本日の紡ぎごと...suiren

 

 

ぶらり湯けむり女一人旅 - 2006年02月28日(火)

先週、東京に帰ってきた。
実をいうと温泉に行ったのは、家にいるのに辟易したという理由もあった。
なので家族には前日に「明日から旅行に行く」と一言いい、家を出たのだ。
そうして突然、旅行に出た私。

宿の部屋で一人で寝るのに、不思議と寂しいと思ったことはなかった。
いつも一緒に寝てる犬がいないと布団が寒かったけど。
食事の時間は決まっているので、私は毎日早く起きて早く寝るという、
実に規則正しい生活を送っていた。
なんといっても夕食の時間、5:30だからね!笑
年寄りばかりの湯治宿だから仕方ないとはいえ…。
一泊何万もするホテルに泊まる旅行もあると思えば、
その温泉街でも指折りの安い湯治宿に泊まる旅行もある。
でも私はそんな自分で良かったと思う。
もしここで、高いホテルじゃないと嫌と思う自分だったら、
多分私は駄目になると思う。そしてその時はもう手遅れだとも思う。
だから良かった。
まだこう思える自分がいてよかったなあと、温泉に浸かりながら
しみじみと感じていた。

しかし翌日、なぜか家族からメールが。
「そっちはどう?感想おくってくれー」「お元気ですか?」とか…。
いったい、何なんだよーうちの家族は。
家にいるのに辟易したからこんな遠くまで出てきたのに。
ちょっとは察して欲しいよ。
つくづくアホで気楽で、それで酷いことをするんだから。
私はこれでも繊細なんだーと面と向って叫びたくなる。
でも実際にそれをすると、きっとぷっ!って噴出して大笑いしだすに違いない。
そしてしつこくそのネタで楽しむのだ。
本当に性格の曲がった人たちである。
世の中にいう複雑な家庭環境で育った私の友達も、
「あんたの家族はちょっと他と違うっていうか変わってるよね…。」
とボソっともらしたことがある。
実はそれまで、家族のあり方は人それぞれだから私の家族は別に普通なのだと
そう信じようと思っていたのに、彼女の一言でもう認めざるを得ない。
うちの家族は変だ。というかうちの両親が。
被害を受ける前に、私が弟を救出しなければ!


それにしても温泉はいい。
体が温まる。
体が温まると心も温まる。
肌もつるつるになり、心もすごく静かで穏やか。
日本人でよかったー。
でも私が行く全前日くらいに雪が降ったらしく、田舎の町は
白くそまっていた。そして寒い。
旅行に行くと私は決まって、社寺を巡る。
神社とかお寺とか、何かにゆかりのある土地とか、そういう古いものがすきなのだ。
今回も暇なのでこの街をぐるぐる回っていた。
いくつかの神社と、遠くにある滝は雪がひどくて入れなかったのが残念。
でも面白い地蔵や神社があった。
雪と神社の組み合わせも、ファインダー除いたときに素敵にうつる。
ぐるぐる回っているうちに、裏道からとあるお寺にたどり着いた。
おお、これは松尾芭蕉!と思わぬ芭蕉のたどり道を見つけて
興奮して写真を取り捲っていたので、最初は気づかなかったのだが。
よく周りを見渡すと、ん?何か葬式の準備してる・・・?
そういえばやけに騒がしい。
みんな黒い喪服着てるし。
ま、いっか!準備だけみたいだし!と好奇心を抑えることが出来ず、
奥の鐘を見たりして、振り返るとなんだか怖い面相の人たちがいた。
はっ!と気づき、よくよく見ると何とどこかの組の葬式らしかった。
ひえーと思い、そそくさと裏道から逃げた私。
ああ、旅の恥は掻き捨て、旅の恥は掻き捨てよ!と心のなかで呟く。
別に単なる準備なのだから、別に悪いことはないのだろうが、
しかし組の葬式の準備中に思いっきり観光してる人間がいたら、
それはとても変な光景だったのだと思う…。
なんでこんな田舎きてまで、こういうトジを踏むんだろ。
おまけに東京じゃされないのにナンパまでされちゃったし。笑
友達に「今日、なぜかナンパされた」とメール送ると
「きっと温泉が人を開放的にさせるんだよ!決まり文句は
『僕と一緒に温泉につかりませんか』だよ!」。
そのくどきセリフはないでしょう、いくらなんでも。笑



