.第2話:『卒業』

「梢ちゃん・・・今、なんて言ったの?」
「だから・・・今日はあたしと夏樹の最後のデート」明るく言ったつもりでも、涙をこらえてるのがありありと見える梢ちゃん。
 テスト明けの日曜日。梢ちゃんに呼び出されて遊園地に行くと、そこには夏樹君がいた。そして、梢ちゃんはあたしたちに向かってこういったのだ。
「・・・気づいてたよ。夏樹の気持ちも、楓の思いも。だけど、二人とも遠慮しあって本心を打ち明けようとしないんだもん。二人の優しさにこれ以上甘えてられない。そうなると、あたしが退くしかないじゃない、夏樹があたしを見てないとわかった以上は!」  
 
 あたしは心が痛かった。『見つめているだけでいい』なんてただの自己満足にしか過ぎない。あたしたちがそういう感情を持っていたことで、梢ちゃんを傷つけていたのだ。そして、梢ちゃんにとって最悪の結末になってしまった・・・。 だけど、梢ちゃんは最後まで笑っていた。『邪魔者は消えるか』と背中を向けて歩き出すまで・・・。
 去っていく梢ちゃんの姿を目で追いながら、あたしは涙が止まらなかった。梢ちゃんへの申し訳ない、という思いとこれからどうなるのかと言う不安で。そんなあたしを抱き寄せて夏樹君は言った。
「泣くなよ、楓。もし、梢や他のみんなが楓を敵に回しても、僕が守るから。今回のことはみんな僕が悪いんだ。梢と付き合っているのに楓を好きになってしまったのだから。・・・何があっても、どんなことがあっても最後まで楓のことを守るから」
 
 「・・・楓、ちょっと」
 翌日の放課後。授業を終えて、部活が休みなのをいいことに、さっさと帰ろうかな・・・と思っていたところに、絵里に呼び止められた。
実を言うと、今日は学校に行きたくなかった。梢ちゃんと顔を会わせづらかったからだ。朝、むかえに来た夏樹君と二人で登校して、非難の嵐を覚悟して教室のドアを開ける・・・と。  
「―おはよっ!」
 梢ちゃんが笑顔であいさつするので面食らってしまう。昨日のことが嘘のような、晴れ晴れとした笑顔。
 そうするうちに午前中の授業も終わり、ランチタイム。いつもはさっさとみんなの机を並べてるあたしなのに今日はためらってしまう。そこへ、梢ちゃんが声をかける。
 「なにやってんの、楓!早くおいでよ」こうしてみんなで食べ始めたのだが、事情を知ってるせいかみんな口をつぐんでしまい、梢ちゃんの声だけが響きわたる・・・。 

 そして、放課後。 
 教室を出る。校舎と校舎をつなぐ渡り廊下。そこには瞳子さんが待っていた。
「・・・どういうことなの?おとといまで梢の彼だと思ってた富田氏が今日は楓と一緒に登校してきて。当の梢は変に明るいし・・・。」
「・・・あたしにだって分からないよ。昨日急に呼び出されて・・・梢ちゃん、いつから気づいてたんだろう・・・あたしが夏樹君のことを好きだってこと・・・きっと、あたしの思いが梢ちゃんを苦しめていたんだよね・・・」
 あたしの言葉に、瞳子さん、ため息ついて一言。
 「梢はね、楓が思ってるよりもずっと前から気づいてると思う。・・・実はね、あたし相談受けてたのよ。夏樹が自分といても全然楽しそうじゃない、あたしが夏樹に甘えているから彼はあたしのこと嫌いになったのかな・・・って。他に好きな子がいるのかもね・・・とも言っていたわ。あの梢が泣きながらあたしに相談したのよ、あれは相当悩んだんじゃないかな」
 その時だ。向こうから麻衣がものすごい勢いで走ってくるのが見えた。
 「瞳子さん、大変!梢が倒れた!」

