池ポエム
ハンス



 もっさんの幸せを本気出して考えてみて間違えた

 静久がそろそろ寝ようかな、と自室に戻ると先客がいた。なぜか電気もつけずにひつぎの姿が。不思議に思いつつも、珍しい様子のひつぎを無碍にする理由など静久にあるはずもない。
 ひつぎは、静久のベッドに腰かけ、隣に座るように促した。何も疑問に思わず、電気をつけぬままひつぎの横に座る。曖昧な素振りなど普段はあまりしないひつぎにしては、どこか行動に焦点が合わない。ただじっと、暗がりで顔を見つめられて静久は内心穏やかでない。
 「あまりじっと見ないでください……」
 「ふふ。静久は可愛いから、つい見とれてしまったわ」
 ひつぎは、どこの貴公子ですか、的な口説き文句を真顔で吐いた。日本人離れした風貌のせいで、不思議と様になる。唇にそっと触れて、そのまま後ろへ押し倒される。ひつぎに上に乗られて、始めてそういう意味なことに気づいた。鈍い人が一人。もう一度口づけ。離れて、ひつぎは熱い眼差しで静久を見つめる。蠍座女の本気アイを至近距離で食らってポーッとなった。汽車みたいだ。
 「ひ、ひつぎさん」
 真っ赤になって固まる。
 「静久」
 「あの、わたし」
 「できればアナタとわたくしの気持ちが同じであるとこを、今は望むのだけれど」
 もし、そうでなくても。
 受け入れてほしい。いかなる時も自信に満ち、熱があってもサンバカーニバルなひつぎの瞳が不安に潤んでいる。超貴重ショットに驚きつつも、驚くのはそこだけではない。
 ひつぎの首に、静久の腕が回される。肩口に顔を埋め、耳元にこの世で一番愛らしい声が。
 「私も、同じです」
 アナタと。それを聞いて、ひつぎは小さく息を吐いた。拒絶されるのが恐かった。弱みを見せないひつぎの、意外なほど臆病な本音。
 静久は会長の髪を優しく撫でて、ふと大事なことに気づいた。
 「あの……」
 肩口から顔を離して、心配そうにひつぎの顔を覗き込む。やはりいざとなると心の準備が、等々のセリフが飛び出すのかと思いきや。
 「わ、私はそういうの……よく知らなくて。具体的には何をするんですか??」
 清純派もいいとこなセリフだった。真顔だったひつぎはぶはっと噴き出した。
 「どうして笑うんですかっ」
 「フフフ、だって静久ったら、何をするかもわからないのにOKするんですもの」
 もしこれからすることが、とんでもなく奇妙なことだったらどうするのか。勢いとノリで突き進むいつもの刃友らしさに緊張が緩む。
 「そうね。静久はまだ子供だから」
 知らなくて当然。静久はまだ小さいから、と幼い日に言った口調と同じ。静久も聞いてて似通ってると思ったのか、昔と同じく憤慨した。
 「ひつぎさんっ」
 そのまま勢いで、反対方向にひつぎを押し倒す。勢いだけで、唇に触れてすぐ離れて、真っ赤な真顔でひつぎを見下ろした。
 「もう子供じゃありませんよ、私だって」
 その幼いキスで大人だと証明したかったようだが、健気で純なところが際立つだけだった。ひつぎは右腕を伸ばして懸命な表情の静久の頬に当てた。
 「静久」
 「……はい」
 「こういう時は、もっと優しくするものよ」
 ひつぎの手に導かれて、今度はゆっくりと唇に下りていく。合わせただけで静久はピクリと反応した。しばらくして、静久の首の後ろにひつぎの指が這う。それを合図に、唇からお互いのものを差し入れる。
 「ん……」
 初めての他人の舌の感触に、声が漏れる。
 左腕が静久の背に回り、きつく抱き寄せられた。

