池ポエム
ハンス



 ハード・ムービー・ナイト

 暗闇の中、窓から外を覗く女性。謎の電話の言うままに見た庭。そこには……赤い血を滴らせた恋人の姿が。
 ――プチ。
 「ちょ、ちょっと夕歩」
 突然のルームメイトの行動に、増田は声を上げた。すごくいいところ、続きが気になるし、そもそもちょっと何がそこにいたか見えてしまったタイミングで。
 よりによって、テレビを消されてしまった。
 暗いのは画面の中だけではない。どうせなら雰囲気を出していこうよ、と部屋の電気を消して、薄暗い中テレビ画面だけが光を放っている。増田は椅子に座って、夕歩は床に座って毛布を頭からかぶっていた。なぜかチャンネル権を握られてしまったのが敗因だったかもしれない。
 チャンネルのボタンを押しただけなのに、毛布の塊と化した夕歩の肩が大きく上下している。
 「続き」
 「……」
 「いや、だってあのタイミングだよっ、すっごい気になるよっ」
 一緒にビデオを見ることには同意だったはずだけど。しかめっ面というか、気合を入れた顔というのか。あまり表情を変えない夕歩にしては珍しく、眉を寄せている。この映画が気に入らなかったのだろうか。数年前に大ヒットした、パニック系のホラー映画である。下手すりゃ何回もテレビで放映されている類の娯楽作だ。
 そもそも見る前に内容は説明していた。
 寮には決して大きくはないが部屋にテレビが一つあった。人によるけど、あまりテレビを見ないもの同士が同室だと、割と出番が少なかったりする。しかし、その日二人の部屋にはゲーム機があった。
 「どうしたの、それ」
 普段はビデオデッキすらない二人の部屋の、あんまり働かないテレビに、赤やら黄やらのプラグが差し込まれている。部屋に戻ってきた夕歩に向かって、DVDってやつを並べてみせた。
 「ミーちゃんに借りてきたんだけど、夕歩も見る?」
 ちょうど刃友がいくつか借りてきていたDVDを又貸しして一晩借りることにしたのだ。夕歩は一つずつ手に取って、パッケージ裏の解説を読んでいく。一つ読んでは置き、計四つあった全部を読んで、黙ってきれいに重ねた。
 「どう? 一つぐらいはおもしろそうなのあった?」
 「恵の刃友の子って」
 重なった四つのDVDに目線を据えて、なぜかため息を一つ。
 「ホラー映画が好きなの?」
 「ん、ああー。いや、なんかこの日はたまたまそうなったみたい」
 別に何のジャンルでも好きみたいだよー、とつけ加えても、まだ夕歩の表情は晴れない。
 「見ない?」
 沈黙してしまった夕歩に、再度尋ねてみる。
 「あ、もしかして見たことある?」
 この四本はいずれも、犯人を知ってしまっては見る楽しみがない。殺人鬼の正体は誰なのか。推理する楽しみが5割を占めるのだから。昔はやったものなら、すでに見た可能性は十分ある。
 が、夕歩は小さく首を振った。
 「見たことはない、けど」
 そして今に至る。結局、試しに一つ見てみる、という結論に落ち着いて、9時を回ったところで二人は部屋の灯りを落とした。が、開始して10分。ほとんど何も始まっていないところで、ビデオは止められてしまった。続きを見たい気持ちと、しっかりチャンネルを握って離さないルームメイト。どうしたものやら、と増田があわあわしていると、急に夕歩が立ち上がる。
 そのままガタガタと部屋のクローゼットを探って、元の位置に戻った時には何か懐に抱えていた。
 「ゆ、夕歩?」
 毛布から何か木の棒みたいなものが覗いている。明らかにビデオを見るのに必要ないっぽい。が、夕歩が大人しく再生ボタンを押してくれたので、ツッコまないことにした。
 再生早々、グロいことになっている男性の死体。増田は小さくうひゃーと言った。またえらいところで一時停止してくれたものだ。これなら素直に続けて見た方が衝撃度は低い。再生ボタンを押したままの状態で、夕歩はフリーズしている。
 そして恋人の死体を見てパニックになり振り返った先には……謎の白いお面をつけた人物が。振りかぶった銀色の刃がアップになり、女性の恐怖に慄く表情がアップになり。
 ――ガチャ。
 突然、ドアが開き、光が部屋に差し込む。
 「あれ〜? もう寝てた?」
 呑気で聞き慣れた声。二人分の人影が部屋に足を踏み入れる。しかし、先に入った方はぐふぁとうめき声を上げて倒れたのだった。
 「うわっ、久我さん大丈夫!?」


