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普通の日記

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2002年10月31日(木)
授業参観日

子供たちの授業参観日の今日は久しぶりの休暇。
もしかしたら先月の忌引き以来の休暇になるのかもって程。
私って去年の異動後はかなり有休を無駄にしてるって思うんだけど
休まない人種の上司って部下にも同じ価値観を求めるから運が悪いって。
今日だって本当の休暇じゃなく数回の休日出勤の代休なんだし。
で、せっかくの休暇でも授業参観って目的あり。
完全週休2日になる以前の去年までは土曜日の参観ってのもあったけど
今年度からは平日オンリーだし今日の参観は2学期唯一のそれ。
登校時から下校時まで全ての様子を見ることができるし
全校一斉に道徳の授業となる5校時は地区公開講座にもなってるらしい。
1時間目開始からちょっと遅れて学校に到着して
どの授業も満遍なく長男と次男の授業を交互に参観。
廊下に置かれた出欠表は授業ごとに○を書き込むようになってたんだけど
1時間目から5時間目まで全てに○って人はかなり少なかったみたいだけど。
長男の授業は総合、社会、国語、算数、道徳で教室ばかり。
担任の先生が若いせいもあって教室に張り詰めた緊張感は全く感じられない。
3クラスを4つの到達度別に分けた算数の授業だけはさすがに空気が違ってたけど。
って長男がバリバリクラスってせいもあるんだろうけど。
次男の方は算数、音楽、体育、総合、道徳。
音楽室で専科の先生だったり体育館でマット運動だったりで
楽しい部分もあってさすがに学年の差ってのを感じたけど。
で、次男達3年生のどのクラスにも予定されてたのが総合の「蚕の糸を取ろう」
1学期に次男が飼育した繭はそのまま蚕蛾となりその子孫は夏休みの繭細工になっちゃってるし
他の子の飼育したものも恐らく悲しい運命を辿ったんだろうから
今日用いられる繭は先生方が夏の間に飼育して冷凍保存してた繭なんだけど。
持参した紙コップの中に煮詰めた繭と熱湯を入れて糸を取っていくって作業。
長男の時は参観日じゃなかったから糸取りの作業を見るのって初めて。
それにしても紙コップと割り箸って今日の必需品を忘れちゃったのが次男。
1時間目の時点で級友の持ち物を見た私が義母に連絡を入れて届けてもらったから助かったんだし。
一旦帰宅して昼食を食べてから5時間目まで目いっぱい参観して帰宅。
で、それからがまた大忙し。
義母を伴って市役所で旦那の印鑑証明を取ったその足で
墓苑の管理事務所に出向いてお墓の名義変更なんてのもあったりで。
せっかくのお休みもなかなかハード。
でも全ての用事が済んで子供達と合流すると4割引ってチラシの入ってた回転寿司のお店に直行。
6時前だったから私達はさほど待たずに済んだけど
チラシの威力も伴って見る見るうちにお店の外まで並ぶ大渋滞になっちゃって。
久しぶりの回転を大満喫。
ついでにジャイアンツ優勝セールのスーパーにも行っちゃったし。
いつもながら盛りだくさんな休暇の1日となりました。



2002年10月30日(水)
今頃

先週の土曜日に納骨も済んだし義父の死去後の一連の法事は終了したって感じ。
五十日祭翌日の日曜辺りからはお香典返しも着実に到着してるらしく
ご近所さんなんかからは「ご丁寧に」ってコメントされたし。
って香典返しって基本的にお礼を言わないもんだって言うから
私は言ったことがなかったんだけど
自分が当事者になると本当に到着したかどうかが確認できるお礼って有難いかも。
お礼不要の香典返しって業者が送ったことにして送らなかったとか
カタログの商品と違う物を送ったとか
はたまたお香典を預かってきた人が懐に入れちゃったりとかって事例が絶えないんだし。
とにかく我が家の香典返しは着実に到着してるって言うかかなりの最終段階らしい。
でもここにきて当然ながら転居先不明って人とか問い合わせが数件。
結婚間近で転居ってお目出度い人やら
実際は転居してないのに不在ばかりで連絡がつかないって人とか。
それぞれに現住所を確認して配送センターに連絡して。
それでも事務的には進歩してるからいいんだけど。
って段階の本日も我が家に弔問客あり。
以前ご近所に住んでたおばちゃんなんだけど旦那様を肺がんで亡くして転居した人。
たまたま近くまで来て訃報を耳にして我が家を訪ねてきてくれたらしい。
未亡人仲間である義母は颯爽とお散歩に出かけちゃってて
遅めの出勤だった旦那が対応したらしいんだけど。
おばちゃんが帰った直後に旦那から電話連絡。
「今からでもお香典返しは対応できるのかな?家に帰ったら金額確認して処理してね」って。
って自分でやればいいじゃん。
何もかも人任せなんだから。
帰宅して金額チェック。
義母も彼女の転居先を知らなかったみたいで香典袋への記載を喜んでたし。
早速某百貨店の外商さんに電話連絡。
今からでも大丈夫なのかなぁって思ってたんだけど全然OKなんだって。
これまでに発送済みの物についてはすでに請求書も来てるんだけど
下手したら年賀状欠礼葉書で不幸を知ってそれからお香典って人もいるって話だし。
月曜日に書留で届いてた分とあわせてお香典返しの追加発注完了。
この時期ならお香典返しの添書も入れられるし絶妙のタイミングだって。
それにしてもあっという間に10月も終わっちゃうなぁ。
次なる懸案事項は年賀状欠礼葉書の準備って感じかな。



2002年10月29日(火)
お疲れですって

しばらく残業続きで帰宅途中の買い物なんかできない状態だったけど今週から自由の身。
昨日は長男のお迎えなんかの都合で真っ直ぐ帰宅したけど今夜は駅ビルに立ち寄り。
ずっと買い物しなかったおかげで基礎化粧品もそろそろ危険な状態になっちゃって。
私の愛用の化粧品は無香料が謳い文句のクリ○ーク。
何しろ普通の化粧品売り場じゃ強烈な匂いで気持ちが悪くなっちゃうんだし。
駅ビル1階の一般化粧品メーカー売り場とは階も違うから助かってるけど。
で、相当久しぶりの化粧品調達。
私ったら主婦根性って言うか経済観念が発達してるから
お徳サイズの買い物ばかりだから小さなボトルみたいに減らないし。
数種類の化粧品がエンプティ−って状態に陥る前にまとめ買いしちゃうし。
それでも毎月通っちゃうこともあれば今回みたいに4ヶ月もご無沙汰ってことも。
でも同じショップで毎回買うし何年も前からの常連だから店員さんにはかなり浸透してるみたい。
今日も会員カードの提示が面倒だったから名前を告げると即座にカルテが登場したし。
って顧客名簿もコンピューター管理だから名前さえあれば照会だって簡単なんだけど。
で、化粧品売り場のカウンターに座って今日の目的の石鹸の購入。
でも店員さんが私の顔の表情を見るなりいつもと違って「疲れてますねぇ」って。
さっぱりタイプの石鹸が私の好みでずーっと使い続けてたんだけど
今後も同じ石鹸を使い続けると皮膚への刺激が強くてかえって肌に良くないって。
いつもはしない肌チェックなんかもしてもらっちゃったけど身体って正直ってことかしら。
自分じゃ大丈夫って思ってても目の回りとか頬の辺りとかには微妙な変化があったってことらしい。
疲れたり便秘になったりすると出るらしい顎の辺りにはマニュアル通りに吹き出物が出てるし。
店員さんに次から次へと指摘されることが私の胸に突き刺さるって。
1ヶ月休みなしで働いてたし義父の死去以来休みなしだったしやっぱりそれなりに消耗してたんだろうなぁ。
自分は騙せても店員さんの目は節穴じゃないってことみたい。
1ランク下げて刺激の少ない石鹸を購入。
あのさっぱり感が好きだったんだけど今回は仕方ないって。
で、店員さんのお薦めにしたがって保湿クリームなんかも購入しちゃった。
もっと時間があればマッサージなんかもしてもらいたかったけど購入だけで終了。
でも11月1日に予約受け付けを開始するクリスマスセットの情報なんかを貰ったから
やっぱり今日の訪問はタイミングがよかったのかなって。
11月15日から発売のクリスマスセットって毎年すぐに売り切れちゃうんだし。
店員さんにクリスマスセットがいかにお徳かって数字まで教えてもらっちゃったし。
ちなみに私が狙ってる15000円のセットは1万円以上お得な内容になってるらしい。
ってもちろん全ての化粧品を漏れなく使った場合だから文字通りじゃないんだけど。
それにしても自分じゃ気がつかなかったのに肌は赤信号を発してたんだなぁ。
のんびり心も身体も休めないとそのうちパンクされちゃうと困っちゃうな。



2002年10月28日(月)
小児病院

珍しく6時には退社。
帰りの電車にも座れたし今日ってラッキーかもって思いながら帰宅。
いつものように家のドアを開けて玄関に入るなり左手で郵便物を確認して。
で、郵便物に触れた左手はいいとして斜めに家に入った形になっちゃったから右手がドアに残ってて。
勢い良くドアが閉まるなり白魚のような指が挟まれちゃった。
一瞬の事だから声も出ないくらいの痛さ。
痛さの様子からすると親指と小指を除く真ん中3本が挟まれちゃったらしい。
左手で右手を押さえたり痛みの残る右手を握ってみたりするものの痛みは襲ってくるばかり。
とりあえず「ただいまー」の挨拶と同時に義母と次男に災難を伝えると
義母ったら「水で冷やした方がいいんじゃない?」「骨大丈夫?」って心配してくれたけど。
しばらくしたら中指に血マメが浮き出てきちゃって。
自分の不注意だから仕方がないけど何だか悲しい現実。
お箸を持ったりって日常生活に支障はないみたいだから骨は折れてないみたいだけど。
で、私が夕食を終えてしばしの休息の後に長男をお迎えに。
しばらく駅で待ち合わせってパターンが多かったから久々のお迎えとなって。
塾から帰宅した長男は次男と一緒に入浴。
何気に子供達が点けっぱなしにしたTVを見るとみのさんが司会をしてる番組で市内の小児病院のことが。
思わず見入っちゃったんだけど結構深刻。
都知事の改革路線の一環として都の医療体制が見直されてるんだけど
現在3箇所ある小児病院を府中に1本化するって。
ってことで八王子の小児病院は廃止の方向。
初めて見たんだけど直訴しちゃう番組らしく市長やら助役やら署名活動の中心となった人やらが登場。
子供の病気って一刻一秒を争うし都に一箇所ってマジで困るんだけど。
実際我が家の長男も受診経験があるんだし。
休日に滑り台から落ちた時も急性虫垂炎の手術の時も。
少子化で小児科は採算が取れないのは分かるけど医療の切り捨てってのは困るんだって。
新生児用の救急車が走る度に超未熟児が産まれちゃったのかなとか
小さな命を助ける小児病院が身近にあることに感謝してたのに。
でも市内在住でありながらいかに地域と密着してないかって知らされたのも事実。
小児病院移転反対の署名運動が盛んに行われて都知事宛てに14万も持っていったんだって。
そんな動きがあったのも知らなかったんだけど14万って言ったら50万市民の4分の1を越してるじゃん。
4分の1に含まれてない私って市民としての意識が薄かったりして。
それにしてもコメンテイターっていい加減だわ。
特にTイトーとかって不思議な人物ったら好き勝手言いたい放題。
ひたすら行政を批判するだけで建設的なことなんか何一つ言わないし
採算が取れないからって小児医療そのものを営業活動みたいに言ってたし。
番組から都庁に直訴しても改革の姿勢に変化はないってことだったんだけど。
でもこれって市民としたら大問題。
我が家の誰もが署名をしたことがないってのも問題だけど小児病院の存続を祈っちゃうわ。