……

 「ンだよ、このベタな初夜は」
 玲は紗枝の書きかけ原稿を手に取って、一気に出来上がっているところまで読んだ。隣で紗枝は続きを書くためにペンを走らせる。玲のつまらなそうな感想を耳にして、紗枝は手を止めてペンでこめかみを軽く押した。
 「王道を狙ってみたんだけどね」
 この二人だから、と。
 「まぁ宮本だからしょうがねーか」
 「でしょ。あんまり変化球でもかえって不自然というか……」
 「ちょっと待ってくださいっ!!」
 テーブルで仲良く語り合う刃友の正面から、抗議が上がる。二人は同時に正面の人物に目を向けた。真っ赤になって、原稿を持つ手がぶるぶるしている。頭から煙を噴きそうな形相で玲に叫んだ。
 「なんですかコレは!?」
 静久の懸命の抗議を受けて、傍らの作者に視線を送る。
 「だってさ、紗枝」
 「あら、気に入ってもらえた?」
 「き、気に入るも何も、この二人……何で私と会長の名前なんですか」
 文中では確かに、『静久』と『ひつぎ』なる人物が色んなコトを繰り広げている。決して気に入ってはいないだろうが、紗枝は気にせず続ける。
 「日頃お世話になってる静久には、ぜひ私と玲からプレゼントを贈りたいと思って」
 当人が主人公の小説なんてどうだろうか。それも、ちょっといかがわしいやつ。
 「紗枝はホント頭いーな」
 相方からこの提案を聞かされた時、玲は喝采を送った。ちょっと黒い笑顔で。
 「つーわけだ。宮本、エンリョなく受け取れ」
 「いりません!」
 即答だった。玲と紗枝の友を思う気持ちは、理解されないらしい。発露の仕方に問題があるのだけど。
 「それに、どうしてここのセリフ、祈さんが知ってるんですか!?」
 ここ。静久が指しているのは『静久はまだ小さいから、と幼い日に言った口調と同じ。静久も聞いてて似通ってると思ったのか、昔と同じく憤慨した。』の部分。読者の皆さんは回想シーンという形でばっちり目撃しているが、同じ世界の住人であるはずの紗枝が伺い知ることはどうしたってできないはず。
 「だって、私ちゃんと毎月読んでるもの」
 「何を!?」
 もう世界観が混迷を極めてきて、静久もぐったりと脱力した。
 「とりあえず……」
 テーブルの上に勢いで放り投げてしまった原稿が散らばる。静久は一枚ずつ集めて、全て揃ったことを確認するとセクハラ夫婦に向かって宣言した。
 「これは没収します」
 「いらないんじゃなかったのかよ」
 「どうせこれ、会長にも見せるつもりですよね」
 こんなものを、敬愛するあの人に見せるわけにはいかない。問題の束を、しっかりと両腕で抱え込む。玲が適当に腕を伸ばして来て、その手をべちっと振り払った。
 「そりゃー、モデルになった人間には一言断りを入れとかねーとな」
 「肖像権侵害になっちゃうものねぇ」
 「すでになってます」
 断りを気にする気遣いがあるのなら、書く前に言ってほしい。さっさと退散しようとする静久の背に、玲の声がかかる。
 「そーかそーか。後で一人でゆっくり楽しむつもりなんだな、お前は」
 振り返らなくってもわかる。今、最高にニヤニヤしてるに違いない。
 「ダメよ、玲。そういう野暮なツッコミしちゃ」
 一見、まともなようでより一層の問題発言が援護射撃のようにかぶさる。そこまで言われて、黙って立ち去れるはずもない。穏やかなようで、案外気が短い静久としては導火線に火はつきかけている。
 「二人とも、いい加減に……」
 「静久、どうしたの。そんなに大きな声を出して」
 あんたに言われたくない、と全員の思いと視線が一致した。小説の主人公にされたもう一人の人物が、素早く室内に歩み入る。反射的に、原稿を背に回して隠す。
 「な、なんでもないんですよ」
 背丈が5センチも違うから、勘のいいひつぎは静久の背を覗き込んでいた。
 「聞いてくれよ、ひつぎ。ついに紗枝の文学的才能が……」
 「わぁーーー!!」
 「あら? 祈さんにそんな特技があったとは、知らなかったわ」
 「読んでいただけます?」
 「もちろんです。優れた才能を見落とすことは学園の損失につながります」
 「さっすが。話がわかるぜ」
 「ダメです!!」
 「あ、こら宮本」
 「見事なパスカットね、静久。さすがわたくしの刃友」
 「ていうか、そのまま窓から飛び降りようとしてますけど」
 「有害図書は焼却します!」
 「うわー、待て待て。いくらお前でも死ぬぞ!」

