HE - 2005年10月31日(月) 私が思い出を忘れるより先に 涙は海に落ちて溶けるだろう。 夕暮れから宵への其の刹那を、 人びとは意識することはないだろう。 蝋燭の影を弄んだ。 影の指輪は太陽が沈んだ途端に消える。 彼は全く掴めない人だった。 私はそんな戯れをぼんやりと思い出す。 けれど彼を見れば世界が分かった気がして、 だからずっと或の瞳を見ていたかった。 静かな夜に、波の音に耳を澄ます。 感動して泣くのは私だと思っていたのに、 彼の黒い瞳は潤んでいて、長い睫毛は、 其の透明な水滴を落とすためにあるかのようだった。 彼は本当にそういう人だった。 ... 太陽の記憶 - 2005年10月29日(土) 記憶に残っているのは夕暮れよりも昼の眩しさ。 太陽の視線、風の囁き、唇の戯れ。 ダンテの様には歌えない。 モローの様には描けない。 ただ深海に沈んでゆく快楽を知っているだけ。 そして太陽の喜びも知っているだけ。 肌を焼き付けていたのは陽の光か、それとも視線だろうか。 振り返っても或るのは思い出の残像だけ。 ゆるゆると変化してゆく、幼い私達は留まれないから。 後戻りなど、もう、出来ない。 記憶に残っているのは夕暮れよりも昼の眩しさだった。 太陽の視線、風の囁き、唇の戯れ、 君の声。 ... 秋の買い物 - 2005年10月25日(火) 私は秋が嫌いだ。 この中途半端な季節を、食欲だとか芸術だとか行楽とかで 楽しめないほどに秋が嫌い。 夏は暑くてイライラするという人もいると思うんだけど、それと同じ感じ。 私は早くふかふかのコートと、あったかいマフラーと、 グローブをしてぬくぬくしたいのに! 秋の一番嫌いなところは中途半端な寒さにある。 ファッションセンスがないため、いまいち服を着まわせない私。 冬はコートでOKだけど、秋って微妙すぎる。 おまけに今までの秋嫌いのせいで、手持ちの秋服なるものがない。 私にはGジャン(七分ならあるけど・春用)もジャケットもなかったのだ。 男にはわかんないだろうけど、これって結構つらい。 ついでにいうと、カーディガンなんてものもない。 つまり上着全般が全くない! 着るものない→街に出たくない→買わないからずっと着るものない という三段階で初秋からすごしてきたが、遂に今週きれた私。 怒涛の買い物欲で、今週(しかもまだ半分も終わってない)だけで 既に何万つかったか考えたくもない有様。 靴に上着にパンツにアクセリー類にドレスなどなど。 こまめに少しづつ買い物するのが一番いいよ。 たぶん、残りの数日でジーンズとファーの上着かうと思うし。 ああ、いい加減買いすぎかしら? お財布が寒い。笑 ... 古着屋 - 2005年10月22日(土) 昔から不思議に思っていたこと。 どうして古着屋さんってあんなに高いの? 古着屋って中古の服を売る店のはず。 なのにどうしてあんなに高いのだろう。 店においてある商品、全てがヴィンテージなのだろうか。 そんなはずはなーい! 普通Tシャツなら何百円かで、ジーンズだって、 あんな何千円もしないと思うんだけどなあ。 浮浪者のかぶっているような帽子でさえ何千円もするんだからね。 おかしいでしょ、どう考えても。 ほーんと、日本ってお金余りすぎ。 貧乏な人たちは古着屋で買えなかったら、いったいどこで買えばいいの? 古着屋は私にとって、未だ謎のままである。 でも私の周りにも、いるなあー、古着ジプシーな子。 下北沢とか高円寺とかさ。 私、古着屋ってぼったくってるとしか思えないんだけどね。笑 まあヴィンテージ物やハイブランドはおいといて。 古着屋で買うんだったら、仕立てのいい新しい服買ったほうが 私は断然いいと思ってしまう。 うーん、古着屋って謎。 ... アップルパイ - 2005年10月18日(火) 私はアップルパイが好き。 ショートケーキのようなスポンジ系よりも、 サクサクしたパイやタルトの方が断然好き。 なのでリンゴの季節になると頻繁に作るから、何時の間にか得意お菓子と なっていた。 通常、アップルパイといわれて思い描くのが、 小麦色に焼かれて交差された、あるいは綺麗に並んだフィリングの林檎。 