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普通の日記
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2002年01月31日(木) ■
怒り爆発

特段仕事上のトラブルもなく普通に6時ぐらいに退勤できるかもって思ってたのに
うなぎ上司ったら直前に「誰か6時半まで残ってくれる?」
当然誰も希望者なし。
上司は個人的飲み会の都合なのかとにかく先を急いでて。
管理職予備軍って言うか役職手当を貰ってる身としては嫌とも言えずお残り決定。
何の仕事もないのに6時半まで。
時間が来ると同時にダッシュで帰宅を急いで。
で、八王子駅に着くとすでに7時半を回ってる。
今から焦って夕食の準備ってのも慌しすぎるから手抜き作戦でお刺身にすることに。
デパ地下に急がないと買いそびれてしまう時間帯。
最後の値引きの時間帯だから残ってたらラッキーって感じで。
日によってマチマチだけど今夜は辛うじて残ってる。
甘エビとホタテとカンパチを選んで合計1200円ちょっと。
なかなか買い物上手だよねーなんて自我自賛。
帰宅して味噌汁作って母子3人で夕食を取って。
そうこうしてるうちに旦那が早めの帰宅。
旦那っていつも自宅で夕食を食べる習慣がないから食べたい時は自己調達。
今夜はマックのメンチを買ってきてたし。
いつものように洗濯物を取り込んで子供達を入浴させて。
で、子供達ったら私より先にお風呂から上がったはずなのに
いつになってもパジャマを着る気配すらなし。
タオルを巻いた裸の状態で漫画なんか見てるし。
旦那に伝えても無関心。
もういい加減にしろよぉって怒り爆発。
子供達には寝ないなら一晩中起きてなさいって宣言。
慌ててパジャマを着始めたけど隆之介ったら半袖シャツのまま。
毎晩パジャマを用意するのは隆之介の担当なんだけど口だししないと半袖なんだもん。
半袖で過ごせるほど健康ってことだけど端から見たら寒々しい。
私の怒りに気がついた子供達ったら慌ててパジャマを着て階段を上がってきて。
そのままベッドに直行って様相だったから再び「寝なくていいから」
子供達ったら焦って旦那の元に相談に行って。
もう1度「ママごめんなさい」
「折角急いでお風呂から早く出してくれたのに僕達・・・」
歯磨きもトイレも済ませてきてて寝るだけって体制だったから今夜はとりあえず勘弁したけど。
それにしたって私がこんなに忙しくしてるってのに旦那ったら。
「昨日も一昨日も早く帰って協力してる」って私は毎日なのに。
そんなことだから子供達に疎んじられるのよっ。
まあこれはここだけの話ですけど。



2002年01月30日(水) ■
入金

昨年2月からN塾に通塾中の隆之介。
中学お受験を目的にしてる塾だから本人に最適かどうかは謎だけど。
それでも放課後遊んでるよりはよっぽどマシだし。
4年生のカリキュラムは火・木で受講。
正規コースは月・金だったけど剣道と水泳と重なっちゃうから特別コースで通ってた。
で、新学年を目前にしていよいよ選択の時。
5年生の授業からはお試しみたいな火・木コースはなくなっちゃって
2課なら月・金、4課なら+水って決まってるから選択の余地がないんだから。
去年の2月から通い始めて前半はまだしも後半から成績は低迷中。
家に帰ってから一切勉強なんかしないんだから右肩下がりも無理はないんだけど。
ってことでこのまま続けることに疑問を抱いていた私。
でも先週塾の先生から電話を貰って週末旦那と私と本人とで意思の確認をして。
結局止めないで頑張るって。
本人が出した結論だからとりあえず尊重することに。
5年生からは夕食休憩を挟んで2コマだから8時過ぎまで塾で過ごすってパターン。
持参する夕食の手配なんかをどうするかとか詳細は定かじゃないけど。
旦那は義母に委託してもいいんじゃないかって言ってるけど義母の手抜き献立じゃ心配だし。
そうかと言って私は朝の作り置きしかできない。
塾に配達してくれるファーストフードは子供の健康の為に推奨できないし。
これは塾が始まるまでの課題。
とりあえず今日は心配を掛けた先生に2課で継続って連絡を入れて。
で、決定前だったから銀行落としの手続きを止めてたからお金の心配もして。
塾に現金を持参して話も聞いちゃえば一石二鳥かと思ってたのに現金じゃだめなんだって。
仕方なく帰宅途中にあるコンビニで振込み。
2月分の月謝に加えて前期分のテスト代とか教材費で合わせてン万円。
それなりの成果が現れないとこのお金は無駄な投資になっちゃうよぉ。
とにかく本人の頑張りに期待。
来週から塾の新年度開始だから教材なんかは明日にでも取りに行かせなくちゃ。
それでもとりあえず1つハードルは越えたって感じ。
受験生の母となるかどうかはまだまだ分からないけど。
それにしてもお金って次から次へと飛んでいくものだわぁ。
旦那の給与だけで賄ってないから何とかなってるけど子育てってお金の掛かるものなのね。
4人兄弟の私を育ててくれた両親には今更ながら感謝だわ。
とにかく子供達の為にも頑張ってお仕事しなくっちゃ。



2002年01月29日(火) ■
残業デーその2

昨日に引き続き残業の夜。
混沌としていてちっとも状況が読めなくて。
数時間後の予想さえつかないから待ってるだけの私達のイライラは募るばかり。
それでも夕飯の準備だけは抜かりなし。
うなぎ上司もさすがに連続して鰻希望じゃなかったから私の判断で中華弁当。
同僚達も充実した内容のお弁当に喜んでたし。
それにしても待てど暮らせど打開の糸口さえ見えず。
きむたんが情報網を駆使して最新ニュースを掴んでくれたのに
うなぎ上司ったら自分が知り得なかった情報だったから機嫌を悪くしてきむたんに八つ当たり。
女の子を泣かせちゃうなんて事態にまで進展しちゃったし。
結局11時半過ぎまでお残り当番。
とりあえず今日のお仕事は終了って思ってタクシーで帰宅。
乗った瞬間にタバコ臭いったら。
運転手さんが客待ちの間に吸ったらしい。
その車を拒否しちゃおうと思ったけど次の車を呼ぶのも面倒だから乗車。
でも臭いと運転手の対応の悪さで必要事項以外は無言のまま。
気まずい雰囲気が流れる車内で私は仮眠。
タクシーの運転手さんったら気を利かせてラジオなんか点けてくれるわけでもなし。
今日も12時半過ぎの帰宅だったし。
で、疲れた体に鞭打って深夜の洗濯物取り込みは毎度のこと。
残業って連絡を受けた旦那が早めに帰宅して私の負担を軽くしてくれてることは認めるけど
もうちょっと見える貢献って期待しちゃいけないのかしら。
子供達を入浴させただけで偉そうにされたんじゃ割りが合わないって。
私なんかいつだって帰宅後は休みなく働いてるのになぁ。
結局子供達の夕飯も義母任せだった様子。
で、就寝前に情報収集って思ってTVに目をやると何だかとんでもない事態。
数時間前に誰がこんな展開を予想しただろう。
外相&外務事務次官の更迭って文字がどのチャンネルでも踊ってた。
当然TVに釘付け。
1時過ぎには総理の会見なんかも始まっちゃって全然寝られなくなっちゃって。
一寸先は闇って言うけどこれほどまでに極端な展開を見せるとは。
でもそのままTVに齧りついてても新たな展開は期待できないから総理会見で一旦打ち切り。
入浴して疲れを癒してって思ったら義父も同じタイミングでお風呂場に。
22日から1週間ぶりの入浴だってのになんと言うタイミングの悪さ。
結局義父に先んじられたから入浴は諦めて就寝。
って義父の今月の入浴はこれで最後間違いなしだわ。



2002年01月28日(月) ■
残業デー

タクシーに乗って深夜の帰宅。
一体何だったのかって思うほど無意味な仕事。
滅多にないことと思えば諦めがつくけどそれにしても馬鹿らしいったら。
牛歩で採決そのものの進捗が遅かった時代よりはいいのかもしれないけど何とも前近代的。
それ以前の問題で本題にも入れないんだから。
おかげで12時過ぎまで職場。
1時を廻ってからの帰宅になっちゃったし。
で、当然と言えば当然だけどこんなお仕事の日は職場でお夕飯。
遅くなりそうな気配が漂い始めた3時ごろから上司ったら「うなぎだな」って決め込んじゃって。
上司の頭にはそれしかないのかって思うくらい毎回うなぎ。
正に何とかの1つ覚え。
5時15分必着でうなぎを注文。
こんな日は部署のセンスの違いで注文するお弁当も異なってくるからここは最悪。
今日もうなぎ。
上司は毎日毎食うなぎでも平気なのかもしれないけど私達はウンザリ。
同僚なんかうなぎを食べずに自腹で別のお弁当を購入してたし。
盗み見たきむたんのお友達宛てのメールには
「毎回うなぎは嫌だぁ」「野菜不足になっちゃうよぉ」って嘆きのコメントばかり。
全くうなぎ馬鹿って言うか迷惑極まりない。
で、私も冷めるのなんか気にしないでそのまま放置。
しばらくするとボスから「夕食そっちで食べるから」って指令。
私達の残業夕飯しか用意してなかったから急遽ボスの夕食を手配。
うなぎは裁いて焼くまで相当の時間が掛かるから仕方なくお寿司に。
当然自分の分も便乗して。
特上の1.5人前。
鮑もウニも入ってて断然こっちの方がよかったし。
うなぎを食べちゃってたバイトちゃんもきむたんも残念がってたわ。
膠着してる状態だと食べ物だけが楽しみだし。
結局何の動きもなく12時過ぎに解散。
9時過ぎから子供達から頻繁に「早く帰って」コール。
「宿題も終わったしお風呂はパパと入ったよ」「夕飯はおばあちゃんがカレーにしてくれた」って。
帰宅したら光太朗の予告通りTVは点けっぱなし。
私との唯一の接点となる子機は布団の上に散乱。
「ただいまぁ」って小さな声で囁くとうっすらと目を開けて。
で、1時過ぎだってのにベランダには洗濯物。
仕方なく寒空の下洗濯物を取り込んで。
私に配分されたうなぎを持ち帰ってたから冷凍保存すべく作業なんかも。
それにしても今夜の子供達ったらレトルトカレー。
文句は言えないけどちょっと不憫。
こんな不毛な残業はご免だわ。



