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■ コールマイネーム
気づいたら朝になっていた。 ラムレスはカウンターにもたれかかって、どう見ても昨夜の続きのままの格好で起き上がった。 「あれ」 話し相手はとうにいない。代わりにあったのは、毛布。 「昨日は……」 少しずつ記憶をたどる。確か、金目の子供みたいな人から占い士について色々聞いていたはず。頭がはっきりしなくてそのまま毛布にくるまって座っていると、横から紺の装束を着た相棒が顔を出した。 「風邪をひきますよ」 トットニールは朝の五時だというのに、いつもと変わりなくすっきりしている。 「これ、トットニール?」 「マントで顔を覆った小柄な人に、呼ばれたんです」 「その人、まだここにいる?」 彼女は振り返って正面玄関を指した。 「どなたなんですか」 「占い士のこと、知ってるみたいでさ」 ラムレスが素早く立ち上がって駆け出す。実に控えめな溜息が聞こえた。 「あ、ごめんね。昨日戻れなくて」 「私は、別にそのことを怒っているわけでは」 「じゃあ何」 顔を隠した怪しい人物と一晩話し込むなんて、無防備にも程がある。と、頭の中には思い浮かんだ。ただし、口には出さない。 「いいえ。なんでもありません」 「そう?」 戸口で手招きをする方へ走っていくラムレスの背を見ながら、代わりに独り言を言うことにした。 「貴方のとんでもなく広い交友関係にはもう慣れてるつもりです」
それまでと変わって、今度は三人で野原を行く。 「あー、あのさ」 先頭はトットニールではなく、昨夜の金目。 「貴方の名前、聞いてもいいかな。呼び名がないってのも、不便だし」 街を出た時から、一度も地図らしきものを見ないで、それでいて迷いなく真っ直ぐにどこかを目指して突き進む。 「お前さんたちの方こそ、名乗ってないだろう」 呼ぶ機会はないだろうけどね、と付け加える。 「そうだっけ。じゃあ私はラムレスで、彼女はトットニール」 最後尾でトットニールが黙って頷く。 空を見るように視線を宙に向けて、金目はやっと応えた。 「スティッテンだよ。ここ数十年使われてない、カビの生えた名でよけりゃ勝手に呼んどくれ」 「使われてなくても、今作った名前でも、なんだって構わないよ」
「師匠」 午後二時の昼寝の時間に、そっと近づくことが許されているのは弟子だけだ。少年はなるべく慎重に、足音と呼吸を鎮めてゆらゆら揺れるソファの横に立った。 「お手紙です、けど」 「けど?」 どんなに熟睡していても人が自分の部屋に踏み入れれば目が覚める。千年も寝ていると、眠ることに飽きてくるのか、起きるのが苦痛ではなくなった。時間になっても毎朝がらくたと本に囲まれて眠っていられる若い弟子の気持ちがわからない。 「この宛名の人、ご存知ですか」 左手だけ動かして手紙を掴む。薄汚れた古い封筒には、癖のある字で親愛なるスティと書かれていた。 「スティって、女の人の名前ですよね。昔、ここにいた方ですか」 現在、少年の知る限り、老魔女の他に誰も居住者はいない。老魔女が人間でないとするなら、人間は少年ただ一人である。 「馬鹿」 黙って手紙は少年の手に戻される。 「やっぱり間違いですか。変だな、こんな山奥の住所と似たところ、あるはずないのに」 「アホ」 「え?」 「お前は、今目の前にいる師匠の名前も知らんのか」
形だけの名前だと言いながら、知っていてほしい時もあるもんだ。 「スティッテン」 昨夜知り合ったばかりの人間に呼ばれる度に、時々は一番最後に名前を呼んでくれた人間の顔を思い出す。
2003年11月01日(土)
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