 保健室に駆けつけると、梢ちゃんはベッドに横たわっていた。
 瞳子さん、絵里、美和ちゃん、麻衣、そしてあたしが見守る中、数分後に梢ちゃんは目を覚ました。
 「みんな・・・ごめんね、迷惑かけて」なに言ってんのよ、と美和ちゃんが声をかける。梢ちゃんがあたりを見回す。そして、あたしと目が合う。瞬間、視線をそらし、低くつぶやいた。
「ごめん・・・楓、ここから出ていってくれない?・・・自分から言い出したくせにこんなこと・・・って思うかも知れないけど。ごめん。笑って楓と夏樹のこと祝福するつもりだったけど・・・そう簡単には行かないわ。・・・自分勝手なのはわかってる。でもどうしようもないの・・・!当分、あたしに声をかけないで。今は楓の顔を見たくない・・・。」    
 何かで頭を殴られたようなショックがあたしを襲う。
 ふらふらと保健室を出る。ドアを閉めた瞬間、梢ちゃんの泣き声が聞こえた。
 その声を背に、あたしは一気に教室まで走る。教室に戻ると、夏樹君が待っていた。
 「梢、どうだった?・・・楓と一緒に帰ろうと思って待ってたんだ」
 彼の顔を見た瞬間、張りつめた糸が切れて、涙があふれ出す。
 「どうしよう夏樹君・・・あたし、梢ちゃんの心に取り返しようのない傷を付けちゃった・・・!」                    (第2話『卒業』い砲弔鼎)

2002年03月31日(日)


.第2話:『卒業』

「かーえでっ♪一緒に帰ろう」
 部活を終えて音楽室を出ると、梢ちゃんがにこにこして立っていた。
「もう、一緒に帰りたいのは私じゃないでしょ?」苦笑いするあたしにばれた?とばかりに舌をちょろっと出して笑う梢ちゃん。そのとき、
「あれ、相川さん今日も森本さん待ってたの?仲がいいんだね」
あたしの後ろにいた富田くんの声を聞いた瞬間、梢ちゃんの表情が今まで以上に綺麗な、まぶしい笑顔に変わる。ああ、本当に彼が好きなんだなあ、と思えてなんだか微笑ましい。
「富田くんもう帰るの?」梢ちゃんが聞く。
「いや、ちょっと寄り道して帰ろうかなって思ってる」
「じゃあ、駅までは一緒に行こうよ!いいでしょ?楓も」
 
 梢ちゃんの好きな人が、同じ吹奏楽部の富田夏樹くんだと知ったのは1年生の夏休みが終わった頃だった。それから梢ちゃんに頼み込まれて彼のデータとか調べるようになって、それまでは挨拶程度だった彼と話をするようになった。今じゃ私まで富田くん通になれるほど彼の事を知っているくらいだ。
 中学時代、友達にまで裏切られ、冷たくされたことのあるあたしにとっては、こうやって梢ちゃんが頼りにしてくれること、梢ちゃんの力になれることがうれしくて、こういうことがぜんぜん苦にならなかった。それだけだった。本当に3人で友達としていられるひと時がすごく幸せだった。

 ・・・それなのに。
 それがいつ、あたしの中で富田君への気持ちが友情から恋に変わっていったのだろう・・・。


「・・・ねえ、もし自分の彼が友達のこと好きだとしたらどうする?」   
「・・・なにそれ?」昼休み。みんなでお弁当を食べて美和ちゃん手作りのデザートでしめるいつもの昼休み、思いがけない瞳子さんの言葉に目をぱちくりするみんな。
「なに?とーこさんって三角関係に悩んでるわけ?」梢ちゃんの言葉をクールに否定して瞳子さんは話を続ける。  
「違うわよ。今度の文芸部の作品のテーマが『女の友情』なの。・・・だけどあたしはそんな経験ないからねえ。だから彼氏持ちの梢と麻衣に聞こうと思ったの。」
麻衣には社会人の彼がいて、梢ちゃんは夏樹くんに告白して彼と付き合っている。
「じゃああたしたちは問題外って訳ね。」絵里がふくれる。
「まあまあ。じゃあ絵里たちにはこうしようかな。もし友達の彼に片思いしてて、その彼も自分のこと好きだと言ってくれたらどうする?友情をとって彼とはつきあわない?それとも、友達なくしても恋の成就をとる?・・・どう思う?楓。」
 その言葉にどきっとした。ひょっとしたら、瞳子さんはあたしの夏樹君に対する気持ちを知ってるんじゃないだろうか・・・そう思って。
 