2002年01月27日(日) ■
眼鏡

夕べから関東地方は悪天候。
嵐のように激しい雨と強い風。
でも家にいると義父母と摩擦が生じるのは確かだし今日も買い物の為の外出。
子供達は半分渋々だけど旦那の発案だから仕方なく。
旦那が購入を希望するのはスキーのバッグ。
他にも色々買いたいものもあるみたいで。
義父母がいないから時間の制約もなく当てのない旅。
あっちに行ったりこっちに行ったり。
途中雨上がりに虹を見たりしてちょっとしたドライブみたいだし。
で、結局気に入ったスキーバッグは見つからず。
夕方立ち寄ったお店で「眼鏡買い替えようかなぁ」って旦那。
今旦那が使ってる眼鏡は一昨年の誕生日プレゼント。
その前のみたいに凄く気に入ってるって訳でもなく旦那としては一時凌ぎのつもり。
暫定的眼鏡だからそろそろ本格的なのが欲しくなってきたってことらしい。
で、そのお店でちょっと気になるフレームを発見。
ブルガリのフレームなんてこれまで見たこともない代物。
旦那ったら一瞬にして虜になったらしく興味津々。
様々なフレームから今までの金色とは全く違うタイプを選択。
検眼して度が進んでないことも確認して。
で、常日頃からPC三昧で目が疲れるって私にも眼鏡を勧める旦那。
従来裸眼の私なら素通しのレンズでもいいんじゃないかって。
でも眼鏡やさんの勧めに従って生まれて初めての検眼を実施。
レンズの向こうに何やら風景が現れて来て機械がピントを合わせてくれて。
で、表面化した結果にちょっとドッキリ。
最近視力が落ちたんじゃないかって自覚傾向にあったものの
計測でその数値がばれちゃったから。
とは言っても老化に伴なうものじゃなく乱視傾向。
放射線状の工場マークみたいなのを見せられたら横線ばかり太く見えたし。
元来私の眼球は真ん丸じゃなくていつ乱視になってもおかしくなかったんだって。
今までは体力でカバーできてたけどついにそれが現れたんだろうって。
乱視の特徴を店員さんに教えてもらったら肩こりとか光が眩しいとか思い当たる節も多かったし。
試しに乱視用のレンズと入れると遠くまでとってもクリア。
PCしても疲れないように若干色を入れて眼鏡を作ることにしたけど。
旦那が私に選んだのはお洒落なグッチ。
中学生の頃から眼鏡に憧れて伊達眼鏡掛けた事もあったけど
今から掛けると周囲には早めの老眼って言われそうだなぁ。
と言いつつでき上がりが楽しみです。



2002年01月26日(土) ■
ハリー

「300円多く頂戴したので取りに来て頂けませんでしょうか」
市内にあるアウトレットから支払い金額の間違いを知らせる電話があったのは先週のこと。
カードで支払ったから残してきた電話番号で連絡を寄越したらしい。
不慣れな店員さんだったのか当初はカードの利用明細書しか手渡してくれなかったけど
こっちからお願いしてレシートを貰ってきたんだし。
お店を閉める直前に気がついたらしく向こうから連絡があったのも9時過ぎ。
300円ごときでいいんだか悪いんだかとにかく週末訪問を約束して。
で、毎週恒例の子供達のスイミングを終えて旦那も一緒に再びアウトレットに。
目的のお店に入るなり再びカードを店員さんに渡してマイナス伝票で間違い訂正。
新たに正しい金額でカード払い。
駐車場のスタンプも押してもらって。
で、他の店舗には目もくれずダッシュ。
隣接した映画館が今日の本当のお目当てだから。
先週の買い物時に隣接する巨大映画館を発見。
某店舗で貰った割引券には見たかったハリーも上映されてるって情報もあったし。
電話で確認すると吹き替え版は5時40分が最終上映。
ってことで300円返還後に見ようって。
旦那はハリー・ポッターには興味を示さずゴジラを希望。
光太朗を伴なって別行動って思ってたみたいだけど割引券に付いてたはずのゴジラは本日上映されず。
結局「時間潰してるから3人で見てきていいよ」って。
急いで映画館に向かうとチケット売り場は凄い行列。
でもここって10種位の映画を上映してるから目指す映画はそれぞれだし。
何よりもチケット購入と同時に座席まで決まっちゃうから場所取りに急ぐ必要もないし。
チケット購入で座席を確保すると軽食の買い出しに。
旦那とはここから別行動。
外は雪も降り出してるから映画館は半分以上が空席で。
原作を読んでる隆之介も読んでない光太朗も
それはそれは真剣な表情で食い入るように見入ってる。
興味深そうに目を輝かせてる子供達のワクワクドキドキがこっちまで伝わってくる感じ。
終わってからも子供達ったら次々感想が口をついて出てくるし。
旦那も一緒に見てれば子供との会話も弾んだのになぁ。
とにかく今まで見た映画の中じゃ1番子供達の反応大。
で、帰宅後の我が家周辺は一面の雪。
子供達に就寝を促したら義母が「明日休みだからいじゃない」って。
子供達がお風呂で寝込んじゃったのに全く無責任な発言だわ。



2002年01月25日(金) ■
遅延

悪名高き中央線を使って毎日通勤してる私。
人身事故の発生率は何故か首都圏��1だし故障の回数も群を抜いてるし。
マスコミでも再三取り上げられてるからJRも対策を練ってはいるけど効果的じゃない。
で、本日は朝から遅延。
火曜と金曜は9時時間厳守って出勤なのに八王子駅でポイント故障。
全体的に電車は遅れていつもの電車も30分遅れだったし。
こんな日に限って座れず1時間以上立ったまま。
午後から上司が出張したから疲れを癒すことができたけど。
で、上司がいないし5時半の定時退社。
6時前には中央線に乗り込みこの調子なら珍しく7時前に帰宅できるって思ってた。
買い物をする時間の余裕さえあるかもって。
新宿から運良く座れたからしばしの睡眠を取って。
でも3分の2ほど進んだ西国分寺駅に着いた途端に嬉しくないお知らせ。
「立川〜日野間で電車の下に異常音を察知しました」
「人身事故の発生です」
駅構内のアナウンスと車内放送の2重のお知らせ。
西国分寺からだったら武蔵野線に乗り換えてって別ルートも考えたけど
そのまま座ってるって安易な方法を選択して。
刻々と入るお知らせ。
車内では「負傷者を救出しました」だったのに
構内では「遺体を搬出致しました」とか聞きたくもない情報まで流れたり。
もちろん電車にはねられたって知らされた時点で生死は分かってるけど。
他の路線に振替ることを選択したりそのまま車内に残ったり乗客の反応はマチマチ。
でもひたすら駅に停車してる間も電車のドアは開きっぱなし。
いくら暖房の効いた座席とは言え車内には冷たい風が吹き込んで来て。
「当該電車は移動して警察の現場検証が行われます」
数台前の電車に乗ってたら人身事故に遭遇してたかもしれないから不幸中の幸いだけど。
当該電車が動き始めてからじゃないと全体は動きっこないからとにかく待つしかない。
寒さに震えて待つこと50分。
ようやく電車が復活。
結局帰宅は8時近くになっちゃったけど
早めに帰宅したおかげで人身事故に遭遇しなかった旦那が夕食準備をしてくれてたからラッキー。
携帯で旦那の帰宅を知らされてたから予約化粧品も取って帰ったし。
それにしても朝に夕に遅れる電車って全く困り物だわ。
今日は子供達と約束してなかったからいいけど。
そろそろ悪のレッテルを剥がす努力に成果が現れてもいいのに。
人身事故は続くって言うからそれだけは勘弁だわ。




2002年01月24日(木) ■
選択の時

昨年2月から某有名進学塾に通ってる隆之介。
去年の1月に行われた入塾テストにギリギリ引っかかったから
とりあえず体験入塾してたって言う言葉が最も適してるかもしれない。
受験をするかどうか自体がまだ具体的じゃないから本人も力が入らないし。
ってことで入塾直後は2週間に1度のテスト毎に少しは復習してたんだけど
後半になって復習どころか教科書すらも広げない。
教科書とは別に復習用の教材も毎日の課題なるものもあるのに正に無用の長物。
教材費だって馬鹿にならないのに隆之介ったら。
テスト結果は当然のように右肩下がり。
当初は上から数えた方が早かったけど終盤じゃ下から数えた方が早かったし。
で、1月末ってことで1年間のカリキュラム終了が目前。
塾って中学受験が目標だから2月開講で1月終了って流れだから。
2月からの新学期を前にしてほとんどの塾生はすでに継続手続き終了。
でも隆之介ったら今になっても継続するかどうか迷ってる。
他の習い事との日程調整がつけばどれも捨て難いみたいで。
二兎を追うものは一兎も得ないって言うのにあれもこれも選択に迷ってる。
今だって月:スイミング、火:塾、水:剣道、木:塾、金:剣道、土:スイミング。
それに加えて日曜にスカウト活動なんてのも不定期にあるから目いっぱい。
剣道の練習は先生の都合もあるから不定期と言えば不定期なんだけど
それでも基本の練習日は水・金だし。
本来なら4年の塾も月・金がメインなのに剣道があるから塾へは火・木で通ってたんだもの。
剣道も続けたいし一応は受験もしてみたい。
プールだって止めたくないしって隆之介はとっても欲張りで。
塾のお友達なんかは受験1本に絞って習い事なんかも止めてるってのに。
で、いよいよ月末に来て月謝納入等事務手続きを考えてもギリギリのライン。
塾でも担当の先生と何度か話をしたみたいだけどついに我が家にも電話が。
塾からの電話だから当然継続を前提としたお誘いの電話だけど。
とりあえず本人に再度意思確認をすることに。
5年生になるとテスト結果次第で席も替わるって言うし
当然今までみたいに遊びの延長って訳にもいかなくなるはずだから。
週明けに結論を告げることにしたけどどっちにしても難しい選択だわ。
塾の継続ってことになれば夕飯持参って新たな問題も生じるし。
どんな展開になっても親としては応援団頑張らなくちゃ。




