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普通の日記
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2001年12月31日(月) ■
大晦日だってばー

泣いても笑っても年内最後の大晦日。
去年の暮れはTDLのカウントダウンで新世紀を迎えたけど今年は普通通りの年の暮れ。
子供達を早めに入浴させて時々TVを見て。
で、本来は片手間じゃいけないんだけど合間合間に散らかってる和室をお片付けして。
結局大掃除なんて大げさなものはできなかったけど全く何もしないままじゃいけないし
風の便りに聞くところ4日から6日まで義妹が襲来するらしいから。
義母の心はすでに新年。
「実家に帰って来られないなんて不憫で」っていつもながらにひたすら義妹一家を思い遣ってる。
もともと狭い家に二世帯の6人が住んでること自体が無理な話。
実家だからって義妹夫婦と甥2人が押し寄せることにかなりの無理を感じざるを得ないんだけど。
今年は元旦に義妹一家の襲撃を受けたもののその後会う機会もなく淡々と過ぎたことに感謝してるし。
義妹家の長男が入学して以来我が家と同じ学校中心のスケジュールになったことにも感謝。
義母にはどう思われようと私達にとっては義妹一家は台風以上の勢力。
来るたびに猛威を奮って騒動を起こしてって有り難迷惑な奇襲なんだから。
とりあえず誠意を見せようとうわべだけでも取り繕う私。
子供達の散らしたゴミを片して。
って言うかいつだって義母が片すと
とりあえず見えないように覆い隠すだけだから何がどこにあるのか分からなくなっちゃうんだもの。
お片付け大作戦はそれを避ける唯一の手段。
必要なものを避難させて後は運を天に任せて。
それにしても何年この無意味な歴史的作業を繰り返してるんだろう。
お互いに一緒に住むことに不満だらけなのによくも飽きずにって感心しちゃう。
先週だって義母から「あと10年の命なんだったら別に暮らしたい」って
有り難い申し出があったほどなのになぁ。
もちろん「お給料たくさん貰ってるんでしょうからどこか借りて」って
相当嫌味たっぷりな言い方だったけど。
「病気が治らないのはストレスのせいなんだから」って私達の存在さえも否定しちゃってさ。
いつものこととは言え来年こそはマジで別居したい。
って思いつつも最終コーナーで一緒に年越し蕎麦を食べる私達。
呉越同舟ってまさにこんな状況なんでしょうねぇ。
来年こそは素敵な1年になりますように。

読者の皆様本年はご愛顧ありがとうございました。
来年もよろしくお願い致します。



2001年12月30日(日) ■
年賀状

隆之介は塾の冬季講習最終日。
まとめのテストだけだからお弁当なしの午前中で帰宅。
昨日から年賀状書きの追いこみに掛かった私を見てた子供達が
今日も午後になってから突然「僕も書く」って。
私の場合はスタートダッシュにしてラストスパートだから自分なりに計画が立つけど
今更言い出した子供達は自分の行動に責任が取れるのかしら?
子供達に指導しなくちゃいけないから私の時間も割かれる計算になるのだけど。
さらに隆之介曰く「写真のじゃなくて普通のに書きたい」
年末の晦日になって普通の年賀状が売ってると思う?
しかも今日は日曜日。
郵便局に買いに行くことなんてできないはずなのに。
自宅にある写真年賀状で妥協するように勧めても断固拒否する隆之介。
「やっぱり普通の買いに行ってくるねー」って言うなり当てのない旅に。
郵便局の自動販売機で取り扱ってるかな?
で、しばらくすると「コンビニで10枚パックのがあったよぉ」って電話。
それも通常店舗で扱ってる印刷入りのじゃなく全く普通のがあったらしい。
何ともラッキー。
何店舗回ったのか隆之介の意地が通じた感じ。
通常価格で10枚をきっちり購入。
それ以外のは写真ので済ませる計算らしい。
でも電話からしばらくしても一向に帰宅の気配を見せず。
忙しい暮れに何処で遊び呆けてるんだろう。
どこかのゲームコーナーで掴まってるんだろうなって予想。
日暮を知らせる音楽が鳴っても帰宅しなかったら家には入れないつもり。
音楽と同時に帰宅して難を免れたけど。
で、それからが大騒ぎ。
子供達ったら来年の干支は午だから馬の絵を描くって言い出して。
たまたま貰ってきてたJRAカレンダーのサラブレッドを見本に描いてたけど。
色鉛筆で綺麗に描いた馬の絵と新年を寿ぐおめでとうの言葉。
担任の先生や友人に数枚。
それを見てた光太朗も「僕も」って。
もちろん光太朗には手取り足取りつきっきり。
担任の先生のは宛名も書かせたんだけど郵便屋さん泣かせになるかもってくらい難解な文字。
傍らじゃ私も作業続行中だから3人揃って急ピッチ作業。
もちろんそんな私達を尻目に旦那ったら知らん顔。
来年は自分で書かないと許さないからーって何年言い続けてきたことか。
せめて子供達だけは悪しき習慣を受け継ぐことのないようにきっちり教育しなくちゃ。
上手に描けた子供達の年賀状私も貰いたいくらいだわ。



2001年12月29日(土) ■
年内最終お弁当

先週の給食終了時から始まった子供達のお弁当作り。
昨日で光太朗の学童通いは終わったけど隆之介は25日から塾の冬期講習。
明日の最終日はお弁当なしのテスト日だから今日が年内最終のお弁当作りです。
仕事じゃないのに早起き。
光太朗に配慮してこれまで入れられなかった好みのおかずを入れたりで最終日も愛情たっぷり。
冷凍枝豆を使った簡易豆ご飯やら唐揚げやら。
とにかく今日も頑張ってって物言わぬお弁当が全てを物語ってる感じ。
お昼を挟んで勉学に勤しむ我が子にこの程度は普通だと思うんだけど。
でも隆之介の話じゃ結構手抜きの母ってのも多いらしい。
塾に出入りのチキン業者が運んで来るお弁当とかコンビニのおにぎりなんてのもザラだとか。
日の丸弁当じゃないけど隠して食べる子もいるんだって。
とにかくお弁当事情もそれぞれの家庭によるらしい。
で、お弁当作りも終わって一段落。
洗濯も終わってしばしの憩い。
突然義母が「昨日電話があって年賀状できたって」
写真年賀状の注文が後手後手になって今週の仕上がりになったのはやむをえないけど
昨日連絡があったなら遅くても取りに行きたかったよぉ。
年賀状書きって夜なべ作業になるだけに1晩を無駄に費やしたのはとんでもない誤算。
帰宅後すぐに取りに出かければ余裕で閉店前に飛びこめるはずだったのに。
世間じゃみんな投函した頃なんだろうけど私はこれから書き始め。
1日の違いはとにかく大きいったら。
それにしても我が家って義父が何もしないから義父の年賀状さえ義母の担当。
で、悪しき習慣を受け継いで旦那の年賀状も私の担当。
共働きだった実家の両親だって個々に賀状書きをしてたのに。
って言うかそれぞれの交友関係への年に1度のご挨拶なんだから
本人じゃなくちゃコメントのしようもないのにさぁ。
旦那にリストアップさせた名簿。
宛名を書き終えてからコメント毎に仕分けさせる段取り。
全くコメントぐらいは自分で書けよー。
午後から買い物がてら写真屋さんに受け取りに。
毎年子供の写真を使ってるけど成長著しい感じ。
で、帰宅後早速作業開始。
私の宛名書きってスピードも正確さもかなりのもんなんだけど気がつけば夜更け。
お腹が空いちゃってバナナを食べてからさらに作業続行。
何と就寝が5時になっちゃいました。
お弁当作りが終わってて本当によかったわ。
ってなわけで年賀状書きも大詰めです。



2001年12月28日(金) ■
仕事納めの日

本日今年の仕事納め。
事前のメールで3時頃集合の後に解散ってあったから4時にお友達と会う約束なんかして。
とにかく絶対に3時過ぎには職場を出るんだって意気込みで。
お年玉の為の両替やら年末年始の軍資金を調達する為に銀行にも行かなくちゃいけないし
年末のご挨拶に来る人はひっきりなしだし結構忙しくて。
昨日からお腹の調子がイマイチだから昼食は抜き。
って言うか特段食べたくなかったから時間をずらして所要の為の外出。
履いてきたパンプスのヒールが潰れちゃったから靴直しのお店にも行かなくちゃいけないし。
で、検索して見つけた駅ビルの靴直しのコーナーへ。
だけど到着した2時過ぎは運悪く昼食休憩時間帯。
検索ついでに営業時間帯も電話で問い合わせすればよかったなってちょっと後悔したりして。
2時半の再開までには時間があるからとりあえず銀行へ。
銀行も今日が年内最終営業日だからとにかく混雑してること。
並んだ両替機は故障しちゃって窓口に並び直したりで何だか時間を費やしちゃったし。
もちろん甥姪たちへのお年玉がメインだから千円札が主流だけど。
で、靴修理のお店のシャッターが開くのを待つことしばし。
帰ってきたおじさんが準備してる傍から修理を依頼して。
代金を払おうと小銭を確認すると小銭入れが見当たらない。
どうやら職場に置き忘れてきた模様。
せっかく銀行で両替してもらったばかりの新券をここで使うのも忍びない。
札入れを点検するとDCギフトカードが2枚。
目の前には金券ショップ。
このカードを金券ショップに持ち込めば96%ぐらいで買い取ってもらえるかも。
なんて考えながらレジの辺りを見ていたらクレジットカード払いはもちろんギフトカードもOKだって。
修理が終わって1260円。
ギフト券だと2000円出してもお釣りが出ないからギフト券と新券出して740円のお釣りを貰って。
とりあえず新券は1枚使っただけで助かったわ。
急いで職場に戻って3時の解散を待つ。
簡単な挨拶があってビールで乾杯してお開き。
で、自席に戻ると年末のご挨拶の人が続々。
私だって帰りた〜いって心で叫びながらもにこやかに対応してさ。
3時半になって最後の来客を送り出すとダッシュで駅へ。
ネット友達との束の間の逢瀬。
3時仕事納めって家族には伝えてなかったからギリギリの時間まで粘っちゃったし。
明日からは家事に勤しまなくちゃ。