 夕歩の迎撃した木刀がクリティカルヒットした順と、ビデオとゲーム機を貸してくれた張本人・根本が部屋に現れて、鑑賞会は一時中断中。もちろん電気はつけて。
 「なるほどねぇ」
 暗い方が雰囲気が出る、と説明されて順は二三度頷く。木刀の刺さったわき腹をさすりながら。
 「おもしろかった?」
 根本が増田の横に座り、改めて手に取る。
 「あ、まだ一本目なんだけどね」
 「そうなんだ」
 時刻は9時半。
 「じゃあこれ見終わって振り返ったら、この殺人鬼みたいなのが現れたりしてねー」
 根本が言って、増田はアハハと笑う。
 「でもここでそんなの出ても、勝つね」
 「あぁそっか」
 「じゃ成り立たないか。殺人鬼VS剣待生のアクション映画ならできるかも」
 鑑賞会は二人から四人へ。
 再び電気を消して。増田と根本は隣同士、順は何も言わずに毛布の塊になっている夕歩の側に寄り添った。暗いから、少し離れてしまうと他の人が何をしているかはあまりわからない。増田の位置から見て、手前に順が座ってしまったので、もう夕歩のリアクションは見えなくなった。


 それから4時間が経過して。映画はついに四本目に突入。が、見ている人はさっきの半分に減っている。まず真っ先に2本目の途中で眠ってしまったのは根本。貸してくれたということはすでに一回見ているという訳で。二度同じ物を見て睡魔に打ち勝つのは難しい。続いて、隣の根本に寝られてしまって集中力が途切れたのか、増田もいつの間にか不自然な格好で眠っていた。
 画面を見つめながらも、もう順の頭にはストーリーは入ってこない。なんか鬼教師がボウガンで生徒を狙ったりしてるような気もするけど。
 どんな教師だよ、とツッコミながらも瞼が落ちてくる。
 ただ、2本目の途中で掴まれたシャツと、掴んでいる隣の人の手が気になってかろうじて意識を保っていた。握られた部分はクシャクシャになっている。それでも堅くしっかりと、かれこれ1時間半あまりそのまま。いい加減、手が疲れているだろうに。二人が眠っているのを見て、順はシャツを掴む手をそっと自分の手で包んだ。
 もう映画なんてどうでもいい。毛布から覗く夕歩と視線を合わせる。ハッとした顔になった後、目を逸らす。固まっていた時間が急に解けたみたいに、シャツの手はゆっくりとほどけた。
 夕歩の細い手が汗ばんでいる。手に汗握る、まさにこういう映画を見る人の態度としてはお手本のように正しい。画面で弓矢が刺さったり抜けたりしている。夕歩はまだ画面が視界に入るのか、体をビクッと震わせた。
 「もうやめよ」
 画面と夕歩の間に割って入る。鬼教師の行く末なんかどうだっていいじゃないか。それ以上余計なものが目に映らないように。夕歩の瞳に、自分の姿がだんだんと一杯になっていく。
 夕歩の手から落ちたチャンネルを拾って、順は停止ボタンを押した。

2006年04月04日(火)