2002年01月23日(水) ■
お味噌汁

さて私が帰宅すると義母が「お味噌汁作ってあるから」って一言。
滅多に味噌汁なんか作らない義母なのにどういう風の吹き回し?
いつもだったら義父から味噌汁の希望が出されるとインスタントを提供しちゃうんだから。
ってことで義母の味噌汁は決して美味しいとは言えず。
実家の母がきちんと出汁を取って毎日お味噌汁を作るのとは大違い。
子供って美味しいものは本能的に食べただけで分かるらしく
実家じゃ味噌汁もご飯もお替りしてたもんなぁ。
ちなみに実家のお米は玄米状態で購入してきたものを自宅で精米機に掛けるって本物の味。
で、義母の味噌汁のお鍋の蓋をちょっとだけ開けて具を確認。
そう言えばお豆腐の処理に困ってたからお味噌汁にしちゃったらしい。
お味噌汁好きな義父はたまにしか作って貰えなくて不満らしいけど
今日みたいに鍋いっぱいに作りすぎるってのも考え物だ。
夕食は義父母とは別メニューだからまさに余計なお節介。
もちろん義母がたくさん作りすぎちゃったおでんの日なんかは有りがたく頂戴するけど。
でも今夜は別メニューの予定だから丁重にお断り。
「ニラを使わなくちゃいけないから」って。
冷蔵庫の野菜室と相談してニラと卵のお味噌汁って決めてたんだもの。
買い物はいつも週末の纏め買いだから鮮度を考えるとそろそろって思ってたから。
ニラだって日曜日の特売で3把で100円って代物だったんだから。
義母のお味噌汁は蓋で覆われたそのままの状態で大量にお残し。
私は別の小さいお鍋で母子3人が飲む分とわずかのお替り分を考えて調理。
地球を汚さない為にも飲み切り分量にした方がいいんだから。
出勤前に解凍室から出しておいたロース切り身でトンカツを揚げて。
で、子供達は栄養万点のニラの味噌汁が大好き。
予想通りにお替りの声。
市販の出汁の素を使っちゃってる私の味噌汁は
実母の味噌汁ほど美味しいとは言えないけど子供達にとっては母の味。
ほとんど毎朝毎晩作ってるもん。
隆之介がお替りしたら光太朗の分がなくなっちゃって。
綺麗さっぱり食べてもらえるって幸せなことだわぁ。
光太朗からは「また作ってね」ってリクエストも貰っちゃったし。
毎日の献立は面倒だけど子供達の笑顔があってこそ。
だとすればレトルト食品さえ美味しいって評価するほどの義父1人が相手じゃ
義母は食事の仕度さえ退屈極まりない単純作業なのかもしれないな。



2002年01月22日(火) ■
誕生日

いつものように朝食の準備をしていると後から起きてきた旦那が「誕生日おめでとう」
今日は私の誕生日だ。
夕方旦那の携帯に何度電話しても留守電。
旦那の帰宅は遅いのが常。
合同って形にしても日曜日に誕生パーティはやっちゃったし
今夜も子供達と3人での夕食なら自分で作ることないかも。
子供達と電話で相談すると「ケーキはあるよぉ」「ピザがいい!」
宅配ピザじゃなくて駅ビルの中にあるピザ屋さんの美味しいピザがご希望らしい。
子供達の好きな照り焼きチキンとソーセージ&サラミの2枚を注文。
焼き上がりを待つ間デパ地下で買い物をしたり他の階を見たり。
地下の食料品売り場は値下げの真っ最中。
私が行った途端に1パック1200円の苺も398円になっちゃって。
もちろん即座に購入。
限られた数しかなかったから速攻で完売しちゃったけど。
で、ピザ屋さんに戻って焼き上がりの持ち帰り。
念の為に駅の改札辺りで旦那に電話を入れると「今歩いて帰るところ」って。
まさかと思って周囲を見回した私。
もう少し先を歩いてるのか当然旦那はいなかったけど。
「ピザ買って帰るから帰ってもご飯ないよ」と私。
旦那もあっさり「じゃ何か買って帰るからいいよ」
だから何度も電話してたのに。
もうちょっと早く連絡取れれば旦那の分の夕食も確保できたのにな。
ピザが冷めない様にタクシーで帰宅。
少し待てば旦那が帰ってくるって知ってたけどすぐにピザは食卓へ。
旦那が帰宅した時には数枚しか残ってなかったし。
旦那は予告通りに自分の夕食を買ってきて。
私と子供達のピザパーティに焼き鳥なんかも買って来てくれて。
しかも私には2匹の犬のついたアルコール飲料まで。
ささやかな誕生日の祝宴。
で、途中で子供達が旦那に呼ばれて一時退席。
再び戻った時に手にはヴィトンの袋。
食べ終わってから手を洗って中身を確認すると嬉しいかな赤いエピの札入れ。
一昨日義母に譲渡した例のバッグなんかより私には数倍嬉しい。
プレゼントも貰ったし満足してると義母が「ケーキ出しましょ」って。
フルーツが乗ってて美味しそうなケーキ。
でも「お誕生日おめでとう」の既製のプレートが乗ってるだけ。
義母ったら「おじいちゃんの分も蝋燭貰ってきたから。ママから先に」って。
私の分の蝋燭の儀式をしてから再び義父の儀式って2段階。
ケーキくらい1人ずつにしてほしいから来年は自前かな。



2002年01月21日(月) ■
嵐の日

発達中の低気圧の影響とかで今日は午後から大荒れの天気。
この時期には珍しい激しい雷雨。
窓ガラス越しに稲妻が走るのが職場からも見えるほど。
とは言っても私の席は壁を隔てた場所だから稲妻には縁がない。
ひたすら轟く雷鳴と来客の濡れそぼった洋服で悪天候を窺い知るだけ。
1歩外に出ただけですぐに濡れるくらいの激しさらしい。
子供達は傘を持って登校したもののこんな天気の前には一たまりもないだろう。
靴も洋服もビショビショになっただろうって予想。
隆之介は5時半からのスイミングで再び外出しなくちゃいけないし大変だなぁって。
各地には強風波浪だの大雨だの雷雨だのとにかくいろんな注意報なんかも出されてるし
こんな中の外出は必死の覚悟が必要かも。
時間さえ気にしなければ外の様子を見計らってってことも可能だけど時間厳守のお出かけは大変だ。
で、隆之介がいつも乗るスイミングバスがバス停を出発するのは4時半頃。
ギリギリ考えても15分過ぎには家を出なければならない。
様子を伺うために4時頃自宅に電話。
と、隆之介が「今日のプール休んでもいいかなぁ」っていつになく弱気。
激しい雷雨はすでに収まってるってのに。
もちろん状況を聞いてそのままプールに行かせたけど。
5時半から6時半まで泳いで隆之介は7時過ぎに帰宅。
昼間の天気が嘘のような星空。
隆之介に遅れること数分で私が帰宅。
玄関で子供達の靴を確認すると隆之介のはまだしも光太朗のはビショビショ。
さらにランドセルやら上着を確認すると当然のようにビッショリ。
洗濯籠にズボンや靴下が脱ぎ捨てられてるくらいだから帰宅時は相当だったんだろう。
それにしても子供が水溜りが好きだからって言ってもあまりにも違う2人の濡れ具合。
よくよく話を聞くと悪天候を理由に学童を休んだ光太朗は通学路と違う遠回りで帰宅したんだって。
学校で決められたコースじゃなくちゃいけないのに
「H君が雷の中1人で帰ることになっちゃうから一緒に帰った」って。
方向的には一緒なんだけど大回りをして戻る感じだから一段と濡れたみたいで。
H君と一緒に帰る途中にO君とも合流したらしいけど雷雨の中の帰宅は2年生には怖かったんだろうな。
心情的には分かるけどルールはルールだからとりあえず注意を促して。
それにしてもランドセルに挟んだ給食袋の中身までびしょ濡れ。
明日は別の靴で登校してもらわなくちゃね。



2002年01月20日(日) ■
お誕生日会

今日は我が家の今月のお誕生日会。
義父が20日で私が22日ととんでもなく近い日にちのおかげで一括処理されるのが常だから。
しかも今日20日は義父の誕生日当日。
昭和4年生まれの義父は今日で73歳。
お祝いの宴は夕食時ってことにして子供達がスカウト活動に出かける前にプレゼントの贈呈。
数日前に旦那が「親父のプレゼント用意したから」って言ってたブツを子供達が手渡し。
中身については私は一切関知していない。
毎年差し上げてるプレゼントだって使ってもらってるのかどうか分からないし。
で、義父へのプレゼントってのは私の物を買うついでに買ったらしい。
子供達が1階に行ってた隙に「ちょっと早いけど」って包みを手渡されて。
スカウトの集合時間も気になったけどとりあえず開封。
一瞬目が点。
流行りのファー遣いの豹柄のバッグなんだけどどう考えても私好みじゃなくて。
色柄ともに義母が好みそうな感じってのも最悪。
おまけみたいに渡された某メーカーのマフラーもイマイチだし。
時間もなかったことだしとりあえずそのまま袋に戻して。
で、子供達を送り届けると旦那が頻繁に感想を求めてくる。
「どうだった?」って質問に答えることのできない私。
折角買ってくれたから返答に詰まること数回。
ついに旦那が心中を察してくれたみたいで「使わないならお袋にやれよ」って。
とりあえず夕食時まではその問題には触れず。
スカウト活動から帰宅した子供達を伴なって親子4人でバーゲンに行ったり有意義な午後。
夕食時に義父母と合流して久しぶりのステーキのお店。
鉄板に乗せられたアツアツのお肉を6人で堪能する。
狂牛病騒動以来牛肉のお店は敬遠がちだったけど久しぶりってことで滅茶苦茶美味しい。
クーポン券を持参したから最初のビール等は無料だし。
おかげで割安感もあったし。
義父と私の合同誕生会ってことで義母がお会計を担当してくれたし。
パチンコの収益で今夜の夕食は賄ったらしい。
で、帰宅後も旦那から発せられたのは「お袋にやれよ」発言。
どうせならクリスマスまで温存して置いてもいいかなって思ったけどあっさり承知して。
今朝貰ったばかりのク○ッツァのバッグを義母に譲渡。
義母ったら大喜び。
最初から義母の物になる運命だったんじゃないかって思うほどよく似合ってるし。
ってことは私のプレゼントはどうなるの?
明後日当日が全てだわ。