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温泉 - 2006年02月21日(火)

疲れた心身を癒すため、明日から温泉に行って来ます。
いえ、本当は美容目的で行くんだけどね!笑
勢いで宿の予約を取ったため、少し寂しいけど一人で温泉へゴーです。
こんなとき、ノートパソコンがあったらいいのに。
ていうか、そんな何日も一人で何すればいいんだろう、と前日にあって考え始めた。
北の方に旅立つので、外は滅茶苦茶寒いから出たくないし
単なる温泉町だから何もないし、パソコンもゲームも買い物も出来ない。
うわあ、私って都会っ子だ。笑
水彩絵でも書こうかな・・。
でも、今日本屋さんで面白い本を見つけた。
その名も「ワルの知恵本」である。
こんな本は普段だったら買わないのだが、背表紙の500円にやられ、
岩波書店の暗号本と共にお買い上げしてしまった。
きっとこの背表紙の500円も人間心理を操る罠だったんだ!
本曰く、「さわやかな顔の人がさわやかな人間とは限らない」「初対面なの
に親しげにさわってくる人の本心は」など、何処か心がひんやりと
しそうな話題やテーマで内容が進められている。
そして私は何よりも「マジメすぎるあなたに送る世渡りの極意」にノックアウト!
そう、自分で言うけど私って真面目すぎるのが長所でもあり欠点でもあり。
一言で言うならば、生きていくこと・世渡りが不器用なのである。
だからこの本を読んで、私は少しでも世渡り上手になりたいと思う!
頑張るぞー。



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眠りの前に - 2006年02月17日(金)

何も予定のない明日を思うだけで心がすごく軽くなる。
朝は何時に起きてもいいし、これをしなきゃならないという義務もないから。
私には今、何の責任もないし課題も与えられていない。
単なる「私」という名の役割を持っているだけ。
その役割は家族内であったり、親交関係であったり。
あ、もしかしたらこんなに心が軽くなったのは役割の軽減によるものなのかも?
私の生活を占めていた学校と仕事という二つのことを止めてしまうことは
私の為すべき「私」という役割が、二つ減ったことに値するのだ。
「肩の力を抜いて生きる」ということ、それを私は今実感し体感している。
役割の軽減は肩の力を抜かせたのである。

しかしこんな気楽な気分は長くは続かないもの。
私は今、一抹の不安とやらをものすごーく感じしまっている。
ああ、こんなはずじゃなかったのに!
もっと楽しく何にもない日々を満喫するはずだったのに!
嫌な感じの不安が悶々と体の中をうごめいて仕様がない。
そんなとき、たまたま読み返していた本に書いてあった言葉。
「そういう気持ちを「焦燥」という」
あ、それってこの気持ちのこと?
へー、これが焦燥って気持ちなんですね。
確かにぴったりだ、こりゃ。
嫌な感じの不安もあるし、手を握ったら冷や汗が出てきそうだもの。
それにしても焦燥だなんてなあ。
言葉にしてしまうと、なんてあっけないんだ。
そしてとても恥ずかしい。
本に書いてあった通り、これってちっとも大それたものじゃないですね。
私はこの焦燥とやらがなくなるまでは、焦燥と恥の両方をセットで抱え込むのかー。
いやあ、私が第三者だったら自分に「ご苦労さん」と言いたい。
労わりのご苦労さんではなく、にこやかに笑ってこれから待ち受ける
若いという苦悩を存分に味わいなさいというご苦労さんである。
果たしてベートヴェンのように苦悩を通り越せば喜びがあるのだろうか。
そしてまた焦燥の渦へ旅立つ私。
今年の抱負「ポジティブに生きる」はいったい何処へ?



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KH2 - 2006年02月16日(木)

キングダムハーツ2を現在プレイ中。
ネットでこっそり注文したのが昨日届いたので、
早速炬燵に潜り込み、数時間ぶっ通しで遊ぶ。
やっぱりKHは面白い。
このストーリー展開といい、ディズニーの世界やFFキャラが
思わぬところでバンバン出てくる(しかも声付き)ところとかキャラとか。
このKH2の前にGBAでチェインオブメモリーズという、
云わば1と2の中間的ゲームがあったらしいと今日知った私。
ああ、すごくやりたい。
でもうちにはゲームボーイ(初期タイプ)しかない…。
かといってこれでGBAとソフト買ったら出費が痛い。
おまけに来月はFF12も出るし。
いや、その前に2週連続で国内外旅行行くしなあ。
はあー、ゲームってなんでこんなに高いの〜?

