池ポエム
ハンス



 君の背を計りたい

 いつものように、並んで町を歩く。何かいいことあったのだろうか。隣にいる君は機嫌がよさそう。そんな風に思っていると、全然そうでもなかったりする。自分の予想は当たらない。特に、君に関しては。


 二、三日町での仕事が続いたから、余計な洗濯物や怪我が増えなくて嬉しいんだろう。そんなぐらいに考えていた。
 「何か、いいことあった?」
 気になることは直接聞くに限る。職業柄、調べ物は日常茶飯事だが、そんな時も百聞は一見に如かず、だ。師匠同然の白熊男の口癖だった。
 アレコレ推測するのは性に合わない。前にそう言ったら、同じ仕事をしている知人に呆れた顔をされた。
 「どうして?」
 彼女は質問に真っ直ぐ答えることはあまりない。知りたいことはいつもはぐらかされて、気づいたらよくわからない所に落ち着いている。それでもいいのは、自分が驚くほど忘れっぽいから。
 「さぁ。なんか嬉しそうだから」
 「嬉しそうだなんて」
 一言も言ってないでしょ。気持ちを先読みしても、この一言で返される。言われてしまうと返す言葉もない。確かに何も言ってない。
 でもいつも思う。言った事だけが本当だろうか。
 「見てりゃわかるよ」
 眼で見ることは、何よりも大事だ。それだけでわかる情報は多い。仕事で縁のある中年女性の集団なんか、会うたびに誰でもそう言う。眼を磨け、と。
 中年女性の集団の顔を一人一人思い出していたら、並んでいたはずの彼女は少し後ろに下がっていた。2メートルぐらい距離ができる。
 「どうした」
 「アンタ、背伸びたね」
 「ん?」
 なんとなく、手を頭に当てる。ゴーグルで2センチは嵩増ししているだろうといつもからかわれる頭も、今日は何もつけていない。正真正銘、自分の身長。改めて見ると、二人の視線はぶつからなかった。
 そういえば出会ってからどれだけ経っただろう。
 「今、いくつあるの」
 身長なんて、もう何年も計っていなかった。大体身長を計る道具は、現場で使ってる巻尺ぐらいしかない。
 「アリッサはいくつ?」
 「さぁ」
 知らないのはお互い様だった。
 「さぁって、それじゃわかんねぇよ」
 相手の身長を目安にして、プラス3センチぐらいしようと思っていたのに。
 「よし、久々に計るか」
 そう言ったら、彼女の瞳が少しだけ大きく開かれた。
 「計るものなんて」
 「だいじょーぶ」
 ポケットからとっておきの道具を取り出す。計るといえば、これしかない。
 「15センチ定規で人間計れるわけないでしょっ!このバカ!!」
 「いって!!」
 みぞおちに思い切り定規が突き刺さった。素早く奪い取られて刺されたらしい。
 「竹だぞ、それ」
 素材を自慢したら、頭に定規が飛んできた。
 竹は他のものより使い勝手がいい。これは本当。
 「おーい、じゃどうするんだよ」
 「せめて巻尺使いなさいよっ」
 足早に立ち去っていく彼女の背中を追いかける。背が変わっても、年が変わっても、後姿は変わってなかった。
 巻尺でもなんでもいいから、帰ったら計ってやろう。

2005年09月06日(火)



 ワンコ増殖中

 後ろに引かないためには、それなりの準備がいる。むやみに前に突き進んで、何の傷もなしに済むやつは相当運がいい。というか、ほとんどいないだろう。無傷で勝ち誇っているように見える奴も、見えないところに傷を隠している。
 傷なんかない、と言い張って、いつも堂々と立ち向かう。本当はそうなりたい。できるなら。

 目を開けると、いつもと変わらぬ薄暗い天井があった。傍らの時計は、3時を指している。暗いわけだ。起き上がって、何が呻きたい気分だ。いつもの夢はいつも同じところで途切れ、現実の時間もほとんど同じ。そろそろこのパターンも飽きた。芸がないんじゃないのか。いつもいつも同じだと飽きられるぜ、あの自称一の側近みたいに。
 思い浮かべるだけで少し笑いがこみ上げる。ああも一途に慕う姿は、もはや感動というより笑いだ。みんなそう思ってるだろうけど。それを言えばれっきとした最強の刃友であるハチマキの彼女も、一途さでは引けをとらない。傍若無人で天衣無縫、予想不可能なあいつの周りには、どうもアホすぎるほど健気な人材が集う。
 いや、それはトップクラスだけに限った話ではないか。
 薄暗い中に、幻のように刃友の姿が浮かぶ。何度か、己の暗い頭の中では彼女は失われていた。色んな方法で。けれど理由はおおむね一つ。
 自分の目的のために。
 夢は夢だ。それに、今は二人の夢になった。その過程で何があろうと、恐れるなんて戦士の風上にもおけない。
 気勢を上げて、前を見る。そうすると、不思議と後ろに彼女の気配が感じられる。振り返りそうになる時、膝をつきたくなる時。笑っているのか、怒っているのか、呆れているのか。そのどれでもない。
 額にうっすらとかいた汗は、乾き始めていた。

 本を一ページめくる。
 色んなことがあった夏が去り、静かな秋がやって来て絶好の読書日和だ。昨年も、“学園一読書の似合う剣待生”の称号をもらったことを思い出す。
 そういえば読書の似合わない刃友には、今日はまだ会っていない。時々妙にへこみオーラを出しているから、顔を見ないとなんとなく心配になる。
 風に吹かれて、まだ読んでいないのにページは先へ進んだ。
 「おっす!」
 「わっ」
 我ながら結構棒読みな悲鳴だった。
 背中には確実に人の重みと体温。しかもよく知った。
 「どうしたの」
 顔は見えない。今日は元気なのか、それともまたどうでもいいことを気にしてテンションが低いのか。
 「へ?いや、別に意味はねーけど」
 言いながら、勝手に人の本を取って表紙を確認した。もちろん背中に乗ったまま。いつもの彼女の匂いがした。
 「げっ、またこういうのかよ。こないだ紅愛に見られてマニアックとか言われたんだぜ」
 確かにカバーも何もつけずにポンと渡したのは自分だけど、堂々と人に見られるような場所で読むとは。知らないということは幸せである。
 「今度はもっと普通のにしてくれよ」
 「あれ?まだ読むんだ」
 「いやだって言ってもどうせカバンに無理やり押し込むんだろ」
 「正解」
 よくわかってるね、と褒めたら耳をペタンとさせた犬みたいに、嬉しいような困惑したような顔になった。

 嘘みたいに平和な日常をいつか振り返る時が来るかもしれない。その時もまた、何があっても、何もなかった頃みたいに二人でいたい。 

2005年08月25日(木)
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