大切な何かに気づかなきゃいけない。
ていうことまでは気づけている。
書くまでもないこと と 書いてまで伝えたいこと 書くときのその分別が難しい。 別に書かなくてもいいのに、書くし、 書いたほうがいいのに、書かない。
救いを求めるわけでなく 愚痴を書きたいわけでなく 言い訳したいわけでもなく
かといって
宣誓したいわけでなく 生存を記録したいわけでなく 解決したいわけでもない。
書くということで伝える前に ワンクッション、 「わかってもらえる」という空気は、 どんなにか大事なものだろうか。
その空気作りにこそ、 力を注ぐべきであるが。
であるが、どまりなのはなぜだ??
まぁだからこそ、僕が僕なのだろう。
いやいや、言い訳じゃなくて。
新しいものに、無駄に懐疑的。 これじゃあ、最新情報も入ってきません。
新しい=みんながとびつく=俺はとびつかねえぞ 的な図式。おっとこれは、頑固親父の図式ではないですか!
けっ、 ってなるその直前に、 試してみよう。
恥ずかしいな、 新しいものにとびつくの。
かっこわるい。
でもとびつこう。 こっそりと。←大事
人といるとき、ものつくるとき、何かするとき、 無条件の善でありたいというのが発想の基であった。 ピュアでありたい、黒い部分など何も知らない、 清純な存在でありたいと。
黒いこと知ってるのにね。 黒いことやってるのに。 自分で自分の行為に目をつぶれば、善でいられた。
悪いことだと分かっていながらも、いろんな悪さをしてきた。 人も無情に傷つけた。奇麗ごと言ってるやつだってみんなそうだ。 生きてるだけで空気吸ってるのだ。
なるべく善たらんとするのはいい、 でも悪を内包しない善のみの存在であると言ったらそれは嘘だ。
人に傷つけられたとして、それを殊更責めたりしないのは、 人を傷つけてきたからだ。業っていうのかな、sinていうのか それプラス、意識しているゴメンナサイ込みで、生きてる。
悪である、 人ってしょうがねえ生き物だ、 俺ってなんてダメなヤツなんだ。 そこからスタートして、
それでも善でありたい、 こんな俺でも善でありたい、 どうしたら、 今後の人生をより善な心持ちで生きてゆけるだろうか。
とする思い
それが、今現在の思いに近い。
歌っているとき、
その瞬間
その瞬間だけは、心がすーっと 純度の高い善になる。
だから歌いたいと思うのは、 ずるいことであろうか。
逃避であろうか。
たとえば、 組織の中にいれば組織から抜け出したい、 俺はこんなもんじゃない、 独立して自由に自分らしく生きたい、
逆に自由を手にしたらあれだ 一人ではできることが限られてる、 大きな権力にはかなわない、
は!?だ。
人間ってわがままだ。 いや、ないものねだりだ。
精神を強く持つって、 そういうの全部越えてかなきゃなんね。 見てみぬふりでもいい、その先を見てなきゃなんね。
どんな環境でも文句は言える。 でも与えられた(少しは選んだりもした)環境で、 最大限やるだけやってみんのが、いいと思うす。
文句いうエネルギーを、なんかつくるエネルギーに 変えていこうよ。
家で寝っころがってるヤツは、 一生何も言わないでください。
と、言われちゃうよ、 戦ってる人に。
俺も立ち上がるから、 かっけー人になろうぜ。
|