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普通の日記
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2002年05月31日(金) ■
お騒がせ

今日は剣道の稽古日。
次男が3年生になった今でも相変わらず義母の付き添いが続いてる状態。
3年生から1人で歩いて通ってる長男とは大きな違いを感じるし。
とは言え次男も今年度から防具着用の防具予備軍。
大きな防具袋を背負ってるとまるで防具が歩いてるみたいで笑っちゃうし。
で、防具を着用し始めたとは言えまだまだ本当の防具組とは一緒に練習できる状態じゃない。
基本組と同じ時間帯から練習を開始して防具組の練習に若干食い込む感じで練習が終了するってパターン。
何しろ防具を着用するだけで時間が過ぎていくのが現状だし。
手早く着脱ができるように自宅で練習しておくようにって言われてるのに。
で、練習は水曜日と金曜日の週2回。
長男は金曜日の稽古が塾と重なっちゃうから週1だけど次男は欠かさず道場通い。
余談だけど長男と塾が一緒で剣道が次男と一緒の5年生がいるんだけど
彼ったら金曜日は剣道が終わってからダッシュで塾に通ってるって。
剣道の稽古で疲れた身体で塾に行っても身が入るとは思えないんだけど。
そんなにまでして両立させる必要性も感じないし。
で、4時限の水曜日はいいとして今年度からの週休の影響で水曜以外は6校時。
学校から急いで帰宅しないと基本組の練習には到底間に合わないのが現状。
しばしば遅刻するのは当たり前って感じだし。
だけど今日の次男は同じ6校時の長男が帰宅しても一向に帰宅の気配もなし。
心配した義母が様子を見に行っても姿はなく。
練習開始の4時になっても。
義母から「もう道場に休みの連絡をいれた方がいいかしら?」って私に連絡が入ったりして。
何時になっても本人から連絡するのが基本だから連絡はもう少し待ってもらうことにして。
それにしたって一体どこで道草してるんだろう。
何度言って聞かせても素行の直らない次男だなぁ。
で、4時半になって「やっと帰って来た」って義母から連絡。
途中の小川でお友達と悪戯をしたのかズボンもびしょ濡れだって。
今朝だって何度も稽古日だって念押ししたのに頭から抜けちゃってたのかなぁ。
そりゃお友達と遊ぶ方が楽しいに決まってるけど
遊んでた悪ガキの誰もが帰宅途中の寄り道なんだし。
全く人騒がせな次男達。
当然のように義母からお小言。
帰宅した私にも旦那にも叱られたけど次回からも約束を守りきれる保証はないし。
類は友を呼ぶって言うから小川で遊んでた悪ガキ達はいい奴ばかりなんだけど
決まってる約束だけは守らないといけないぞ。
もちろん道場への連絡は帰宅後の本人から。
本当のことはお知らせできないから「学校からの帰宅が遅くなっちゃった」ってことにしちゃったけど。



2002年05月30日(木) ■
輸血スタート

来週の火曜日に手術を控えた義父は今日から輸血も開始。
貧血の値が手術に耐えうる状態になるまで成分輸血をするらしい。
でも本人は手術って事態をどう考えてるのか
看護婦さんに「手術いつでしたっけ?」って聞かれても素知らぬ振りだって。
手術するってことに納得してるのかしてないのか。
進行性のガンってことで家族は大きな賭けって思ってるのに。
どんなに医療が進歩してても最終的には本人の病と戦う姿勢が1番大事なのにな。
ってなことで事前準備は着々。
週末には外科医の先生からも家族に対して何らかのご説明があるらしいけど
今日は看護婦さんから義母に簡単な冊子が渡されて事前説明。
もちろんこれは手術前に用意する物一覧とか
手術前にしておくこととか術後の経過についてとかの簡単な物。
で、手術前に用意する物一式って言えば浴衣とかT字帯とかオムツとかが定番。
義母ったら一覧を手に「明日薬局で買ってこなくちゃ」「病院内は割高なのよね」
「7年前に腹膜炎寸前の虫垂炎の手術を施した時の浴衣はもうないしー」って。
義母ったら探しもしないで。
2階の和室の透明な衣装ケースに入ってるのを私は知ってるもん。
見るからに浴衣って模様のが2枚。
それに加えてガーゼ仕様の何かが見えるから恐らく一式が保管されてるに違いない。
義母は「明日買って来るからいいわ」って言ってるけど手術の度に購入しなくても。
ってことで私には届かないから旦那に取り出してもらって。
案の定手術に必要な物一式。
わざわざ買う必要もないから見つかってラッキー。
義母ったらいつになくありがたそうにしてたから。
タオルとか諸々の持ち物には全て記名して袋に入れて持参だって。
で、冊子の中には患者である義父がしなくちゃならない呼吸の練習とかって項目やら
手術後おおよそこんな装備でベッドに横たわりますよーってイラストまで。
大袈裟な装備で集中治療室にいる患者さんを見て家族が驚かないようにって配慮みたい。
全身くまなく装備を付けてってイラストだからこれが具現化したら結構ハードかも。
さらに義母ったら手術立会いの人数制限とかその他の事項についても説明されたって。
旦那も私もお休みを取って立ち会う予定にしてるから我が家は制限内の3人。
手術後に切り取った患部を見せてくれる際には苦手な人はご遠慮下さいって言われたって。
義母ったら「お義父さんの盲腸でさえだめだったんだから私は遠慮するわ」
私は高校生の時に実母の十二指腸潰瘍手術で摘出した胃を見てるから今回も決意。
義父だからって冷静なわけじゃなく実母の時だって自分の子の虫垂炎の時だっていつだって。
でも今回ばかりは口には出さないけど体力の衰えとか大きなリスクを感じてるのも確かだし。
それでも現実から目をそむけちゃいけないって。
何だか着々と手術に向かってることだけは確かみたい。
この期に及んで無気力な義父に週末は一喝してこようっと。



2002年05月29日(水) ■
資金繰り

さぁいざ土地購入って段になったけど実際に金銭についての家族会議をしたこともなし。
日曜日には土地代金の1割を手付として持参しなくちゃならないってのに
どこからお金を工面するかも具体的じゃない。
とりあえず銀行に預金中のお金を小切手にしてもらうことにして。
現況が駐車場で8月末に引渡しだから残金は後日ってのがちと嬉しいけど
どっちにしても8月にはまとまったお金が必要なんだし上物にもお金がかかるし。
ってことで旦那と私で意見調整。
居住中の家が売れることが前提なんだけど果たしていくらなのか。
買い換え特例ってことになると土地の名義は相変わらず義父のままなのかとか
探れば探るほど何だか頭が混乱してきて。
当のご本人が入院加療中だから義父とは相談もできないし
ましてや義母の頭の中は義父の手術のことで許容範囲をオーバーしてるし。
旦那が新築の際の一定額は親子間でも贈与にならないからって口を滑らせちゃったら
「お義父さんは入院してるし老後にいくら係るか分からないんだから」って却下されちゃって。
ってことはこの新居計画にビタ一文出さないって意思表示かもしれないし。
とりあえず今の家が無事売れることを祈るしかない。
で、売れたとしても大いに足が出ちゃう計算。
土地だけだって一回り広くなるのに加えて二世帯住居を造るって目論見だから。
果たしていくらあったら全てが成就するのかって感じ。
しかも後々のことを考えたら旦那と私と義父の3者を
どういう配分で共有財産としたらいいのかとかとにかく考えることがたくさんあって。
固定資産税の分配の為にも住宅取得の減税の為にもとにかく利口にならなくちゃいけないし。
何れ生じる相続って場合を想定しても義妹に分捕られない布石は必要なんだし。
ってなことで考えることは諸々。
だけど旦那ったら「とりあえず図面がないとイメージが沸かないよなぁ」って能天気。
私的には予算を提示した範囲内でできることを探りたいのに旦那ったら夢物語ばかりで。
義母の為の広い庭、共同の広々としたお風呂、建蔽率いっぱいに3階建て、
屋上バルコニーを設けてってな按配でお気楽極まりなくて。
膨らんだイメージを壊していくって作戦より地道に積み上げる方法に切り替えて欲しいのに。
旦那のイメージ通りに施工するといくらお金があったって足りない。
旦那の金銭感覚ってどこかずれているような。
で、今日はさらにギョッとする発言。
「そろそろ車も買い換えないとなぁ」って。
旦那も私も去年車検を通したばかりのに乗ってるんだけどマジ?
250万円も追加して新車購入をするくらいなら土地の頭金に回したいって。
これから先子供の教育費やら義父母の医療費とかで
どんどんお金が必要になるって言うのを旦那ったら認識してないのかしら。
新築するよって宣言したら「僕達お菓子とか玩具我慢するから。これ使って」って
貯金箱を差し出してくれた子供達の方がよっぽど理解してるんじゃないかしら。
旦那との意見調整が滞って何もかもご破算だったら悲しいから何とか頑張ろうっと。



2002年05月28日(火) ■
前倒し

午前10時過ぎに旦那から電話。
「親父の結果が今日の夕方になったから」って。
どうやら手術って方向で話が進んでいくらしいって事前情報付き。
30日とばかり思ってた私には思いがけない前倒し。
先日の中間報告同様義母と旦那と私が集合。
前回同様に診察室�,膨未気譴特甘�医から最終的な報告を受ける。
「検査の結果逡巡は認められませんでした。
 リスクは大きいけど外科医とも相談した結果手術の方向で」
「火曜日に手術を行います」って率直な担当医。
義母が即座に「よろしくお願いします」
中間報告で�郡�の進行胃ガンと告げられてるけど
転移が認められたら手術は不能って聞かされてたから少しは程度がいいのかって安堵したりして。
またPCの画面で色々な結果報告を見せられてから
胃の形の書かれたメモ用紙みたいので切除部分を説明されて。
「全摘じゃなく3分の2なり4分の3を切除して食べられるようにしたいと」
「開けてみないと最終的には分からないこともありますけど」
「腫瘍があって怪しいから取り除きましょうってことで病名は伏せておきます」って。
検査入院中の今の重湯状態にも不満で「もっと食べたい」って口にしてる程の
本人の食に対するこだわりを解消した方がいいだろうって。
でもやっぱり年齢とか今の体調を考えるとリスクは考えておかなくちゃいけないって。
入院してからさらに体重が減少して今日現在で47kgだって言うし。
腫瘍からの出血が原因と思われる貧血が酷いから
手術前にはその値を回復させる輸血が必要だって言うし。
高齢で体力が衰えてるだけで手術には危険を伴なうってことらしい。
しかも入念な検査の結果肺機能と腎機能の低下が認められたからそれに伴なうリスクも説明。
肺の写真を見ると素人でも正常じゃない様子が目に映る。
「若い頃結核を患ったのもありますけど肺気腫1歩手前と言った感じで肺が十分に機能してません」
喫煙者に多い肺気腫って病が酸素の供給を邪魔してるって。
「そんな状態で煙草を吸ってても苦しく感じないものですか?」って尋ねると
「本人は慣れもあって苦しくてもそれが普通と思ってるのかもしれませんね」
全身麻酔で手術すると術後に酸素吸入となるから
不完全な肺機能の状態が自発呼吸の回復に大きく影響しちゃうってことらしい。
まあこれで完全に禁煙してくれることを願うしかないけど。
さらには尿蛋白が出てるってことは腎臓の機能も良くないってことで。
とにかく手術は本人の体力次第だから「2時間程度で終わらせたい」って担当医。
術後の管理は大変だろうけど虫垂炎程度の所要時間で済むなんて。
とりあえず3人とも後の事は先生方にお任せして手術が無事に済むようにって祈るしかないけど。
で、私達への説明終了後本人への説明。
事前に義父が義母と一緒に結果を聞きたいって言ってたらしく義母ったら素知らぬ顔で病室に。
いつものように見舞ってる最中に担当医が合流して3人で別室に行って告げられたらしい。
とにかく後は本人の生きる気力に係ってるって感じ。
手術を告げられた義父って今夜はどんな心境でいるんだろう。



2002年05月27日(月) ■
内定?