2002年10月27日(日)
時差出勤

オフピーク通勤ってわけじゃないけど今日の出勤時間は午後6時。
遅い出勤ってことは遅くまで働くってことで。
で、昨日の納骨日には雨に祟られちゃったけど一夜明けた今日は好天。
出勤時間まで有意義な1日を過ごさなくちゃいけないし。
昨夜テントに泊まった長男は9時に解散予定。
今日も10時過ぎにはインテリアコーディネーターのお姉さんと打合せが入ってるから長男からの連絡待ち。
解散場所からバスかリーダーの車で近くの公園まで来ることになってるから。
鍵持参じゃない長男には秘密の場所にある鍵を使って家で留守番って伝えなくちゃいけないし。
9時40分頃ようやく電話連絡。
「迎えに来てよぉ」って申し出を却下して留守番を命じていざ外出。
でも荷物ぐらいは運んであげてもいいかと思って長男が帰るであろう大通りを通過。
だけど長男ったら真っ直ぐ帰って来てないらしく影も形もないって。
長男の携帯に電話をしても連絡は取れず。
解散地となった公園を過ぎて別ルートをUターンすると
コンビニの中で見慣れたスカウトの制服を着用した数人の少年達。
カブ隊までと違ってボーイ隊はお小遣い所持も認められてるからみんなでアイスクリームを食べたりしてて。
案の定長男もその中の1人。
結局荷物は預かったものの1人で帰るってことになって。
仲間といると楽しいって長男も成長したなぁって。
ってことで長男の心配はいらないし安心して新居の打合せに直行。
前回は壁と床と天井について検討したけど今日は電気器具とかカーテン。
旦那と私の趣味が合わないのは言うまでもないから喧喧諤諤。
とりあえずお互いの意見を出し合ってたら義母に笑われちゃって「いい夫婦だわ」って。
義母にしてみたら義妹のことが頭にあるんだろうけど言いたい事が言える関係ってまあまあなのかも。
見た目の家の豊かさ=シャンデリアって義母は思ってた節もあって
リビング&ダイニングのシャンデリアを巡って意見の一致を見ないかと思われたけど
結局私の意見が採用されてシャンデリアを用いないことになったし。
結構間接照明を多用したお洒落な感じの照明になるんじゃないかって想像。
カーテンについても同様に迷いに迷って。
もちろん照明もカーテンも住宅メーカーさんに頼むとは決まってないけど一応。
今日も昼食を取らずに目いっぱい。
その間長男からは何度となく「まだー?」って電話が入ってたのは当然で。
4時過ぎからスカウトの年次総会が予定されてるからカーテンまで打合せて終了。
急いでマックのドライブスルーで買い物をして帰宅して着替えて総会に。
とりあえず年の活動費だけは納めてきたけど本当に立ち寄っただけってことになっちゃった。
旦那に送ってもらってたからその足で駅から職場に向かって。
結局仕事を終えて帰宅したのは12時ちょっと前。
いつもながら今日も目いっぱいハードな1日でした。



2002年10月26日(土)
納骨の日

昨日の晴天とは打って変わって今日は朝から雨模様。
墓苑での納骨を控えてる我が家にとっては最悪の天候。
とりあえず10時半に駅から送迎バスが出る段取りだから遺骨やら遺影やらって諸々の準備を整えて。
今日1日我が家のプラドと送迎バスご一行様で行動する手はず。
電車で来る親戚筋の多くが早めの到着を心がけてくれたから
お迎えのバスが到着した15分前くらいから徐々にバスに乗り込んで。
でも出発5分前になっても義妹と旦那の従兄弟2人とその配偶者1名がちっとも現れない。
義母ったら「今朝もAには言ったんだけど」って義妹のことでヤキモキ。
従兄弟夫婦と義妹は約束ギリギリに間に合ったんだけど半を過ぎても従姉妹はまだ。
別の従姉妹の話じゃ「家の子の結婚式に新郎新婦の後から入場した程だし」って。
そんなことと知っていれば1人だけ早めに集合かけたのに。
携帯で連絡を取り合うとまだ車中だって言うし私もバスに乗り込むと後は旦那に託して。
送迎バスでは神主さんと隣り合わせ。
生憎のお天気は義父の心が残ってるからなんて話から神道の諸々まで。
神道では死んで神様に戻るんだからおめでたいことなんですって。
日本の宗教って神道とか仏教とかって言いつつも
本来は仏教儀式であるお彼岸とかお盆にも神道の人も先祖をお参りするとかってことまで。
だから墓前でのお線香とか本来は仏教のものでも故人とか遺族が好きなようにしていいんだって。
雨が酷いようだったら墓前でのお祭りは簡素にして別会場でお祭りを執り行うって相談も入念に。
15分以上遅刻した従姉妹と旦那も無事にお墓に到着して。
結局これまでの納骨で1度も雨に降られた事のないって神主さんのおかげか墓前でのお祭り決行。
蓋が開けられた墓石の下に義父の遺骨を納めてから玉串奉奠とかって儀式は淡々と行われて。
神主さんが何やら文言を奏上してお墓を清めたりしてから遺族を代表する形で喪主である義母が玉串を奉げて。
で、神主さんは退散。
持参したお線香とかお供物をお供えしたんだけど
運悪く私の時に風が吹いて来てお線香でパシュミナを焦がしちゃった。
とりあえずこれにて納骨祭は終了。
そのままバス移動して五十日祭。
中華のお店のお座敷にちゃんと祭壇が設けられててここでも一応の儀式。
終了後は神様と一緒にお食事するって意味の直会(なおらい)ってお食事会。
もちろん親族の宴会ってパターンになっちゃうんだけど今日も旦那に先に飲まれちゃって。
お店のお薦めのコース料理はどれもこれも美味しくて満足。
でも直前に義妹宅の子供2人が欠席になったからお子様料理が2人分余ってたのよね。
大人のお料理を半分ずつ食べさせる予定だった我が子にお子様料理を食べさせて。
義妹ったら「子供のお料理ってキャンセル料取られるのかしら」って
私にも聞こえるように言う割には結局今日玉串料として持参したのはたったの1万円だったんだけど。
お料理もお酒もみんなに満足してもらえたからいいけどいつもながら義妹って。
ちなみに義妹の左手の薬指には結婚指輪はなかったみたい。
旦那の中締めで直会も終了してまたご一行様はバスで駅に帰っていって。
って今回の事で義母を相当心配させてる義妹も一緒に帰っちゃったんだから何か違うんじゃないかって思ったけど。
持たせたお土産まで考えると今日の玉串料じゃ当然足は出ちゃったけどとりあえずこれにて一連の儀式は終了。
で、みんなを見送った後で私は急いで長男を別会場に送り届け。
今夜はスカウトでオーバーナイトハイクってのが予定されてるから長男ったら中華のお店で制服に着替えたんだし。
4時の集合にちょっと遅れたけどセレモニーには間に合って。
市内のボーイ隊が参加する全行程45km程の歩け歩けらしいんだけど。
でも長男ったら納骨後の疲れた状態での参加だし全行程は当然無理かなって思ってた。
9時半頃あっさり電話がかかってきて「リタイヤしちゃった」って。
11・9kmの第1チェックポイントは通過したものの16.5kmでダウンしちゃったんだって。
一緒に行動してたのが中学生だからハイペース過ぎたってのも理由らしいけど
体力的に似通ってる6年生が28km地点まで頑張ったって聞いたからちょっと残念かも。
来年はもっと頑張って完歩を目指すらしいけどまあ今日は仕方ないかって。
長男は悪天候の中そのままテントに宿泊。
我が家では日本シリーズ第1戦の巨人軍の勝利に盛り上がっておりました。



2002年10月25日(金)
義妹その後

一昨日の旦那と義母のヒソヒソ話を小耳に挟んでた私。
その後も旦那に対して何らかの情報提供を求めてはいたんだけど今日になって若干の進展。
義妹の一大事ってことは義母の生活に影響を及ぼすかもしれないんだし
明日の納骨時に義妹と遭遇するからには心の準備ってもんも必要なんだし。
で、旦那の口から明らかにされたその事実。
義妹が夜のバイトに出かけてたのは誰もが承知してたんだけど
和食系かなって思ってた私と違って義母も旦那もファミレスって思って疑ってなかったみたい。
って私が和食系って思ってたのは「毎日和服着て仕事してるから」って
義妹の呟きが聞きたくもないのに耳に入ってきてたから。
旦那からは義妹に関わるなって言われてるけど義妹って私の耳に入るように嫌なことを伝えてくるんだもの。
でも今日旦那から聞かされたそれはやっぱり衝撃的。
って働き先がファミレスじゃなくて水商売だったってこともあるし
そもそも初めに義妹に働いてって言ったのは義妹の旦那Mクンだし
その働き口を紹介したのがMクンだったんだって言うんだから。
もちろん水商売そのものを否定するわけじゃないけど
普通に考えれば普通の主婦が水商売に関わる必要なんかないんだし。
自分の配偶者にそんな勤め先を斡旋する旦那様ってのも信じられないけどあっさりその仕事に没頭した義妹も義妹。
客商売ってのが向いてたせいもあるんだろうけど
深夜になってもお店のお客様と出かけたりして帰宅しない日が多くなっちゃったって。
で、最初に仕事を紹介したMクンが切れて怒って騒動になっちゃってるってのが凡その内容らしい。
だったら最初から水商売なんか紹介しなければよかったのにって気もするんだけど。
そう言えば義父の葬儀で我が家に帰っていた時も12時近くまで外出してたし
家族の迷惑なんか関係なしにやたらに携帯で喋ってたもんな。
今考えればその電話も外出もお客様との関わりだったんじゃないかって。
残された子供達が気の毒なんだけどどうやら義妹達は結構危険な状態らしい。
子供達も風邪を引いちゃったとかって理由で明日の納骨は義妹だけが参加するって。
ってMクンが仕事の都合で来られないって言うのと一緒で子供達も嘘かもしれないし。
義母は電話口でMクンと「お宅のご両親とも話したい」って言ってたけど夫婦のことは親は関係ないからなぁ。
義妹の水商売がきっかけになったにしてももっと他の理由だってあるんだろうし。
「みんな私が悪いって言う」って言ってる義妹じゃないけど本人に大いなる自己反省は必要なんだし。
結構際どい状態って思えるんだけど今後はどんな展開になるのかな。
とりあえず明日の納骨に現れる義妹の様子を要チェックだわ。



