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普通の日記
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2001年10月31日(水) ■
ランチ

昨日から体調不良を訴えてた上司。
いつも定時出勤するわけじゃないから特段心配しなかったけど
9時半頃電話が鳴って風邪のため午前半休って連絡。
ガラガラ声でさも辛そうに。
同僚に言わせるとお休みはもちろん連絡自体が珍しいんだって。
私の異動からわずかの間に意識改革がなされてきたなら嬉しいけれど。
ってわけで上司不在の午前中は目いっぱい羽を伸ばす計画。
ボスが予定外に出没して羽は半分開いた程度になっちゃったけど。
でもお昼時は気兼ねなく外にお出かけ。
11時半に出れば満席を逃れられるだろうって早めに出発予定。
久しぶりに中華の料理の鉄人の陳健一さんのお店に行こうって計画を立てて。
なのに突然の急な日程調整。
同僚2人が先発してくれたから一足遅れで合流して。
久しぶりに行った中華のその店は今月初旬に新装オープンがなったばかりですごい人出。
エレベーターを降りた瞬間に人があふれてる。
先発してた2人に注文してもらってたから無事ランチにありつけたけど。
で、食べてる近くの席に職場の同僚。
「改装したから今日まで割引なんだよぉ」って情報は初耳。
だからこんなに行列だったんだって納得。
定食と辛い餃子と辛いラーメンを3人で取り分けて杏仁豆腐のデザート食べて。
割引期間が幸い。
お会計の額を聞いてラッキーを認識したもん。
偶然上司がいない日に外食できて本当に幸せだったわ。
で、今週は週半ばにしてすでに2度目の外食。
毎日お昼は外食に変わりはないんだけど
職場の食堂はいつもだから私の定義ではそれ以外が外食。
月曜日の昼も串揚げだったんだもん。
それも自腹じゃなく先輩のおごり。
巨人軍大好きな先輩男性。
長島監督辞任の号外を入手した私が差し上げたらランチに化けたってわけ。
この周辺って夜は高くて手が出ないけどランチだと安くて美味しいから大満足。
この分来週以降が粗食にならないように今からお祈りだわ。
帰宅時はいつも通りに剣道帰りの隆之介と合流の手はず。
駅を降りるとヤクルトの優勝セール真っ最中。
スーパーだと5本1パックの主力商品が4パック税込みで500円だって。
本日最終日って大きな声が響いてる。
合流した隆之介にお伺いを立てたら即座に購入決定。
義父母がパチンコでゲットしてくるから滅多に購入しない商品なのに。
ってなわけで今週も淡々と中日を過ぎましたわ。




2001年10月30日(火) ■
カツ丼の日

仕事を終えて帰宅。
明後日からは11月だし自宅から見える富士山は綺麗に雪化粧。
一気に寒さが増してきた今日この頃。
義母の大切な観葉植物が我が家へと運び込まれるのも例年通り。
玄関を入るなりややジャングル。
まだまだ作業は始まったばかりだから最終的ジャングルには程遠いけど。
で、玄関には旦那の靴。
珍しく私よりも先に帰宅したらしい。
今夜の献立を思い描いて帰宅したけど台所で慌しく動き回る旦那の姿。
立ち込めている油っぽい匂い。
「メシできてるから早く着替えて」って。
見るとカツ丼。
子供たちはすでに食べてる状態。
で、よくよく見ると義父はいない。
手洗いをしようと洗面所に行くと脱衣場には着替え。
いつ以来の入浴なのか今日もまた義父ったら1番風呂だ。
義父の長風呂の最中に一足早くご飯を済ませて退散しちゃおうって急いでご飯を食べて。
いつもだったら自分で作って食べなくちゃいけないから作ってもらうって有難い。
で、運悪く義父の入浴終了。
食べてる私の背後に風呂上りの義父の気配。
顔を合わせずに済んじゃうことを願ってたのに本日初顔合わせ。
私が食べ終わると今度は義父が食卓について時間差夕食開始。
で、義父が食べてる目の前で私と隆之介は学芸会の衣装合わせの段取り。
私の亡くなった祖母の遺した着物を数枚もらってたからその中で使えそうな物を見繕って。
与平って役柄と着物の色柄を考えて緑っぽいひとえの物を手に。
隆之介の身長に合わせて丈つめしなくちゃなぁなんてヒラヒラさせてたの。
と、義父のお食事の邪魔だったらしく「埃が立つから座ってやれ」って指示が。
もちろんそこまでしてその場でやる必要もないから即刻退散。
あまりにも義父の高圧的な態度にカチンときたし。
隆之介と一緒に2階で裾上げの相談。
この着物が採用されるかどうかは定かじゃないけど
もしそうなったら祖母の着物だって活躍の機会が得られて本望だわ。
箪笥の肥やしじゃもったいないもん。
で、いよいよ今夜の最大の山場は我が入浴。
義父が入浴してるんだからギトギトは必然だし。
子供たちはいつもながらに不安そうな表情。
湯船も洗面器もギトギトだし張られたお湯は妙な匂いを発してる。
慌てて入浴剤を2粒投入。
いつも通りに十分に注意して入浴したけど。
それにしても義父ったら1番風呂は止めてよぉ。
寒くなってシャワーのみはつら過ぎるわ。




2001年10月29日(月) ■
バレタ?

異動となって2週間余。
旦那と子供たちには話をしたけど義父母には相変わらずお知らせしないまま。
朝自宅を出て規則正しく帰宅すれば特段問題はないんだろうし。
義父母に部署名や勤務状況を話したってほとんど無意味ってことは明らか。
前にいた部署のことだって5年間も義父母には話さず終いだったんだし。
つまりは義父母の認識してる部署自体が現状とはかなり逸脱した状態。
義父母には数年間の時が止まったまま。
勤務状態なんか知らなくたって淡々と時が過ぎてるんだから今更話さなくてもって
旦那との相談で必要に迫られた場合のみ話そうって段取り。
旦那と子供たちと秘密を共有して義父母に隠し事。
もちろん子供たちを1人の人間として認めてるってことだけど
こんな風に秘密を共有できるって何だか嬉しい。
でも数日前の「ママ偉くなって忙しくなったんでしょ」って
光太朗の言葉を義父は聞き漏らしていなかったらしい。
子供たちには口止めしていたのについうっかり。
義父ったら自分に都合の悪いことは聞こえないくせにこういうことには敏感なんだから。
だったらTVのボリュームだって隣近所に聞こえる25なんて大きさは止めて18程度でいいんじゃない。
その場は何事もなく曖昧に事を収めたのに。
今日になって義父ったら唐突に「異動したの?」って。
そもそも何年もの間異動がない方が不思議だから認識不足は否めないんだけど。
さすがに一昔以上も前に専売公社って親方日の丸に勤めてただけあって
世間の感覚とは乖離してるって。
もちろん先日の会話だって認めてないんだから今日の質問もはぐらかしたまま。
でも今日もタイミングよく子供の別の質問が飛んできて
義父の質問に対峙せずに済ませちゃった。
長い間7時58分って電車に乗って通勤していたから自宅発が40分だったのに
ここ最近は20分頃自宅を後にしてるからそこでも疑問を抱かれてるはずだし。
とは言っても通勤特快だと9時10分頃の到着だったから
9時出勤が厳しくなったって言えばあっさり納得しそうだけど。
さていつまで義父母に本当のことを話さずに通せるかな。
年末に向けてますます忙しさが増してくると残業も休日出勤も増えちゃうのにな。
もし話すとしてもタイミングと話し方で不機嫌を招きそうだし。
とにかく今日のところは紙一重の所で秘密を守り通してるって感じ。
部署異動も役職手当も当分内緒は変わりませんわ。




