋ねてくるのは、いつか落とすはずの星。
 「わたくしのこと、忘れて欲しくないだけよ」
 星の方が人を求めるなんて話、聞いたことあるか。
 「アンタはあたしの理由だ。忘れるかよ」
 最高の褒め言葉を言ったつもりなのに、見上げた彼女はなぜか泣きそうな顔をしていた。

2007年11月23日(金)



 朝の体温

 ケガうんぬんはさて置いても、冬はとにかく眠い。
 朝方、まだ温かさの中に沈んでいたい気持ちを必死に抑えて、体を起こす。冬休みでもケガ人でも、いつまでもだらだら寝ていると体も心も鈍ってしまう。来るべき決戦が延期されたからと言って、ここで気を抜いてはいけない。
 そう、いけないのだ。
 「……あと5分」
 授業がないことを軽く恨んだのは初めてだ。無理矢理起きるには、やはり理由があった方がいい。でないと人間、どうしてもだらける。ここのところ、紗枝が頻繁に部屋に来ては世話を焼いてくれるので、少し気持ちが弱くなっていた。
 再び頭まで潜って、一気に跳ねあがるような勢いでベッドから出よう。決意して布団に潜ると、何か糸のようなものが手に触れた。
 「あ?」
 こんなところに本来あるべきでない、細めの、揖保の糸的な何かがある。布団の中に。始めは布団の繊維でも抜けたかと思った。が、それにしては長くてたくさんあるのだ。妖怪が潜っている。咄嗟に掴んで引っ張ったそれは予想以上に長く、予想通りの色をしていた。
 緑だ。艶やかな深緑。ぐっと握って力をこめて引っ張ると、本体の方から抗議の声が上がった。
 「いたーい」
 「紗枝……そこで何してる?」
 中に潜んでいた変質者は悪びれるでもなく、もそもそと顔だけ出す。
 「玲を起こしにきたのよ、当初の予定では」
 「ほー。で、どうして予定は変更になったんだ?」
 「そうねぇ。寒いから?」
 「そんだけの理由で人の布団に入ってくんじゃねぇ!」
 出ろ出ろ、と追い立てても一向に紗枝は起きる気配がない。本格的に休止モードに入ってたせいか、スイッチが入るまで時間がかかる。小さくあくびをすると、紗枝はまた電源をオフにすることに決めたようだ。まぶたがゆっくりと閉じて、玲の方に身を寄せた。
 「ったく……」
 温かさの元は自身の体温だけでなく、紗枝のせいでもある。そう思うと、少しは感謝した方がいいのかも知れない。寝ているのをいいことに、髪を撫でる。起きていたら色々言われて、とても大人しく撫でさせてはくれないだろうから。
 それに、恥ずかしいし。
 「ケガ人と一緒に寝たがるヤツがいるかよ」
 文句の一つも言いたくなるが、紗枝は眠り続ける。

 翌日。部屋に来た紅愛に緑の髪がベッドに落ちていることを指摘されて、死ぬほど焦った。紅愛もそうだが、紗枝も髪を落とすとたちどころに居場所が知れてしまう。
 今後は、紗枝が寝て帰った日は念入りにチェックしよう。

2007年11月17日(土)
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