 あたりさわりのない言葉でその場をかわしたけれど、あたしはずっと考えている。あたしと夏樹君は同じ部で、梢ちゃんは夏樹君の彼女。いつのまにか、3人でいることが多くなった。あたしは梢ちゃんという彼女がいるのに夏樹君を諦められない。もし、万が一夏樹君とあたしが両思いだったら、そのときはきっと梢ちゃんとは友達じゃいられなくなることを。それだけ梢ちゃんは彼のことを一途に思っている。それに梢ちゃんを失ってまで夏樹君と恋人同士になりたいとは思わない。いや、なれるなんて思ってないけれど。 
 夏樹くんと梢ちゃんとあたし―3人のバランスが好きだ。これを壊してしまうくらいなら・・・自分の思いを殺してしまう方がいい。たとえ恋人にはなれなくても友達として見つめていられるのならそれでいい。
 夏樹くんのことが好き。泣きたいぐらい大好きだ。いつも彼のそばにいられる梢ちゃんになりたいとずっと思っていた。でも、そんな思いをひっくり返すぐらい梢ちゃんのことも大切だったのだ、あたしにとっては。
 いつまでもこのままでいられたらいい、この居心地のいい空気の中にいたい。これからも、ずっと、ずっと・・・。  
 
 だけど、その願いもあの日、壊れてしまった。・・・恋の成就と引き換えに。  
                          『卒業』につづく。

2002年03月28日(木)


.第2話:『卒業』

  
  〜♪卒業できない恋もある 街も人も流れて行く
   卒業できない恋もある 1秒ごとに好きになるのに
   どうして君はずっと手を振るのでしょう♪〜

 春の駅。
 桜の花が一面に降り注ぐ駅のホームに、梢ちゃんが一人で立っている。悲しそうな、今にも泣きそうな顔であたしをじっと見つめている。

 どうしたの、いまあたしもそっちにいくから・・・
 だけど、走っても走っても梢ちゃんのところにはたどり着けなくて、梢ちゃんがどんどん遠ざかっていく。やがて、あたりに響き渡る発車のベル。振り向きもせず電車に乗る梢ちゃん。
 まってよ、どうして?どうして何も言わずに行っちゃう訳?どこに行くの?
 待ってよ梢ちゃん、こずえちゃーん・・・・

 がば、とはねおきる。
 最近、いつもこの夢ばかりみてる。それで梢ちゃん、と叫んだ自分の声で目がさめるのだ。
  
 ♪ぱるるるる・・・・・・・・ 電話の音がする。
「電話よ、楓。梢ちゃんから」いつのまにか樹(いつき)おねーちゃんが部屋に入ってきていた。
「うん・・・」ねぼけ眼で電話をとる。
「あ、かえで?楓、今日ひま?」電話の向こうから梢ちゃんの元気な声が飛び込んでくる。ひまだけど。そう答えるあたしに遊園地行かない?と言う。一瞬、嫌な予感がよぎる。夏樹くんと3人で行くなんて言い出すんじゃなかろうか。でも、一緒じゃないとわかってほっとする。十二時に待ち合わせをして電話を切った。  
 朝ごはんを食べようと、下のキッチンに下りていくと先にテーブルについていた紅葉(くれは)おねーちゃんがあたしを見て一言。  
「あんた、梢となんかあったんじゃないの?」別に何もないよ、と言うと  
「だって、最近あんた変よ。毎朝『こずえちゃーん』だもん。そりゃもー悲しそーな声で」
  
 別に何もないもん、と横を向く。時計を見るとすでに十時。あたしはあわてて部屋に駆け上がる。出かける支度をして家を出る。
  
 外は夏らしいぴーかんの青空。
 思えばこれが、すべての始まりだったのだ・・・。

 なぜか、女の子の友達がいなかったあたし・森本楓にとって、相川梢は初めて親友と呼べる女の子だった。   
 中学の後半からふとしたことが原因でクラスの女子を敵に回してしまい、中3の一年間はほとんど一人だった。みんなに仲間外れにされ、あることないこと噂を立てられ・・・。学校にも行きたくなかったし、死のうかとも思った。
 そして、人を信用できなくなった。最悪な中学時代、同級生たちから逃げるように、あたしは自宅から遠く離れたこの高校を受けて、合格した。
 あたしのことを、過去にあったことを何も知らない人たちばかりのこの学校で一からやり直そうと思った。

