池ポエム
ハンス



 崇拝と友情

 大量の写真を整頓しながら、ふと手を止める。様々な表情のあの人。いずれも全て隠し撮りだ。冷静に考えればどうかと思うが、今更そのことについてあれこれ考えるのはやめておこう。考えたって、どうしようもない。変えられないところまで来ている。自分と……刃友である彼女は。
 写真整理は進んで申し出たものだから苦ではなかった。妙な策を画策したり、メンバーの前に立って演説するのは得意な彼女だけど、こういう細かい仕事はどうも向いていない。愛好、というかほとんど崇拝に近い対象が写っているのに、うっかり写真を紛失することが度々あった。以来、一身の信頼を受けて自分が引き受けている。
 今頃、どこで何しているだろう。彼女が、崇拝とは別に格別慕っている従姉妹のところだろうか。
 「あの人……」
 幼い頃から慕っている年上の従姉妹である、あの氷室という先輩。吉川が話しているところを遠くから見たことしかないが、玲様とは全然似ていない。玲様のことでは意気投合したが、吉川の好みが全て自分にも共通しているとは思えない。
 一枚の写真に目を落とす。トレーニングを終えた玲様が、タオルで顔を拭きながら歩いている。見ていると嬉しくなる。心が弾む。吉川と多分、玲様を見る時は同じ気持ちだ。二人、同じものを同じ気持ちで見ている。だから刃友になった。
 盗撮やら粛清やら、妙な団結力が生まれてしまって逃れようがない。吉川の隣にいられるなら、それでもいいと思う。ただ。
 写真の中で眩しいくらいの笑顔を見せる、玲様。この笑顔が、自分のものだったら――。
 「私が、玲様だったら……」
 焦がれるほどの二つの瞳を、こちらに向けられたら。浮かんだ不埒な考えを、二三度首を振って打ち消した。そんな大それたこと、考えてはいけない。
 「朋ちゃん? 何してるの」
 首の体操?と言いながら、吉川がドアから顔を覗かせた。
 「あ、うん。ちょっと肩が凝って」
 「あ、そっか。ご苦労様」
 ここはAチームのメンバーだけが知っている秘密の会議室。普段は人影のまったくない、使われていない教室だ。こんな風に気軽に足を踏み入れる人間は限られている。チームの会合の時は少し気負った雰囲気がある吉川なのに、今は肩の力が抜けているように見えた。
 呼び名も、下の名で呼んだし。最近は、二人きりの時以外ではめったに呼ばれなくなった。
 「うわ、ほんとだ。堅いね」
 「き、ききき吉川!?」
 不器用な手つきで、首筋を押される。ギュッと、剣待生にしては細くて頼りない指が、無理矢理肩に立ち向かおうとしている。気持ちいいというより、くすぐったい。高1にしては肩が凝ってる方だけど、吉川の揉み方では、どうにも効きそうにない。
 「あー、その。そ、そっちはどうだった?」
 最近、妙に玲様と親しくしているという中1の生徒がいる。目下、その対策に吉川は張り切っている。
 「うん、やっぱり、アレね」
 「そうか……アレか」
 全然よくない吉川のマッサージを受けながら、ため息を飲み込む。
 「司」
 「ん?」
 何をしても、何が起こっても、絶対側を離れることはないんだろう。
 「あんまり無理するなよ」
 「うん。大丈夫」
 傷つく時は、一緒だ。

2007年11月10日(土)



 いたずらとおかしとかぼちゃとかぼちゃ

 今日はかぼちゃの日。たくさんのお菓子を抱えたみのりとすれ違ったのを見て、そういえばそうかと気づく。玲も私もお菓子をそれほど食べないけれど、今日ぐらいはいいかもしれない。本を返すついでに、お茶でも誘ってみよう。
 隣の部屋では玲はまたスクワットでもしてるのだろうか。季節感とか行事ごとにまるでおかまいなしだから、今日が何の日か絶対わかってない。
 「玲ー」
 「おう」
 予想に反して、玲はスクワットも三点倒立もしていなかった。いつもは場所取って仕方がないサンドバッグも、どこかに片付けてある。これならお茶をいれるのにちょうどいい。持ってきたお菓子を皿に移そうと、キッチンに足を向けた。その時。
 「Trick or Treat?」
 背中から、今日ぐらいしか耳にしないお決まりのセリフが。
 「え?」
 持っていたお菓子の箱が手から落ちる。玲の声が、今度はすぐ側から聞こえた。
 「どっちなんだよ?」
 「何よ急に……」
 仮装もしていないのに、玲はなぜかハロウィンモード。真顔で後ろに立たれて、妙な迫力を感じる。どうしたんだろう、今日の玲は。
 「お菓子なら持ってるけど……玲、そんなにお菓子好きだったっけ?」
 みのりがうつってしまったのだろうか。実は紅愛から貰った余り物のクッキーの箱を、玲に差し出した。差し出されたクッキーの箱を一瞥すると、玲はそれを手で押し返す。いらないらしい。
 訳がわからなくてクッキーを引っ込めると同時に、突然抱き寄せられる。
 「あ、玲!?」
 首筋に歯を突き立てる直前の吸血鬼、もしくは獲物を前にした狼男? 普段は絶対他人には向けない力強さで、玲は私を抱きしめた。あぁ、血でも吸われるのかな。それもちょっといいかな。耳元で、静かに低く玲が囁く。
 「Treatってのは……もてなすって意味なんだぜ」
 もてなし方も相手に応じて、って訳ね。でも玲、それってどっちを選んでも結末は一緒じゃない?


 「……ていう筋書きはどう?」
 「どうもこうもねぇ!!」
 ただ普通にお菓子を食べたり仮装をしても何だから、とっても楽しいハロウィンの楽しみ方を提案してみたのに、玲に一蹴されてしまった。
 「てか、お前の頭ん中はどーなってんだ!?」
 「発想力が豊かな年頃なのよ」
 紅愛がみのりのために買い込みすぎて、少し余ってしまったクッキーをぼりぼり食べながら、玲はさりげなく距離を取ってくる。いきなり襲い掛かったりしないのに、失礼な話だ。
 「で、どう?」
 「ぜってーやらねぇ」
 きっぱりと拒絶の意志。
 「もてなしでもなんでもねーじゃねぇか。クッキーの方が100倍マシだ」
 うわ。お菓子に負けてしまった。
 「えー。地味にひどいこと言うわねー」
 「お前の脳内劇場の方がよっぽどタチわりーっての」
 寮内では仮装した生徒が大騒ぎしてるのか、どこかで歌声がした。今頃みのりは食べきれないほどのお菓子に埋もれてこの世の春を満喫してるだろう。でもきっと、お菓子だけじゃないんだろうな、紅愛があげるのは。
 「紗枝」
 どこから持ってきたのか、玲が手の平サイズのかぼちゃを差し出す。
 「その辺飾っとくか」
 季節感も行事ごとにも疎い玲にしては珍しい。それはニコニコとみのりみたいな笑顔のかぼちゃだった。

2007年10月31日(水)
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