 at this moment

 屋上では、冬のわりには暖かい風が吹いていた。


 二つ目の鐘を遠くに聞きながら、学内のあちこちを駆け回る剣待生たちを見下ろす。同じく剣待生の身でありながら、こうして堂々とぶらぶらしていられるというのも、一つの特権だ。それは同じ身分の連中と組んだ同盟のおかげでもあった。
 今日の風はまるで春風のよう。手すりに寄りかかっていた紅愛のスカートがふわりと膨らんだ。
 「よっ、春一番!」
 それに合わせたように、どこかから聞き覚えのある声。
 給水タンクのある一段高くなったところから、玲が身を起こしていた。
 「いつからいたのよ」
 「さっきだ、さっき。邪魔しちゃわりーと思ってな」
 星奪りの最中に暇な剣待生、その2である。風が収まった。
 「で、学園の憧れ神門玲さんが、こっそり人のスカートの中狙ってるわけ?」
 意地悪く、可愛い子ぶった表情を作る。玲は頭の上で腕を組んで、そのままバタンと後ろに倒れた。昼寝の体勢に入ったらしい。
 「バカ言え、どうせスパッツじゃねーか」
 それはそうだ。剣待生ならなおさら。紅愛がいかに戦わない剣待生だとしても、それは常に装備している。風の強い春が来て、ごく一部の物好きが目ざとく狙ったって、あるのはひたすらスパッツばかり。色気のない話である。もっとも、女子校で色気があったってどうということもないけど。
 鐘の音が、二人の体に響き渡る。
 「ねぇ、よくこんなうるさいとこで寝られるわね」
 音の出所は、二人のいる屋上から遥か遠く。高い高い、学園で最も高い鐘撞きの塔。こんな校舎の屋上程度では、高さが足りない。向こうから見下ろすことはできても、こちらからは見上げるばかり。
 まるで、そこにいる人間の立場そのもの。
 「耳が悪くなるぞ、ありゃ」
 「撞いてる時にわざわざ行ったの?物好きね〜」
 暇な剣待生その2がそんなに暇ではないことは、実は知っている。何しろ彼女の手段は、鍛錬に次ぐ鍛錬、研究に次ぐ研究。まさに字のごとく、努力。今は同じ目的があって一時休戦してはいるけど、普通にしていたら絶対相容れない。
 「あそこの番人には、何か情報ないの?」
 「宮本か、あいつは……特にねぇな」
 気のない玲の声。鐘を撞く、会長の側近は品行方正。変な噂も付け入る隙もない。変わり者の王様みたいな会長の刃友を務めていながら、まるっきりの優等生然とした振る舞い。思い出すと、なぜだか不機嫌になっている自分に気づいた。
 「玲、あんた本当はどこまで知ってるワケ?」
 手を組んだといっても、全て信じているわけでもない。ただ、都合のよさそうなことを利用しているだけ。多分、力だけでいったら最強だろう神門玲のこと。単純に真実だけを話しているとは思えない。紅愛の声が春風に掻き消された。
 「……」
 ほんの数ヶ月だけど、少しだけ、本当も嘘も話した。それは積み重なった事実。


 三階廊下の突き当たりの窓際で、会長がぼんやり突っ立ってる。
 そんな、役に立つんだか立たないんだかわからない情報を持って玲が飛び込んできたのは、数十分前だった。今は、廊下の角に隠れて、その人影を観察している。
 「いるだろ」
 頭の上から玲の声がする。白服が二人揃って廊下でこそこそしているのは逆に目立つ。が、この場所は突き当たりになっていて人通りが少ないから、不審な二人を見守る生徒もいなかった。
 「いるけど……何してンのよあの人。とうとうボケちゃった?」
 会長の刃友が聞いたら後ろからどつかれそうなことを発言すると、玲は微妙に眉をしかめた。
 「元からボケてるようなもんだろ、あいつは」
 「知らないわよ」
 玲ほど紅愛は会長と話したことがない。話すつもりもない。
 「ある意味、お前の態度が正しいのかもな」
 「なにが?」
 「理解しようする方か、どうかしてるってことさ」
 あの変態会長は、と玲が大げさにため息をつく。よほど日頃の会話で疲れさせられているらしい。紅愛が会長に関わらないのは、個人的に好かないからであって他の意味は何もないのだが、どうやらいつの間にか本能的に避けていたのだろうか。
 まぁ疲れることとか大変なことは、全部任せておくとして。
 「どうするのよ」
 窓の外を見つめて微動だにしない会長は、いつにも増して変だ。紅愛ですら、隙だらけなのがわかった。今後ろから襲いかかれば簡単に捕獲できてしまう。二人もいれば十分だ。
 と、そこまで頭の中で組み立てて、基本的なことに気がついた。
 「会長捕まえたって意味ないじゃない」
 いいことは一つもなさそうなその後の展開が頭をよぎったのか、玲もしかめっ面のまま固まった。
 「なんかねーのかよ。折角、あいつが隙だらけだってのに」
 「人呼び出したのは玲でしょ。何か考えなさいよ」
 「思いつかねーから言ってんだろ。お前、そういうの得意だろーが」
 「私は自分のためにしか頭使わないのよ」
 「威張って言うことかよっ!」
 揉み合っているうちに、謎の会長がわずかな金属音と共に傾いだ気がした。
 「!」
 真後ろからそっと、二人足並み揃えて近寄っていく。もしかして、会長はロボットなのか。
 (それはねーだろ)
 (まさか、ね)
 いつも涼やかな顔をして、なんか無駄にキラキラしているような気もする会長。特に称賛することはないが、いやでも目につくその整った容姿は人工物であると言っても通用しそうだ。玲が無遠慮に肩を叩いた。
 「よ、ようひつぎ」
 ものすごく不自然な笑顔。硬い動き。
 (わかりやす……)
 もっとなんかあるだろ。真横で見ていて、心の中で精一杯突っ込んでしまう。
 肩を叩かれても、会長は振り返りもしなかった。
 「なんだよ、シカトか」
 なおもガッと肩を掴むと……パシャーンと廊下に鋼がぶちまけられたような音が響いた。会長はというと、上半身だけ廊下に落ちて転がっている。
 「う」
 「わぁぁぁぁぁぁなんっだこれっ!!」
 壊した張本人の玲は、慌てて後ろに飛びずさる。その時、シュルッと紐状のものが飛んできて二人を縛った。
 「ちょっと、何してんのよそこの二人っ!」
 『帯刀!?』