 「もりもとさーん!一緒にお弁当食べよーよ!」
 入学式の翌日、高校に入って初めてのランチ・タイム。
 何もかもやり直そう、そして友達を作ろう・・・と決意して高校生活に突入したものの、知らない人ばかりの1ーAの教室であたしはとまどってしまった。お弁当の時間になると同じ中学の子同士でグループを作ってしまうからだ。仕方がないから一人で裏庭ででもお弁当を食べようかな。そう思って席を立ちかけたとき一人の女の子が声をかけた。ふりむくと、窓際にいるグループの中の一人があたしに向かって、笑顔でおいで・おいでのポーズをしている。
 背の高い、ショートカットの女の子。ひとなつっこそうなくるくると動く瞳が印象的だった。 話をするうちに、仲良くなるごとに、人間不信は消え、あの時声をかけてくれたグループのみんなは大切な友達になった。
 ロック大好きで、中学の頃からバンド活動をしてる絵里、こと海藤絵里(かいとうえり)。 お菓子づくりが趣味で、いつも差し入れしてくれる美和ちゃん、こと笹原美和子(ささはらみわこ)。うちの学年の主席入学の優等生、そして小説家志望の瞳子さん、こと牧島瞳子(まきしまとうこ)。同い年とは思えない、おしゃれで大人っぽい雰囲気の麻衣、こと谷村麻衣(たにむらまい)。
  
 そしてこの性格や個性のまったく異なる4人をまとめるのが梢ちゃんだった。
 お互いになんでも相談しあう、6人の間に秘密はない、一人の悩みはみんなの悩み。それがあたしたちの約束事だった。実際、あの日まで他の5人に対して隠し事はなかった。
  
 そう、「彼」に対する気持ちに気づくあの日まで・・・。

2002年03月22日(金)


.intermission

まずは1話終了です。
次から楓が主人公の第2話に進むわけですが、
物語の時期が1話の続き・高2の夏から始まり、そこから高校卒業の日まで一気に飛びます。
と言うのもこの6つの物語、話の順番(発表した順番)とその話の時期設定の順番がばらばらなんですね。

時期設定を書き出してみると。
1話は高2の夏。
2話は入学時のエピソードから高2の夏を経て、卒業まで。
3話は幼少時のエピソードがあるものの、基本的には高2の夏。
4話は高2の夏、高3の夏、高校卒業後の春休み。
5話は中学生から高2の夏まで。
6話は高2の冬、高3の秋、卒業式前後、そして7話につながる、7年後。
7話は高校卒業から7年後の平成14年。

6人が物語の中で置かれている状況はそれぞれ違うものの、第1話・梢と夏樹が別れたエピソードはそれぞれの話の中で登場します。
彼女たちがこの件についてのそれぞれの思いを語ると言うわけです。
1話を最初に書いたとき(原作は10年前、サークル加入以前に書いたノート10Pほどの短編)、まさかここまで長い話になるとは予想だにしませんでした。
梢と楓以外の4人は構想すらしていなかったし。(1話での梢と瞳子の会話は、今回発表するにあたって追加したもの)

それでは、これからも引き続き物語をお楽しみください。

2002年03月18日(月)


.第1話:『彼女の彼』ァ丙能回)

 3時。  
 家に帰ると、姉・桂(かつら)がいた。
「あれ、もう帰ってきたの?今日は夏樹くんとデートじゃなかったっけ?」今日、別れたの。そういうと、姉貴は急に真顔になった。
「夏樹くんに、そう言われたの?」その問いに首を振り、自分から言ったの・と答えて、今日の出来事を話して聞かせた。
「馬鹿じゃないの、あんたって!黙っていればまだ一緒にいられたかもしれないじゃない!」
 そうかもしれない。いや、夏樹のことだ、よっぽどの事がない限り、自分からは言い出さないだろう。楓だって、あたしの『彼』をとってまで自分の想いを通す、なんてことはしないだろう。
 ふたりの想いが、あたしにはとても重かった。
 三人のバランスを保つのがつらかった。
 夏樹との恋を終わらせたくなかったし、楓との友情を壊す勇気さえもあたしにはなかった。それでも、言わずにはいられなかった。
 姉に話しているうちに、いつのまにか、あたしは声をあげて泣いていた。これで本当によかったのだろうか?そんな思いばかりが頭の中をぐるぐる回る。後悔してないなんて、嘘になるから絶対いえない。
 
 夏樹と友達に戻る決心をしたつもりでいたけど、明日学校で会ったときに素直に笑えるだろうか。楓に今まで通り接することができるだろうか。
 そんな不安なきもちが胸に詰まって、いつまでも涙が止まらなかった・・・。
 
