池ポエム
ハンス



 少しでいいのさ

 真夏の太陽に照らされて、静久は汗を拭う。額のハチマキはこんな季節は汗が流れ落ちるのを防いでくれる。やはり、精神的な面以上に、装備には実用性が伴っていなければ。
 生徒会室へ向かう途中、風景に黒いシャツを着た人物が映りこんでいた。
 真夏に黒シャツは、太陽の光を集めていかにも暑そうだ。見ているだけで暑い。よくよく顔を見たら、その暑そうな人物は知り合い。
 「今日も暑いですね」
 「……」
 黙って振り返った彼女は、不機嫌そうな顔。
 「お前なぁ、ご近所同士のあいさつじゃねーんだから」
 「?」
 「ま、いいや」
 静久の歩みに合わせて、後ろからふらりとついて来る。まるで道端で出会った野良猫が、気まぐれに後をつけてきているみたい。機嫌が悪いわけではないらしい。学内の人影は少なく、夏期休暇中に制服を着ている者はもっと少ない。静久の白い制服は、ほぼオンリーワン。希少価値が高い。
 『暑くないか(ですか)?』
 ほぼ同時。お互いの指が、着ている物を指している。
 「え? 神門さんの方が暑そうですよ」
 「お前こそ、さっきから光が反射してまぶしーんだよ」
 光。強い日差しを見事に照り返して、本人はともかく周囲の人間に被害が及んでいるらしかった。生徒会役員専用制服の、意外な攻撃方法。玲は目をしかめている。
 いつもは白い玲が、黒服を着ていると迫力が増している。じっと見つめられて、静久は少し気後れした。
 「白は膨張色なんだよな」
 「あ。逆に黒って引き締まって見えるんですよね」
 玲がすっと真横に寄ってきた。そのまま手を静久の頭の高さに合わせてかざした。
 「小さいんだな、意外と」
 玲の頭の方が、わずかに上に位置していた。
 「ち、小さくないですよ!」
 思わず声もでかくなる。小さい。NGワードも甚だしい。静久の中の、NGワードランキング10位以内に入っている。
 「……急にでかい声出すなよ」
 「でも、小さくはないです」
 昔々、初対面でそう言い放った人は、今でもやっぱり静久より大きいまま。あれから月日は流れ、背もそれなりに伸びたというのに。今度は、ライバル同然の玲に言われてついムキにもなる。
 「あ、ほら。背筋を伸ばせば神門さんとほとんど変わりませんよ」
 実は目一杯、限界以上に背筋をフル活用しているのだけど。顔だけ平気な顔して、びしっと固まる。視線は確かに、同じぐらいと言えないこともない。必死な静久の様子に、玲は何とも変な表情になった。
 「じゃあ、きっちり比べてみるか?」
 「え?」
 背筋を伸ばして固まっている静久の背後に、玲が回りこむ。そのままでいろよ、と背中からぼそっと声がした。背中に、玲の背中が合わさる。
 「??」
 背中合わせ体勢に何の意味があるのか、静久が振り返りかけると、動くなと言われた。
 「背ェ伸ばしてろ」
 玲も、姿勢を正したのが感触でわかる。再び手が頭に当たる。
 「やっぱり、1センチぐらいあたしの方が高いな」
 「1センチ……」
 玲の背中が熱い。体温が伝わってくる。こんなに接近したことはないし、することもないだろう。仕合いで間合いを詰める時以外は。
 思ったより長く感じた瞬間はすぐに終わって、背中がふっと涼しくなる。
 「あ、悪ィ」
 離れてすぐに、玲が頭を掻いて気まずそうに言った。この暑いのに、背中をくっつけたりしたから。ばさっ、と大きくシャツを振る。一瞬だけ、ほんの一瞬だけ白い肌が垣間見えた。
 「やっぱり黒はあっちーな」
 この時期、誰だって汗が滲む。
 自分の白い制服の背に、静久はそっと触れた。うっすらと湿っている。それはどちらの汗だったか。太陽のせいか、心臓の鼓動が大きくなる。
 「宮本、牛乳飲め、ぎゅうにゅう」
 ぼーっとしていた静久の後頭部に、ポンとぞんざいな一発が当たった。