2001年10月28日(日) ■
冷蔵庫

雨の日曜日。
とは言え午前中から食料調達に。
子供たちは義母とカード遊びに興じていて1人での買出し。
駐車場に入るまでも大渋滞。
しばらく待ってようやく入場。
日曜朝市定番のL玉子100円やら様々の食材を買い求めていく。
レタスもキュウリも広告の品。
加えて冷凍食品5割引。
カートの中は次第にいっぱいに。
買い物を終えて旦那に電話。
我が家は50段ほどの階段を上ったところにあるからポーターさん出動。
渋々荷物運びに協力してくれたけど。
で、帰宅して冷蔵庫に収納。
我が家の冷蔵庫は義父母と共有だから別に買い求めた食材が混在している状態。
自分で買い物をしている義母はもちろんどれが自分の所有か知ってるけれど
義父はあるもの何でも手を出しちゃって「知らなくて使っちゃった」なんて言うことも。
義母の味噌って蓋付容器に入ってるから特にお味噌が狙われやすかったりして。
で、今日のお買い物一式を冷蔵庫に。
冷凍室のキャパを考えて子供たちにアイスクリームを処分・・・って食べさせて。
冷凍食品は綺麗に並んで見事収納。
冷蔵室の牛乳やら玉子も無事収まって。
で、次なる目標は野菜室。
義母って毎日買い物に出ちゃ目についたものを無計画に買ってくるから
義父と2人の食材の割にはとにかく買いだめが多くって。
暗黙の了解で野菜室の右側が義母。
左側が私って置き場分担なのに必然的にこっちまで進出してきちゃってさ。
で、今日は私が野菜を貯蔵しようとすると何やら怪しげな臭い。
年寄りって腐ったものでも無頓着なんだけどこれは半端じゃないぞって感じ。
今日になって急激に昨日までの臭いじゃなくなってるし。
慌てて野菜室の中身を全て取り出しチェック開始。
と、義母の野菜たちがグチョグチョに変身して確認中の私の足にも嫌な水滴が滴り落ちてきた。
野菜室を引き出して大掃除開始。
見事に腐りきったトマトがぐにゃっ。
ニガウリもキュウリもレタスも何でこんなに変貌させるんだって位。
お互いの物品には触らないって不文律さえ破ってゴミ箱にじゃんじゃん投げ込み。
鹿児島から送ってきた漬物とかナマリブシとか他の捨てたいものには目をつぶり。
いらないなら送ってもらわなくてもいいのに。
そうじゃなければ誰かに上げればいいのに。
とにかくこんな腐った食べ物との共存は嫌だよぉ。
綺麗になった野菜室を再度汚したら義母にお掃除してもらわなくちゃ。




2001年10月27日(土) ■
多忙な1日

第4土曜日で学校はお休み。
でも光太朗は10時集合で学童のドッジボール大会。
隆之介は9時半から11時まで剣道の稽古。
慌しく光太朗のお弁当作り。
隆之介には時間が重なってるから送っていかないよって予め伝えてあったのに
ギリギリまで準備しなかったから結局義母に送ってもらうことに。
自転車に防具を積んでもらって本人は走って行くって約束さえ守りきれず自転車の2人乗りで。
隆之介にはお迎え時点でもちろん厳重注意。
で、その足でいつもの皮膚科へ。
受け付け終了10分前の12時直前にギリギリで受け付けを済ませたけど23人1時間待ち。
昼食に一旦帰宅。
病院に戻って診察を済ませると今度は光太朗たちの応援に。
駆けつけた時にT学童男子は0勝1敗、女子は1勝1敗。
何でも光太朗たち一行は現地に向かうバスさえ間違って集合時刻も遅刻だったんだって。
例年ならば駅前のロータリーの乗り場から確認して乗るはずなのに
学校から駅に向かう途中に走ってたバスに安易に乗っちゃったらしい。
先生方が同行してるのに何ともお粗末。
バス代については先生がうまく交渉して足りたらしいけど。
で、何人かの父兄の応援もあったけど隆之介と私も加わってさらに賑やかに。
隆之介なんて応援してるだけじゃなくて自分も参加したいって感じの熱烈応援。
3年生までの低学年でも隆之介より大きな子はたくさんいるから見た目じゃ分からないし。
とは言ってもやっぱりフェアじゃなくちゃいけないからって声をからして戦法を指示して。
でも次の試合は6−5で負け。
さらに次の試合は引き分け延長となった3分間で負け。
最終戦に1勝を賭けて精一杯の戦い。
力がないわけじゃないしどの試合も惜しい戦いで粘りがないだけって先生が判断して
勝ったらアイスクリームって言った途端に頑張っちゃって5−0で見事1勝。
女子は2勝2敗。
閉会式を待たずに子供たちのスイミングに直行。
で、今夜は7時からボーイスカウトの総会。
水泳終了後我が家近くのファミレスで夕食。
週末とあって混雑してる上にドン臭い運転手が駐車場で一向に進まなくて。
クラクションを鳴らしたら「文句あるのか」って表情の不機嫌な顔されちゃった。
強面の人じゃなかったからよかったけど。
結局帰宅は9時ちょっと。
子供たちには入浴しておくように言っておいたはずなのにお風呂準備もまだだったし。
相変わらずの忙しい1日でしたわ。




2001年10月26日(金) ■
異動2週間

異動となって2週間。
玉突きとなった前任のI女史の引越しを待っていたらタイミングを逃し
結局自分は身1つで引っ越してきちゃって
週末の金曜日毎に元の部署の上司から催促の電話。
先週も今週も同じように「早くしろー」って。
早くしなくちゃいけないことは重々承知してるものの分身できない限り事実上無理な注文。
結構忙しく働いてるのが現状。
私の後任となるAちゃんが暫定的にこの部署の手伝い中だから
彼女が確実に引っ越す時まででいいってお互いに思ってる所もあったりして。
何れは2名分を補うことになるのかしら?
で、上司の評判は巷を駆け巡ってるらしく異動以来会う人毎に状況を問われる。
多くの言葉を交わさずとも「どう?」って一言が全てを物語ってるって感じ。
それまで意味もなくダラダラと7時過ぎまで居残りしてたから。
もちろん私の異動だけじゃなく年功序列を廃するって
人事考査制度見直し通達も上司には応えてるはずだし。
偶然私の異動と人事見直しってのが同じ時期に。
でも率直な話、私が異動してから残業は1度だけ。
6時前後にお伺いを立てるってパターン続きだし。
で、本日は画期的なことに上司から閉局命令。
しかも退勤時刻の5時半を少し回っただけの極めて正常な時間帯に。
他部署に引けを取らない立派な時間。
私と同僚が肩を並べて帰るのさえ珍しそうに声をかけられたほどだから。
八王子終点って電車を選んで途中駅から座って小1時間の旅。
数駅手前で携帯が鳴って剣道を終えた隆之介から。
今日は一旦車を取りに戻って迎えに行く段取りじゃなくて駅にて待ち合わせ。
私より一歩遅れで隆之介が到着して無事合流して。
一気に寒くなったにもかかわらず隆之介は相変わらず素足にサンダル。
稽古を終えての空腹感と乾いた汗に襲う寒さとを隆之介は口にしてたけど。
で、駅前の洋菓子店に立ち寄り。
前回はワッフルとマドレーヌを選択。
今回は悩みに悩んでフィナンシェとワッフルを購入。
陳列ケースの上に10数種並んだお菓子の中から。
説明書きを読んで分からない点は店員さんに聞いて。
これが剣道帰りの定番になっちゃったらどうしよう。
毎回同じ店員さんだから顔なじみになっちゃったりして。
自宅までの15分足らずの道はいつも通りに親子の会話。
残業さえなければこんな日常なのになぁ。
突発的残業が起こらないことを祈らずにはいられませんわ。