2002年01月19日(土) ■
授業参観

今日は子供達の授業参観。
働いてる親への配慮で土曜日なんだけど休日ぐらい寝ていたい父親族にはありがた迷惑かも。
留守じゃないのに行かないって顰蹙だから。
昨日貰った全学年の授業一覧を見ながら2人の子供達の授業を参観。
洗濯干したり朝の所用を済ませて学校に出かけた私は1時間目の途中から。
少しでもゆっくり寝ていたかった旦那は私より若干遅れて。
なるべく子供達の様子を見られるようにって
旦那と重ならないようにお互い交差しながらあちこち行き来して。
1時間目は光太朗が生活、隆之介は体育。
保護者用の昇降口から最も近い体育館に立ち寄ってまずは隆之介チェック。
「ポートボールだから見に来て」って言ってたけどゲーム前だったからそのまま光太朗の方に移動。
隆之介入学以来4年も経ってるのに初めて指定された部屋。
やっと辿りつくとそこはカーペットが敷かれたお部屋で。
お正月に日本の伝統的な遊びをした子が皆無だったって状況から授業は「いろはカルタ」。
読み手が懸命に「犬も歩けば棒に当たる」とか「臭いものには蓋」とか。
初めて体験した子供達も楽しそうに競い合ってたし。
2時間目は光太朗が算数。
メートルって長さの単位の導入段階で自分の腕を広げた長さを紙テープで計測。
隆之介達はPC教室で地域調べとPCの授業。
市内の別の学校とPCを使って地域の様子を伝え合ってるみたい。
隆之介達のグループは引き続き周辺の神社仏閣の言い伝えについて調べるんだって。
3時間目は光太朗が国語で隆之介が社会。
光太朗は3校時で終了。
一足早く帰宅。
もちろんその時点で旦那も帰宅。
4時間目の隆之介は算数で分数の授業。
分数でつまずく子供もいるって話だけどとりあえずみんな真剣。
で、隆之介達のクラスって誰かの発表と同意見だったらチョキを挙げることになってる。
熱血教師ドラマを模したみたいだけど教室のざわつきは極めて少なくていいかも。
授業参観は無事終了。
で、今日の参観は新春の書初め展も兼ねていた。
各教室の廊下に貼られた子供達の力作。
いつも雑な字ばかり書いてる光太朗も気合の入った硬筆書初めだったし
隆之介の堂々としたお習字には「習ってるの?」ってママ友の声もあったほど。
実家での練習の成果が出てて極めて優秀。
帰宅した子供達と旦那は共通の話題でいつもより会話が弾んでたみたい。
我が家の土曜参観は一応成功裏ってことかしら。



2002年01月18日(金) ■
こんな日も

今日は職場の大事な会議。
1年に1回全国から同士が集まる株主総会みたいなもんって例えが1番適してるかもしれない。
例年だとちょっと離れたホテルが会場だったけど今年は徒歩数分のホテル。
リハーサル組は深夜2時からだったとか。
安全管理上昨日の午後からはホテルの地下駐車場は閉鎖されてるって話だし
入場者には金属探知機での警備も導入されてるし
とにかく都内で行われる会合としては第1級の会合には間違いがないだろう。
8時半とかそれ以前とか担当毎に集合時刻も決められてて。
だけど私は職場でのお留守番部隊。
もちろん異動した部署には留守を預かる者が欠かせないからなんだけど奉職10数年目にしての初体験。
普段通り出勤。
職場には数えるほどの留守番要員が残ってるものの建物全体が閑散としてる。
万が一の場合を想定して入館できる証を用意してたけど使わず終いだったし。
午後から部署で行われる会議の準備や電話連絡に追われてた。
で、ホテル配置だったみんなは外で昼食。
社食の本日のメニューはカレーだけになっちゃうから留守番部隊にはお弁当が配布されて。
私とバイトちゃんの分の2個を確保。
でも午後からの会議の為にボスも上司もみんな速攻で戻ってくるって。
そんな訳でお寿司の出前を注文して。
もちろん自分達の分も忘れずに。
去年まではネットで会議の様子が即座に配信されてたから
今年もそうかなぁってHPに見入ってたけど規模を縮小したのか期待外れの結果。
静止画像じゃ現場の雰囲気って分かるもんじゃないわねっ。
時々現場から電話で連絡を入れてもらったから終了も分かったけど。
タイミング良く届いたお寿司でランチ。
午後の会議も無事終了して退勤時。
私もバイトちゃんもお寿司を食べちゃったから配られたお弁当はそのまま手付かず。
お寿司も余裕を持って注文してたからそれぞれ2個ずつ余ってる。
ってなことで即座に2人でお持ち帰り決定。
こんなこともあるんじゃないかと折り詰めで注文してたし。
各自お弁当とお寿司の持ち帰り。
これで帰宅後も夕食作らずに済んじゃうわーって。
こうなったらとことん手抜きするぞって八王子に着いてからデパ地下直行。
簡単なお惣菜を見繕って家にあった材料も勢揃いして
何じゃこりゃって組合せの夕食になっちゃったけど。
子供には目先が変わってたから概ね好評。
まあこんな日があってもいいんじゃない。



2002年01月17日(木) ■
新年会

今宵は部署の新年会。
退社の5時半を過ぎても仕事に追われてたけど6時半の開会は予定通りで。
仕事を終えると一目散でアークヒルズに直行。
隣接するホテル前で車を降りるとビルを突き抜けまっしぐら。
遊び心を感じる日本料理が今夜の私達のご馳走です。
このお店ってきらびやかで型にはまらない自由奔放さってのが売りみたいで
楽しみに待ってたんだもん。
先遣隊に送れること若干、私達の到着が宴の始まりの合図。
まずはビールで乾杯。
お料理が運び込まれると口々に感嘆の声。
根来盆に何種もの小鉢が並んだ車八寸。
いくつも並んだ小さな器に入った一品の量は適量だし何だか初めて口にする前菜さえ。
不思議な見た目で不思議な触感のそれはピータンとユリネのお団子だったり。
お造り、一口お鮨、椀物、焼き物と続いて。
乾杯のビールも残りわずかになっちゃったから飲み物リストを見て追加注文。
私は1ショット1500円の大吟醸を注文。
日本酒の縦長のグラスじゃなくて三角のグラスにホンの少しだけの上品さ。
ワインの種類も豊富だったけど日本料理にはやっぱり日本酒。
次から次から美味しいお料理。
蕎麦の実を炊いたモノやらとにかく工夫がいっぱいで綺麗で楽しくて。
どのお料理も大きすぎずに女性好みだし。
焼き物のお魚は春を告げる鰆。
ここのこだわりで本当の炭火で焼いたって究極の贅沢なもの。
幸せを感じつつお料理を味わって。
香の物とお味噌汁と玄米か白米を選択して終了。
大半は珍しい玄米食を希望して。
薪を使ってお釜で炊いてるご飯だから美味しいに決まってる。
歯ごたえも十分だし香ばしくて。
ご飯も極めて上品に少量の盛り付け。
「お腹いっぱい」って言いながらもしっかり食べちゃった。
噛めば噛むほどに味が出る玄米だけど器に盛られた量はホンの数口程だし。
大柄の男性なんか「大盛で欲しい」って嘆いてたけど。
で、最後の締めは数々のデザート。
真っ白い花びらみたいな日本画用パレットに7種のデザート。
プリンやら抹茶アイスやらあんみつやらそれぞれがホンのちょっとずつ。
小ぶりなデザートを何種類も食べられて本当に幸せ。
お料理終了で2時間半の宴も解散。
で、お店を出る時にみんなでお釜の鑑賞会。
丁寧に磨き上げられてるお釜に炊き立てご飯が光ってた。
一方今夜の子供達の夕食は義母任せ。
夕べガッテンで学んだシチューの実践はどうだったんでしょう。



