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■ 甘い生活
教室の一番後ろ、窓際の席で。 窓の外からは、運動に励む生徒たちの姿がちらほら見受けられる。特にこれといった感慨もなく、爪の手入れをする合間にそちらに目をやっては、また手元に戻る。さっきから紅愛の視線はその繰り返し。 「うちの学校って、ホント一般生まで筋肉バカが多いわよね」 心底呆れた口調で、ポツリと感想がこぼれた。確かに、窓の外では一般生の部活動というやつが行われている。なぜなら、今は放課後だから。剣待生はそうでなくても普通の高校生より運動量の多い学生生活を送っているから、放課後に運動部に属するような物好きはそういなかった。 ボールが宙を舞って、無心に追いかけるジャージの女子生徒たち。夕暮れの教室で、同じく学生であるはずの紅愛の瞳は冷めていた。窓の外と、手元と。正面に座っていながら、紅愛の視線からは外れているみのり。机の上に腕を乗せて、何するでもなくニコニコとしている。紅愛がまったくこちらを見ないことも気にしてる様子はなかった。 これがいつもの二人。それは本人たちが何よりよくわかっているし、周囲の人々だって。 「あ、星河さん」 教室の隅にいる紅愛の姿を発見して、一人の生徒が廊下から声をかけた。彼女は刀を差していない。一般生と剣待生は日常では同じ教室にいる。同じ授業を受けている、一応は。だから交流だってそれなりにある。どうしても寮が別だから、絆の深さに差はあるけれど。 白服を与えられて、剣待生の中でも特別な存在である紅愛に気軽に声をかける者は割に多い。同じ白服連中と比べても、気軽に声をかけられる方なのではないだろうか。理由は、概ね紅愛の醸している雰囲気にある。と、いうか他の面々がストイック過ぎるのだ。特に神のつく人とか。 剣待生だからって。生徒会のメンバーだからって。何がどうということはない、それらしい顔をする方が恥ずかしいしバカげている。 そんな風に思っているのが態度に出るのか、廊下の彼女も気軽に窓から声をかけたのだ。 「これからみんなでカ……」 「ちょっと」 一緒にいかない?と当然続くはずだった言葉は、隣のもう一人が袖を引くことで中断された。 「今、星河さん、誰といるの?」 廊下から教室の一番奥までは少し距離があって、紅愛の正面に座る人物が誰なのか、パッと見ではわかりにくい。袖を引いた方の生徒は、単純にその色でピンときたらしい。 「白服……刃友の子じゃないかな」 たった六名しかいない白い制服を着た剣待生。紅愛の刃友が誰であるか、星奪りに疎い一般生でもわかっている。それを聞いて、一人は半ば強引に腕を引かれて足早に通り過ぎて行った。 「刃友の子といる時は、絶対来ないって」 「何それ。邪魔しちゃダメってこと?」 放課後の教室の片隅で、紅愛とみのりは作戦会議をしている。少し事情を知る者なら、そこに割り込んだりは決してしない。 といっても、一見有意義な会話は交わされていないように思えた。 紅愛の注意は周囲の様々に及んでいるし、みのりは逆に何にも気を配っていないように見える。どちらも黙っているタチではないから、何かと会話をしてはいる。が、その中に作戦めいたものはおろか、星奪りの話題すら出てこない。 みのりの注意は、さっきから目の前でキラキラと輝いて見える紅愛の指先に集中していた。 荒っぽい剣待生の行動に相応しくない、整った爪を紅愛は維持している。みのりの知る限り、紅愛という人は一事が万事面倒を嫌がる。汗を流すくらいなら知恵を回す。合理的。普段そんな言葉は使わないが、一応みのりの辞書には載っている。みのりも嫌いではない。無駄がないことの、何が悪いのか。 紅愛は爪をきれいにすることには、面倒も無駄も厭わない。その点も、何だかみのりには好ましい。みのりがお菓子を好きなように、紅愛にも意味を超えて好きなものがある。普段、迷ったり泣き言を言ったりせずにサクサクと生きてる紅愛が、言わずにいる何かのように思えた。 だからちょっとぐらい舐めたくなっても、悪いのは誰でもない、はず。 「キャッ!」 突然ペロッという音ともに指先が湿っぽくなって、素で驚いたらしい。いつもより高い声を上げて、その後目を丸くしてみのりを見た。 「あまくない……」 「……当たり前でしょ」 宝石みたいなドロップみたいに、綺麗な色を放っているのに。それは甘みとは到底かけ離れた、口にするには気が進まない苦み。 「紅愛みたいだね〜」 「どういう意味よ」 口調はどこか拗ねたようで、言いながらみのりの言いたいニュアンスはとっくに伝わっているようだった。それでも特に苦情が出ないのは、言われた方も自覚しているからなのか。 「甘いと一緒に星奪れないから、紅愛は甘くなくっていいよ」 「ごめん、全然意味わかんないんだけど」 みのりの頭の中では、お菓子イコール甘いもの。甘くないお菓子(塩せんべい等)はハナから除外されている。食べたい物、甘い物、お菓子。この三段飛びが成立していた。 だからもし、紅愛が甘かったりしたら。 この教室には、今は二人しかいない。どちらかの所属クラスなのかというと、実はそうでもなかったりする。まったく関係ない教室に入って席を占拠。いや、まったく関係なくはない。 「お前ら、自分のクラスに帰れよ」 神のつく白服の一人が、二人の前にずうんと立ち塞がった。 「あら、お邪魔してま〜す」 「するなっ!なんっでいつもいつも人の席で作戦会議やるんだっ、よそでやれよそで!」 そもそも暗躍を特技とするペアが、ライバルの席で堂々と毎度作戦会議するってどうなのか。意味不明な生徒会仲間の行動に、玲は頭を抱えている。 「はいはい、もう放課後なんだから自分のクラスじゃなくって寮に帰るわよ」 「ばいば〜い」 能天気なみのりの声を聞くと、玲は頭痛が三倍増しになる気がした。
夕焼けに照らされて、影が地面に長く長く伸びていた。寮への帰り道は、戦いと生活の合間の、どちらでもない静かな時間。 「みのり」 「んぁい?」 紅愛の視線は、どこでもないものを見ていた。 「そろそろ、変え時だと思う?」 問いかけは承諾の許可。いつもと同じ調子で、ただ元気よく答えればいい。 「紅愛がそー思うんなら、そーなんじゃない?」 難しいことなんかどうでもいい。ただアナタが言うなら、それが二人の意思になる。どちらに転んでも、後悔なんてするはずがない。少なくとも、みのりは。 それ以上の紅愛の気持ちは、今はまだわからないまま。
2006年03月17日(金)
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