池ポエム
ハンス



 綾那争奪戦4

ケース4「箱人間の場合」

 逆さまになってブラブラしている順が一通りの説明を終えた。さすがに少し顔色が悪くなっている。頭に血が昇りつつあるらしい。
 「で、それであいつが頭突きしてくるのと、何の関係があるんだ?」
 はやての誕生日を祝いたい気持ちはわかったが、それが頭突きでは表現方法が個性的過ぎる。普段から爆裂変わった刃友だったが、そこまでとは思わなかった。治まっていた頭の痛みが再発した気がする。
 「結果としては頭突きになっちゃったけど、はやてちゃんはキスを狙ってたんだよ」
 「ふぅん……て、何!?」
 「聞えなかった?キスだよ、キス。チュー」
 外見は灰色だが中身はピンク頭の順が、逆さまのままチューだのキスだの連発した。綾那の右手がブルブルと震える。
 「それは、何かの嫌がらせか?」
 「ヤだなー、綾那。イヤがらせだなんて、はやてちゃんは綾那を喜ばせたい一心で」
 綾那のメガネがギラリと光るのを、順は確かに目撃した。静かに、しかし物凄い威圧感を背後に背負いながらゆっくりと口を開く。
 「吹き込んだのは、お前か」
 「まぁ、はやてちゃんがどうしたら綾那が喜ぶかって聞くからさ。ちょっと知恵を貸して……」
 瞬間、綾那の脇がしっかりと締められた。膝をついて順の逆さまの顔に向き直り、腰を捻らせる。
 「あっ、綾那ちょっと待っ」
 「ギャラクティカマグナムっ!!!」
 右腕が天に向かってしなり、見事なアッパーが顔面に決まった。ちょうどいいサンドバッグのような体勢でいた順の不運としか言いようがない。そのまま二段目から落ちて、屍と化す。綾那は首を鳴らしながら、ベッドから出る。
 「今日が誕生日のうちは、まだ何か仕掛けて来るだろうな、あいつ」
 血まみれで倒れているルームメイトに目もくれず、綾那は手ぶらで部屋から駆け出した。


 昼休み。三年生の教室前の廊下を、はやては行ったり来たりしている。一人ではなく、桃香が何とも言い難い表情で後ろをついて来ていた。
 「なぁ、黒鉄。やっぱりやめんか?」
 はやては頭からダンボールをかぶり、くりぬいた穴から頭だけ出して人間看板と化していた。前と後ろには、でかい文字で『無道綾那を誘う前にあたしを倒してから行け』と書かれている。
 「ダメダメ!!今日が終わるまでは、油断できないよ」
 「ほうじゃけど、そろそろ周りの目ェが辛くなってきとるし」
 三年生の教室にはもちろん三年生しかいなくて、一年のはやてと桃香は明らかに浮いている。はやてが妙な格好をしているからなおさらだ。
 綾那を守るには、綾那を誘ってくる他の剣待生たちをガードすればいい。単純にそう考えたはやては、一年の教室に入ってくるやいなや、ダンボール工作を始めた。桃香も仕方なくカッターを握る。誕生日ルールのことは桃香も知っていたが、刃友の犬神の誕生日はまだ先だ。今のはやての慌てぶりを見ると、その日が来るのが不安になる。
 「別に刃友に断る必要はどこにもないんじゃろ」
 ルールでは、本来の刃友に許可をもらったり、果し合いをしたりする必要は全くなかった。つまりはやてが勝手にやっていることで、強制力がないばかりか罰される可能性もあるのだ。
 そこまで言うと、ダンボール人間はやては立ち止まって俯いてしまった。
 (珍しく自覚しとったんか!)
 ついいつもの無自覚バカ行動かと思い、言ってしまった一言に桃香も焦る。
 (なんかフォローせんと……)
 はやてはバカはバカだったが、その気持ちの底はいつも真剣だった。同室になって数ヶ月。桃香なりにはやてのことはわかってきたし、大事な友達だとも思っている。
 「大丈夫やって。無道さんも、あんたがどんだけ想っとるかようわかっとるはずじゃし」
 と、言いつつ振り返った先に、ダンボール人間の姿はなく。いつの間にか通りかがりの三年生からマジックを借りて、着たままのダンボールに何か描こうとしていた。
 「ていっ」
 「いてっ!」
 赤のマッキーを手にしたはやてが、ぼふんと廊下に倒れた。
 「何するのさ、もかちゃん」
 仰向けの亀のように手足をバタバタさせる。一度倒れたら自分では起き上がれないらしい。
 「撤収じゃ、撤収」
 「あーっ、待って待って、ダメだよ!!」
 桃香はひょいっと箱ごとはやてを抱きかかえた。同じ一年生でも、体格が違う二人だから運搬には支障がない。子供の頃、ネジ巻き式のロボットのおもちゃでこんなんあったな、と思いながら抱えたまま廊下を移動する。さっきとは違った意味で好奇の視線を浴びている。
 その頃。廊下を疾駆する綾那もまた、好奇の視線というか驚愕の視線を浴びていた。駆けていく後ろを無数の剣待生たちが追走している。綾那は振り返ることなく走り続け、追走する人数は移動距離に比例して増えていく。
 桃香と箱人間は、廊下の彼方から土煙が上がっているのを目撃した。

2005年09月21日(水)