KH2をプレイしていて思ったんだけど、
このゲーム、ムービーがやたらと多い気がする。
なんだかゲームしてる感じがしないんだよねえ。
前作にはなかった△ボタンのコマンドも慣れなくて使いこなせない…。
そして旅の目的の友達探しはいったいどうなったんだろ?
面白いけど色んな意味で微妙でもある。
裏アンセムレポート見て思ったんだけど彼は実はいい人だったんだね!

早くジョニー・デップ(パイレーツのジャック)出てこないかな。
いつも思うんだけどFF10のアーロンの声は誰が演じてるんでしょう。
あの渋くて素敵な超重低音の声は、もう最高!
腰だけでなく、脳みそまで蕩けちゃいます。

前回のKH1はファイナルミックスを買ったため、
声が全て英語(ソラはシックスセンスのハーレイ君!)だった。
それが当たり前だと思っていた私は今回、KH2をプレイしていたら
日本語にとてつもない違和感を感じてしまうのだ。
特にグーフィーとドナルド!シリアスなシーンも奴らの間抜けな
喋り口を聞くだけで、お茶を噴出してしまいそうになっちゃう。
ていうかソラ、1と2ではキャラが違う気がするんだけど…?
声のせいかなぁ、1のソラはもうちょっと可愛かった気が。

ま、楽しいからいっか!




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優しい檻 - 2006年02月14日(火)

其の気持ちの好い快楽だけに身を委ねて
其の曖昧な言葉だけに耳を貸して
其の綺麗な貴方の存在だけに眼を開けば
不確かで残酷で甘美な世界に浸れるのだ


きっと貴方は太陽よりも月が好きだと云うけれど
貴方は時に全てを焼き尽くす太陽だと思う
そんな時私は砂漠の砂よりも熱く体を焦がして
蜃気楼の彼方に忘れ去られてしまうのだ


だから貴方の牢屋はとても熱くそして見えない
嗚呼 いっそ鉄の檻に入れてくれれば憎めるのに
けれどそうじゃないから離れられない
其の優しい檻に囚われたまま ずっと




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二日酔い 再び - 2006年02月13日(月)

人は酔って吐いて醜態を晒しても、なぜまた酒を飲むのだろう。
そしてなぜまた呑まれるまで飲むのだろう。
ああ、私には分からない・・!
分からないからなのか、また飲みすぎてしまった。
ついつい焼き鳥が美味しくて。
しかも日本酒だからバランス感覚が狂い、もうフラフラ。
これがワインだったら、そっこーで吐いてたけど…。
日本酒三合程度で酔っ払う私が悪いのだろうか。

前回、ワインを血が出るくらい飲んで周りに醜態を晒した私。
もう二度とすまいと暫くは居酒屋行ってもウーロン茶やジュースだったのに。
でも今度こそはもう禁酒を誓う。
禁煙2ヶ月成功していたのに今朝バックを見たら、タバコがあるし。
私の決意はどうしてこうも脆いの?
穴があったら入りたい。そして暫くそこで自主反省していたい気分。

自分の自己管理能力の低さを思い知った。
もっとちゃんと出来るようになりたいのに。
でも何もかも中途半端に終わっている気がして、
行き場のない不安や焦りを感じてしまうのだ。
そしてまたウツモードに転換しそうに…。

でも今年の私の抱負は、ずばりポジティブに生きる!
もうこれっきゃない!
こんなことは些細な悩み!
すぐに笑って話せる日が来る!
さあ、これからは何をすべきかを判断して行動に移そう!
という生き方を私は自分自身に叩き込む。
一歩間違えると躁ともいうけど、
もともとネクラだから足して割ればちょうどいい筈!


