.第3話:『眼鏡越しの空』Α丙能回)

 「ほぉら、あたしの言った通りだったでしょ?眼鏡とって化粧すれば瑶子さんに負けない、って」鏡に映るあたしを見て美和子が得意気につぶやく。
 「いっぺんやってみたかったのよねぇ、とーこちゃんを変身させるの」満足気に言うのは麻衣のお姉さんの由衣さん。
  
 あれから半年たった、2月のとある日曜日。
 今日はいよいよお姉ちゃんの結婚式。
 あたしの家でお姉ちゃんの仕度をしたのだけど、担当の美容師さんは麻衣のお母さんと由衣さんにお願いした。お姉ちゃんの支度がすんだ後、美和子たちのたくらみ通り、今度はあたしが鏡の前に座らされた、というわけ。  
 自分でもびっくりしていた。あれほど気にしていた目の傷も全然目立たないし、髪型変えて、ちょっと化粧しただけで顔が違ってみえるなんて。由衣さんが言う。「とーこちゃんってば結構綺麗だし、背が高くて、髪だってきれいなロングなのにそれに気づいてないんだもんねー。嫌になるくらい色気がない、って言うかそっけないと言うか・・・ねぇ」 

 「本並先生、おめでとー!」
 教会での式が終わり、外に出るお姉ちゃんと本並先生。待ちかまえたように紙吹雪まきーの、クラッカーならしーのする生徒&招待客の皆様。
 あたしの姿を見つけた美和子達がいっせいにかけよってくる。
「ひょえー、とーこさん化けたわねぇー」感心したようにつぶやく絵里。わいわい大騒ぎしているところにやってくる新郎新婦。  
「みんな来てくれてありがとうな」本並先生・・・もとい(今日から)お義兄さんがもうこれ以上はない、ってくらいの笑顔であたしたちに言う。
「休日返上して来たんだからさあ、よろしくね、ハネムーンのお・み・や・げ」ずうずうしいお願いをする梢を軽くこづきながら、お義兄さんはあたしに一言。
「いい女してるじゃねーか、瞳子」ちょっと眩しそうな視線であたしを見ている。

「これからもよろしくな。おまえは今日から俺の大事な妹だから」
 おまえは、俺の大事な妹。その言葉にまだ少しこころが痛むけれど。
 いつかは素直に心から彼のことを「お義兄さん」と呼べる日が来るのだろう。
 いつか、彼以上にあたしの心を占める人が現れれば・・・。

 幸せに向かって歩いていくお姉ちゃんと本並先生。その姿を見ているうちに、不意に涙が一つ、伝って落ちた。 
「瞳子ちゃん・・・大丈夫?」そばにいた美和子が心配そうにのぞき込む。 
「いやあ、今、目にゴミ入っちゃって・・・コンタクトってこれが嫌なのよねぇ」
あわてて言い訳しながら美和子から目をそらし、頬におちた涙をぬぐって空を見上げた、涙がそれ以上こぼれないように。

 

 レンズ越しに見上げた青空は涙ににじんで、それはまるで天を流れる水のように見えた・・・。
                       (第3話「眼鏡越しの空」終)

2002年04月29日(月)


.第3話:『眼鏡越しの空』

8月の登校日。
結局あれから夏休みに突入してしまったため、本並先生にはあの日以来会っていなかった。ホームルームが終わった後、教室を出ようとしたあたしを彼が呼び止める。  
 「話がある。ちょっと待ってろ」その目は恐いほど真剣だった。
「あたしは話すことなんてありません」あたしはまっすぐに彼を見つめることができない。
「先生、牧島さんはこれからあたしたちと約束があるんです」事情を知ってる美和子が横から助け船を出してくれたけど。
「十分で終わる。牧島を貸してくれ」先生の気迫に押されて美和子がうなずく。
  
 ほとんどひきずられるようにして視聴覚室に向かうあたしたち。視聴覚室に入るやいなや、小さな包みを投げる先生。
「瞳子、それ誕生日のプレゼント。こないだ渡すの忘れてたから」
  
 そして彼はまじめな顔になり、あたしの目をのぞき込むようにして聞いた。
「瞳子は俺たちの結婚に反対か?
瑶子が言ったんだ。俺たちの結婚に瞳子が反対ならば瞳子がわかってくれるまで待ってくれ、と。俺もその言葉には賛成だ。だから知りたい、瞳子の気持ちを」
 あたしはしばらく何も言えなかった。だけど、これを逃したらもう二度とチャンスはないかもしれない。あたしは思い切って言った。まっすぐに彼の目を見つめて言った。
  

 「あたしにそれを言わせるんですか?あたしは先生のことが好きなのに」と。

 「瞳子・・・」先生は驚いたのだろう。しばらくあたしたちの間に流れる沈黙。やがてその大きな手であたしの頭をくしゃ、となでる。
 「ごめんな、瞳子。おまえの気持ちに答えてやれなくて。
だけど俺は瞳子のことを大切に思ってる。瑶子だってそうだ。
瑶子はいつも言ってる、瞳子の強さに憧れる、って。
自分が体が弱いせいで、いつも瞳子が寂しい思いをしてるのを、苦しんでるのを見てきたから、瞳子のことを大事にしたいって。俺だって同感だ。
瑶子が俺のプロポーズにOKしてくれたとき、瑶子と結婚できると同時に、瞳子が俺の妹になるんだ、って思ってうれしかったんだ」

 もうあたしにはそれで十分だった。少なくとも本並先生があたしのことを嫌ってるわけじゃないってわかって。 
「じゃあ、先生もう行くね。美和子達が待ってるから。」
 あたしは視聴覚室を出る。予想通りの恋の結末にいまさら涙は出なかった。  
 教室に戻ると、心配そうな顔の美和子・梢・絵里・麻衣・楓が待っててくれた。
「待たせてごめん。さっ、帰ろうか!」
 あたしは笑顔で呼びかけた。もちろんつくり笑いなんかじゃない、心からの笑顔(のつもり)で。