一昨日の運動会が終わってから不動産屋へとお出かけした私と旦那と義母。
もちろん旦那と私が前々から密かに物色中だった新たな家の購入が目的。
でも先週は義母も同行。
ってことは極秘じゃなくなって2世帯揃ってお引越しってことに変更。
もちろん2世帯でも同居である事には変わりはないけど現状を脱却するには今しかない。
完全2世帯の物になるように進めなくちゃいけないって重要な案件は潜んでるけど。
入院中の義父も引越し先を探してる事は承諾済み。
義母だって私達が義父の今後を心配して段取りしてるって喜んでるし。
義父の病気が家探しを加速させたって言うのが皮肉だけど。
現在居住中の我が家は見晴らしがいいと言えば聞こえはいいけど
階段50段が存在してるおかげでお年寄りには生活し難いのが実情。
もちろん年寄りだけじゃなく私達にも重い荷物は苦痛だし
実際に階段があるおかげでピアノの運賃だって家造りだって割高だって言うし。
ってなことで秘密裏に少しでも広くて道路に接してる土地を求めていた旦那と私。
土曜日の不動産屋さんで新たな進展が見られたってわけ。
子供達の学区が変わらないとか住環境の大きな変化を求めてるわけじゃないから
そんなに条件の揃った物件なんか出ないのが率直な所。
好条件なら不動産屋さんが建売にしちゃうのが現状でもあるし。
でも駅から徒歩15分って場所に60坪の更地を見つけたのが去年の夏。
その時点では○500万円って高値。
しばらく静観しても値段が下がる様子もないから
売主さんもそんなに売り急いでないんじゃないかってまたまた放置。
ここで物件がなくなってれば縁がなかったってことだし。
でも土曜日にしばらくぶりに不動産屋さんを訪れるとまだその物件は残ってたし
そればかりじゃなくようやく値段が下がったばかりだった。
新たな希望提示価格は○180万円。
売れ残ってるってことはやっぱり売れないなりの理由があって変形してる土地なんだけど。
適当な表現が思いつかないけど小さい子が書く車って言うかボンネットバスみたいな形。
それでも間口が7m近くあるから車を2台駐車しようと思ってる我が家には問題なし。
11mの公道に接してる60坪って土地は滅多に出ないから使い勝手さえ考えれば問題はないんだし。
でも当然のように先方の言い値じゃ購入する訳ない。
さらに値切って○800万円って購入希望価格で申し込んできたのが土曜日。
ここ最近の地価公示の下落傾向を考えればもっと値切ってもって考えたけど。
で、本日先方からOKの連絡。
しかも不動産屋さんが買い取りを想定して我が家に偵察に見えたんだって。
お掃除もしてないのに午後5時頃から3人も。
「年数の割りに綺麗にしてますねー」とか「高台で見晴らしを求めてるお客さんもいますから」って。
結構いい感触で我が家を見てくれてたみたい。
どのくらいで買い取ってくれるのかは正確な計測が必要みたいだけどとりあえず1歩前進。
日曜に手付金を用意して契約って段取りになるような感じ。
で、私ったら早速弟に連絡を取って少しでも有利な方策を探ったりして。
弟って市役所に勤めてるんだけど課税課で固定資産の係りを担当したり
都市計画課でいろんな交渉を担当したりを経験して今は高齢者福祉課だから
私の知りたい情報を色々持ってるし。
まだまだ大々的に引越しーって叫べないけどどうやら軌道に乗りつつあるって感じ。
我が家の新居探しは内定段階ってところです。



2002年05月26日(日) ■
ダービーの日

「ビール2本とも飲んじゃったの?」って旦那に問われても。
ビールは私のでチューハイは旦那のって勝手に解釈してた私のせいかもしれないけど。
我が家は昨日に引き続いて連日お日様の下でのイベントとなるダービー観戦へお出かけ。
事前に入手した記念入場券を手に今大会を最後に1年近く改修工事閉鎖となる府中競馬場へ。
競馬場での飲食物購入は割高だし慌しいから
最寄駅傍のスーパーで飲み物やらおつまみをしっかり調達してから入場して。
指定席じゃないから子供の遊び場を備えてるコースの中が目指す場所。
それにしてもコースを走るサラブレッドの美しい事。
中の芝生に陣取ると新聞紙を広げて日向ぼっこ開始。
馬券を買いに行った旦那が戻った時には2本目の缶に手を付けた所で冒頭の会話となったって訳。
芝生の上でのんびり。
夏空の下で飲むビールの美味しい事。
それでも日焼けは怖いから義母は日傘、私も万全な対策を講じて。
子供達ったら傘の下で持参したゲーム機で遊んでたし。
で、メインレースとなる10Rまで旦那は数レースにチャレンジ。
義母もこのお祭り騒ぎに便乗して気分転換だし。
私と子供達だけが競馬場って場所とは全く関係のない行動。
ゲームに飽きた後は場内の遊具で遊びまわって。
凄い人出で迷子になっちゃうからひたすら私は子供達の付き添いで。
で、メインレース。
ファンファーレが鳴り響いて徐々に盛り上がり。
義母も柵の目前で立ち上がって応援。
私と子供達はすでに人込みから離れてたけど熱気と興奮が伝わってくるほどで。
やがて「うぉー」って声が「いけー!」とか「そのままぁ」とか
悲鳴にも似たような声に変わっていったりして。
モニター画面で確認すると武騎手騎乗の人気馬がダービーを制したらしい。
レース終了の熱気も冷めないうちに一気に雲行きが怪しくなって。
旦那と携帯で連絡を取り合いながら合流。
旦那も私も傘を持ってたし義母も晴雨兼用のを持ってたからよかったけど
本当に一気に雷を伴なう激しい雨に襲われちゃって。
自分の誕生日に合わせて枠連で2−7を購入した義母は惨敗。
でも旦那は±で若干の儲けが生じたらしく交換に。
途中画面には武騎手と馬主と握手する小泉総理の姿。
競馬場に総理が来てるんだねーなんて子供達と話をしたりして。
で、帰宅。
自宅に帰ることなく義父の入院先に直行。
相変わらず検査続きだけど特段変わった様子もないから病状に大きな変化はないらしい。
病院のTVではお相撲が流れてて「入院じゃなかったら実際に行ってたのにな」って。
その足で明日の義母の誕生日の前祝にお寿司屋さんに直行。
とってもハードで眠いったら。
明日が運動会の振替え休日の子供達はいいとしてなかなか辛い1週間が始まりそうです。



2002年05月25日(土) ■
運動会

好天に恵まれて今日は子供達の運動会。
順延になっちゃった去年を思うとあっさりケリがついちゃってラッキー。
7時の開門を待って旦那が場所取り、私がお弁当作りって担当もいつもと変わらず。
子供達は集合時間に登校。
プログラムの時間に従って私達も適当にお出かけ。
入院中の義父がいないのが例年と違うことだけど。
近所の人と応援席の場所が隣り合わせ。
「おじいちゃんは?」って聞かれたらどうしようって思ってたけど
意外と周囲の関心も薄かったみたいで事もなく淡々と。
兄弟揃って今年は白組。
兄弟がいても紅白に分かれちゃうと応援するのも大変らしいから
次男の入学以来ずっと同じチームってのは恵まれてるんだし。
開会式やら準備体操に引き続いて応援合戦。
長男は白組応援団の要となる太鼓の係り。
応援団が勢揃いするより一足早く太鼓のポジションに登場して。
なかなか惚れ惚れするったら。
競技に入って真っ先に5年生の徒競走。
女子に続いて男子。
予め担任から走るコースと順番が知らされてて長男は男子の最初の列。
でも長男ったらスタートして間もなく靴が両足ともにスッポリ脱げちゃって。
笑っちゃうけど靴下で走る長男は成績を語るに至らず。
走り終わると係りの人が届けてくれた靴を履こうと靴下を叩いたり息を吹きかけてみたりと滑稽な様子。
そんなに緩い靴じゃないはずだから紐が緩かったってことかも。
競技進行は予定時刻通りに着々。
次男達3年生のお遊戯。
一斉に並ぶと我が子とは言え見つけるのが大変だから色の付いた靴下を履かせてたのに
同じような靴下の子がいたりで発見までに時間がかかっちゃったりして。
上手に踊れてたけど予告してた場所とはやっぱり若干違ってたような。
で、午前中の最後は長男達5年生の「○小ロックソーラン節」
金八先生でお馴染みの動きの激しい格好いい踊りで半被と手ぬぐいを着用して。
クラスで作った大漁旗ならぬ組旗を振りかざして真っ先に登場する3人のうちの1人が長男。
ってことで探す必要もなく。
踊りも上手だったし勇ましくてよかったんだけど借りた半被が小さかったのが母としては不満で。
演技終了後に昼食休憩。
5人揃ってお弁当。
でも後ろの席の家族ったら私達に会話を求めて来たり何やら騒がしい。
午前中の競技中から父親が酔っ払ってる雰囲気だったんだけど
まるで子供を虐待しているかの様な言葉遣いで。
こういう輩の存在がアルコール禁止って事態を招きかねないんだから困った存在だし。
とにかく子供達には目配せして関りを持たないように注意して。
午後の競技も応援合戦からスタート。
全校児童の大玉送りとかを経て次男達の徒競走。
で、次男ったら裏技で知った輪ゴムを足にかけて。
スタート目前まで靴下のまま走るつもりだったんだけど担当の先生に靴を履くように指示されて。
インコースからスタートしてコーナーでトップに踊り出たと思った瞬間に宙を舞ってた。
転んじゃって当然ビリ。
悔しくて靴を履いたことが原因とばかりに「あの先生のせいで」って。
兄弟揃って靴が脱げたり転んだりとなかなかいい話題を提供してくれてるしー。
とにかく我が子の出番は終わっちゃって。
で、最後のリレーを残した段階で赤白ともに同点。
残念ながら最後に赤組の勝利ってことになっちゃったけど運動会は無事終了。
帰宅後不動産屋さんにお出かけ。
義父のお見舞いにさえ行かれないくらい目いっぱい慌しい1日でした。



2002年05月24日(金) ■
おはよう

運動会前日。
すでに配布されてた次男の家庭訪問予定表に続いて長男のクラスの日程も我が家に到着した。
昨日依頼してあった兄弟同日ってのは予め作ってあった表には反映されず。
12日の1番最初の2時指定。
都合の悪い場合の個別の日程調整は後日って注釈がされている。
でも昨日の時点でお願いの申し出をしておいた我が家には連絡帳でコメントあり。
改めて具体的時刻は相談するにしても依頼した次男の前後で了解って。
とりあえず予定としては4時15分でどうかって提示されて。
すでに次男の担任からは最終日程の4時半からで承諾を取ってるから
これで午後半休も大急ぎで帰ってくる必要もないみたい。
でも兄弟で15分しか違わないと余りにもニアミスの危険性が高いから
せめて1コマ空けるなりもう少し間隔を考えなくちゃいけないけど。
もう1度双方の担当と入念な打ち合せをしないと玄関先で鉢合わせしちゃいそうだし。
それにしたって担任が連絡帳に記入した
「おはようございます」から始まる文面にはビックリ。
自分が記入するのがどの時間帯であっても
「ご連絡ありがとう」とか「了解」って趣旨の文章から始まるのが普通じゃないのかしら?
「おはようございます」の後は1行空いて本論に入ってるんだけど何かちょっと違和感。
連絡帳に記載された文字だけで担任を判断するのは酷かもしれないけど
今週の月曜日に第一子が誕生したって噂の先生は身も心も浮かれすぎなご様子。
出産に立ち会って学校をお休みしたとか女の子だったとか色々話してくれてるみたいだし。
もちろんそれがクラス運営に影響してると思いたくはないけど
正直母となってから連絡帳に記された「おはよう」に接するのは初めて。
で、長男ったら妙なことを。
明日の運動会の「ロックソーラン節」に使うクラスの旗を作った時に
先生の年齢を22歳って書き込んだんだって。
もしかしてクラスの子供達には偽った年齢で接してる?
それとも子供達が勝手に担任の年齢を決めちゃってるだけ?
前の学校で5年→6年→5年→6年と経験して今年度が5年目と聞いてる私は反論。
5年目だとしたら想定する年齢と余りにも違ってるし。
いくらなんでもそんなに一足飛びに経験を重ねる事なんかできないんだし。
でも「おはよう」って文言に経験の浅さを実感したりして。
ってなことで家庭訪問の際には担任を知る事が最も大事な案件になりそうな感じ。
若いって素敵なことだけどやっぱりイマイチ不安も残るなぁ。