2002年10月24日(木)
残業なんだけど

今月に入って残業の日の多いこと。
ご多分に漏れず本日も残業デー。
うなぎ上司はボスと一緒に大阪に出張してるから
居残り組は銃後の守りって言うか連絡要員でしかないんだけど。
上司が出張に出かける今朝の時点で「じゃ私が残ります」って自己申告したのは私。
上司の次のポストだからって大袈裟な理由なんかじゃなくて同僚の残業嫌いが見え見えだったから。
6時になった時点で「早く帰ろうぜ」って同僚の誘いを振り切って延々居残り。
毎日8時までってお達しがあることもあるし上司がいない時こそ姿勢が試されてるって気もするし。
それにしても仕事に対する意欲ってこんな風に現れちゃうのかなって。
もちろん同僚だって仕事が嫌いってわけじゃないんだけど
無駄な労働は避けるべきだってやたら合理的考えの持ち主だからちょっと温度差。
「どうせ残ってても電話の1本も入らないんだから」「土日出勤だって無駄」って言って。
で、同僚ったら今私達と共に働いてる部署ってのと
特別発令されたポジションがあることをいいことにどっちの残業も休日出勤もしてないような。
どっちに対しても忙しい振りをしてるのはもちろん
出張がありそうだからとか決定していないような情報で双方を惑わせて。
無駄なように思える仕事だって実は必要かもしれないのになぁ。
って同僚にそんな風に伝えると上司寄りの考え方って思われそうだから言えないんだけど。
でも上司も他部署の人も同僚のそんな態度に気づきつつあるみたい。
結局自分ではいいと思っても職場の誰かが見てるんだし。
どんな無駄な仕事も割り切って考えないとって思うんだけど。
で、7時半近くになって上司とボスがのぞみに乗る時間が迫ってきた。
新幹線に乗ったら帰り支度でもって思ってたら案の定うなぎ上司から電話連絡。
今日の仕事内容を報告しあってこれにてお開きってことになったんだけど。
同僚に言わせると存在確認だけの電話だって言うんだけど
私的にはそれで上司の気が済むならいいんじゃないかって思えるし。
万が一ってないわけじゃないんだから連絡要員だって無駄とは思えないし。
残業に対する考え方って人それぞれだからなかなか難しいなぁ。
同僚の考え方って変わりそうにないから中間管理職の私は辛いって。
でも7時半に帰宅できたおかげで9時前に自宅で夕食にありつくことができちゃった。
予定じゃ今日が今月最後の残業デーのはずなんだけど予定通りに行くといいな。



2002年10月23日(水)
怪しいって

今日は子供達の剣道の稽古日。
いつもだったら我が家を通過点とする6年生のママに送迎をお願いしちゃうんだけど
どうやら彼が捻挫しちゃったとかで子供達は久しぶりに徒歩での稽古通い。
午前中の授業で駅の反対側の図書館見学に出かけた次男なんか疲れてるはずなのに文句も言わず。
今日が悪天候じゃないから良かったけど。
で、2人で稽古に行くって子供達を見送った義母も途中から稽古の見学に。
何やらもやもやする事案があって外出して気分転換をしたかったらしい。
稽古が終わって3人でお帰り。
私と旦那が早く帰って誰もいないと心配するらしいって配慮から
義母は「剣道に行きます」って書置きを部屋に残してたらしくって。
私と旦那の方が帰宅が遅かったからその書置きはゴミ箱で見つけたんだけど。
帰宅した子供達と義母は仲良く夕食。
一足遅れて帰宅した私と旦那はそれぞれに夕食を取って。
で、私が子供の宿題を見ていると義母と旦那が台所で何やらヒソヒソ話。
時折漏れて来る会話の内容から横浜に住んでる義妹のことって分かるんだけど。
B 「私も五十日祭まで忙しいからそっちに行かれないって言ったんだけど」
D 「向こうのご両親も知ってるの?」
ってことは離婚騒動にまで発展しちゃうのかしら?
好きで結婚したのに実家の両親に心配かけちゃうって私の流儀には反するし。
B 「ファミレスで働いてるって聞いたのに違ったみたいで夜も帰らなかったって」
って夜のバイトに出てるのは義妹に間違いないしとにかく義妹宅で何かが起きてるってことらしい。
私も義妹が夜のバイトに和服で出てるとは聞いてたけど。
ってことは料亭のお運びかなって思ってたし
2年生と幼稚園の子を置いて夜の外出がOKなのかぁって程度にしか思ってなかったのに何やら怪しい気配。
B 「○クン(義妹の旦那)が火を点けちゃったみたいなんだけど」
どうやら夫婦間が怪しくなってきて義妹からSOSが発せられてるらしい。
義妹って幼稚園のお弁当のネタに困ったとか些細なことでも義母に電話をしてくるし
大人になり切れない部分が多いからそれに対応する義母への影響を旦那も私も心配しちゃうんだし。
そもそもできちゃった結婚の義妹だからいつ何があっても不思議はなかったんだけど
今回は何だかいつもとは全然違うって印象。
B 「○○はいつだって私が悪いってみんなに言われるって。
  15年前にお母さんが入院した時にお父さんにも言われたし」って
義妹ったら過去を相当引きずってるみたいだし。
義母も心から参ってるみたいで誰かに聞いて欲しかったみたい。
こんな時他人である私は用なし。
旦那も義母に「でもあの口調だけは直した方がいいよなぁ」「あとは放っておいた方がいいぞ」って。
私には漏れて来る断片的な情報が全て。
話しが終わってから旦那に聞いても「放って置いて」ってそれ以上聞くことを拒まれたし。
でも今週の土曜日は義父の納骨。
夫婦仲が悪くてもその場を取り繕うことは可能なんだけど義妹の旦那ったら列席しないらしいし。
大人1人分のお料理がいらないなら連絡しなくちゃいけないんだけど
旦那の指示でとりあえず人数はそのままにしておくことになって。
でも義妹達ってよっぽどな状態に陥ってるのかなぁ。
何だか不穏な雲行きって言うかかなりヤバイ状態なのかも。
義母の老後に加えて出戻り義妹とその子供達の面倒を見るなんてことになったらどうしよう。
義妹に振り回されるのは困っちゃうし義母の心をかき乱されるのもご免だし。
全容が明らかになってないから何とも言えないけど
一刻も早く騒動が収まってほしいなぁなんて思わざるを得ない私だったりしております。



2002年10月22日(火)
遅延

朝駅に到着すると人の流れが尋常じゃない。
次に出発する電車表示も時間が止まってるみたいだし。
久しぶりの朝の人身事故だ。
出勤前の我が家って子供達を起こす6時半まではTVが点いてるけど
迅速な行動を促す為にそれ以降はTVを消しちゃうから交通網のマヒとかってニュースとは無縁だし。
いつだって駅に着いてから電車の遅れに気がつくってパターン。
私より一足早く出勤してる旦那からだってお知らせが入ることなんかないんだし。
で、今日も案の定駅に着いてから7時前に中央線で起こった人身事故について知った私。
それでもとりあえず電車は数10分前から動き始めてるような感じ。
私みたいに始発駅に近い乗客はあっさり乗れたとしても
停まってた間の積み残しとなってる途中駅の乗客何万人に影響が出てるのかもしれないし。
こんな日は急いで電車に乗っても満員だから焦って行くより安全を選ぶのが賢い手段。
駅のアナウンスに耳を傾けるといつもの通勤特快は運休だし数本後に始発がありそうな感じ。
早速隣のホームに走るとすでに入線してる始発電車の空席目指してダッシュ。
1つだけポッコリ空いてた席に腰を下ろすことができたからラッキーってことで。
当然のように通勤車中は安眠。
寝ちゃったからラッシュさえ知らずに済んじゃったし人身事故だから遅延でも咎められないし。
もしかしたら遅延って結構ラッキーだったりして。
で、一足先に出勤したはずの旦那はちょうど電車の運行再開直後だったらしい。
満員状態に揺られてしっかり遅延。
しかも再開直後って停まっては動きってパターンを繰り返すからとんでもなく遅れたらしくて。
帰宅した私に「今朝大変だったろ?9時半頃やっと着いたよ」って。
って私より30分以上自宅を先に出たはずなのに旦那と私の到着時刻って10分と違ってないじゃん。
やっぱり人身事故の時には焦って行くより落ち付いた頃に出かけた方が得策ってことかな。
座れたおかげで熟睡しちゃったしなんだか得した気分。
とは言え朝座れた報いなのか帰宅時にはさっぱり。
人生帳尻があうようにできてるのかなぁなんて。
せっかくスイミングを終えた長男から「一緒に帰ろう」って所在確認の電話が入ったのにまだ電車の中だったし。
それにしても通勤ラッシュ時の人身事故ってご免だわ。
しばらく人身事故がなかったのに季節の変わり目だから要注意かもしれないな。



2002年10月21日(月)
生ハム

今日も今日とて定時退社はならず。
何時まで残ってても残業代はつかないから空しいだけなんだけど。
職場が一丸となって残業の日々って時は社食がオープンするんだけど今回は夕食の配給もないし。
腹ペコ状態のまま長男の塾のお迎えに間に合うように退勤して。
今回の残業期間に突入してからはほとんど同じパターンだけど
一旦帰宅しちゃうとお迎えに間に合わないから駅の旅行会社のパンフレットを見たりで時間調整。
長男を待つ間に駅の近くで簡単にお茶なんかしててもよかったんだけど
塾終了から何分で姿を現すか分かってないからひたすら立って待つだけ。
8時半をまわってますます空腹感が増して来て。
で、やっとのことで長男登場。
急激に寒さが到来して周囲は冬モードなのにサンダル履きって季節錯誤状態。
半袖のTシャツに綿の長袖シャツを羽織ってはいるものの前のボタンだってかけてないし。
もちろんズボンは1年を通してハーフパンツなんだし。
せめて靴下と靴を履くだけで印象が違って見えるはずなんだけど長男ったら寒そう。
本人は全然平気って顔してたけど一緒に歩く母はちょっと恥ずかしかったりして。
で、長男と合流してすぐに「お腹空いちゃったから何か食べて帰ろうよ」って私からの提案。
もちろん自宅までは15分とかからないんだけど9時を過ぎたら食べないって自分なりの掟が存在してて。
どんなに急いでも帰宅は9時過ぎって予測できたから。
しかも傍の珈琲ショップの店頭に「パルマ産生ハムと○○産チーズのサンドウィッチ」って
本当に美味しそうな写真付きのメニュー。
結局「生ハム食べたいしー。食べて帰ろうよぉ」って私の希望は適わなかったんだけど。
ここ数回の残業時と同様今夜も夕食抜きなのねってちょっと悲しい気持ちで帰宅して。
で、予想通りに9時をちょっと過ぎての帰宅。
長男も塾の休憩時間にコンビニのオニギリを食べてるだけだから塾の日の食生活は恵まれてないし。
義母から「夕食は?食べるんでしょ?」
9時を過ぎたら私は食べないし子供にも食べさせないって義母だって知ってはいるけど
せっかく義母の用意してくれた夕食があるんだし。
しかもさっきまで私があれほど食べたがってた生ハムがサラダとして存在してるし。
長男も「ママが食べたいって言ってた生ハム。偶然だぁ」って感激しながら一緒に夕食。
私もいつもの掟を破って9時以降なのに夕食を食べちゃった。
義母のおかげで帰ってから座るだけで夕食にありつけるんだから幸せ。
昼間食べたメニューと同じものを夕飯に食べるってのは悲しいけど
今日みたいに念じてたものが食べられるのは義母と思考回路が似通ってきたってことだったりして。



