| 2003年02月18日(火) |
「コバルト原チャリ」セルフ全曲解説・その1 |
 アルバムタイトル:「コバルト原チャリ」
定価:\1800(税込) 品番:TAKU-0001 発売元:DOUBLE CLUTCH 販売元:UNVERSAL MUSIC K.K./IMS 発売日:2003年1月25日 収録曲: M1:綱島ラブソング M2:19歳の夕陽 M3:JOURNEY M4:レモン M5:枇杷 M6:僕を君のなかに M7:ゼット(S130型) M8:相談
<アルバムコンセプト> TAKUとして初めて世の中に発表するアルバムを制作するにあたり「TAKU入門編」 なるものを作りたかった。曲は、2002年の新曲+ストックの中から、甘酸っぱい 恋愛ソングに絞って8曲選び抜いたもの。今までのDEMO作品とは違って、TAKU が制作全般に関わるのではなく、あくまでTAKUを「素材」の良さを引き立てるた め、アレンジを含む制作全般をプロの手に委ねてみてようということになった。 アレンジは、小田和正さんのツアーバンドであるFar East Club Bandのメンバ ー稲葉政裕さん(G)栗尾直樹さん(Key)木村万作さん(Dr)と小田和正さんの 多くの作品のマニピュレータをつとめる望月さんによるもの。なお、8曲目「相 談」はTAKUの要望により、以前からTAKUのライブ・レコーディングをサポートし てきた田口智治さん(Key)にグランドピアノの演奏をお願いした。
<アルバムタイトル「コバルト原チャリ」の由来> 1曲目「綱島ラブソング」の歌詞の一節。空のコバルト色が颯爽と走らせる原 チャリにまぶしく写っている様子。初々しく恋する気持ちのキラキラ感を描き たくて思いついた言葉です。アルバム全体を包む甘酸っぱい雰囲気をうまく表 現しているんじゃないかと思ってこの言葉を選びました。
<ジャケット・レーベルデザインについて> 2002年8月からフライヤー・Webデザイン等でTAKUのコンセプトキャラクターの イラストをお願いしているイラストレーターいのうえやすこさん(Ace Duck) によるもの。「コバルト原チャリ」の制作にあたって、フライヤー・DM・グッ ズなど全てのデザイン制作を手がける。TAKU本人の姿ではなく、TAKUの歌世界 に登場する女の子を描いている。「女の子から見て、気になる女の子」がコン セプト。ジャケットは4面になっており、各季節ごとに表紙を入れ替えられる ようになっている。
<スペシャルサンクス> TAKUはみんなに支えられて、ここに立っています。 このアルバムを作るにあたって、多くの人に感謝しています。
まずはスタッフの皆さん。 原動力となってくれたり、制作のあいだずっと見守ってアドバイスをくれたり、 完成したこのアルバムを色んな方面に紹介してくれたり、販売や宣伝を頑張っ てくれたりしています。ありがとう。
写真・ヘアメイク・スタイリスト・デザイナーの皆さん。 TAKUの姿や思いを現実のものにする手伝いをしてくれています。ありがとう。 &わがままでごめんなさい(笑)
サポートミュージシャンのみんな。 多くのアイデアやイメージをライブサポートしてくれたみんなからもらいまし た。それからバンドのないTAKUの音楽の相談にものってくれてありがとう。特 に佐藤ヒロタカ君(G)にはお世話になりっぱです。いつもホントありがとう。
出演させてもらってもらっている番組・参加させてもらっているイベントのスタ ッフの皆さん、ありがとう。あと2002年、ライブ・イベントに誘ってくれた主催 者の皆さん(ミュージシャン含む)ありがとう。アルバム収録の曲達の殆どは、 皆さんが組んでくれたライブ会場で生まれ、育ったのです。
廃車になってしまったスプリンター(17万km走ったシルバー大帝)、原チャリモ ンキー、TAKUの足になって色んな機材や人を運んでくれました。ありがとう。
音楽を始めるきっかけをくれた田村さん(ON AiR WEST)、育ててくれたKaoruさ んありがとう。TAKUはここまで大きくなりました。思想やアドバイスはちゃんと 頭に焼きついてます。
今回(も)、制作に関わってないけど吉田店長ありがとう。目に見えないとこで 色々助かってます。他にも、TAKUを見守ってくれている全ての人に、ありがとう。
みんなのおかげで、こんなスゲーアルバム「コバルト原チャリ」ができました。
<アルバム全曲解説>
■M01■「綱島ラブソング」