2001年12月27日(木) ■
ご入浴

帰宅するとパジャマにガウンを羽織った義父が夕食中。
普通は洋服だから紛れもなく入浴を果たしたご様子。
頬には赤みがさしてるし。
慌ててお風呂場をチェック。
悲しいことに湯船には温かいお湯が満タンに。
洗面器もお風呂マットも使いっぱなし。
試しに水際をちょっと触ってみると当然のようにギトギト感。
入浴時にしか着替えないから汚れ物だって相当だし。
いつものことながら全く困った御仁だこと。
義父の汚れ物は置き去りになってても私は知らん振りだから構わないけど。
義母には「他のものを置いてでもお義父さんのを先に」って言われたって
やっぱり嫌なものは嫌だし何よりもそんな汚いもの触れないもん。
血の繋がった子供達にだって汚れ物は下洗いさせてるのに
赤の他人の義父の長期連続着用後の下着なんか素手じゃ触れないし。
それにしても前回の入浴はいつだったのかって感じ。
熱海の花火大会があったのが16日の晩。
入浴嫌いな義父も旦那や義母に促されて宿泊した3日間は連続して入浴してたはず。
宿泊先の大浴場には温泉の湯に紛れて義父の湯ノ花も咲いちゃったんじゃないかしら。
男湯のお湯が循環して女湯に注ぎ込まれてるシステムじゃなかったと信じたいけど。
でも私達は16日の夜に帰宅しちゃったから17日の入浴については定かじゃない。
だから最後の入浴確定は16日ってことになるのかもしれない。
帰宅日の早朝に入浴してたと大目に見ても10日ぶりってことになるのだけれど。
で、どんなに振り返っても我が家での今月の入浴は今回だけかも。
今年も残り数日間限りだからもしかしたら正真正銘年内最後になるのかも。
義父の不精も年々進化してるって言うか退化してるって言うか。
今朝私が起きた時も夕べからのホットカーペットが点いたまま。
いつものことながら最後に就寝するのは義父だから消し忘れたに違いない。
最後に点検しなくちゃって言ってた義母だって毎日確実とは言えないし。
カーペットの消し忘れの頻度が増してる気がするのは私だけかしら。
絶対に義父の老人特有の症状は進んでるとしか思えないけど。
全く鬱陶しい存在。
私は義父の後塵を拝する今夜の入浴を拒否。
寒いのにシャワーのみを選択。
子供達は湯船に入浴剤を投げ入れると緑に染まったお風呂に入ってたけど。
それでもやっぱり嫌なものは嫌だって。
来年こそは何とかって毎年願い事は一緒なんだけど。



2001年12月26日(水) ■
苦手なもの

虫でも蛇でも高い所でも狭い所でもこれと言って苦手意識のない私にも苦手なものが。
新しい建物独特の接着剤の臭いとか化粧品一般のそれ。
とにかく臭いの類全般について苦手。
安普請の新店舗なんか入った途端に目も頭も痛くなって。
これってシックハウス症候群の気があるってことだと思うし。
化粧品売り場なんか臭いが嫌いで近寄れないくらいだもん。
もちろん嫌いじゃない臭いもあることはあるけど混濁した強烈な臭いは苦手中の苦手。
鈍感な旦那には何でもない空間でも私には我慢ならない地獄となる。
2人の子供も私の負の遺伝子を受け継いでるらしく臭いの類には敏感だし。
で、毎日の通勤電車と言う密室空間で臭いのきつい女性と隣り合った朝は頭痛を覚える私。
昨日の朝も偶然嫌いな女性の隣に。
ほぼ毎日遭遇する独特な臭いの女性なんだけど
電車を待つ列にその臭いがしなかったから油断してたら彼女ったら隣のドアから進入。
私が左に進んで彼女が右に進んで真中で遭遇しちゃったってわけ。
もちろん体臭ってわけじゃなく自分から好んでつける香水の類。
両側を大きな男性にガードされて身動きさえ取れなくて1時間弱が地獄。
満員電車だから1度ポジションを決めたらほぼそのまま。
もちろんこんな日に限って座れずに立ちっぱなし。
息苦しいまま空気が薄く感じてきて。
私の乗ってる電車って停車駅が少ないからドアの開閉回数も少ないから空気は淀んだまま。
新宿駅に着いた途端急いでドアから飛び出して息継ぎ。
事無きを得たけどあれが限界ギリギリだったのかも。
で、今日は1日中その臭い地獄。
クリスマスの昨日お休みした隣の席のお嬢さんが臭ってるから。
先週までは何にも感じることなく過ごしてたから彼からのクリスマスプレゼントかな。
とにもかくにも私には地獄。
臭いって本人は麻痺しちゃうけど周囲の者には我慢ならないものなのよねぇ。
とは言え嗜好品だから今の所何とも言えない。
この種の臭いに敏感なのは私だけみたいだし。
でも何だか意識が朦朧としかかってる。
仕事に支障が出るようじゃいけないけど。
しばらくはこの環境に我慢しなくちゃいけないのかしら。
毎日これが続くと思うとちょっと憂鬱だわ。
仕事の能率が落ちて失策を犯したらここ数日は彼女のせいだったりして。
臭いを何とかする方法ってないものかなぁ。
やっぱり根本から断つしかないのかしら。



2001年12月25日(火) ■
クリスマスの日

今日は終業式。
子供達を起こすのはいつものこと。
でも今朝は特別。
ベッドの上にサンタさんからの大きなプレゼントが届いてるから。
私達母子は母子同室。
長男と私は極めて似てるし数年前に隆之介に2つのクリスマスプレゼントが届いた時には
「ママのことを子供だと思ったに違いないよ」って。
だから私にもプレゼントってのが我が家の定説になってるし。
で、今年のプレゼントは3人で力を合わせて願い事をすることになっていた。
私がゲームキューブの本体、隆之介がコントローラー、光太朗がソフトって配分。
もちろん全ての仕込みは抜かりがないしただのキューブじゃなくて最新の「Q」だし。
プレゼントに気がついた子供達。
早速開封するも見たこともない「Q」に驚きを隠せない。
「こんなの見たこともない!頼んでないのに凄いのが届いた」
斬新なシルバーの本体。
入手困難なコントローラーもバッチリ揃ってるし「ピクミン」も一緒だし。
とりあえず学校の時間に遅れるといけないから急がせて。
もちろん「本体はママのだよねー」って念押しすることも忘れずに。
で、学校でも今日の話題は通知票よりプレゼントだったらしい。
去年みたいにサンタ疑惑の声も上がらず。
隆之介たちのクラスでは圧倒的にゲーム関連が多かったとか。
その中でも「Q」が届いたのは我が家だけ。
しかも「コロコロ」読者の1人しか存在さえ知らなかったって。
光太朗たちのクラスでも同様。
で、隆之介は帰宅後ダッシュで塾へ。
途中1000円を拾って交番に届けて。
交番のお巡りさんからその旨私の携帯に連絡が入って「帰ったら誉めてあげてくださいね」って。
通知票が悪くても今日の善行で帳消しかも。
塾から帰ってから早速Qで遊んだみたい。
光太朗は今日もお弁当持参で学童。
帰宅後風邪で休んでた旦那と義母と買い物に出かけてDVDのトーマスをゲットしてきて。
子供達の案内で私もQの初体験。
やっぱりこれは感動物。
今年のクリスマス大作戦も大成功って感じ。
義父母にも例年通り表面を取り繕うためのプレゼントを忘れずに。
さて、もう一方の懸案事項通知票。
私が帰宅するまで子供達が保管しててくれたから義父母に先んじられることなし。
去年まで神棚に上がってた状況から考えたらもう別世界。
成績は言わずもがな。
それにしても今年の私のプレゼントはマジでQ本体だけ?
サンタさんったら忘れてないのかな。



2001年12月24日(月) ■
クリスマスイブの日

天皇誕生日の振替休日でお休みの今日はクリスマスイブ。
でも我が家は休息とは無縁な慌しい1日。
9時集合で年に1度の剣道の昇級審査会が行われる予定だから。
数日前から風邪気味の私は夜中咳き込んで眠れなくて明け方からウトウト。
で、気がついたら8時を少し回っていたから大慌て。
夕べ具合が悪くて入浴しなかったこともあって
一旦子供達を送り届けてから入浴した後で時間を見計らって審査会を覗こうと思ってたのに
義母が「保護者同伴なんでしょ」って余計なお節介。
剣道の前に柔道の長い審査があるから一時帰宅は可能なのになぁ。
とにかく時間厳守の集合には間に合って9時半に審査会開始。
ドンドンと神聖な道場に鳴り響く太鼓。
でも例年通りに柔道の審査が先。
去年は道場でお互いの審査を見てたけど今年は別室で防犯ビデオか何かで時間調整。
それでも時間が余っちゃって結局子供達は時間を持て余し。
待ちきれなかった光太朗は喧嘩さえ起こしちゃって。
柔道が終わっていよいよ剣道の番。
6級受験の光太朗達基本組からの審査となる。
6級受験時に3年生だった隆之介と違って光太朗は2年生だからちょっと心配。
上席には審査をする見ず知らずの先生。
高橋先生の指示に従って練習の成果を発揮。
って言うかいつもより動作も機敏に元気よくできてたんじゃないかなって感心。
続いて隆之介たち5級受験者の番。
去年は型だけだったのに防具をつけて対戦できる1年の進歩に目を見張る。
対戦相手を代えて2戦。
自分からどんどん攻めて攻めて審査をする先生の手が上がると先生から「止め」
とにかく全力でぶつかったから悔いはないみたい。
1級まで全ての対戦を終えると昇級審査も終了。
試合に負けて涙した柔道のちびっこも無事昇級を果たしてたし少年剣士君たちも無事昇級。
でも光太朗ったら合格は先生預かり。
喧嘩をしたりの日頃の行動が昇級に相応しくないから行動を見て判断するってことらしい。
光太朗にはいい薬。
で、帰宅すると義父母から「どうだった」攻撃。
隆之介は自分は受かったからいいけど光太朗を案じて結果を言い出すことはなかった。
「本人に聞いて」って。
でも根掘り葉掘り攻撃から逃れたくて私がポロリ。
光太朗に義父母の冷たい視線。
賞状を貰うのは年明け早々。
先生預かりが早めに解けますように。
夕方から年内最後のスイミング。
いつもながらハードな1日でした。



