池ポエム
ハンス



 早起きは16文キック体験記

 教室で玲が読んでいる本の表紙を見て、とりあえずギョッとした。
 「またあやしげなモン読んで」
 横から本を取り上げてやったら、玲が不機嫌そうにこっちを向いた。カラフルな表紙には、ピンク髪の小っさいのと怒らせたら怖そうな眼鏡の少女が描かれている。
 「5巻出たってのに、今更4巻?」
 「いーじゃねーか、復習は大切だぞ」
 何の復習なんだか、と玲が開いていたページに目を落とす。「よっす!」とか軽快にあいさつしてそうな相方のプロフィールがばばーんと載っていた。
 「玲……みのりにそんなに興味あったんだ?」
 「バーカ。ンなわけねーだろ。たまたまだ、たまたま」
 「どうせなら私のページでも熟読したら?」
 「なおさらゴメンだね」
 さらりと失礼なことを言う。冗談半分の言葉通り、半分は本気だったので少しだけカチンときた。素振りに出すと悔しいから言わないけど。
 「気になるっていやあ」
 興味がないと言い切った割に、玲の手が本に伸びる。ページを二人で覗きこむ格好になって、玲はある部分を指さした。
 「これってどーゆー意味だ?」
 みのりの好きな言葉、早起きは16文キック。
 「よく聞かれるのよねー」
 「なら注釈でもつけとけ。いちいち気になるだろーが」
 本人に直接聞いても的確な答えが返って来ない気がみんなするのか、紅愛のところにこの質問は集中した。みのりのことならなんでも把握してると思われているらしい。
 「行ってみりゃわかるわ」
 「どこへ?」
 「早起き」

 と、いうわけで。早朝5時。玲は今、みのりの部屋の前にいる。横で紅愛が目をこすりながら突っ立っている。声を潜めて、マイク片手に突撃。するはずなのに覇気がない。
 「ったく、なんであたしが野生児の寝起きなんかわざわざ拝みに来なきゃなんねーんだ」
 「あら、結構かわいいわよ」
 さっきまで起きてるのか寝てるのかわからないような状態だった紅愛から、急にはっきりした声が飛んできた。言ってることもなんか変だ。普段なら、他人に面と向かってのろけたりしないのに。やっぱりまだ脳が眠っているのか。
 ドアノブに手をかける。
 「じゃ、適当にがんばってね〜。危なくなったら骨は拾うから」
 「すでに最終段階かよっ!」

 室内潜入成功。ちなみに、みのりのルームメイトには話をつけてあって、何があっても危険はないから安心して寝てていいよと言ってある。
 「お、いたいた」
 下のベッドで、自分の巣で丸くなってるタヌキみたいな生き物発見。持ってきたペンライトでデコを照らしてみる。起きる気配はない。
 「……こいつの目ってどうなってんだ?」
 好きな言葉と同じくらい、疑問を抱かれているだろうみのりアイ。寝てても起きててもあんまり変わりはない。授業中、寝てても起きてるのと勘違いされて怒られずに済むかもな、とちょっとうらやましくなる。その逆もありうるけど。
 おもいきってまぶたを引っ張ってみようとしたら、指を近づけた途端に。
 「うおっ!」
 口がカパッと開いて、特徴的な八重歯が覗く。そのまま手近な玲の指に襲い掛かった。
 「マジで犬みてーなやつだな」
 うかつに手出しするのは危険だ。みのりで遊ぶのはやめにして、そろそろ本題に入ろう。
 「おい、起きろ」
 ゆさゆさと力いっぱい揺すってみる。十分騒ぎすぎたのか、二階のルームメイトがぼーっとした眼差しでこっちを見下ろしていた。
 「悪ィ。朝から騒いじまって」
 「いいけど……みのりならお腹空いたら自然に起きるよ」
 裏を返せば、それ以外ではしぶといよ、と言いたいらしい。ちっとも起きる様子がないので、玲は無理やり体を縦にしようと手を伸ばした。その時。取材班は見た!
 ヒュォッ!!
 玲の顔の2センチ横を、空気の刃が通過した。ツー、とお約束のように薄皮一枚が切れて、線のように細い血がぽっかり浮かび上がる。手で拭って確かにそれが血であることを確認。慌てて距離を取る。
 「な……」
 「見たでしょ、今の」
 「うわあっ!」
 いつの間にか隣に紅愛が座り込んでいる。
 「お、お前もどっから現れた……??」
 「それはともかく、アレがみのりの隠し必殺技『16文キック』よ」
 朝早くに起こそうとすると襲い掛かる、かまいたちより速い蹴り技。小柄でも強靭な足腰を持つみのりならではの、しなやかなバネが制御不能の睡眠状態に暴走した時だけ放たれる、らしい。
 「つーことは、“早起き(させようとするヤツに)は16文キック”ってことか?」
 「包み隠さず全部言うとね」
 「最初から口で言えよ。物騒なモン体験させんな」
 「玲なら死なないと思って」
 その後、紅愛が近づいてってドーナッツで釣ったら半睡眠状態にもかかわらず、みのりはばっちり食いついてきて無事起床。
 玲はこの二人には二度と関わるまい、と心に決めたのでした。めでたしめでたし。



絶対こんな由来じゃない

2006年08月21日(月)