                  (『眼鏡越しの空』第6話に続く。)

2002年04月28日(日)


.第3話:『眼鏡越しの空』

「あら、瞳子!どこ行くの?これからお姉ちゃんのお祝いするのよ」
玄関で靴をはいているあたしに、お母さんが背中越しに話しかける。
「うん・・・ちょっと美和子の家に行ってくる」
「そう、あまり遅くならないようにね」
 お父さんは二人のことを認めたのだろう。応接間からは楽しそうな笑い声が聞こえる。だけど、めちゃくちゃにこんがらがった心にはどれも同じ、ただの雑音にしか聞こえない。ふらふらと家を出て、夜の通りを歩いていく。美和子の家には行かず、たどり着いたのは公園。 
 小さい頃、寂しい時や悲しい時、いつもここで泣いていた。家で泣けない分、ここで泣いていた。
 ブランコに腰掛ける。少しずつこぎながらあたしは空を見上げる。
 眼鏡越しに満天の星が瞳に映る。
『ヨウコサンヲ、ボクニクダサイ』さっきの本並先生の言葉が、その時の真剣な顔が、そして彼に寄り添って心配そうな目をしていたお姉ちゃんの顔が、頭の中をぐるぐる回る。あの時、横にいるのがあたしだったらどんなに幸せだったか・・・。
 ひょっとして、先生が家に来たのはめったに定時で帰らないお父さんがあたしの誕生日の今日は必ず家にいるとお姉ちゃんが教えたから・・・?だとしたら、あたしはふたりにだしにされたってこと?あたしの誕生日を利用したって訳?
 力いっぱい漕ぎ続けてブランコはもう限界なのか、ぎしぎしと音を立てている。 それはきしんで傷だらけのあたしの心の音なのかもしれない。

 「瞳子?」突然闇の中から声がして、驚いたあたしは足を滑らせ地面に落ちた。
「おい、瞳子大丈夫か!」その声の主・亨があわててあたしに駆け寄り手をさしのべる。だけどあたしはその手を払いのけた。
「さわらないで!」
「瞳子、おまえ今日誕生日だろ?主役がこんなところでなにやってるんだよ」
「・・・・・・・・・・・・・・」 あたしは無言で服に付いた砂を払う。
「今、俺おまえのうちの前を通ったらやたら盛り上がってたからさ。てっきりおまえのバースデーを祝ってるんじゃないかと思ってさ。
いやぁ、俺もまぜてもらおうっかなぁなんて思ってたんだ」 
「うるさいわよ、亨」亨のおしゃべりは今に始まったことじゃない。だけど今日はやけにかんにさわる。
「それに、今日の主役はお姉ちゃんに持ってかれたから」
「それじゃあ、とうとう瑶子さん結婚するのか?本並も来てたみたいだし・・・
あの二人お似合いだもんなぁ。いやぁ・めでたいねえ」
「何がめでたいのよ。無神経にもほどがあるわ。人の誕生日利用して結婚の話するなんて。あたしにとって、一年に一度の特別な日にさっさと割り込んで自分のことを持ち込むなんて」
「おいおい、俺に八つ当たりかぁ?俺にいってもしょうがないだろう?何かりかりしてるんだよ。・・・あっ、ひょっとして瑶子さんに焼きもちやいてる、とか?」
 ・・・自分でも、全身の血がひいていくのがわかった。何でこいつに自分の心を読まれなきゃならないのか。誰にも見せずにいた自分の心をこいつに引っ張り出されないといけないのか。

 「何を泣いてるんだよ。さっきどこか打ったのか?」
「え?」頬に手を当てると冷たかった。自分でもよく分からないうちに涙が頬を
伝って落ちていく。自分で自分がコントロールできない。こんなことは初めてだった。
「どう・・・して・・・」無意識にこぼれるつぶやき。
「おい!瞳子しっかりしろ!!」亨があたしの肩をつかんで揺さぶる。

 「どう・・・して・・・どうしていつもお姉ちゃんなの?あれだけ大切にされてるのに何がたりないの?どうしてあたしの大事なものまでとっていくの?
なんであたしじゃないの?どうしてみんなお姉ちゃんがいいの?
どうしてあたしじゃだめなの!!」
今まで押さえてた心が暴走し始めて、疲れきったあたしにもう止めることはできなかった。情けないくらい取り乱してる。
「しっかりしろよ、おまえらしくないぞ」その言葉で、あたしの心に一瞬だけ理性が戻る。
「『あたしらしい』って何よ。どんなあたしが本当のあたしだって言うのよ?」
「どんな、って・・・。『いつも冷静でめったに泣かないクールな女』がおまえのキャッチフレーズだろ?」
「冷静?クール?何も知らないくせに」そう。誰もあたしのほんとの気持ちなんかわからない。誰にも・・・。
「その、人を馬鹿にしたような冷めきった笑い方はやめろよ。そこがかわいくないってんだよ。おまえん家で何があるか知らんけどさ、どうして姉妹でここまで違うんだよ?ちょっとは瑶子さんを見習って女らしくしたらどうだ?」    
「そんなこと、とっくの昔にやってるわよ。お姉ちゃんを見習って少しはおとなしくしようとか、女の子らしくしてようとか。お料理や裁縫だってお母さんに教えられる前に覚えた。だけど、どんなにあたしががんばっても注目されるのはいつもお姉ちゃん。愛されるのはいつもお姉ちゃん!!これが17年続いてるのよ」
あたしは何をこんなにしゃべってるのだろう。よりによって亨に・・・。
  