2001年12月23日(日) ■
クリスマス集会

子供達は10時集合でスカウトのクリスマス集会。
プレゼント交換をしたり室内ゲームをしたり。
私はと言えば子供達を集合時間に間に合うように送り届けてからスーパーへ買い出し。
もちろん担当になってる唐揚げ作りのため。
20人前から10人前に半減したとは言え厄介な仕事に変わりないけど。
唐揚げかそれに代わるものって一言を見つけてナゲットなんかも作ることに。
スーパーは朝市の真っ最中。
運良く広告の品になってた鶏肉2パック900gとナゲットを購入して帰宅。
ナゲットは子供が好きだからってのはもちろん完全な手抜き。
周囲にポテトをアレンジして大皿に盛って。
12時必着に間に合うように届けると午前のお楽しみのケーキデコレーションは終了してた。
子供達は鉄板で焼きそばを焼いてる最中。
ポテトは時間に遅れて到着。
子供達に混じって私達父兄も一緒に昼食。
作る過程を見ていなかったからそれなりに美味しく感じたけど。
で、いよいよケーキを食べる。
担当となってたママは昨日スポンジを焼いてくれたんだって。
ケーキ担当じゃなくてよかったぁってシミジミ。
2班に分かれてデコレーションしたらしくそれぞれのケーキは特徴的。
隆之介たちのは見た目は綺麗。
光太朗達のは独創的できのこの山が飛び出してたり
クリームコロンが大砲みたいに横から出てたり。
ロウソクに点火してからケーキカット。
中に挟んだクリーム量が多くて潰れがちなのはもちろん光太朗達の。
でもやっぱり手作り。
形は悪くてもみんな「美味しいねー」って満足だったもの。
食事後はお楽しみの室内ゲームやらプレゼント交換。
新聞紙ゲームも輪ゴムリレーも連想ゲームも子供と一緒に楽しんじゃった。
終了後は使った集会所をみんなでお掃除して解散帰宅。
で、しばしの休憩の後予約してるクリスマスプレゼントを受け取りにお出かけ。
子供達も同行してるからバレナイように旦那と連携。
細心の注意を払って。
「Q」一式とコントローラーとソフト1本。
子供達がどんな顔をして驚くかが楽しみだったりして。
で、旦那ったら早くもDVDソフトに目が。
子供達に「DVDないのに」って不思議そうな顔されてたけど
安易な行動でサンタからのプレゼントがばれちゃったらどうするの?
とりあえず車に積んだ「Q」は無事自宅に到着。
プレゼント出番のその日までひっそりと眠ってもらわなくちゃね。



2001年12月22日(土) ■
休日出勤

巷じゃ3連休だってのに本日休日出勤。
午後からの業務なのに上司ったら9時半出勤を命じてくれちゃって。
ささやかな抵抗を見せた私は10時に出勤したけど。
第4土曜日で子供達も学校はお休み。
光太朗は1日学童で過ごさせることにして朝からお弁当作って。
もちろん隆之介の分のお弁当も作り置き。
適当な時間に昼食を取ったら自転車でスイミングに行きなさいって指示を残して。
旦那も出勤だし何時に帰宅するか分からない。
私は仕事の後部署の忘年会。
加えて義母も毎月恒例のお友達との夕食会で不在。
義父は当てにできないから子供達には
冷凍庫にあるうなぎ&ご飯を解凍して食べるようにって夕飯の段取りまでして出勤。
隆之介には私が使ってる家の鍵を持たせて。
スイミングから帰ってくるとちょうど学童の帰宅時刻頃だから光太朗と合流せよって指令も出して。
2人とも4時半過ぎまで学童で遊んでたらしくいつまで待っても帰宅せず。
夕食会に出発すべき義母も焦ったらしい。
結局見切り発車で外出したって。
心配してくれるのはありがたいけど恩着せがましくて困っちゃう。
義父母の不在を想定して子供達に段取りしてるんだから大丈夫なのに。
何度か家に確認の電話をしても留守番の義父が出るだけ。
挙句「今日は帰宅遅いのか?」って余計な詮索までされちゃって。
って義父の夕食準備も私の担当なの?
冷蔵庫にあったうなぎが減ってたから恐らく義父もそれを食べたんだろうって予想。
さてお仕事は極めて順調。
予定よりちょっと早めの7時には職場を後にお食事処へ。
職場の近くの鉄人のお店。
フカヒレやらナマコやら一品を適宜。
上司のご機嫌も上々で和やかな宴となりました。
で、帰宅。
鍵を隆之介に渡しちゃってるから私には玄関のドアを開ける手段なし。
さほど遅くない時間帯とは言えピンポンって鳴らすのは義父母の迷惑だし
電話して鍵を開けてもらうのもイマイチ。
家の近くまで来てどうしようかなぁって考えてたら私の携帯に隆之介から電話。
「今どこ?」
「家の前。電話して開けてもらおうかどうか考えてたんだよぉ」
正に以心伝心。
2階のベランダから隆之介が身を乗り出して私を確認すると早速玄関を開けてくれて。
隆之介も光太朗も私の帰宅を待っててくれたらしい。
PCでゲームばっかりしてて義母に叱責されたらしいけど2人でも大丈夫なんだね。
成長が嬉しいわ。



2001年12月21日(金) ■
サンタ準備

クリスマスまで数日。
子供達はサンタの存在を感づいているのかいないのか。
去年の隆之介のプレゼントには困惑させられたけど。
忙しさに追われて我が家のツリーは未だに日の目を見ず。
最終最後に出してアフタークリスマスを飾るってパターンもあるから
現時点では何とも言えないけど。
でも子供達は「ツリーがないとサンタさんの目標物がない」って心配そう。
お菓子の上の小さなツリーを飾ってみたりしてるほどだし。
光太朗は学校で作った紙のツリーやカラフルなキャンドルに安堵してる様子だし。
とにかく心からクリスマスが待ち遠しいって感じ。
で、今年の2人の希望プレゼントは去年ほど難問じゃない。
隆之介はゲームキューブも欲しいし専用のビデオデッキも欲しいって迷ってる。
隆之介がキューブを頼むことを想定して光太朗はキューブのソフトって連携プレーだし。
でもゲーム専用のキューブにはサンタ側が難色を示して
勝手にプレステ2にしちゃおうかって相談なんかして。
これだったらDVDも見られるしゲーム三昧は逃れられるしって算段。
でもここに来てお友達や弟から新たに「Q」情報。
今月発売されたばかりの「Q」はDVDはもちろんキューブとの互換性があるって優れ物。
今日になって時間の合間を見計らってネット検索。
プレイ時間の管理に便利なゲームタイマーって優れた機能も搭載してるし。
早速旦那と連絡を取り合ってプレゼントはほぼ決定って様相。
でも旦那も私も実物を見たことがないし流通経路も全く分からない。
お客様相談センターで扱ってる店舗を確認。
首都圏でも限られた店舗でしか扱ってないって再認識。
早速数件のお店に電話して在庫確認。
隣接した市にあるトイザラスには残り10個。
最終的に我が家に最も近いイトー○ーカ堂の玩具売り場に取り置き。
ここでも残りは4個だったからギリギリセーフって感じかな。
旦那が職場の同僚に偵察に行ってもらった大手家電販売店は在庫切れだったって言うし。
とにかくQの取得に間に合って一安心。
で、同僚もパパサンタの準備に躍起。
どうやらプレステのソフトらしいんだけど格闘技ってかなりマニアックな素材。
見事に検索して奥様と連絡を取り合ってたみたいだけどかなりの難問だろうな。
それにしてもいい子にしてないとサンタさんが来てくれないって子供達は気づいてるかな?
ここ数日の子供達ったらマイナス要素大なんだけど。



2001年12月20日(木) ■
午後半休の日

いよいよ2学期も残りわずか。
本日午後3時からPTAの役員推薦委員会の為の午後半休です。
他の役員はほとんどが通年忙しいのに対して
年度の大半をのんびり過ごす役職だけど年度末に向かって大忙し。
来年度の本部役員を選出しなくちゃいけないんだから。
で、11月の初回会合を欠席しちゃった私。
年末で仕事の方も忙しいけど上司と同僚の理解を得て午後半休。
もちろんギリギリまでデスクに向かって昼食も食べずに退勤して。
最寄の八王子駅に到着してから時計を見ながら簡単に遅目の昼食を取って。
いざ学校に到着。
で、何気に校庭に目をやると元気に遊ぶ光太朗の姿。
って今日は変則的に剣道の稽古があるから2時には学童を出るように伝えてあったのに。
本人に早く帰るように促してから学童からも追い出してもらうように電話して。
PTA役員室に直行。
集合状況はまずまず。
先日児童を通じて告知回収した役員候補の集計一覧を提示されて。
現職役員で残留が数人。
新人推薦が24人。
票数はまばらだから誰に依頼するかを相談。
でも結構多くの票を集めた1人の候補者に待ったの声。
「現職と一緒に仕事をしていくには我が強すぎる」ってな内容。
「仕事はできるしいい人なんだけど」って。
そう言う人こそ執行部に入ってもらって
ぬるま湯みたいな慣習を打破してもらった方が活性化していいかもしれないのに。
結局その人の取り扱いは3役任せ。
数人の候補者に絞ってアタックすることに決まったけど。
でもアンケート用紙の回収状況って本当に悲しいほど。
2年生の保護者会で私が集めた用紙がかなりの割合を占めてたんだから。
他の誰もが前向きに行動しなかったことを考えてもマンネリ化してるPTAを打破する力が必要なのに。
とりあえず今日の役員会は恙無く終了。
剣道の稽古中の光太朗を迎えに行って歯医者さんに行って。
で、車の中で光太朗ったら突然お弁当を食べ始めたの。
今朝私が出勤前に一生懸命作ったお弁当。
夕べ2人の子供に給食終了日を確認したら2人の意見が今日と明日で異なってたから。
結局今日のお弁当は無駄骨。
でも光太朗が「ママのお弁当って美味しいよね」って食べてくれたから報われたけど。
帰宅したら当然隆之介分のお弁当も残されてた。
結局3人であり合わせの夕食ってことになって。
大学時代の恩師の訃報が舞い込んだりしたしやっぱり何だか慌しい1日でした。