東急東横線の駅に「綱島」っていう駅がある。 横浜から15分、渋谷から20分で着く、急行が止まる駅なのにどこか素朴な街並 みだ。
TAKUは横浜で歌をつくり、歌っているけれど、綱島には住んだこともないし、 学校があって通っていたわけでもないから、特別な思い入れがあるわけではな い。だけど、ふとした時にこの歌世界が降りてきてしまったのです。
音楽をやってると何かと東横線を利用することが多くて、何気なく窓越しに景 色を見る。横浜から急行電車に乗り込み、ドア横にもたれかかり白楽、妙蓮寺、 菊名の狭い家々を眺める。 と、突然、ぱっ、と空がひらけて、鶴見川が目に入る。
で、ある日、その夕暮れの鶴見川土手に、数組の高校生(かな)カップルが戯れ たり、座って話し込んだりしているのが見えたんだ。 それは、一瞬の出来事だけど、TAKUの頭の中に鮮烈な印象をのこした。
「なんて爽やか!!!」
で、ネタ帳にメモして、家に帰ってからあの純粋っぽい若者(キスしたか、ま だか?ぐらいの!)カップルを思い浮かべながら、素朴なメロに乗せて曲を完 成。結構すぐできた。 高校の時とか、告白したり、デートの待ち合わせしたり、手をつないだりする だけで、ドッキドキだったもんなぁ。。キスなんていったらもう!!とんでも ない!イケマセン(笑)!抱き合った時に感じる相手のかすかな香り。。ふれた 唇の柔らかさ・・思い出すたびにいちいち胸がキュンキュンゆってた。
曲を作るとき、実話に基づいて書くことは殆どないんだけど、この曲は特に、 完全なる空想の中のお話。でも、きっとみんなの記憶の中のこの「恋の始ま り」のすっぱさって、まだ思い出せると思うんだな。聴いて自分の初恋とか、 初チューとか思い出してみてほしいんだ。
作詞・作曲: オオゼキタク 編曲:稲葉政裕(Far East Club Band)
楽曲はアコギがベースになった爽やかなポップ。コーラスはどうしても女声が よくて、スタジオで受付をしていたチエちゃんっていう子に突然お願いしたの でした。
■M02■「19歳の夕陽」
今の時代の、大人になる一歩手前の子達の苛立ちを描きたかった。 TAKUは今28歳。普通にサラリーマンをしてたら、もうなかなか20歳前の子って 出会ったりしない。たとえ出会ったとしても、心を通い合わせて同じ目線で話 すことって、やっぱりちょっと無理。でも音楽をやってると、そういう世代の 人と出会ってリアルな気持ちを聞けるチャンスがよくある。
出会った19歳の子の気持ちは、何かしたいけど何をやってもつまんない、大人 のいい加減さや矛盾を見て、自分もその大人になっていくのがいやになるし、 でも実際自分が何をどうやればいいのかわからないし、もがくことももうした くない。
時代は今、悲しいニュースばかり。日経平均株価は落ちていく、デパートは閉 鎖していく。明らかに斜陽の、そして停滞の時代だ。大人たちが夢見て実現し てきたニュータウン・地上を走る地下鉄。そんな豊かすぎる世の中で育ってき た僕らは、夢も希望も持てないこんな時代の空気の渦の中で、どんな夢を持ち、 実現すれば良いのか?
そんな全てのもやもやを投げ出して、好きな子と甘えた時を過ごしていたい、 っていうのが結局、本音なんだ。
でも。
でも、 偉そうなこと言ってる今の大人達が「19歳」だった時も、 そんな彼らと同じ気持ちだったのかもしれない。
作詞・作曲: オオゼキタク 編曲:望月英樹
曲の原案のキーを半音下げて、力を抜いて囁くように歌うことに挑戦してみた。 曲中のアコギは「綱島ラブソング」を編曲してくれた稲葉さんが演奏しています。
はがきDMをポストに投函した。 いっぱい、500枚以上、投函した。
正直に言うと、 ちょっと今回はDMを送るの気まずいな、って思ってた人がいたんだ。 やっぱし色々あってさ、自分を責めたりもして。もうこれは絶縁しかない、って。 信頼って、一度傷つけちゃったら中々取り戻せるものでもなくてさ。 送ることで逆撫でするのは絶対いやだった。
それでも、このはがき送らなきゃ、と思って、 エイ!って、投函。
何かが背中を押した。
応援してくれたからここまで来れたって事、胸の奥から感謝している。 「やっとその結晶ができました」って、どうしても伝えたかった。
明らかに君達に向かって歌ってきた歌たちなんだ。 すっげ悩んで、包んで、歌ってきた歌たちなんだよ。
強く求めて飛び出すことに決めたときから 心に決めていることがある。