 「おはよー!」翌日・月曜日。
 昨夜は、ほとんど眠れなかった。
 それなのに、学校に着くと不思議なくらいいつものようにしていられる自分がいた。
「今日は富田氏と一緒じゃないんだね。どーしたの?」クラスメイトが聞く。
「うん、あのね・・・」答えようとしたとき、別のクラスメイトたちが騒ぎ出した。
「こずえー!あたし昨日見ちゃったのよ、遊園地で富田と楓が一緒にいるのを。どーなってるの、あんたたち」
 あたしは素直に答えた。
 あたしと夏樹が別れて、楓と夏樹がつきあうことになったことを。

 がらり。
 教室のドアが開いて夏樹と楓が入ってきて、一気にみんなの冷やかしの的になる。
 そんな中、あたしは二人に向かって言った。
 にっこり笑って、明るい声で。

 「・・・・・・おはよっ!」 
                   
                   第1話:『彼女の彼』 END

2002年03月16日(土)


.第1話:『彼女の彼』

12時03分。
あたしたちは時計塔の下にいる。そろそろ、楓が来る頃だ。
「夏樹、あたしちょっと電話してくるから、ここで待ってて」
「・・・わかった」
 あたしはそこから50m先の電話ボックスに走る。受話器を取り上げて、番号を押すふりをしながら時計塔のほうを見つめる。その瞬間、あたしの視線はそこで凍りついたように動けなくなってしまった。
 
楓が、いる。
 楓と夏樹が顔を見合わせている。どうして?と言わんばかりに。

 あたしは受話器をおいた。電話からテレカが吐き出されるときの合図音がやけに耳に残る。・・・最後だ。これで終わりにするんだ。うまくお芝居するんだよ、梢。
自分自身にそう言い聞かせて、あたしは電話ボックスの扉を開けた。
 一歩一歩ふたりの元へ近づくごとに、揺れる気持ちをどうにか笑顔の下に押し込んで、ふたりのいる時計塔へまっすぐに歩いていく。

「梢ちゃん、これはどういうことなの?」
 楓があたしを見る。そのとまどいを隠せないと言わんばかりの視線を出来るだけ見ないようにした。 
「今日はね、あたしと夏樹の最後のデート」わざと明るく、さらりという。
「おい、それって・・・」息をのむ夏樹。それを見ないふりして続ける。
「そして、夏樹と楓の最初のデート」笑いながら、決して涙は流すまいと、爪がくいこむくらいきつく、こぶしを握り締める。
 楓は目に涙をいっぱいためて、じっとあたしを見ている。
「気づいてたのか?僕が楓のほうを見てたって」夏樹の問いにうなずく。
「・・・気づいてた。女の子ってね、こういうことにけっこう敏感なんだよ。楓の想いも知ってた。・・・でも、二人ともあたしに遠慮して、お互い打ち明けようとしないんだもん。ふたりの優しさにこれ以上甘えていられない。夏樹が冷たく突き放してくれたら、楓があたしをさしおいて夏樹と両想いになってくれたら、あっさりと忘れられたのに・・・ふたりとも優しいんだもん。そうなると、あたしが退くしかないじゃない。夏樹があたしのことを見ていないし、これ以上あたしを好きになってくれないってわかった以上は!」 

 「ごめん、梢ちゃん、ごめん・・・!」楓が、とうとう泣き出した。
「ばかねえ、なんで楓が泣くのよ。素直になっていいんだよ、自分の気持ちに正直になっていいんだよ。だから笑ってよ、ね?・・・夏樹、今までありがとう。わがままな彼女でごめんね。・・・これからも、できれば『友達』でいてくれる・・・?」
「・・・梢にこんな思いをさせて、許してもらおうとは思わない。でも、梢さえよければ、こっちからお願いしたいぐらいだよ」彼がうなずいてくれるのを見て、また泣きそうになった。
 
 「さて、それじゃあ邪魔者は消えるとするか。・・・うまくやんなよ」
 あたしは後ろ向きで二人に手を振った。
 すたすたと歩いて行って、途中で振り返ると、楓と夏樹が手をつないでどこかへ去っていく後ろ姿が見えた。
 それを見送りながら、これでいいんだ、少なくとも二人にはこうしたほうが良かったんだ、きっと。あたしは何度も何度も心の中でそうつぶやいていた。
                        (「彼女の彼」イ紡海。)