2001年12月19日(水) ■
予約の品

11月17日にキャンセル待ちをかけてた季節限定の化粧品。
ついに週末担当者から連絡が入ったから入手すべく本日お店へ。
予約券とメンバーズカードを提示してすぐに現物とご対面。
リフトアップ効果のあるアイクリームだけの値段で可愛いポーチとその他のクリーム付きって商品。
クリスマス限定商品ってどこのメーカーでも趣向を凝らしてるし
私の希望してる商品も発売から数日で予約受付さえ終了しちゃったんだから。
で、第1弾の発売が終わっていよいよ先週末から第2弾の売り出し開始。
今月中にキャンセルの電話がなければ諦めてって言われてたけど
思いもよらずに早い週末にキャンセルの報告。
来店しないと私も権利を失うから忙しいけど今日カウンターに。
担当のお姉さんにキャンセル待ち1番だったって教えてもらって。
何だかささやかな幸せ。
一方本日予約確認の電話あり。
先週の金曜日に電話で仮押さえした30日のミラコスタ。
土日に来店しない場合は利用しないと思っててって担当者に伝えてたんだけど念のために確認の電話。
旅行会社さんもギリギリまで返事を待っててくれたらしい。
結局定員3人は譲れない基本原則を守って我が家が利用するなら旦那抜き。
旦那は行ってきてもいいよって言ってたけど私も子供達も泣く泣く行かないことに決めて。
31日に目いっぱい遊んじゃうと元旦からのスキーに支障が出ちゃうってことも理由だし。
で、乳幼児2人を抱える弟宅に投げ掛けてたの。
乳幼児2人だったら添い寝の対象になるはずだから。
でも何度電話しても携帯にメールしても音沙汰なし。
ついに今夜担当者から確認の電話があったから利用しない旨お答えしちゃったの。
今更予約なんてできっこないから本当なら弟と連絡取ってからにしたかったんだけど。
これでミラコスタとは当分無縁かも。
で、担当者からの電話を切った直後に弟から連絡。
週末は子供のお遊戯会でメール確認が遅くなっちゃったんだって。
それにしてもメール確認も連絡も遅すぎるけど。
「キャンセルしちゃった?」って今になって。
あぁ正に一足違い。
弟に伝えたら滅茶苦茶残念そう。
弟も義妹もやっぱりミラコスタに泊まりたかったんだって。
だから懸命に連絡取ろうとしてたのになぁ。
ついでにお正月スキーへの同行をお誘い。
弟は4日出勤だからお正月はゆっくりしたいって断られちゃったけど。
予約のタイミングって微妙だわ。



2001年12月18日(火) ■
唐揚げ20人前って

昨晩帰宅後封書を確認。
子供達の属してるスカウトの副長から。
夜遅くだったからとりあえず開封して中身は確認したものの至極あっさり見た程度。
23日のクリスマス集会のお知らせって程度にしか認識していなかった。
子供達には持ち物やら交換用のプレゼントを用意するようにって指令。
ほとんどいつも通りのカブ連絡で集合場所やらの必要連絡事項がメインだったし。
何やら父兄の担当表もあったみたいだけど特別重要視しなかった。
でも今夜になって副長から確認のお電話。
慌てて封書の中身を再確認。
子供・大人合わせて20人分の準備って書いてある。
それぞれ担当割。
買い出しだけで済んじゃう飲み物なんて楽なものから
下準備の必要な焼きそばや唐揚げと言ったものとかスポンジケーキの台とかホイップクリームとか。
当日の活動場所となる○○会館で作っても良し。
自宅で作って届けても良し。
とにかくお昼には必着ってことらしい。
で、私の担当は唐揚げ20人分。
一言で20人分ってどうすればいいのぉ。
一向に想像がつかない。
何kgのお肉を購入したら20人前に該当するんだろう。
味付けも大きさも担当者任せだから最終的に唐揚げになってればいいらしい。
数年前保育園の卒所祝いのお花見で大量の唐揚げを担当した経験はあるものの
その時は冷凍物を使用したし別の担当者が購入して来てくれたし。
副長曰く「お願いできるのは他にいなかったから」って。
確かに隆之介がカブ隊の最年長だから誰よりも活動歴は長いし
それに付随する保護者なんだから当然私が保護者活動歴も長いし。
ましてや光太朗と2人が活動してるんだから仕方がないにしても前日出勤ってのは痛い所。
唐揚げ用って切り分けられてるお肉にしちゃおうかな。
あるいはチューリップにしちゃおうかな。
買い出しに行く余裕があれば業務用の大きな冷凍物の方がさらに心強いんだけど。
副長との電話の後そんなことを考えていたら今度は別の担当者から電話。
彼女は焼きそばなんだけど当日出勤だからどうしようって。
唐揚げと焼きそばダブルはもちろんお断り。
副長と相談してもらうことにしたけど。
子供達がケーキデコレーションを楽しむのは午前中。
ケーキ担当者は10時半必着だからケーキじゃなかったのが幸いだけど。
日曜日の我が家は朝から唐揚げ臭い状態って今から想像に難くありません。
買い出しも何とか頑張らなくちゃね。



2001年12月17日(月) ■
うなぎな夜

昨夜遅く帰宅して山のような洗濯物。
幸いにして好天。
昨日から今朝まで洗濯機3回。
義父母は熱海に宿泊中だから騒音なんて気にしなくて済むし。
で、普段は旦那→私→子供達って順番に慌しく家を出発するものの
今朝は留守番の義父母がいないから子供達は私と一緒に出発。
鍵閉めちゃうよぉって促してとにかく慌しく。
いつもなら隣の大ちゃんのお迎えをギリギリまで待ってる2人だけど今朝は大ちゃんをお迎えに。
とにかく朝は無事に終了。
10時頃熱海を出発した義父母はお昼頃には帰宅。
3件残されてた宅配の不在処理をしてくれたみたい。
で、今夜の私は残業デー。
とりあえず5時を目途に自宅に電話をして義母に子供達のことを依頼。
当初は遅くとも7時ぐらいに終わるかなって読んでたのに
会議の時間がどんどんずれ込んで結局職場を後にしたのが10時だし。
で、残業となるとやっぱり注目は夕食の献立。
何と言ってもうなぎの大好きな上司の下で働いてるから。
案の定6時半を目途に会議に出す分の発注。
当然自分達の食する分も漏れなくうなぎってことで。
しかも○○のうなぎって発注先も上司の希望。
折りに入れてホカホカのうな重が運ばれてきたけど別の部署じゃお寿司だったり。
と言いつつしっかり会議の合間に食べちゃったけど。
結局前の会議が長引いたからここの会議もかなりの時間調整。
その度に時間変更の電話を入れたりとにかく大騒ぎ。
深夜に及ばず今日中に終わっただけ良しとするって説もあるけど。
で、仕事を終えて帰宅。
お土産のお寿司の折を義父にプレゼント。
11時を回ってたから明日の為に保管してたみたい。
見ない振りをしたけど冷蔵庫って非常識さは相変わらず。
私は余ったうな重を持ち帰って非常食として冷凍庫に保存。
で、不在中に義母が処理してくれたお歳暮は義父宛ての新巻と私宛てのメロンとうなぎ。
霞ヶ浦の天然うなぎは嬉しいけどこううなぎ三昧ってのもなぁ。
誰かうなぎのいい調理方法を伝授してくれたらいいのに。
軒下を見上げると悲しいことに洗濯物が干されたまま。
毎度のことだから仕方がないにしてもせっかくお日様で乾いた洗濯物も元の木阿弥。
急いで仕舞い込んだけどなんだかね。
で、ふとお隣の軒下を見るといつものように洗濯物が干されたまま。
雨でも構わず外に出してるんだけどそれほどまでに無頓着なの?
義父母と同居じゃないって幸せなのね。