 綾那争奪戦3

ケース3「エロい人たちの場合」

 半分引きずりながら、それでも懸命に走って来たのだろう。少女の顔つきは必死で、息が上がって途切れ途切れになりながらも訳を説明している。背中には、少女より長身の人間が一人。まずおんぶするなら逆のポジションだろう二人だったが、今は仕方がない。
 背負われているほうは、明らかに気を失っていた。鼻血も出ている。半泣きでピンク髪の少女は訴えた。
 「あたしが、チューを、あやな……が、頭突きで」
 なんとなく想像のつくような、つかないような。とりあえず二人を中に入れて、二人がかりでベッドに寝かせた。無道綾那。確かにこの部屋の住人で、ベッドの下の段の使用者である。
 上の段使用者の順は、今まさに登校しようとしていたのだが、緊急なのでそれはパス。肩を落として綾那を覗き込んでいるはやてを見る。
 「あやなぁ」
 はやては自分が鼻血を出すのには慣れているのに、相方の出血にはいたく衝撃を受けたらしい。
 「大丈夫だって。綾那は頑丈だから、ちょっとやそっとじゃ壊れないよ」
 はやて自身、前に百人乗っても大丈夫だと言っていたような。そんな物置き並に頑健な綾那の眼鏡をそっと外して、はやてに渡した。
 「じゅんじゅんの言ったとおりやろうとしたんだけどな」
 「あたしは頭突きしろとは言ってないけどね」
 二人の綾那好きは、昨晩当人には内緒で密談を交わしていた。
 時刻は八時。綾那本人がいると殴られたり張り手されたりバイオレンスが忙しいので、いない隙にするに限る。まぁ早い話がちょっとエロい話とかを。その時も、ちょうど風呂に行っていて、待っている間暇を持て余していたはやてに、獣のお姉さんが近づいて来て言った。
 「明日、綾那の誕生日なんだよ」
 今年で出会って三年目。誕生日だからってそれがどうした、な態度を取る綾那でも、同室の友人ともなれば情報はばっちり。刃友のはやては知り合ってまだ数ヶ月だから、応援する気持ちで教えた。が、はやては胸を張って誇らしげに言った。
 「ちっちっちっ、甘いなじゅんじゅん」
 ハードボイルド風はやてと化して、どこからともなく手帳を取り出した。
 「この“あやな帳”にばっちり書いてあるもんね!」
 「あぁ、確かに“あやな帳”」
 黄緑色の表紙には、きれいに縁取りした文字でそのまんまの題が書かれていた。中をめくると、まだ一ページ目しか使っていない。
 「じゃあはやてちゃん、何か計画してるんだ?」
 順があやな帳を覗き込みながらそう言うと、はやてはものすごい自信満々な顔で言った。
 「ううん、全然」
 「……セリフとリアクションが合ってなくない?」
 「ねぇ、じゅんじゅん。あやな、何したら喜んでくれるかな」
 今度は少し、真剣な色を帯びた声音だった。
 「何、か。綾那は結構難しいかもねぇ、そういうとこ」
 順自身、はやてに正面から聞かれて、すぐには思いつかない。同室三年目の腐れ縁でもこうなのだ。綾那という人は、わかりにくそうでわかりやすく、そしてやっぱりわかりにくい人だと、順は思う。
 「ゲーム、は綾那は好きなものは自分で買っちゃってるからなぁ」
 発売日に買って、やるかはともかく手には入れてしまうタイプ。やってないソフトも相当あった。
 「8月から誕生日ルールあるし、はやてちゃん大変かもね」
 誕生日ルールのことは、剣待生全員に通達があった日から、律儀に施行されていた。その内容は、ちょっとばかり聞いた感じの内容とは違ったが。
 「誕生日ルール……」
 はやての顔が一層引き締まる。
 「『何だっけ、それ』っていうボケはなしね、はやてちゃん」
 「すごーい、どうしてわかったの!ウスパー!?」
 「それを言うならエスパーね。っていうか、やっぱり知らなかったんだ」
 はやてがまだ学校に来て間もない頃、相方となった綾那は星奪りルールをはやてに叩き込むのに苦心していた。炸裂した技の数と流れた血の量は計り知れない。新しいルールが一つ増える度、綾那とはやてコンビは血の滲むようなやり取りをして(比喩でなく)、理解していった。
 「ま、簡単に言うとだね」
 誕生日の人間を連れて星奪りに参加して勝つと、ポイント4倍。
 順は「大サービスだよね、まったく」と言って片手の指を四本立てた。
 「すごー!」
 「だから誕生日の人間は、その日一日『刃友以外の人から誘われる』ってわけ」
 「え?」
 無邪気に目を輝かせていたはやての顔が、一瞬固まった。
 「でも、でもあやなの刃友はあたしなのに」
 「もちろん、本来の刃友だってOKだよ」
 ただ、第三者から誘われて、共に戦うことが可能なだけで。はやての頭にも、事の重大さが届いたらしい。そのまま固まってブルブルと頭を抱えている。
 「いやだぁー!あやなは誰にも渡さないぞー!」
 両腕を上げて、ガッツポーズを決めるといきなり外に飛び出て行ってしまった。残された順は口をあけて、呆然とはやてが出て行ったドアを眺める。
 「大丈夫かな」
 興奮して落としていったあやな帳を拾い上げて、ため息をついた。

2005年09月18日(日)
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