2001年10月25日(木) ■
授業参観

人事異動で休みにくくなったと言えしっかり「休みます」宣言をしている私。
根回しも万全に本日授業参観休暇です。
本日の授業参観は1日参観。
5時間目が全校一斉の道徳で地区公開講座になってるってのが大きなポイント。
昨日のうちに学年別の時間割が配られてたから2人を要領よく見て回る段取りをして。
で、出勤しないから今朝は少しのんびりのはずだったのにいつもと変わらぬ6時前起床。
先週の木曜日に「杜子春」観劇をした隆之介には
1週間の猶予付感想文って宿題が出てたのに今朝までお清書を残しちゃってたから。
「もう間に合わないから」って促しても8時10分まで粘って仕上げてギリギリ登校。
40分からの授業には間に合ったとしても8時25分からの児童集会には遅刻だったかも。
ってな慌しい朝を終え一段落してから授業参観へ。
隆之介たちの1・2時間目は体育館と音楽室で学芸会の練習。
光太朗は1時間目が算数で2時間目が生活。
昇降口からすぐの体育館に立ち寄って隆之介の立ち稽古を見てから光太朗の元へ。
3・4時間目は今度は光太朗たちが体育館での練習。
隆之介たちは教室と図書室。
で、義母と数回ニアミスしちゃったのよぉ。
今日の授業参観って地域の人にも開放されてるから何ら問題はないんだけど。
一言も行くって意思表示もないままに。
光太朗たちの演劇練習中の体育館でも遭遇。
でも私と入れ違いで義母ったら退席。
もちろん一言も言葉を交わすこともなく。
それを見ていたお友達ママが「お宅のおばあちゃん来てたけど」って。
「私のことが嫌いだから出てったんじゃない?」って返答に周囲の数人で笑いをかみ殺したり。
でも義母ったらそれで参観を終了したらしくニアミスはそれっきり。
早退してきた旦那と4時間目に合流して。
で、昼食時。
4時間目終了が12時15分なのに午後の授業開始は1時40分。
仲良しママたちが連れ立って三々五々ランチへ出向く。
私もお誘いを受けたけど旦那とランチ。
近くのお蕎麦やさんで支払い時に「ご一緒でよろしいですか?」なんて言われちゃったりして。
所要を済ませて5分遅れで5時間目の見学。
全校一斉の道徳授業。
各クラスの廊下に教材と指導方針のペーパー。
隆之介たちは「あきら君ドンマイ!」光太朗たちは「あたらないよ」でどっちもスポーツ系題材。
授業態度も2人ともそれなりに進歩してる様子。
今日の参観はまあまあ充実って感じかな。




2001年10月24日(水) ■
VISAで

ここの職場では半期に1度の交通費支給。
それもきっちり6ヶ月定期代での支給だ。
紛失を恐れて1ヶ月なり3ヶ月の定期を購入したり回数券を購入してる人は足が出るって計算。
決められた通勤経路通りじゃなく日々違うルートって人もいるみたいだし。
で、今月がその該当月。
20日の給料日が土曜日だったから繰り上がって19日に明細書を手渡され
いつもながら交通費の多さにこの手取り全てが懐に収まればいいのになんて思ったりして。
なんと支給された交通費だけで171540円。
駅から何キロってバス使用のギリギリ地点だけど当然のようにバス料金も申請してるし
何よりも遠距離通勤だから八王子からの運賃が半端じゃないんだから。
で、少しでも交通費を浮かせようと裏技を使って新宿を分岐点に2枚の定期を利用してる私。
この裏技についてはすでに日記で明らかにしてるからご承知の方もいるはず。
悪いこともしないで裏技だけで1万円も浮いちゃうんだから。
もちろんバスも使ってないからその分もだし。
で、明日の定期券の最終日を控え本日半年分を購入することに。
次男の産休が明けて出勤し始めたのが4月20日前後だったから
運よく交通費支給と購入サイクルがドンピシャ。
万が一サイクルが違ったら自腹で大金を用立てなくちゃいけないから超ラッキーな巡り合わせ。
で、駅の定期券売り場。
最近じゃCMで「VISAで草津まで」とかクレジットカードで購入できることを仕切りにPRしている。
ってことで当然のように「カードで購入できますか?」って質問。
JRと私鉄の複数路線は一括購入できないって答え。
新宿で定期券を分割してるから中央線分だけは購入可ってこと。
新宿から地下鉄を含む路線は今まで通りに現金で購入。
で、もう1枚はしっかりカードで払いましたわ。
継続定期の上の部分にカード払いを示すC制の文字。
カードのポイントも貯まるし支払いは再来月だから一時的に懐も温かくなっちゃって。
駅でのカード払いって朗報だわぁ。
ってカードの明細書は恐怖だけど。
それにしてもちょっと惜しかったのはスイカ。
来月から首都圏のJR駅のほとんどで導入されるシステムで定期券をタッチさせるだけって優れもの。
現状では定期券を定期入れから出さなくちゃいけないけど定期入れのままでもOKって言うし。
駅には「スイカ導入まであと24日」って張り紙。
どうせならスイカ定期を購入したかったなぁ。




2001年10月23日(火) ■
ゴム手袋

全米を騒がせている白い粉事件。
見えない敵。
死に至る炭そ菌。
日に日に被害者数が増えているから一段と恐怖心も。
日本でも小学生の模倣犯が出たりと外野じゃ済まない感じ。
職場付近は重要危険地域だからなおさら。
やたらに煽るつもりはないけど注意に越したことはない。
職場のHPでも「もしもの時の心構え」なんてのが記載されたり担当者一同が会議を開いたり。
そもそも炭そ菌の症例そのものがよく分からないけど。
疑わしい小包や封書には要注意ってのが第一段階らしい。
疑わしい小包や封書が届いたら振ったり開封しないでってご指示。
でも誤った肩書きとか差出人住所不明とか見た目が変なんて言う郵便物はこの職場じゃ日常茶飯事。
後輩なんて虫の死骸入りやらカミソリの刃入り封書なんてのも経験があるって言うし。
触覚や視覚で疑わしいと思ったら
今後一切疑わしいものは開封せずにビニール袋か別容器に入れて総務部長に持参せよって。
万が一でも慌てず騒がず冷静に対処せよって。
粉を飛散させないように専用机上で無風状態が望ましいって無理な注文もついてるし。
で、万が一開封しちゃう場合を想定して本日配給されたゴム手袋とフィルターマスク。
部署の重要性を鑑み2セット。
紫色のゴム手袋。
洗濯、風呂・トイレ・室内の掃除、その他農業や業務用に幅広くご使用いただけますって書いてある。
一般的に家庭で使ってるゴム手袋そのもの。
でも日ごろ目にしてるゴム手袋より豪華なのか箱入りで。
ビニール入りのゴム手袋なら薬局とかスーパーでよく見かけるけど。
くれぐれも日常のお茶碗洗いには使わないでって口頭の注意つきで支給。
で、もう1つのアイテム使い捨ての防塵マスク。
幾重にも重ねられているのかグレーの狐の口みたいな単独パックで初めて見るもの。
私の感想では狐だけど後輩はブラみたいだって言うから感想は人それぞれで。
で、そのマスクって使用限度は10時間。
粒子状物質に対しては有効って書いてあるけど白い粉にも効果あり?
誤った使用で健康に害を及ぼしたり死に至るって恐ろしい注意書きなんかもついてるし。
こんな物体を使う日が来るのかしら?
万が一危険な物体を開けてから手袋&マスクをしても時すでに遅しなのよねっ。
炭そ菌騒動なんか早くおさまればいいのになぁ。
このグッズを使わずに済む平和が1番だわ。