2002年05月23日(木) ■
予行練習の日

土曜日の運動会を目前に今日は子供達の予行練習。
お天気はまあまあ。
出掛けに私と旦那から撮影のベストポジションを確認するようにって指令。
毎年子供達の指示でスタンバってるといつだって若干のズレがあるんだもの。
ってことで今年は一段と入念に確認させたつもり。
校庭を図で指示してくれたけど果たしてどの程度正確なのかは当日のお楽しみ。
それにしても今年度からの学校週休の影響で運動会は物足りないものになりそうな予感。
今までは誰もが徒競走&学年毎のダンス&学年団体競技&全学年での大玉送りって
4種目にエントリーできてたのに今年からは団体競技がなくなっちゃって。
5年生って言えば去年までは騎馬戦が定番だったのに。
今年の運動会はいつもよりずっと早めに終了しちゃうんだろうなって残念。
長男は応援団に属してるから少しは出番が多いみたいだけど。
ちなみに長男も次男も今年は白組。
長男は応援団の要となる太鼓の係り。
白組の団長が女子ってことでちょっと不満もあるみたいだけど頑張ってるって。
とりあえず明後日の本番を楽しみにって所かな。
で、運動会が終わって6月になると子供達の学校は家庭訪問月間。
数回に分けて担任が巡回してくるって皮きりが6月7日で。
次男のクラスの担任から日程調整の為の配布物。
我が家への訪問予定は10日2時って指定だったんだけどこれじゃ半休しても間に合うかどうか。
連絡帳でその日の最終巡回をお願い。
併せて長男のクラスの訪問一覧ってのは学校に貼り出しされてる段階らしいから
同じ日に訪問していただくようにって先手を打って。
義父の病状次第では無駄な休暇は使えないから計画的段取りってことで。
で、本日の義父。
お昼前に義母がお見舞いに行くとより精密な胃のレントゲン検査を終えた所。
検査終了後はしばらくの安静が求められてるらしく昼食すら摂れなくて空腹感を訴えてたって。
午後には肺機能の検査。
義母は一旦帰宅してもう1度面会に行ったらしいけどそろそろ1日に2回に疲れてきてるみたい。
義父が待ち侘びてるのは分かってても「もう少し遠かったら」って嘆いてたもん。
お見舞いは欠かさない義母だけど
普段通りに梅酒を作ったり庭木を切ったり義母の日常は淡々と過ぎてるから。
最終結果前の今は気力が漲ってるにしても30日を境にどうなることか。
ネットで検索した胃がんの基礎知識を旦那と義母に手渡し。
病魔と戦うのは義父本人としても敵を知ることって大切だし。
今何の為にどんな検査をしてるのかとかどう展開していくかって。
旦那は切れば治るって信じてるみたいだけど正直どんな病状なのかなぁ。
考えても仕方のないことだけど何だか落ちつかないな。



2002年05月22日(水) ■
平常心

義父の病名を告げられてその後。
昨日の夜は5人で美味しいラーメン屋さんにお出かけだったし至って普段通り。
日頃から出不精の義父はそれほどまでに存在感が薄かったと言うことか。
とは言え家族の誰もが内心穏やかでないのは明らかだけど。
義父の病状に関しては30日の最終結果待ちだし全てはお任せしてるんだし。
で、入院中の義父はとにかく旦那と私の次なる心配は義母のこと。
義母の心中を察して今朝も「大丈夫?」って問い掛けた私。
もちろん義母からは「頑張るしか」って答えが返ってきて。
でも義母ったら7年ほど前の義父の虫垂炎手術でさえオロオロ。
日頃強がってるくせにいざとなったらってタイプの人だから
気が張ってる今はいいとしても何れダウンしちゃうんじゃないかって心配で。
持病の糖尿もあるから朝夕のお散歩を始め自己管理だって怠れないから。
で、そんな義母を心配した旦那ったら「31日休める?」って私に問いかけ。
30日の最終判断の後義母を1人にしておくのは不安だって配慮。
もちろんこの先どんな事態が待ちうけてるか分からない現状だから
宣告翌日だからって理由だけで休暇を費やすつもりはない。
手術とか万が一の場合には休まざるを得ないんだし合わせて学校行事もあるし。
冷たい女と思われても旦那にはご遠慮申し上げて。
でも私と違って情の深い旦那は本日お休み。
もちろん昨日も体調不良でお休みだったから義母の様子を見ながらってことだけど。
旦那も義母に同じように「大丈夫?」
「頑張るしか」って同じ答えしか返って来なかったって。
気分転換にって26日のダービーにもお誘いしたし27日の誕生日のことも考えてるし。
今はそれどころじゃなくて気づいてないかもしれないけど私達なりに気遣ってるんだから。
で、義母はいつものように午前午後2回の面会。
食事抜きでの検査が多いせいもあって義父の体調はさらに悪そうだったって。
わずかばかりの食事でさえ肩で息をしてたって言うから。
お休みしてた旦那は今日のお見舞いはなし。
頻繁に面会に行くと病状の深刻さを悟られるからってのが理由。
横浜に住んでる義妹にも30日の結果までは何も知らせないことにして。
腫れ物に触らないようにって言うかとにかく誰もが平静を装ってて。
で、私からは子供達に諸注意。
我が家から5分と近距離度だからこれまでは頻繁にお見舞いって言うか遊びに行ってたんだけど
万が一ばい菌を運んで肺炎を起こしちゃったりしてもいけないから面会は控えよって。
もちろん子供達が病院に潜んでるばい菌に汚染されてもいけないし双方の為だし。
何食わぬ顔して普段通りの生活をしているつもりでもやっぱり何かが違うって感じ。
全てが明らかになる30日までまな板の鯉って心境だわぁ。



2002年05月21日(火) ■
中間報告

午後3時58分に私の携帯が鳴った。
自宅の長男が発信元。
体調不良の旦那が家にいるからみんなで合流して夕食をってお誘いの電話だった。
でも何やら少しでも早くって様子が感じられる。
そのうち長男から義母に電話が替わって「今日6時半に医者に来てって言われたから」って。
当然のようにこのことは患者である義父には内緒にって。
病状にも表れてる通りだしこう言う連絡があるってことは当然いい状態であるわけがない。
当初自宅に入った看護婦さんからの電話では「30日で」って言われたらしいんだけど
義母は1人じゃ不安だったのか「今日は息子も休んでるから」ってお願いして
ちょっと強引に最終結果を待たずしての病状報告ってことになったらしい。
もちろん私も6時半に立ち会うべく仕事を早退。
旦那と私は1階で合流。
義母と次男がお見舞いを終えてエレベーターから降りてきた。
内緒って言われてるのに直前にお見舞いしちゃって。
いつもみたいに1階ホールまで義父が見送りに来るようなことがあったら
どう取り繕うつもりだったんだろう。
指定の時間に3人揃うと守衛さんに担当医の名前を告げて待つことしばし。
診察室�,辰読�屋に通されて病状説明。
まず驚いたのが説明が全てPC上で行われちゃうってこと。
ドラマで見てたみたいにレントゲン写真が何枚もさし込まれてなんて過去の遺物なのかなって。
レントゲンもCTも内視鏡写真も全てがクリック1つでPCの画面上で見られちゃうってシステム。
義父の名前のカルテらしきものには検査完了とかそうじゃないものとか表示されてて。
最初に先生がクリックしたレントゲン写真を見ると案の定胃の部分に影。
「貧血も酷かったし腫瘍もありましたから」
次に内視鏡で動く映像を見ると内面が正常じゃない様子が目前に晒される。
この時点で「進行性の胃がんです」って告げられて。
入院前の検査で胃にしこりがあることを承知してたから3人とも心構えができてたみたい。
虫垂炎でさえ大騒ぎした義母も平静を装って医師の説明に耳を傾ける。
次に見たCTの映像ではまだ転移は見られないとのこと。
最終的な検査が終了してない現時点では外科的処置が可能かどうかも分からないみたいだけど。
しばしの沈黙の後「できるだけのことは。。。よろしくお願いします」って義母。
外科的に切除できる段階であれば食べられないって苦痛もなくなるしいい方向に向かうらしい。
ガンの進行状況から見る限り手術ってことになっても全摘の必要もないみたいだし。
ただこれからの検査で転移が認められたら手術さえできず抗がん剤ってことも。
1番危ないのは胃の裏側に当たるすい臓なんだけどまだ判明してないんだって。
どっちにしても義父の体力が持つかどうかが定かじゃないし。
手術ができずに抗がん剤ってことになっても
胃がんの場合は抗がん剤の効きも完璧じゃなくて2〜3割なんだって。
3人とも率直に担当医に諸々質問。
私「最初の血液検査の値が悪かったってことは予め分かったんでしょうか」
Dr「貧血が酷かったし触れてしこりがありましたから」
私「何期って言い方では何期に当たりますか」
Dr「映像を見る限りでは�郡�です」
私「ここまで進むにはどのくらいかかってると思いますか」
Dr「ここに来て進行が早まってる可能性はありますけど4〜5年は」
って義父ったら今まで町医者に通院してたのは何だったのよぉ。
こんなものを温存しておいてもちっとも自慢にならないし家族に迷惑がかかるのに。
B「医者に通ってて検診も受けてたんですけど」
私「ここで虫垂炎の手術を受けた後も定期的に通ってればよかったのにね」
旦「体力が心配なんですよね。手術耐えられるでしょうか」
Dr「外科医と万全な連携を取って行います」
 「食べられないってことで入院してからも体重が減少していますから」
旦「正直このままだとどのくらい」
Dr「1年くらいかと」
もちろん外科的処置を施せば見る見る回復するんだろうし生存率も高まるんだけど。
もっと入念な検査をして転移の状況が分からないとこれ以上詳しくは分からないって。
さらに私。
 「本人が入院時のアンケートで告知を希望してるみたいなんですけど」
 「前々から俺はガンで死ぬんだって言ってるし兄もガンで亡くなったんです」 
Dr「外科的に治る見込みがあれば言うことも考えられますけど。
  今の所腫瘍があるから検査ってことでいいかもしれません」
 「時々話をしてると患者さんのガンかって思いが伝わってきます」
義父ったら何らかの自覚症状があってガンであるって悟ってるに違いない。
それにしたって迷惑な。
担当医から最終的な結果は当初の予定通りに30日に聞くことにして帰宅。
もちろん一縷の望みは持ってるにしても義母ったら観念してるのか「とりあえず頑張るしか」って。
私達は週末ぐらいしか顔を合わせないけど義母は毎日だから辛いだろうなぁ。
義母が頑張りすぎてダウンしちゃわないようにって祈らずにいられないわ。



2002年05月20日(月) ■
チケットの行方

昨日義母の口から直接聞いた大相撲千秋楽チケットの用途。
母の日にプレゼントと一緒に2枚手渡してたけど義父の入院で計画変更を余儀なくされて。
旦那も私も義母と義妹とでって聞かされてたけど
子供達は義妹の姑さんにでも預けて行くんじゃないかって思ってたから驚いて。
そもそもお相撲に興味のない子供を同伴してもお互いに楽しくないし。
子供達が大人しくお相撲を観戦してるなんてわずかにも予想できないし。
「○○も行ってみたいって言うから」っていつもながら義妹との密かな連絡を覗わせて。
全く一卵性母子はって義母と義妹の関係を煩わしく思ったりして。
でも今日になって相撲協会のHPで検索するとやっぱり3歳から入場券が必要とのこと。
恐らく席がなくても膝の上でいいって安易に考えてた義母達は入場を拒否されるに違いない。
それが世間の常識って思い知らされるのもいいかなって一瞬。
でも当日その場で拒まれるより予め教える方が親切。
発売状況を確認すると一頃の大入り満員は途絶えてるらしく千秋楽の日でも空席あり。
もちろん桝席とか椅子のAとかは完売してるけど義父母が行く予定だった席には若干の空き。
私から義母に伝えると角が立つから旦那から進言ってことにして。
念の為昨日と同じように義母の真意をやんわりと問い質す旦那。
決して義妹と行くなって言ってるわけじゃなく別の方法を探りましょってニュアンスで。
でも「だったらあんた達が行けばいい」「お父さんが好きだから行くんで私は」って。
「あんた達が」って言われても私達親子が行くにしても追加料金が必要となっちゃうし
そもそもその日はダービー観戦に競馬場にお出かけの予定なんだから。
って最初から伝えてあるしもともと義母の誕生日のプレゼントを兼ねて義父母に差し上げてるのに。
旦那ったら「友達でも誘えば」ってとにかく気分転換を勧めても拒まれて。
今ある2枚を有効活用しないと入院してる義父だって気分を害しちゃうかもしれないのに。
義父の入院で動揺してるにしても義母には心が伝わってないみたい。
残席表を手にまだ空きがあるから今持ってるのを払い戻しする形で
甥っ子達の分を含めて4枚新規購入すればって旦那が提案。
料金表で2万円ぐらいかかっちゃうのを確認すると「そんなにまでして行くつもりはない」
「横浜に行くからいいわ」ってな具合でいつもながらにヘソ曲げちゃって。
もちろん旦那も私も義父母孝行って考えてるけど義妹に美味しい思いはさせるつもりもないし。
って言うかその為に我が家に宿泊されても困っちゃうし。
義父の入院が様々な方面に影響を与えちゃうのを痛感。
チケットはそのままの形で義母から旦那に返却。
それにしてもせっかくの千秋楽を無駄にしたらいけない。
旦那が買って来たものだけど今後の扱いは私に任されて。
チケットショップに持ち込むも良し実家の両親にプレゼントするも良しって。
でも旦那は「実家に電話するなら職場からがいいぞ」って。
そんなことは百も承知だしいつだって職場か携帯からしかかけてないよ。
自宅から実家に連絡すると通話記録なんかでばれちゃうし
義母が一段と不機嫌になっちゃうのが見え見えだし。
何にしても明日にでも両親の都合を聞いて千秋楽チケットを送付しちゃおうっと。