 ミカどん×もっさん……とこれは言い切れるのかどうか。ミカどんはもっさんより背がちょっとだけ高いのがいいな、という願望を込めて。ミカどんよか、いのりんの方が背が高そうだよなぁ。もっさんの背が綾那や順とそう変わらないところが微妙に可愛い。

 聖さま、リクありがとうございました。

2006年07月03日(月)



 まつりのまえ/ハイ&ロー

 まだ朝にならない。
 さっきから10分ごとに時計に目をやっているのはわかっている。時が経つのがこんなに遅いなんて。気づいたら、また時計を見ていた。薄暗い部屋に、文字盤がうっすら光る。
 (あ〜……)
 早くなれ。朝になれ。明日になれ。幾度も心の中で念じる。しんと闇が拡がるばかり。ベッドの二階でじっと身を硬くする。昼間の大騒ぎとの落差も大きい。バタバタした日中を過ごしていると、気持ちが昂ぶったままでなんだか落ち着かない。それだけじゃないけれど。
 下にいるはずのルームメイトにだって責任の一端はあるのだ。そんな風にこじつけて、二階をそっと覗き込んだ。頭が真っ逆さまになる。視界ももちろん上下逆。暗いからどっちでも見えないことには変わりない。下の段で寝ているはずの綾那。眼鏡が枕元に置かれていた。
 「お〜い」
 二三度呼びかけても、応答なし。
 「ちぇー」
 人が寝れなくて困っているというのに。下の段で爆睡しているルームメイトが小憎たらしい。半分以上因縁なのはわかっているけど、悔しいのでついついそのままベッド全体を揺すってみた。
 ガタガタと微かにベッドが軋む。
 「あーやーなー、起きてー、遊んでー」
 「ん〜……」
 まだ寝入って間もなかったせいか、少し呻いて、右手が眼鏡に伸びる。無意識で、置いてある辺りを手でパシパシ叩くのが癖だ。手に触れて、視力を取り戻した綾那が最初に見たのは、ベッドの上からだらりと垂れる長い髪だった。