2002年01月16日(水) ■
イチゴ

「このイチゴ洗ってないんじゃない?!」
3時のおやつにイチゴを食べようとした同僚の発言に私はビックリ。
お茶とかおやつとか奥向きの一切は23歳のバイトさんのお仕事。
彼女ったら悪い子じゃないんだけど常識に欠けるところがあって。
やっぱり人生経験の浅さはどうしようもないんだろう。
職場で様々な話題が出るたびに私が解釈して教えてるってのが現状。
お釜も精米機も手ぬぐいも今年に入って話題になったことは数知れず。
で、今日も洗わないままのイチゴをお皿に乗せちゃったらしい。
このイチゴ、栃木県から今日宅配されてきた美味しいとちおとめ。
1月に入ってそろそろイチゴの季節。
店頭では1パック500円ちょっとで販売されてるそれが
1箱4パック入りの形で6箱も部署に送られてきたから。
「えーっイチゴって洗うんだったんですか」
「お料理教室で洗うとビタミンが流出しちゃうって習ったから」って。
お料理教室では汚れ落としの布ってのを手渡されて気持ちだけ汚れを拭き取ったんだって。
でもここは実社会だし洗わないイチゴってのは敬遠されるんじゃないかなぁ。
同僚に洗わないイチゴを提供しちゃったってことは役員にもそのままの状態で出したって推測。
「お腹壊しちゃったらどうする?」って心配しつつも同僚は食べちゃったけど
役員は何も知らずに口に入れちゃったってことみたい。
奥のこと一切を任せてるから口出しはしないことにしてるけどちょっと不安。
家庭で何もしてない証だろうけど今後も心配だったりして。
私は自分の分だけはしっかり振り洗いして美味しいイチゴをおやつに賞味。
宅配されたばかりとあって鮮度のよさは当然。
で、職場で食べる分を数パック残して残りは各自持ち帰り。
私に分配されたのは丸々1箱4パック。
隆之介は「食べなさい」って勧めてやっと5粒ほど。
でも光太朗はイチゴに目がなくてあればあるだけ食べちゃう程大好物。。
「食後にお土産のイチゴ食べようねっ」って伝えるとそれはそれは嬉しそう。
さっさと夕食を済ませたと思ったら1人台所に行って。
で、何気にイチゴを1パック取り出すと早速水道で振り洗い。
自分で食べたいからって理由があるにしても周囲の行動を見てた証だよね。
バイトのお嬢さんの行動と照らしてみると何だか滑稽。
お嬢さんは本当に家事一切とは無縁なんだろうなぁ。
光太朗が洗ってくれたイチゴはまた格別の味でした。



2002年01月15日(火) ■
午後半休の日

ハッピーマンデーの3連休で今週は4日しかお勤めしないのに今日は午後から半休。
3学期になってPTA本部の役員選びもそろそろ本腰を入れなくちゃいけないから。
12月の会合では候補者への打診が命じられてたから今日はその後の進捗状況報告その他。
3時からの会合だから1時過ぎに職場を出れば十分。
社食のメニューは悲しいものがあるから八王子に着いてから1人でのんびりランチして。
時間調整の為にバーゲン真っ最中の駅ビルを散策してから学校へ。
案の定進捗状況と今後の取り組み方についての話し合いだけで所要時間40分って所。
何の為に半休取ってまで参加したのかちょっとガッカリ。
とにかくあっという間に終わっちゃって。
で、「学童で待っててねー」って伝えてあった光太朗を迎えに。
今日が来年度の入所申し込みの第1回締切りだからもちろんそっちがメインなんだけど。
学童に着くと光太朗ったらお迎えの速さに驚きを隠せない。
「待っててって言ってたから会議が遅くなるのかと思ってた」って最もなご意見で。
手続きを済ませると光太朗を伴なってお帰り。
帰り道は仲良く会話も弾んじゃって。
で、突然何を思ったか光太朗ったら「ご飯と納豆と味噌汁とママが大好き」って発言。
大きな意味でなくてはならないものってことらしいけど納豆と同列ってこと?
「納豆と同じレベルなのねー」って悲しむ振りをして2人で大笑い。
光太朗は仕切りに言い訳してたけど納豆もご飯も大好きなんだもんねぇ。
帰宅してから宿題と思ったらプリントがなくて光太朗は学校に取りに戻って。
宿題しないとゲームもできないって自分が1番知ってるからとにかくダッシュ。
得意としている算数プリントだからあっという間に終わったけど。
で、隆之介はスイミング。
ゲームに興じる光太朗を残して私は歯医者へ。
何年も放っておいた奥の方の虫歯が徐々に修復されてってる。
せっかくの半休をより有意義に過ごさなくちゃいけないから歯医者に引き続いてディーラーへ。
10月に車検を通したばかりなのにライトが少し上向き加減のような気がしてたから。
全般的には合格点の愛車なのにライトだけはこれで2回目のお直し。
で、帰宅して光太朗とコロッケ作り。
隆之介がスイミングから戻るタイミングで揚げ上がってホックホク。
いつもより早めに夕食も終えたのに子供達はいつまでも起きてたけど。
なかなか充実の午後半休でした。



2002年01月14日(月) ■
鏡開き

昨日試合に出た隆之介達防具組は9日にも練習があったけど今日が本来の稽古始。
柔剣道一同に会して練習してお汁粉食べてって年頭恒例の行事です。
集合時間は午前9時。
道場を半々に使って柔剣道が練習開始。
その間母達はお椀を洗ったりと色々準備。
とりあえず準備終了後は子供達の練習に見入って。
で、隆之介達剣道少年達には先生方が数人。
八王子署って警視庁の剣道大会で優勝する程レベルの高い兵揃い。
正に胸を借りるって言葉がぴったり。
先生の指示でひたすら練習を続ける。
でも隆之介ったら昨日の2回戦みたいにつばぜり合いばかりで前に出ないこと数回。
「もっと前に」「休むな」って先生から竹刀で小突かれてようやく気合が入ったみたいだけど。
で、光太朗達基本組は1年間学んだ基本動作から1歩進んで切り返しの練習。
先生の指示に数人は戸惑ってたけど光太朗はだてに隆之介達を見てたわけじゃないわね。
初めから元気良く「メーン!」って飛びこんでってたもん。
6月頃には防具をつけることになるはずだからますます練習に熱が入るかな。
練習が終わって整列。
上座には警察署長他お偉いさん。
道場に鳴り響く太鼓の合図。
昨年末行われた昇級審査の合格証書と記念品が渡される。
柔道が終わって剣道。
基本組の6級から。
で、年末先生から昇級預かりを言い渡されてた光太朗が6級の代表。
署長から賞状、母の会の代表から新しい竹刀を貰って。
貰えるかどうか不安だったからとにかく嬉しかったみたい。
終了後の旦那への電話に「代表で貰ったんだよ」って報告してたし。
稽古着を着る時も自分だけで着るって頑張ってたように袴を畳むのも自力で。
やっぱり昇級が励みになってるんだろうな。
授与式後は着替えて鏡開き。
お汁粉やら豚汁やら。
抱えきれない程大きなお鍋にたくさんあったのに子供達が何度もお代わりしてほとんど残らなかったし。
とにかくお昼はそれでお腹いっぱい。
今年も頑張って稽古に通って少しでも上達しますように。
で、旦那が車で迎えに来てくれて義父母とも合流。
買い物をして昼食って段取りだったみたいなんだけど私達は満腹だからご遠慮して。
隆之介は昨日行われた塾のテストの振替に。
私と光太朗は帰宅してちょっとのんびりしちゃったし。
で、忙しい隆之介ったら今日の最後は月曜日恒例のスイミング。
3連休もあっという間に終わっちゃいました。



2002年01月13日(日) ■
交流試合

早めの昼食を摂った隆之介を伴なって警察署の道場へ。
午後から市内の少年剣士達の交流試合だ。
会場となる道場は警察署から車で10分ちょっと。
駐車場が狭いって事前説明があったから子供達は送り届けるって段取り。
剣士君達もいつもなら会場で着替えるのに今回は警察署で着替えて出発だし。
防具と共に分乗して目指す会場へ。
子供達はピクミンのCMソングを聞きながら大合唱するほどリラックスムード。
で、会場に到着すると予定に反して「駐車場用意してますから」って。
送り届けるだけって思ってたから洗濯だって中途半端にしてきちゃったのに。
でも声援を送ろうと母達は皆予定変更して駐車券を手に。
いざ指定された神社の境内に乗りつけると狭くて狭くて
一旦駐車しちゃったら試合終了時までは絶対に出られないって状態。
今日1日を試合に費やすこと決定。
道場も2面取ってギリギリの狭さ。
開会式は一斉に集ったものの試合待ちの剣士達は外のテントか隣の児童公園で時間つぶしだし。
今日が穏やかな晴天だったからよかったけど。
試合は1・2年生と中学女子からスタート。
低学年が終わると隆之介達3・4年生の出番。
少しだけ素振りして1回戦。
馬力が出るようにって馬の手ぬぐいを頭に巻いていざ勝負。
だけど多くの人の竹刀に紛れて自分の竹刀が見当たらない。
仕方なく友人の竹刀を手にスタンバイ。
攻めて攻めて1回戦は勝利。
戦う本人もドキドキなんだろうけど応援する側もヒヤヒヤドキドキ。
2回戦もその勢いで戦おうと見つかった自分の竹刀じゃなく友人のを借りて出場。
でも1回戦とは打って変わって攻める姿勢は失せちゃってかなり消極的。
前に出なければ勝利はないってことで当然のように負けちゃって。
本人は「精一杯戦ったから」って言ってたけど傍目には手抜きそのもの。
1回戦みたいに攻撃的だったら勝機は何度もあったのになぁ。
もっと研鑚を積まないと上達しないって本人は理解してるのかなぁ。
勝負の世界は厳しいぞ。
で、向こうの試合場では中学女子の決勝。
全国レベルの選手が真剣に戦ってるから気迫が周囲にまで伝わってきて感動。
中学女子終了後に中学男子、中学年終了後に高学年って流れだったから5・6年生は待ちくたびれて。
全てを待たずに解散。
駐車場は案の定パズルみたいに車を移動させて分乗して帰路に。
夕方からはバーゲンにも行っちゃったし充実の1日でした。