2001年12月16日(日) ■
花火大会の日

今夜は熱海の海上花火大会。
冬の夜空を彩る大輪を堪能すべく昨夜から一家揃って熱海に宿泊中。
で、花火開始は8時20分だから1日周辺でのんびり計画。
決まった予定もないから朝食を取りながら相談。
子供達の希望はサイクルスポーツセンターで存分に自転車遊び。
義母は伊豆シャボテン公園に行きたい様子。
義父は部屋でノラリクラリと過ごしたい雰囲気だったけど懸命に誘って同伴決定。
とりあえず9時過ぎには出発。
でも出発時点で行き先は未定。
本日の運転は珍しく旦那。
熱海から海沿いの道を南下して途中のコンビニで無料の周辺マップを入手して。
サイクルスポーツセンターは途中で右折、
シャボテン公園には一路南下って途中で選択を迫られたけど結局子供達の意見を重視。
って言うかナビで伊豆シャボテン公園って検索しようとしたら
義父が『伊豆の豆は「あづき」の「づ」だから「つ」に点々』って見当違いのことを発したから。
私と子供達が「ず」って主張してるのにさ。
何の役にも立たない義父が助手席でナビ。
当然シャボテン公園は検索できなくてカタカナだけのサイクル〜に決定したってわけ。
旦那は分岐点になると私に道を尋ねるんだけど2ndシートからじゃ標識が見えないってば。
で、途中に大きな観音様を発見。
拝観料を払って6人で見学。
義母は義父にボケ防止のお守りなんてのを購入してたけど効き目があるのかなぁ。
108つの鐘を叩いて煩悩を払いながら頂上まで。
義母は心が清らかになった気がするって言ってたけどいつまで長続きすることか。
観音様を後に一路サイクルスポーツセンターへ。
子供はフリーパス券購入だけど大人は入場料のみ。
オモシロ自転車やらサイクリングロードやらとにかく手当たり次第に楽しむ子供達。
基本的に自力で漕ぐものばかりだから適度な運動にもなるし。
遊び足りないものの少し肌寒くなったから終了。
夕食の買い出しをしながら部屋に戻って入浴を済ませ花火待ち。
夏の夜の花火もいいけど空が澄み切った冬ならでは。
新しい種類の花火も上がったしとにかく時間を忘れる感じ。
9時終了。
で、旦那ったら直後に帰ると道が混雑してるからって動こうとしなかった。
ガッコの先生なんか見始めちゃって。
これ以上待ってても埒があかないからって先に帰る宣言をした途端重い腰を挙げたけど。
渋滞なしで11時には帰宅できたし充実した1日でしたわ。



2001年12月15日(土) ■
衝撃的

子供達の学校&スイミング終了後に家族6人でお出かけ予定の今日。
明日の夜の熱海の花火大会がお目当て。
焦る出発でもないから午前中はのんびり歯医者さん。
子供達がプールから帰ってきたら水着を洗濯してる間に身支度を整えようって思ってたし。
で、スイミングから戻る途中に隣の大ちゃんママと遭遇。
平日は出勤して留守にしてる私はご近所との接点が薄いからこの時とばかりに立ち話。
「今いいかなぁ」って申し出を断れるはずもなく。
纏わりついてた子供達を一足早く帰宅させて。
大ちゃんママ曰く「おばあちゃんに何か聞いてる?」
我が家の家族間コミュニケーション不足は半端じゃないからもちろん初めて聞く話。
でも大ちゃんママったらそれはそれは真剣に訴えてくる。
隣の大ちゃんの家は我が家の奥に存在してるから私道を通らなくちゃいけなくて。
以前から土地を譲ってって言ってるらしいけど進展はなし。
それどころか私道を覆う樹木でかなり迷惑してるらしい。
それだけなら我慢してたみたいなんだけどここに来て新たな問題に発展。
私道に街路灯を設置したいって義父に申し出たら大声で怒鳴られたって。
それはそれは大層な剣幕で。
さらに大ちゃんママに色々聞くと
「私達が通ると唾を吐きかけたりもする」「結局私達に出てけってことじゃない?」って。
私達に嫌味な行動を取るのは日常茶飯事って思ってたけどご近所さんまでとは驚いちゃった。
街路灯なんて我が家の防犯上も好ましいのに「うちを照らすな」とまで言われちゃったんだって。
だったら私道を隣に売却しちゃえばいいのに。
「うちを通してやってる」って意識ばかり強くって相変わらず一方的。
義父の異常行動初体験の大ちゃんママは泣いちゃったっていうけど
ホントとんでもない義父なんだから。
で、大ちゃんママったら「このままだったら転居も考える」って。
「私達もいつも同居解消を考えてる」「子供達のことさえ疎んじてるみたいだから」って
我が家の現状を大ちゃんママに伝えたけど義父の性格ってますます厄介になってるみたい。
大ちゃんママも私に話して少しは気が晴れたみたいだけど。
で、夕刻から6人揃って熱海へ。
旦那に大ちゃんママの訴えを伝えたけどどうなるかなぁ。
進展がないと近所にも顔向けできないわ。
それにしても僅かな土地に執着してる義父って。
大ちゃんママより先に私が逃げ出したいくらいだわ。



2001年12月14日(金) ■
残業続き

昨日の残業は7時まで。
幸いにして早目に帰宅した旦那が義母と一緒に夕食準備もしてくれたけど。
夕べの夕食は牛肉じゃないお肉を使ったすき焼きもどきだったような。
今更どうってことない気もするけどやっぱり牛肉は疎遠。
私の分も残して置いてくれたけど8時半を過ぎてたしさほど食べたくなかったからご辞退したし。
で、昨日の今日でやっぱり7時までお仕事。
12月になると忙しい部署だとは聞いてたけどやっぱりって感じ。
今日は先手必勝で朝からカレーの用意をして出勤。
子供達の剣道の稽古日だからハラペコ君たちにダッシュで食べさせなくちゃいけないから。
稽古終了を告げる隆之介からの連絡がいつあるかとヒヤヒヤしながら車中の人。
いつも通りに7時過ぎ終了だとどう考えても合流に間に合わないんだから。
長時間隆之介を待たせるのも可哀想だななんて思いつつ。
でも7時半を回っても一向に電話は入らない。
八王子まであと1歩の地点でようやく電話。
それこそ8時ギリギリの時点で。
24日の昇進試験を目前にして稽古もいつもより長引いてる感じ。
「ダッシュで駅までおいでねー」って伝えたものの当然のように私の方が一足早く到着。
その間義母にカレーのお鍋を温めてもらうようにお願いして。
で、隆之介を待つ間JR駅の旅行会社に目を通す。
7時で閉店してるけど案内やチラシは閉店後でも見られるようになってるから。
去年の大晦日のTDLカウントダウンチケットもここで入手したし嬉しいことに意外と穴場だし。
あちこち目を通して30日のミラコスタ空室も確認。
数日前から張り紙があったのは知ってたけど誰かがキャンセルしたんだろうな。
親子4人での利用が可能ならさっさと予約しちゃおうかなって少しだけ思ったりなんかして。
ってな時間つぶしをしてるうちに隆之介登場。
遅くなっちゃったから2人でタクシーで帰宅。
タクシーに乗り込む直前に携帯に電話。
電話が終わるまで乗り込むのを遠慮してたらちゃっかり隆之介が座ってたのには笑っちゃったけど。
帰宅後は義母の温めておいてくれたカレーの最終調整。
母子3人遅目の夕食と相成りました。
それにしても来週は今日以上に遅くなるような気配。
いくら子供達の好物でも毎日カレーの作り置きってわけにもいかないし悩むところだわぁ。
お鍋の季節だからって連日じゃ飽きちゃうし誰か夕食作ってくれないかな。



2001年12月13日(木) ■
タクシー券事件

今夜は先日急逝した先輩のお通夜の日。
同年代の仲良しを亡くしたせいで今週の上司は気もそぞろ。
何だかいつにも増して仕事に集中できない様子。
友人の死で自己管理の大切さを認識したのか今日は午前半休して通院だし。
で、上司不在の午前中に総務の担当者から急な連絡。
ここの部署名入りのタクシー券で他の会社のタクシーに乗った人がいるって。
ここの職場って業務が深夜に及んじゃったりする場合もあるから
タクシー会社と契約してチケットで乗れるようになってるんだけど
契約外の会社ってことはつまりは踏み倒し。
踏み倒されたタクシーの運転手さんからの連絡で総務もビックリしたらしい。
部署毎にタクシー券の管理は任されてるからこの部署の責任。
私達は使う度に半券部分に記名して誰が使ったか分かるようにしているから
察するところ該当者は恐らく上司じゃないかって。
落としたか誰かに渡したかは定かじゃないけどとにかく怪しい。
早朝5時に歌舞伎町から1万円を超える金額が不正使用されたってことは事実だし。
総務から連絡があったことは漏れなく上司にご報告しなくちゃいけない。
上司の顔色がどう変わるかって興味もあったし入念なメモを書き置き。
で、お昼頃になって上司が登場。
机に残された私のメモを見て不思議そうな表情。
もちろん心当たりがなかったからなんだろうけど。
でも総務と連絡を取ってもらって。
きちんと処理することを約束して上司ったら総務からその案件を引き取ると早速運転手さんに連絡。
仕事そっちのけで職場に呼び出して自腹で1万数千円をお支払い。
長々と事情聴取もしたみたいで午後はほとんど席にいなかったわ。
タクシー券の不正使用についてってことで上司から事後報告もあったし。
とにかく今後同様のことが起こらないように誰もが注意しなくちゃね。
タクシー券ってお金と同じどころか悪い人に流用されると大変なことになっちゃうんだから。
部署の評価は日頃から1番怪しい使い方をしてた上司次第かもしれないけど。
それにしても上司ったら運転手さんに根掘り葉掘り。
探偵みたいに乗客を降ろした場所の確認なんかもしようとしてるみたい。
お金は回収できたけど運転手さんもいい迷惑に違いないわ。
で、午後のほとんどをそのことに費やした上司は4時を過ぎてからお通夜にお出かけ。
部下が7時まで仕事に追われてたってのに・・・。