2002年03月15日(金)


.第1話:『彼女の彼』

 翌日・日曜日。
 やっと来た、夏樹にさよならすると決めたあの日からずっと待ち続けた、だけどその一方で、一生来なければいいと思った最後のデートの日。いつも以上に念入りに支度をして、家を出る直前に楓の家に電話をする。
 「はい・森本です。・・・あ、梢ちゃん?早いねぇ。あたしまだ寝てたよ」
 あたしの思惑になど、おそらくまったく気づいていないであろう楓は無邪気に聞いてくる。あたしは一瞬、ぐっと受話器を握り締めた。
「ねえ、楓。今日ひま?」
「うん、暇だけど・・・どうしたの?」
「あたし、夏樹と遊園地に行く約束したんだけど、だめになったの。だけど、遊園地のフリーパスが今週いっぱいで切れちゃうから、もったいないでしょ?せっかくのタダ券・無駄にしたくないから。楓・行かない?」
 夏樹が来ない、というのはもちろん嘘だ。楓を誘うために嘘をついたのだ。夏樹が一緒だと言うと、楓のことだから余計な気を使って、行かないと言い出しかねないから。だけど、楓がいないと意味がないのだ。あたしはふたりの前でさよならを言いたかった。笑顔で、新しく始まるふたりの恋を応援したかったから。
 一瞬、楓が電話の向こうで考え込む気配。
「いいわ。どこで待ち合わせする?」楓の返事にほっとしつつ。
「あたし、用事があって先に行くから。十二時に遊園地の時計台の下で。悪いけど、入場料だけは払ってくれる?」そう告げて、電話を切った。
 外に出ると、空は悔しいぐらいのぴーかんの青空。
「今日はがんばらなくちゃ」
そう自分に言い聞かせて、あたしは夏樹の待つ駅へ向かった。

 
 「ねえ夏樹、次はあれにのろっっ!」
 10時。
 あたしと夏樹は遊園地にいる。
「・・・そだね」夏樹はとりつくろったような笑顔を見せる。・・・お願いだから、一度でいいから心から笑ってほしいよ・・・これが最後だから・・・今日を最後に、友達に戻るから。あたしは、泣きたい気持ちを押さえて必死で笑顔を作る。

 そういえば、最初のデートも遊園地だった。
 あの時はガチガチに緊張して、笑顔を作りたくても作れなかった。話題が続かなくて沈黙の重さにつぶされそうになっていた。あれから約一年・・・まさかこんな日が来るなんて思いもしなかった。あの時とはまた違った意味で無理に笑顔を装う自分がいる。
 いつだったんだろう、夏樹の笑顔が、あたしといるときよりも楓といるときのほうが柔らかく輝いてみえるのに気づいたのは。
 最初は、気のせいだと思いたかった。だけど日を追うごとに夏樹の顔から笑みが消えていって、夏樹の気持ちが離れていこうとしてるのを嫌というほど思い知らされた。夏樹の笑顔をくすませてしまったのは自分の言動が原因だと言うのはわかっていた。だけどそれに気づいたからって、今までの自分を変えていこうなんてのは至難のわざで、いくら楓のようになりたいなんて思っても思うようになれない自分に腹が立つやら、情けないやらで・・・。
 さんざん泣いた。うだうだ悩んだ。だけど結論はいつだってひとつしか出てこなかった。
 このままいてもつらいだけだし、夏樹の思いもそう簡単に動くはずもない。
 それなら『彼が別れを言い出す前に、自分が退くしかない』と。

 11時30分。
 「お腹すいた。何か食べようよ」
 夏樹がレストランのほうへ向かい、あたしもそれについていく。
 「・・・・いらっしゃいませ」
 マニュアル通りの、うわべだけの笑顔を浮かべたウェイトレスが、ごとん・と音がしそうなくらい無造作に水とメニューをおいて去っていく。どうする?といわんばかりに、彼が無言であたしのほうにメニューを広げてみせる。
「いいよ、夏樹から先に決めて」そんなあたしの言葉に、彼は少し驚いたようだ。
「何か、今日は梢が優しい。・・・・・ごめん」
「いいよ、本当のことだもん」あたしは肩をすくめてみせる。
 今まで、夏樹の優しさに甘えっぱなしだったあたし。
 最後のデートになりそうな今となっては、もう反省しても遅いけど。
                        (「彼女の彼」い紡海)