2002年05月19日(日) ■
1回戦ボーイ

日曜の今日はいつもながら子供達の行事。
次男はスカウト活動、長男は剣道の試合ってそれぞれだから旦那と私で送迎も分担して。
次男の今日の活動は9時半集合で空き缶を使ったわたあめ作り。
次男を送り届けた旦那はスーパーの朝市でお買い物も担当して。
で、長男は10時に道場を出発して車数台で試合会場へ。
男子と女子のそれぞれの団体戦にエントリーしてるから選抜された選手だけが参加なんだけど。
長男は1週間に1度の練習にしか参加してないのに元気なのが買われて先鋒。
先鋒からのスタートだから最初の勢いが肝心だし。
早めに会場に到着。
子供達は着替えて若干の練習をした後で昼食を取って開会式。
男子5人×44チーム、女子3人×33チームが参加してるから熱気でむせ返るようだし。
って言うかやっぱり剣道って汗臭いのが現実かも。
で、5面に区切った会場の第1会場で長男達は出番待ち。
他のチームの間には緊張感が漂ってるのに長男達は車座になって指を出し何やら遊んでるし。
本人達は平常心って言ってたけどちょっと意味が違うんじゃないかぁって感じで。
それでも1回戦は先鋒から中堅までの3人が順当に勝利したおかげで勝ち抜け。
長男ったら先鋒の役目を十二分に果たしてそれはそれは元気いっぱい。
小学生3人が気迫で勝ってたのに対して副将・大将の中学生陣は押され気味だったかな。
とりあえず1回戦は勝ったものの2回戦ではパワー切れ。
1回勝ったことに安堵しちゃったのか全ての面で適わなかったし。
長男なんて「小手」って打たれた場所が所定のポイントから外れてたから
負けた悔しさとその痛さで涙目だったしー。
女子も何回か勝ったもののやっぱり途中の誤審で負けちゃってその場で解散。
もっと試合慣れする必要性も感じたりして。
で、帰宅途中に旦那と連絡。
車を置くとその足で5人揃って義父のお見舞い。
義母が持参するパジャマに毎日着替えてるから家にいるよりずっとコザッパリしてるし
点滴したり規則正しい生活を送ってるおかげで元気そうだし。
義父が着替え中に義母と旦那とで歓談。
千秋楽のお相撲の件も恐る恐るリサーチ。
義母と義妹で行くらしいんだけど2枚しかないから子供をどうするのかなぁって。
と、義母ったら平然と「もちろん連れていくのよ」「前日家に泊めてここから行こうかしら」
2枚しかないってことは小さな子供でも入場はできないのに何て常識外れなんだろ。
旦那と私で何回かその旨お伝えしても聞き入れてもらえないし
旦那はそれ以上雰囲気が悪化しちゃいけないからってそのまま。
行って入場を拒否されちゃうより事前にお知らせした方が親切だと思うのに。
義父の検査は日曜の今日は進まなかったみたいだし検査結果もまだまだって感じ。
お見舞いを終えるとまた仲良く買い物&夕食。
義母ったら「お父さんの入院でお金がかかるから」って夕食代を負担してくれなかった。
もしかしてこの傾向はずーっと続いちゃうのかな?
万が一を想定した預貯金がなかったら私達に負担が圧し掛かってくるかもしれないな。



2002年05月18日(土) ■
遺言?!

土曜日の今日は子供達のスイミングがあるだけ。
スイミング終了後買い物を済ませると義父の入院してる病院へお見舞い。
面会者でも患者さんでも駐車料金がかかっちゃう病院だから車を置いて子供達と徒歩で。
義母は夕方からお友達との会食があるらしくちょうど入れ違いで。
で、義母に聞いてたから面会手続きもなしでエレベーターで3階の病室に直行。
義父はちょうど自分のベッドに寝そべって大好きなお相撲を見ていた所。
私達の存在に気がつくとイヤホンを取ると置き上がって。
入院前に我が家でぐうたらしてたのとは別人みたいに元気そう。
もちろん毎日打ってる点滴が効いてるからなんだろうけど。
家じゃ子供達の存在を疎んじてるくせにやっぱり心細いと見えて嬉しそうで。
「良く来てくれたね」なんて言いながら立ち上がると周囲に配慮して別の場所へと移動して。
我が家は見えないにしても本当に近所の人の行き交う様子まではっきり感じられそうな近さ。
方向音痴の義父は自分の位置関係を把握してなかったみたいだけど。
ホンの少しの動作を面倒がってた義父と同一人物をは思えないくらい軽やかな動きで。
義母や旦那の「家にいると甘えがあるから動かないんだよ」って指摘が正しく感じられて。
義父が買ってくれた紙パックの飲み物持参で歓談できる場所へと移動。
今日は胃カメラを飲んだみたい。
「せっかくのお相撲にも行かれないみたい」って少々弱気。
「お母さんが○○と行くって言ってた」って義妹の名前を挙げて。
もちろん差し上げたチケットだからどう利用しようと勝手だけど義妹が行くってちょっと心外。
それに義妹には漏れなく甥っ子が2人付くはずなのに。
で、義父ったら続けて曰く「○○とは兄弟2人だから仲良くやってくれよ」って。
私ったら病気の義父を前にしても偽ることはできずに頷くことさえしなかった。
仲良くしろって言われてもそもそも義妹の心がけが悪いだけじゃん。
義母とだけ連絡を取り合って私達とは無関心で今まで暮らしてきたのに
今更何言ってるのって感じ。
どんな兄弟でも遺産相続でもめるのが常なんだから一段と悪化するかもしれないし。
でも義父ったらひたすらに「それだけが心配なんだ」って。
って万が一遺言になっちゃったとしても義妹との関係が修復できるとは思えない。
そもそも旦那と義妹の関係が芳しくないんだから私に言われてもどうしようもないのになぁ。
これだって8歳違いの義妹を猫可愛がりして常識のない人種に育てた義父母が悪いんだろうし。
それにしても本当の遺言って存在するのかしら?
義母が2分の1でその残りを子供である旦那と義妹が分配って法律上は決まってるけど。
ってまだ死ぬと決まったわけでもないのに私ったら。
でも本当はこんな話は死に直面した時じゃない方がいいのになぁ。
義妹と仲良くって言葉が重く私に圧し掛かってきてるのも事実。
私達が病院の門を出るまで見送ってくれてた義父。
入院2日目にして早くも人恋しくなっちゃってるのかな。



2002年05月17日(金) ■
入院の日

昨日の予告通りに本日午前10時に入院となった義父。
歩いてわずか5分ほどの病院だから家族としても気軽に顔を見に行くことができて安心。
昨日のうちに入院セットは義母が全て準備してたし。
頻繁にご近所を出歩いてたら「最近お見かけしませんねっ」とかって言われそうだけど
義父の出不精が幸いして入院自体が近所に知れずに済んじゃいそう。
ちょっとした荷物を持ってさもお出かけ風に入院したそうな。
入院時には誓約書。
万が一ガンだったら告知して欲しいって義父は意思表示したんだって。
エイズ検査もするみたいだしとにかく今日から検査三昧。
入院時の身長は168cm程度。
加齢と共に縮んだんだからこれは致し方なし。
でも体重が50kgちょっとしかなかったって。
ピーク時にどのくらいあったか知らないけどこれじゃ体力なんて保てないし。
入院してすぐに点滴を3本。
少しは顔色が良くなったみたいだけど。
極度の貧血にしても体重減少にしても動悸息切れにしても
とにかくどれを取っても私が危惧してる症例と一緒。
義父の兄って人もそんな症状で亡くなってるから義父も薄々疑いを抱いてるかもしれないし。
「2週間ぐらいは検査入院してもらわなくちゃ」とかって相当簡単に考えてる義母と旦那に
安易に深刻な病状だなんて言い出せないから私だって困っちゃうし。
でも子供達とはもしもの場合を想定した話し。
塾のお迎えの際に長男と何気に
「おじいちゃん入院しちゃったけど悪い病気で死んじゃったらどうする?」って。
長男ったら即座に「おじいちゃんがいなくなると困る」って言いつつ
自分なりの理由を数点列挙。
もちろん大好きだからとかそんな理由であるはずもなく。
「第1に僕達が引っ越そうとした時におじいちゃんがいないとおばあちゃんも一緒に来るでしょ」
「第2におじいちゃんがいなくなるとおばあちゃんが僕達ばかりを怒るでしょ」ってな具合。
健康で長生きで豊かな老後を送ってるお年寄りなら厄介者扱いされるわけがないんだから。
義父の入院は迷惑でも鬼籍に入るってことは尚の事迷惑ってことみたい。
とにもかくにも検査結果が出ないことには何とも言えないけどかなり危ないかも。
私だけが心の準備をしてると冷たい鬼嫁って思われちゃうんだろうけど。



2002年05月16日(木) ■
検尿ネタ(完結編)

昨日お風呂で具合が悪くなった義父。
病院嫌いって言うか極度の出不精だけど昨日の今日だからついに観念して病院へ。
1人じゃエスケープしちゃうかもしれないから旦那と義母が同行して。
って旦那は連れていくまでが担当でそのまま出勤したんだけど。
わずか5分ほどの近い病院でさえ渋々出かける義父って。
病院に行くと当然のように検査検査。
血液検査・レントゲン・心電図・エコー等々。
途中お腹が空いちゃったって訴えたらお昼を挟んでまた検査だったって。
とにかく一旦病院に行ったら様々な検査でどこかしら悪い所が発覚するのが常だし。
ましてや日頃から不摂生してる義父は倒れた直後なんだから。
で、検査結果の詳細は又聞きでよく分からないもののやっぱり芳しいものとは言えないらしい。
明日から入院を宣告されて。
血液検査の値も良くないらしく早速点滴。
町医者で市の無料検診を受けてるのにって医師が首を傾げたとか。
本来なら3本って言われたらしいけど明日から入院ってことを考慮して1本で免除されたって。
1時間かけて点滴を受けると少しは顔色が良くなったって。
若い頃の結核罹患と日頃の喫煙のせいで肺のレントゲンも真っ黒。
でも何より気になったのはエコーで判明した腹部。
しかも息を吸って吐き出す時には触って分かるほどの異物が存在するらしい。
医師に言われて手を伸ばしてしっかり感触を確かめた義母も驚いたみたい。
胆石もありますって言われたみたいだけど今はこの異物が最も厄介なのかもしれないし。
とにかく今日も1日検査だったし明日から入院して検査三昧になるんだろうって。
この異物を外科的に取り除くなら長期化は逃れようがないし義母も私も長い入院を想定。
でも旦那ったら「検査だから5日ぐらいだろ」って甘い見通し。
で、帰宅した義父は我侭三昧。
って言うか日頃から我侭なんだけど輪をかけて。
ちょっと具合が良かったのか起きてたはいいけどストーブをつけようとして。
みんなに拒否されると「今日1日だけだから許してくれるかと思ったのに」
「血液の循環が良くないから寒さを感じるって医者にも言われたのに」って自分本意。
寒いと言いつつ外に出て煙草を吸って。
「具合が悪いんだから寝ろ」って旦那に言われると「あんまり煩く言わないでくれよ」って。
みんなの心配が届いていないみたい。
そのくせ私と2人きりになると「俺はガンで死ぬんだ」
「きっとお母さんは結果を聞いてるんだろうな」って超弱気発言。
結果が判明してないから明日から検査を続けるってのに余りにも後ろ向きだし。
周囲を巻き込んでるって気がついてないんだろうなぁ。
とにもかくにも明日からは病院で自由の利かない生活だから私達はちょっと楽かも。
とは言え病院でもあの調子で看護婦さんを困らせそうで恐怖なんだけど。