 「とにかく、帰ろうぜ。みんな心配する」歩き出した亨にあたしは背を向ける。
「嫌よ、今は帰りたくない。亨一人で帰れば?」
「おまえ一人ほっとくわけに行かないだろう。いくらおまえが気が強くって可愛げのないやつでも、夜の公園に一人置いといたらどんな奴がいるかわかんないだろ?おまえだって一応女なんだから」 
 しょうがねぇなあ。亨は一言つぶやき、電話してくるからそこにいろと言い残して電話の方へ歩いていった。
 だけど、亨の姿が見えなくなるとあたしはそれをきかずに歩き出した。

 夜十時すぎの街は、昼間とくらべるとあやしげ、というか毒々しい明るさ・にぎやかさにあふれて、疲れきった目や心に痛いくらいしみる。そんな中をあたしはふらふらと歩いていく。
 悲劇のヒロインを気取るつもりはなかった。だけど、小さいときに心の中に封じ込めて、押さえつけていたあたしの本心があふれだして、それがあたしを前へ、前へと進ませていた、あたしの意志を無視して。
 もうどれくらい歩いたのか・・・そんなとき、向こうに見えた二つの人影。
「瞳子!」
「瞳子ちゃん!」亨と美和子があたしにかけよってくる。逃げる気力がすでにないあたしを二人がつかまえる。
 「瞳子ちゃん、家に帰るのが嫌なら今夜は家に泊まってよ、ねっ?ちっちゃいころみたいにさ」 
 あたしは力なくうなずいた。
 
 「あら瞳子ちゃんいらっしゃい。瑶子ちゃん結婚するんだってね!おばさんお祝いしなくっちゃね!」笑顔で迎えてくれる美和子のお母さんにとりあえず笑顔を返して(どんな状況でもとりあえず笑顔で返す技は身に付いてるのだ、悲しいことに)2階の美和子の部屋に行く。
「パジャマ無いからごめん、これ着て」美和子からロングTシャツを渡されて着る。
「あのね瞳子ちゃん、あたしいつも思うの。
瞳子ちゃんってあたしたちの勉強の面倒見てくれたり、相談に乗ってくれたりするけど、自分のことは誰にも話さないで自分ひとりで解決しようとしてるでしょ?
今は良くてもいつか心がパンクしちゃうよ?
あたしたち、瞳子ちゃんにずいぶん救われているの。どんなときも、自分のことが大変なときでも、あたしたちが相談すると嫌な顔しないで聞いてくれるでしょ?
みんな瞳子ちゃんのこと、大好きなんだよ。尊敬すらしてるんだよ。
そんな瞳子ちゃんだから、みんな自分の本心をさらせるんだよ。なんでも話せるんだよ。」
「あたしは・・・そんな美和子が言うほどの奴じゃない・・・誤解してるよ。
それに、あたしは自分の本心をさらして嫌われるのがこわいの。
だからみんなにもあたりさわりの無いことしか言えない。」
 美和子のゆっくりとした、でも優しい言葉に、なぜか素直に心を開いて話すあたしがいた。
 ふだんひかえめでめったに意見をしないけど、いざとなると強い、重みのある言葉を吐く美和子。いつだって笑っている美和子。美和子こそ本当の「強い人」なのかもしれない。

 「それでもうれしいんだよ瞳子ちゃん。
だからね、瞳子ちゃんも、つらいときはつらいって言っていいんだよ。疲れたら休んでいいんだよ。泣きたかったら泣いていいんだよ。
あのね、悩みは自分だけで背負い込んだら一でしかないけど、人に話したら二分の一にも、四分の一にもなるんだよ。
あたしたちじゃ瞳子ちゃんほど頼りにならないけど、なんでも聞くから」  
 
 あたしはそれを聞くうちに、声をあげて泣いていた。
 何気ない言葉だったけど本当はその言葉を一番聞きたかったのかもしれない。
                      
                     (『眼鏡越しの空』イ紡海。)

2002年04月22日(月)


.第3話:『眼鏡越しの空』

「とーこさん、誕生日おめでとー!!」
一学期の終業式の日、大掃除を終えたあたしが教室に入ってくると、
梢・楓・絵里・麻衣があたしを取り囲む。次々に差し出されるプレゼント。
 7月20日。今日あたしは17歳になる。
「びっくりした?瞳子ちゃん」美和子がにこにこしてあたしを見る。
「もう、びっくりしたわよー。みんな何にも言わないから絶対忘れてると思ったし!あんたたちも人が悪いわねー」 
「ごめんねー。・・・と言うわけでこれ、あたしからのプレゼントね。それから、お母さんが帰りにうちに寄ってくれって。例によって毎年恒例、瞳子ちゃんのケーキ用意して待ってるから」
「ほんと?うれしいー」あたしのほおがゆるみきったその時。
「お嬢さんがた、もうホームは始まってるんだがな・・・。さっさと席つけ、おまえら」いつのまにか本並先生が教室に入ってきていてあたしの頭を出席簿で軽くたたく。

