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■ ゆかり誕
ルームメイトは何でも知っている。綾那がここ数日、うんうん唸るほど悩んでいるのも知っている。 (こういう時って、絶対綾那からは頼ってくれないよね……) ゲームに熱中しているふりをして、コントローラーを握る指がちっとも動いていない。そんな頑なな友人の背中に、熱い視線を送る。暑いのは順の視線だけではない。8月に入って、めっきり気温が高くなった。じわじわと体力を奪っていく太陽。でもこの日差しを浴びると、ある人物のことを考えて、頭から離れなくなる。綾那にとって、8月の日差しは一人の人物に直接結びついていた。 (気候=染谷って発想が、そもそもスゴいんだけどねぇ) パブロフの犬みたいに、反射的にそう思うようになってしまっている。あの二人の過去の繋がりの全てを知る訳じゃない。不自然なまでに綾那の中に深く根ざした、他人。その根を無理に抜こうとしたら、本体の方までやられてしまう。 だから、見守るしかなかった。 (ま、どっちにしろ、キミは染谷の誕生日を祝うべきだわ) 生まれてきてくれてありがとう。出会ってくれてありがとう。でなければ、綾那は今ここにいなかっただろうから。 (ありゃ?ってことはあたしも祝った方がいいのかな??) 不機嫌な獣みたいに、綾那がうぅ、と呻いた。 「順」 コントローラーを投げ出して、綾那が振り返る。眉間には、くっきりと派手なシワ。吹き出したいのを堪えて、愛想よく応じる。そんな、いかにも苦悩してますみたいな顔しなくてもいいのに。嘘をつけないのが彼女のいいところだ。 「お前、なら……」 「何?ゴメン、よく聞こえない」 「だから!」 勢い余って、両手をバンと床につく。下の階に相当響いただろうな、今の。 「夕歩に何をもらえたら嬉しい?」 「は?」 唐突に出てきた刃友の名前。予想外。不意打ちと、夕歩という効果抜群の名前に一瞬口がぽかんと開いてしまう。だから、よく知っている相手は苦手だ。こちらの大事なものも、知られている。 (あたしにとっての夕歩は、綾那にとっての染谷みたいなもんだと思ってるんだ) それが当たらずとも遠からずなことは、秘密にしておこう。親しき仲にも秘密あり。まだ15年しか生きていないながらも、順の知っている秘訣である。 「そりゃもう、あたしがもらって一番嬉しいのは夕歩自し……っ!!」 トゲトゲのついた硬いものが頭の横を旋回していった。 「真面目に聞いた私がバカだったな」 「あー、ゴメンゴメン」 いくらなんでもそんなものはもらえない。 はっきり言って、染谷だっていきなり綾那が全身にリボン巻いて突撃していったらリアクションに困ると思うし。染谷も綾那も、破壊行動に出る以外のリアクションはあまり持ち合わせていないから。 「不器用だよねー」 似てるといえば、とてもよく似ていた。 「……うるさい」 逆立てていた毛が鎮まって、綾那はがっくりとその場にしゃがみこむ。 「でもさー、綾那って染谷と付き合い長いじゃん?昔はどうしてたの、誕生日」
友達に、手紙を書くのは初めてだから。 他の同い年の子からもらった、いくつかの手紙とは全く異なる。可愛いシールも何もない、一枚の便箋を丁寧に折り畳んだ手紙。 突然差し出されたそれを受け取った日。 数年前の、8月5日。
「どうして、今になって」 俯いて、何かをためらっているような綾那の表情を思い出した。 今でも、その時の様子を思い出せる自分が少し恐ろしくなった。忘れられない、飾り気のない手紙。綾那がくれた。精一杯の心を。 「綾那」 実家に置いてきたとばかり思っていたのに。少し紙は茶色くなったけど、引き出しを開けると静かに収まっていた。 「……」 丁寧な、子供の文字で。 ゆかりと会えて、うれしかった。 ゆかりがいてくれて、よかった。 「私もよ」 今でも、気持ちは変わっていない?貴方はあの時の、剥き出しな心のままでいるの? 戻ることのない返事が、手紙の中に封じられている。 今の二人には、それだけ。
2007年08月16日(木)
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