そういえば前の日記に印象派展のことを書いた。
そこで私は写実的で耽美で〜まさにモローみたいな!
といったけれども、あくまで写実的であって写実派ではないです。
私は素人で芸術オンチなので、自分的にモローは写実的画風だと思っているだけなんです。
(象徴派の先駆者として有名なモローは、反写実派なのです。)




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Bunkamura 印象派展 - 2006年02月10日(金)

私は絵が好きなので、モロー展に続き印象派展も嬉々として行ってきた。
印象派は後期の美術史で勉強したばかりだったので、
VHSの映像ではなく是非生で見たいと思ったのだ。
今日は何となくぽかぽかの冬晴れで、まさに芸術日和!
ハンチングを被り、どことなくファッションもアーティスティックな私。

実は印象派自体は好きでも嫌いでもない。
私は写実的でロマンで耽美な画風が好きだったから(まさにモローですね)、
印象派の、あのボケボケな画風は私の好みの問題外だったのである。
モネはまだいいとして、一番好きじゃなかったのはセザンヌ。
セザンヌって高校ときから、好きじゃなかった。
もうそれは一目見た瞬間から嫌いだった。
げえーなんだよ、これー。なにが三角形の構図だよー全然魅力ないじゃん!
と、まあセザンヌ好きには悪いけどとにかく私はセンザヌが嫌いだった。
だから展示のリストを見たとき、センザヌが8作品もあって、正直げんなりした。

ところで、ブンカムラの空調はちょっと暑すぎやしないか?
なぜあんなにポカポカのムンムンなんだろう…。
コート脱ぎたかったけど今日に限って臍が出るトップス。
人少なければいいけれど、平日の癖に異常に混んでいる展示室。
静かに見たかったのになあ。モローの時はあんなに空いてたのに。
日本人はそんなに印象派が好きなのかな?
お客の大半は年寄り、しかし他には中高生も多く混じっており課外授業なのだろうか。
学生ですら周りの人に迷惑をかけていないというのに、
あるカップルはとっても迷惑であった。
いちいち一つの絵画の前に止まっては、
「この絵はね、あーでこーでこーなんだよ。」と男が解説。
「へえーそうなんだぁー。」と腕を組み相槌をうつ彼女。
止まって喋ってる時間が異常に長いので、その絵を見たい人たちは
諦めて次の作品を見るという始末。
恋は盲目、でもせめて日常社会をスムーズにさせる程度の視界は持ち合わせて欲しいと思う。
彼はそんなに自分の知識の凄さをアピールしたいのだろうか。
私には分からない…。

さて、印象派に大した興味も持たなかった私。
けれど実物っていうのはエネルギーが違うね。
最初のクールベの「波」は筆のタッチがとても参考になった。
ふんふん、こうして波を表現するのかと感心してしまう。
セザンヌ以上にドガには興味なかったので、
踊り子を見てやはり好きではないと再確認。
マネは一作品しかなかった。
ルノワールはたくさんあったなぁ。
特に「エッソワの風景、早朝」には感動した。
空の美しいグラデーション、木々の陰、緑。
レースの少女も好きだけど、私はこっちの風景画の方が好み。
モネは今回、一番展示数が多かった画家。
有名な「睡蓮の池」は期間限定のため、見れなかったけれど
「睡蓮」や「ジヴェルニーの積みわら」「散歩」など
名作がたくさんあって、とてもよかった。
特に「睡蓮」はモネの素晴らしさを感じた。
水色の池は平坦な塗り方なのに対し、睡蓮や葉っぱは
絵の具をたっぷり使ったタッチで実物を見るのと写真では全然違った。
「エトルタの夕焼け」などは空に浮かぶ雲が、
写真や映像とは違う妙なリアリティがあって惹きこまれてしまう。
大きなカンバスに大胆なタッチの「バラ色のボート」は、
ちょっぴりイマイチだったかも・・・。
モネは書ききれないので、次はピサロ。
印象派といえば、モネやスーラと有名な画家はたくさんいるが、
印象派において重要な画家はピサロである。
ピサロがいなかったらこの印象派は確立されなかったと云えるほどに。
今回、三作品しかないのが残念だけどね。
そうして絵の世界に浸り、歩いていくとセンザヌが。
うっと思ったけど、「アルルカン」を見て考えが変わった。
これ、セザンヌ?と第一印象。
鮮やかな原色の赤、そして黒のひし形模様。
おもわず「この絵、欲しい!」と思ってしまった。
忘れてたけどセザンヌの静物画はとてもよかった。
「砂糖壷、なしとテーブルクロス」とかね。
ゴーガンもそこそこに、ついにゴッホ!
2月に来てよかったぁ〜、期間限定「アザミの花」
なんてなんて素晴らしいの!
たとえゴッホとゴーガンがホモで嫉妬に耳を切り落とした仲だとしても、
ああ、やっぱりゴッホいい・・。
爽やかなのか毒々しいのか分からない絵に思わずうっとり。
最後の方はロートレック、オディロン・ルドン、
そしてボナールで締められていました。
私はシダネルという画家を始めて知ったんだけど、
一点だけ展示された「三本のバラ」は気に入った。
まるで秘密の場所っていう感じが、乙女心をくすぐるの。笑
記念にクリアファイルとポストカードをたっぷり買った。
何気なく行った印象派展、けれどとーっても良かった!
印象派が少し好きになった展示だった。
隣のレストランでケーキも食べ、すっかり満足。