2001年12月12日(水) ■
ボーナス支給日のこと

昨日早退した隆之介も今朝は無事復活。
飲み薬持参で登校です。
で、今日は私のボーナス支給日。
公務員じゃないものの極めて人事院勧告を尊重する職場だからここ数年金額の大きな上昇はなし。
税込みの額面でやっと○万円ってところ。
それでも貰えない企業があることを考えればありがたいことだけど。
もちろんいつも通り旦那には金額を知らせずボーナスだったって事実のみお知らせ。
義父母にはボーナスが支給された事実さえお知らせしないのが常だし。
で、私のボーナス支給日を祝うかのように今日は妙な1日。
出勤時の満員電車で滅茶苦茶久しぶりに痴漢にあっちゃったりして。
紺のコート、赤いバッグの私の後姿をどう思ったのか。
吊り革に掴まる左手には結婚指輪もあるのに。
とにかく超満員の中央線で気がついたら後ろからお尻を触る手が伸びてた。
最初は気に留めなかったもののモゾモゾっと動く気配。
こちらから拒否反応を示したらあっさり手を引っ込めたけど。
痴漢って年齢に関わらずってことはないみたいだからまだまだ平均的OLに見えたのかしら?
ってここだけの話にしておかなくちゃ。
で、今日の通勤は往復ともずっと座れないままの混雑車内。
往路は痴漢+ルールを知らないおばさん2人。
私は途中駅で降りる人の目の前に立ってたのにその隣の席と続けて2席空いた瞬間に
私の隣から斜めに1人が突っ込んできて友達と共に座ろうって作戦を強行。
私もしっかり座る姿勢を見せてたから椅子取りゲームみたいになっちゃって。
座れたからよかったけど混雑した電車に乗り慣れてない女性陣ってちょっと困り者かも。
復路には妙なお婆さん。
1番端の席の目の前に立って座ってた人が降りるのを待ち構えてたのに
ドアの前の座席横に立ってたお婆さんが自分の荷物をデンと置いちゃって。
で、お婆さんが回りこんできて座っちゃったから座れず終い。
お婆さんだから文句も言えないけど何だかとってもガッカリ。
座れるって思ってたのに乗っ取られちゃったんだもん。
ってことで往復ともおばさんには要注意を再認識。
それにしても昨日から職場に流れるちょっと暗いムード。
それまで普通に生活してた51歳の先輩が心臓の病で亡くなっちゃったから。
子供を持つのが遅かったから4年生の子が残されちゃって。
帰宅してから旦那にも注意したけど急死はこたえるだろうなぁ。
ご冥福をお祈りするばかりです。




2001年12月11日(火) ■
早退

3時を少し回った頃携帯に電話。
義母の携帯からの着信。
いつも頑強な隆之介が蚊の泣くようなか細い声。
「熱があって頭が痛いの。先生が家に電話してくれて早退して今おばあちゃんと病院」って。
薄着したり極めて水みたいなお風呂に入ったりで
十分に風邪を引く要素はあったんだけどついに来たかって感じ。
3時から午後の診察になるから時間を見計らって通院してるらしい。
少し具合が悪いだけだと1人で通院しちゃう隆之介だから
義母を伴なってってことはよっぽど辛いんだろう。
悪い風邪が流行ってるから長引かなければいいけど。
続けて「今日の塾休んでいいかな」って隆之介。
早退するほど頭痛がしてるなら塾どころじゃないでしょうに。
帰宅してから欠席の連絡を入れるようにって指示して。
それにしても昨夜の入浴時の危惧がてき面って感じ。
今朝は普段通りに登校してったはずだから授業途中で具合が悪くなったんだろうけど。
給食は食べたものの午後の授業いっぱいは我慢ができなかったらしい。
保健室の先生は他の学年の校外学習に付き添って不在だったとかで自分で検温もしたらしい。
とにかくなるべく早く帰らなくちゃって私。
でも退勤時刻が近づくにつれ突発的残業みたいな雰囲気。
上司に「誰が残るんですか?」って聞くと「もちろんみんな」って。
みんなで残っても無意味な残業だから5時になってから
事情を説明して普通に帰してもらうことにしたけど。
で、帰る途中にも隆之介から数回電話。
「寝てるんだけど頭が痛くて」「早く帰ってきてね」ってよっぽど心細いに違いない。
いつものように子機をベッドに持ちこんで寝ながら電話してるんだろうなって。
駅についてから大好きなケーキを購入してから帰宅したわ。
少しでも元気になるようにって。
寝てる隆之介に少し食べないと薬が飲めないからって促して。
でも食欲がなくて頭痛がしてって相変わらずみたい。
光太朗が隆之介の口元に味噌汁の具を運んだりしたけど見向きもせず。
学校での検温では37.5℃あった熱も帰宅後は一応収まってる感じ。
病院で貰った錠剤が効いてるのかもしれないけど。
せっかく買って帰ったケーキにも手をつけず。
冷蔵庫にあったヨーグルトにママレードを乗せてちょっとだけ食べて薬を飲んで。
入浴は無理だからさっさと着替えてそのまま就寝させたわ。
強靭な回復力で明日には元気になってるといいけど。



2001年12月10日(月) ■
保護者会��

先週の金曜に引き続いて今日は4年生の保護者会。
午後半休も先日同様。
でも先週ほどの忙しさじゃなかったから今日はしっかり昼食を取って12時半には職場を後に。
タクシーに乗る必要もなく電車の運行も順調で。
少し早めに学校に到着して学芸会の写真を見てって段取りも前回同様。
保護者会は大騒ぎするような事件もなく淡々と。
2学期の反省やら冬休みの課題やら。
学級懇談も恙無く終了して4時過ぎには全てが完了。
で、終わってからも一仕事。
学童にいる光太朗を伴なって一旦車を取りに帰るとダッシュで市役所へ。
先日届いた当選通知によれば14日までに手続きしなくちゃいけないから。
市役所の駅前分室みたいなのには該当する課はないからどうしても平日の5時まで。
最悪行かれない場合は書留で入金ってあったけど申し込み用紙に記入したりと色々あって。
ってことで保護者会終了後のわずかの時間に狙いを定めてたからとにかくダッシュ。
市役所到着は4時40分。
日頃馴染みのある部署はほとんどがロビーのある2階にあるからエレベーターさえ初体験。
8階に上がると配置図で確認して奥の奥までずんずん進む。
念の為に葉書を見せて市役所の職員さんに場所を確認して。
8階の最も手前にある部局は転校手続きをしたりする部署だったから
光太朗には「悪戯が過ぎると転校させちゃうよ」ってちょっと脅しちゃったりして。
目指す部署に着いて申し込み開始。
「3倍強の倍率だったんですよぉ」「部屋も抽選だったんです」って係の人の説明。
新しい西館って教えてもらって度重なるラッキーを喜んじゃったもん。
当然のように義父母抜きの4人で申し込み。
12畳だから6〜7人は収納可能って言ってたけど。
1週間前までなら人数変更も可能って話だけどこれは旦那にも内緒にしちゃおうっと。
とにかく無事に申し込みも完了しちゃったからお正月スキーは確定。
定刻の5時を回っちゃってたから役所の人達の顔がちょっと迷惑そうに感じたけど。
で、その足で光太朗と2人歯医者さんへ。
7時近くにやっと帰宅。
スイミングに行ってた隆之介も帰宅して母子3人でいつものように夕食。
食休み後子供達だけの入浴を監視に行くとほとんどぬるま湯状態の中で遊ぶ2人。
風邪引いても知らないからーって感じで隆之介の頭を小突いたけど。
一気に寒くなったから風邪には用心しなくちゃね。



2001年12月09日(日) ■
ブレーカー

起きてすぐ1階の部屋に出向く。
連日の寒さにも関わらず部屋には暖かい空気が流れてる。
誰もいないのにおかしいぞ。
で、周囲をチェックするとホットカーペットの電源がついたまま。
どうやら夕べ最後に就寝した義父がつけっぱなしだったらしい。
目に見える遠赤外線暖房機は消したものの見えない床には気づかなかったのか。
何事もなかったからいいけれど油断できない親父だこと。
義母の起床後そのことをご報告。
「やっぱり私が確認しないとお父さんじゃだめなのかなぁ」なんて義母はいつになく神妙な面持ち。
すかさず義母の表情を確認した上で
「カーペットとTVと扇風機もどきでブレーカー落ちちゃうんですよね」って私。
でも義母はブレーカー落ち体験は1回だけって言い張って一瞬にしてただならぬ空気に。
私も旦那も早朝何度もブレーカー落ちを経験してるからありのままを伝えただけなのに。
毎回義父母の生活時間帯じゃなく私と旦那が関わってるから
恐らく旦那の部屋のエアコンが大きな要素になってることは察しがつくけど。
我が家に何分割かされてるブレーカーの具体的配置までは知らないけど
2段に分かれた右の上が該当するブレーカーってことは子供たちでも知っている事実。
先日なんか子供が落ちたブレーカーを戻そうと棒を持ってたのを義母に咎められたって言ってたし。
なのに義母ったら私の発言をどう取ったのか「じゃ年寄りと一緒に住まなければいいのに」
どう歪曲して考えたらそっち方面に話が飛んじゃうのか全く理解不能って感じ。
そのまま関わりを深めたら恐ろしい日曜日になりそうだったから即座に退散しちゃったわ。
義父母の生活時間帯に旦那が帰宅してブレーカーが実際落ちないと
私の言ってることは信じてもらえないのかしら?
扇風機もどきもエアコンもとにかく相当な消費電力なんだろうな。
電気の支払いは我々のお財布から出てるって承知してるのかな。
で、義父母を残して親子4人でアパレル社販にお出かけ。
当然のように往復ともに車の運転は私。
旦那のYシャツとか諸々を購入。
私達の買い物を待つ間子供たちはゲームして待っててくれたし。
義父母と一緒の日曜じゃなかっただけ幸せ。
って旦那の在宅してた今日義父母の眼前でブレーカーが落ちちゃえばよかったのになぁ。
いつになったら義父母のブレーカー意識が再認識されるでしょうか。