 「せんせー、今日とーこさん誕生日なんだよ」
 通知表をもらい、ホームルームが終わり。またあたしの席のまわりに集まってくるみんな。近くにいた本並先生に絵里が話しかける。
「―知ってるよ」本並先生があたりまえのような顔で答える。
「うっそ―っ!?」騒ぐみんな。
「あやしー。本並先生ってば。さてはとーこさんを毎日のよーに呼び出すのはデートのため?」冷やかす絵里や麻衣。
「ばぁか。瞳子の姉ちゃんが俺と同級生なの。俺と瞳子は昔っからの知り合いだもん。」平然と答える先生。少しがっかりしたけど、うれしかった。あたしの誕生日を覚えててくれたこと、それからみんなの前じゃ絶対に名字でしか呼ばないのに「瞳子」と名前で呼んでくれたこと。
「おいおい瞳子、そんなにじ一っと俺を見るなよ照れるじゃねーか」あたしの視線に気づいた先生が照れた表情でいう。
「瞳子(ひとみこ)とはよくいったもんだよなぁ。牧島の親はぴったりの名前をつけたよな。なんちゅうか、瞳子の瞳っていいんだよな。力強いって言うか。視線に有無を言わせない強さみたいなのを感じないか?稟としててさ」そーいえばそうだね、と美和子がつぶやく。
「そうそう!初対面だととーこさんって近寄りがたい雰囲気するんだよね」絵里もうなずく。 
「目は口ほどにものを言う、ってね。とーこさんにぴったりよ」
「そんなにあたしって目つき悪い?」あたしの問いに
「ううん、そうなんじゃなくてねえ。とにかくね、まず目に視線が行くぐらい印象的な瞳なの。 ・・・あのね、あたし思うんだけど、瞳子ちゃんはね、眼鏡はずして化粧すれば瑶子さんに負けないくらいいい女になるって」美和子がまじめな顔で答えてくれた。
 そうだな、と先生がうなずく。期待しちゃいけない、ってわかってるけどすごくうれしかった。

 その夜、珍しくお姉ちゃんもお父さんも残業しないで家に帰っていた。
「一年にいっぺんの『お約束』だからな」ビール片手に上機嫌の父。あたしとお姉ちゃんの誕生日には必ず家族全員そろってお祝いしてくれることになっている。普段はお姉ちゃん中心に回っている牧島家だけど、誕生日だけはなぜか平等にお祝いしてくれる。
 ごちそうをたいらげ、プレゼントももらい。あたしが幸せな気持ちでお茶を飲んでいたその時、玄関のチャイムが鳴った。出ていってドアを開けると、そこには
きっちりスーツを着こなした本並先生が立っていた。
 すぐにお姉ちゃんがとんできて、先生を招き入れる。母に代わって応接間にお茶を運び、あたしはそっとドアに耳を近づけて中の話を聞く。
  
 「本並くん、いつもうちの娘達が世話になって・・・今日はどうしたんだね」 
 本並先生は大学教授の父の教え子だ。緊張しているのか、しばらく沈黙が続く。やがて意を決したのか、早口の、でもはっきりと良く通る声がドア越しに飛び込んできた。
「あの・・・牧島教授・・・娘さんと、瑶子さんと結婚したいんです。僕たちは学生時代からいいお付き合いを続けてきました。そのことで今日はお伺いしたんです」




  

 その瞬間、あたしの中で、何かが壊れていく音がした。






                       『眼鏡越しの空』い紡海。

2002年04月15日(月)


.第3話:『眼鏡越しの空』

 待ち合わせのドーナツ屋に駆け込むと、梢が一人窓ぎわの席に座っていた。
「ごめんね、遅くなって・・・みんなは?」
「5分くらい前までは待ってたんだけど・・・。楓が電車の時間があったから帰ったの。」
「梢も、帰っててよかったのにー。ごめんねー」あたしが言うと、梢は静かに首を振った。
「どうしても、瞳子さんに相談したいことがあったの。・・・・楓のいないところで」いつも明るい梢の顔は蒼白で、瞳には濃い影が差していた。ただならぬ気配にあたしは息をのむ。
「楓のいないところで、って・・・どういうことなの?」そう問いかけた瞬間、梢の頬を涙がひとすじ、伝って落ちた。
「もうだめ・・・あたしこれ以上見て見ぬふりできない・・・夏樹が好きなのはあたしじゃない、楓なの。・・・楓もたぶん夏樹のことを好きなの・・・だけど、二人ともあたしに遠慮してるの・・・もう、3人でいるのさえ苦しいの。どうすればいい・・・?」
梢は、声を立てずに静かに泣いていた。あたしは何も言えなかった、気のきく言葉がどうしても出てこなかった。ただ、その場を繕うためのなぐさめの言葉をかけるよりほかなくて、結局、その解決策を見いだせないまま期末試験に突入して、それどころではなくなってしまった。
  
 そして、試験が終わった翌週の月曜日。
「おはよっ、とーこさん」あたしと美和子がいつものように登校すると、先に来ていた梢が笑顔で声をかけた。  
「あれ、梢ちゃん今日は眼鏡だね。どうしたの?」美和子の問いに
「いやあ、コンタクトが合わなくなっちゃって」と笑顔で答える梢。だけど、レンズ越しの瞳は充血して真赤で、眼鏡をかけてごまかしてはいるけれど、昨夜泣いたのは明らかだ。そんなあたしの視線に気づいたのか、梢は、
「とーこさんにはいろいろ愚痴聞いてもらったりしたけど・・・ごめん、やっぱりだめだった」そう、つぶやいた・・・。

「瞳子か。・・・瑶子、いる?」
 本並先生からお姉ちゃんに電話がかかってきたのは、その日の夜のことだった。すぐに電話を取次いで、自分の部屋に戻る。
 下から、お姉ちゃんの声が聞こえてくる。かわいらしい、女の子らしい甘い声・・・。時折聞こえる楽しそうな笑い声・・・・あたしは耳をふさぐ。
 あたしもいつか梢のように自分の恋心に決着をつけなければならない日が来るのだろうか。
 本当は、ずっとわかっていた。本並先生がお姉ちゃんの恋人だということを、初めて会ったときから気づいていた。だけど、好きになる気持ちは止められなかった。こんなふうに思うのはまちがっていると知りつつも心の底からお姉ちゃんを憎んだ。 
 