「望まない結果になったとしても決して人を恨まない」
すべて自分の責任において、自分の判断で決めたこと。 自分の人生のリスクは全部自分が負いたい。 もし負わせてしまったら、必ずお返しをしたい。 望む結果になったら、そりゃぁもう、惜しみなく。
人任せにできず、全部自分で背負ってしまう理由はここにあるんだろうな。 人を信じて、委ねて、預けることって、なんて難しいんだろう。 今、一番の課題って、コレなんだ。
高校の時の話。
なんか「塾」とまではいかないけど、 近所に通訳の仕事をされてる方がいて、その方のとこで、個人的に英語を教え てくれる時間っていうのがあった。んん、説明しずらいけど、なんつーかな、 ホント、超個人的に英語のレッスンをしてくれる女性で、その方(先生と呼び ます)は今でも心の恩師と思っている。
で、まーぶっちゃけすっげ厳しかったんだ。 別に「がみがみウルサイ!」っていう厳しさじゃない、こう、なんていうか、 出来ないと置いてかれる、というか、置いてかれたら最後、ドロップアウト。 毎週1回、先生の英語の時間は文字通り「試練」の時間だった。
とにかく「自分が頑張らないと恥ずかしいし、他に一緒にレッスン受けてる 同級生に迷惑がかかる」っていうプレッシャーの中で、必死こいて英語を勉 強してた記憶がある。同じ学年で6,7人、その中でTAKUは明らかに最下位だ った。
一緒に勉強してたヤツっていうのは、小学校一緒だったけど中学受験で超名 門の私学(E光学園とかA野高校とかさ)に進んでったツワモノ達。 そいつらの教科書(公立高校の教科書と違って、んげーー難しいわけさ)の 問題や、文法や熟語のドリル天声人語の英語版や高校2年なのに受験用の英文 読解や和文英訳(これは意訳できるから好きだった)をやってた記憶がある。
そいつらは現役で慶応とか早稲田に行くのは当然として(笑)、今やってる職 業がこれまた驚く。エンジニア、医者、アナウンサー、スチュワーデス、海 外赴任の銀行員・・・「嘘だろ!?」っていうくらいエリートな奴らでしょ( 笑)。そいつらは連絡こそ取らないけど、今でも尊敬してる。
ホントに、みんな妥協しないで勉強してたんだ。だからTAKUは今でも勉強す るヤツ(っていうか勉強を投げ出さないで頑張るヤツ)はカッコイイと思っ ている。
さっきも書いたけどTAKUはその中でもビリを争う頭の悪さというか、勘のみ で英語やってるというか、何しろみんなの足を引っ張るお荷物だったんだけ ど、先生はなんとか見捨てないで一緒に受験まで面倒をみてくれた。
おかげでTAKUは大学受験ではモロ役に立ったし、そのほかにも「英語でなん かする」時におじけづかないようになった。今は全然英語なんて勉強しない し使う機会もないから衰えてく一方だけど(^^;;大きな財産を得たなーって思 ってるんだ。
一緒に頑張った仲間は努力した分だけ結果を出して世界にはばたいてる。 じゃぁ、TAKUはどうなのか、っていったら、結構面白いことやってる会社に 入れたのに、3年勤めたところであっさり辞めちゃって、稼ぎになるか分から ない音楽を続けてる(しかも当時は道端で歌ってたし)。
でも。 やっぱしTAKUにだって誇りがあって、さ。 はっきり言って、結果が出ないうちは、先生に顔向けできなかったんだ。
1月25日にTAKUとして初の全国流通のアルバム「コバルト原チャリ」をリリー スすることができた。で、ようやく、本当にようやく先生に 「先生、今TAKUはこんなことやってます」って挨拶することができるんだ。
先生、今、TAKUは歌ってます。
久々に先生に会って、話をして、あの頃の気持ちを思い出した。 「上には上がいる」っていう現実を実体験の中で感じ、悔しさの中でもがいて た高校時代。焼きついた屈辱感。
ことばを操るなりわいを選んだ以上、 ことばを知ることに、もっと貪欲になりたい。 生きていることばを恐れることなく、使いたい。 ことばに使われることなく、使いこなしたい。
先生は偉そうな格言なんて何も言ってない。 ただ英語を教えていただけ。TAKUは勝手に色んなことを学んだ。 そして今、先生を師として仰ぎ見ることができる自分を幸せと思います。
つきつめたらもっともっと奥は深い。 「奥」に入れば孤独だけど、言いようもなく趣深い。
ハードルを低く設定することによって得られた、居心地の良すぎる場所に安住 しないよう、自分を戒めます。まずはどの道を求めて行くのか、そこを見極め なければ。
|