以下今回の展示で特に気に入った作品。
「睡蓮」「アネモネ」「三本のバラ」「アザミの花」
「日本風の花瓶」「アルルカン」「砂糖壷、梨とテーブルクロス」
「エッソワの風景、早朝」「セーヌ河の日没、冬」
「エトルタの夕焼け」「髪をすく裸婦」「宗教的な場面」
「異国のエヴァ」「白いテーブルクロス」「浴槽、ブルーのハーモニー」
「ミモザのある階段」「地中海の庭」「アルジャントゥイユの花咲く堤」




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彼らの行き着いた理論 - 2006年02月06日(月)

物事はシンプルなのだと私の周りの人は口を揃えて云う。
そうかもしれない。
けれど唯一、人のこころだけは複雑なのではないかと目を閉じてぼんやり思った。


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明るい音楽 - 2006年02月05日(日)

私はここ数ヶ月、暗かった。
とても気分が暗かった。
もともとネクラな性格だから、今更自分で気にすることもないのだが、
今日何かを思い出したようにハッとしたのだ。
そう、私ったら私ったら私ったら・・
だーいすきなJUNIOR SENIORをもう数ヶ月、いや一年近く聞いていない!
がーん
がーん・・
がーん・・・・

ガーン・・・・・



そんな。
あれほどジュニアシニアのファンだったというのに。
すっかりCDの存在すら忘れていたとは。
さっき思い出したようにCDを手に取ると、何とホコリを被っている。
かわいそうなCD。

*ジュニアシニアを知らない人へ。
ジュニアシニアはミュージシャンです。
デンマーク出身で、とにかくクソ楽しいとしか言いようがない音楽を作ります。
まさにダンスミュージック!
けれどこの音楽はディスコではないし、往年のジャクソン5でもない。
何処か懐かしい感じがするのに、計算された音のつくり。
体を動かさずにはいられない、素敵な音楽を作る二人組のユニット。

それで早速CDをかける。
ああ、やっぱり楽しい。
04年のサマソニにて彼らのライブに行った事があるんだけど、
もう本当に最高!の一言しかいえなかった。
一緒に来た友達は別のアーティストのライブ行っちゃって、
私は結局一人で行った。
たいして混まないだろうと思っていたのに、意外に大入り。
前の方、陣取ろうとしたのに仕方なく真ん中…、ちょっと悲しい。
でもそんな気分も音が鳴ると同時に吹き飛ばされた。
まだ主役はいないのに早く動きたくってうずうずした。
「日本の皆さん、コンニチハー!」(何て言ったか覚えてないけど
海外アーティストの定番セリフ)でワアァと会場大盛り上がり。
そしてアルバム一曲目の曲が流れると、な、なんだこのライブは!
会場の全員が踊りだしている!
当時、高校3年だった私が専ら聞いていたのはロックばかりで、
サマソニでもジュニアシニアの前は別のロックアーティストの
ライブを一番前の真ん中あたりで、滅茶苦茶に揉まれたばかりだった。
イエーイ!ロックさいこー!がライブだと思っていたから、
日本の筈なのにカルチャーショックの様なものを感じた。
隣のカップルも、前の男の子達も、後ろのグループも。
みーんな、踊ってた。手を上にし、CDと同じに手拍子を叩いてる。
シニアがマイクを向ければ、会場ノリノリで歌いだす。
人前で踊るなんてそんな…という私も人目なんて気にしなかったよ。
とにかく体の動くまま、楽しく踊れた。
ライブは家でCDかけて聞くのとはまったく別の音楽に聞こえた。
CDよりライブのが楽しいのは当たり前かもしれない。
でも、そういうのとは違ったのだ。
本当に「まったく別の」音楽に思えた。
これって家で聞いてた、あの曲だよね?と耳を疑いたくなるビート。
こんなにもCDとライブで差がある、というより、
ライブが最高なアーティストって彼らが初めてじゃないかな。
ガービッジも好きだし、ライブにも行ったけど、こんな感動なかった。
いい意味で裏切られた感じ。
ああ、あの臨場感を体がいまだに覚えてる。
何より会場全体のあの空気、誰もが楽しそうに踊り歌い手を叩く。
ライブ終了後も皆満足気に会場を後にした。
そしてもっと長ければいいのに・・と少しだけ不満そうに。
楽しかったなあ〜あのライブ。