 ……祈紗枝の処女作はこうして灰の彼方に葬り去られ、天地学園は貴重な才能を失うこととなった。しかし、天地学園出版部のどこかに、今でも件のひ●ぎ×静●小説は眠っているという。

おわれ

2006年07月18日(火)



 こんな夢の話

 今まで見た中で、一番怖い夢は何?

 誰が言い出したのか、話題はいつの間にかそんなものになっていた。
 窓枠に腰掛けて、玲は外を眺めている。後ろから3人があーだこーだ言っているのが聞こえる。
 「夢、ねぇ」
 なんとなく、目を瞑ってみた。夢。目を覚ました時には忘れてしまっていることが多い。とりわけ印象的なもの、と言われても玲には人に語っておもしろい夢を見たことはあまりなかった。何か印象的なものはないか、と記憶を探っているとふいに身体が外側に向かってぐらりと傾いた。
 「うおっ!」
 ここは3階。外側に落ちれば剣待生とはいえただでは済まない。こんなことをするのは、一人しかいない。玲が目を開けると、紗枝が涼しい顔して立っていた。
 「あっぶねーな……シャレになんねーぞ」
 「そんなとこで目閉じてると落っこちるわよ」
 「お前が率先して落としてんじゃねーか!」
 危険な行動に出た割に、どこか楽しそうである。玲は紗枝の顔をじっと見た。さっきからの会話を右から左へ流していたせいで、紗枝の怖い夢の話はまるで聞いちゃいない。
 (紗枝には怖い夢なんてねーンだろうな)
 現実に対して、ほぼ無敵。玲の知りうる紗枝の姿。それは夢の中でだって変わらないだろうから。


 「んーとねー、お菓子が目の前にあるんだけど、ぜってー手が届かないんだよね〜」
 障害物は何もないのに。空気の壁があってもどかしく、もがいていももがいても掴めない。じたばたして、力いっぱい拳を叩き込んで、ウーと唸っていると向こうから見覚えのある指先が差し出された。
 「そんで、あたしの口に入れてくれんの」
 「へー」
 紗枝が非常に平たい表情でみのりの話に耳を傾けている。そもそも、これは怖い夢というジャンル分けで正しいのだろうか。みのりにとっては、怖いというより残念な夢である。しかも最後は、食べさせてもらえるんだから、結局は幸せな夢。
 「その指はマニキュアがきれいに塗ってあったんだ?」
 紗枝が頬杖ついて暇そうにしている紅愛をちらりと見ながら、みのりに尋ねた。
 「うん!」
 もうその人物の正体は十中八九わかったも同然。みのりが能天気に元気よくお返事したのを聞いても、紅愛はノーリアクション。注意深く観察すると、ほんの一瞬だけ紗枝と目が合った。少しだけ頬が赤い。
 (孫悟空を岩から解放してくれた三蔵法師、か)
 指先のきれいな三蔵法師。いつだって、力だけでは得られない何かをくれる人。