2001年10月22日(月) ■
エスカレーター

八王子駅ってのは北口がメイン。
ロータリーだって大きいし甲州街道へと伸びる道路が真っ直ぐに伸びてるから。
乗降客の半数以上が北口を利用してると言っても過言ではないかもしれない。
バス停だって10番以上存在してて滅多に利用しない私なんか迷子になりそうなほど。
駅ビルって言えるかどうか直結してる某百貨店だって北口だし。
ってことで北口を降りるエスカレーターはとっくの昔に設置されてたけど
我が家が存在する南口にはまだ。
南口って繁華街って言うより住宅密集地って感じ。
私にはどっちでもいいことだけど義父母にとっては重要案件になっていた。
興味を引かれる物事が少ないから現在抱えてる一番大きな懸案事項と言ってもいいくらい。
事あるごとに「南口にも早く作ってくれるといいのにねぇ」って。
で、いよいよ先週15日から設置工事が始まっていた。
工期は15日から来年の2月11日までってことで張り紙もあるし
広い階段の真ん中付近に柵がされて。
左右を上り下りそれぞれの専用にしてて狭まってるから
係りの人が絶えずマイクで叫んでるし。
階段が狭くなってるから明石の事件みたいにならないようにとにかく厳重警戒。
朝夕利用してる私と旦那はもちろん塾通いしてる隆之介だって知ってること。
でもそっち方面に外出しない義父母は情報に疎いから
そのことは知らないまま1週間が過ぎたまま。
やっとのことで今日駅周辺に出向いた義母が義父に「エスカレーター工事してるわ」ってご報告。
するとその朗報を受けた義父ったら「1週間ぐらいでできるのかなぁ」だって。
いくらなんでもそんな突貫工事があったらお目にかかりたい。
工期終了を知ってた私は唖然としちゃったわ。
もちろん2月までなんてお伝えしなかったけど。
1週間で簡易工事をしたら強度に問題があると思うんだけどってのも口が裂けても言えないし。
それにしても出不精の義父じゃエスカレーターごときが設置されても
外出頻度が高まるとは思えない。
家から一歩たりとも出かけないのにさ。
それほどまでに設置を楽しみにしてるなら
毎日のようにエスカレーター目当てに出かけるとでも言うのかしら?
とは言っても義父ったら今日も予想外の入浴を果たしたし行動が読めないからなぁ。
ってエスカレーター工事終了が終わって楽ができるなら少しは私も待ち遠しかったりして。




2001年10月21日(日) ■
囲碁クラブ

昨日の余韻に浸りながらも普段通りの日曜日。
校庭では地域の運動会も行われるけど子供たちは10時から土曜日のスイミングの振り替え。
時間ギリギリまで寝てたから猛ダッシュでプールに向かって。
子供たちったら運動会の楽しそうな音声に心を奪われつつも仕方なく。
で、隆之介ったら車の中で唐突に「僕5年生になったら囲碁クラブに入りたいな」って。
学校での正規のクラブかと思った私は「じゃ卓球クラブはどうするの?」って素朴な疑問。
もちろん年度毎に希望クラブが変わっても問題はないけど
顧問の先生が3年の時の担任だったからあれほど希望して入ったクラブだから。
すると隆之介ったら「学校のじゃない囲碁クラブ」
「塾を辞めたら火・木があくから囲碁クラブに通いたい」って。
5年になったら剣道の稽古日と塾が同じ曜日に当たることが分かってるから
本人なりに考えて剣道を選択することは理解してたけどまさか囲碁クラブとは。
将棋だったら八王子からは羽生名人なんかも誕生してるけど囲碁って聞かないよなぁ。
と、目の前の看板に「囲碁クラブ」って文字が。
いわゆる碁会所らしいものだけど隆之介の想定してるのはこういう場所に違いない。
先日の新聞の囲碁将棋欄で「漫画の影響で小中学生の囲碁人口が増えてる」って
記事を読んだばかりだけど現実的に我が子までとは。
しかも囲碁って頭脳明晰じゃないと理解不能っていうじゃない。
恐るべしは「ヒカルの碁」なる漫画だわ。
この秋の番組編成でアニメさえ始まったって言うし。
ベイブレードにしても囲碁にしても子供たちの流行の先端は漫画からなんだなぁ。
で、スイミングを終えて一旦帰宅。
夕刻から家族全員で買い物へと外出。
すると隆之介ったら「これ買って〜」って碁盤と碁石を抱えて運んできた。
熱病みたいなものだとは思うけど。
それにしても囲碁ってどうやるのかルールなんか知ってるのかしら?
これもアニメから学習するつもりかな。
隆之介が碁盤でパチパチできるのは碁並べくらいのはずなのに。
ってことでとりあえず本格的な碁盤セットは却下してマグネット方式の碁盤セットを購入。
いい先生のいる囲碁クラブじゃなかったら上達は望めないから
本当に始めたいなら師を探さなくちゃいけないのかも。
実家の父なら少しは囲碁が打てるのに取り柄のない義父じゃ何も期待できないしなぁ。




2001年10月20日(土) ■
結婚式

好天に恵まれて末弟の結婚式当日。
美容院での着付けも髪のセットもバッチリ。
で、9時過ぎに早々と出発です。
弟ったら親族写真の集合時間を昨日になって伝えてきたから慌てたの何のって。
12時20分集合って思ってたのにそれより1時間も早い11時半なんだから。
少しでも渋滞にはまったら危険なのに案の定事故渋滞やら週末の自然渋滞。
旦那のジグザグ走行で間に合ったけどかなりギリギリだったわ。
旦那と子供たちは更衣室直行。
私も珍しく化粧なんか施しちゃって。
で、写真室で新郎新婦それぞれの親族の写真撮影。
お嫁さんとは初対面。
とってもスレンダーな美人の看護婦さん。
写真撮影を終えるとしばし休憩の後チャペルへと移動して。
秋の結婚ラッシュで今日の挙式は8組。
前の組が教会の鐘を鳴らすと同時に次の組がスタンバイってな具合で際どい時間差。
この会場って聖子ちゃんのプロモが撮影されたり芸能人も多く訪問してる素敵な場所だから。
挙式前に両家の対面式を済ませると
新郎新婦とベール係りの光太朗と姪のみなちゃんが一足早く会場入りして。
参列者が一斉に会場入り。
荘厳な雰囲気。
聖歌隊の賛美歌とパイプオルガン。
誓いの言葉やら署名やら決まりきった段取りで恙無く挙式終了。
ライスフラワーもブーケキャッチも全てが喜びに包まれて。
で、会場を移して披露宴。
堅苦しい仲人さんは存在しない。
温かい雰囲気の中着々と進行して。
生ケーキへの入刀も乾杯も済んでこれより宴って前に可愛い子供たちから花束の贈呈。
4歳になる甥と姪がゴンドラから登場って段取り。
そこに妹が同乗してたから幕が開いて今日1番の笑いをさらってったけど。
宴はあくまでも賑やかに。
看護婦さん仲間が白衣を着てルーズソックス履いて「セーラー服を脱がさないで」
歌と踊りの披露だったんだけど男性陣は大喜びだったわ。
念のために剣道着を持参してた子供たちは着替えもせずに「明日があるさ」を斉唱。
その後も続々とお祝いのコメントや歌で賑やかに。
お色直し後のキャンドル点火に各テーブルを回った時なんか
兄弟姉妹のテーブルだけに細工がされててちょっと時間がかかっちゃったりして。
お決まりの花嫁の手紙とか両親への花束贈呈で式典は終了。
2次会へと流れて行ってそこでも盛り上がりを見せました。
着替えを持参しなかった私は留袖着て2時間半の運転。
疲れたけど楽しい1日でしたわ。