2002年10月20日(日)
13回忌

今にも雨が降ってきそうなどんよりとした今日は実家での法事の日。
って先月義父が急逝した我が家には偶然にも法事続きなんだけど
実家の父からは半年も前から予約されてた法事日程。
8時過ぎには自宅を出発してひたすら車を走らせる。
珍しく渋滞の文字が皆無だったから10時には到着してお坊さんを待つ形になっちゃって。
今日の法事は実家の祖母の13回忌。
長男がお腹にいた時に祖母を送ってから12年も経ったなんて。
私って実家の何かの節目に遭遇するって言うか
私の誕生を確認すると安心したのか4ヶ月後には祖父が亡くなったって言うし
私の結婚式に列席して幸せそうにしていた4ヶ月後には祖母が亡くなって。
しかも祖母の死の第1発見者は旦那と弟。
実家近くに1人暮ししていた祖母に安定期に入ったお知らせに出向いたのが平成2年の10月22日。
お赤飯持参で私と旦那が訪問したのに何の応答もなかったから弟が窓から侵入して発見したんだし。
伯母が祖母の家を後にしてから入浴してそれから2時間以内の出来事だったらしい。
妊娠中の私には影響が大きいってことで現場は確認させて貰えなかったけど大好きなお風呂での急逝。
遺影は私達の結婚式に列席した時の満面の笑顔の留袖の祖母。
お腹に長男がいたから鏡を忍ばせて葬儀に対応したんだし。
ってなことで旦那にも私にも忘れられない出来事の1つ。
子供達には生活を共にしてた義父の葬儀とは全く違った感情なんだろうけど。
長男にはお腹にいた時の出来事を話したりもして。
で、今日集まったのは本当に身内だけで父の兄弟と私達兄弟とその子供達。
祖母の筆頭孫が私だからその子供も5年生の長男が1番年長ってことで。
とりあえずお坊さんの読経中は大人しくしてたけど興味のあるものに不思議そうな表情。
お焼香なんて初めての体験だし大人の真似をして手を合わせる仕草が可愛くて。
無事に法要を済ませてからお墓にお参り。
直後に雨が降り出したから幸運なタイミング。
別会場で会食。
お座敷に他のお客様がいなかったから良かったけど子供達の賑やかさと言ったら半端じゃないし。
故人を偲んでの法事って言うよりは家族団欒の宴会って感じ。
旦那と私は飲んだもの勝ちって暗黙のルールがあって今日は旦那に先に飲まれちゃったから
往復とも私が運転手ってことになっちゃったけど。
それでも実家の両親も後継ぎの弟も節目の13回忌を無事に終わらせて安堵の様子。
実家の父は次の法事も自分主催を目指してるらしい。
法事が終わってから知人の結婚祝に行ってそれから町会長の集まりって
今日の父の行動を見ていると強気の発言とも思えないし。
今週末の我が家の法事も段取り良く終わるように頑張ろうっと。



2002年10月19日(土)
休日出勤

先週の休日出勤は免れたけど今日はしっかり休日出勤。
旦那も出勤だから子供達のことは義母にお願いするしかないんだけど
義母も夕刻からお友達との月に1回の夕食会が予定されてる。
何としても定時退社を目指す私。
で、今日の段取りを相談しようとしても夕べの諍いが尾を引いてるのか長男が耳を貸す気配なし。
私が喋ってるのなんか無視するようにTVに見入ってるし。
午後からのプールのこととか午前中の過ごし方とか
あれこれ相談しようと思ったんだけど無視されちゃったからバス代500円だけを渡すと出勤しちゃったもん。
後のことは本人達が何とかするんだろうし。
で、私の出勤後は義母と一緒にボーリングに出かけたらしい。
私がボーリングに行く為の軍資金を渡そうとしたら素っ気無い態度だったくせに結局行ったなんて。
お金の出所は私の管轄じゃないから恐らく義母なんだろうけど。
今日も子供達はレーンに壁を立てて3ゲーム。
長男ったら前回よりさらに上達して110UPした回もあったらしい。
もちろん壁って裏技を用いてるにしても結構な成績。
次男も着実に上手になってるとかで足の怪我で応援要員の義母もお喜びだったようで。
で、私と行くとゲームに興じることまではできないんだけど同行者が甘々義母だから
子供達は太鼓の達人をやったり他の諸々にチャレンジしたり。
次男なんて宿題の日記に「おばあちゃんは優しかったです」って書いてたけど大盤振る舞いだったみたいで。
お昼まで目いっぱい遊んで帰宅してスイミング。
土曜日はいつも私か旦那の送迎で通ってるからスクールバスの契約はない。
2人で駅まで歩いて行って路線バスでスイミングに行って帰ってくるんだけど
路線バスって大人だって迷っちゃいそうなのに凄いって。
帰宅時を見計らって携帯に連絡してみたけど心配なんかいらないよーって感じだったし。
とにかく無事帰宅。
義母が不在だったから子供達2人で自由にのんびりお留守番。
で、私のほうも仕事の決着がついてやっとのことで帰宅。
今朝の時点では7時頃までかかるかなって思ってた案件も無事に済んで定刻退社。
駅に着いた時点で子供達に連絡を入れて途中で待ち合わせって段取りなんでけど
子供達ったら気ままにビデオを見たりしてるものだから外食さえイヤって答え。
「来ないと夕食抜き」って私の宣告に慌てて外に飛び出してきて3人で仲良く夕食。
休出の時くらい外食したってバチは当たらないよね。
って言いつつ平日は義母に夕飯を作ってもらってるし
週末毎にお出かけばかりで夕餉の仕度とご無沙汰かもしれない私だったりもしております。



2002年10月18日(金)
虫の居所

学校に持って行くものについては当日言っちゃいけないって言ってあるのに。
長男ったらランドセルから何やら袋を取り出すなり慌てて「今日が申し込み締め切りだった」って。
週末の買い物でも聞かされてたけど秋の作品展に出す縫い物の素材。
持参するなら50cm×50cmの布地を2枚とそれに見合う紐って聞いてたけど
今朝家庭課の教材申し込みを見せられてそれがどんなものに変身するかを認識したし。
最終的には縫い合わせてお弁当箱包みの制作ってことになるらしい。
購入する手間暇を考えたらハギレを購入するより一括購入の方が断然賢いかも。
2種類の申し込み袋のうち本人に好きな色のものを選ばせて。
もちろん袋への記入事項も本人任せ。
とりあえず今日の申し込み期限に間に合ったからよかったけれど忙しい朝はだめなんだって。
長男ったら何度言っても懲りないなぁ。
ってなことがあった朝だけどいつものように夜には塾のお迎え。
でも私ったら今日も仕事が長引いちゃって職場を出たのが7時頃。
駅に着いた時点で8時20分だったから帰宅してたらお迎えに間に合わないからそのまま駅で待つこと20分間。
何だか残業の度に夕食抜きってパターンなんだけど。
で、しばらくして塾を終えた長男と合流。
最初は和やかに話しながら帰ってたんだけどちょっとした拍子で長男の機嫌が悪くなっちゃって。
今夜の塾で剣道大会で対戦した相手と話したって言うから感想を聞いただけなのに。
「完敗って言われたけど終わったことだから放って置いて」って。
「全く煩いなぁ」って会話が途切れたままに自宅傍まで。
で、自宅が目前だって言うのに長男ったら携帯で自宅に電話しようと。
緊急連絡時に必要だから携帯を持たせてるんであって無駄な使い方は許せない。
何の為の携帯かって分かってないなら使う必要はないんだから。
って長男に伝えたら「じゃ携帯使うの止めるから解約してよ」
う〜ん。
虫の居所が悪かったんだか反抗期への入り口なんだか。
携帯使って連絡取り合って仲良く待ち合わせて帰るかと思えばこんな調子なんだし。
帰宅後に携帯を投げ出すと次男に向かって「使っちゃいけないって言われたから使えば」
3年生の子に携帯を与えるつもりはないんだけどなぁ。



2002年10月17日(木)
感謝の言葉

今朝出勤すると何やら慌しい雰囲気。
同僚の1人が39℃って高熱を出しちゃって突然お休みしちゃったってことらしい。
彼ったら今日が結婚記念日って言ってたけど散々な記念日になってるってことで。
発熱ってのは口実で本当は記念日を満喫してるのかもって疑念を抱いた人もいたみたい。
どうやら発熱はインフルエンザみたいなんだけど。
それほどまでに今日は会議で忙しいって昨日から察知できたから。
それにしても人手不足の職場だから1人欠けると滅茶苦茶忙しい。
昨日の部長会議報告で今週も2人退職者が出るって話だったけど
ここの職場もピーク時に比べたら4分の3くらいしかいないはずなんだし。
退職金も減少してるし世知辛い世の中だよなぁってシミジミ。
離職者の多いご時世なのは確かだけど少ない人数で補っていくってマジで大変。
とは言え今日のこの困難を何とか乗り切らなくちゃいけないって現実が。
バイトちゃんと私は当然うなぎ上司もいつになく働いてたし。
でもこんな日に限って会議の内容変更が何度となく。
別の部署から上がってきた決定事項を再考する意思決定機関だから
前の会議の進捗状況に左右されるところが大きいんだけど今朝の会議で流れたのが数件。
資料に先駆けて目次みたいなのを配布するんだけど
一旦作成したらさらに変更のお知らせが届いちゃったりして変更手続きを繰り返すこと数回。
バイトちゃんも私も休む間もなく働き通し。
とりあえず無事に11時からの会議開催となったんだけど
会議が終わってからもバタバタは収まらずに結局朝からずーっとトイレにも行かれないまま。
こんな働き方をしてたんじゃ膀胱炎にだってなりかねないって。
午後になってやっとのことで座ってお仕事。
でもバイトちゃんったら慌てて設定してたのか「録音できてませんでした」って泣きそうな顔。
会議の議事録って欠かしたことのない部署だから上司に謝っちゃうしかないんだって。
悪戯をした子供じゃないけど自首した方が大事にならないんだし。
バイトちゃんから相談を受けた私もすぐに言うように進言したし。
で、上司が戻ってバイトちゃんからその旨お伝えして。
でも上司ったら今日の私達の働き具合を見てたらしく録音できてなかったことへのお咎めはなし。
それどころか「今日はよく頑張ってくれたよな。ご馳走しなくちゃ」ってやけに上機嫌。
節目になる大きな会議を1つクリアしたことが上司にはよほど嬉しかったに違いない。
忙しかったけど上司の一言で報われたかなって感じ。
「いやぁ今日は」って6時になったらあっさり退勤も許して貰えたし。
内容の濃い1日だったけどこんな日もたまにはいいかも。
1日も早い同僚の回復を祈りつつ。。。