2002年03月14日(木)


.第1話:「彼女の彼」

夏樹と初めて会ったのは昨年の夏だった。
裏庭でうっかりコンタクトを落としてしまい、焦っているところへ彼がやってきた。どうしたの?と聞く彼に訳を話すと。
「それは大変だね。僕も一緒に探してあげるよ」
 そういってにっこり笑ったかと思うと芝生の上によつんばいになって探し始めた。高校生がそういうポーズをとっているのが珍しかったのと、ちっちゃな子供のような笑顔が妙にかわいい!と思ってしまった。
 
 はっきり言って、ひとめぼれだったと思う。
 
 ・・・その後、無事にコンタクトは見つかり、そしてあたしと夏樹はつきあうようになった。
 楓と彼が同じ吹奏楽部なのをいいことに、楓と一緒に帰ろうと言う口実で吹奏楽部の練習が終わるのを待ったり、個人的なデータは楓に仕入れてもらって。さらに、元々すきで入った写真部だったけど、ここぞとばかりに吹奏楽部を撮影に行って実は全部彼の写真だったりとか。そうしているうちに「彼女はいない」というのを聞いて、一大決心の末・彼に告白したのが夏休み明けだった。
 
 あたしの彼が夏樹だと知ったとき、楓以外の友人たちはそろって「信じられない」「つりあわない」などと言ったものだ。 
 おとなしくてまじめな夏樹に、おてんばで騒がしいあたし。自分でもつりあうはずないと思っていたから、彼がOKの返事をくれたときには、うれしいと思う前に自分の頬を思いっきりつねったほどだ。 
 彼とのデートの時、最初のうちはすごく緊張して、まともに話せず、夏樹の顔をまっすぐに見れない日々が続いたけど、そのうちにだんだん慣れてきて、いつものように振る舞うことができるようになった。デートの行き先や目的はたいがいあたしが決めて、夏樹はそれに何も言わずにつきあってくれた。たまに自分の行きたい所を言うこともあったけど、それでもあたしが主導権を握っているようなもので、夏樹もあたしといて楽しいのだと(今思えばすごい思い上がりだけど)思っていた。

 だけど、気づいてしまったのだ。いつのまにか彼の表情から笑顔が消えてしまったことに。

 それでも、彼のことが好きで、失いたくなかったから気づかぬふりをしていた。
「あたしって、嫌な女〜!」と何度も思ったけど、それを夏樹への思いが打ち消したのも、事実だ。 
 でも、もうこれ以上そんなことは続けられないことを、嫌というほど思い知らされる。あたしが一途であればあるほど、彼の心は離れていくのだから・・・。

 「で?梢はどうしたいの?」
 悩んでも悩んでもどうしても答えが出せなくて、ついにあたしは瞳子さんに相談することにした。あたしの話を黙って聞いた後、瞳子さんがぼそり、とつぶやく。
「それがわからないから、瞳子さんに相談してるんじゃない」
「じゃあ聴くけど、今あたしが例えば富田と楓の気持ちは踏みにじって見て見ぬふりして富田と付き合い続けろといったら梢はそうするの?」
「そんなこと・・・できないよ・・・今はよくてもしばらくしたらまた悩むと思う」
「じゃあ、今すぐ別れろ、と言ったら?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「迷ってる気持ちはわからないでもないけど、こればっかりは他人がどうこう言うもんじゃないでしょ?悪いけど、その件に関してはあたしはあんたの背中を押すことはできない。決めるのは自分だよ。」

 瞳子さんの言葉は厳しいけれど、裏に瞳子さんなりの思いやりが隠れているのはわかる。
「それに、その分野はあたしも苦手でね。あたしが相談したいぐらいなのよねぇ。ごめん、力になれなくて」苦笑いする瞳子さん。
 頼りにしていた瞳子さんから帰ってきた答えは、あたしの想像とは違ったものだったけど、それでも何かを決めるきっかけにはなりそうだった。
 
 そして、悩んで悩んで決めた答えが、夏樹と別れること、だった。  
                           「彼女の彼」へ続く

2002年03月07日(木)


