池ポエム
ハンス



 終わりの日は始まりの日

 テレビには、電飾で彩られた羽根を広げて、せりあがっていく歌手が映し出されている。個室内のキッチンからは湯気が昇り、中から醤油のいい香りがした。
 テレビも匂いも年末ならでは。玲は体をかばいながら、ベッドから起き上がる。だいぶ痛みが和らいできたが、骨が完全にくっつくまで油断はできない。くだらない理由で(主に原因はクソチビ)確実に悪化したこともあったが、この調子なら年明けには外出できそうだ。
 いつまでもじっとしている訳にはいかない。焦る気持ちとは裏腹に、冬休み中の寮内はひどくのんびりした空気。一人イライラしているのもバカらしくなる。
 部屋に篭もる玲を心配してか、ケガしてからというもの、紗枝がほぼ毎日部屋に来る。包帯を替えたり、お茶を入れてくれたり。仕舞には玲の部屋に歯ブラシやタオルまで置きだして、誰の部屋だかわからなくなってしまった。
 (ま……いいか)
 ありがたいことには代わりないのだから。
 方向が少しずつずれてきているような気はするが、玲には修正する気力はない。
 「もうそろそろ終わり?」
 片手に菜箸を持った紗枝が、キッチンから顔を覗かせた。
 「あぁ、そうなんじゃねーか?」
 「曖昧ねぇ。ずっと見てたんじゃないの?」
 「なんとなくぼーっと見るもんだろ、こういうのは」
 一年の最後の、恒例のお祭り騒ぎ。最初から最後までじーっと真剣に見つめるようなものではない、と玲は思う。今年一年流行ったものの集大成が、数時間の間に集約されていた。
 (色々あった……のか?)
 長かったような、短かったような。過ぎてしまえば思い出せなくなるような瑣末なことで、この一年は満たされていた。
 「できたわよ」
 どんぶりを二人分持って紗枝が隣に座った。薄緑色のエプロンなんかつけている。
 「どうしたの?早く食べないと伸びちゃうわよ」
 「あぁ」
 隣り合わせでそばを啜るのが今年の最後だなんて、思いもしなかったな。
 「紗枝」
 最後は白組が勝ったらしい。いよいよ今年も終わる。
 「何?」
 来年は、きっといい年だ。一年後は、もう紗枝と並んでそばを食べられないとしても。
 「……いや。美味いよ、これ」
 「あら、ありがと」
 番組は切り替わって、全国各地のお寺の様子が映し出されていた。

2007年10月14日(日)



 ご近所生活

 自室前の廊下にひょいっと顔を出してみたら、ちょうどいいところに紗枝がいた。洗濯物の途中なのか、手にタオルやシーツの類をたくさん抱えて立っている。ちょっと気の毒に思ったが、紗枝の目的地はすぐそこだから、構わないだろう。
 「紗枝」
 驚かさないように、遠くから片手を上げて声をかける。バランスを崩さないように慎重に紗枝が振り返った。結び目の位置が、休日モードだ。
 (今はオフ中な訳ね、気分的に)
 極めてプライベートな心境の紗枝は、学園内で会うよりとっつきやすく感じる。ただ肩の力が抜けているというより、少しばかり浮かれ気味なのだ。紗枝から感じる、ほのぼのオーラというか、幸せオーラというか。そういうものを正面から浴びるのにも、紅愛は慣れっこになっていた。
 「はい、これ」
 向こう三軒両隣り、ではないが24時間顔突き合せる共同生活。同じフロアの人間同士、意志の疎通やちょっとした交流があった方がいい。誰が言い出したか知らないが(多分あの人に決まってるけど)、回覧板なるものがここには存在している。
 まぁ、回せって言うなら大人しくそれぐらいはしておこう。
 「ごめん、手塞がってるから乗せてくれる?」
 抱えている洗濯物の山のてっぺんに、ポンと置いた。
 「大丈夫?半分持つわよ」
 「あら、どういう風吹き回し?」
 「あのね……人聞き悪いこと言わないでよ」
 紗枝がこれから帰る先が自分の部屋ではないのなら、助けも必要ないけど。案の定、紗枝は顎で行き先を指した。
 「じゃあそこのドア、開けてくれる?」
 白服ばかりが集まっている寮のある一角。そこで、ストイックながらも奥さんまかせな生活を送っている住民が一人いた。ドアを開けると、紗枝が中へ入っていく。
 「鍵すらかかってないのね」
 「玲、よくかけ忘れるのよ」
 続いて何となく入ると、泥棒に入られても被害は大したことさそうな、シンプルな部屋が広がっていた。
 テキパキと決められた場所に洗濯物をしまっていく。うっかり下着のしまってある箇所を目撃してしまったけど、見なかったことにしよう。
 「いつも紗枝がここまでしてやってるわけ?」
 デキた奥さんもいいとこだ。
 「うーん、ちょうど玲も洗濯溜まってるって言ってたから。ついでよ、ついで」
 今日は出血大サービスだから、と。その割には、完璧にしまうところを把握しているが。夫婦に絡むとろくなことがないので、突っ込むのはやめる。
 「紅愛だってよくみのりの部屋掃除してるじゃない」
 「アレは……あの子、お菓子食べた後散らかすから時々まとめてゴミ袋に入れてるだけよ」
 「紅愛って意外と優しいのね」
 「紗枝が私のことどう思ってるか、今日はよーくわかったわ」
 お互い、刃友に随分甘いらしいってことも。
 その後、トレーニングを終えて帰ってきた玲は、自分の部屋でくつろいでいる他人二人を見て、変な顔をしつつも何も言わずに黙って後ろを通り過ぎていった。

2007年08月25日(土)
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