 物理的な感覚は、夢の中ではどこまで有効か。
 いや、そんな話題を振るつもりはさらさらなかったのに。お菓子を食べた夢の話をして、早速食欲が湧いたのかみのりが側まで寄って来た。人のこと、売店か何かと勘違いしているらしい。紅愛に手持ちがなくてもあっても、とにかく寄るだけで安心するのだそうだ。
 「紅愛は〜?」
 「え?」
 みのりが顎をテーブルに乗せて、下から顔を覗き込んでくる。
 「夢〜」
 そういえば話題はお菓子じゃなくて、夢だった。
 「あんまり覚えてないほうね」
 正直な話だった。目覚めた時に、何か悲しい気持ちが胸を満たしていても、数秒で余韻が冷めていく。一体何がそんなに悲しかったのか、さっぱり思い出せない。みのりのように、鮮明に思い出せるほど内容に執着のある夢はない。
 「紅愛、こないだクルクル回った夢」
 みのりが指先をくるくると回す。思い出したくないことが頭をよぎる。確かにみのりには、衝撃のあまり内容を話したが蒸し返されたくはなかった。案の定、
 「?この間の」
 「おー、ついに夢にまで見たか。ご愁傷さま」
 がっちりハメてくれた張本人ズが身を乗り出す。
 「……誰のせいよ、この極悪夫婦」
 「夫婦言うな。で、夢ン中でもちゃんと目は回んのか?」
 極悪夫婦・夫が興味津々に身体をこちらに向けた。不安定な場所に座っているから、いっそそのまま向こう側に落ちろ、と呪ってみる。
 「回るわよ。もういやってくらい」
 「コーヒーカップみたいな感じ?」
 思えば実際身体に何か変化が起きているわけでもないのに、目が回っている気がするというのも不思議なものだ。
 「そういえば夢でも落ちてく感じとか、ちゃんとするわね」
 「刺さると痛いしね〜」
 「おっ、そうだ」
 極悪夫が、何か思いついたのか頭の上で組んでいた腕を下ろす。それまで、聞いてるような聞いてないような態度でいたのに、発言する気になったらしい。玲はそのまま、さらりと言った。
 「ギロチンの刑になる夢って見たことあるか?」


 もうこれから先はない。断頭台に連れていかれて、抵抗する気力も失って、係の者の誘導に素直に従って、装置に頭を固定された。上は向けないから、巨大な中華包丁みたいな刃は見ることができない。執行役が紐を引いて、すとんと落ちたら。
 夢はいつも、ギリギリのところで終わる。自分の夢なのに続きが気になった。あの後。何があの場に残った?
 考えて、それはおかしいと気づいた。夢の切れ目と同じく、夢の中の自分の意識も途切れておしまい。その先には何もない。その後のことを認識することは、できない。左胸に手を当てた。ドキドキと、奥の方から鼓動が響いた。

 「こわっ」
 怖い夢の話、を始めてから初めて怖いという言葉が参加者の口からこぼれた。
 「そうそう。怖い夢の話をしてたのよね」
 「怖いってゆーか、危ないんじゃないの?玲」
 紅愛があきれた顔をしている。
 「そういう時って何を思うのかしらね」
 最期に。
 「さぁな」
 「玲は?」
 この世からおさらばする、それも一瞬で。断頭台の王様は、最期に悔いるのか、恨むのか、嘆くのか、混乱するのか、呆然とするのか。
 窓の外に目をやった。
 「さぁ」
 それに近い気持ちは、少し想像がついた。


 怖い夢の話、はそれからどんどん逸れて、夕暮れが迫る頃お開きになった。部屋にはもう二人だけ。玲は帰る仕度もせず、同じ場所に。人影がして、誰かが近づいてきた。わかったけれど、知らんふりをした。
 頭部を優しく抱えられた。左耳が柔らかい。
 紗枝は、言い聞かせた。
 「玲が死刑囚だったこと、今まで一度だってないでしょ」
 断頭台の革命家は、大勢の前で敗北を思い知らされ、さらされるのだ。
 「大丈夫」
 頭部を抱く力が強くなる。
 「玲がもし捕まる時は、ちゃんと私が」
 でもその後に、紗枝はどうするの。
 この素朴な疑問は、決して口には出さなかった。

2006年07月10日(月)
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