 山猫の操り笛

 「みのりも案外食えねーけどな」
 玲が傍らの資料を持って、机に放った。
 「この前、生徒会室にあいつらが先に来てたんだよ」
 「あら、珍しい」
 そこで玲が見たものは、ちょっと想定外の光景だった。
 ガチャ、と無遠慮に戸を開ける。どうせ中にいるのはひつぎか、静久かそれか空気みたいな誰かさんだけだろうと思い、何も考えていなかった。そこに星河or月島がいるなんて選択肢は玲の頭にはなかった。
 「あ?」
 二つの結った髪と、小柄な体が玲に背を向けていた。
 「みのり?珍しーなお前が早く来るなん……」
 玲が入って来たというのに、こちらを見もしないで。みのりは上体をかがめて、何かを覗き込んでいた。
 玲が少し立ち位置をずらすと、確かにみのりの隣にもう一つ白服が見える。人懐っこいように見えて、あまり生徒会の他の人間に近づかないみのりがこんなことをする相手は一人しかいない。
 「おい」
 少し大きな声を出すと、すごい勢いでその場から離れた。よそ者を警戒するネコみたいだ。相手が玲だとわかると、鋭い牙をたちまち引っ込めた。
 「あたしだ、あたし。ンな怖えー顔するな」
 「……な〜んだ」
 なんだ、というのも随分な言い草だが、ここで口論を始めても仕方ない。相手はみのりだ。口が悪いのは今に始まったことじゃなかった。そうそう、みのりは、存外に口が悪い。これも、しばらく経ってからわかったこと。何せ、紅愛の相槌以外の発言は少ないものだから、最初のうちは気づかなかった。
 何も考えてなさそうな顔してるのに、人見知りなのか警戒心が強いのか。常に紅愛にくっついて、単品で生徒会の誰かと積極的に関わっている姿を見たことがない。
 (ま、単に無関心なだけかもしれねーけど)
 お菓子以外には無関心。そんな高校1年もどうかと思うが。
 表情はいつもの糸目に戻ったが、それ以上距離を詰めて来ない。なら、こっちから近づいてやろう。みのりは玲と、さっき顔を覗き込んでいた紅愛を交互に見る。紅愛は珍しくみのりを放って、一人眠っていた。伏していて顔は見えない。よほどのことがないと、人前で隙なんて見せない策士様が。みのりはさしずめ、眠り姫を守るために横に張り付いていたのか。
 (いや、そいつは違うな)
 ただ警護してるだけなら、あんなに慌てて離れる必要はない。玲に見つかって驚いた、そんな風情。何か人に見られたくないことをしていたに違いない。
 玲が紅愛の方にスタスタ歩み寄って行くと、すぐにみのりも駆け寄って来た。
 「別に何もしねーよ」
 「紅愛に言われてんだ。玲が来たら近づけんなって」
 「ひでー言われようだな……」
 一時的とはいえ生徒会の同僚だというのに、嫌われたものだ。番犬は忠実に主人に寄り添った。ちょっかいを出すと本当に噛み付かれそうだったので、その時はそれっきり。
 缶の残りを一気に飲み干した。
 「みのりがねぇ」
 話が終わると、紗枝は一つため息をついた。信じるか、信じないかはご自由に。
 「あの子も、よく考えたら私たちと同い年だものね」
 よく考えないとその事実を忘れてしまいそうになるところが問題だ。紗枝はあっさりと玲の話に納得したようだった。てっきり否定されるかと思ったのに。
 「紅愛は知ってんのかな」
 相方の心の底に潜む、ある感情を。
 「あぁ。気づいてもいないでしょ、紅愛のことだから」
 「んじゃあ、あいつはみのりが何で楔束してると思ってんだ?」
 前に、みのり本人の口から「お菓子くれるから」と聞いたけど。まさか、それをまんま受け取ってるのだろうか。大体、星奪りして賞金が出るなら、誰と組んでたってお菓子は買えるだろう。紅愛がそこに気づいてないとは思えない。
 「それが恐ろしいことに、本気でわかってないみたい」
 「げっ」
 星河さんよ、アンタ知恵が売り物なんだろ?
 一番近くにいる人間の、気持ちすらわかってなくて、何ができるっていうんだい?
 「みのり自身も、どこまでわかってるかわからないしね」
 紗枝はぽつりと言った。全くの他人事なのに、こういうことに一番聡いのは紗枝だった。他人の気持ちまで推し量る彼女に、玲は常々感心している。
 「ところであたしらは何でよその刃友の心配してんだ?」
 「さぁ」
 そんな暇はないはずなのに。玲が立ち上がると、この話はお開きになった。みのりが誰をどう思っていようと、紅愛が鈍かろうと、知ったことではない。


 案外、星奪りの勝負の行方は刃友同士の絆に懸かっているのかもしれない。
 グラウンドを走りながら、何やら青春模様な会話を交わしている二人を見て、玲は思ったのだった。今日は夕日が目に染みる。
 「私たちは」
 「あ?」
 肩を並べて見届けていた紗枝が独り言のように言っていた。
 「気づいてないことなんか、何もないわよね」
 そう願いたい。玲は口には出さずに答えた。すぐ隣にいる人間でも、他人ならその胸の底は深くて見えない。覗き込んで、手を滑らせてハマりこむのも恐ろしい。
 「どうってことねーさ」
 バテてスッ転んだ紅愛を指しながら、玲は笑って見せた。
 「遅くっても気づきゃいーんだ」
 終わりまでに。

2006年07月31日(月)
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