池ポエム
ハンス



 きみのてをとりどこまでもはしってく

 夜の闇に紛れて、人影が中を舞う。
 色んな能力があるが、空を軽々と飛び回る奴は一人しかいないのだ。菱川が望む、唯一の標的。風が葉を揺らす。
 耳の奥にいつまでも残るざわざわした音をまとわりつかせて、静かに背後に人が降り立った。
 「……待っていたよ、かえで!」



 「菱川はさー、何がしたいの」
 「別に」
 すっかり氷の溶けたコップが汗をかいている。
 「せっかく楽しいこと、できそうなのに」
 せーしゅんだよせーしゅん、と平坦に大崎が繰り返す。青春。そうだ。若いのだ。自分も、大崎もまだ。真夏の太陽が暑くても、もっと熱いものを知っている。
 「かえではどうするの」
 額に光る汗を拭きもしないで、隣の友人は笑った。
 「だって、やらないなんて選択肢ないでしょ」
 だからもう決めた、と。いつもの通り、速攻即断即決。迷いなんて母親のお腹の中に置き忘れてきたに違いない。この友人は後悔しない。だから決められる。決めたことはすぐに過去になる。
 「やろうよ」
 はっきりと、言った。
 「目的がないもの」
 「いいじゃんなくても」
 「ダメなの」
 「なんで?やってりゃなんか見つかるって」
 「かえではそれでよくても、私はダメなの」
 大崎が引っ張る袖を、精一杯振り払った。ちょっと残念そうな顔を見せて、大崎は指を引っ込める。大体なんだろう。目的が欲しいと言ったのに、目的はなくてもいいだなんて。答えになってない。そういう人だとわかっていたけど。
 菱川は前には進めない。そう簡単には。
 パックジュースの最後の一滴を啜り取る音が響いた。ベコベコにへこんだぶどうの絵。自分のコップはとうに、溶けた氷のせいで限りなく水に似た何かになってしまった。
 「あ」
 太陽のせいで、道路の向こう側がゆらゆら揺れた。あの山火事から二ヶ月半。夏だ。
 「それじゃあ、あたしでも捕まえてみる?」
 「!」
 大崎は何気なく爆弾を投げた。その一言は、私のこれからを確実に変えた。

2005年07月02日(土)



 髪を切る練習に最適(紫だけど)

 もう必要がないから、と久遠たちが部屋を出た後に残された一枚の紙。まだ残っていた一部の者たちは、それを中心に据えて何やら話し込んでいた。
 りのがおもむろに紙を手に取る。
 「ふっ、まぁ俺の予想どーりだな」
 「いつの間に予想してたの?」
 プッチャンがハードボイルドに呟き、りのは結果に改めて目を落とした。頂点に輝く奏会長の名。まるで自分のことのように誇らしい気分になる。やっぱり会長はすごい、と目を輝かせるりのを見てプッチャンは突っ込んだ。
 「お前のことじゃないだろ、りの」
 「でもでも、なんか、すごく嬉しいの」
 「わかる、今だけはすごくあんたに同感するわ、りの」
 背後から和泉がしっかりりのの肩を掴んで言った。
 「なんだよ。お前は自分がランキングに入ってて無茶苦茶喜んでたじゃねーか」
 「奏様が一位であること以上に重要なことはないの」
 ものすごくはっきりと、断定してピシッと言い放つ和泉にさすがのプッチャンもやや引く。りのはそんな和泉を見ながら、首を縦に振りまくった。
 「これがまさに、一位になる者の魅力というか人望というかカリスマというか。いよっ、奏会長日本一!」
 背後から、機械の音声が響く。小百合が慎重に腕と足をはめ、れいんは首を乗せる。これで完全復活、カリスマ一位の奏会長人形。しかし調子に乗ってれいんが人形の頭をぺこっとはたいた拍子に、またもや首が落ちてしまった。
 「うわぁぁぁぁぁぁぁ」
 「これは……夜中に落ちていたらなかなか怖いな」
 「なかなかじゃなくてすっごく怖い!っていうかそんなこと言うからすごい今想像しちゃったじゃん、小百合のあほ!!」
 極上寮の深夜の廊下に、ぽつんと落ちている奏人形(の頭)。りのは不安げにプッチャンを見た。
 「どうしようプッチャン」
 「どうもこうもないでしょ」
 しかしそれを遮ったのは、和泉香その人だった。いまいち接着がうまくいかない奏人形の頭部を颯爽と拾い上げ、りの達に向き直る。
 「これ、貰っとくわ」
 いいけどどうするつもりですか和泉さん。
 一同の心に浮かんだ疑問は、しかしなんか微妙で誰も口には出せなかった。

2005年06月10日(金)
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