 物心ついたときには、牧島家は喘息持ちのお姉ちゃんを中心に回っていて、いつ起こるかわからない発作におびえつつ、壊れ物を扱うようにお姉ちゃんに接していた両親。そして母はまだ3歳のあたしに向かってこういった。
「瑶子ちゃんが病気で、お父さんもお母さんも大変なの。だから瞳子ちゃん、いい子にしていてね。泣かないでね。おとなしくしていてね」呪文のように何度も言い聞かせた。両親に嫌われるのを恐れた小さい頃のあたしはその言いつけを素直に守った。
 泣いたらいけない。わがまま言っちゃいけない。いつもいい子でないといけない。寂しいなんて言ったらいけない。そうしていれば、きっとお母さんもお父さんもお姉ちゃんより自分のことを見てくれるようになる、そう信じて生きてきた。
 そんなある日、あの事件が起こった。
 目のけがで病院にかつぎこまれたあたしはすぐに手術を受け、数時間後、麻酔が切れて目を覚ますと、病室には誰もいなかった。看護婦さんが気づいて駆けつけてくれるまでの数分間、あたしは絶望感に包まれていた。 
 こんなときにも、お母さん達はそばにいてくれないのだ、と。さらに、数時間後病室にやってきた母の言葉は、あたしの心を凍りつかせた。 
「瞳子!何でこんなことしたの!?男の子たちとけんかだなんて・・・ただでさえ瑶子ちゃんが発作起こして大変なのに・・・。眼鏡だって作り直すのにお金がかかるのよ」
 大丈夫、と心配してくれるだけで良かったのに、そんなことはいっさい言わず、完全看護だとわかると、瑶子ちゃんが待っているから、と着替えを放り出すようにしてさっさと家に帰ってしまった母。廊下を遠ざかっていく母の足音が聞こえなくなると、あたしは声を上げて泣いた。
 お姉ちゃんのことで頭がいっぱいだったのかも知れないけど、母にかまってもらえない寂しさと目の傷の痛みで、涙が止まらなかった。今まで、両親に嫌われないように、と自分の本心を押し殺してきたけれど、それがすべて無駄だったと思い知らされたあたしは、その日以降、家族に対して心を閉ざしてしまった。
 家族だけじゃない、まわりの人間全てに対して自分の本心を見せることをあまりしなくなった。
 『クールな瞳子』口の悪い奴には『血も涙もない女』と言われだしたのはその頃からだ。

2002年04月14日(日)


.第3話:『眼鏡越しの空』

  〜♪大嫌いだった眼鏡はずせない この何日も
「気をかくす」にも「ちゃんと見る」にも都合がいい
大嫌いなのは眼鏡じゃなくこんな自分
    ガラスの奥で叫んでいても誰も気づかない
防御壁の役ばかりでごめん やってみるね
    私をきちんと見せてくれるレンズに変える♪〜
 
 「やーい・やーい・トーコのブスー!めがねざるー 」
 教室では最近おなじみの風景。男子たちのはやしたてる声。
「トーコのいい子ぶりっこー!チクリ魔ー」一部から上がる非難の声。
「ちょっとやめなさいよ男子ー!もとはと言えばあんた達のせいでしょう!?」対抗する女の子達の声。
 ことの起こりは、こうだった。
 あたしのいる4年1組には、からだの弱い女の子がいる。体育なんかはいつも見学、おとなしくているのかいないのかわからないような女の子。
 その子のことをいつもからかったり、ちょっかいだしてる男子がいた。あたしはその女の子のことをかばった。そのうちそれを誰かが先生に言いつけたせいでその子たちは先生に説教された。その後、「言いつけたのは牧島瞳子だ」と誤解した男子達のターゲットが今度はあたしになった、というわけ。
 その頃、あたしは眼鏡をかけ始めた頃だった。だけど、小学4年生で眼鏡かけてる子なんてそういるもんじゃない。現に、この組ではあたし一人だった。重くて、わずらわしい大嫌いな眼鏡。それをねたにからかわれたあたしはついにきれてしまった。悔しくて、泣きながら叫んだ。
「こんなもの、好きでかけてるんじゃない!」男子の方をにらみつけたのと、
「うるせー、メガネブスは引っ込んでろ!」と誰かが叫んで何かをあたしに向かって投げつけたのとほぼ同時だった。
 よける間もなく、かしゃん、と言う軽い破壊音とともにまぶたに走る鋭い痛み。女子の悲鳴。あたしの目の前が真赤になり、目が開けられない。ようやく開いたもう片方の目に映ったのは制服を染めた血の赤いしみと涙のしみ。   
 騒然とする教室の中に、一人立ちすくむあたしだった・・・。

 



 がっしゃーん、という破壊音。そこであたしの夢が途切れる。
「瑶子!いいのよここは。ママがやるから。無理をして倒れたらいけないわ」
「ママったら・・・もう小さい頃の私じゃないのよ。お料理ぐらいできないとお嫁にも行けないわ」
「なに言ってるの。昨日も貧血で早退してきたじゃないの。瑶子は座ってて。ママと瞳子でやるから・・・瞳子!いつまで寝てるの?起きて手伝ってちょうだい」
・・・はいはい、そんなに言わなくても起きてますわよ。心の中で言い返す。制服の上に、エプロンをつける。ベッドサイドにおかれた眼鏡をかける。もう何年も繰り返されてきた朝の風景。
 身体の弱い7歳上の姉・瑶子(ようこ)にかまってばっかりの両親は、その下の娘が今も8年前の悪夢にうなされていることも、いくら不便でも眼鏡を外さないわけも気づいていないだろう。
 気づかれたところで、どうしろと言うわけでもないし、そんなことを話す気などさらさらない。
 心の底まで冷め切ってる、牧島瞳子・十六歳の夏・・・。