2002年10月16日(水)
タイヤ予約

先週の土曜日にカーショップに出かけた時に確かに依頼はしてきたんだけど。
仕事中に突然知らない相手からの携帯電話が入ってちょっとビックリ。
土曜日に依頼したカーショップの仲良しの店員さん。
開店当時はオーディオ担当さんだったんだけど今はオイルとかの担当で。
先日も旦那と私の2台分のオイル交換でお世話になったばかりなんだし。
大きなカーショップとなると知り合いがいるかどうかって結構重要案件。
部門は違っても色々便宜供与を施してもらえることだってあるんだし。
で、先週末のオイル交換時に彼に依頼したのはプラド用のタイヤの確認。
タイヤ売り場の一般用のスタッドレスコーナーには徐々にタイヤが並びつつあったんだけど
4駆用のタイヤコーナーは「ただ今売り場作成中」って看板のままだったから。
しかもアルミホイールとのセット価格が表示されてるもののタイヤ本体の価格は未定らしい。
こうなったら頼りになるのは仲良しの店員さん。
恐らく今月末辺りからスタッドレスタイヤの早割セールを行うんだろうし先手必勝。
タイヤって毎年モデルチェンジはしてるけど
ほとんどが思いきった変更じゃなくてマイナーチェンジ。
ってことは型落ちした去年のモデルだって走行には何ら影響しないってことなんだし。
プラドになって夏と冬とでタイヤ交換はしているものの今シーズンはスタッドレス購入って思ってたから。
何回スキーに行くかどうかは定かじゃないけどやっぱり冬場の走行はスタッドレスが安心だし。
「去年のモデルでいいから安くていいのがあったら連絡してね」ってお願いしてただんもの。
で、今日になって彼からの電話。
所さんのCMでお馴染みAQドーナッツの去年モデルの価格と残数のお知らせだった。
「実は残り4本だけって言われたんですよぉ。とりあえず伝票はおこしますけど早めの来店お願いしますね」って。
4駆のタイヤって値段もスペースも半端じゃないしメーカーさんも残るようには製造しないってことらしい。
今年のモデルのZ3なるものの売値が1本18000円以上してたんだけどお知らせ頂いたZ2は15300円。
15300円×4本に工賃と古タイヤ処理料金と消費税を加えたって7万円に満たないんだから
新品購入とじゃ相当の差が出ることは確実だわ。
一応「取って置いて」ってお願いしてから旦那に電話して確認。
これで私の今季からのタイヤは安泰ってことなんだけど。
それにしても営業時間の10時までには行かれそうにないし週末だって危ういかも。
おこしてもらった伝票が無効ってことにならないように早めに行くようにしなくっちゃ。



2002年10月15日(火)
冬季講習申し込み

4年の春から進学塾に通ってる長男。
もちろん進学をするかしないかってことよりもだらけた放課後を過ごさせない為の方策。
でもお受験をして進学って目的が見えないだけに成績も中途半端。
目的意識を持った友達がランクアップを果たしていくのに長男は低迷を続けるまま。
相変わらず1番下のクラスに甘んじてるし。
正直毎月の月謝は無駄なのかもって思えちゃうほど。
勉強の成績は上がらないにしても塾は楽しく過ごしてるんだけど。
で、今月に入って冬季講習の申し込みあり。
普段2教科の子は自動的に2教科申し込みってことになるんだけど
4教科で受験って学校が多いから事前に告知すると4教科でもOk。
長男はこれまでも通常2教科で講習だけは4教科を履修して。
もちろん理社に関しては何も素地がないだけに散々な結果を残しちゃうんだけど。
5年生ともなると冬休みのほとんどが冬季講習に費やされるって感じ。
年末年始の1週間はお休みだけど4教科だとお弁当持参で9日間だし。
で、長男から今朝渡された冬季講習のお知らせを見るとすでに変更申し込み期日を過ぎている。
しかも昨日から冬季講習の座席抽選だって。
長男に確認すると「4教科でもどっちでも」と言いつつ「やっぱり塾止めようかなぁ」
剣道の試合結果がちょっとよかったから塾より剣道って思い始めてるのかも。
「剣道をやりたいなら4泳法泳げるようになった水泳を止めれば」って言ってるんだけど。
子供達が自動的に進学するであろう公立中学には剣道部がないだけに何とも複雑な思いみたい。
頑張って私立の中学を受験してそこで剣道を続けるか。
とにかく長男の心は複雑なまま。
とりあえず土曜日の復習テストの振替えに通塾した今夜になって
やっとのことで4教科って申し込んだんだけど。
でも長男ったら座席抽選はしてこなかったんだって。
なんでかなって思って聞くと「座席で成績は変わらないし」
塾が嫌いってわけじゃないんだけどなんだか中途半端な感じだわ。
マジで受験するなら何もかも手広くってわけにはいかなそうだし。
そろそろ本人と真剣な話し合いが必要な時期かも。



2002年10月14日(月)
インテリア相談

3連休って大騒ぎするほどのこともなく我が家は今日も新居の打合せ。
家の全体的な間取りとか仕様に関してもかなり煮詰まってきてるから
今日は1歩進んだ形でインテリアコーディネーターさんを交えての打合せってことで。
インテリアの打合せって時間がかかるらしく
コーディネーターのお姉さんは今日1日我が家と相対することになるらしい。
住宅メーカーでの約束は午前10時頃から。
でも長男の塾が10時から12時半だから長男を送り届けてから展示場に出向いて。
早速コーディネーターさんと営業さんと旦那と私と義母とで相談。
とりあえず全体のベースとなる床の色から。
何種類かの色や模様の中から部屋毎に選択。
終わってから壁のクロスと天井って具合に家全体を考えていく。
他のお客さんとのアポは入っていないって言うから時間の超過も気にせずに。
同行してた次男はゲームをしたりで時間を費やしてくれてるし。
で、あっという間に正午を廻って「塾が終わったよぉ」って長男から電話。
旦那が迎えに行ってくれるってことになって義母と私はそのまま打合せ続行。
旦那がいないうちに壁なんか決めちゃおうって思ってたのに。
でも戻ってきて「これに決めたよ」って言ったらあっさり却下されちゃって。
せっかくコーディネーターさんと義母と私と営業さんで意見の一致を見てたのに
旦那ったら全く趣味が悪いんだから。
家としての全体の調和ってのをもう少し考えてくれればいいのにって思ったりして。
1部分しか見えないカタログで選ぶのが難しいのは事実だけどこれで大丈夫なのかしらって。
とは言えとりあえず家全体の内装関係について進んだことは事実。
さらに打合せは続行。
キッチンの色も義母が使う1階はモスグリーンで私の2階は紺色って決めちゃったし。
次なる大きな項目は電気の類。
もちろん住宅メーカー配下のインテリア業者にお任せするかどうかは未定だけど
電気の配線なんかの都合でどうしても打ち合わせしなくちゃいけないんだし。
コンセントやスイッチなんかをどこに配するかとかどんな照明器具を使いたいとかって。
埋め込み式の照明器具だと後付けってわけにはいかなんだし。
先日の見積金額が他社に比べて割高だったことは確かだからその旨話すのも忘れずに。
ってなことで床から照明までの広範囲だから今日の打合せは延々。
長男のお迎えの時に旦那が買って来てくれたポップコーンチキンを途中で摘みながら
お昼抜きで4時近くまでかかっちゃったんだし。
終わってから遅目の昼食って言うか早めの夕食を食べたけど何かお腹がビックリしてたみたい。
子供達も私も気持ちが悪くて吐きそうだったしー。



2002年10月13日(日)
ベスト8

体育の秋ってことで市内では今月に入って色々な競技会が順次開催中。
少年剣士の端くれでもある子供達も剣道大会にエントリーしてて今日がその本番。
市内の剣士が一同に会して技を競う年に1度の大会だから朝から体育館周辺は大渋滞。
集合時刻より早めに到着しないと駐車場も満車になっちゃうからとりあえず私は子供達と一緒に出発。
旦那と義母は9時からの買い物を済ませてから後発ってことにして。
9時に体育館の門が開くと一斉に入場。
子供達が剣道着に着替えて開会式を終えた頃に旦那と義母が合流して。
剣道大会は学年毎って言うかシニアの部まで設けられた個人トーナメント。
体育館に8面取った試合会場で同時に試合が進行していく。
次男達3年生は第1試合場で5年の長男は第5試合場。
付き添いの父兄も学年毎に割り振られて私は初陣を飾る3年生の付き添い。
全く初めて試合に臨む5人だし母親も段取りが分かってないみたいだから
出番待ちの子供達を促したりって仕事もあって。
3年生は全部で40人。
次男と数人はくじ運で1回戦シードとなったから1回戦出場の子を応援しながら自分の身支度を整えて。
第2試合の初っ端が次男。
勝ち上がってきてる相手を前に次男ったらエンジンがかかる前にあっさり敗退。
途中から頑張ったって遅いって。
「え〜もうおしまいなの?もっと戦いたかったなぁ」なんて言ったって。
5人のみんながこんな調子で唯一3回戦に進んだTクンも次の試合は負けちゃったし。
3年生の市民大会はこれにて終了。
でも今年の悔しさをばねに来年は頑張ってくれると思うってのが正直な感想。
で、次男達3年生の試合を見終わると急いで第5試合場の長男のところへ。
この学年は去年は58人だったけど5年生となった今年は若干増えて67人。
人数の都合上1回戦のある子の方が断然少なくてほとんどが2回戦からの出場で。
去年出場した時は1回戦敗退だった仲間達も着実に勝ち残りいよいよ長男の出番。
小学生の試合って2分間なんだけどやけに長く感じられること。
長男ったらちっとも稽古に参加してないくせに順調に2回戦、3回戦と勝ち上がり。
技の切れもいいし旦那も私も上手くなったよねーって感心するほど。
で、4回戦目に当たったのがやたら上手い大柄の子。
前の試合展開を見てた誰もが長男に勝ち目はないんじゃないかって思ってたんだけど
どっちも攻守良く技が決まらないままに2分間が終了しちゃって延長。
長男の胴が見事に決まって勝っちゃったから私なんかこのままの勢いで入賞かって思ってたのに。
でも次の試合で二の腕を叩かれたのが相当痛かったらしく長男の戦意消失。
竹刀を落として反則はするし何だか前の試合とは別人みたいにあっさり負けちゃった。
それでも堂々のベスト8だから健闘を称えないといけないんだけど。
親の欲なんだろうけどこれに勝てば個人戦で初トロフィーだったと思うと残念。
去年は1回で敗退しちゃったんだから着実な進歩なんだけど。
それにしても長男ったら敵を欺く作戦なのか試合前の態度が他人と違うって。
緊張感を解そうとしてるんだろうけど竹刀を持って屈伸したり周囲の子に喋りかけたり。
シャキッとしてないし長男を見下してたのか自分に絶対の自信があったのか
4回戦で長男に負けた子なんか人目をはばからずに号泣してたもん。
長男も次男も泣きはしないにしても内に秘めた闘志は相当みたいだけど。
ってなことで今年の剣道大会はやや充実。
夕飯はもちろんご褒美ってことで豪華お寿司の食べ放題となりました。