.第1話:『彼女の彼』

〜♪恋人のふりをして今日だけは歩いてね 
 めずらしく私へと歩幅を合わせてくれた    
 傾いたこころはもう神様も動かせない
  明日から大切なあなたはもう彼女の彼♪〜       1 
                      1
 ♪き〜ん こ〜ん か〜ん こ〜ん♪
・・・その瞬間、教室中で鉛筆と消しゴムが宙を舞った・・・・というのは嘘だけど。
「よーし、答案を後ろから集めろー!ちゃんと掃除して帰れよー」
「はぁーい!!」先生の声に返事するみんなの声も心なしか明るい。

 今日は一学期の期末試験の最終日、そしてたった今最後の教科が終わったところだ。土曜日ということもあってか、教室は解放感にあふれて騒がしい。
 そんな中、あたし・相川梢は一人重大な決心を抱えて、教室の最後列の富田夏樹の席に向かう。  
「ねえ夏樹、テストも終わったことだし、明日は二人で遊園地に行こうよ!」帰り支度をしていた彼は一瞬困ったような顔をする。・・・いつからこんな顔するようになったのかな・・・心の中でため息つきつつも、あたしはその表情に気づかぬ振りをした。
「・・・・よし、じゃあ明日行こう、遊園地。」
 明るく言う彼。だけど、それがかなり無理して言ってることだと気づかないほどあたしは鈍感じゃない。 
 優しい夏樹。いつでもあたしを傷つけまいとしてる。    
 だから今、彼が好きなのはあたしじゃないことも、本命はあたしの友達・森本楓だということも。そして、楓も夏樹のことを好きだということも。だけど、二人ともあたしに遠慮してお互いの本心を打ち明けられないことも。みんなみんなお見通し、気づいてる。
 
 もちろん、あたしも楓に負けないくらい夏樹のことが好きだ。
 でも、もう耐えられない。 
『彼女』であるあたしのために自分の本当の気持ちをおさえている夏樹と、『友達』の彼を好きになって、それでもあたしと夏樹の事を応援している楓。そんなふたりの優しさに。
夏樹が、はっきりと「さよなら」を言ってくれれば、楓が抜け駆けして彼に告白して二人がくっつけば、それなりにふんぎりがつくのに、ふたりともそんなことを口にしないからあたしからこの恋を終わりにしようと決めたのだ。

 ものすごく迷った。この結論にたどり着くまで長い長い日々だった。
 自分でも馬鹿なことをしようとしているのはわかってる。
 自分で実らせた恋を、また自分の手でこわそうとしているのだから。
                           (△悗弔鼎)

2002年03月03日(日)


.INTRODUCTION

こんにちは。このWeb Storyの作者・椎名はづきと申します。
次回からここで、小説「彼女の彼」がスタートします。

7つの物語で構成されるこの小説、私がサークル活動を始めて、
一番最初に投稿したのが第1話「彼女の彼」。以後第2話「卒業」、
第3話「眼鏡越しの空」、第4話「愛しのハピィデイズ」まで発表したところで、
サークルが活動縮小・休止となったため、第5話「Growin' Up」、
第6話「Teenage Walk」は未公開作品となっております。

さらに上記の6つの物語は年代設定が
平成5年の夏〜平成7年の春・この物語の主人公達の高校卒業まで、
となっているので、彼女達が大人の女性となった現代編として、
第7話(タイトル未定)を書き下ろします。
いったいどれくらいの期間がかかるのか、作者としても想像がつきませんが、
最後までお付き合いしてくだされば幸いです。

それでは最後に、この物語に登場する6人の女の子たちを紹介します。

相川 梢(あいかわ こずえ)第1話の主人公。仲良し6人組のリーダー的存在。

森本 楓(もりもと かえで)第2話の主人公。とある理由で他の5人と離れることに。

牧島 瞳子(まきしま とうこ)第3話の主人公。頭脳明晰・その冷静な判断で一目置かれている。

笹原 美和子(ささはら みわこ)第4話の主人公。控え目でいつも笑顔だが、芯は強い。

海藤 絵里(かいとう えり)第5話の主人公。音楽好きのムードメーカー。

谷村 麻衣(たにむら まい)第6話の主人公。美容師一家に育ち、センス抜群。

この6人を軸にそれぞれの友人・家族・恋人etc.が絡み、この物語は進みます。
それでは、まず第1話「彼女の彼」をお楽しみください!

PS.
余談ですが、この6つの物語のタイトルは、1・2・5・6は渡辺美里さんの、
3・4話はドリカムの曲のタイトルを拝借しています。
イメージソングとして、物語と一緒に音楽も聞いてみてくださいね。

2002年03月01日(金)


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