2001年12月08日(土) ■
休憩室

学校がお休みの第2土曜日。
隆之介は9時から塾の復習テスト。
11時集合でスカウト活動の予定だからとにかく大忙し。
本人はもちろんのこと援護射撃担当の私も。
隆之介を送ってから一旦帰宅してオニギリ作ってスカウトの準備して。
終了時刻が10時半頃って予定。
光太朗と共に塾の近くまで迎えに出向いて隆之介を車中で着替えさせて。
何とか集合時刻には間に合ったけどとにかく綱渡りみたいにタイトな日程なんだから。
車の中には隆之介が置き去りにした通塾バッグやら着替えが散乱したまま。
新しくスカウトの一員になる3年生ママと立ち話。
学童でも一緒だった子だから親しい仲間が増えてよかったぁって感じ。
スカウト人口は減少の一途を辿ってるから入隊は大歓迎。
で、子供たちを見送ると子供たちの不在中に今日の所要を全てこなす段取り。
駐車場の料金を支払いに行く為のお歳暮の買い出し。
購入した隆之介のスキー板とチューンナップに出した光太朗と私の板を取りに行って。
クリーニング屋さんにブツの引き取りに行ってって手順。
平日留守にしてるから週末はとにかく忙しくって。
できればフィルムも現像に出したいし子供たちを迎えに行く3時半限定ってのはなかなか厳しい。
でもとりあえずの用事は終了して一安心。
で、2時を少し回ったばかりだし子供たちを迎えに行くにはちょっと早い。
車に板とか洗濯物とかたくさんの物を積んでるから家に帰ればいいんだけど。
帰宅したらしたで家での用事も待ってるのに。
でも熟慮の結果自宅には戻らず。
家に帰ると週末恒例の義父のお小言が待ってるはずだからどうしてもそれを回避したかったから。
しばらくの間車の中でのんびり。
運転手さんが食後の休憩をするみたいに1人静かに平和な時。
家に上がった瞬間に義父の嫌味と対峙しなくちゃいけないんだからこっちの方がマシだって。
30分ほど平和を満喫してから子供たちを迎えに行ってスイミングに直行して。
さらに光太朗の歯医者さんととにかく1日盛りだくさん。
で、光太朗の診察のついでに久しぶりに自分の歯の診療もお願いしちゃいましたわ。
以前から信頼して通院してた実家方面の上手な歯医者さんが
何時の間にか廃業しちゃって消息不明になっちゃったから仕方なく。
ってな具合に多忙な1日が終了。
それにしても誰にも邪魔されない空間って素敵。
息抜きしたい時は次回からも車の中にしようっと。



2001年12月07日(金) ■
保護者会��

学期終了間近ってことで昨日から2学年毎に保護者会。
我が家の該当は今日が光太朗で月曜日が隆之介。
仕事の方は極めて忙しいけど事前に上司の承諾を得てたから慌しく退勤して。
12時半には職場を出ないと2時に間に合わないって思ってたのに
ギリギリまで仕事に追われてたからパンを食べながらPC打って電話に出てって感じ。
職場を出たのが12時50分。
中央線の駅までタクシーに乗りつけトイレさえ我慢して電車に飛び乗っちゃったもん。
いつもなら1メーターなのに駅を目前にしてタクシーのメーターが変わっちゃって。
運転手さんにその旨伝えたら660円にしてくれたけど。
で、学校に着くと2時20分頃。
今回はいつもより30分遅い2時半から保護者会スタートだから保護者の姿はまちまち。
開始までの時間を利用して廊下に張り出されてる学芸会の写真チェック。
保護者会終了後だと廊下も薄暗くなって見にくくなっちゃうから。
先月行われた学芸会ってカメラ持参はOkだったけどストロボ撮影は厳禁。
ISO400のフィルムで写真を撮ったけどやっぱり上手に撮れなくて。
表情豊かな光太朗は写真屋さんの被写体として最適だったのか他の誰より多くの写真。
小さいのが150円×12枚、大きな集合写真が700円で合計2500円にもなっちゃった。
保護者会では先生から2学期の生活と学習全般、冬休みの課題についてのご説明。
終わってから学級懇談。
学芸会の反省を中心に1人ずつ発言を求められて。
で、今日の保護者会は旦那に代理出席を頼もうと思ってたんだけどここからが私の出番。
役員推薦委員ってPTA役員を引き受けちゃってるから。
年度途中までは全く仕事がないくせに年度末に向けて役員改選は大忙し。
先月中に全校児童を通じて配布された推薦用紙を回収するのが大仕事。
催促しないと回収できる類のものじゃないから効率よく。
今日提出してもらう為に用紙のコピーと封筒なんかも用意して周囲を驚かせちゃったもん。
恐らく校内�癸韻硫鷦�率だろうって感じ。
無事推薦用紙を取り付けて学級懇談も終了。
PTAの仕事ってマンネリ化しやすいけどやっぱり前進がなくっちゃね。
私のやり方が他の人には画期的だったみたい。
お友達ママと一緒に帰宅してから子供たちの剣道の稽古日だったからその足で警察署に。
結局休暇は慌しく過ぎちゃったわ。
来週の月曜日もこんな感じになっちゃうのかなぁ。



2001年12月06日(木) ■
祝・当選

帰宅した私に義母がお知らせ。
「玄関に何か当選葉書が届いてるよ」
封書じゃないから文面を読んでも法的に処罰されないにしても予め検閲を受けたらしい。
「お正月の8000円って1泊料金じゃないんでしょ?」って。
「市の施設でそんな高い訳ないわよねー」って義父母で勝手なやり取り。
慌てて玄関先に戻って確認。
義父母の話の内容から予想はついたけど元旦から3日までの市の施設の当選葉書。
ゲレンデに程近い姫木平にある少年自然の家2泊の権利。
11月15日付の市の広報で確認してダメ元で申し込んでたもの。
30日消印有効って締め切り当日に往復葉書を購入して滑り込みでの投函。
しかも職場のポストの最終回収の6時過ぎの投函。
23区内からだから間違いなく市役所に届いたのは1番遅かったんじゃないかって感じ。
先週の金曜日が締め切り日だったから余りにも早い当選通知に驚いちゃったし。
相当の倍率を覚悟してたから他人の名義も借りちゃおうかなって思いつつ
たった1通だけ投函したものが運良く抽選に当たったらしい。
1日から3日、3日から5日の2パターンあって元旦からの組に応募してたんだけど。
各回30組の利用が可能。
葉書には申し込み多数で抽選を行った結果皆様のグループが当選なさいましたって。
少年自然の家って言うだけあって小中学生を含む4人以上のグループ優先って
要綱に書いてあったからそれを遵守して親子4人で申し込んだんだもん。
在住、在勤を問わずに応募できるからたった1通での当選は極めて幸運かも。
今回の応募者は延べ93組、468名。
ってことは3倍以上の倍率を突破しての当選だったってことらしい。
14日までに市役所での手続きが必要になるけど。
で、夏休みに少年の家を利用しようと取り寄せたリーフレットが手元にあったから詳細を確認。
宿泊室数は30室で1室12畳。
義父母はあの葉書を見て自分たちもエントリーしてるって勘違いしてないわよね?!
当選葉書には利用人数が記載されてなかったから下手に勘違いされても困っちゃうし。
それにしてもお正月から親子スキーだなんて今から待ち遠しいなぁ。
当選するなんて思ってなかったけど年末年始の計画が何もなかったからとにかく嬉しいって。
義父母と同一行動を取らなくて済むことは当然。
旦那はイマイチ気乗りがしないみたいだけど周辺事情を入念にチェックしておこうっと。
年末年始には降雪に恵まれますように。



2001年12月05日(水) ■
歯磨き上手

就寝前の歯磨き。
子供達には仕上げ磨きをしたりしなかったり。
小さな歯ブラシを片手に私の所に飛んでくるのは小さい頃からの変わらぬ習性。
仕上げ磨き用の小さな歯ブラシも買い置きしてあるし。
でも最近じゃ少し大きくなったから仕上げ磨きもホンの時々。
それでも4学年になった隆之介にもやってるなんて手をかけすぎかもしれないけど。
で、子供達には時計を見ながら最低5分ってのがノルマ。
入浴中の歯磨きだと時計と睨めっこできないけど歯ブラシ持参で入浴することもあるし。
我が家の子供達は研磨剤入りの歯磨き粉ってのはほとんど使わず。
専ら素で磨いて最後にミラノ−ルってうがい薬でフッ素コート。
もちろんそれでも虫歯ができちゃう時はやっぱりできちゃうんだけど。
光太朗なんか治療終了って思ってた歯が再び疼き出したみたいで
「早く歯医者に連れていってよぉ」なんて今週になって言い出してるし。
上手に磨けても歯の性質なんかもあるってことみたい。
で、仕上げ磨きから1人歯磨きへの移行段階の昨今新兵器を導入。
完璧に磨けたかどうかって目に見えるものじゃないから。
小さな赤い試薬に似た「こども歯磨き上手」って製品。
チューブに入った試薬と違って液体状。
磨き残しチェックの所が赤くなっちゃうって類の物。
しかもチューブの試薬と違ってイチゴ味だし同時に歯磨きもできちゃうって優れもので。
3ml程の薬を口に含んで10回ブクブクしたらペッ。
磨けてない箇所が赤く色付いちゃうから子供達は一生懸命。
で、数日前から光太朗に「ママも試しにやってみなよぉ」って言われてた。
もちろん毎日入念に磨いてるから大丈夫とは思っていても
子供達の前に赤い歯を晒したらって心配もあって聞き流したまま。
今夜子供達に見張られていないことを確認すると早速薬を口に含んでブクブク開始。
何とも甘いイチゴ味が大人には気持ち悪ぅ。
でも懸命に10回ブクブクして。
すっかり泡状になった薬を吐き出して鏡でチェック。
磨き残しなしを確認できたから一安心しちゃったわ。
もちろんこのことは子供達には内緒。
69mlしか入ってない液体状だから2人で使ったら2週間も持たない計算だし
毎回3mlもいい加減に計量してるからそろそろなくなっちゃう頃かもしれないな。
チューブのより使い勝手もいいし磨き方をマスターするまでは継続させた方がいみたいだし。
また薬屋さんに行って来ようっと。