2002年10月12日(土)
3連休初日

心配された休日出勤もなく今日から体育の日の3連休。
ハッピーマンデー法のおかげなのかただの暦の巡り合わせなのかやたら3連休が目に付くし。
だけど3連休でものんびりできないのが我が家。
9時集合でスカウト活動に出かける子供達の為に休日の割に若干早起きしてオニギリ作り。
子供の外出予定がなければもっとお寝坊したかったんだけど。
今日はカブ隊の活動だけど上進した長男も招待されて一緒にアスレチック。
雨天順延で今日まで延び延びになってたのがやっと今日。
パンツから靴から着替え一式を持参して。
とにかく十分に満足するアスレチック体験となったらしい。
解散時にはシャワーを浴びて着替えてさっぱりとした子供達。
隊長の言葉を借りると「周囲の視線を浴びて。他の親が真似をさせないように必死だった」って。
自ら泥まみれになったりしたからお土産の泥汚れは半端じゃないし。
で、子供達留守の貴重な時間帯を利用して私達も大忙し。
まずは旦那が神主さんとか石屋さんに26日の確認の電話を入れて。
いよいよ50日祭まで2週間だから入念な打合せが必要だし。
神主さんの段取り次第って思ってたこともとりあえずクリアできそうだから準備は着々。
電話終了後は義母を伴なってカーショップで2台分のオイル交換とか諸々。
車を預けてる最中に目の前の家具屋さんでカーテンとか照明の相談をするってのが目的で。
住宅メーカーさんからの提示よりかなりお安くなるような気配。
もちろん見積が出るまでは何とも言えないけどとりあえず今日のところの相談は終了。
車屋さんからの作業終了連絡は携帯に貰うことになってるから時間調整をして。
でも車屋さんから終了を告げるお知らせの前に電話が1本。
何でも日常点検でバッテリーの消耗が見うけられたらしくバッテリー交換も必要だって。
「日頃から点検を怠ってるから。補充液だったら千円ちょっとで済むのに」って旦那。
このままじゃ走行が不安だし仕方がないからバッテリーも交換して。
作業終了の連絡を受けてカーショップのレジに進むと全部で7万いくらだって。
ますます我が家の出費が加速してるような。
3時半の子供達の迎えを挟んで4時からは自宅でお香典返しの打合せ。
数日前に業者さんから届いてた名簿の校正は確実に済んでるし
校正済みの名簿を見ながら金額に見合う品物の確認。
自分で名簿を書かないだけでも作業は軽減されてるし品物は夕べ旦那と焦って決めたんだし。
ってなことでとりあえずお香典返しはまた着実な一歩。
添書と年賀状欠礼の挨拶状の注文もしたし。
50日祭まではまだまだ忙しそうだけど2週間しかないんだから頑張らなくちゃね。



2002年10月11日(金)
プチ残業の日

仕事の関係で今日はプチ残業デー。
職場に残るのが8時頃までだから夕食を食べるってほどでもなく。
去年の秋から末端管理職になっちゃった私は残業手当もなくて悲しいってのが正直なところ。
とりあえず予定時刻までお勤めを果たすと無事帰路に着いて。
で、金曜の今日は長男の塾のお迎え予定あり。
8時半過ぎに塾が終わって駅までお迎えってのがパターンなんだけど
8時退社じゃどう考えても間に合いそうにない。
自宅の義母には駅で待ち合わせて帰る旨伝えてから熟慮。
長男も携帯を持ってるってのがこうなると強み。
で、四ッ谷駅で1番先に入線した中央線に乗ったら八王子手前の豊田止まり。
どうしたらより早く着くかなとか
途中駅で抜かれる電車に乗り換えた方がいいかなって考えながら新宿駅に到着。
同じホームの反対側には間もなく発車って八王子行きの中央ライナーが停まってて。
中央ライナーだったら絶対に早いんだし何も考えずにあっさり豊田行きから降車。
中央ライナーって500円程度の実費はかかるけど全席指定で新宿〜立川〜八王子。
でもホームに降りてから「本日のライナー券は完売しております」って悲しいアナウンスが聞こえてきて。
結局次の普通の快速電車で帰ることになっちゃって。
こんなことだったら最初に乗ってた豊田行きに乗ったままだったら座れたのにって。
ってことでこんな調子じゃ当然ながら長男のお迎えに間に合わない。
塾終了を告げる長男からの電話に「まだ電車だから駅で待ってて」って。
旦那にもその旨伝えようと何度携帯に電話してもずっと留守録。
念の為「残業だったからまだ○○駅。先に着くならお迎えお願い」ってメールを打って。
しばらくすると八王子駅到着を告げる旦那からの電話。
長男と一緒に帰宅してくれることになって安堵。
でもそれから何分か経っても無事合流って連絡が一向に入らない。
旦那と長男のどちらの携帯も電話は繋がらないし。
電車の中ならとにかく2人とも繋がらないなんて役に立たないったら。
間もなくコンビニで買い物中だったって言い訳電話が入ったけど。
旦那から遅れること15分余りで駅到着。
結局旦那達から一足違いでの帰宅ってことになったんだけど今月はこんな残業がまだありそう。
素朴な疑問なんだけど管理職手当と残業代っていったいどっちが得なんだろう。



2002年10月10日(木)
お弁当の日

夕べ予告された通りに今日は長男の社会科見学。
いつもより早い集合だから次男と時間差での登校。
ってことは当然お弁当作りも急がなくちゃいけないってことで。
7時10分には自宅を出るってことだからいつもの朝より若干忙しい。
昨日のうちに買い物ができたから適度に揃ったお弁当のおかず。
夕べ長男からお弁当の知らせがなかったらって考えると滅茶苦茶恐ろしいんだけど。
早起きしてお弁当作って水筒とオシボリを用意して。
その他の物は本人が用意してるはずだから。
で、長男達5年生の今日の見学先はビール工場と新聞工場。
偶然にもビール工場は夏休みに長男と私が工場見学した場所だから長男には再訪ってことで。
帰宅した長男の見学のしおりにはビッシリメモ書きされてたみたい。
工場見学って1度じゃ見逃しちゃうようなことでも2回となると注意深く確認できるし。
長男のリュックには夏限定とは一味違うお土産のなっ○ゃん。
昼食を挟んで行った新聞工場の方は初めての体験。
大手Y新聞を作る○○メディアとかって会社。
新聞ってしばらく前までは人手に頼る作業ってイメージだったけど今じゃ当然のように機械が主流って。
私達の子供の頃の工場見学とじゃ何もかも違う印象なんだろうな。
とにかく長男の社会科見学は実り多かったような。
で、今朝長男のお弁当を詰めた時に余ったおかずでお弁当をもう1つ。
1合のご飯を炊くとちょうど2人分のお弁当に足りるってことはこれまでに認識済みだから。
足りなくなっちゃったおかずのスペースは冷凍物でごまかしちゃったりもしたけど。
自宅を出る時に義母に「冷蔵庫にお弁当作っておきました」って告げて。
自分でお弁当を持参してもいいんだけど今日は自宅に残る義母の分。
何しろ義父がいないから義母ったら自分の食事さえ面倒がって。
とりあえず糖尿の薬を飲むためだけに頑張って食事を口にしてるけど
放っておくと食べないんじゃないかって思えるほどだし。
ってなことで今日は義母の昼食を私が用意。
帰宅後に滅茶苦茶感謝されたからやっぱり1人の昼食ってわびしいんだろうな。
自宅じゃ気丈に振舞ってても他人からはやつれたねって言われるんだし。
滅多にお弁当作りの機会はないだろうけどこんな時くらいは義母孝行してもいいかな。
残り物で感謝されようなんて思ってないけど。。。



2002年10月09日(水)
月命日の日

9月9日に義父が亡くなって早1ヶ月。
何だかあっという間の1ヶ月だったってのが正直な気持ち。
今月の納骨を済ませるまではまだまだバタバタとした日が続くんだろうし。
で、今日は仏教で言うところの祥月命日。
にわか神道の私には良く分からないけど10日祭、20日祭、30日祭って10日毎のお祭り。
とりあえず七七忌に当たる50日祭までが1つの区切りに当たるらしい。
で、単純に数えたら今日が30日祭。
神主さんからは10日毎のお祭りには祭壇の供え物をちゃんとしてって言われてたんだけど
毎日丁重にしてるから義母も旦那も今日に限ってって意識はない。
で、点数稼ぎって訳じゃないけど帰宅した私の手には季節の果物の小箱。
「今日が月命日でしたよね」って義母に手渡すと妙に感謝されちゃって。
もちろん私が購入して帰ったわけじゃなく上司から偶然にも貰ったんだし。
とにかく手ぶらじゃなかったからラッキー。
で、いつものように夕食を食べていると長男からビックリするような発言。
「明日社会科見学だからお弁当お願いねっ」って全くもって予期せぬ言葉。
確かに月初めの学年便りには社会科見学って文字があったけどお弁当って認識はなかったし。
週末の買い出しをサボってるから冷蔵庫の中身は乏しい。
夕食を食べ終わると慌ててスーパーに出かけて買い物。
卵やらウインナ−やらってお弁当のおかずになりそうなものを中心に物色して。
で、スーパーからの帰り道。
納骨後の会食会場に利用しようとしてる中華のお店はスーパーの近く。
わざわざ週末の打合せに出向くのも厄介だし買い物のついでに途中立ち寄り。
もちろん初めて入るお店なんだけど名前と日時を告げると担当者登場。
電話応対の印象の悪いお兄ちゃんがいたから最初は利用リストから除外してたんだけど
支配人が直々に我が家にお詫びに来てくれたから改めてそこの利用を決めたんだし。
当初はお墓から会場までなら送迎してくれるって話しだったんだけど
相手の失策に乗じて駅からの送迎も頼んじゃったんだし。
で、今日は法事用のメニューとか今後の段取りの再確認。
宴席だけは押さえたけど実際問題人数もお料理内容も決まってないんだし。
でも今日の打合せで着実な一歩。
とは言え時間とか法事の段取りって神主さんの都合もあるから後は神主さん担当の旦那の仕事だわ。
50日祭が終わるまではとにかく頑張らなくちゃ。