 「おっす、瞳子。A組はR(リーダー)の授業あるだろ?ノート貸してくれよ」
 家を出ると、となりのうちの同級生、永井亨(ながい・とおる)がにこにこして立っている。
「や・だ。」その笑顔を無視してすたすたと歩き出す。角を曲がると、同じく同級生の笹原美和子が待っている。今度は美和子に同じことを言う亨。 
「いやよー。亨に貸すとしばらく帰ってこないもん。瞳子ちゃん、亨はほっといて学校にいこ。」  
「ちぇーっ、二人して何だよー」これも、いつもの風景。
 近所に住んでいるせいか、幼稚園から高校まであたしたち3人のくされ縁(?)は続いている。 
「今日も暑くなりそうだねぇ」雲ひとつない空を見上げて美和子がつぶやく。
「やだねーこう暑いと。めがねに汗がたまっちゃうんだよね」あたしは眼鏡をハンカチでふきながらぼやく。 
「だったらコンタクトレンズに変えればいいだろー」あくまでも亨はのーてんきにつぶやく。
「バカ!片方いくらすると思ってんの!?安くても2万よ、2万!!
手入れも大変だし、ほこり入れば痛いし、あんなちっちゃいものに苦労するなんてまっぴらごめんよ!」・・・なんて言うのは嘘。コンタクトレンズは高校入学と同時に作ってもらった。だけど使わないのには理由がある。
 今も忘れられない小4のあの日。何かをぶつけられた拍子に眼鏡が割れ、その破片でまぶたを切った。あと5ミリ下だったら瞳に傷がついて下手すれば失明、と言うほどの深い傷だった。
 失明は免れたものの、傷跡が残った。7年たっても眼鏡をかけていないと傷があると人に気づかれるほどはっきりと残っている。
 亨も、その原因になった男子たちのグループの中にいた。なのにそれを忘れてしまったのか、単に気づいていないだけなのか、こういう発言をしてくれるから腹が立つ。  


 「よし、今日はこれで終わり。・・・と、それから牧島、後で俺のところに来い。」ホームルームが終わる間際、担任があたしにそう言い残して出ていった。
「瞳子ちゃん、何かあったの?最近本並先生の呼び出し、多いね」美和子が心配そうな表情であたしを見る。 
「たいしたことないわよ。だからみんなと先に帰っててくれる?」わかったわ、と美和子がうなずく。
「とーこさーん、ドーナツ屋で待ってるからさぁ、本並とさっさと話つけてきなよ」絵里の言葉に苦笑いしつつ、あたしは教室を後にした。

 「・・・・失礼します」
「おっ、来たな瞳子」視聴覚室にいる本並先生を訪ねていくと、彼はにこにこして手招きをする。  
「これを、瑶子に届けてくれる?」机の中から紙袋を取り出す。
「もう、いい加減にあたしを仲介役に使うのはやめてよねー」誰もいないのであたしはいつもの口調に戻してしゃべる。・・・というのも、本並先生こと本並佑哉(ほんなみ・ゆうや)氏は瑶子姉さんの高校・大学の同級生。中3の時、塾には絶対に行かないと主張したあたしの家庭教師を務めてくれた。
 だから彼が今城山高の教師で、しかも自分の担任でも、先生と言うよりは親戚の兄ちゃんみたいな気がしてる。
「それと、瞳子、おまえこの間この曲聞きたいって言ってただろ」
そう言って、今度は別の紙袋を取り出した。中にはCDが入っている。 
「うわぁーありがとう!これずっと探してたんだよねー」 
「返すのはいつでもいいからさ、ちゃんと勉強しろよー。今度の期末の俺のテストは難しいぞー。記録を伸ばすよーにがんばってくれよな」
「ご心配なく。やるときゃちゃんとやるから」
 記録と言うのは、本並先生の担当する英語の試験で、1年の1学期の中間試験から2年の1学期の中間試験まで、学年1位をあたしが取り続けていること。本並先生がおもしろがってどこまで記録が伸ばせるかつけているのだと言う。
 あたし自身、本並先生の授業だけは何があろうと集中して聞いているし、試験でも良い成績が取りたいから他の科目以上に勉強する。
 何がそうさせるのか、それが恋のせいだと気づいたのは1年前。
 だけど・・・
「・・・じゃあ、それ頼むな。最近瑶子と会う暇ないから。今度、電話するからって言っといて」
 
 夕暮れの西校舎。部屋を出たときには日が傾きかけていて、西日がまともに校舎に差し込み、まぶしかった。  
 眼鏡をはずし、ためいきをひとつ吐く。
 呼び出しのあとはいつもこんなふうに気持ちがブルーになってしまう。本並先生があたしを呼び出すことと言えば、たいていお姉ちゃんにかかわることだから。
  

 悲しいことに、先生はお姉ちゃんの彼なのだから。
                       (『眼鏡越しの空』△紡海)

2002年04月13日(土)


.intermission

2話終了です。
この物語も初出は所属サークルのテーマに沿って発表したものなんですが、
正直発表する時に勇気が要ったのを今でも覚えています。
というのも、1話で「梢の彼を盗った」楓が主人公だから。
1話だけを読んだ人にはかなり嫌われてた楓。
ブーイングを覚悟して発表したところ、予想外に楓の株は上がりましたが、夏樹が悪者になってました。
「夏樹が優柔不断だったから梢も楓も悩んだんだ!」
「男だったらはっきりせい!しっかりしろ!!」・・・だそうで(苦笑)