しかし私の作るアップルパイはフィリングの林檎の上に たっぷりとバター味のパウダー状のパイ生地をかける。 これがなんとも云えず美味しい! ショートニングを使って生地を作るからサクサクだし。 リンゴはシナモンとナツメグのスパイシーな香りと程よい甘さ。 よく冷やしたアップルパイにアイスやクリームを乗せたりするけど、 一番美味しいのはやっぱり焼きたてに限る! あの熱々をはふはふしながら食べるのが最高なのだ。 作るたびに一人で半分くらい食べてしまっている私。 好きな雲南紅茶に、焼きたてアップルパイ。 ああ、幸せー。 ところでこの間、スーパーのお菓子コーナーでカボチャペーストを見つけた。 なんとなくコレを使えば、超簡単にパンプキンパイが作れそうな気がする。 ってことで、ハロウィンも近し! 今年はパンプキンパイも作ってみよう。 パンプキンパイには…なんとなくチャイが合いそう。 あとはホットワインとか! さて最近はとても傷ついたことがあった。 それで頭の整理もつかなくなったり、落ち込んだりした。 それから私はようやく認めた。 此処暫く、何も考えずに生活したいたことを。 私は自分の環境が著しく変わった春、様々なことに悩んだ。 人は逆境にあったり、悩んだりすることで大きく成長するものだ。 実際、私は自分では気づかぬうちに急激に成長していった。 けれど最近は、うまく説明できないけれど、 アーティストによくあるスランプみたいな感じだった。 といっても私はアーティストではないのでスランプなんて知らないが。 急激に環境が変わったから考えることに脳が疲れたのかも。 なんだか生活の中にある一定のリズムのようなものが出てきて、 ただその安定したリズムに流されているだけだったのだ。 とても無為に日々を過ごした気がする。 だから大して記憶に残っていないし、それに気づいたとき、 私は本当に生きることに怠けていたのだと思った。 そして安定したリズムにのって安穏としたいたとき、 先日のような傷ついた出来事があったのだ。 私はそのおかげでやっと自分自身の事態に気づいた。 生きることを怠けて、あとで自分の人生は平凡でつまらなかった なんていう権利はないのだ。 ... FALLEN - 2005年10月09日(日) JAZZ LIVEに行っても気分が晴れるのは演奏中だけだった。 隣の男は私のことを気にかけてくれるような気の利いた人ではなかった。 母親はきっと今夜、父親とデートをしている。 弟は彼女のところだろうか。 私はこんな家族が好きだけど、でも素直にいえない。 口からついて出るのはラヴ ユーとは逆の言葉ばかり。 私はこんな自分にうんざりする。 昨日、どうでもいい男に非難された。 煙草や酒を吸いながら、私の大事な領域に入ってきて めちゃくちゃに荒らした。 愛想笑いでその場を乗り切ったけれど、本当はコップを持つ手が震えた。 考えないようにするなんて、とても無理。 私はベランダから飛び降りたい気持ちだった。 あんな奴の一人や二人、いなくなったっていいのに。 もうこんなことを考えてしまう自分に、私はまたうんざりした。 私はきっと素直な気持ちで誰かにラヴ ユーという必要があるんだと思う。 恋に落ちてしまいたい。 本当は分かってる。 その相手はすぐそばにいるのに、超えたい境界線を越えられない。 それとも超えるためにあるのだろうか、その境界線は。 目が霞んで貴方がよく見えない。 いつも私のこと見ているくせに。 もう貴方の姿見ることは私の必需品なのに。 ここまできて、ようやく私は気づくのだ。 既に恋に落ちてしまっていることを。 ... 心がめちゃくちゃなので整理するためにかいた - 2005年10月07日(金) 本当は今にも爆発しそうだった。 憎しみや嫉妬や苦痛や悲しみや恐怖や色々なマイナスの感情が。 ずっと誰かに分かってもらいたいと思っていた。 でも私は捻くれちゃってるからさ、そんな人はいないって 分かっちゃってるんだよね。 誰かに分かってもらいたい。 この言葉だ。 きっと誰もが一度は思ってるし、願ってること。 