2002年10月08日(火)
振替えプールの日

次男ったら今月に入ってから結構マメに歯医者さん通いしてるせいもあって
放課後の学童にはほとんど行っていない状態。
だからってわざわざ今日みたいな日に学童に立ち寄ることもないんだけど。
今日は12日のスイミングの振替えの日。
12日には延び延びになってたアスレチックってスカウト活動が予定されてるから先手を打って。
で、今日のスイミングは5時半からなんだけど契約外だからスイミングバスには乗れなくて。
長男と次男と自宅から駅まで歩いて行ってそこから路線バスに乗ってスイミングに行くって段取り。
でも次男ったら長男が帰宅してもちっとも帰宅の気配なし。
義母が次男のスイミングバッグを持って学校に向かって歩いて行って。
どうやら次男ったら真っ直ぐ帰宅しなくちゃ行けない今日に限って学童で時間調整してたらしい。
ランドセルとスイミングバッグを交換するとそのまま長男と次男は駅のバス停に。
5時半からのスクールにはバッチリ間に合ったみたい。
でも長男も次男のことで焦って自宅を出たから携帯を持たずに外出しちゃってたんだって。
いつものように帰りは駅で待ち合わせして帰宅かなって思ってた私が
長男の携帯に電話をかけたら義母が出ちゃって驚いちゃったんだし。
でも私が駅の改札を出た瞬間に子供達の姿が飛び込んできて。
待ち合わせしたわけでも何でもないのに偶然の遭遇。
そのまま仲良くお話しながら自宅までの道のり。
次男がバスに傘を忘れちゃったせいで相合傘なんかしちゃったし。
ドーナツショップのポイントでもらったピングーの傘だからいいんだけど。
でもそれまで壊しちゃうしなくしちゃうからって長男にもビニール傘を持たせてて
タクシーに置き忘れちゃってから私のお下がりのポロの傘を提供したら
やけに大事にって言うか傘に対する意識が変わったみたいだから次男にもそろそろかもって。
男の子って低学年の時って何本傘があっても次から次に壊しちゃって。
ちなみに旦那と私って色違いのポロだし
元々男女兼用で使えそうなタイプの傘を使ってるから子供達にもお下がり可能なんだけど。
試しに次男に持たせたらまだちょっと重そうだからもう少し先って判明したけど。
とりあえず3人で仲良く帰宅。
義母の用意してくれてた夕食を食べて子供達は宿題のはずなんだけど
次男ったら学童とプールで目いっぱい体力を使い果たしちゃったらしくそのままダウン。
気がついたらソファの上で熟睡しちゃってたから入浴まで起こさずにいて。
結局宿題のプリントも明朝扱いになっちゃったんだけど大丈夫かな。



2002年10月07日(月)
契約解除

今日は午後から席替え。
って子供の学校じゃなくて我が職場。
部署毎に配置なんてのは任されてるんだけど昨秋異動した今の部署って旧態依然。
ずーっと前から変わらぬ配置。
私の右傍にテレビなんかが置かれてて見難いし邪魔だし。
で、FAXとプリンターとコピー機を一体型の機種に変えたのを機に席替えも実行。
大々的にテレビの配線を変える工事をしてもらってから席替えって段取り。
何10年ぶりの移動なんだか知らないけれどなかなかって配置。
今まで目の前に上司がいた上司が右斜め前に移っちゃって微妙なことは微妙なんだけど。
これまでと違って上司が私の後ろを通過することもありだからちょっと注意を要するし。
とにかくこれからはこういう配置なんだから位置関係になれなくちゃいけないわ。
で、本日の契約解除はお家のこと。
先週の月曜日に鉄骨ユニットのメーカーと契約を交わしたものの
平行的に進めてた木造メーカーさんとも仮契約したままで。
もちろん仮契約の存在そのものが有効か否かって諸説色々あるんだけど
そこの木造メーカーではより綿密な間取りの打合せの以前に仮契約が必要だったんだから。
仮契約金として数ヶ月前に100万円を一応振り込んでるんだし。
木造の担当者さんには鉄骨メーカーさんとの契約直前に旦那から白紙に戻すことを電話で伝えたけど
週末旦那がいなかったこともあって書面のやり取りなんかがまだ。
今夜の来訪となったってわけ。
契約者である旦那の直筆と押印が必要。
私はちょうど長男の塾のお迎えに出かけちゃっててその場に遭遇できなかったけど
今回の義父の逝去で白紙にするって口実にしたらしい。
今週中に仮予約の証として入金したお金が私の口座に戻ってくるって話し。
なぜか仮契約の時に口座番号が分かるのが私だけだったから私の口座を指定したんだし。
で、長男と帰宅途中に我が家を後にする担当者さんと遭遇。
担当者さんったら「そういう事じゃ。またのご縁に」って。
でも長男ったら「秘密のドアをつけてね」とか鉄骨メーカーさんと間違ったコメントを。
こんな危険な発言がされちゃうんじゃ子供達にも言い聞かせなくちゃいけないかも。
とりあえず懸案事項はこれで1つカタがついたような。
鉄骨メーカーさんからインテリアの素案と見積も届いたしまた一歩前進かな。
とは言ってもインテリア料金も半端じゃないからどこかと合い見積り取らなくちゃいけないけど。
次から次へとお金のかかる話ばっかりだから宝くじでも当たればいいのに。



2002年10月06日(日)
久々の休日

昨日から旦那は仙台出張で不在中。
午前中に帰宅予定時刻なんかの電話があったけどとりあえず気持ちのんびり。
旦那がいないってことは当然法事の段取りも新居の構想も進まないってことだから。
本来なら貴重な休日だけど先週から体調不良の私にとってはラッキーなお休み。
相変わらず喉の調子はイマイチだし。
義母でさえ一連の疲れが出た頃かって私を心配してくれてるほどだから
お墨付きをもらってかなりゆったりとした日曜日になって。
日曜の午前中と言えばスーパーの朝市なんだけど義母も私も出かけなかったし。
子供達なんか旦那に怒られないのをいいことにかなり好き勝手し放題。
ゲームやらビデオやらっていい加減にしろよって感じ。
我が家の子供達って完璧にゲーム脳になってるんじゃないかって心配。
いつもの私だったら怒鳴っちゃうんだけど喉が痛いから放置しちゃったし。
とりあえず長男は午後からの塾のテストにはお出かけ。
これだって参加することに意義があるって類のものだから結果は期待できそうもないんだけど。
普段の長男だったら「送ってよぉ」って申し出るところなんだけど
不調の私に向かってそんなことも言えなかったみたいだし。
私としては1年に何回あるかってくらい珍しく外出しない1日。
マジでのんびりしちゃったな。
夕方になって帰って来た旦那の洗濯物の山にはウンザリしちゃったけど。
それにしても26日に納骨をしようってのに旦那ったら神主さんとの打合せもまだ。
段々期日が迫って行くってのにこれでいいのかなぁ。
会食予定のお料理屋さんにしても石屋さんにしても
神主さんとの打合せ後じゃないと詳細な打合せができないのに。
自分で電話連絡しちゃえば手っ取り早いんだけど
それじゃ旦那が何もしないことになっちゃうから一応分担してるんだし。
で、外出しなかったにしてもせっかくのお休みを無駄にしない私。
旦那は不在だし子供達は手がかからないから家でしなくちゃいけない作業が捗るし。
ひたすらに2日に業者に発注したお香典返し名簿の校正作業。
義母の田舎って関東地方にある地名と1文字違いだからかなりの文字に間違いがあったし。
あとは物品を選択するって作業が残ってるけどやるべき仕事は着実に進んでるって実感かな。



2002年10月05日(土)
サタデースクールの日

公立学校が週休2日制になって半年。
週末毎に子供達にダラダラされるのって迷惑ー。
って訳じゃないんだろうけど各地で色々催されてるみたい。
もちろん学力低下が最も心配されてるから学力不足を補う試みもあるとかで。
実家のある千葉県某市じゃ週末も自主的に通学してるとかって報道。
これは正規の教師じゃなくて助っ人教員が担当してるって話しだけど。
で、子供達の通う学校でもサタデースクール。
とは言っても学力面の補習じゃなくて子供達を健やかに育む為の諸々の授業。
地域の人と一体となって健全な育成を目指すとかって試み。
夏休み真っ最中の8月から毎月第1土曜日に行われるようになったらしい。
ってことで今日で3回目。
学校からチラシをもらってきてたし1回目には町会の回覧版にも告知されて。
毎回同じ趣向じゃないけど
折り紙とか落語とか昆虫採集とかって子供だけじゃなく大人も自由に参加できるって。
第1回目だけは不参加だったものの前回から我が子も参加。
義父の死直前の9月7日も今日も案内に剣道って文字が踊ってたから。
でも子供達は剣道の稽古に渋々。
前回は昆虫採集に興味があったし今日は長男は落語で次男はゲートボールって意見が分かれちゃったから。
でもちゃんとした道場の先生に教えてもらえるんだし
長男なんて塾通いで日頃の稽古に参加できないんだから是非とも行くべきって。
子供の興味より稽古って半ば強制的に剣道に参加させちゃって。
で、前回参加して防具組は我が家の2人だけってことが判明。
いつもの道場だとモップでお掃除だけど体育館だと袴で雑巾掛け。
今日も体育館に行くのを渋って結局お掃除をパスしちゃって。
長男は稽古終了後のボーリングを条件に練習に参加。
だけど次男ったらそのまま校庭に出てゲートボール。
剣道も前半は基本で後半になって防具をつける形だから中休みに次男を呼びに行って。
結果として2種類に参加できたのは次男の作戦勝ち。
嫌々ながらも後半は熱心に練習。
子供達も13日には市内体育大会に参加するから少しでも上手になりたいみたいだし。
普段と違う先生に習うってことは基本は同じでも違ったことが学べるってことで
いかに素早く小手を打つかなんて練習もしてたしそれなりに実があったってこと。
体育館に出向くまでは嫌々でもいざ防具をつけちゃえばやっぱり真剣なんだから。
練習が終わって美容院帰りの義母を誘って外食。
そのままお約束のボーリングに直行。
いつもだったらボーリング上手な義母もプレイするところなんだけど
足のヒビが完治してないから今日は子供達だけ。
子供達ったら確実に進歩してるみたい。
ガータ知らずの壁は使ったものの3ゲームを投げて長男の平均は100まであと一歩だったし。
剣道してボーリングしてスイミングに行ってって子供達は運動三昧の1日でしたわ。