で、検尿ネタ完結編。
もちろんこれは義父じゃなくて子供達。
昨日が提出期限となっていた学校の検尿。
でも一昨日検尿具一式を学校に置き忘れて来ちゃった長男。
昨日の朝自宅にあった紙コップとお醤油のタレ瓶を利用して学校に持参して。
学校にいつもより早めに登校すると指定の容器に人知れず移し替えて無事提出。
ホント何事もなかったかのように提出できたって。
で一方の次男は一昨日の夜しっかりトイレに準備して就寝。
昨日の朝も指定の容器に入れて学校に持参。
でもランドセルに存在してたそのブツを発見できなかったらしく
結果として忘れってことになって提出できず。
で、同じ容器で2回採取できないからって新しい容器を学校から貰って持ち帰って来たはず。
だけど昨日の夜確認すると肝心な新しい容器は見当たらず朝入れたままのブツが。
ってことで今朝も昨日と同じように紙コップとお醤油のタレ瓶。
3年生の次男にはいくらスポイト式容器とは言え入替えが上手にできると思えなかったから
兄弟揃って早めに登校させて長男に移し替えって思ってたら
長男は運動会の応援練習の呼び出しで入替えを手伝えなくて。
保健室の先生に手伝ってもらって次男は無事に検尿を提出できたらしい。
ってたかが検尿なのにこんなにネタになっちゃうなんて。。。
次の検査項目と提出日には今まで以上の厳重注意で一発提出してもらうわよっ。



2002年05月15日(水) ■
検尿の日のこと

帰宅するその瞬間まで今日の日記ネタは検尿ってことでほぼ確定。
でも遥かに上回る事件が我が家に待ち構えててあっさり差し替えする事態に。
検尿って話題も眠らせるには余りにも惜しいからこのまま明日の日記ネタにするかどうか。
ってその話題が完結せずに継続しちゃってるからに他ならないからだけど。
で、事件。
第一報を知らせる電話は次男から。
「おじいちゃんがお風呂で倒れちゃったから今日は僕達お風呂に入れないかも」って。
義父の容態よりも自分達の入浴を心配してるような話し振り。
でも体調不良だった義父が久々に入浴して倒れたってことは事実らしい。
いつも10日程の間隔で入浴する義父だけど今回ばかりは入浴履歴の遡りさえ難しそうだし。
とりあえず自宅に改めて電話を入れるとパニクってる義母。
旦那の携帯が繋がらないって言うから私から「倒れたらしい」って連絡を入れて。
ちょっと前からにわかに雨が本降りに。
おかげで剣道の稽古終了後の長男は駅まで友達のママの車で送ってもらって。
ラッキーにも駅で合流した私もそのまま自宅まで乗せてもらっちゃって。
自宅に入ると真っ先に状況確認。
詳しい状況は分からないけど裸の義父が布団の上に喘ぎながらうつ伏していて。
義母ったらとにかく洋服を着せようと懸命な対応。
シャツを着せてパンツをはかせて。
で運悪く私ったらシャツだけの下半身露な義父を見ちゃったりして。
このままじゃ救急車かもって思いながら市の広報をチェックする私。
間もなく旦那が帰ってきて義父を叱るようにとりあえず着衣。
義母だけじゃどうしようもないから旦那が早く帰ってきてくれてよかったぁって感じ。
子供達に夕食準備をして。
で、病院嫌いな義父だからこのままじゃ一向に改善しないからって夜間診療に連れていくことに。
旦那も義母も場所も知らないから子供達に留守番をお願いして私が運転。
やっとのことで洋服を着たものの病院行きにはやっぱり難色。
玄関先でメガネだとかラジオだとか関係のないものにも執着して。
雨の降る中やっと50段ほどの階段を降りて車に到着。
最悪旦那の背中が必要かなって思ったけど自力歩行で降りきって。
車中じゃ3人から病院に行かないこととか毎日怠惰な生活をしてるからって一斉攻撃。
義父ったら「今年は友達が3人死んだんだ」って自分からどんどん老け込む話しだし。
正直言って義父のこんな生き方には3人ともウンザリ。
10分ちょっとで夜間診療施設に到着。
今夜は風邪で発熱した子供が3人ほど待ってるだけでさほどの混雑じゃない。
所定の用紙に必要事項を私が記入して「その他」って項目に○をして。
「お風呂で倒れちゃったんです」って状況説明も私。
検温では37.3℃と微熱だったけど血圧も異常なく薬を貰ってそのまま帰宅ってことに。
でもここ数日の異常な様相から「万が一の場合は?」ってしっかり受付で聞いて。
本来ならこのまま点滴を打ったりすればいいのになぁって思ってたから。
会計の時に受付で「お嬢さんが心配してましたよ」って義母は言われたらしい。
帰宅後も受付の人から心配する電話が入った程。
「悪いのかな」って義母は言ってたけど私が対処方法を聞いてきたからに違いないって。
で、帰宅すると子供達は2人で夕食を食べるとシャワーを済ませてた。
出来事を精査。
いつも長風呂の義父だから義母も時々覗くのが常らしい。
でも今日覗くと義父がお風呂の椅子を枕にマットの上で寝てたんだって。
しかも「寒い寒い」って言いつつも「放っておいて」って。
次男は少しでも温まるようにって「おばあちゃんお湯をかけよう」
しばらくしてムクっと置き上がった義父が今度は温まりたいからって湯船に入って。
でも今度はお風呂で逆上せたか一向に湯船から出ないんだって。
自力で湯船から脱出できない義父。
義母がお湯の栓を抜いて残り10cm程になった所でやっと義父を引き上げられたって。
この時点で「ママに電話しておいたからね」って気が利く次男。
「このまま布団で寝る」ってだだっ子のような義父。
義母は汗だくで義父の身体を拭いて。
で、私と長男と旦那が続々帰宅したってことらしい。
最悪の事態にならなかったからよかったけどお風呂って危険なんだから。
それにしてもこんな義父を抱えてるって爆弾を抱えてるようなものだわ。
高齢者福祉課に勤務する弟に「高齢者万が一対処法の冊子なんてないかしら」ってメールした私。
旦那も今日ばかりは階段上って悪条件を危険と感じたのか「やっぱり早く不動産屋行こう」
引越ししなくちゃって眠ってた旦那の気持ちが再び。
それにしても明日はちゃんと病院に行くって約束させたけど
73歳にしてこのまま衰えていくのはご免だわ。



2002年05月14日(火) ■
激怒

夕方5時頃長男から電話。
「これからテスト受けるから終わるのは7時40分頃だよ」
もちろんいつものように駅で合流して一緒に帰ろうって段取り。
今日が土曜の復習テストの後日受験の最終日だから。
で、7時半頃駅に着いてデパ地下で買い物。
どうせ「終わったよ」って電話も入るだろうからってあちこち回って。
でも予定の40分を過ぎても長男ったら音沙汰なし。
8時近くなってまさかと思って自宅に電話。
当然まだ帰ってなくて私の帰宅を待ちわびる次男。
「教えて欲しい宿題があるから早く帰ってきてね」って。
ジャスト8時になった時に痺れを切らして塾に電話。
「たった今ここを出ていきました」って知らされたわ。
待つ事3分でやっと長男参上。
それにしても遅すぎー。
帰宅途中の私の30分って言ったら本当に貴重なのに。
とりあえず駅前からタクシーで帰宅。
急いで夕食の準備をしても食べ終わると9時近くだし。
で、それから2人の宿題。
どちらも日記みたいなのが出されてて次男は今日に限らず伝えたいこと。
総理と話した日のことが書きたくて「いつだったか教えてよぉ」
私の帰宅を待ってた理由はこれだったのねって感じ。
長男も指定の小さなノートに今日の出来事を記入するんだけど
「学校のことは先生も分かってるから帰宅してからのことがいいんだって」って。
で、記載内容を見る。
何とかと何とかってビデオを見て塾の振替えテストを受けてって。
長男がビデオを見て無駄な時間を費やしちゃったおかげで
結局みんなの行動がずれ込んじゃってるって原因が判明して。
他の宿題とかテスト勉強をして早めに出かけるなら分かるけどこれにはいい加減呆れちゃって。
久しぶりに長男を激怒。
次男は宿題途中で眠くなっちゃうし。
全く長男ったら自分の無責任な行動をどう考えているのか。
結局次男の残った宿題は明朝回しってことにして就寝させたけど。
で、明朝する事と言えば宿題の他に検尿って大事な案件。
次男は寝る前にトイレに一式を準備。
でも長男ったらランドセル中を探しても見つからず。
私に「僕の分知ってる?」って聞かれたって当然知る由もなく。
ビデオなんかで無駄な時間を費やしてたなら学校に取りに戻ればよかったのに。
って責める私から逃れようと長男は義父母の寛ぐリビングに下りていって。
結局猛省してから就寝したけど明日の検尿はどうしようかなぁ。
自分の事は自分でって高学年になっても個人差ありって感じだわ。



2002年05月13日(月) ■
ホイホイ

このまま寝たきりになったらどうしようって思ってた義父も徐々に復活傾向。
昨夜11時過ぎに久しぶりの食事を口にしたのが良かったのかって。
普通は夜中に食べたら身体に悪いんだけど昼夜構わず寝てたから時間の感覚もないんだろうし。
って私がチラと見た感じでは昨晩の夜食は麺類。
あの匂いからすると義父の大好物のチ○ンラーメンだったんだけど
当然こんな時には身体にいいと思えない。
で、今日私が帰宅すると久しぶりに「お帰りぃ」って義父の反応。
予想していなかった反応だから空耳かと疑っちゃったけど
定位置となってる座椅子に寝そべる姿はこれまでと変わらなかったし。
義母がせっかく義父の為に用意した夕食に「食べたくない」って文句を言ってるのもいつも通り。
つまりはこれで義父の体調不良も終了かって感じだし。
新聞を読みながら1人ボソボソと食する義父。
でもまだまだ本調子じゃないらしくご飯に少し手をつけただけみたい。
それにしてもいつも味噌汁なんか作らない義母が義父にって作ったのに手をつけない義父って。
やっぱり義母の味噌汁が不味いのが原因か。
って言うより毎日何もしない生活なんだからお腹なんか空かないはずだし。
せめて入浴でもすればいいのにってこれは絶対望めないし
猫の額程の我が家からだって1歩も外出さえしないんだから。
それにしても自分で味噌汁を小鍋に移し替えてたけどあれじゃ私が明朝使えないってことじゃん。
それはそうと明日は可燃ゴミの日。
GWも過ぎていよいよゴキチャンたちが家中を駆け巡る季節だから
日曜日の昨日台所に設置するホイホイの類を数種類購入。
本来ならバ○サンでも炊きたい所なんだけど
我が家に住みついてる義父って存在が本格的駆除を邪魔してる。
って義父がいる時に間違って煙だらけにしても義父なら大丈夫って気もするんだけど。
いつも不死鳥のように蘇る義父の生命力は恐らくゴキブリ並だし。
で、昨日購入したのは大小取り混ぜて数種。
今まで放置してた物を取り除いて交換しながら新たに放置。
私ってゴキチャンでさえ怖くないから一気にケリを付けちゃおうって勢いよく。
電子レンジの下とか流し台の狭い隙間にはバナナとビーフとエビって3種の香り付きの狭い所専用。
広い場所には普通のって具合に適当に配して。
どっちかって言うと狭いゴキチャン達の獣道が必ず捕獲できる退治のポイント。
ってただ単に我が家にゴキブリが多いだけなのかしら?
食べ物をそのままにしちゃう老人って存在が理由なのかなぁ。
そう言えばって義父が放置した小鍋を確認すると案の定蓋もしないまま。
落とし卵の入った味噌汁が台所にあるってこれじゃゴキチャンを大歓迎してるとしか思えないぞ。
類友だから1日中暇にしてる義父がゴキチャン担当になればいいのに。



