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■ 続・流した汗は
とりあえず今日はおつかれさま、と彼女は言った。 走り終えるまで本当に最後まで全員で待っているとは。付き合いがいいというのか暇人というのか。勝者である二人(のうち声がでかい方)が拡声器でチャチャを入れてくるのが心底うっとうしかったけど。それを見守る立会人の視線も、決してとげとげしくはないように思えた。 日が暮れていく。長い影が走るトラックに伸びていって、二つ縛りの影と、自分の影が重なっていた。そして拡声器。少しだけ真っ当な気分になっていたのに、あの声が全てをかき乱していく。 「……ったく、散々だわ」 「ふふ」 「なに、紗枝」 長いことお付き合い下さった紗枝が微笑む。 「会長らしいね、今回の罰ゲーム」 紗枝と玲は、先回の挑戦者たちの戦いを知っている。その後のことも。 「毎回こんなことやってるわけ?何のために??」 敗者に屈辱を与えるためならもっと楽できついやり方はいくらでもあるだろうに。さっきまで己の頭に巻かれていた“根性”の二文字。確かに十分屈辱ではあった。紗枝は湯面を見つめて、少し黙る。 「罰ゲームはね、その人にふさわしいものをその都度会長が考えるのよ」 どこか硬い眼差しが、湯の表面を漂って、再び紅愛に戻った。 「でも、アナタたちのは、いい罰ゲームだった」 「罰ゲームにいいも悪いもないわ」 やらされた方としては、罰は罰だ。いい罰も悪い罰も、罰。所詮、敗者でしかない。そうだ、決して教訓にしたり感銘を受けたりしたくないのだ。会長のスットコドッコイさに感銘を受けたら、それこそ宮本静久になってしまう。忠犬2号なんて御免だった。 そうきっぱり告げると、紗枝はまた微笑んだ。 「それも、らしくっていいけどね」 アナタらしい、と紗枝は付け加えた。いつかまた自分たちは敵として対峙するのだから。好敵手として。その時まで、今日かざした信条を持ち続けなくては。静久に倣う日は絶対に来ない。それに、紅愛は忠犬になる必要はない。 「で、どうだった?静久の剣を体感してみて」 「……早くも痣になりかけてるわよ」 紅愛が打たれたのは胴。腹部に手をやると痛みが走る。出血するような怪我ではないからこうして湯に浸かっていられるけど、くっきりと不気味な紫色に変色している。そうはいっても、あの超人に攻撃されてこの程度で済んだのは運がいい方かもしれない。 剣待生にしては、紅愛は怪我が少ない。大怪我するような博打勝負はしないせいで。ろくに調べもしないで対戦相手を選ぶから、効率も悪いし怪我も負う。紅愛に言わせればそんなところだ。 「どれどれ、ちょっと見せて」 「おい、紗枝」 「やーね、冗談よ冗談」 二人から距離をとって、隅っこですねていた玲が割り込んでくる。 「お前の冗談は最近笑えねーよ」 「冗談に決まってるでしょ。私はみのりのスカートの中も紅愛の体にも、興味はありませーん」 「みのり?スカート?」 何やら不穏な会話が繰り広げられている。紗枝は比較的まともな人だけど、よくよく聞いていると気になる発言もいくつかあった。大抵は玲との掛け合いの中で終結しているから、飛び火することはないだけで。まぁどちらにしても、紗枝が本気で痣を見たい訳ではないのは明らかだった。 「明日、筋肉痛だな」 玲が悪戯っぽい目をする。 「いや、お前の場合は明後日以降か?」 「ちょっと、何が言いたいわけ」 年を取ると筋肉痛に襲われるのに時間差がひどくなるとは言うけど。いくら何もしていないとは言え、高校生で明後日以降はないだろう。老人じゃないんだから。 「そこまで運動不足じゃないっての」 湯面を右手で弾くと、思ったより盛大にしぶきが上がって、玲の顔が派手に濡れた。 「やったなっ!」 まさかの両手。しかも連続攻撃。頭から滴るほどかぶる。 「もう、二人とも子供なんだから」 バシャバシャバシャ。一人被害を避けて、紗枝がそっと上がっていく。今、営業時間外で特別に開けてもらっているから他に寮生は誰もいない。もしいたら、即座に写真でも撮って新聞部に持ち込むべきだ。白装束が風呂場で子供みたいに遊んでましたよ、と。 ミカどんなんか、大スクープになるんじゃないか。 手で乱暴に拭うと、本気で楽しそうな玲の顔が見えた。 「刃友を大事にしろよ」 それだけ言うと、急に攻撃をやめて立ち上がりかける。紅愛はハッとして玲を見た。あれだけ距離があったから、聞かれてはいないはずなのに。というか玲に聞こえていたなら、あの場にいた全員に聞かれている訳で。 だが玲はそれについて茶化すつもりはないらしい。 「大抵は、それでうまくいく」 「今更アドバイス?」 熱気のある場所で暴れたせいか、やけに紅い頬をした玲は、それには答えなかった。紅愛もきっと同じくらい紅い顔をしている。今日は変な日だ。いつもは起こらないことがたて続けに起こる。 変わらないのは今日の勝者二人だけ。 入り口の戸に手をかけたところで、玲が振り返った。向こう側に人影が見えている。 「来たぜ、本日のヒーロー」 玲が横に退いて、ガラリと戸を開けてやるとヒーローが姿を現した。 「あれ?」 突然の自動ドアに驚くヒーロー。 すぐ横に立っている玲に気がつくと、ありがとっと言って中に駆けて行く。 「転ぶなよー」 みのりの背中にかけた言葉、まるで耳には届いていないようだった。
つづく
2006年05月02日(火)
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