池ポエム
ハンス



 プレブス

 足りなくなっていたオイルを充填した。
 昨日の晩、オイル切れの警告がついたのだ。前に一度、不精なのが災いして切らしたまま走らせ、あげくエンジンを悪くしてしまっている。自分のならいいのだ。直すの自分だし。問題はこれがほぼ四人の共有の乗り物だってことで。
 「お、ちゃんと整備してんだ。珍しいな」
 エンジンから真っ黒な煙が吹いた時に、真っ先に後頭部を強打してくれた人物がにこやかに現れた。
 「また誰かに頭はたかれちゃたまんないからね。大事な脳が調子悪くなっちゃうよ」
 「大丈夫。社長は少し叩いた方がまともになる」
 「おい」
 彼女はきれいに拭き終わったシートをなでた。どちらかというと、これに一番愛情を懸けているのは彼女だった。もっと大型のバイクはあるのに、一番小さいこいつは別枠で気に入っているようだ。
 「明日、行くんだっけ」
 「そうそう」
 「目一杯ふかすなよ。チビなんだから」
 前カゴに入れっぱなしになっていたスティックシュガーをつまみ出しながら言った。
 「これ、何」
 「あぁ。こないだパン屋でもらってさぁ。出すの忘れてた」
 半分黒ずんでいる。
 「変なもん入れていくなよ……仕事なんだから」
 薄暗い電球の光でも、とってもいやそうな顔をしているのがわかった。
 裸電球には蛾がたかっている。
 「あの辺、風強いから、気ぃつけて」
 明日行く村は強風の中にある。よほどの用事がなければ部外者が訪れることはない村。この白いスクーターは、部外者ではない。
 「飛ばされないようにするよ」
 「あぁ、人一倍気をつけてよ。社長も乗り物も両方小さめなんだから」
 気づかないうちに、前に貼りつけたステッカーを指でなぞっていた。鈍い光の下で、DSの文字が輝いていた。

2003年06月03日(火)



 見張り台の上のめがね

 黄色い土ぼこりが舞う。この村へたどり着くには、いやでも強風にさらされて全身黄色くならなければならない。一番近くの町からざっと一昼夜歩き通してようやく到着するような距離。この村は、距離だけ見ればそうS級の中のS級の辺境ではなかった。
 口の中まで黄色になるかと思うほどの風に吹かれてまで、ここに来る者は少ない。なぜかといえば、それほどの価値がないからだ。金になりそうなものは何もない。ただの貧しい岩肌と砂塵ばかり。
 一筋の飛行機雲が、地上に現れた。
 「おー」
 双眼鏡なしでもはっきり見えるが、格好いいから双眼鏡を使うことにしている。
 訪問者だ。岩肌の上を滑るように、砂煙が湧き立つ。見張り番は、二階建ての家の上に無理やり作った三階ぐらいの高さから、身を乗り出して観察する。
 歩いているぐらいじゃ、ああはならない。あの真っ直ぐ伸びる蛇の足跡のような、くっきり一本の黄色い嵐。
 「来たな、配達屋」


 懐かしい風景を見ていた。
 朝目を覚ましていた時には残っていた感覚が、急に冷めていく。あれはなんだったのか、ぼんやり思ううちに早くも忘れてきた。
 「おはよー」
 気のいい、テンションの高い同僚がにこやかに笑った。

2003年06月02日(月)
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