でも誰がわかってくれるというの? 其れは恋人?友達?家族?それとも別の人? 私には分からない。 私には例え恋人であろうと、人は完全には分かり合えないし 孤独はどんなに寄り添っても存在し続けると思うからだ。 だから私は考える。 私の好きな人たちが、私を同情して慰めて、抱きしめて、一言、 「辛かったんだね」というシーンを思い浮かべる。 でも現実にそんなことは訪れない。 私は自分で壁を作ってしまっているし、誰もその壁を壊して、 私を知ろうだとか分かろうだとか、ましてや、慰めようなどとは 決して思わないからだ。 なぜなら私はずっと孤独で、私にはすでに孤独を知っている空気が 漂ってしまっているからだ。 それは他人にこう思わせる空気。 「私のことなんて放っておいて。」 嘘だ。 本当は構ってほしくて仕方がないのに、素直にそれを云えない。 壁の中で私は、寂しくて悲しくて苦しくて蹲ってる。 私はそういう人間。 私はずっと孤独だったのだと、ある人に云ったら、 その人はこういった。 「人がそれほどの孤独に耐えられるのだろうか」と。 私は何も答えなかった。 だってそもそも耐えるものではないのだから。 絶えるのではなく、受け入れるのだ。 今ある現実を見つめ、理解し、孤独を受け入れる。 そして気づく。 この世に孤独があふれかえっていることを。 そうすると私には段々、色々な人間の孤独の隙間が見えてくる。 私は散々、自分は孤独だとか苦しいだとか云っているけれど、 本当のところ、誰もが等しく孤独なのだということも知っている。 ああ、あの一言で私の全ては救われるのに。 でも現実には誰もそんなこといわない。 私という人間の悲しさはそれを知ってしまっている処にあるのかも。 なんだかもう少し心を整理する必要がある。 今私の心は、本当にとても疲れているのだ。 文章にすることで昇華をするように、整理される。 だから気の済むまで文章にしよう。 そもそも私がここまで苦しくなってしまった原因というのは、 大きくして二つある。 ひとつは仕事がうまくいかないこと。 ひとつは友達に対する嫉妬。 嫉妬もあるし、分かってほしい願望、そして同情してほしい願望。 同情!? 私は昨夜、自転車をこぎながら自分の中にこの言葉を見つけたとき、 びっくりした。 さらに家についてベットにはいって、寝る前にしくしく泣いてる自分に 気づいてまた驚いた。 私は自分に同情している。 そして同情されたがってる。 可哀相、辛いんだね、この類の言葉をいってほしがってるんだ。 でも誰も言ってくれない(当たり前だけど)。 なのに、私の好きな人たちは私の友達にはいうのだ。 私の一番ほしがってる言葉を、私にいうのだ。 彼女は本当にかわいそうだね、苦しいんだろうね、 ねえ、君もそう思うだろう?、と。 その時の彼らは、同情の目を持って私を見るが、私に向けられたものじゃない。 おまけに彼らは彼女に物をたくさん与えてたのだ。 そう、私の本音はこういいたかったのだ。 「それを与えられるのも、その言葉を言われるのも、全部全部私なのよ!」 こんなことってあっていいのだろうか。 まさか私がこんな風に思ってしまうなんて。 確かに彼女は私よりたいへんな目にあっているように見える。 でもそれが何だというのだろう。 私は彼女に一粒の慰めくらいはするが、同情はしない。 かわいそうだと云っていいのは、死んだ人だけだ。 泣いっていいのは本当に悲しいときだけ。 だから私は同情なんて出来ない。 でも自分にはして欲しいと思ってる。 なんて我侭で自分勝手なんだろうね。 でも書いててたいぶスッキリしてきた。 そうだ、かわいそうだと云っていいのは死人だけなのに 私は嫉妬でそんなことまで忘れていたんだね。 もっと嫉妬の扱い方、うまくならなきゃ。 ある本の中にこういう台詞がある。 「世の中には同情される人間とされない人間がいると思うんだ。」 私は間違いなく後者で、彼女は前者。 ただそれだけのこと。 それだけ。 昨夜の私といったら、自転車に乗ったままトラックに飛び出して 自殺しそうなほどだった。 