 春風は微妙な思い出を乗せていく。いっそどこかへ捨ててきてしまいたい。
 「等身大ひつぎロボ、だったっけ」
 男の子の夢と希望が詰まった一品、らしい。そもそもモデルも作った人も所望している人にも、男は一人もいないというのに。作った人、帯刀はメガネを光らせて自慢話をたっぷり30分も聞かせてくれた。いい加減うざかったので、31分目に玲と同時にどつき倒して逃げた。
 アルミ製というところがこだわりらしい。
 「あれはマジで驚いたよな」
 身近な人が、触れただけで上半身だけ落ちるなんて。よく悪夢とかでありそうな話だ。
 「結局、アレどうしたんだっけ」
 「知らねー。知りたくもねー」
 あれであの変態会長を熱愛する人間は少なくないので、修復されて今はどこかのハチマキ娘の部屋にでも飾ってあるのかもしれない。もしくは変態メガネの部屋か。
 ほんの数ヶ月だけど、ほんの数えるほどだけど。
 バカの周辺でバカに関わって、バカなことをした。それももう、これで終わる。断ち切る。どれだけ居心地がよくても、今が安住の地でないことは誰もが知っている。我々は、先へ進むためにここにいる。手段は正反対でもそれだけが四人の共通点だった。
 「またこんなとこでさぼってる」
 暇な剣待生、その3登場。反射的に玲が起き上がった。そのままズカズカ近づいてきて、華麗なジャンプと配水管を利用して玲の横まで上がる。
 「いつもながら仲がよろしいわねー」
 見ていると、紗枝は手加減なく玲の耳を掴んでそのままぐいぐい引っ張っていく。寝ていた玲は引きずられるように、屋上の入り口へと引っ張って行かれる。あの二人を見ていると、刃友って夫婦の間違いなんじゃないかと錯覚する。
 (私はそんな関係ご免だけどね)
 何もかも把握されていて、コントロールされているなんて、面倒で仕方がない。相方なんかわからないくらいでちょうどいいのだ。
 「おっす、紅愛!」
 噂をすれば影。表面からは何にも読み取れない相方が元気に手を挙げて走ってきた。


 「行くわよ、玲」
 もう春になるのだから。長い冬が終わりを告げて、凍っていた様々なことが溶け出していく。
 「行くって、どこにだよ」
 「次のステージへ、ってとこかしら」
 言ってから、紗枝は空を見上げていた。薄い雲が漫然と広がっている、春の空だった。振り返ると、どちらも小柄な二人の姿があった。
 「どうにでもなるだろ、あの二人は」
 紗枝の考えを見透かしたように。玲は大きく伸びをした。
 「刃友の問題は刃友同士でなきゃどうにもできねー。それがここのルールだろ」
 「そうね」
 「大丈夫さ。あいつら、思ったよりずっと」
 四人で並んでいた数ヶ月は、存外悪くなかった。ただ、それだけだ。
 「じゃあ、玲と私の物語はどこへ続いていくのかしら?」
 終わることはできない。先へ進む。
 「……アナタのお気に召すままに」
 冬の空、春に変わり。人もみな、変わっていく。

2006年03月24日(金)
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