池ポエム
ハンス



 ベタ

 「浅葱ってさ、陸路のどこが好きなの?」
 「(激しく紅茶を吹く)な、なに?!」
 「そんなにびっくりすることないでしょ。ただ陸路のどこが好きで一緒にいるのかなーって、思っただけ」
 「どことか、そういう問題じゃない」
 「じゃあなんなのさ。今時、彼のすべてが好きなの、とか寒いこと言わないでよ」
 「言うか!!それ以前に彼じゃないだろ、あいつは」
 「どっちでもいいじゃない」
 「よくはないだろ」
 「結構こだわるんだ?」
 「お前の基準で物を言うな。普通はこだわる」
 「へぇ。まぁいいや。単純に知りたいんだよね。一回離れたんだろ」
 「なんでお前がそれを……」
 「千歳から聞いた」
 「あのおしゃべりモヒカンめ」
 「他にも色々聞いてるけどね。千歳って口堅いのに誘導尋問に弱くてさぁ」
 「訂正だ。ばかモヒカンめ」
 「あの頭ってモヒカンていうの?」
 「そんなことはなんだっていい。とにかく、陸路がいいとか悪いとか、そういう次元で説明できるならとっくにしている」
 「はぁ。じゃあそういう次元を超えて浅葱の人生に密着している、と」
 「違う!変な言い方をするな!!」
 「浅葱〜、もう行くけど、用事済んだ?」
 「お、噂をすれば」
 「何々?社長と浅葱の話題に上るなんてなんか光栄だなぁ」
 「別にこいつが一方的に話題に出しただけだ。帰るぞ」
 「はいはい。それじゃあ失礼します」
 「これからも末永く仲良しでね」
 「そりゃあもう」
 「余計なこと言うな!(陸路の耳を引っ張る)」
 嵐のようなカップルが去った後。
 「ふぅ。大人しいくせににぎやかな二人だなぁ」
 「(コーヒーを置く)お疲れ様です」
 「ああいうのって、なんなんだろうね。仲がいいほどケンカするというか、浅葱が世界一のひね曲がり者なのか」
 「うらやましいですか?社長」
 「……まさか。アニーこそ、どうなのさ」
 「私は、何とも」
 「ふぅん。やってみたくなくはないけどね」
 「え?」
 「柄じゃないよ」
 「そうでも、ないですよ」
 「私がじゃない。アニー、君がだ」
 「私ですか」
 「そう。ああいう騒々しいのと、素直じゃないのは君らしくない。君は静かだし、いつも言うことをきいてくれるだろ」
 「まぁ、そうですね」
 「慣れないことを無理にするよりも、そうだな。いつもと同じことをしたいな」
 「(赤くなる)まだ仕事中です」
 「もう来ないよ、誰も(椅子から立ち上がって背を伸ばす)」


2003年06月11日(水)



 配達屋と見張り台

 大量の砂を吸ったらしい。村まであと500メートルもないところで突然止まることもないじゃないか、と口の中で繰り返しつつ押し歩く。日差しは大したことない。ただ少しばかり、小柄な自分にはこの風はきつい。許容範囲を超えている。
 わかってて毎回ここに来ている。それでも独りで言うグチくらい許されるはずだ。
 「おばあちゃん……やっぱ厳しいよ、この生活環境」
 優しく、時には抜け目ない依頼人の姿が強風の彼方にうっすら浮かぶ。
 配達屋はようやく村の入り口に立っていた。ここに来る途中でくじけそうになると、いつのまにか老婆の幻影が現れ村まで導いてくれる。案外、自分が毎回この荒野を越えられるのは実力でもスクーターの性能でもなく、老婆に憑かれているだけなのかもしれない。
 村に一歩入ると、いくらか風はマシになった。
 「こんちはー」
 小さな村に不似合いな見張り台がある。その上には誰がいるのか、よく知っている。
 「いつもの見張り番の子、いるんだろ」
 配達屋がここに来るようになってすぐに、そのメガネの見張り番に会った。もうずっと前のことになる。配達屋は青春真っ盛りと名乗ってもブーイングがこない程度の若さだったし、見張り番は若いというより幼かった。
 「そのわりにはもうメガネかけてたよなぁ。筋金入りの近視か遠視だな、ありゃ」
 老婆の幻影のようにふいに現れたりはしないが、曲がった黒ぶちのメガネの子供の顔も結構すぐ思い出せる。
 今、目の前にあるのは顔ではなくて足だけど。
 「おい。一ヶ月にいっぺんしか会わない客を迎えるのが自慢の健脚ってのは冷たいんじゃないの」
 膝から下が二本、木製の天井から伸びている。パッと見、人足の生る木だ。
 「降りようとしてたらあんたが来たんだよ」
 顔があるはずの上の方から声がする。上半身は見張り台の二階部分、膝下だけ一階に突き出て配達屋と鉢合わせしたらしい。
 「降りてこいって。久しぶりにかわいい顔でも見せてよ」
 「うわ。絶対やだ」
 かわいくない声が響く。
 「なんで?別に取って食ったりしないって」
 そこまで言うと、急に険のある声音に変調した。
 「そんなこと言って、あんたは館の女の人相手に鼻の下伸ばしてるじゃんか」
 「!お前、未成年の癖に入ってきたらダメだろ」
 「たまたま通ったんだよ。アニエスさんにピアス届けに行った時に」
 確かに身に覚えがありすぎた。どうせ部屋に入った時に偶然居合わせて、隣の部屋にでも隠れたんだろう。まさか同じ部屋のクローゼットの中に隠れたとかいう、ありそうでなかなかないパターンだったりして。
 「あれはなぁー、その、アニエスとは別に単なる茶飲み友達であって」
 なぜか浮気がばれた夫調のしゃべりになった。年下の子供相手に。
 「別に子供だからってごまかさなくていいよ。あんたが村にいる間はいっつも館で遊んでることは知ってるから」
 「あ、そうなんだ」
 二階に突き出た方はどんな顔をしてるんだろう。一ヶ月に一度でも、積み重ねれば成長していくということか。
 「お前、大人になったなぁ」
 階下のダメな大人は、足に向ってつぶやいた。
 足は器用に、親指の角度で照れを表現している、ように見えなくもない。同時に小さな声がする。
 「でもさ、まだ、名前がないんだよ」
 子供のことを呼んだことはない。呼びようがないから。
 「あぁー……そうか」
 十数年来の知り合いなのに、名前も知らない。村の人からは、この子は芽菜の子と呼ばれている。
 最初に聞かされたのは、この子が同じ年くらいの村の子供に呼ばれたのを聞いた時だ。
 「ナメコかタケノコみたいでしょ」
 「あぁ、確かに」
 幼い高めの声で、自身は鈴寧と名乗る少女は笑った。その芽菜の子は慣れているのか、ふてくされて横を向いた。
 あれは幼なじみ同士のたわいない、繰り返しの冗談。それ以上ではないはずだけど。
 「そうだ。今回帰るまでにさ、考えとこうか」
 「何を」
 「お前の名前。人の名前なんてつけたことは一度しかないけど、もしよかったら」
 足はスッと天井に引っ込んだ。
 「親方に聞いて、いいって言ったら、よろしく」
 人一人通れるぐらいの穴から、半分解凍しかけたような声が降りた。


2003年06月09日(月)
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