これ程までファンだったというのに一年もCD聞かなかったのはなぜか。
それはひとえに気分が暗かったから、だと思う。
彼らの音楽は明るい。
あえて欠点を言うならば、明るすぎるところだと思う。
まあそれは統一性・一貫性という観点から見れば良い事でもあるけど。
でもね、あんまり暗い気分のときには逆効果。
明るすぎて暗さを実感してしまうのだ。
それで一年も聞いていなかったんだね。
ということは、私は今、かなりポジティブになってきたということかな?


とても悲しいことに去年の12月に来日ライブをしていたらしい。
今日ほど自分を殺したくなった日はないね!
こうなったらお金も時間もあるんだから、次のライブは
イギリスだろうとアメリカだろうと行ってやる!
おっかけ?笑



...

京極夏彦作品について(私の場合) - 2006年02月03日(金)

巨大コブラは予想外の態度だった。
私が勘違いしていたのだろうか?
コブラは私の話をじっと聞いた後、休むことも良いことだとか何とか、
頑張ってねだとか何とか、後押しまでしてくれた。
絶対に怒られる!と思っていたから、びっくり。
一気に脱力して、もう気分るんるんの私。
そういえば友達が、「やめると憑き物が落ちるみたいに楽になる」
って前に言っていたけど、こういう気分なのかもしれない。
やめたわけじゃないんだけどね。
憑き物っていうと、まるで京極夏彦の小説みたいで、
これまではあんまり実感沸かなかったけど。
こういう感じなのでしょうか、京極夏彦先生!笑

ところで私は大の京極ファンです。
既にオタクの域に入っていると自負しています。
恐らく彼の作品を読んだことの無い人は、
あの分厚ーい単行本の前で買うことを躊躇するでしょう。
確かに私も何気なくブックオフで買った「うぶめの夏」、
大した量じゃないからすぐ読み終えるだろうと思っていたのに。
違った。
とても時間が掛かった。
あの本ははじめ、関口くんと京極堂の対話で始まるんだけど
それを乗り越えるのに何日かかったか!
これまで山田詠美の読みやすい小説をサクサクっと大量に読んでたため、
このような重くて長くて難しい小説に慣れてなかったのだ。

「うぶめの夏」一部抜粋↓

「しかして言葉というのは曲者だ。例えば今言ったように共同幻想を生む。しかしこの共同幻想だって厳密に言えば共同であって同一ではない。そこが味噌だ。仮想現実はあくまで個人のもので、本当の意味での共有はできない。」