2002年01月12日(土) ■
衝動買い

8日に新学期が始まったばかりだってのに今日は学校がお休みの土曜日。
しかも3連休だから子供達にとってここ数日は試運転って感じかも。
隆之介は8時半集合で塾のテスト。
特段予定のない光太朗はお寝坊だけど隆之介だけは時間厳守で。
旦那はお仕事。
義母は近所の美容院にお出かけ。
私も光太朗に留守を任せて別の美容院へ。
義父もいることはいるけど関わらないようにした方が無難だから。
隆之介には帰宅したら携帯に電話するようにって段取りをメモして。
1人になった光太朗は誰にも邪魔されずにゲーム三昧で。
11月以来の美容院は成人式前ってこともあっていつもより混雑。
終わってからウィンドーショッピングしながら帰宅して。
バーゲン真っ盛りのめぼしいお店もチェックしちゃったから連休中には行かなくちゃって。
で、午後から子供達のスイミング。
1時間の練習を終えて3時半の終了時間。
5時から車のポリマー加工の予約が入ってるから急がなくちゃいけないのに
子供達ったら一向に更衣室から出てこない。
一足先の2時からポリマー加工に入ってる旦那と合流しなくちゃいけないのに。
ポリマー加工って半年毎のケアなんだけど所要時間が半端じゃない。
旦那のスープラで3時間、私のプラドはそれ以上。
旦那は待ち時間を近くのパチンコ屋さんで費やしてたらしいけど。
私のプラドを預け入れて長の時間調整。
とは言え終了連絡を貰うことにして一旦帰宅することに。
で、店先で目に付いたのが今日明日限りの限定販売。
10トントラックでTE○ZO君がスキーの必需品を販売に来てたから。
愛車の装備を考えると限られた物しか装着できそうにないけどとにかく格安。
ルーフボックスと併用できる小さなキャリアは16000円が3980円だし。
悩むほどの値段じゃないから即購入決定。
今年は元旦からスキーの板の衝動買いしちゃったし今回もまた。
一昨年はリアラダー、去年はルーフボックスだから毎年確実にバージョンアップしてるって感じ。
リアラダーは今年も使わずに終わっちゃいそうだけど。
偶然出くわした店頭販売だから神様のお導きなんだろうなぁって。
久しぶりに4人で回転寿司に行ってから帰宅。
子供達を入浴させて9時半頃旦那とカーショップに束の間のドライブ。
光太朗ったら濡れそぼった体で「僕も行くー」って叫んでたけど却下して。
休みの度に忙しい気がするのは気のせいでしょうか。



2002年01月11日(金) ■
奇跡的

大きな門を背に建物を振り返ると職場は正に稼動中って様相。
定時退社なんていったい何ヶ月ぶりになるんだろう。
今日の上司は極めて機嫌がよろしい様子。
いつもだったら5時半の定時から30分を経過した6時が部署独自の定時って感じなのに
今日に限ってTVの時刻が5時半を指し示すなり「今日はこれで」って解放命令。
仕事の段取りが上手くいったのがよほど嬉しかったに違いない。
地下駐車場の閉鎖を告げるアナウンス&チャイムが流れるのが5時半。
その館内放送が職場じゃ定時退社の暗黙の了解になってるのに今日はそれさえ聞かず終い。
恐らく数分早かっただけには違いないけどそれでも画期的。
上司の機嫌が変わるといけないから門を出るまでは猛ダッシュ。
一足違いで電話が入ったりしたら状況が逆転するかもしれないし。
で、同僚と職場を振り返りつつ「奇跡的だねー」ってシミジミ。
私には3ヶ月目の快挙だけど同僚は数年ご一緒して始めての体験だって。
何とも貴重な定時退社。
で、こんなチャンスを逃すものかと八王子駅に着いてバーゲン真っ最中の駅ビルにゴー。
色々買いたいものはあったけど真っ先に向かったのは化粧品売り場。
もちろん臭い嫌いな私の愛用は無着色無香料メーカーの物。
他の化粧品売り場とは別コーナーにあるから気持ち悪くなることもないし。
お誕生月のプレゼントを貰うためにDM持参。
で、話をしながらパックなんかもしてもらって。
いつもより30分早く帰れるってこんなに有意義なことだったのねぇ。
月末に発売される新製品のサンプルも貰ったし。
自宅直行じゃないって本当に素晴らしい。
それにしても貰ったサンプルには救われたって感じ。
月末に出るのは今使ってる保湿クリームの改良版でしっかり予約もしてるんだけど
今更買い足しはしないって決めてたのにもう底をつきそうな程残りわずかだったんだもの。
残りの日々をどう過ごそうかなって思ってたから貴重な存在。
帰宅してから既存のボトルに搾り出して。
これで発売日までは大丈夫そうな気配。
乾燥するこの時期に保湿クリームなしって状況は年齢を考えると余りにも無謀だもん。
とりあえずホッと一安心。
パックしたお肌はスベスベだしちょっとしたことで心も満たされちゃうもんだなぁ。
ささやかな幸せ。
今後も上司の機嫌次第じゃ定時退社もあり得るってことかな。
次の定時退社が遠い将来じゃありませんように。



2002年01月10日(木) ■
満腹

ボスが別会場での日程となってる今日は朝から穏やかな1日。
他の役員達も外遊だったり地元だったりで
週始めの仕事始めで活気がみなぎった職場もやや閑散。
ってことで当然のように上司も午前半休。
ボスの日程がないって最終決定した昨日上司に通院を勧めたおかげで
上司も通院の為の半休を宣言してたから部下である私達もノビノビ。
朝から昼食の計画なんか立てちゃって。
いつもながらの社食には飽き飽きしてるから当然のように外出計画。
別の部署のお姉さまとも相談して大人数でこそ楽しい中華に決定。
12時になっちゃうと満席になっちゃうから11時半に職場を出発して。
徒歩数分の鉄人のお店。
お姉さまが常連中の常連らしく恭しく出迎えを受けて。
ここのランチは1200円の定食が一般的。
ご飯とスープとザーサイと一品ってメニュー。
3人で行ったから甘い物と辛い物の中から3品と激辛のラーメンを頼んで計4品。
しばらくして冬瓜と卵のスープが運ばれてきたと思ったら
お店の人が「特別なスープをご用意してますから」って。
もちろん頼んでもいないスペシャルサービス。
ってことで定食のスープはあっさり美味しいのにちょっと口をつけただけ。
注文した3品と辛いラーメンの他にチンゲン菜の炒め物やら鱶鰭のスープなんかが続々。
その間もお姉さまの元には厨房の偉い人とかサービスの人がタイミングを見計らってご挨拶攻撃。
「こんなに食べられないよねー」なんて言いながらとにかく食べる食べる。
すぐ傍の別席にいた同僚なんか2人で辛いラーメンだけだったのに
私達のテーブルはまるで夜の宴席みたいにお料理が溢れてて。
お姉さまとご一緒したおかげで締めには杏仁豆腐まで。
とにかく残しちゃいけないと目いっぱい食べて満腹。
で、お姉さまが支払いに行くと合計4800円。
当然のように注文した4品分の合計。
3人で割って1600円きっかりだったし。
目いっぱい充実し過ぎてお腹いっぱい。
職場に戻ると思いがけなく上司が早めに到着してた驚いちゃったけど。
しばらく食べ物はご遠慮したい気分のままお仕事。
で、お姉さまったら言わなくてもいいのに
職場に戻ってから傍にいた同僚に状況説明しちゃったんだって。
「もっと早く気がつけばお料理分けてあげられたのにねー」って。
何だかちょっと自慢気で嫌味な態度かも。
傍らにいた同僚達が私達のテーブルをどう見てたかって疑問だわ。



2002年01月09日(水) ■
初入浴?

帰宅した私を待ち構えていたのは小奇麗になって夕食を食べる義父。
お風呂を確認に行くと案の定。
窓ガラスには水滴、使いっぱなしの洗面器とお風呂マット、温かい湯船。
どこをどう見ても義父の入浴を示すサインに他ならない。
今更お風呂のお湯を差し替えるなんてできっこないから仕方がないから諦めて。
我が家の義父は極めて不潔。
10日も2週間も入浴しないなんてザラなんだから。
それにしてもいつ以来の入浴になるんだろう。
年が明けて元旦から6日まで留守にしていたから義父の行動は定かじゃないけど
もしかしたらこれが新年初入浴って可能性大。
12月27日の入浴が昨年の最終入浴だったからちょうど2週間程。
私が不在中の入浴があったとしたらとんでもないスピード記録だし。
いつもながら周囲の迷惑なんてお構いなしの義父だ。
ちょっと追い炊きをすると異様な臭いが漂ってくるし。
もちろん子供達は観念して入浴剤と共に入って。
上がり湯には綺麗なシャワーを使用して。
私なんか寒さの方がマシだからシャワーだけで済ませちゃったし。
とにかく義父の後塵だけは汚れが増しそうで入浴できるもんじゃない。
で、何気に洗濯籠を覗くと見たことのない下着。
せめて毎日下着ぐらい取りかえればいいのにそれさえしないから
義父の下着を見るチャンスって月に数回しかないんだけど上下ともラクダ色。
また義父の下着だけ洗濯しないで取り残しておくと心象悪いんだろうなぁ。
こんな下着に替えたんだってちょっと認識しただけ。
それにしても最近の義父ったらますます鬱陶しくて。
私が不在中の年賀状も全て検閲を受けたような気配。
人事異動は義父母には話してないんだけど年賀状にコメントしちゃってる人も多くって。
で、数年前の配属部署には義父の知人も出入りしてたから
「Kさんったら元気にしてるのかな」って妙な探りなんか入れてきて。
Kさんとは何年もあってないし今更聞かれても困っちゃうのにやたら頻繁にその問いだけ。
適当に誤魔化すのも面倒だから「知りません」って宣言。
知人なんだから自分で消息確認すればいいのに。
旦那の従兄弟が中国に転勤になってることもとにかく全ての年賀状チェックが入った模様。
いくら喪中続きで自分宛ての年賀状が減ったからって暇つぶしの材料にしないでほしいって。
友人関係のチェックも受けてるんだろうなぁ。
更なる追求がないことを祈るばかりです。