2002年05月12日(日) ■
母の日のこと

8時45分集合で子供達はスカウト活動。
持参するオニギリを作ろうと朝早く1階に降りてビックリ。
リビングのストーブの前に義父が死んだように横たわってたから。
しかもストーブは点いてる状態。
ここ数日具合が悪くて咳をしたり食が進まなかったのは知ってたけど今朝は不気味。
生気が感じられないって言うか正に疫病神って様相で。
結局その場は急いでたこともあって無視して台所に向かっちゃったけど気持ち悪いったら。
で、オニギリも水筒も用意よし。
子供達もさっさと準備が整ってって言いたい所なんだけど
ギリギリまで必需品の名刺の制作をしてるし今朝も出かけるまで大騒動。
最低10枚用意って指示なんだけど1枚でも多くって粘ってるんだから。
一刻の猶予もないから焦ってるのに旦那ったら子供達に召集をかけて。
「母の日のプレゼント」って手渡されたヴィトンの袋は有り難かったけど
本当に開封する余裕すらないから子供達が出かけるのが最優先。
送り届けて落ちついて確認。
旦那が選んだ赤いエピのキーケース。
でもそれに浸る間もなく義母へのプレゼントの用意。
実家の母は週末留守って言ってたから予め水曜日着でバラの花を届けてあるからOk。
義母用のは某社販の日替わり特価で1枚500円って品物を購入してたはいいけど包装してなくて。
オレンジ、赤、白って色違いの3枚を丁寧に小さく筒状に畳むと
両面テープを使って綺麗にリボンをかけて。
適当な空き箱が見つからなかったから透明のポーチに入れて。
そのまま義母に手渡したら結構喜んでいたような。
安価でもアイディア次第で素敵なプレゼントができちゃうって見本みたいだわ。
ってそれだけでもよかったのに
旦那ったら今日から始まった大相撲の千秋楽のイス席のチケットをペアで渡してた。
どうせなら27日が誕生日だから「早めの誕生日プレゼント」って渡せばよかったのに。
今日渡しちゃったら当然母の日のプレゼントって思われちゃう。
でも26日は義父母揃ってお出かけってことだからちょっと嬉しかったりして。
しばらくすると義妹から義母宛てのアレンジメントの宅配あり。
義妹より遅れるとまた何か言われかねないからタッチの差で間に合ってよかったぁ。
で、子供達の今日の活動は市内のカブ隊が一堂に会してのラリー。
約100人以上がチーム毎に分かれてポイントラリー・宝捜しゲーム・クイズ。
次男が隊旗を振り回したり迷子になったりで大変だったみたい。
チームとしては表彰されるレベルに到達できず。
でも用意していった名刺交換のゲームでは次男の名刺が表彰され豪華景品をゲット。
長男他チームメイトからはブーイングの嵐だったみたいだけど本当に上出来だったんだもの。
他の団の人達と交換した名刺も見たけど次男の方が丁寧にできてたし・・・って親バカ気味。
子供達の活動中は私もリフレッシュする為に美容院に行ってたし。
で、帰宅してから義父以外はお出かけすることに。
買い物して外食。
今朝のプレゼントが効いてると見えて夕食は義母がご馳走してくれたけど。
それにしても義父ったら何日も前から怪しい咳をしてるし大病じゃないといいんだけど。
疫病神が住み着いてる例のCMを思い浮かべちゃうぞ。



2002年05月11日(土) ■
学童行事の日

昨日の授業参観の合間に行われた眼科検診でピンクの用紙を貰ってきた長男。
時々痒がって目を掻いちゃう長男は検診前にも手で掻いちゃってたらしい。
ってことでピンクの用紙に記された内容は「アレルギー性結膜炎」
来月からの水泳授業が始まる前に治癒したとか要観察とかって
何らかの医者の診断を持ち返らないとプールには入れないから早急な対応が求められて。
私も中学時代に同じ病名を頂いたことがあるから遺伝かもしれないけどこれは内緒。
で、今日は朝一番でいつも通ってる目医者さんを目指す。
昨日のうちに予約したかったけど昨日は眼科がお休みだったから待つのを覚悟で今日。
長男を送り届けたら私は帰宅しちゃおうかなって思ってたんだけど
様子を見たら予定時刻なんかを伝えにくるはずだった長男がいつになっても伝令に来なくて。
診察には本人1人で行ったけど結局私も2時間半近く車の中で待ちぼうけだったし。
路上駐車だから途中何度か様子を覗いたけど頻繁に長時間離席することもできず。
で、診察が終わって本人に聞くと結果はOK。
所定の用紙にも「要観察」「プールにも入れます」ってあって一安心。
でも次は薬局かと思って「目薬は?」って聞くと「必要ない」って。
せっかく来たんだから痒い時専用の点眼液を貰って帰らなくちゃ。
ってことで再び病院内に引き返して処方箋待ち。
当然薬局でも待つ事になって結局終わったらお昼近く。
12時半から学童の保護者会&終了後には学童の親子行事が待ってるから昼食を買って帰って。
で、学童の保護者会。
先生からの話があってから保護者が子供の様子を伝えて第1部終了。
その段階で予定を30分も超過。
子供達は予定時刻通りに親子行事の為に体育館に移動して。
でも第2部に当たる父母会ってのが結構面倒で。
3月末の保護者会で会長他主要役員は決まってたんだけど
それぞれの行事担当責任者を決めなくちゃいけないから。
会長ったら子供達が待ってるのなんか気にしないで
先生に「遅れた分しっかり45分もらいます」なんて言ってるし。
私が配属された行事責任者が真っ先に決まったから体育館に向かってもいいのかって質問にも
即答はせずに「行事は先生なので」っていい加減にしろよーって感じだったし。
もっと積極的に進行してくれないと年度内に爆発しちゃうかも。
そんなこんなで体育館で親子行事。
4チームに分かれて尻尾取りをしたり腹巻きリレーをしたりドッヂボールをしたり。
その足で子供達のプールに行かなくちゃいけなかったのにギリギリまで遊んで。
プールに行って学童に忘れ物を取りに戻ってって慌しくて。
で、学童って6時に閉めちゃうはずだから急いで向かってるんだけど道路は大渋滞。
市民会館で何か催し物があるんだろうけど本当に遅々として進まないし。
ってな具合で今週末も大忙しでしたわ。



2002年05月10日(金) ■
授業参観の日

子供達の学校の授業参観日は毎回1日通してってパターン。
毎学期1回ずつ開催。
去年までは3回のうち1回は土曜日開催で働く親にも助かってたのに。
今年度からは学校も完全週休だから授業参観も平日に移行しちゃって。
で、仕事の関係で休みの都合がつかない金曜の今日が今学期の参観日。
とりあえず旦那に遅目に出勤してもらうことにして朝の数校時は旦那の担当。
私は午前中の仕事が一段落したらダッシュで学校に向かうことにして午後半休。
ってな段取りだったのに実際はちょっと違ってたみたい。
当然のように関与してたのは義母なんだけど。
予定通り1時間目が始まってしばらくした9時頃参観に向かった旦那。
2人の子の1〜2時間目を交互に参観。
長男が音楽とか社会科の授業で誉められてるのを見て「後でご褒美」って囁いてったらしい。
旦那ったら本当に甘いんだから。
旦那から引き継ぐ形で義母が参観。
昼食後のお掃除タイムに到着した私とは遭遇しなかったけど
次男の教室の廊下に参観した時間に○を記入する用紙が置かれてたからこれで確認できたし。
午後の時間は2人とも1時間。
2時半からPTA総会が行われるから何だか慌しく授業も終了するような形になっちゃって。
長男のクラスは特活。
体育館で5月の誕生日と称するお楽しみ会でキックベースボールとかの遊びの会。
次男は国語の授業で冒頭に漢字テストが行われてその後は音読。
グループ毎に音読の発表が行われて相互に評価するって形で。
次男達の音読後にコメント欄に「感じが出ててよかった」とか「大きな声でよかった」とか
次男を評価してた人も多かったけど授業に遅れたから減点って印象。
帰りの会まで参観。
次男と一緒に下駄箱で長男を待ってたけどいつまで経っても長男ったら。
次々校門に向かう同級生に長男の消息を聞くと「先生に怒られて泣いてるよ」って。
しばらくして涙目の長男登場。
「体育館のギャラリー部分から飛び降りて先生に怒られた」「来週は体育館に入っちゃいけない」って。
体育館の周囲を巡る高さ3m超の手すりからマット目掛けて飛び降りたらしい。
「無事着地できたからよかったけど下手したら首の骨が折れて死んじゃうんだぞ」って。
無謀な行動だから怒られて当然。
旦那は長男を評価して帰ったって言ってたけどこれまた当然のように大きくマイナスで。
で、我が家に着いてビックリ。
玄関先に私が日々目にする物が置き去りにされてたから。
私達が2階のトイレで使ってる可愛いパグの絵のついた緑チェックのスリッパ。
朝までとは様相が違ってスリッパ裏面に砂が付いた様子からこれで参観に及んだことが伺えて。
旦那はそのまま出勤してるはずだし学校のスリッパを利用する人だからこれは義母が犯人だわ。
それにしても何でトイレのスリッパなのって疑問。
私は学校行事用ってことで折りたたみ用のを常備してるんだけど義母ったら毎回その場限りなんだし。
旦那が許可したのかもしれないにしてもトイレのスリッパとは感覚を疑うって。
同じパグの新しいスリッパだって買い置きしてあったんだから電話で聞いてくれたらよかったのに。
私としてはこのスリッパを洗って再び使うのはご遠慮申し上げるって。
さらにリビングに入ってビックリ。
「503通信」と題した長男のクラスの学級通信で今日の授業参観内容なんかが記されてる。
1時間目と2時間目はどっちも移動教室だから旦那が学級通信には触れようがないし
これまた義母が持ち帰ったんだろうけどその辺に置き去りにしてあるだけで
私へのコメントは一切なし。
義母が張りきって学校に出向くのは分かるけどとっても迷惑だぁ。



2002年05月09日(木) ■
野菜室

連休も終わって一段落。
そう言えば某TV鑑定団のオークションの入札期限って今日が最終日だったような。
私の目を釘付けにした例の78万円の宝飾品。
放映直後はどんな風に自己アピールしたら落札できるかなんて考えてたのに
1ヶ月の期間があっても結局これって言う入札動機が思い浮かばなくて放置されたまま。
で、いよいよ最終日のはずの今日申し込まなくちゃって思って
お昼休みの時間を利用してチェックすると
悲しいかな「締め切りました」って赤字が目に飛び込んできて。
9日が締め切りってことは記憶に間違いがないはずだからもしかして正午までだったのかな。
ってことで例の宝飾品は私とは縁がなかったってことで。
当たって砕けた諦めとは別の意味での諦め。
どっちにしても放映時点では楽勝って思ってた78万円って金額。
その後の買い物三昧でかなり残高が厳しくなってきてるから買わなくて正解だったのかもしれないし。
とりあえず夢は幻と消え去ったしー。
長男の夏季講習の費用が11万円とかってお知らせも来てたから
必要なお金がどんどん飛んでいくって現実からは逃れられないってことかな。
で、現実的と言えば明日は可燃ゴミの日。
夕食の準備に冷蔵庫下段の野菜室を覗くといつも以上に悲惨な状況。
暗黙の了解で左半分に私、右半分に義母の野菜が保存されてるんだけど
義母の野菜は何とも生鮮さに欠けている。
って言うか見るからに連休前に購入したのが明らかなだけじゃなくて
物によっては干からびちゃってるのさえあるし。
このまま放置しておいても腐っていく一方だから義母には内緒でゴミ箱へ。
それにしても出てくる出てくる。
当初の半分ほどの細さになったインゲン豆、切り口の色が変わった大根、
フニャっと怪しげな感触に近づいた人参とかキュウリ、
黒く変身したレタスとかほうれん草とかキャベツと言った葉物。
しかもレタスなんか必要もないのに2個も存在しちゃって。
こんな野菜群達と一緒に私の野菜も暮らしていたのかと思うと悲しいし。
スーパーのビニール袋がいっぱいになるくらいの野菜をゴミ箱に招き入れて。
私が処分しなかったら義母はそのまま使うつもりだったのかしら?
そう言えば連休中に実家に帰った時に弟から聞いた話。
弟ったら4月の異動で高齢者福祉課って部署でケースワーカーをしてるからお年寄りネタには事欠かない。
つい先日も遺産を30万残しただけのご老人がひっそり亡くなっちゃったから
限られた予算でお葬儀の手配からお骨拾いから全てを担当したって言うし。
で、弟曰く「年寄り世帯の家に行ったら出された食べ物は危険なんだよ」
「さあどうぞ」って言われた茶菓子にカビが生えてるなんて普通のことなんだって。
賞味期限切れなんて当然だって言うしこれが日本のご老人なのねー。
ってことは冷蔵庫に諸々の物品が眠ってる我が家でも義父母は老化の一途ってこと?
ボケないようにしてもらいたいんだけどなぁ。