ふう。
こんなことがズラズラと一冊書いてあるのだ。
免疫ないと頭が疲れちゃうよ。
でもね、熱く語らせて欲しい。
このつまらない冒頭を乗り越え、謎が真実に近づいてくると
答えを知りたくなってどうしようもなくなるんだよね。
早く続き続き!って感じになってページを捲らずにはいられない。
そして驚愕の?真実が暴かれ、憑き物が落とされ、
物語が終わると、読み終えた〜っていう爽やかな読後感。
読み終える前までは謎が気になって悶々としているわけだから、
普通の小説の何倍も気持ちがいい。
もちろん、内容が面白いし勉強になるしキャラの個性もはっきりしてて、
読み終えると意外に読みやすい小説だったことに気づくのだ。
こうして一冊、最初のウブメをクリアすると、
魍魎のハコで恐怖を味わい、狂骨の夢で物悲しい気持ちになり…
読者は(私は)京極夏彦の鮮やかな罠にするりと嵌ってしまうのである。
もう私は本が何百ページ、何千ページあろうと関係ないわ!
寧ろ、京極作品に至ってはページ数が長いほど
長期間楽しめるわけで、つまり長さ=喜びなのだ。
今でこそ京極シリーズ、大好きな私だけど他の本ももちろん好き。
それに初めて読んだ京極作品は哂うイエモンだったし。
巷説百物語もラストがすっごーく切なくて、モロに私のツボにはまった。
でも作者本人についてはノーコメントでいきたい。
女性読者=京極夏彦自身のファン、だと一概に思わないで欲しいから…。
あのナルシス加減!
映画にドラマ、なんで作家本人が出てるの?
いやー、いいけどね。でもちょっと出すぎなのでは?

作者はおいといても、作品は面白い。
謎の「答え」を求めずにはいられなくなるもの。
単なるミステリーだと人が殺されて、さあ探偵さん刑事さん解決!
というパターンだけど(オーソドックスすぎ?)
彼の謎は「2年間も妊娠し続ける妊婦」という奇天烈なものなのだ。
でもちゃんと科学に則っているところが好き。
ちなみに私は京極作品のおかげで、お化けが怖くなくなった。笑
それまでは呪怨みて2週間寝れなかったり、あらぬ妄想したりで
散々だった。
つい熱く語ってしまい、長くなったけど読んでない人は是非挑戦してほしい。嵌れば面白いと思う。


ところでメアド更新を告知したところ、早速感想メールをいただきました。
読んでくれてる方、いらっしゃるんですねえ。
とても嬉しいです、ありがとうございます!



...

今日は - 2006年02月02日(木)

私を取り巻くもうひとつの環境に別れを言う予定。
でもあそこの人たち、すごーく怖いから言えるかどうか・・。
喰うか喰われるか、弱肉強食って感じの世界。
うう、ちゃんと休暇くださいって言えるかなー・・。
生き物に例えると、巨大コブラのボスにエリマキトカゲが
「ボス!休暇くらさーい」って云う感じなんだけども。笑
もちろん私がエリマキトカゲ。

私は「ホワイト・オランダー」という映画が物凄く好きだ。
なぜか分からないんだけど、無性に好きっていう映画あるでしょ?
ホワイト・オランダーの主人公は17くらいの女の子なんだけど、
彼女は母親が恋人を殺したことにより、色々な里親のところへ行く。
里親がいないときは孤児院に。
そうして最後、大人になった彼女はアーティストになり、
自分の過去を色々な世界をコラージュにして別れを告げてEND。
映画自体は別に普通なのに、私はこの作品が見たくて堪らなくなるのだ。
人にはそれぞれ人生がある。
そんなものは当たり前で誰もが承知している。
けれど私は最近、その当たり前のことにようやく気づいた。
電車に乗る。そして色々な人を見る。
たとえば私の隣に座っている女の子。
彼女には彼女の人生があるのだ。
格好の端々に残った記憶から、私の大好きな悲しみが見えてしまったりすれば
私はもう其れが知りたくて仕様がない。
どうして彼女、悲しいのだろう?とか彼女を取り巻く環境とか生い立ちとか
すごく詮索したくなる。
でも他人のことを詮索するなんて失礼だから、実際には想像するのだ。
それは私を世の中をいう枠から、少し外れた位置に立たせることを容易にさせる。

例えば私が本を書くとする。作家だ。
そこで私が自分自身のことについて書いたなら、
ネタはすぐに尽きるだろうね。
自分のことなんて本一冊で十分だと思う。
でもこの広い世界のいろいろな人間について書いたなら、
それこそ何十冊もかけそうな気がする。
昔、ある作家がまったく此れと似たことを言っていたんだけど、
私はようやくそれを実感したよ。

数年後には今とまったく違う環境だと思う。
そしたら私はこの十代の世界をコラージュにしてみたい。
コラージュじゃなくてもいいんだけど、何らかの形で昇華させたい。
自分の中に閉じ込めておくには、あまりに我侭で巨大なんだもん。


今日、頑張らなきゃ。
頑張ってコブラに云うんだ!
怖いけど・・。





...



 

 

 

 

INDEX
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