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■ きみのてをとりどこまでもはしってく
夜の闇に紛れて、人影が中を舞う。 色んな能力があるが、空を軽々と飛び回る奴は一人しかいないのだ。菱川が望む、唯一の標的。風が葉を揺らす。 耳の奥にいつまでも残るざわざわした音をまとわりつかせて、静かに背後に人が降り立った。 「……待っていたよ、かえで!」
「菱川はさー、何がしたいの」 「別に」 すっかり氷の溶けたコップが汗をかいている。 「せっかく楽しいこと、できそうなのに」 せーしゅんだよせーしゅん、と平坦に大崎が繰り返す。青春。そうだ。若いのだ。自分も、大崎もまだ。真夏の太陽が暑くても、もっと熱いものを知っている。 「かえではどうするの」 額に光る汗を拭きもしないで、隣の友人は笑った。 「だって、やらないなんて選択肢ないでしょ」 だからもう決めた、と。いつもの通り、速攻即断即決。迷いなんて母親のお腹の中に置き忘れてきたに違いない。この友人は後悔しない。だから決められる。決めたことはすぐに過去になる。 「やろうよ」 はっきりと、言った。 「目的がないもの」 「いいじゃんなくても」 「ダメなの」 「なんで?やってりゃなんか見つかるって」 「かえではそれでよくても、私はダメなの」 大崎が引っ張る袖を、精一杯振り払った。ちょっと残念そうな顔を見せて、大崎は指を引っ込める。大体なんだろう。目的が欲しいと言ったのに、目的はなくてもいいだなんて。答えになってない。そういう人だとわかっていたけど。 菱川は前には進めない。そう簡単には。 パックジュースの最後の一滴を啜り取る音が響いた。ベコベコにへこんだぶどうの絵。自分のコップはとうに、溶けた氷のせいで限りなく水に似た何かになってしまった。 「あ」 太陽のせいで、道路の向こう側がゆらゆら揺れた。あの山火事から二ヶ月半。夏だ。 「それじゃあ、あたしでも捕まえてみる?」 「!」 大崎は何気なく爆弾を投げた。その一言は、私のこれからを確実に変えた。
2005年07月02日(土)
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