池ポエム
ハンス



 綾那争奪戦6

ケース6「はやてと綾那の場合」

 広場に死屍累々と剣待生たちが倒れ伏している。その中央に、はやてと綾那の姿はあった。死闘の終わりを告げる鐘の音が響く。
 肩で息をしながら、綾那は刀を収めた。
 「ったく、なんで私がこんなことを……」
 「あやなが連れて来たんだよ……」
 いつもは元気爆発でピンピンしているはやても、横でどべーっとひっくり返っている。二人の今いるところはBエリアの外れの方の原っぱ。ここまで追っ手を適度に倒しながらたどり着くという作戦は、なんとかうまくいった。
 「でもやったね」
 はやてが倒れたまま、片手だけでガッツポーズをする。
 鐘が鳴った直後、綾那とはやてはBエリアまでダッシュで移動し、その後を綾那捕獲団体のBランカーたちが追いかけるという妙な構図だった。走りながら、綾那は大変なことに気づいた。
 「まずいな」
 しかし冷静に、一人呟く綾那。先にダーッと駆けていくはやてはその小さな呟きを耳にして、綾那の真横まで近づいて顔を覗き込む。
 「何がまずいの」
 「あぁ」
 一つ呼吸を置いて、後ろの追撃者たちに聞えないように囁いた。
 「刀がない」
 二人の足が、Bエリアに入った。

 追撃者たちの地の剣が一斉に綾那に向かって振り下ろされた。
 「聞こえたかっ」
 素早く身を翻して全ての刃をかわす。綾那がはやてを見ると、ニッと余裕の笑みを見せた。
 「クロッ、そういう訳だからアンタはさっさと星を奪れ、できるだけ多く」
 天の星が奪られない限り、勝負は負けにはならない。今日の綾那は誕生日だ。刀さえなければ、はやて以外の誰かと強制的に組まされる心配もない。何しろ刀がなければ話にならない。
 「それであやな、刀を置いてきたの?」
 はやてはニッコリ笑って、綾那を見た。なぜか悠長に構えて、抜刀しないまま。
 「あぁ、そうだ。というか、本当は手近になくて」
 頭突きのダメージから回復して起き上がった時、真っ先に探したのは眼鏡、次は刀。少し見回しても見当たらなかったから、刀を置いていくという選択肢を思いついたのだ。
 会話している間にも、次々と剣待生が襲い掛かってくる。
 「何してるんだ、さっさと刀を抜け」
 綾那がはやての方に気をとられた隙に、剣待生Aが背後で振りかぶる影が映った。
 「呑気にお話なんてしてる暇あるの?」
 「くっ!」
 剣待生Aが綾那を捕える。逆サイドに剣待生Bが現れ、さすがにかわしきれない。散々人に組ませろとストーキングしておいて、標的になった狙い打ち。
 「ろくでもないルールだな」
 地の星を諦めかけたその時、はやてがあるものを放り投げた。しっかりしたストレートで剣待生Bの後頭部にヒットする。そのままバウンドして、いい具合に綾那の手に収まった。
 「クロッ、あんたが持ってたの」
 「ごめん。あやなの刀持ってたかったんだ、今日は」
 受け取ったばかりの刀には、いつものようにしげ美がぶら下がっている。綾那を囲んでいた剣待生たちが一気に動いた。間髪なく刀が抜かれて、目の前にあった地の星を四つ奪う。激しい打撃音がして、人の輪が崩れ地面に人が転がる。
 「さて、散々人のこと弄んでくれたから、お返ししようか」
 Bエリアでの死闘が始まった。夢中を剣を奮ううち、目の端でダンボールを脱ぎ捨てるはやての姿が見えた。
 そのダンボールも今は踏まれてベコベコのヘロヘロになっている。
 「まさかその下に刀持ってたなんてね」
 綾那も呆れ顔になっている。
 「ごめん、あやな」
 はやては起き上がってバツの悪そうな顔をした。刃友の刀を持っていること。それが何となく不安な今日を守ってくれる気がして、順に聞いてみたのだ。彼女は、後で綾那に言っておくよ、と承諾してくれた。
 「そっか」
 珍しく小さく縮こまるはやてを見て、綾那は珍しくバイオレンスな気分にはならなかった。それどころか、小柄な刃友に優しくしたい。変な自分。そう心では思いながら、はやての手をそっと取った。
 「心配しなくても、私はあんた以外と組みたいとは思わないから」
 前はゆかりと組んでいた。唯一無二の、他にはいない自分だけの刃友だと思った。相手もそう思ってくれていると、勝手に思い込んでいた。絶対なんて事、世の中にはそうはない。あの頃より年を取って、成長したのか達観したのかわからない。まだ諦める事はできなくて、焦りながら無様に前へ進むことを考えている。
 はやての手を握る。
 「どこにもいかない。最初に付き合うって約束したでしょ」
 せめて目の前の相手の行く末を見届けるまでは、まだ。
 「あやな、誕生日おめでとう」
 はやてが腰にしっかり抱きついてきて、きつく抱きしめられた。