2001年12月04日(火) ■
お餅その後

子供と参加したお餅搗きから2日が過ぎた。
家庭で普通に使う透明のビニール袋に入ったまま。
確か冷蔵庫に保管して食べる際に切ればいいって説明を受けてたからそのままにして。
でも今日帰宅すると義母が「切ろうと思って探したけどお餅が見つからなかった」って。
もちろん袋入りのお餅は指示に従って冷蔵庫の中に眠ったまま。
どうやら私の留守中に義父と一緒に大騒ぎしたらしい。
2人で一緒になって私に不満をぶつけてくる。
日曜に「お土産だよぉ」って言っちゃった私達の失策。
せっかく搗いたお餅だから少しはお裾分けって思ったのに。
補導員のおばさんがこれまでの経験をもとにビニールのまま冷蔵庫って教えてくれたのに
義父母に伝えるとホンの少しも信じなくて。
「固くなっちゃうと切れないのに」「食べなくてもいいわ」ってなコメント。
だったら大騒ぎすることないのに。
いつもながら人の厚意を踏みにじるような義父母の態度。
少しでも甘い態度を見せるとつけあがっちゃって。
ビニール袋入り伸餅って作ってそのまま保管できる素晴らしい方法なのに
最先端の方法を俄かに受け入れられないらしい。
で、念の為にお餅の状態確認。
ビニール越しのお餅は鮮度抜群。
しばらくは搗きたてを保ってくれるんじゃないかって感じ。
文句を言った義父母はどうせ手を出さないんだろうし子供達の小腹の足しになるように切り分け。
包丁を入れると意外とすんなり。
食べる前に剥がすようにビニールはつけたまま。
冷蔵庫用の食品保存袋に入れてきっちり封をして再度冷蔵庫に眠らせて。
試しに2個だけオーブントースターで焼いて子供達に食べさせてみた。
待つこと5分弱。
美味しいお餅が焼きあがったわ。
お醤油をつけた焼き立てお餅。
光太朗なんか「もっと」って再度希望してたほど。
それにしても義父母にとってのお餅って真空パックのあれしかないのかなぁ。
以前実家で貰ってきた伸餅も冷凍保存してたのに結局食べずに捨てちゃったし。
新しい方法について行かれないまま食べ方知らずって可哀想かも。
そもそも伸餅の習慣のある地域じゃないのかな?
年末に義母が搗くお餅ってサツマイモ入りの甘いやつだし伸餅のお醤油だって砂糖入りだし。
3枚しかないお餅は子供達のお腹に納まって終わっちゃいそうな予感。
最初から義父母に声なんかかけなければよかったのかもっていつもながらの反省です。



2001年12月03日(月) ■
フュージョンカット

帰宅すると義母の姿は見当たらず。
いつもだったら義父の夕食がテーブルに置き去りなのにそれさえ見当たらず。
義母は糖尿予防のお散歩が日課だから義父は1人寂しくってのが通常なのに。
珍しく一緒に食べたのか義母が夕食の仕度をサボったのかは定かじゃない。
義父の方から特段の説明もないから
恐らく襖を隔てた部屋で義母はお休み中なんだろうけど言葉さえかけず。
もちろん義父との会話もないに等しいから静かで平和だから構わないけど。
遠赤外暖房機で暖を取りながらTVを見てる義父はボケまっしぐら。
それにしても義父の為に費やす光熱費ったら半端じゃないかも。
遠赤外暖房機の消費電力が大きいのかこれを導入してからブレーカーが落ちる回数が多くって。
落ちるのはTVと暖房機とホットカーペット他。
なんだか義父の為に支払いしてるみたいな感じだね。
義母のお小言もなく母子3人仲良く静かに夕食。
義父が食べたかどうかも知らん振りしちゃったもん。
それはそうと今日は仕事中に旦那から度重なる電話。
子供達の水着のサイズの確認って些細なこと。
どうやら出先で破格値の水着に出会ったらしい。
「2000円で競泳用の水着見つけたんだけど何�僉�」ってな内容。
「でも140cmのと130cmのしか売ってないみたい」って。
1年落ちでも間違いなくお買い得。
隆之介も光太朗も夏の水泳授業でもビキニタイプだし
通ってるスイミングで1級になってる隆之介はスクール専用水着じゃなくて自由だし。
旦那に手頃なのがあったら買ったらって返事。
もちろん140cmと130cmで大丈夫って思ったからなんだけど。
で、旦那が帰宅して購入してきた水着を拝見。
一瞬にしてこれは早まったかもって内心。
タグに表示されてるフュージョンカットって競泳用の中でも特にカットの深いタイプだったから。
パッと見だと就学前の子供がはきそうな大きさにしか見えない。
念の為隆之介にはかせてみる。
今はいてるのと同じメーカーの同じサイズのものなのにキツキツでお尻が遠く感じるみたい。
選手用の水着だからそれはそれは小さくてカットも大胆で。
「選手用のだから小さくできてるんだよ」って隆之介に伝えると
「じゃ選手になったらはこうかな」だって。
1級から基準をクリアして選手クラスに進むにはまだまだハードルが高そうなのに。
2枚とも光太朗のになっちゃうのかな。
格好いい水着だからはいてほしいけどなぁ。



2001年12月02日(日) ■
お餅つき

小春日和の今日は子供達のお餅つき。
剣道を習ってる警察署の少年係の主催で柔剣道を習う少年少女が集う。
昔ながらのお餅つきを伝授してくれるのは地域の補導員。
もちろん実生活でお世話にならないに越したことはないんだけど。
で、会場は我が家から15分ほど掛かる場所。
警察署出発が8時で現地集合8時半。
足のない人は警察署に保有してる青系の輸送車だか護送車って滅多に乗れない貴重な車だって。
我が家は母子3人で現地集合組。
でも出発準備が遅れちゃって若干の遅刻。
朝のTVは見ないって約束だったのに仮面ライダーには勝てなかったし
暖かい格好でって言われてるのにGパンを嫌がってなかなか着替えさえしなかったし。
私達が到着すると班毎に分かれて諸注意を聞いたりしてる最中。
で、早速分かれて準備に取り掛かる。
女の子達は豚汁用の野菜を切ったり大根おろしを作ったり。
男の子達はかまどの火の番をしたり研いだ米を計って蒸篭に入れたりあれこれと。
なんと今日用意されたお米の分量は全部で60kgだって。
蒸篭が乗ったかまどは3つ。
豚汁用の大鍋の掛かったかまどとお湯を沸かすかまどもあって全部で5つに火の番。
光太朗は「ここは僕が仕切る」って1つを完全に担当して。
熱くたって滅多にないチャンスだからそれなりに楽しんでるし。
お米が炊き上がっていよいよお餅つき。
藁が敷かれた臼が3つ並んでる。
予め大人が段取りしてから子供達にバトンタッチ。
杵を持ってふら付くこともなくみんな交代でお餅つき。
補導員の先生方が「さすが運動してる子供達だけある」って感心してたほど。
隆之介も光太朗ももちろん上手に杵を操ってたし。
残り10臼を切った所で一旦休憩。
餡子、黄な粉、大根おろしとそれぞれ食べる分も出来上がって豚汁と一緒に美味しく食べて。
で、休憩前に引き続きお持ち帰り用の伸餅作り。
初めてでビックリしちゃったんだけど
ビニール袋に搗き立てのお餅を入れて袋の口を閉じてから四つ角まで綺麗に伸していくと
手を汚すことなく伸餅ができちゃうって段取り。
粉だって必要ないしビニール越しに均一に伸ばしていくだけだから子供でも簡単。
お昼過ぎには米俵1つの分量のお米が綺麗さっぱりお餅に変身してました。
母子3人で参加した我が家もビニール袋3つを持ち帰り。
楽しいお餅つきが終わって母子3人でお茶なんかもしちゃったしとっても楽しいイベントでした。



2001年12月01日(土) ■
赤白帽子

雅子様のおめでたで日本中がお祝いムード。
待ちに待ってた慶事だから本当に喜ばしい。
五体満足で母子ともに健康って誰もが望むことだしましてや皇室のことだし。
出産はそれぞれにドラマだけど悲しみを乗り越えたお2人の喜びは半端じゃないんだろうなぁ。
どこのTVでもおめでとう特番。
でも我が家には1人だけ天邪鬼なヤツが「何でそんなに騒ぎ立てる?」
「国民の税金だ」なんてつまらないコメントをほざいてる。
何事も純粋に喜べない。
とにかく文句を言わずには気が済まないなんて人間として不幸だと思うけど。
もちろんそんな偏屈なのは義父。
関わり合いたくないんだけどそうも言っていられなくて。
で、子供の体育着一式の中から赤白帽子のあごのゴムを修繕する今宵の私。
先週2人ともゴムがビヨーンって伸びきっちゃってたけど隆之介のはついに切れちゃって。
本来は1度に2枚とも修繕したかったのに。
週末だから2人とも体育着は持ち返ってはいるものの光太朗の袋に赤白帽子が入っていない。
忘れちゃったのかと思って「どうして?」って聞くと「大切だから先生が預かってる」って。
手悪戯なんかしてて没収されたのでもないみたいな雰囲気。
隆之介のを修繕し終えて4年生の12月のお知らせに目を通すと
何でも12月3日に航空写真を撮影する際に児童全員が赤白帽子を着用するから絶対に忘れないでって。
そうは言っても2年生じゃまだまだ忘れ物が心配ってことで学校に置き去りになったらしい。
で、お知らせを読んで「航空写真撮るんですって」って義母にも話を振った私が馬鹿だったわ。
その場にいた義父が話に参加してきちゃって「誰が?何の為に?」って。
そんなことお知らせ文章には書かれてないし知らなくてもいい話だし。
いつものこととは言え義父にはウンザリ。
「小学校だけ撮るのかな?周辺は?他の学校も撮るのかな?」って。
次から次へと鬱陶しいったらありゃしない。
そんなこと文章を読んだだけじゃ把握できっこないじゃん。
誰がそこまでの情報を求めてるって言うんだろう。
「管轄はどこなんだ?何の為の撮影だ?」ってそれはそれはしつこいくらい。
呆れた私は「お付き合いできません」って断言して退席しちゃったけど。
まだまだ誰かに何かを言いたくて後ろでぼやく声は延々。
当然義母も相手なんかしてなかったけど。
校章状に並んで撮るのかな?
撮影日当日がお天気だといいな。