2002年01月08日(火) ■
冒険旅行

今日から3学期。
始業式の今日は書初めやら防災頭巾やら大荷物。
でも光太朗は学童をお休みする予定だからお弁当がない分いつもより少しだけ軽やか。
学童お休みの理由はスイミング。
スイミングの年末年始休暇が終わって子供達の最初の通常練習が行われた5日にお休みしちゃった振替。
いつもみたいにお弁当の作り置きをって思ったけど義母が引きうけてくれたから依頼して。
でも結局おにぎりと卵焼きって超手抜きメニューで子供達は不満だったらしい。
やっぱりおかず満載のお弁当の方に軍配が上がった格好。
学校は恒例の校長先生のご挨拶やら年頭の目標やらで午前中で終了。
帰宅しておにぎりを食べると子供達の冒険旅行の始まり始まり。
スイミングまで2人で路線バスで出かける小旅行。
スイミングのスクールバスが我が家の近くを通ることは通るんだけど
契約してない子供は乗れない決まりだから。
週に2日泳いでる隆之介は月曜の分だけはバス利用って形になってるけど
土曜日は私が送っていくことになってるからバス契約とは無縁だから。
振替したのは3時半の回。
振替って前後1週間は可能なんだけどもう今日を逃すと行かれる日はない。
スクールバスに無理を言って乗せてもらうより可愛い子には旅。
スイミングって市役所の傍にあるからバスで行っても分かりやすい。
自宅から駅のロータリーまで行って8番乗り場から乗るようにって確認して。
もちろん路線バスの習性を考えて早め早めに行動するように指示。
我が家から駅まで子供の足で20分弱。
バスなんて私だって滅多に体験がないんだから子供達は真っ先に行き先確認。
親切なおじさんに教えてもらって無事に乗車したって。
バスは始発。
バスから見る景色っていつもとは違って見えるものなんだよね。
子供達なりに小旅行を堪能。
家を出る時とか到着した時とか要所要所で連絡するようにって指示を守らなかったのはご愛嬌。
心配になって練習開始時刻を見計らってスイミングに電話。
受付のお姉さんが「今来ましたよぉ」って電話代わってくれて。
それにしてもギリギリの到着だったこと。
料金は2人で210円だったって。
3時半から4時半まで練習を終えて帰ろうとしたら早帰りした旦那と義母がお迎えに来てたって。
ってな分けで帰りはバスには乗らずに済んじゃったけど。
今日の冒険旅行で子供達はまた一歩成長したような気がします。



2002年01月07日(月) ■
仕事始め

今日から今年の仕事も始動。
子供達のお弁当を作って洗濯を干していざ出勤と思ったら定期入れが見当たらない。
あちこち探してそれでもなくて。
定期とかお財布って貴重品はいつだって肌身離さず身につけてるはずなのになぁ。
袋物をあれこれひっくり返してもなお見つからないまま。
お財布とか携帯電話とかとにかく定期入れ以外の物は全て揃ってるのに肝心の定期入れだけがない。
10月に半年分購入した通勤定期はもちろん高額だし
免許証なんてのも一緒に定期入れに入ってるからとにかく私には貴重な一品。
赤いエピのお気に入りの定期入れ。
でもこのままだと完全に遅刻しちゃうから諦めて出勤。
出掛けに念の為に車の中だけは確認したけどやっぱり落ちてないし。
探しまくってたから駅に着いたのはいつもより30分も遅くて遅刻を覚悟。
とりあえず同僚の携帯に連絡を入れようとしたら繋がらなくて。
定期がないから料金表で確認した金額の切符を買って。
八王子〜四ツ谷間のJR料金は690円。
四ツ谷で乗り換えた地下鉄料金は160円だから片道だけで850円も掛かっちゃったし。
で、職場到着は9時40分頃。
9時出勤の職場だから当然遅刻。
「重役出勤」とか「1日間違ったんじゃないかと思ってた」とか厳しい歓迎の言葉を受けて。
出勤簿が部署管理だから遅刻にはならないけど全く初日から何て汚点かしら。
一応電話をしようと試みた同僚には私の発信履歴を見せてちょっとだけ自己擁護。
同僚の着信履歴にはなかったから再度その場で発着確認をしたけど。
とにかく繋がらなかったことだけは確かなんだし。
11時から社長訓示とかほぼ1日新年のご挨拶三昧。
とりあえずお仕事は淡々と。
仕事が終わって帰宅も当然切符。
往復1700円の出費。
で、道すがら自分の過去の行動を振り返る。
お正月のスキーか里帰りしか考えられないんだけど実家に持っていった物にはなかったんだから。
最終的にもう1箇所しか思い当たる場所がない。
もしそこになければ紛失だなって覚悟して。
帰宅して直行。
予想通り滑りに出た時に背負ってたリュックの中にあってホッとしたけど。
それにしても実家に帰省した時も免許不携帯だったんだわぁ。
基準異常の速度で走ってたし検問がなくて本当によかったよぉ。
不携帯+スピードオーバーって何点減点?
帰宅後は子供達の明日の始業式に備えて準備に勤しむ私。
慌しい日常のスタートです。




2002年01月06日(日) ■
お休み終了

明日は私の仕事始め。
何としても今日中に子供達の書初めを書き終えて帰宅しなくてはならない。
「何時ごろ帰ってくるの?」って旦那からの電話にも答えはただ1つ。
「書初めが終わってから」
昨日から何度も練習を重ねてきた子供達に徐々に成果は見られるもののローマは1日にしてならず。
一朝一夕に綺麗な字が書けるようになるわけがない。
隆之介なんか学校から持ち帰った指定の用紙が3枚しかなかったから
多少大きさ違いの埼玉版やら千葉版の書初め用紙を購入して練習してるほどだし
光太朗だって桝目のある国語ノートに何度も何度も練習してさ。
もちろんなかなか納得の行く字なんて書けっこない。
でも時間も迫ってきてることだし午後からはお清書。
隆之介はあっさり1枚目を失敗。
文字の配分を考えずに書いちゃったから文字が入りきれなくなってあっさり没。
残り2枚に全てを託す。
上手に書けたわけじゃないけど今の自分の精一杯の文字を書いて終了。
書道を習ってるわけじゃないから筆さばきさえ簡単じゃないんだからとりあえずこれでって感じ。
光太朗も母に喝を入れられながら渋々。
冬休み前に学校で書いた文字とは格段の違い。
3枚書いたうちの1枚を選んだけどまあこれが精一杯でしょって。
家では義母達の要らぬお節介が入るけど実家の両親は真摯に教えてくれるから本当に有りがたい。
子供達も書初めは実家でって決めてるみたいだし何よりも家で臨むのとじゃ姿勢が違う。
教える側の真剣さが伝わってるからに違いないからだろうけど。
で、実家で小学校3年生の時の私の硬筆書初めを発掘。
こんなに丁寧に綺麗な字だったんだって我ながら感心。
それと同時に我が子と比較しちゃって男女差を実感しちゃったりして。
中には丁寧に書く男の子もいるけど概して女の子の方が丁寧だもんなぁ。
夕食後の子供達の書初め指導は実家の両親に任せて運転に備えて私は仮眠。
9時半を過ぎて全てが終了するとおもむろに起きて車に荷物を搬入して。
結局実家を出たのが10時10分。
渋滞知らずで11時半に帰宅できたけどかなり遅くなっちゃって。
おかげで敷きっぱなしの布団やら名残はあったものの義妹に会わずに済んじゃったけど。
それにしても書初めって難関をクリアできてよかったよぉ。
来年からは2人とも毛筆になるんだけどさらに大変さが増すのかな。
何はともあれ実家の両親には感謝の気持ちでいっぱいですわ。



2002年01月05日(土) ■
FAX

昨日から実家滞在中の私達母子。
もちろん大きな目的は冬休みの宿題になってる子供達の書初め。
書道の心得のある実家の母が心強い存在。
隆之介たちは去年から毛筆、光太朗は2年生の今年までが硬筆。
まずは隆之介のお習字をと思ったらお手本がない!
あれほど入念に準備しなさいって促したけど結局忘れてきたらしい。
昨日光太朗の鉛筆は確認したけどお手本までは気がつかなかったし。
「元気な子」って書くことだけは分かってるけど手本がなくちゃ書けっこない。
自宅に電話すると旦那は「金杯」って年明け早々の競馬に出かけたらしい。
馬年ってことを配慮してJRAのカレンダーを配置したのが災いした?
何しろこのカレンダーはG�気妨造蕕最�間の競馬スケジュールがびっしりなんだから。
とにかく当てになる旦那は留守。
私達のいない間に自分も思いきり羽を伸ばしてるらしい。
となると義父は当てにならないし役に立つのは義母だけ。
義母に「学校から持ち帰った荷物の中にあるはずだから」ってFAXを依頼して。
で、旦那にも知らせようと携帯に連絡を取っても一向に繋がらない。
そのうち義母から「暮れに代えた電話機とFAXは繋がってない」って連絡。
いざって時に役に立たないFAXだわ。
旦那からも直に同様の電話が入って。
でもお習字のお手本だけは何としてもFAXしてもらわないと。
コンビニに行ってもらうようにさらにお願いして。
とにかく何度も何度も電話でやり取り。
実家にはFAXもないから父が会社に出向いて待つことしばし。
ようやくお手本が流れてきて事無きを得たけど全く人騒がせな隆之介だわ。
周囲の協力で準備できたんだからまともな習字を仕上げてもらわなくちゃね。
で、午後から母がお餅つき。
弟1号一家も妹一家もやってきて。
弟2号だけはお仕事だから新妻だけが参加して。
それぞれが持ち場持ち場で協力体制。
終了後にはみんなで外食をって話になって子供6人大人8人の総勢14名での会食。
賑やかにテーブルを囲んでたら隣席の人が子供の人数を確認してたみたいだし。
少子化時代にやっぱり稀な光景だったかな。
妹弟の機転で新聞の折込広告を持参したおかげで食事代も格安で済んだって。
もちろんここは両親の厚意に甘えたけど。
朝から一騒動あったけどみんなで仲良く食卓を囲めるって平和だね。
旦那からの情報じゃ家には義妹が来てるらしいし。
書初めさえ終われば完璧だわ。