2001年10月19日(金) ■
年齢不詳

末弟の結婚式もいよいよ明日。
弟から子供たちへの出し物依頼なんかもあったりして子供たちなりに頭を抱えてるみたい。
剣道着に着替えて歌ってもいいかなぁとか頭の中はいろいろ困惑。
披露宴を盛り上げるための余興だからなおさらだけど。
で、まだ留袖を和箪笥から出してはいないものの
子供たちはバーゲンで4000円で購入したお揃いのベストとそれに合わせた紺のパンツだし
旦那は変わり映えしない黒の礼服ってことで私たち家族の列席準備は着々。
明日の朝7時過ぎには美容院の予約も取ってるしー。
どんな風に頭を仕上げてもらうかは美容師さん任せだとしても
髪飾りの用意だけは欠かすわけにはいかない。
過去に妹と弟の結婚式で留袖を着用した時はショートカットで髪飾り不要だったけど今回はアップだし。
美容院に陳列してある数少ないかんざしの中からその場でチョイスって方法もあるけど
それじゃいかにも選択の幅が少なすぎるし。
ってことで品数豊富な百貨店を来訪。
和服売り場の髪飾りコーナーは来月の七五三を控え選り取り見取ってな按配。
最初は定番の鼈甲もどきのかんざしに目をやったもののいかにもって感じだし
「こちらにも別のタイプが」って売り場のお姉さんの一声で
色とりどりの羽とか真珠とか花を模したようなかんざしを手に。
でも自分の頭がどんな風にできるのかってことも含めてかんざしのイメージなんか皆無。
あれこれ悩む私を見かねて売り場のお姉さんが着物雑誌を持ってきてくれたの。
もちろん髪型とかかんざしのイメージが沸くんじゃないかって配慮だと思うけど。
で、たまたま冊子の表紙には「×歳からの着物」ってタイトル。
パラパラっと中身をめくって髪型チェック。
でも売り場のお姉さんったら「お客様はお若いからこれには該当しませんねぇ」って。
もちろん十分に該当してるんだけど年齢は秘中の秘。
留袖着て結婚式にって案件さえ疑ってたもん。
剣道稽古帰りの隆之介と合流したら「こんな大きなお子さんが?」ってさらに驚き。
果たして私はいったい何歳に見えるのか?
和服だと老けて見えるのが相場だから若く見えるに越したことないけど。
とりあえず真珠もどきが放射線状に花みたいに散りばめられた
小さな髪飾りの10本セットを2500円で購入。
明日の結婚式でどんな髪型に変身するのか自分でも興味深いです。




2001年10月18日(木) ■
迷惑

新しい部署に異動して出勤時刻もまちまち。
今のところ残業がないのが救いだけど朝の忙しさは今まで以上。
子供たちの朝食とか出勤前の洗濯は相変わらず私の日課だから10分違うだけで戦争状態。
なのに今朝起きたらリビングには義母が。
雨戸も明けて悠然とTVに見入ってる。
しっかり着替えて化粧もしてわざわざこの為に早起きしたって感じ。
勝手気ままな自由人のやることって予想不可能だから困っちゃう。
朝のその時間帯は誰にも邪魔されずに1人でニュースを見たりできる貴重なひとときなのにー。
情報収集って社会人の必須アイテムなのに義母が真剣に見てるのはイチローの出てるメジャーの試合。
どうやら3−0でマリナーズが劣勢の模様。
試合の行方より国内ニュースに興味がある私は義母の突然の乱入にヤキモキ。
暇に任せて早起きするのは義母の勝手だけど朝の段取りを邪魔される私の身にもなってみろぉ。
ってことで貴重な朝のニュースさえ見ることかなわず。
一気に冷え込んだ情報さえ入手できずに玄関を開けた途端に寒さに震えたわ。
いくらスポーツ観戦が好きだからってリアルタイムで見る意味があるのかしら?
義母の気まぐれ行動でどんなに迷惑しちゃうことか。
で、今日の義母はお出かけの気配。
どうやらお友達と一緒に秋の鎌倉を散策するってお楽しみらしい。
起きてきたばかりの子供たちを見るなり張り切って放課後の段取り手配。
「その心配もあって早起きしたのよ」なんてこじ付けなんかもしてたしさ。
とにかく自己中心的ったらありゃしない。
義父も歯医者に出かけるらしくって子供たちの帰宅後はかぎっ子って。
かぎっ子ならかぎっ子で子供たちには誰にも邪魔されずにいられるからたまにはいい体験なのに。
で、義母ったら予備鍵を手に「2人で共用するようにおうちのどこかに隠しておく?」って提案。
郵便受けとか植木鉢の底って泥棒に狙われやすい場所なのに。
子供たちだってそんなことは十分承知してるしかぎっ子でも平気だから「僕たち鍵持って行くから」
私の鍵と義母の予備鍵をストラップに付けて子供たちには鍵を1本ずつ手渡し。
義母の心配を他所に子供たちったらあっさりしたもん。
もちろん子供たちが成長してる証なんだけど義母ったら腑に落ちないような顔しちゃって。
鍵を貸し出しちゃった私は帰宅直前に自宅に電話。
かぎっ子の2人が自由を満喫したのは言うまでもありません。




2001年10月17日(水) ■
役決め

子供たちの通ってる小学校は隔年で学芸会と作品展。
今年は学芸会年で来月の3週目が本番。
いよいよ1ヶ月と迫った今週はどの学年でも役決めが行われてる段階。
我が家のやんちゃボウズたちも予め手にした台本を読みながらやりたい役を考えてたりして。
隆之介は初体験した一昨年の2年生では笠地蔵の前半のおじいさんで主役級だったし。
そう言えばこの日記って一昨年の学芸会が最初の題材だったんだよなぁとしみじみ。
で、今回も張り切って主役級の役へと果敢に挑戦する隆之介。
隆之介たちの学年だけが他の学年と違って2クラスで少数精鋭だから
割と落ち着いて演じることができるって利点。
やっぱり100人を超える学年だと顔見世興行って感じになっちゃうし。
で、今年の演目は「サル酒」って出し物。
与平がサルにもらった酒が村の安泰をもたらすって内容で
当事者である与平って村人が重要なポジション。
もちろん前後半で配役は変わるものの話の要となる人物。
台本読みの段階から隆之介の狙いは与平。
前半の方が出番も台詞も多くていいんだけど2組は後半って決まってるし。
それぞれが希望する役に挙手。
与平を狙ってた別の男の子なんか「さめじゃかなわない」って最初っから諦めちゃったって。
2年生の時にはオーディションでおじいさんになったのに今回はあっさりゲット。
一昨年は舞台から落ちるハプニングもあったけど今年はどうかな?
来月に向けて張り切って練習してもらわなくちゃ。
一方、今回が初体験となる光太朗。
2年生は3クラスあって超100人。
全員の出番を考えると当然端役もあり得るパターン。
出し物は「ガラパラゴラスをやっつけろ」って忍者が活躍して悪者を懲らしめるってお話。
運動会で演じた忍者の延長って感じの出し物。
光太朗の当初の狙いはもちろん主役のガラパラゴラス。
でもあっさりじゃんけんで敗北。
第2希望の忍者も人数制限に溢れて「いっちゃなんねぇず」の一員に。
忍者たちに「行っちゃなんねぇ」って危険を知らせる集団。
「ゆばーば」ならぬ「醤油ばーば」とか「味噌じじー」とか台所に関連のある楽しい命名集団。
で、光太朗のなった役は今をときめく「しおじい」
どっかで聞いたことのある名前と一緒なのが笑えるしー。
本番に向けて衣装協力なんかあって大変だけどとにかく待ち遠しいイベントだわ。