2002年10月04日(金)
通院

昨日から風邪気味の私。
熱があるでもなく発熱でもなく。
突然襲いかかる咳が止まらないのと声がガラガラが特徴的。
就寝時に咳って辛いんだし。
仕事中は飴玉を口に含んで。
同僚に数種ののど飴をもらったんだけど滅多に口にしないから味がマチマチなのも改めて認識したし。
電話応対って仕事は毎日だから咳込んじゃうととにかく大変。
で、今朝は仕事に追われてるってわけでもないし同僚のご好意に甘えて久々の通院。
9時半頃職場から徒歩10分ほどの町の診療所に出向いて。
周辺のOL御用達であると同時にご近所のお年寄りのかかりつけだから結構な混雑。
幼稚園の子から70歳を過ぎたお誕生日の無料検診の人までホント様々で。
で、私ったらいつ以来の通院か自分じゃ分からないくらい久しぶりの通院のはず。
本来ならそんな久々なら保険証と診察券が必要なんだけど
今日は思い立っての通院だから何も持っていない状態。
事前に人事に立ち寄って保険証の代わりの物を発行してもらうことも可能なんだけど
とにかく急いで通院したかったから人事経由もしてないし。
でもカルテだけは生きてたらしく「今月中に保険証をFAXして下さい」って。
とりあえず無事に受付を済ませて診察室に。
で、いきなり先生と対峙して発せられた言葉が「ずいぶん久しぶりなんだねー」
言葉に促されて手元にあるカルテを見ると一昨年の12月が最終診察日。
滅多に医者に行かない私だけど2年ぶりなのにはちょっと驚いちゃったりして。
「咳が」って症状を訴えると喉の状態チェック。
さほど赤くもないし大袈裟な病状じゃないらしい。
患部に薬を塗ってもらって4日分の咳止めと総合感冒薬をもらって終了。
久しぶりに処方してもらった薬を手にしただけで気分は病人なんだけど。
週末のんびりすればあっさり治っちゃうんじゃないかって思ったりして。
とにかく記念すべき久々の通院はあっと言う間で終了。
で、記念すべき通院と言えば次男。
今までは必ず義母の付き添い通院だったんだけど今日の歯医者は「僕1人で行くから」って断言。
予約の時間に1人で歯医者に行って診察を受けてきたらしい。
次男ったら治しても治しても虫歯になっちゃう体質らしくて今回もまた。
長男は3年生から1人通院を始めたんだけど末っ子の次男には心配性の義母の存在があったから
いつになったら独り立ちするのかなってちょっと興味深く見守ってたんだし。
義父亡き後義母の興味って子供達だけになっちゃいそうだったから
今日の次男の勇気ある発言は絶好のタイミングだったような。



2002年10月03日(木)
紛失

次男の今日の宿題は漢字ドリルとインタビュー。
私が帰るなり「ママにインタビューしなくっちゃ」って。
何だかわけの分からないままに次男の用意した質問に答える私。
質問は何項目かあって仕事に関連することがメイン。
形式から考えるとどうやら国語の授業の一環って感じ。
「何時の電車に乗りますか」から始まって「大変なことはなんですか」とか
「会議は何時から始まりますか」「楽しいことはなんですか」「お給料はいくらですか」とかって。
きっとこれを素材にクラスでの発表なんかがあるんだろう。
箇条書きした設問を次男が次々口にする。
長男の時とは授業内容も教科書も違うから初めてのインタビュー。
できるだけ質問に沿って答えてあげたいところだけど守秘義務なんてのもあるし。
とりあえず差し障りのないようにそれでいてしっかり子供に分かるようにお答え。
「7時59分の通勤特快に乗って行きます」とか「その日によって会議の時間は違います」とかって。
あんまり長々喋ったら書ききれないとか早すぎるとかって未熟なインタビュアーから注文が出ちゃうし。
で、お給料の額なんて聞かれても。
「男女差がないので働き甲斐があります」って答えたけどあまりにも直接的な質問だって。
次男ったらかなり粘って聞き出そうとしてたけど金額を言ってもねー。
子供の考えることだから我が子だけじゃないって思うと他の父兄の困った顔も想像しちゃう。
恐らく主な働き手は父親だから母親に聞いてるのは我が家だけかもしれないんだけど。
で、次男にこちらから「何でママへの質問にしたの?」
次男ったらあっさり「パパよりちゃんと答えてくれると思ったから」
確かにうちの旦那ったら家には帰るだけだから家庭にいる時間は短いし
そんな貴重な時間を割いて子供の宿題に付き合うとは思えないけど子供って正直過ぎ。
とりあえず質問は終了したからいいけど。
で、もう1つの宿題となってる漢字のドリル。
でも次男ったら「ドリルが見つからなくて」って情けないったら。
ただでさえ苦手な漢字なのにドリルの紛失って困っちゃうんだけど。
とりあえず連絡帳に紛失した旨お知らせ。
このまま見つからなかったら再購入は可能なのかどうかを含めて。
そう言えば次男のドリルって最近見かけてなかったもんなぁ。
捜索願をかけたドリルが見つかるといいんだけど。



2002年10月02日(水)
台風一過

昨夜密かに開けっぱなしした雨戸から朝の日差しが差し込んでる。
台風一過とは良く言ったもので本当に爽やかに晴れ渡った空模様。
って言うか10月なのに暑いくらい。
で、今夜も来訪者予定。
一昨日に先方に電話を入れた時点では台風の状況も不確かだったから
台風次第でって約束だったんだけど台風が行き過ぎたからには早期決行で今夜。
今夜のお客様は某百貨店の外商の人。
26日の五十日祭直後には香典返しをしなくちゃいけないからそろそろ行動開始だし。
それにしてもお墓とか香典返しとかの勧誘電話や家庭訪問が連日引っ切り無し。
毎日義母が受けては「私には分かりません」って応えてるんだって。
それこそ何かしら手土産を持って日参してる担当者もいるって話し。
5千円の商品が200個って単純に見積もっても100万円って考えれば日参も無理はないんだろうけど。
で、香典返しの売り込み業者ったら百貨店から小さな業者までそれぞれ。
高い割引率をうたってる業者はボラれる場合もあるって言うし
秘密の保持を考えてもやっぱり安心な百貨店に依頼することにして。
何種かの百貨店から贈答の栞だか返礼の栞だかが届いてたけど
色々考えて比べてT百貨店の担当者をお呼びしたんだし。
担当者に電話連絡を入れたのが一昨日。
カタログに添付されてた名刺に連絡をすると市内在住の担当者だったらしくすぐに分かったみたい。
これも何かのご縁かも。
で、今夜の8時頃ってことで我が家にお呼びしてたんだけど帰宅は7時45分頃。
たまたま剣道を終えた子供達と合流しながら帰ったんだけど
自宅付近の空き地に車を停めて同じ階段を上る人と出会ったのよねぇ。
もしかしてこの人が担当者かって思ったけど案の定。
私達より一歩先に玄関のベルを鳴らしてたし。
「これから夕食なので」ってお断りを入れてしばらく車中で待機してもらうことに。
私達の夕食中旦那も帰って来たから急いで夕飯。
担当者さんには30分近く待ってもらって申し訳なかったんだけど8時半頃から打合せ。
どこの業者でもいくつかの特典があるんだけどここは5〜20%引きで送料無料とか。
百貨店カードでさらに5%引きってのもついてるし絶対的に有利。
でも1番私がありがたいと思ったのは香典名簿のままでも名簿整理をしてくれるって項目。
清書して提出って作業がないだけでありがたいのにエクセルにしてくれるって。
旦那と義母も加わって諸々交渉してるうちに喪中葉書も挨拶状も無料って分かったし。
品物は後日決定って段取りだけど今日は香典帳を持ち返ってもらって。
とにかくこれで香典返しの準備も着々って感じかな。
お金に羽が生えてるって身にしみて感じる今日この頃です。



2002年10月01日(火)
戦後最大級

都民の日の今日学校はお休み。
でも今日は戦後最大級の台風が関東地方を直撃するとかって。
しみじみ今日学校がお休みでよかったなぁって。
だけどお休みの今日も子供達は早起き。
赤い羽根の共同募金初日だから7時集合でボーイスカウトの募金活動。
通勤通学の時間帯だから効率よく募金活動ができるってわけじゃないんだけど一応恒例の活動だから。
先月上進したばかりの長男にとってはボーイ隊の制服に初めて袖を通す日だったりもして。
7時に駅の北口に集合。
休みの日の活動なら旦那か私が送迎するんだけど
平日の今日はそれじゃ出勤に間に合わないから子供達はいつもより早起き。
6時半過ぎに自宅を出て歩いて駅まで向かわせて。
ちょっと遅れて旦那が出勤。
隊長に会計報告を渡すって仕事があったから私もいつもより早めの7時20分頃駅に到着。
もちろん自宅の窓の雨戸は閉めて。
駅で配置につく子供達とすれ違ったから旦那は募金できなかったに違いない。
次男の持つ募金箱に小銭を入れて長男から赤い羽根を手渡されて出勤。
子供達は募金活動を終えて9時頃帰宅となったって。
お天気だったら次男は学童のドッジボール大会のはずだったから恵みの雨かも。
学童生活最後のドッジボール大会だから次男だって参加したかったはずなんだから。
台風が近づいてきたから予約してた歯医者さんもキャンセル。
午前中義母の通院があったからお昼は待ち合わせして外食したって。
で、刻一刻と戦後最大級とやらの台風が近づいてるって報道。
当初より速度を速めたらしく帰宅時の足が直撃されるだろうって。
中央線って多摩川を渡るし結構災害に弱いから電車が止まることが心配。
午後になって職場の窓から外を眺めるとそんなに強烈に降ってる様子じゃないけど
暴風域に入ってからが一気に強くなるんだろうからって覚悟を決めて。
TVの画面に次第に各地への警報の文字が踊るようになって。
仕事に支障のない人は帰宅してもいいってお達しもなく定刻が近づくばかり。
心配した上司が5時に密かに帰宅OKって配慮してくれたから一足早く退社して。
誰もが同じように考えるらしく帰宅のピークは普段より1時間以上早い感じ。
通勤ラッシュならぬ台風帰宅ラッシュでとにかくギュウギュウ詰め。
デパ地下の値下げタイミングもいつもより30分以上早かったような。
最寄駅に到着した7時前後は激しい風雨の真っ最中で。
タクシー待ちの行列は階段上までずーっと並んでるし意を決して歩いて帰宅。
途中の河川が見たこともない水かさだったのが驚いちゃったけど。
旦那も早めに帰ってた。
雨戸を閉めきってるからそれほど感じるわけじゃないけど勝手口から見ると風と雨が窓を叩く。
でも私ったら9時頃になって興味本位で一部分だけ雨戸を開けてみちゃったりして。
台風情報だけが大騒ぎしてるかもってくらい外は普通通りの夜の雨。
すでに台風が過ぎ去りつつあるってことなんだろうけど被害がなくてよかったわ。
それにしても九州じゃなくて関東地方が台風の通り道になっちゃったのかしら?