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■ 綾那争奪戦4
ケース4「箱人間の場合」
逆さまになってブラブラしている順が一通りの説明を終えた。さすがに少し顔色が悪くなっている。頭に血が昇りつつあるらしい。 「で、それであいつが頭突きしてくるのと、何の関係があるんだ?」 はやての誕生日を祝いたい気持ちはわかったが、それが頭突きでは表現方法が個性的過ぎる。普段から爆裂変わった刃友だったが、そこまでとは思わなかった。治まっていた頭の痛みが再発した気がする。 「結果としては頭突きになっちゃったけど、はやてちゃんはキスを狙ってたんだよ」 「ふぅん……て、何!?」 「聞えなかった?キスだよ、キス。チュー」 外見は灰色だが中身はピンク頭の順が、逆さまのままチューだのキスだの連発した。綾那の右手がブルブルと震える。 「それは、何かの嫌がらせか?」 「ヤだなー、綾那。イヤがらせだなんて、はやてちゃんは綾那を喜ばせたい一心で」 綾那のメガネがギラリと光るのを、順は確かに目撃した。静かに、しかし物凄い威圧感を背後に背負いながらゆっくりと口を開く。 「吹き込んだのは、お前か」 「まぁ、はやてちゃんがどうしたら綾那が喜ぶかって聞くからさ。ちょっと知恵を貸して……」 瞬間、綾那の脇がしっかりと締められた。膝をついて順の逆さまの顔に向き直り、腰を捻らせる。 「あっ、綾那ちょっと待っ」 「ギャラクティカマグナムっ!!!」 右腕が天に向かってしなり、見事なアッパーが顔面に決まった。ちょうどいいサンドバッグのような体勢でいた順の不運としか言いようがない。そのまま二段目から落ちて、屍と化す。綾那は首を鳴らしながら、ベッドから出る。 「今日が誕生日のうちは、まだ何か仕掛けて来るだろうな、あいつ」 血まみれで倒れているルームメイトに目もくれず、綾那は手ぶらで部屋から駆け出した。
昼休み。三年生の教室前の廊下を、はやては行ったり来たりしている。一人ではなく、桃香が何とも言い難い表情で後ろをついて来ていた。 「なぁ、黒鉄。やっぱりやめんか?」 はやては頭からダンボールをかぶり、くりぬいた穴から頭だけ出して人間看板と化していた。前と後ろには、でかい文字で『無道綾那を誘う前にあたしを倒してから行け』と書かれている。 「ダメダメ!!今日が終わるまでは、油断できないよ」 「ほうじゃけど、そろそろ周りの目ェが辛くなってきとるし」 三年生の教室にはもちろん三年生しかいなくて、一年のはやてと桃香は明らかに浮いている。はやてが妙な格好をしているからなおさらだ。 綾那を守るには、綾那を誘ってくる他の剣待生たちをガードすればいい。単純にそう考えたはやては、一年の教室に入ってくるやいなや、ダンボール工作を始めた。桃香も仕方なくカッターを握る。誕生日ルールのことは桃香も知っていたが、刃友の犬神の誕生日はまだ先だ。今のはやての慌てぶりを見ると、その日が来るのが不安になる。 「別に刃友に断る必要はどこにもないんじゃろ」 ルールでは、本来の刃友に許可をもらったり、果し合いをしたりする必要は全くなかった。つまりはやてが勝手にやっていることで、強制力がないばかりか罰される可能性もあるのだ。 そこまで言うと、ダンボール人間はやては立ち止まって俯いてしまった。 (珍しく自覚しとったんか!) ついいつもの無自覚バカ行動かと思い、言ってしまった一言に桃香も焦る。 (なんかフォローせんと……) はやてはバカはバカだったが、その気持ちの底はいつも真剣だった。同室になって数ヶ月。桃香なりにはやてのことはわかってきたし、大事な友達だとも思っている。 「大丈夫やって。無道さんも、あんたがどんだけ想っとるかようわかっとるはずじゃし」 と、言いつつ振り返った先に、ダンボール人間の姿はなく。いつの間にか通りかがりの三年生からマジックを借りて、着たままのダンボールに何か描こうとしていた。 「ていっ」 「いてっ!」 赤のマッキーを手にしたはやてが、ぼふんと廊下に倒れた。 「何するのさ、もかちゃん」 仰向けの亀のように手足をバタバタさせる。一度倒れたら自分では起き上がれないらしい。 「撤収じゃ、撤収」 「あーっ、待って待って、ダメだよ!!」 桃香はひょいっと箱ごとはやてを抱きかかえた。同じ一年生でも、体格が違う二人だから運搬には支障がない。子供の頃、ネジ巻き式のロボットのおもちゃでこんなんあったな、と思いながら抱えたまま廊下を移動する。さっきとは違った意味で好奇の視線を浴びている。 その頃。廊下を疾駆する綾那もまた、好奇の視線というか驚愕の視線を浴びていた。駆けていく後ろを無数の剣待生たちが追走している。綾那は振り返ることなく走り続け、追走する人数は移動距離に比例して増えていく。 桃香と箱人間は、廊下の彼方から土煙が上がっているのを目撃した。
2005年09月21日(水)
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