J・ロペスの「セル」って映画知っているだろうか。 死体愛好者?の殺人犯は、誘拐した若い女を大きなガラス張りの 部屋の中にいれる。そして水を注ぐ。 そこは大きな水槽で、女はドンドンとガラスの壁を必死にたたくけれど、 結局溺死する。 男はその女を丁寧に洗ってあげて、そして犯すのだ。 私はまさに女がドンドンとガラスをたたいて叫んでる姿にリンクした。 でも違うのはそのあと、犯されちゃってもいいやーって思ったところ。 とても疲れすぎてて、ちゃんと私のこと丁寧に洗ってくれるなら、 犯しても許してあげよう、だって彼も孤独で辛いのだから。 そういう気持ちになってしまっていたところかな。 昨夜、寝る前なんて明日が怖い明日が怖い怖い怖いいたい痛いって、 ずっと脅えていたのに、それでもやっぱり家の時計は回るし 朝は太陽が差し込む。 自分を再構築するために、文章を書く。 私を超えられるのは、やっぱり自分だけだった。 私を救えるのは、私だけ。 注目して欲しい、誰もが私だけを見て欲しい! そういう感情も、もちろんまだ残っているけれど、 でも落ち着いてきた。 ちゃんと自分の信じていることを思い出したし、 やっぱり私は孤高な人間を目指して生きていくよ。 ときどき、こうやって負けちゃうけど、 大丈夫、私はちゃんと心の中に無常の心を持つ自分を持ってるから。 ... セルジュ・ルタンス - 2005年10月04日(火) セルジュ・ルタンスの今年のスペシャルボトルがでた。 シダー(だと思う)の香水の手彫りボトル。 シダーの香りはいまいちピンとこなかったし、3万もお金ないので、 もちろん買いはしないけれど、今年、セルジュルタンスが メイクアップラインを発表したことにより、 各ファッション雑誌に記事が多く掲載されていた。 私は高校のときからセルジュルタンスが気になっていて、 先月銀座まで行って、ついに購入! 高校生のとき、私はとても「おませ」な子だった。 男とは縁が薄かったこそすれ、(それでも言い寄る人はたくさん いたんだけど何しろ私はそれ所じゃなかった…)楽しんではいた。 私はずっと本を読み、頭の中でいろいろな事を思い描いては 夢(妄想ともいう)の世界に浸っていた。 でもまぁ、容姿のせいで私は単なるオタクやマニアには思われなかった。 私の友達は私が本当はマンガやアニメをよく見ていて、 中学の頃は学校で流行ったホモ小説だって読んでいたり、 意外とミーハー(って最近いわないかな?)なことも知っていたから、 私を知らない周囲の人が私を一目おいて見たり、 私に憧れたりとかしているのを見て、よく影で大笑いしてたっけなあー。 でもそういう友達と飲むお酒って、すごく美味しいんだよね。 私は高校生だったけど、落ち着いたお店で飲むのが好きだった。 そして美味しいお酒は、飲む人や会話によって生み出されるということも 知っていた。もちろん、バーテンダーの腕がよければ尚よし! 今より高校のときの方が煙草もいっぱい吸ってたなあ。 今は一ヶ月で1箱だもん。 派手なことや見せびらかしたりしなかったけど、 影ではすごい生意気だったね、私ってさ。 美味しいお酒は〜なのよ、なーんて高校生がいうんだよ? 生意気ったらないよね。 購入した香水はダチュラ・ノワール。 黒いダチュラという名前。 そしてもうひとつ、アラ・ニュイ。 意味は「夜に」、香りはジャスミンそのまんま! でもさすがはセルジュルタンス、 上質というか一流の香りである。 すばらしいの一言、もうずっとこの香りだと思う。 私が高校生の頃、セルジュ・ルタンスは日本では余り 有名ではなくて、私は自分だけが知っていると思っていた。 でもその時の自分にはまだ背伸びしすぎだと分かっていたから、 その時は買わずにずっと心の中にとっておいた。 それが今ではすっかり有名になっちゃって。 あーあ、悲しい。 もう私だけが知っているものではなくなってしまったのだ。 けれど本当は最初から私だけが知ってるものではなかったんだけどね。 ...
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