2002年05月08日(水) ■
足止め

いつものように6時退勤。
乗り換えもスムーズにこなしこの分だと帰宅は7時過ぎ頃かなって。
旦那が早めに帰宅してるはずだから夕食準備も楽勝だし。
ってな甘い考えを抱き始めた1個手前の駅で突然のように電車が停車。
「八王子駅で沿線火災がありました。中央線は上下線ともしばらく停車します」って第一報。
座ってたこともあってとりあえず気長に待つことに。
当然停車の第一報でタクシー乗り場に向かった人々も多数。
状況がわかり次第順次車内放送。
「中央線は沿線火災の影響で電圧が下がって運転できません」
それでもまだまだ待っててもいいかなって甘い判断。
「横浜線は架線が切れて運転を見合わせております。
○○方面にお急ぎの方は立川から南武線で迂回してください」っていい知らせは一切なし。
そんな事言われたって上下線とも動いてないから立川にさえ行かれないのに。
とにもかくにも静かに事態を見守って。
沿線火災って言うくらいだから早急な復旧は望めないのかもしれないけど。
とりあえず旦那にもお知らせ。
冷蔵庫に眠ってるマグロの賞味期限も気になってたし何時に帰れるか分からないし。
その時点ではまだまだ楽勝かと思ってた。
でも事態は悪化する一方。
私の乗っていた電車の出発を待って後続となるはずだった電車はこの駅が終点となった。
降ろされた全ての乗客がこっちの電車に流れ込んできて。
で、何分か置きに旦那から「どう?動きそう」って電話連絡も入ってたし
諸々の相談をしてたんだけどそんな電話の最中に「この電車も車庫に入ります」って放送。
ついに私達も電車を下りざるを得なくなって旦那が「迎えに行くから」って。
終点となったこの駅にはとにかく人が溢れちゃって。
大勢の乗客が怒りで詰め寄る中、駅員さんが懸命に迂回コースを説明したりで大騒ぎ。
駅員さんに怒りの声をぶつける人も多くってそれはそれは凄い混乱。
振替えの切符を貰うと徒歩20分の私鉄の駅に向かう人やら
駅構内から出てる振替えバスに向かう人と様々で。
駅の電光掲示板には「沿線火災のため上下線とも運転見合わせ」って
八王子を拠点としたいくつかの路線が動いてないって示されてて。
でも構内全体へのアナウンスはなし。
電車から降りた人は状況を理解してるけど
これから乗ろうとしてた人は何があったのかすぐには飲み込めない様子。
ましてや「今度の高尾行きは11時50分前後です」なんて文字が流れてるものだから
「今日は帰れないぞ」なんて悲鳴とか泣き言も聞こえてくるほど。
私でさえ「何かあったんですか」なんて聞かれちゃったし。
って私がかなり冷静な顔色だったってことかもしれないけど。
駅員さんの指示を待つ人がほとんど。
携帯で最終電車を確認する学生さんなんかはまだいいけど駅の時刻表なんか誰も手にしないし。
大泣きするぐらいなら自分から道を切り開けばいいのになぁなんて。
どうすることもできないけどごった返してる駅では詳しい状況が分からないから
八王子警察に「分かったら教えてください」って電話して火災状況を聞いちゃった私。
やっぱり詳しいことは分からなかったにしても鎮火していることは確からしい。
そうこうしてるうちに旦那から近くに来てるって電話。
でも迎えの車とかバスで渋滞してるから駅から離れた場所まで歩いて来いって指示。
6時49分に全面停車してから1時間半経ってようやく当該駅を脱出して。
やっとのことで帰宅したのは8時半。
旦那が帰宅していたから迎えに来て貰えたから不幸中の幸いなんだけど
旦那がいなかったら延々バスを待つかさもなくば自宅まで歩きだったかも。
夕食の仕度は義母がしてくれてたから助かったけどこんな火災は金輪際お断り。
11時50分と流されてた電車の運転再開は懸命の努力で9時頃だったらしいけど。
帰宅ラッシュの時間帯だったから相当の人が被害を被ったんだろうな。
架線が切れちゃうなんて滅多にあったら困っちゃうけど。



2002年05月07日(火) ■
お宝?!

連休明けの出勤&登校。
子供達も寝坊するでもなく何気なくいつも通りの朝が戻ってきた。
連休中は好天に恵まれたのに一気にお天気が崩れちゃったのが悲しいけど。
雨降りだし最高気温が15℃にも満たないこの寒暖の差の激しさったら。
で、こんな雨の中長男は学校にバケツを持参。
バケツ稲栽培の為に15〜20Lの物を今日までに持参するようにって学校からの指示で。
先週末お天気のいいうちに持たせようと
指定の大きさの物を求めて家中探したら味噌の入ってた物が適切じゃないかって。
でもこの入れ物は嘘か真か義母が漬物に使うからって却下。
少し小さめの使い古した物を金曜日に持たせようと思ったら今度は「連休中に買ってくるから」
結局今日持参したのは100円ショップで新規購入したバケツ。
稲の栽培に取っ手は邪魔だしその為に新しい物を使うなんて基本的に反対なのになぁ。
私の方針にことごとく横槍を入れる義母にはウンザリ。
それはそうと出勤した私は久々にオークションの画面を見てビックリ。
4月27日の巨人戦で入手した原監督の首振り人形が売りに出されてるし
何個か出されてる何れもが8500円なんて高値がついちゃってるんだもん。
家族4人で1個ずつ貰ったから我が家にはそれが4個も存在してる。
ってことは単純に5000円と見積もっても2万円?
早速旦那に電話でオークションにかけちゃおうかって提案。
あの人形は27日の巨人戦に1万個配布されたものなんだけど本当に限定で作られたものらしい。
旦那は「巨人が優勝するともっと値段が上がるぞ」って皮算用。
いつものように帰宅時に駅から合流した長男と歩きながら伝えると「じゃ僕の分売って」
「B指定チケットってママが買ったから全部ママのじゃない?」って言うと
今度は「じゃ3700円はママに上げるからそれ以上は僕の儲け」ってかなり計算高く。
もちろん帰宅後義母に伝えたら巨人ファンの義母ったら驚いて喜んで。
「そんなことなら一層大切に扱わなくちゃ」って現金な義母。
で、家用にって開封してTVの上に飾ってあった原監督を確認。
10134分の何番ってしっかりシリアル番号が入ってたわ。
一緒のゲートで貰った物でも番号はバラバラだろうって思って
箱のまま飾ってあった旦那の部屋の監督を確認。
丁寧に箱から出して底の番号をチェックすると3323って番号。
どうせなら3333とかって番号だったらもっと希少価値だったかな。
眠ってる残りの2個は番号確認もせずにそっとしておいてあげたけど。
箱入り監督をいつ売りに出そうかなぁ。
って今日は首位の阪神とゲーム差なしまで肉薄した巨人軍。
もしかしたら旦那の言うように優勝を待ったらお宝になるのかしら。



2002年05月06日(月) ■
連休最終日

黄金週間も今日が最終日。
土曜日のスイミングお休みとばかり思ってたけど
今日になってカレンダーを確認したらプールのお休みは1日から3日までの間だったし。
振替えするには前日までに連絡しなくちゃいけないのに連絡してないから
当然今日は泳ぎに行かれないってことで土曜日分はオサボリ。
今日の午前中予定されてる長男の塾の公開模試も本人は明日に振替えって言ってるし。
今日も特段予定はなし。
でも連休中の宿題が残ってるから最終日に追い込み。
長男は学校の宿題は算数プリントだけなんだけど塾の毎日の課題が残ってる。
前回の提出日に残り勉させられたから何としても次回提出の日付分まで終わらせなくちゃいけないし。
って本来は毎日コツコツやるべきなのにまとめてなんだから。
長男は「1人でやるから見ないで」って。
でもちょっとだけ計算を解く様子を見ていたら簡単な問題で躓いてるからしばらく監視。
見張られてるのは嫌だったみたいだけど何が間違いだったかを理解したら次々正解。
間違ったまま勉強してても進歩はないから
時々は目を通してあげなくちゃいけないってことかな。
で、次男の方は学校の宿題&次の日曜に行われるスカウト活動に必要な名刺作り。
宿題は「見つけたよカード」
A4程度の用紙に絵と文で家周辺の様子を書き記していくのが課題。
一口に周辺って言っても何にしたらいいのかって。
結局庭のバケツに飼育してるおたまじゃくしを題材にすることに決めて。
でもおたまじゃくしを観察してばかりで一向に進む気配なし。
今日中に仕上げなくちゃって焦ってるのに「23匹のうち手が生えたのが・・・」って。
で、そんなこんなしてるうちに旦那が「買い物行こう」って例の調子で。
子供達の宿題もあるからって躊躇してたんだけど母の日のプレゼント送付には今日しかない。
ここ数年の慣例通りにバラを送ることにしてたから。
アウトレットに隣接されたちょっと大きめなお花やさん。
最初は鉢植えされたバラから選択しようかと迷ってたんだけど
お花やさんと相談するうちにいい苗木を選んだ方がいいですよって鉢なしに決定。
根本から3本に分かれる枝振りの病気とは縁がなさそうな綺麗な花のものを選んで。
数年前に送ったバラも実家の母の丹精で毎年花を楽しんでるみたいだから
今までの色と重ならないようにまずは黄色。
で、鉢に入れないって決めたらやたらに安上がりになっちゃったから旦那の提案でもう1種。
白い美しいバラも相談しながら選んで明後日着で宅配依頼。
義母への贈り物は先日のバーゲンで買い求めてあるからとりあえず母の日用はこれでお終い。
夕食の買い物をして帰宅。
結局子供達のって言うか次男が宿題に手間取って就寝が遅くなっちゃった。
寝ないでバタバタしてた子供達を私と旦那が交互に叱ったら
義母が子供達の面前で「怒るだけじゃいけない」って私達を否定する発言。
子供の前で親の方針を否定されちゃうってとっても辛いことなんだけど干渉のし過ぎだぞ。



2002年05月05日(日) ■
こどもの日のこと

携帯アラームが鳴り出す6時半にならない早朝から母の車が実家を出発した。
もちろん目指すは私のお土産となる餃子の買い出し。
昨日食べに行ったついでに店員さんからお土産用の餃子購入のリサーチしてきたんだもん。
9時売り出し開始だけど5時過ぎから行列ができちゃうから8時頃行っても買えない場合があるって。
ってことで母はいつもより早起きして家事をこなすと買い出しに。
ひたすら待って後は普通の買い物だから8時頃のそのそと交代要員として私が参上して。
母の順番は7番目。
同じ時間を過ごしたオバサマ方とすっかり打ち解けて世間話なんかしてたけど。
で、8時から9時までの1時間を待つ間に徐々に行列は伸びてって
販売開始時には優に50人は過ぎてるしひたすら待ち人の列は伸びていく。
昨日店員さんに連休中だから特に混雑してるって聞いてたけど
本当にこれじゃ全員購入は無理だろうから途中で打ちきり間違いなし。
ようやく売り出しスタート。
もちろんこの時点で職人さんたちは餃子作りに没頭してるし売りに出されるのは冷凍餃子だし。
列の先頭から誰もが購入限度いっぱいの500個。
と思いきや常連らしきおばちゃんなんて見た目にも500個以上買ってるし。
どうやら周囲の話だと毎日来ては横流ししてマージンを儲けてるんだって。
2番目に並んでたおじさんに「箱の方がいいよ」ってそのおばちゃんが指示したら
「煩い。黙ってろ」って疎んじられてたから結構な有名人だったりして。
私の順番が来て20個入りを10個と30個入りを10個のジャスト500個購入。
で、次の人の順番なんだけどその人ったら最初は並んで順番取りをしたけど
途中からいなくなっちゃったから後ろの方の人に「買ったらぶっ殺すぞ」なんて言われて。
たかが餃子の買い出しなんだけど様々な人間模様を垣間見たような感じ。
で、実家に戻ると餃子の分配。
とにかく1時間以内に冷凍庫に入れるか発泡スチロールに入れなくちゃいけないから
速攻で市内に住む妹と弟にも声をかけて。
って限度いっぱいの500個買うからには母の頭には最初から兄弟で分配って。
我が家に持ち帰りする180個を箱詰めして残りをそれぞれに小分けして。
で、餃子が目当てじゃなく私達と遊ぼうと妹一家も弟一家も大集結。
末弟の所は夫婦とも仕事で来られなかったけど兄弟姉妹が集まって実家は大混乱。
柏餅やらお赤飯を持ち寄った兄弟もあって子供の日に相応しいって言うか本当に実家は賑やかで。
子供軍団はプラレールやら何やら喧嘩しながらも楽しそうに遊んでるし。
お昼を過ぎて帰宅って言っても従兄弟達はまだまだ遊び足りなそうだったもん。
一団が帰ってから遅目の昼食を取って午後から近所のスーパーへ。
子供達ったらこどもの日イベントの的当てでたくさんの景品をゲットしたり
ゲームコーナーで遊んだりそれなりに楽しんでたみたい。
夕食を食べていよいよ帰宅。
Uターンラッシュのピークが分からないけど8時半頃実家を出発することに。
今夜のお風呂用にって母が庭先から菖蒲の葉を切ってきてくれて荷物の積み込みも完了して。
で、思ったほどの渋滞もなく10時40分には自宅に到着。
帰宅すると義母がこどもの日だからって子供達に1本ずつ卓球のラケットのプレゼント。
ってつい先日長男用のは買ったばかりなのに。
当然長男ったら「2本はいらないよ」って。
次男だって恐らく使う機会なんかないはずなのに。
義母ったら私達の帰宅を明らかに快く思ってないみたい。
手にしていた菖蒲の葉を見るなり「買っておいたのに余計なことをしちゃったわね」ってご挨拶。
全く帰宅するなりこれじゃあねぇ。
子供達の入浴は当然のように菖蒲湯。
でも旦那ったら義母を気遣ってスーパーで購入した方の菖蒲を使ってたわ。
実家から持ち帰った菖蒲の方が新鮮でいいって思ってたのに何だかとっても悲しいわ。