2005年09月25日(日)



 綾那争奪戦5

ケース5「蹴散らす人達の場合」

 廊下に土煙というのも、考えてみると異常な現象だった。桃香は箱はやてをその場に下ろして、地響きのような集団に圧倒されていた。
 「な、なんじゃ」
 「地震?最近地震多いよねー、もかちゃん」
 はやてのアホ毛がびよんびよん揺れる。何か妖気を察しているらしい。
 「そう言えば昨日も地震あったよね」
 「へ?いつ」
 「夜の3時ぐらい」
 「う〜ん?知らんのぅ」
 世間話を続けている間にも、足音は近づいてくる。肉眼でも人影がはっきり見えるようになった頃、桃香とはやては同時に叫んだ。
 「あやな(無道さん)!」

 綾那はただ真っ直ぐに、はやて目指して走っていた。はずなのだが、どうにも背中が騒がしい。最初はこんな様子ではなかった。寮の自室を出てすぐのところで、名も知らぬ剣待生が現れた。急いでいるのであまり話を聞いていなかったが、何やら誕生日ルールのポイント目当てらしい。
 何にしろ承諾するつもりはないので、そのまま「断る」と叫んで走り続けた。学校にたどり着いてからも似たような用件の剣待生たちが4、5人行く手を阻んだが、文字通りぶっちぎって来た。だから自分の背後がどうなっているか、省みなかったのだ。男は後ろを振り返らぬもの。女だけど。
 ついに発見した、ダンボールをかぶったはやてと桃香が、盛んに後ろを指差している。
 「あやなっ、後ろ後ろ」
 つられて振り返って、事態にようやく気づいた。
 「なっ!」
 「あやな、鬼ごっこ?」
 呑気にはやてが尋ねてくるので、思わず箱の腹に蹴りをお見舞いする。
 「バカっ、元はと言えばあんたが」
 「むっ、無道さん、後ろの連中が!!」
 桃香が悲鳴を上げる。綾那捕獲団体ご一行様が、立ち止まった隙に綾那に手を伸ばしてきたのだ。ホラー映画の哀れな犠牲者さながらに、後ろに引っ張り込まれる綾那。はやてはとっさにダンボールを突き破って綾那の腕を掴んだ。
 「いやぁぁぁ!!あやながさわられるぅぅ!!!」
 「それを言うならさらわれるだっ、バカ」
 悪態を吐きながらも、次第に後退していく。やはり2対20では分が悪い。必死にもがきながら、そういえば今日は誕生日だっんだっけ、と綾那はうっすら思い出した。そもそも誕生日でなければ、こんな目に遭わずに済んだ。よくよく考えてみると、何も自分に得なことがないではないか。
 瞬間、天地の虎が咆哮した。
 「クロ、やるぞ」
 「おっしゃー!!スタンバイオッケー!!」
 「ちょっ、鐘も鳴ってないのに乱闘はあかんですって」
 桃香の冷静な突っ込みも、二人には届かない。しかしいくらなんでも、星奪り以外の時にこんな大人数とやり合ってはポイントを失うどころか停学にもなりかねない。桃香がはやてを羽交い締めしようと腕を伸ばした時、天に鐘の音が響いた。
 雲ひとつない今日の空にふさわしい、澄み切った音が。

2005年09月24日(土)
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