池ポエム
ハンス



 真夏の夜の悪夢2

 「あー、聞いた聞いた」
 同じ場所に複数の人間がうろうろしていると、大抵同じ噂を耳にするもんらしい。
 翌朝、トラックのエンジンをかけながら昨夜の話をしてみると、残りの二人は即座にうなづいた。
 「どこで?」
 三鞍と社長は確かに宿の一階にいたが、医者と高田は姿が見えなかったはず。
 「あぁ……二軒隣の店だ」
 なんとなく医者は顔色が悪い。
 「?なんかあったのか」
 「なんかも何もあるか。あいつと一緒にいると寝る暇もないわ」
 小さな白衣の人物は、この大陸の真ん中に位置するという、小さな国の一地方の独特なアクセントで苦情を申し立てる。
 「寝る暇って、あんた高田と一緒だったんだろ」
 その高田は、現在積荷の確認を荷台で行っている。朝ちらっと見た限りでは、いたって健康そうな様子だった。と言っても、高田は早朝のジョギングを毎朝欠かさないとでもコメントしそうなランニングの抜群に似合う健康体である。
 「まさか高田があんたに手ぇ出すとは思えないし」
 「当たり前だ、アホかお前は!……イタ」
 こめかみを押さえてうずくまる。
 一見口が悪そうだが、アホというのはいわゆるバカよりもきつくない突っ込みの言葉であって云々、と医者はいつだか言っていた。よって愛情表現込みの口癖である。
 「深酒という言葉はあっても、長酒という言葉はないな」
 なぜか体育座りをする。落ち着きを取り戻したようだ。
 「まさか、高田に付き合ってたのか?ずっと」
 「離さんのだ、あいつが」
 それは文字通りかつ物理的に離さないという意味だった。1m80はあるでかい図体と、1m50の小柄である。抱きしめてもう離さない、というとなんかロマンチックなセリフだが、よく考えると苦しく暑い。拘束である。
 「それは、なんというか、ご苦労さまでした」
 ついでに言うと、医者は割合下戸に近い。
 「社長と高田組ませればよかったんだよね」
 いつもの組み分け通りだと、そうなる。三鞍と医者でもでこぼこコンビだが、二人は同郷ゆえに息が合う。
 「それで、社長が幽霊を見に行くとか言い出しとるんだろ」
 「当たり」
 荷台の方でバタンと大きな音がした。こっちはOKだ、とハスキーな声が響く。
 「そんな時間あるんか?」
 丈の高い運転席へさっと乗り込む。隣には医者が座った。
 「偶然一緒だから」
 「は」
 医者は地図を広げた。昨日つけた赤ペンの道を走行中指示するのが役目だからだ。国道1○○号にぐるぐると幾重にも丸がつけてある。
 「予定通りに進むと、夜12時頃にちょうど通るはめになるんだ」
 「そういうことなら、別に、構わんが」
 助手席の日差し避けに挟んである、交通安全のお守りをなんとなく目で追ってみた。
 「魔除けにしとけばよかったか」
 「車乗る時に魔除けつける人は珍しいでしょ。霊媒体質じゃあるまいし」


2003年06月16日(月)



 真夏の夜の悪夢

 「聞いた?」
 ベッドに寝転んでいた社長が、唐突に言った。
 「何が」
 隣で明日のルートを確認していた三鞍は、地図から目を離さずに答える。今はまだ二人しか室内にはいない。
 「この近くのさ、国道1○○号でお化けが出るんだって」
 仰向けからうつ伏せに体勢を変えながら、言葉を続ける。長いまつげのついた青い目が、好奇心で潤んでいる。こういう時のこの人はタチが悪い。
 三鞍は軽くため息をついた。
 「それがどうした?」
 「おもしろそうじゃない」
 「ちっとも」
 実際、三鞍はおもしろいともつまらないとも感じていなかった。地図片手にもごもごとつぶやく。ノリの悪い態度に、社長は頬をふくらます。
 「えー?三鞍嫌い?こういうの」
 肘をついてあごを乗せ、両足を宙でぶらぶらさせる。小学生ぐらいしかしないそんなポーズが、なぜか微妙に似合っていた。
 「嫌いも何もないだろ。ただの噂だよ」
 別に社長だけではなかった。三鞍も隣でビール片手に街の人の語る幽霊話を聞いていたのだから。ただ、耳に入ってすぐさま耳から抜けただけで。お茶片手に聞いていた社長の上半身が妙に前のめりだったのが印象深い。冷めるよ、と小さく呼びかけたのも聞いていなかったくらいだ。
 「ばかだなぁ、三鞍。火のないところに煙は立たないって言うじゃん」
 「どこに火があるんだ?火種のない焚き火は不可能だよ」
 付箋を挟んで地図を閉じる。明日の道程は大体覚えた。ドライバー役を買っているのだから、余計なことは考えたくない。隣の社長には悪いが、一足先に休むことにした。
 「あっ、ちょっと!」
 靴の紐をほどきにかかった三鞍に、制止の声がかかる。
 「何?」
 ベッドから腕を伸ばしてじたばたしながら膨れるという難しい態度を取ってみせている。
 「今さ、寝ようとしたでしょ」
 「そうだけど」
 そう長くない腕が精一杯伸びてきて、三鞍のシーツをつかんだ。
 「まだ話途中だよ」
 「話って……何する気?社長」
 国道の幽霊、必要以上に元気な社長。三鞍の細い目がより一層すぼまった。
 そんなすぼまり目に見つめられた社長は、首の後ろが凝りそうな姿勢のままにっこりと笑う。
 「確かめようよ。そのお化け」
 「言うと思った」
 伸びた手をパシっとはたく。白くて小さい手の騒動屋。
 「そんな寄り道してる暇はないぞ」
 昨日ですでに一日半分は遅れている。いくら急ぎの依頼ではないといえ、あまり遅いのも感心しない。目の前の社長は代表者だというのに、ヒラの三鞍より何も考えていないようだった。
 「えー。国道1○○号だよ?ちょっと寄るだけで……」
 「待った」
 枕元に投げた地図を取る。赤ペンでなぞったルートをたどり、その道の名称が書いてある箇所を素早く探す。
 三鞍はゆっくりと社長の顔を見た。
 「そこ、寄るわ」



2003年06月15日(日)
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