池ポエム
ハンス



 よくある育児書

 「何読んでるの?」
 「う〜〜〜〜ん」
 「三鞍、とりあえずサングラス取ったら」
 「そうか。どうりで薄暗くて読みにくいと思った」
 「……男の子の育て方?」
 「うん」
 「ちょっといいですか」
 「いいよ」
 「男の子育てる予定でもあるの?」
 「今育ててるから」
 「確か千歳って女の子……」
 「って人に言って通じると思う?」
 「び、みょうかな」
 「でしょ。もちろん女の子の育て方も読んだよ。でももしかしてこっちの方が参考になるかもしれないし、まぁこの際セットで読んどこうかと」
 「まぁ、性別通りに育つとは限らないしね」
 「そうそう」
 「で、どっちの方が参考になりそうなの」
 「半々ぐらい、かな」
 「半々?へぇ。千歳にも女の子らしいとこがちゃんとあるんだ」
 「それはよくわかんないんだけど、男らしいかって言うと別にそうでもない気がするだけで」
 「何だそれ」
 「男の子か女の子かって聞かれても答えづらいんだよね、千歳は」
 「なるほど」
 「両方読んでちょうどいいぐらいかなぁ」

2003年08月25日(月)



 また会う日まで

 忘れないことだ。でも、ああいうのとは違う。
 厳しい顔つきだった。最後まで社長の意見に賛成できずに、初めて別行動を取った高田が。全てが終わった後に、気づかないうちに戻って来ていたなんて。
 事故現場にいち早く駆けつけ、後始末やらなんやら、片付けるのに奮闘したらしい。ススだらけの真っ黒な顔と服のまま医務室に突っ込んできたから、係の人は止めようと必死にすがりついてた。
 全部、終わったから。
 一言そう言うとすぐに出て行こうとした。
 「大丈夫か、とか聞いてくれないの?」
 この口数の少ない仲間は、少ない口数を全て大切な言葉に使う。何も言わないようでも、もらった言葉の数は多い。
 だから黙って出て行くなんて。
 「三鞍。全部、終わったんだ」
 高田の乾いた目は、微かに赤くなっていた。

 煙が立ち昇る。この匂いはわりと好きだ。
 「やぁ」
 寡黙に前を見つめる。
 「そういえば、高田が一番普段通りだったよね」
 「そんなことはない」
 「ここで話したじゃない。まだ新品だった時」
 あの時は松葉杖が手放せなかった。
 「……」
 厳しい目がこちらを捉える。
 「もう行くの?」
 「あの人だけが私の全てじゃない」
 機械でもないのに、同じことを言う。何度聞いても、同じ返事をしそうだ。そういうボタンがついているのだ。
 「前も聞いたよ、それ」
 そして、理解していなかった。今ならなんとなくわかる。三鞍は忘れていない。しかし忘れることもできない。高田は笑った。
 「何度も同じことを言わせてるのはそっちだろ」
 「そうだね」
 何回でも聞きたかったのかもしれない。今度吹き込んでもらおう。
 斜面を上がってくる人の頭がちらほら見える。
 「高田、一緒に戻ろう。彼女に会いたい人はたくさんいるから」
 「そうだ。若いやつに譲ってやれ。もう若くないんだから」
 そういう自分は昔から白髪が二三本あるというのに。
 三鞍は高田の背を蹴った。


2003年08月16日(土)
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