2001年10月16日(火) ■
滑り出し

辞令交付翌日。
月初めに遡っての人事とは言え一斉に動く気配はなし。
机の移動って玉突きだから前任者が動かない限り完全なる移動はできない。
とりあえず身一つで移動。
PCだってノートだから持ち運びはOkなんだけど前任者のPCが接続されたまま。
相変わらずPCを新しい職場に繋ぐことはできない。
LANケーブルは個々のPCと一体化してるものって認識だから
本来は以前から使ってるのを持ってくるべきなんだけど
私のLANケーブルって冷蔵庫の後ろやら茶箪笥の後ろを這ってきてたから。
例外的に新しい部署のLANケーブルの空き待ちって状態。
担当部局に出向けばケーブルの貸し出しも大丈夫って感じだから明日にでもって目論んでるけど。
机の引越しも同様に進展せず。
ほとんどの部署で来週からって感じだから落ち着くのは来週かな。
まだまだ新参者だから少しは神妙にしてなくちゃ。
で、今朝の出勤は9時前。
いつも八王子→立川→国分寺→新宿→四ッ谷しか停車しない通勤特快ってので通勤してるから
出勤簿が封鎖されるギリギリの9時10分出勤なのに。
それより早く出勤しようと思ったらかなりの時間差。
ってことで7時20分には家を出て36分の電車に乗って。
9時に間に合ったからよかったけど。
でも朝の10分って本当に微妙。
家事だって大忙しだし9時出勤に向けてラッシュのピーク。
四ッ谷駅で降りるのさえ苦労しちゃった。
いつもだったら9時を回って悠々出勤なのにホンの10分が境界線って感じ。
で、出勤場所は赤絨毯のある危険地帯。
入念なチェックがあるから本人確認の通行証は必需品。
通行証を首から下げて会議室を目指す。
重厚な赤絨毯の建物。
黄色い帽子を被った小学生もたくさん行き交ってた。
閑散としてる事も多いのに秋の参観ラッシュって感じ。
通路の左右を分離する為に設けられた柵なんか初めて見たしー。
仕事を終えてから周辺地帯の伝説的地下通路を通っていつもの職場に改めて出勤。
これからこんな行き来が頻繁なのねって改めて認識しちゃったりして。
職場での仕事は淡々と。
で、新しい上司って終業時刻になっても解散命令を出さないって噂だったの。
待ってても仕方がないから6時直前にこちらからお伺い。
同僚諸氏からは「画期的〜」の賞賛の嵐。
ってなわけで異動初日は順調な滑り出しかも。
とにかく元気で頑張ってますから読者の皆様ご安心ください。



2001年10月15日(月) ■
発令当日

いよいよ人事発令当日。
該当者にのみ届いた集合案内。
異動対象者以外は集合日時さえ知り得ない。
午前中に定例会議があった部署なんかは関係する人事だけは知らされたみたいだけど。
時間も過ぎていよいよ集合の3時半。
5分前集合って案内に従って3時20分にはスタンバイだ。
張り出された順番表通りに整列。
みんなちょっとだけ緊張した面持ち。
異動する人、昇進する人、部署統合で辞令をもらう人と様々だけど30人ほどが集合して。
で、私を含めてほとんどがスーツ姿なのに昨今の若者の行動パターンが今1つ分からない。
そんな正式な席にもかかわらずラフな格好の約2名。
そう言えば彼女たちの今朝の服装を見たお友達が「該当者だよね?」って確認メールを寄越したっけ。
「山登りに行くような服装してた」って言ってたけど本当に普段着って言うか何と言うか。
とにかく他の人たちとは一味も二味も変わってて驚き。
彼女たちってまだ入って数年なのにもかかわらず自分の仕事に文句ばかり言って
仕事を放棄して別の部署に異動することになったんだから人間的にも理解不能だけど。
石の上にも3年なんて言葉は彼女たちには通じないんだろうって。
何はともあれ11番目のはずの私は諸事情で1つ繰り上がって10番コール。
名前を呼ばれて上座に進むと発令内容が読み上げられて各自恭しく渡されると
辞令をもらった順番で退出するってパターンの交付の儀式。
先週の部署長からの内示通りの部署に言われた通りの肩書き付で異動。
部下は上司を選べないから仕方がないけど噂の部長だから頑張るしかないわ。
もらったばかりの辞令を持って前部署と新部署へのご挨拶。
前任者にならって新しい名刺なんかも注文しちゃったりして。
机の移動は玉突きだから他の移動を待つしかないから一先ず身1つにて移動。
同じ建物でも場所と人が変わると常識さえ違うみたいだし。
とにかく頑張ろうっと。
残業もなく普段通りに帰宅。
子供たちと旦那にだけはご報告。
で、義父母にも伝えようかと思ったけど残業ラッシュまで待つことにしたわ。
以前みたいに夕食の賄い全てを頼むわけじゃないしその時々でいいかなぁって。
さもないと膨大な食費と雑費を請求されそうなんですもの。
穏便に済ませる為には敵を欺くことも重要ですわ。




2001年10月14日(日) ■
市民大会

スポーツの秋真っ只中。
今日の市民剣道大会に隆之介も初出場。
8時50分に市民体育館前集合。
遅刻は許されないから朝からバタバタ。
光太朗はカブスカウトの活動日で9時集合だから合わせて。
で、朝起きると光太朗がどうも熱っぽい。
37.4℃の微熱だったけど念のために隊長に連絡を入れて活動はお休み。
「ゆっくり寝ててね」って言って隆之介と共に我が家を後にした。
旦那には隆之介の出番を見計らって連絡することに。
会場となる体育館に到着すると人・人・人。
日頃どこで活動してるのかって思うほど少年剣士がいっぱい。
学年別でトーナメント方式の個人選だからとりあえずの目標は1勝。
組み合わせ等が明記された冊子を手にすると4年生全体で58人の出場。
長い開会式を終えていざ出陣。
隆之介は1回戦シードじゃないけど2回戦からの出場で21試合目の出番。
体育館に区切られた8面のうちの第6試合場。
そろそろ連絡って思ってたら旦那だけじゃなくて一家総出の応援団。
義父母も一緒だし体調不良の光太朗も「連れてこられた」って。
仲間は順調に勝ち進んだり残念な結果だったり。
で、いよいよ隆之介の出番。
相手は1回勝ち進んでるけど隆之介には初戦。
試合前から落ち着きがないなぁって思ってたんだけど
試合が始まったら力を出し切らないうちに相手の旗が2回続けて上がってあっさり敗退。
引き上げてきて面を外すと納得のいかない表情の隆之介。
自分の力を発揮できないって悔しいもんなぁ。
で、よくよく話を聞くと真正面を外して打ち込まれた面さえポイントになってたって。
自分ではまだこれからって思ってたのにって。
試合で負けちゃったことは悔しいけどこれからの目標ができてよかったかも。
一足先に退出した旦那たちを見送って隆之介と一緒に仲間の試合を応援して。
ほとんどの仲間の試合が終わって自然解散。
ファミレスにいってるはずの旦那たちと合流。
で、光太朗ったら具合が悪くて食べたものさえ吐いちゃったって。
だから応援に連れてこなければよかったのにさ。
昼食後は6人揃って帰宅。
義父母はいつものようにパチンコ屋さんにお出かけ。
夕刻から例の不動産屋さんにも偵察に出かけて参りましたわ。
購入となるかどうかは定かじゃないけど3人目の担当者とも無事顔合わせも済んだし。
で、夜になったら光太朗の発熱は39℃超。
早くよくなってくれるといいけどなぁ。




2001年10月13日(土) ■
末期

何もない平和な第2土曜日。
9時から塾のテストって隆之介を送り届けて寛いでたら義母からご近所さんの話。
隣のアパートの住んでる60代のご主人が肺がんの末期で全身に転移して入院してるって。
しかもお正月が迎えられるかどうかって正念場らしい。
ってご主人にはいつお会いしたのかしら?
つい先日まで普通に生活してたはずなのに。
50段もある階段を息切れしながら上ってたってこと?
ちっともそんな病人には見えなかったのになぁ。
奥さんも膠原病って聞いてるのになんだかとっても気の毒な話だわ。
病院嫌いで行ったら手遅れってことになってたって。
とりあえず肺がんって告知はしたらしい。
で、義母ったら突然「駐車場のお金の支払いってどうなってるの?」
以前は3ヶ月に1度とか結構まめに支払いに通ってたけど
今じゃお中元とお歳暮のご挨拶がてら半期に1度のお支払い。
その旨義母にお伝えすると「じゃ私が行こうかな」って。
なんでも隣の奥様との立ち話で「うちのと一緒に」って安請け合いしてきちゃったみたい。
我が家の義父母はどっちも運転できないけどお隣はご主人のみが免許を持ってて
そのご主人が入院中で病気がちの奥様も看病疲れ。
その親切心は隣人としては理解できるけど当事者の私にも一言聞いてちょうだいなって感じ。
週末だったら届けてあげられるけど駐車場の台帳とお金だって預かってないみたいだし。
それに地主さんに実際のことを告げていいのかどうかだって迷うところ。
主不在の駐車場なんて解約しちゃえばって勧める人もいるって言うし。
とりあえず我が家みたいにまとめて支払うんじゃなくて1ヶ月毎に支払うらしいけど。
逆隣の奥さんが駐車場もう1台って狙ってるけど餌食になっちゃうのかなぁ。
駐車場で入念にワックスがけをしてたご主人を思い出すと胸が痛いわ。
とにかく台帳&お金が手元にないんじゃお話にならないってばー。
で、時間になって話を切り上げると急いで美容院へ。
珍しく眉カットなんかも施してもらって。
自分だけの時間が持てるって幸せ気分。
旦那もいるはずだしお昼の時間さえ気にせず。
ネットで遊んで帰宅したら子供たちのスイミングギリギリの時間で焦っちゃったけど。
夕方からは旦那も同行して子供服のお買い物。
Gapのセールでは300円Tシャツとか600円パンツなんかも。
ここの所やたら買い物づいてるんだけどカード決済日が恐ろしいわ。




