池ポエム
ハンス



 共に在るように

 雷雨の中、一目散に駆ける。
 旧くからの友と別れて来た。いつかはこうなると思っていた。それが、偶々今だっただけ。どちらが正しいのか。そのことばかりが頭を占めて、気づいたら飛び出していた。もう戻ることはできない。この先お互いが無事でいられるかどうか。その保障はどこにもない。いや、むしろ。
 新八の歩みは止まらない。思えば、あの人を尊敬していた。しかしそれは、多分己と同様に誇り高く生きる人物だったから。あの人と自分が、共に同じ道を歩いてゆけると信じていたから。こうなった以上、自分にできることはあの人と歩みたいと思い描いていた理想を自らの手で実現するしかない。あの人に、抱いていた理想の姿を見てほしい。自分は貴方とこうありたかったのだ、と。願わくば……。
 何度目かの雷光が天を引き裂く。雨足は一層強くなる。驚いて少し追いかけてきた仲間たちも、もうついてこなくなった。泥が膝辺りまで撥ねる。

 選択肢は最初から一つしかなかった。
 自分をご指名だというのだから、行かないわけがないだろう。雨の中を一人で。飛び出して行って、放っておけるはずがない。もちろん、一人でもしっかりやっていける奴だ。だけど、ついて来てほしいと、暗に言っている。一人でもしっかり立っていられるのに、傍らに誰かがいないと物足りない。欲張りな男だ。
 本当は、たった今、意見が衝突して仲違いした男にそれを望んでいたことも知っている。それでも全然構わないのは、自分の性分のせいだろうか。
 口からは思ったままの言葉が出てきた。いつもそうだ。細かい理屈ではない。感情が自分を動かして、生かしてくれている。正義も正解も真実も知らない。関係ないとすら思う。自分にはこれしかない。
 槍を掲げて、全力で追いかけた。大柄な奴の体が雨の中を突き進んでいくのが想像できて、少し笑いそうになる。長年共に過ごした仲間達と別れてきたばかりだというのに、これ以上ないぐらいずぶ濡れになって走るうちに、気がすっとしてきた。高揚ついでに、名前を叫ぶ。気づいて立ち止まってくれたら、また肩を並べて行けるのだ。
 名を呼ぶごとに、雷が重なるようになって、邪魔をした。

 雷鳴と共に、名が呼ばれる。新八はごちゃごちゃした頭の中を打ち捨てた。その声が聞こえる度、頭ではなくもっと別の箇所がくすぐられる気がした。歩みは自然と緩くなる。軽い早足程度になり、そのうちゆっくりした散歩になった。雨が顔をつたう。
 「新八」
 男のたくましい腕が背中を強くぶった。

2004年12月11日(土)



 インターミッション・図書室の二人

 「あのさぁ」
 「何?」
 「早速だけど、いんたーみっしょんて、どういう意味?」
 さっきから隣でぼーっとしていた相棒が、もろにひらがなっぽい発音で尋ねる。
 「多分、ちょっとした中休み、って意味だと思う」
 「多分?」
 「辞書ひけ、辞書」
 「やだ。めんどいもん。言い出したんだからアンタが引いてよ」
 幸いここは本なら呼吸が苦しくなる程ある。もちろん辞書だって。カウンターの側に一式揃っている。国語辞典から英和辞典、仏語辞典やら英英辞典やら。とりあえず学校指定の某天才辞書をめくる。
 「こんなの引かなくても、大体は本編と本編の合間に挟まってるちょっとした小話みたいなのなんだって」
 「それは、わかったけど」
 「なら、何」
 「私たちが、一体何の間に挟まってるっていうの」
 もっともだった。
 現在、図書室には本日の図書室当番が二人、いるのみ。テスト期間終了直後の図書室に人気がないのは当然のこと。人気がなくても務めは変わらない。それでもいやだと思ったことはない。このカウンターの中に座ること自体が、なんだか楽しいから。
 図書室に来る前に、元茶華道部部室だった和室に玄田が入って行くのを見た。それと関係がある。図書委員の勘と長年の腐った縁がそう言っている。
 「あーわかった」
 相棒も同じことを考えたらしい。同じ空間に長いこと座っていると思考が似てくる。
 「円と伊藤さんの間に挟まってるんだ。そうでしょ」
 確信をもって二人して頷きあう。更に、相棒の方が一歩情報通だった。
 「こないだ文芸部の部室で頼まれてたもんね」
 「何が?」
 「あれ、アンタいなかった?」
 「何日?昨日?一昨日?」
 「確か昨日の5時過ぎ。部室で一年生の字書きの子たちが集まってて、たまたま円が遊びに来てたんだ」
 「また来たか。あのケダモノ……」
 白いライオンが脳裏に浮かぶ。
 「で、学園物の小説って多いねーって話になって。そんで学園物を書くのに外せないお約束はなんだろうって話し込んじゃったんだ。テスト終わった当日だったから、みんな遅くまでだらだらしてたよ」
 「6時半には鍵閉めた?」
 「も。ちろん」
 相棒は絶対閉めてないに違いない。最後に出たのは8時と見た。
 「それで、任せなさいって円が」
 「ちょっと待って。学園物の小説の話してて、何をアイツに任せるの?」
 その後に聞いた言葉は確実に私の耳から脳に入ったと思う。惜しいことに、脳に届いて意味となったその言葉は、次の瞬間私の血を沸騰させたので、当の私は冷静に考えることができなくなってしまった。
 相棒は何一つ変わらぬ呑気顔で私が落ち着くまで待っていた。

2004年11月23日(火)
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