2002年05月04日(土) ■
行列

実家生活2日目の今日は弟一家とアスレチックの日。
母が作ってくれたオニギリとおやつと必要な諸々を携えて実家発。
目指す公園まで私鉄で1駅なんだけどさほどの距離じゃないから母子3人歩きながら。
弟の家は公園の最寄駅だから弟宅で合流することになってるし。
それにしても安くて近くて家族みんなで楽しめる公園だけあって
実家から見える県道は公園を目指す車で大渋滞。
数日前のはなまるで紹介してたけどその影響もあるのかなぁなんて。
公園が近づくと駅から公園まで歩く人たちが加わってさらなる渋滞。
弟一家と一緒にアスレチック場に到着すると今までに見たことのない行列。
入場券売り場までTDLばりにロープが張られて入場を待ってる状態で。
実家に帰る度にアスレチックを庭代わりに動き回ってる子供達はもちろん
弟も私もこんな行列にお目にかかった経験なんてないんだからそれはそれはビックリして。
とりあえず入場制限って事態だけは免れて無事入場。
義妹にあたる弟の奥さんは洗濯物の途中で遅れて来ることになってたから
子供達を水上コースに送り出すと年中の姪と2歳の甥と一緒に弟と私が行動。
どの種目もとにかく行列で順番待ち。
子供達なんていつもの感覚で「5分で水上コース回ってくるからねー」って言ってたけど
とにかくそんなの無理な話だし。
水に落ちてびしょ濡れだった洋服も待ち時間とお日様のおかげで乾いちゃってたし。
正午を回って空腹の姪達は一足早くオニギリタイム。
海苔が苦手と言ってた姪も動き回ったからしっかりオニギリ食べてたし2歳の甥もペロリ。
私の荷物は徐々に軽くなるからいいけど義妹の予定では幼児達は自宅に戻って昼食だったらしい。
子供達の食い扶持となるオニギリが3個も減っちゃって。
それにしても子供達ったら糸の切れた凧みたいにちっとも姿を現さず。
広い会場に3つのコースだから探すのも大変だし場内放送でお呼び出し。
しばらくして所定の位置に子供達が戻ってきてオニギリとか購入した焼き蕎麦を食べたりして。
で、子供達の言う事には場内で中学生にいじめられたらしい。
並んで待ってる所に割り込みした中学生を指摘したからってパンチされたりしたって。
誰もが見て見ぬ振りだったって言うから勇敢なんだけど
その場で係りの人を呼ばなくちゃ対応してもらえないよぉ。
やられ損で重傷を負わなかっただけ幸いかもしれないし。
昼食後にまた少し遊んだけど子供達は事件もあったしかなり満たされない気分。
でも楽しみはまた次のチャンスってことで3時過ぎに退散して。
帰宅してすぐ子供達は入浴&着替え。
で、今夜の夕食は何にしようかって段取り。
子供達はピザが希望だったんだけど連休中で予約は無理だから諦めて餃子ってことに。
ここの餃子ってTVで紹介されるほどの美味しさで凄い人気。
餃子と漬物と飲み物しかないって不思議なお店なんだけど口コミって凄いかも。
6時頃お店に到着すると店内での飲食は4時から6時半注文に限られてるって看板。
間に合ってよかったって感じだけどとにかくここでも行列に並んで待つことしばし。
ようやく注文したのは時間制限ギリギリ。
2人前40個って餃子なんだけどどのテーブルも人数以上の注文。
来る前に少し食べてきた私達は控えめに40個の注文だったけど。
お土産の餃子は味わった事のある子供達も作ってる現場で食べる餃子に大感激。
旦那の注文もあって明日は早朝からこの餃子の買い出しってことになりそうです。



2002年05月03日(金) ■
憲法記念日のこと

今日から暦は4日続きで赤。
子供達のスイミングも塾もお休みだし特段予定がないから久々の実家行き。
旦那は1人知人を訪ねて1泊2日の仙台だって言うし
私達も思いきり羽を伸ばしちゃおうって計画して。
私達がいないと旦那が好き勝手し放題ってのはいつものパターンだし。
で、今日から連休なのは私達だけじゃなく世間一般どこもかしこも。
同様に連休となる八百屋さんの昨日の全品半額に運良く遭遇したから
実家へのお土産はスイカと温室みかんとびわ。
丸ごとのスイカでもよかったんだけど昨夜のうちに半分に切り分けて我が家でも味わって。
本来なら結構なお値段になる初物尽くしだけど菓子折り程の金額で済んじゃって。
ちなみに八百屋さんの半額でゲットしたのはキャベツと福神漬けと梅干とオクラとグレープフルーツ。
日持ちのしない果物の類が真っ先になくなるとみんな野菜を目指してたから
私はその間に漬物コーナーを漁ってたんだし。
で、昨日私が休みだったこともあって旦那ったら夜中の出発を提案。
当然渋滞を心配しての提案だけどこれには実家の両親から反対の声。
できるだけ早めの出発って思ってたけど結局自宅を出たのは9時過ぎだったし。
我が家で不要となった大量のプラレールも積み込んで出発。
大きな新幹線が2台と大きなトーマスも存在したし線路やら車体もたくさん。
宿泊荷物より玩具を運ぶのに疲れちゃったほど。
自宅で眠ってるより再利用してもらった方がありがたいにしても半端じゃない量。
で、中央道〜首都高〜常磐道を経て一路実家へ。
中央道は下りじゃなく上りだったから混雑はなかったけど
首都高から常磐道は下り線となるから当然のように渋滞。
トイレ休憩は1回のみ。
途中で車酔いした次男には車中の袋に処理させちゃったし。
結局実家に到着したのは12時半頃で子供達は腹ペコ状態。
急いで実母の用意してくれた昼食を食べた後は午後はのんびり。
子供達ったら従兄弟達にあげるつもりで持ってきたプラレールを喜んで広げてたりして。
自宅じゃ大量のプラレールを広げる事ができないし
ましてや義母が片しちゃって久しぶりに対面したものだからそれこそ真剣に線路を作って。
やっぱりプラレールって男の子にとっては永遠の存在なのかな。
そんなこんなで夕食時。
実家の両親ったら久々に里帰りした私達に精一杯歓迎の意を示し外食しようって。
連休明けに健康診断を控えてる父は「自分はいいから行っておいで」って。
両親が提案したお寿司やさんは値段の割りに私好みの味じゃないからお断り。
市内に新しくできた回転寿司を母が教えてくれて結局ここに。
回らないお寿司やさんと比べても遜色ない感じだったけどイマイチ威勢がよくなかったかな。
お土産のスイカを食べて平和な実家生活1日目は終了です。



2002年05月02日(木) ■
遠足の日

昨日までの天候不良が嘘のように遠足日和の朝。
子供達の小学校では3・4年生一緒に高尾山。
ってことで私は早起きして次男のお弁当作り。
早起きした分今日はお休みだから後々のんびり過ごせばいいんだし。
今日のお弁当も定番の唐揚げやら卵焼きやら特段変わり映えなし。
畳める箱だと持って行く時に嵩張っちゃうから2段のお弁当箱におかずとオニギリを分けて入れて。
いつも通りに起きた次男も慌てて準備。
お弁当と水筒以外のお菓子とかシートとかしおりとか必需品を確認しながら。
で、8時15分集合厳守だから長男を待たずに一足早く登校するって次男。
道草しないで登校すれば長男と一緒にいつも通りの時間に出ても間に合うのに。
とにかく気持ちが急いていたのか一刻も早く出かけたかったらしい。
出かける前に持ち物の最終チェック。
旦那と私とで空模様を眺めつつ天気予報と相談して雨具を入れなかったのに
1歩外に出た義母ったら「やっぱり雨が降りそうよぉ。何か雨具はぁ?」って
結局重いカッパがリュックに加わったりなんかして。
で、私が気になってたのはしおりに記載されてたグループ毎の目印の紐って存在。
次男の「忘れないように学校に置いてある」って発言を信じて送り出して。
でも集合の8時15分まで後10分って時になって我が家に次男が飛び込んできて。
「目印の紐忘れちゃったよぉ」ってやっぱり。
どうやら通学路でお友達のリュックに紐が結ばれてるのを見て存在を思い出したらしい。
途中でリュックを投げ捨てて走ってきたらしく身軽な装いで。
慌ててランドセルを確認すると連絡帳の中にしっかり保管されてて。
焦って登校せずにゆっくり確認してから長男と登校した方がよかったのに。
とにもかくにも集合時刻まで10分を切っている。
でもこんな時は私の出番じゃなくお世話したがりの義母の出番。
あれこれ指図しながら自転車で送り届けるって。
母である私は傍観者。
途中に落としてきたリュックはお友達が校庭まで持って行ってくれてたみたい。
紐だけを持った次男も無事に集合時間に間に合って。
義母の話じゃそんな時間にのそのそと登校してた4年生もいたってことだから
1番ビリでもなかったのかな。
校庭でリュックを背負ってグループに合流して。
で、遠足は無事終了。
下車駅から近い人は学校まで戻らずに帰宅OKだから次男も途中で分岐して帰宅。
学童に行かずに遊べる日は滅多にないから
リュックを投げ捨てるとさっさとお友達と遊びに行っちゃったけど。
それにしても次男のリュックの重いこと。
中を開けるとおやつはすっかりなくなってるけどお弁当箱が2段のまま。
おかず入れは自宅を出た時とほとんど変わらず唐揚げ1個と他の何かが減ってるだけ。
早起きしてお弁当作りするんじゃなかったってちょっとガッカリ。
遊ぶのとかおやつを食べるのに一生懸命でお弁当は二の次だったんだろうな。
無事に行ってきたからいいけどさー。



2002年05月01日(水) ■
待ち合わせ

人によっては10連休となった今年のGW。
私の部署ではボスが海外出張だから上司の判断次第で連休の間もお休み可能。
でも上司ったら万が一を想定して完全閉鎖はせずに半分ずつの出勤ってことで。
まあこれは無難な出勤態勢。
上司から「お休みなし」って言われなかっただけ全然いいんだし。
昨日と今日が私で明日が上司って管理職グループは分散出勤。
他のメンバーももちろん分かれての出勤。
せっかく出勤しても職場は閑散としてるし出勤の必需性をさほど感じなかったのが事実だけど。
で、今日を一緒に過ごす同僚と相談して午前午後とワークシェアすることに。
上司にはもちろん誰にも知られちゃならない秘密裏の行動。
私の出勤は午後1時。
引継ぎを終えて同僚が午後退席って具合に段取りして。
もちろんお互いに出勤簿上は普段通りに出勤してるってことで。
で、いつもよりゆっくり目に出勤の準備を整えると私も出勤。
でもいつもの駅じゃなく中央線のもっと東京寄りを目指して。
ナイ○イ東京本社で行われる社販が目当て。
行けば買っちゃうのに懲りずにお買い物。
ナイ○イの入場券って今じゃ我が家にも送付されてくるけど
最初はどうしても手に入れたくて2000円も支払ってネットオークションで購入したんだもの。
子供のポロとか扱ってるからやっぱりチャンスさえあれば出向く方がいいんだし。
仕事を抜け出した旦那と駅で待ち合わせ。
10時開始だから早めに集合って予定だったのに私が遅刻。
そればかりか駅の出口を間違って旦那を20分近く待たせちゃったし。
で、無事合流するとダッシュで当該ビルを目指す。
正面玄関にはそれらしき買い物客の姿はなし。
でも係りの人に案内されるとビルを取り囲む人の行列に驚かされて。
外で待つことしばし。
ようやくビル内に案内されて会場入り。
所狭しと商品が並べられた場内は凄い熱気。
来週末の母の日用に日替わり特価となっている@500円のカットソーを3枚ゲット。
後はラッピングを考えれば義母への贈り物はこれで済むんだし極めて安上がり。
ついでに義父への父の日のプレゼントなんかも@1000円で買っちゃったし。
私が選んだポロシャツは却下されたから結局旦那が選んだベスト。
でも当然それだけじゃ収まらない。
細々と色々購入。
レジを待つ途中に目に付くようになってる傘売り場でもしっかり罠にはまっちゃったし。
欲しかったポロの傘とは言え最後に加算されて今回も6万円近く。
バーゲンの度にたくさんカード払いしてるから支払い月が心配だなぁ。
で、買い物終了後は予定通りに1時出勤。
恙無く半日の勤務を終えていよいよ明日からは連休です。