池ポエム
ハンス



 ある晴れた

 「アーサー」
 少女は男に呼びかける。秋深い山の色が青年の肩にのしかかる。
 「聞こえてんだろう。返事くらいしな」
 「うるさいな」
 「それでいい」
 青年の顔にはいつもと違って色が無く、隠すように不似合いな深緑のフードで覆っている。派手に彩った髪も、陽気な笑みも、一晩で消すには十分なものを、二人は見た。
 青年は悲しみ、少女は平然として朝を迎えた。
 「知らなきゃよかったと思うかい」
 枯れた葉から順に次々と舞い落ちる。
 「うるさい。一人にしてくれよ」
 降る速度と同じくらい、実はあっけないものなのだと知っていたはずなのに。強がって、甘くみていたと言うのか。天賦の才を持つ占い士といっても、あまりに普通の青年らしい甘さに、愛嬌すら感じた。
 「アーサー」
 「これはオレの未来だ」
 「そうだね」
 「あんたには関係ない」
 「ここまで一緒に来ておいて?」
 少女の見せた幻の意味を、青年は一瞬にして理解した。そして自分の間違いを悟った。おぼろげに見えることと、その内容を正しく知ることは、イコールではないのだ。
 「帰ろう」
 見上げて、随分高いところにある肩に、シワひとつないつるつるした白い手を置く。
 青年の目には涙があふれていた。
 少女は一緒に泣くことはできなかった。

2003年11月15日(土)



 ラッキー・アンラッキー

 赤ん坊が生まれた。同時に二人。
 先に出て来た方を兄、後からの方を弟とした。兄は母親と同じ茶の髪をしていた。弟の、濡れてわずかに頭に張り付く髪を見て、人々は怪訝な顔をした。
 「おめでとう、アーサー。お前もこれで父親だな」
 出産の日から一週間後。双子の赤ん坊の父親は、人気のない酒場で飲んでいた。
 「めでたい、ね。聞き飽きたよ」
 相変わらず客はいない。さして親しくもない村人たちに話しかけられるのにはうんざりしていた。今、目の前にははやらないこの店の主人がいる。
 「あんまりめでたいめでたい言われるとさ、ちっともめでたくない気分になるもんだな」
 「そう言うな。お前が村の連中に受け入れられた証拠だ」
 「オレは親父とは関係ない」
 「そのわりには次期村長の地位に就いてるじゃないか」
 主人は勝手にグラスを取り出して、自分も飲み始めた。
 「お前、知ってんだろ?オレはもう占いはできないんだ。村長の席が空いてて、たまたま座れそうなら頂くさ。ちょうど家族も増えたことだし」
 「……昔のお前からは信じられんセリフだな」
 主人と男は向かい合って黙った。
 「なぁ失踪息子」
 男は乾いた目をしていた。
 「お前が、占いを忘れた哀れな白髪野郎じゃなかったら、俺は今すぐぶん殴ってたよ」
 主人の左手の拳には血管に血管が浮かび上がった。
 数日後、はやらない店の主人がぶん殴らなくても済むような朗報が届いた。朝の新聞を取り出して、コーヒーを煎れていた主人は一瞬手を止めた。
 「聞いたか、お前」
 表に水を撒いて戻ってきた女房に声をかける。
 「何を?」
 「アーサーんとこの子、幸運と不幸の占い士だそうじゃないか」
 「何それ?」
 「知らないのか」
 「古いしきたりか何かでしょ。詳しく聞いたことはないわ」
 主人の女房は、村の中でも革新派な家庭で育っていた。
 殴られる代わりに酒を貰う。その晩に、アーサーと主人は顔を合わせた。
 「おめでとう」
 「どうも」
 「すごいじゃないか。幸運と不幸の占い士が生まれるなんて、ええと、何年ぶりだっけ」
 「三百年に一度だ」
 アーサーはむやみに酒瓶を空けた。
 「俺はおとぎ話でしか聞いたことがないが、実際どうなるんだ」
 「そんなにびっくりすることじゃないぞ。オレの方がすごい。幸運だろうと不幸だろうと、何だって百発百中だからな」
 「それは昔の話だろ」
 「うるせぇ。オレのあだ名を覚えてるか、ロブ」
 「未来をしるもの、だろ。長ったらしいしリズムが悪くて好きじゃないな」
 「ばか者。これはなぁ、オレたち占い士全ての総称から来る由緒正しい名で……」
 「はいはい。お前の話じゃないよ、俺が聞きたいのは」
 「なんだよ」
 「息子たちだよ。これからどうなるんだ。やっぱり幸運の占い士に占ってもらった奴はいいことばっかり起こるのか」
 「んな、都合のいいことがあるかぁーー!!」
 強い勢いで扉が開いて、主人に向かって女房が険しい目つきで睨んでいた。
 「おい、お前でかい声出すなよ」
 「悪ぃ」
 「で、不幸の占い士ってのは、よくないことばかり当てるんだろ。幸運はわかるが、わざわざ不幸を言い当てるってのがよくわからんな。そんなものをわざわざ生むなんて、神は何を考えてるんだ」
 「知るか。オレはお前が何考えてるのかすら知らねぇぞ」
 飲んでばかりのアーサーと、話してばかりの主人の夜は鶏の鳴き声で途切れた。

2003年11月07日(金)
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