管理人の想いの付くままに
瑳絵



 ただ、愛しただけ(お題:23/※R-15)

内容がやや大人向けとなっていますので、義務教育中の方はご遠慮下さい。
あと、そういった話が嫌いな方も。
完全オリジナル。



 ただ、愛しただけ


 行灯の光がゆらりと揺れる。甘い香の立ち込める中、男は背後から女を抱き込み、そっと紅い襦袢の袂に手を差し入れる。濃紺の上質な織物に、上品かつ豪華な金の刺繍の施された内掛けと共に、襦袢をスッと肩から落とせば、情事の痕跡が色濃く残った、透けるように白い肌が姿を現す。その姿は、男の劣情を否応なく煽った。
 パタリと、丁寧に枕の二つ並べられた、ダブルサイズの布団に折り重なるように倒れ込み、女の首筋に唇を寄せる。そのまま、耳元で
「ねえ、俺の所に来ない」
 と、冗談とも取れる色を滲ませて言葉にする。
 シュルリと帯を解く音と共に、クスクスと女の笑い声が静かな部屋に響く。
「何が可笑しいの」
 男は手と愛撫を止めることなく女に問いかける。
 肌に感じる男の息がくすぐったいのか、女の笑い声は止まらない。そして、
「貴方のような子供には、私は無理よ」
 と、今度は自愛に満ちた顔で、諭すように男に言う。
「何故、」
 男は納得いかないような声色で返す。
「子供って、貴女には俺が一体幾つに映ってるの」
 まあ、年のことだけを言ってるんじゃないことは分かってるけど。と続く言葉は、男の胸の内。女も、それは分かっているのだろう。再びクスクスと笑う。
「商売柄、観察力には優れているつもりだけど……貴方はいまいちよく分からないわ。でも、強いて言うなら、二十歳くらいかしら」
 ちょっと困ったような、それでも面白そうな声。男は小さく溜息を吐く。
「俺、年相応に見られることって滅多にないんだ。これでも、もう二十五歳。四捨五入すると三十路だよ」
「あら、それは二十七の私に対する厭味かしら」
 まさか、と男が笑う。女も笑う。
 それでも、男の手は、しっかりと女の太股を撫ぜている。
「貴女は、どうして此処に居るの」
「此処は、誰にも見つからないし、何にも怯えなくていいから」
 此処で働く女としては、矛盾した答え。そして、女達が一度は言ってみたい台詞。楼閣、という場所で、誰にも会わないことも、怯えないこともできる者は、それだけ優遇される地位に居る証。
「何に怯えて、誰から逃げているの」
「さあ、そんなこと忘れたわ。覚えているのは、」
「何、」
 不意に言葉を切る女に、男は胸元に埋めていた顔を上げて女の瞳を見つめる。そこには、遥か遠くの景色が見えているかのようで、
「あっ……」
 痛みのためか、それとも快楽のためか、漏れた短い声。男の触れていた後に、薄紅色の跡。他の、変色したものとは違う、鮮やかな花弁。
「私は、人殺しだから」
 僅かに上がる息。
「じゃあ、尚更家へおいでよ。俺、刑事だから」
「なに、それ」
 確実に追い上げられながら、それでも余裕の笑みを浮かべる女。
「幾つの時、殺したの」
「二十歳」
 それから、ずっと此処に居る。と、淡々と女は語る。
「何で、殺したの」
 男の愛撫が、段々と下りていく。
「こんなの、セックスの時にする話題じゃないわ」
 まるで尋問されているみたいだ。と、女は男から顔を逸らして横を向く。その頬を両手で挟み、自分の方を向かせると、男は女の唇に愛撫する。軽いものから、性急に深いものへと。そうして響くのは、衣擦れの音と喘ぎ、漏れる吐息に卑猥な水音。そして、戯言のような愛の囁き。

 香では役に立たないほどの、情事の後の独特の熱と臭いを消すため、男は障子を開ける。曇った夜空に、ぼやけた星。
 そっと、煙草をふかせば、布団の中で女が身じろぐ。そちらに視線を向ければ、またも、どこか遠くの景色を映した瞳に行き当たる。
「ただ、」
 情事のせいか寝惚けているのか、声に涙が孕んでいる。
「愛しただけなのに」
 その、意味深で、なのに何処か投げやりともいえる言葉に、男は悟ってしまった。
 駕籠の鳥、と呼ばれる遊女達。中には、外へ出ようと必死な者も居る。
 女が此処に居る理由が、先ほどの話が真実なら、ある意味で、女の選択は正しいだろう。外へ出ることを畏れることも。
 羽ばたくことを畏れた鳥はゆるやかな死を待つだけ。そう、女が待っているのは、時効でもなく、裁きでも、赦しでもなく、死なのだ。殺めた者に一番近く、そして最も遠い場所。
「なら、」
 絶対に連れ出さなきゃ。そう呟かれた言葉は、密かに男の心に火を灯し、吐き出された煙と共にぼやけた空へと消えて行った。



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お題初の完全オリジナル
23.羽ばたくことを畏れた鳥はゆるやかな死を待つだけ
を使用。
何じゃこりゃーっ!という突っ込みは、自分で嫌というほどしたんで、できれば無しの方向で。←既に現実逃避気味。
風呂に入ってたらなぜか思いつきました(汗)
いえ、ただ「殺すこと」について考えてただけなんです。
で、ついお題に使っちゃいました(滝汗)
因みに、管理人は年齢制限の基準がいまいちよく分かりません……。

記念すべきお題10個目に、一体何をやってるのやら。

2005年03月06日(日)
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