2002年01月04日(金) ■
実家天国

私の年末年始休暇も残り3日。
山のような洗濯物を干し終えると再び荷造り。
休む間もなく今日から6日までは実家で過ごす予定だから。
とにかくダッシュ。
風の便りじゃって言うか昨日から布団が敷かれてるのを見ると
義妹一家の襲来は時間の問題なんだろうから鉢合わせもしたくないし。
でも子供達が義母の電話を盗み聞きしてきて今日は来ないらしいって情報収集。
小さい方の甥が発熱しちゃって急遽予定を変更したらしい。
「じゃ会いに行こうかしら」って孫ばか義母が話してたって。
とは言え一寸先に何が起こるかわからないのが世の決まりだからとにかく実家へと急ぐ。
甥達へのお年玉とお土産だけはしっかり旦那に託して。
もちろん主だった狙いは子供達の書初め大作戦。
それぞれに必要な持ち物を確認させていざ出発。
数分走った所で光太朗の筆箱に硬筆書初めに必要な2Bが足りないことに気づいて一旦引き返して。
都内へ向かう渋滞はまだまだ年始って感じで若干。
数回の事故渋滞はあったものの無事実家に到着して。
実家の両親と年頭の挨拶。
子供達はお年玉を貰って。
毎年新年2日に両親と3世代で行ってる筑波山今年は日程的に無理だけどとにかく元気な両親。
父には行動の記録となっているたくさんの写真を見せ付けられたわ。
お互いに露天風呂で撮り合ったと思われる入浴写真なんかもあって若さに脱帽しちゃったし。
まあとにかく義父母と年齢的には差がないはずなんだけど行動力の違いったら。
で、弟たちが年内に同居を始めるって事実を母から告げられたわ。
父も心なしか嬉しそう。
アパートの更新時期でもあるんだけど実家が嫌なら戻らないはずだから。
夏頃には大工さんに依頼して家を手直しするらしいって。
弟と連れ合いと甥姪の4人。
狭い我が家と違って4人加わったって余裕だもんなぁ。
両親が外に目を向けてるから嫁姑の折り合いも悪くはないしお互いに安心かな。
末弟夫婦も徒歩1分ほどの所に新居を構えてるし両親には心強い限りかも。
とにかく我が家とは大違いってことだけは事実。
他人が入ったら実家の鍵は返すって約束がいよいよ迫ってるってことね。
私だって留守中に義妹に勝手に上がり込まれるのは嫌なんだから
弟のお嫁さんを気遣う母の気持ちには同意してるし。
実家天国を満喫できるのはこのお正月と夏休みが最後かな。
とにかくのんびり息抜きして帰ろうっと。




2002年01月03日(木) ■
手袋

10時のチェックアウトに間に合うように朝食後身支度。
宿泊費も食事代も市役所で事前に払っていたから精算は飲み物代だけ。
ビールもジュースもほぼ実費だから支払ったのは1000円にも及ばず。
万端荷造りして車に搬入していざ出発。
で、今日は昨日とはゲレンデを代えて2in1。
ここは隆之介が1歳になる前にゲレンデデビューした思い出の場所。
もちろん隆之介本人はオムツの頃だから覚えてないけど。
さてスキー場に到着して準備を進めると旦那の手袋が見当たらない。
昨日使った手袋は4人分まとめて乾燥室に入れてたのに。
今朝隆之介が旦那のだけ置き去りにしちゃったらしい。
「だから乾燥室じゃなく車に置いておけって言ったのに」って旦那。
そうは言っても子供達のは可哀想なほど冷たかったんだから。
もちろん最終確認してこなかった大人が悪いんだけど。
取りに戻ると駐車場が満車になっちゃうから旦那はその場しのぎのを購入して滑ることに。
ここのゲレンデもリフト代が格安で大人3000円子供2000円。
ゲレンデコンディションはバッチリ。
昨日ほどの寒さじゃないにしても突風が吹いたりちょっと寒かったけど。
とにかく元気に滑りまくる子供達。
お昼の休憩は軽くクレープ屋さん。
それぞれ1枚ずつ注文して食べ終わったのに子供達の食欲は衰えを知らず。
さらに焼き蕎麦なんか食べてたし。
やっぱり動き回ってるからお腹が空いてるんだなぁって。
休憩を終えてさらに午後の一滑り。
旦那は一足早く滑り終えると帰り支度、私と子供達は後から合流して。
車で10分ほどの宿に手袋を取りに戻る。
乾燥室から入ると管理人さんが「誰の忘れ物かと思ってた」って。
で、いざ帰り道。
お正月3が日を田舎で過ごした人達のUターンラッシュに遭わない様に諏訪で時間調整。
給油して洗車して夕飯食べて買い物して。
昔日帰りスキーなんてしてた頃は
女工さんが入ったと言う千人風呂に入って信州牛のすき焼き食べて帰るってパターンだったけど
入浴しちゃうと子供達の疲れがドッと出ちゃうだろうからって今回はパスして。
時間調整のおかげで帰りの中央道もすんなり順調。
トンネル渋滞はあったものの2時間半で帰宅しちゃったもの。
帰宅すると2階和室にはすでにお布団が敷かれた状態。
使うなって義母の言葉を無視してウェアなんか干しちゃったけど。
後は洗濯物と義妹の襲来に備えて頑張らなくちゃ。



2002年01月02日(水) ■
初滑り

昨日から長野県は白樺湖近くに滞在中の我が家。
今日は今年の初滑りです。
例年だとお正月って積雪量の少なさに悩まされる所なんだけど今年は異変。
姫木平でも昨日から降り続いた雪は車をしっかり覆ってるし雪面はいい感じ。
7時半から8時半までの時間制限の朝食を終えて残飯、残汁、食器と片付けて着替えると
旦那ったら「やっぱり今日は早く滑り終えてフリカケか何か買ってこなくちゃ」って。
よっぽど食堂のメニューにご不満の様子。
加えてTVがなくて退屈で「初売りの安いTVでも探して来ようぜ」って。
そんなことにはもちろん耳を貸さなかったけど。
で、今日のゲレンデはスキーヤーオンリーのブランシュに決定。
周辺はゲレンデ銀座って感じで選択肢の多さに迷ったんだけど
ブランシュは事前にネット会員になってたからリフト料金も割引になるはずだし
何よりもスキーヤーだけだから安全に滑れるだろうからって。
それにしても凄く寒くて風も強い。
私達がスキー場に着くと諦めて帰宅しようとしてる人達が「1日券3000円でどうですか?」って。
ファミリー割引の適用を受けたかったから有り難くもお断りして。
ネット会員のファミリー割引は親子4人で11500円だったから結局さほど差がなかったけど。
で、隆之介と私はおニューの板。
旦那が宿で入念にみんなの板にワックス掛をしてくれたおかげで滑りは順調。
去年の150cmの板からさらに20cm短くなって足回りも軽やかだし。
でもとにかく寒いこと。
ヘルメットを着用してる子供達でさえ顔を覆うマスクが欲しいって。
首に巻きつけてるバンダナを口までたくし上げて。
休憩を兼ねた昼食は中華とカレーのバイキングのお店で大満足。
もう少し休憩を願ってた旦那の意向とは裏腹に短時間の休憩で再び滑り出しちゃって。
寒いけど雪質バッチリは相変わらずで。
でも3時を過ぎて光太朗の足元も危なっかしくなってきたから本日はこれにて終了。
結局旦那の希望通りにスーパーへの買い出し。
フリカケやらを購入したもののTVだけは断念して。
夕食にはしっかりフリカケ持参の隠密行動で大成功。
夕食後の卓球も昨晩と同様。
設備を熟知してた利用者の中には部屋にTV持ちこみをしてた人もいたけど
TVのない生活もいいかもしれないな。
とは言え情報不足は否めない。
弟からのメールで寒冷前線の影響って知ったほどですもの。
とにかく明日も楽しく過ごしたいわ。




2002年01月01日(火) ■
謹賀新年

さて新世紀も2年目。
今日から2002年のスタートです。
で、我が家は今日から3日まで家族スキー。
3倍の難関を突破して市の少年自然の家滞在の権利をゲットしたから3万円も掛からずに親子4人で2泊4食。
義父母から同行願望もなくすんなり4人でのお出かけ。
でも旦那ったら中央道恒例の初日の出暴走を考慮して遅い出発にしようって。
朝早く出発すれば元旦から初滑りができたはずなのに今日は到着するだけ。
暴走族も年々弱体化してるからちょっと残念だったけど断念して。
みんなで河口湖を目指す初日の出暴走、
逆走やら箱乗りやらでその場に遭遇しちゃったら本当に怖いからね。
で、元旦の朝は家族でいつもながらにお雑煮食べて新年のご挨拶をして。
スキー準備は余裕の感じで朝食後。
だけどいざ準備を始めたら隆之介の靴が見当たらない。
新規購入組だから板と一緒にショップから持ち帰ったはずなのに。
11時に新年開店となったばかりのお店に電話して確認すると店舗に取り残しはなし。
でも我が家にない旨伝えると「お渡ししますから取りに来て下さい」って。
その言葉を聞いてさらに我が家を再確認。
最後の砦となった物置の奥の奥の方に発見。
何時の間にか義母が仕舞い込んじゃったらしい。
お店にお詫びの電話を入れて。
準備万端整って。
でも旦那ったら「隆之介のポールが少し短いしお詫びを兼ねて買い物に行こう」って。
お出かけ当日だってのに新年早々の買い物。
お目当てのポールとワックスを買って終了って思ってたら旦那が何やら物色してる。
で、私に「これ買えば」って130cmのフィッシャーの板を提示。
そんなつもりは毛頭なかったんだけど何となく買っちゃったしー。
新年初衝動買い。
今度は万端整っていよいよ出発。
途中の警備は厳しかったけど心配した中央道の渋滞もなし。
夕食時刻の6時直前に目指す姫木平少年自然の家に到着致しました。
もちろん運転の大半は私。
諏訪ICから一般道に下りて姫木平に近づくにつれて降雪量が増大したけど雪の影響もなかったし。
でも夜半に降り続く心配もあったからワイパーを上げたりして車は寒冷地仕様。
で、宿に入って旦那ったら呆然。
値段を考えてもそんなに期待しちゃいけないのに「TVがない」だの「食堂がセルフだ」だの文句三昧。
それでもホールで卓球をしてから10時の消灯時間にはきっちり布団に。
明日のスキーが楽しくなりますように。