さて。
1話と2話の登場人物の名前にはある共通点があります。
それは「木(樹)にちなんだもの。」ということ。
特に意味はないんですが、ずっと前から「楓」という名前を使いたくて、
「彼女の彼」のストーリーができた時に、じゃあ出てくる人を木にちなんだ名前をつけようと、ふ、っと思い浮かんでつけたのが梢、夏樹、梢の姉・桂(かつら)、
楓の姉・樹(いつき)と紅葉(くれは)となりました。
さすがに瞳子たち・仲良しグループの名前をつけるときにはその法則にのっとった名前が思いつきませんでしたが・・・・。

・・・というわけで次は瞳子の物語です。
梢たちのよき姉貴分・瞳子の素顔に迫ります。

2002年04月11日(木)


.第2話:『卒業』ァ丙能回)


数日後。
「かえでー、梢から手紙が来てるわよ」紅葉(くれは)お姉ちゃんが新聞を取りに行って、ポストに入ってたよ、と四角い封筒をくれた。何だろう?と封を切ると、中から三つ折りにした便せんとあたしが渡したサイン帳が出てきた。サイン帳を渡したものの、返ってこないだろうと覚悟していたのでなんだかうれしくなった。
 しかし、手紙を読んだ瞬間、あたしは驚いて言葉を失ってしまった。   
 「あの頃、3人で約束してた『一緒の大学に行く』ことは実現できなくなっちゃった。大学は、うちの桂姉ちゃんも通ってる、東京の大学に進学することに決まったから。向こうでお姉ちゃんと同居する」と記されていたからだ。
 あたしが、あわてて梢ちゃんの家に電話をかけると、電話に出たお父さんが梢ちゃんが上京する日が今日で、空港行きの電車に乗るために駅に向かったと教えてくれた。いてもたってもいられなくなって、あたしは紅葉お姉ちゃんに駅まで送ってと頼んだ。
・・・今言わないと、今会わないともう梢ちゃんとは一生仲直りなんてできないと思ったから。

 駅につくと、梢ちゃんが乗る電車はまだ来てなかった。あたしは入場券を買い、急いで空港行きの電車の来る5番ホームに向かう。
 ラッシュアワーを過ぎて、人が少なくなったホームのベンチに梢ちゃんが一人で座っていた。 
 駅の周りの咲きかけの桜が、風に揺れるたび花びらを散らす。それは、あたしが繰り返し夢で見た、あの風景そのものだった。
 梢ちゃん、と呼びかけると彼女は顔をあげて微かに苦笑いした。
 「誰にも知らせずに行こうと思ってたのに・・・」
 その時、轟音と共にすべりこんで来る電車。荷物をとって立ち上がり、何も言わずに電車に乗る梢ちゃん。
 「梢ちゃん!」再び呼びかけたあたしに、
「見送りに来てくれてありがとう。・・・落ち着いたら、手紙書くから」涙でうるんでる瞳でほほえむ梢ちゃん。 発車のベルとアナウンスが響き渡る。ゆっくり電車が動き出す。 あたしは電車が小さくなり、見えなくなるまで見送った・・・。
  
 4月。
 夏樹くんと二人、一緒の大学に入学して何日かたち、大学生活になれ始めた頃、梢ちゃんから手紙が届いた。

 「Dear  KAEDE 
 やっとあたしも東京のスピードになれて、桂姉ちゃんと二人、毎日遊びまくって います。
 家を出てから改めて思ったことは、絵里やとーこさんたちと毎日バカやってた頃 がすごく懐かしいってこと。
 みんなどうしてるかな、ってすごく恋しくなる。
 あと、楓を傷つけたまま、楓に冷たい態度とったまま上京してきていますごく後 悔してる。
 夏樹が楓のほうを向いてる、って気づき始めた頃からはっきり言って楓の顔を見 たくなくなった。
 でも一方で、楓になりたい、夏樹に愛されてる楓になりたい・・・って思ってた。
 矛盾してるよね。
 あたしと夏樹と楓の3人の空気って言うか、雰囲気が好きでそれを壊したくな
 かったのも事実。
 なんだかんだ言っても楓はあたしの大事な友達だから。
 あんなことになった後も、本当は謝りたくてしょうがなかった。
 でも夏樹への恋心がそれを邪魔してた。
 卒業式の日、あたしたちの話を楓は聞いてたんでしょ?
 あたしはあの時高校と一緒に恋からも卒業しようと決めたの。
 今でも、夏樹のこと思い出すと少し胸が苦しくなるけど、
 前よりはずっと楽なんだ。
 そのうち、東京で素敵な恋を見つけよーかな。
 楓もがんばってね。勉強にも、恋にも。・・・じゃあ、また手紙かくね。
 
 P.S ゴールデンウィークには家に帰ります。いろんな話しようね。絵里たちとも 遊ぼうね。
 P・S.2 今、マンションの前の公園の桜が満開なの。東京ってあんなに人が多くて ごみごみしてて、空気も汚れてるのに、桜の花はそっちと同じぐらい綺麗なの。
 そっちのほうはもう散りかけてるかな。学校の屋上から校庭の桜を見下ろしなが ら大騒ぎしたあの頃に戻りたいと時々思うあたしです。
 1995・4 梢  」 
 手紙を読み終えて、あたしはすごく梢ちゃんの声が聞きたくなった。ゴールデン・ウイークまでとても待てやしない。受話器を取り上げ、梢ちゃんの家の電話番号を押す。
「もしもし・・・梢ちゃん?あたし・楓。・・・ううん、用事なんてないの。ただ、声が聞きたかったの・・・・」

 春4月。
 庭の桜の木が、風に揺れている。
 ひらり。花びらがひとひら、雪のように手紙の上に落ちた・・・。
                              (第2話『卒業』 終)

2002年04月06日(土)