2001年10月12日(金) ■
お呼び出し

3連休後の火曜日に突然の内示を受けて数日。
いつもならどこからともなく漏れ伝わってくる異動情報も今回はさっぱり。
発令前に漏れると土壇場で逆転劇なんてのもあり得るから今回の徹底振りは半端じゃない。
よほど厳重に緘口令が引かれてるに違いない。
昨日の部長会議では今週中に決済を取って来週辺りに発令って話。
10月1日に遡って実施って割に連絡がないのは変だなぁなんてそろそろ思ったりもして。
で、今週も最終日となった本日ついに集合のご案内。
3時ちょっと前に内線電話が鳴っていつも懇意にしてる人事部長からの第一報。
15日の15時半から8階の会議室だって。
担当者から事務的なメールが入る前にわざわざ電話連絡を入れてくれたらしい。
積もる話もあったけどとりあえず用件のみにて電話は終了。
他の人の異動状況について人事部長から聞き出せるはずがないんだから。
業務上知り得る情報について聞き出すほど野暮じゃないし。
とりあえず辞令交付の日時がはっきりして先が見えてきたって感じ。
で、異動と思しき同期男性に電話連絡の有無を聞く。
現時点で彼の所に電話がないって話。
さらにお互いの知り得る情報を探ろうものの全体像は一向に掴めない状態。
まぁ週明けの現場で全てがわかるはずだから焦る必要もないけれど。
とにかく成るようになるんだからって。
私が内示の時に聞き出した20人規模って情報さえ彼には新しかったみたいだし。
で、退勤時刻まで30分を切った5時1分。
人事担当者からようやく届いた呼び出しのメール。
3時半からの交付に5分前集合でとかあくまでも事務的な文面。
でも宛先が何とも間抜けって言うか今回の対象者が一目瞭然。
羅列された宛先が全てを物語ってるんだから。
異動対象者が21人と部署統合で新しい部署名の辞令を手渡されるのが7人。
異動する上位の者から交付されるから私は11番目。
当事者にしか流されてないメールだけど瞬く間に対象者リストが職場内を駆け巡って。
で、当然のように誰はどこって探り合い。
自分に関しては確実だけど他はあくまでも推測でしかないけれど。
それにしても人事担当者ったら5時を過ぎてから送信するほど用意周到なら
宛先を隠して個別に何番目って指示すればよかったのに。
知らしめる為に宛先を表示してくれたんだろうけどなんか間抜けだわ。
ってことでまな板の鯉。
来週からの生活に不安を抱きつつも頑張ろうっと。




2001年10月11日(木) ■
3人目

さて難航中の新居探し。
決して諦めたわけではなく虎視眈々と狙ってる。
2世帯になるか完全別居になるかはさておき旦那と隠密行動で。
で、私が物件を探して貰ってる不動産屋さんは2件。
1件は知人に紹介された零細企業A、もう1件はチラシを見て訪問した中小企業B。
探し物が難しいから簡単に見つからないのは当然だけど
どちらかと言うと中小企業Bの方が積極的で頑張ってくれてるなぁって感じだったの。
夏前に希望金額を提示したものの仕事に忙殺されてそのままになってたけど。
で、その後の動きについて問い合わせをしたのが8月になってから。
60坪って広さと値段に依然として買い手が付かないまま。
でも担当してくれてたはずのEさんの携帯に連絡を入れたら退職しちゃってた。
それも連絡なしで1週間前に。
「Fに引継ぎしてますから」って言葉を信じてその後はFさんと細々と連絡を取り合ってたの。
宅建主任の免許を擁してるFさんはEさんをフォローする形で同席してくれてたから
話の繋がりも分かってくれてるしーって思って。
その間土地の適正価格を判断する客観的目安である地価公示もあって
前に提示した額より安価で済むんじゃないかって。
買いたいなって思ってる土地に1番近い基準値で見ても
一昨年より去年、去年より今年って感じで10%ぐらいずつ地価が下がってるのが現状だから。
都心部の減少傾向は落ち着いたけど周辺地域の減少は止まらずって統計通り。
「売主さんに率直にどこまで下がるか聞いてみましょう」ってFさん。
10月に新店舗を展開する準備もあって9月末はてんてこ舞いしてたからこちらからの連絡を控えて。
で、先週末には華々しく新装開店。
そろそろ落ち着いた頃かと見計らって本日電話を入れて唖然。
電話に出た女性が「Fは9月末で退職致しました」って。
じゃぁ私は誰と話せばいいのよぉ。
しかも2連続連絡なしでの退職。
普通って継続商談があったりしたら退職連絡ってするもんじゃない?
とりあえず経緯を話して先方からの連絡待ち。
しばらくして営業責任者って人から電話があったけど。
今度のMさんとは対面なし。
責任者らしく精一杯詫びてたけど信用度が究極落ち込んでるのも確か。
大きな買い物をしようって時にもしかしてハズレ業者かも。
思いっきり頑張ってこちらの意に沿った交渉でもしてくれない限り信用回復は無理かも。
これで土地購入が遠のいたなら最悪だわ。




2001年10月10日(水) ■
終日営業?

今日は剣道の稽古がお休み。
隆之介には継続通院中の皮膚科に行くように伝えてあったんだけど3時頃電話。
「凄い土砂降りだから行かなくていい?」
どれほどの降水か知らなかったけど職場を出たら半端じゃない。
台風襲撃時より激しい風雨+雷。
帰宅したら玄関の子供たちの靴はびしょ濡れ状態。
で、いつもなら騒がしく遊んでるはずの子供たちの姿がない。
光太朗は学童在室中の3時頃から発熱+頭痛で冷えピタを額に就寝中。
隆之介もベッドに横たわって「頭が痛い」
2人同時って珍しいけど無理は禁物だからそのまま休ませたわ。
残業続きの近い将来を考えるとちょっと不安も感じつつ
子供たちが早く寝ちゃったから珍しくTVなんか見ちゃったりして。
で、11時半を回った頃明日校外学習の隆之介のお弁当準備をしようと台所へ。
運悪く義父に呼び止められちゃった。
自己新記録に迫る驚異的ハイペースで夕べも入浴した義父は今日も案の定お出かけ。
今朝はいつも通りすれ違いだったし私の帰宅時に義父はまだ帰ってなかったから
そのままいけば丸1日顔を合わせずに済んだかもしれないのに。
義父ったら台所に立つ私に「航空券取れるかな?」だって。
来月同窓会予定で鹿児島に行くってことは薄々感づいてたけど残り1ヶ月って時点で頼まれてもねぇ。
「9日はこっちで同窓会があって。10日か11日がいいんだけど週末だとシルバー割引使えないんだよなぁ。」
「じゃ9日の遅い便で行ったらいいじゃない?」って私。
ってな会話中に義父が取り出してきたのは4月のANAの運行表。
「今日出かけたのに新しいのもらって来なかったんですか?」って唖然とする私。
歯医者に出かけるために入浴するようになったのは1歩も2歩も前進だけど
パチンコ屋さんで時間を費やすだけじゃなくてなぜ旅行会社に足を運べないのよぉ。
私が夏の出張時に切り抜き用に持ち帰ってた6月号の時刻表も確認したけど所詮は昔の時刻表。
義父の言う通りシルバー割引が平日には使えないってことだけが判明しただけ。
それにしたって11時半過ぎなんだし私は明日も早起きなんだから。
時間の感覚を忘れた義父なんかに深夜まで付き合ってなんかいられないって。
希望便が決まってるわけでもないみたいだし「それじゃ私はこれで」って退散しちゃったけど。
やっぱり航空券手配って私の担当?
だったら往路のみで発注しちゃおうかなぁって思案中ですわ。