 夜中の1時過ぎに、鼻を押さえて上を向いているルームメイト。
 「で、なんなんだお前は」
 上からちょうどいい位置にぶら下がっていれば、ストレートを叩き込みたくなるのは自明の理。
 「寝れない」
 暗くてよく見えないが、明るいところで見ると順の目の下には隈ができている。ここ一週間ぐらい、ずっとこの調子。眠れないと訴えてきたのは、あの日からだった。
 「だからって私まで巻き込むな」
 「だってー」
 順の眼差しは言外に、綾那があのことを言うから、と責めている。
 「アレはお前が悪いんだろ」
 学園祭まで、ちょうど一週間前。メイド縁日の衣装、第一作目。そのあまりにもアレな出来映えを必死に却下するべく、ちょっとしたバトルが勃発した。この時ばかりは、目の前の淫魔はその異名に恥じない抵抗っぷりで、綾那の鉄拳でもってしても事態は収まらないかに見えた。
 しかし。
 一発逆転の秘密アイテムを綾那は所有していたのだ。
 「なんで綾那、ポケットに入れてたのよ」
 言いながら、順は大きくあくびをした。
 「……授業中に返事を書こうと思ったから、たまたま持ってたんだ」
 つい綾那もあくびを漏らす。こういうのは伝染るらしい。
 夕歩から手紙が届くことは珍しいことではなかった。問題は、その日持っていた手紙の内容。順の暴走を止めるために、つい秘密にしていたことをばらしてしまった。
 「夕歩には悪いことをしたわね」
 手紙にその旨を書いて、びっくり作戦はできそうもないことを教えておかなければ。それもこれも淫魔を止めるためだったから、と理由も添えるのは当然。当日、淫魔にお仕置きが執行されても、自業自得というやつだ。
 次の手紙の内容を検討していたら、目の前で眠そうにしている順が指をさしてアピールしてきた。
 「あたしが眠れないのは綾那のせいなのに」
 「……今すぐ眠らせてやろうか、永遠に」
 その日の夜から、眠れなくなったのは100分の1ぐらいは綾那のせいかもしれない。かといって毎晩、起きているのに付き合わされるほどのことはしてないと思うのだが。
 「あーもう、寝ればいいだろお前は」
 そもそも、楽しみ過ぎて寝れなくなるなんてどこの小学生だ。
 「綾那にはわかんないかなー、あたしがどれだけ楽しみにしてるか」
 「そりゃ久しぶりに夕歩が来るんだから、楽しみなのはわかるわよ」
 それにしても、度を過ぎている。
 この一週間、順は夜中になると綾那を起こしては、トランプやウノ、人生ゲームをやろうと言ってきた。
 最初は渋々付き合っていた綾那も、4日目ともなると体に堪える。昼間は学園祭の準備で忙しい。夜中にろくに寝ないで、昼間に授業を受けて準備をして。そんな毎日を過ごしていてはいくら若いとはいえ限界はくるだろう。
 「で、今日は何する? ババヌキ?七並べ?今日は特別に綾那の好きな女の子攻略しよっか?」
 ガタガタとゲーム機を取り出してきたのを、目で制した。
 「ダメだ。今日は大人しく寝ろ」
 順がちょっと悲しそうな目をする。なんとなくワガママを聞いてしまいそうになる、弱々しい眼差し。ほんの時々する、順のこの目に綾那は弱い。
 「途中でぶっ倒れられたら困るのよ。……あんたは衣装担当なんだからな」
 学年ワースト1の家庭科の成績を誇るクラスメイトたちは頼りにならないので、メイド衣装の作成に順の指南は欠かせない。そろそろ疲れがピークにきている自覚はあったのか、出してきた遊び道具を片付けて順はうなだれた。
 「あ、じゃあ綾那が優しく抱きしめてくれたら寝れるかも……」
 「さぁて、腹と頭とどっちがいい?」
 ゴキッゴキッ、と勇ましい音が手首から弾き出される。顔を引きつらせて淫魔は自分のベッドに駆け上がった。


 元の位置に収まっても、眠れないことには変わりない。いっそ拳で眠らされた方がマシだったかもしれない。体は疲れを訴えているのに、明後日のことを思うと胸の動悸が激しくなって、目が冴えてしまう。頭のどこかに消しても消しても電球が灯っているみたい。
 夕歩の顔を思い浮かべて、観念して目をつむる。
 背中に、どんという衝撃があった。
 「……順」
 下の段から、ご無体なルームメイトのひそひそ声。
 「なに?」
 「夕歩には、毎週会ってるだろ」
 「うん」
 入院先へは、昼夜を問わず会いに行っている。夕歩の顔を見ない週末は一度だってない。入院している人間相手だとすると、回数は多い。
 「なら、どうして」
 「ストップ」
 今度は声で綾那を制する。それだけ会っても、心が通じていても、まだ足りないのか。異様に興奮して眠れなくなっている順の様子に、疑問を持つのは仕方ない。
 体を起こして、暗闇に吐息が流れる。
 「天地学園(ここ)で夕歩と一緒なのがいいのよ」
 下の綾那にはどう聞こえただろうか。
 カッチカッチと時計の針の音が耳につく。普段は、針の音なんか気にならないのに。しばらくして、またどんと蹴り上げる音が。
 「順、よく聞いてろ」
 「は?」
 下から、今度は大声で。
 「むかーしむかし、おじいさんとおばあさんが」
 「ちょ、ちょっと綾那??」
 夜中に突如、大声で桃太郎。
 「昔話をしてやる」
 だからおとなしく寝ろ、と。無茶だ。子守り唄ならまだわかるけど、昔話って。小さい子供じゃないんだから。だけど綾那の声は止まらない。滔々と、いい声で下の段から響いてくる。
 (……ま、いっか)
 その夜は、確かにイヌとサルがお供に加わったところまでは覚えていた。

2006年06月02日(金)
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