.第2話:『卒業』

 それからというもの、あたしと梢ちゃんの間に気まずい空気が流れ始め、他の4人とも前のようにしゃべれなくなり、わだかまりが解けないまま、あたしはグループから離れて、同じ部活の子と行動するようになった。お弁当も、移動教室や体育の授業の時も・・・。
 そして、進級して高校3年生になり、梢ちゃんとはクラスが離れてしまった。
 テスト三昧の日々に追われ、それでも夏樹くんとのつきあいは続き、一緒の大学を受けようと決意し、二人で勉強を続けた。
 まだ梢ちゃんと夏樹君がつきあっている頃、あたしたち3人はこう言い合ったものだ。
「3人で同じ大学行けたらいいね。夏樹は法学部、あたしと楓は文学部の英文と国文学科でさ。そいで4年間も楽しく過ごすの!」と。
 梢ちゃんとすれ違いになった今、もうあの頃の楽しいときは戻ってこない・・・。それだけがやけに悲しかった。

 2月。
 卒業試験も無事終わり、大学も決まり。後は卒業式まで週1回登校すれば良くなり、あたしは自動車学校に通っている。
「・・・楓もここだったんだね」振り向くと、絵里が立っていた。3年のクラス替えであたしは美和ちゃんと一緒のクラスだったのだが、絵里・麻衣・瞳子さん・梢ちゃんが別のクラスで一緒になった。この4人と顔を会わせる機会がないため、ずいぶん久しぶりのような気がした。しばらくおしゃべりをした後、あ・そうだとつぶやいて絵里は小さなファイルをバッグから取り出す。
「これ、美和子に渡しといて。・・・それで、これが楓の分。」サイン帳のリフィルが3枚ある。
「この花がらが麻衣、モノトーンのは瞳子さん、で、この地図の絵のがあたしの。」
「・・・あたしも、書いていいの?」
「なに言ってんの?当たり前じゃない。あんなことがあったからあまりしゃべれなくなったけど、あんたは今でもあたしたちの大事な友達だよ?」涙が出そうになった。・・・でも、絵里たちはそう言ってくれても、梢ちゃんはあたしのことをまだ許してくれないだろう。
「梢ちゃん・・・大学どこに行くって?」あたしは絵里に聞いてみる。
「あたしと同じところを受けたんだけど、どうやら本命じゃないみたいだよ。本命はどこか、あたしたちも知らないんだ」
 絵里はあたしとは違う大学に行く。
 あの頃の約束はやっぱり叶わないのだろうか。あたし・梢ちゃん・夏樹君の3人で同じ大学に通うこと。そのとき、次の授業開始を告げるチャイムが鳴り、・・・次、学科の授業だから。そう言って立ち上がった絵里を呼び止める。
「これ、書いてくれる?」あたしは自分のサイン帳を渡す。
「・・・いいよ。瞳子さんと麻衣にも渡しとくよ。・・・もちろん、梢にも」

 「・・・卒業証書・森本楓。昭和五十一年九月十三日生まれ・右のもの本校普通科の課程を終了したことを証す・平成七年三月一日・県立城山高等学校校長宮原昇・第五二三三号!」
 今日は卒業式。そして最後のホームルーム。
 式で学級委員長の夏樹君が代表で受け取った卒業証書を、担任が生徒一人一人に手渡し、出席番号ラストのあたしが受け取ると教室中拍手が沸き起こる。
 「かえでー!急いで部室に行くよ!みんな待ってるから」
 卒業の感動の余韻にひたる間もなく、あたしたちの部では『卒業生追い出しコンパ』が行なわれるので大急ぎで教室を出た・・・が、部室に行ってみて、先に出たはずの夏樹君がいないのに気づき、あたしは捜しに外に出た。部室近くの西校舎の裏に夏樹くんを見つけ、声を掛けようとしたが、できなかった。夏樹くんと向かい合うように、梢ちゃんがそこに立っていたからだ。
「ごめんね。急に呼び出して。・・・あのね、あたしお願いがあるの。」何だい?と首を傾げる夏樹君に梢ちゃんは一言。
「夏樹のタイピンが、ほしいの」
 城山高校では、卒業の時にカップルになった二人、または好きな人に男の子は校章入りのネクタイピン、女の子は制服のスカーフ止めをあげる習慣がある。『制服の第二ボタン』に似たニュアンスを含む習慣が。・・・そのタイピンをくれ、と梢ちゃんは言っているのだ。戸惑う夏樹くんに、梢ちゃんは一言、
「・・・冗談よ。タイピンは楓のためにとっておくのよね。・・・だから、あたしにはネームをちょうだい。」いいよ。そう言ってネームを外す夏樹君。
「ありがとう!大切にするね。・・・この3年間、いろんなことがあったけど、あたし夏樹に会えて、  短かったけど、夏樹の彼女になれてうれしかった。・・・大学は違うけど、これからもよろしくね。それから、楓のこと、絶対泣かしちゃだめよ。別れるって言うなら、あんな嫌な思いしてカップルになった意味ないからね。あんないい子他にいないんだから、絶対に離しちゃだめよ!」
「いわれなくてもそうするよ!」夏樹君の言葉に顔を見合わせ笑う二人。元恋人同士だけあって、『ただの友達』とは違った空気が二人を包んでいる。・・・結局、声はかけられずに、あたしは部室へと引き返した。
 そして、結局梢ちゃんとはあの日以来話すことなく、梢ちゃんの進路もわからず、何となく消化不良の気持ちを抱えたまま、あたしの高校生活は幕を閉じた・・・。

                           (次回・最終話へ続く)

2002年04月02日(火)


≪back title list next≫

menu

最新の日記
メール

enpitu menu

My追加

My追加
enpitu skin:[e;skn]

Copyright (C) shi-na, All rights reserved.