2001年10月09日(火) ■
内示

4時を回って少ししてから部長から「会議室に来て」って電話。
上着を羽織って心の準備。
この時期の呼び出しってことは異動の話に間違いない。
「どちらに異動でしょうか?」って言葉が出掛かったけど相対して真っ先に口を開いたのは部長。
もちろん勤めてるからには異動は付き物だから絶えず覚悟して臨んでるんだけど。
いざその言葉が発せられるってのはやっぱり衝撃的事実に違いない。
異動となる部署を告げられて。
今の環境が前頭筆頭くらいの部屋付きだとすると
新たな部署は小結さえ通り越して大関クラスの部屋付きって環境。
私もその付き人の一員になるってことだけど。
当然付き人も多くなるからPC三昧の平和な生活は望めない。
もちろん断るつもりもなかったけど「どうしても」って言われりゃ仕方ないって。
文章が書けて日程調整ができて周囲との和を考えると余人をもって変え難いって。
少し前にも今回と同じ部署への異動の話があったのを部長が守ってくれたんだし。
その部長が全体のトップとなってる今じゃ自分の部下だけを守り通すことは許されないし。
「今までお世話になりましたから」って快諾。
政治力で根回ししたりして異動を拒んだり
あるいは自分の望む部署への異動を策略する先輩同僚も多い中で極めて純な態度。
器用貧乏って言われればそれまでだけどどの部署でも順応してるから動かしやすい駒なんだろうし。
ってことでほぼ5回目の異動が決定的。
出産後第一線とは言えない地味な路線を貫いてる私に「もっと働け」って声が多かったけど
いよいよ現実のものとなるってこと。
辞令交付の日は定かじゃないけど10月1日に遡っての発令になるって。
これで自由の身ともお別れだわ。
ヒラって身分を脱却してとりあえず肩書きが付くらしいけど残業があればチャラだし。
学校行事での休暇を優先したいけどどこまで許されるかも分からないし。
で、内示を受けて自席に戻るととりあえず旦那に連絡。
忙しくなることは理解してくれたみたいだけど現実となったらどうなるかなぁ。
帰宅後には子供たちに報告。
お給料上がるって一面は喜んでもらえたけど
「夕飯作ってくれるよね?」ってちょっと心配そうだったりして。
ってことでまな板の鯉って心境。
内示ってことは極秘だけど自分を含めた異動の全容にも興味津々。
辞令交付って次なる呼び出しまで首を洗って待ってなくちゃね。




2001年10月08日(月) ■
体育の日のこと

3連休で内需拡大を促そうってな趣旨だったか10月10日の体育の日を第2月曜日に移して2回目。
東京五輪を記念した10日が晴れの特異日だったから天候不良は10日の呪い?
運動会シーズンなのに今日もしっかり雨降りの体育の日だ。
法律の趣旨とは違って我が家じゃ何もない3連休だから悪天候も気にならないけど。
先週半ばから左肩が異様に痛いから私にはちょっとした骨休め。
でも学校の給食当番の白衣やらハンカチやらにアイロンを当てていてなぜか腰がギクッ。
もしかしてこれが悪くなる一方だとぎっくり腰ってパターンって憂慮する。
去年のスキーシーズンに1度体験して懲りてるから。
とりあえず安静が一番の薬だからアイロンを掛け終わるとベッドに直行。
子供たちに注意を促しておかないと爆弾みたいに体重の全てを預けて飛んでくるから2人にはお知らせ。
腰も肩も痛いなんて満身創痍だわぁ。
お休みの日はきちんと体を休めなさいって神様からの啓示なのかも。
寝たり起きたり怠惰な生活に終始。
でも夕刻から隆之介はいつも通りにスイミング。
送りながら旦那と光太朗と一緒にお買い物。
肩や腰が痛いって言ってるのに運転はいつものように私だし。
下見しておいた隆之介のローファーを購入。
で、旦那が炊飯器にお米を炊く準備もしてきたって言うからスーパーで買出し。
美味しそうな対面販売の数々に惑わされる。
試食ごとに光太朗は寄り道。
「今日はビーフシチューにしようよぉ」って見ると口の周りはその名残。
ビーフシチュー、お好み焼き、唐揚ってな具合で試食三昧。
旦那が洋服の後ろが汚れてるって言われて振り向いたらビーフシチュー色だったし。
で、旦那が目に止めたのはお魚コーナーで今夜のおかずはブリの照り焼きに決定。
家にある食材を考慮してなめこやら諸々も追加購入。
ただでさえ賑やかな声のする夕方の買い物時間帯。
そこに来て「牛肉半額!」って声につられてお肉の対面販売コーナーへ。
パック詰の牛肉は普段通りの値段だけどガラス越しのお肉だけが半額だって。
旦那ったら100g800円のやら上段に目に付くものばかりの購入を進める。
「冷凍しておけばいいじゃん」って。
とりあえず味つきカルビってのを400gだけ買ったけどあとは却下。
旦那って金額を気にしないからセーブするのが大変だわ。
帰宅後旦那が夕食を作ってくれたのが唯一の救い。
何もない平凡な1日でしたわ。




2001年10月07日(日) ■
上履き洗い

3連休中日の今日は日曜。
9時から塾のテストに出かける隆之介を送ったその足でスーパーの朝市へ。
すでに開店を待つ人の行列で駐車場も待ちの状態。
お目当ての品を入手すると帰宅。
で、義父が「お母さんに会わなかった?」
どうやら義母も同じスーパーに出かけたらしい。
もちろん私には預かり知らぬこと。
さらに義父ったら「光太朗が下りてこないけど」って。
光太朗ったら用事がないのをいいことに朝からゲーム三昧だったらしい。
早速「何か食べて上履き洗いなさーい」って促して。
でも一向に動きなし。
テストを終えた隆之介を迎えに行く頃にようやく着替えたほどだもん。
義父母はいつものようにパチンコ屋さんにお出かけ。
出張に出かけた旦那の帰宅は夕刻だから母子3人平和な時間。
で、2人揃ったところで再度「上履き洗いなさい」
「明日は雨って予報だから早く洗わないとだめだよぉ」って。
どうしても時間がない場合を除いて基本的に上履き洗いは自分たちの担当だから。
でも昼食が済んでからもやっぱりなかなか重い腰を上げる様子はない。
ってことで攻撃パターンを変えて「ゲームばかりしてないで外で遊んでくれば」
5時のチャイムが鳴ったら帰宅って約束を取り付けて。
で、公園で散々遊んで帰宅。
チャイムの時点で遠くの公園にいたらしく帰宅は5時半。
帰宅を知らせる玄関のベルの音を聞きつけ窓ガラスから顔を覗かせる私。
門の所には2人の上履き袋が仲良く並んでかかってる。
「上履き洗わないと家には入れないよぉ」って。
室内灯を灯してガラス越しに明かりを取って。
ついに観念して2人とも上履き洗いに精を出す。
夕闇に包まれての上履き洗い。
まずは学校の上履きだけの隆之介が終了。
ドアを明けて帰宅を許可したもののなぜかびしょ濡れ。
光太朗は加えて学童用のもう一足。
隆之介に手伝ってもらえなかったけど頑張って2足とも洗ってたわ。
もちろんなぜかこっちもびしょ濡れ。
外の水道周辺は我が家だけ雨が降ったのかと思われるほどの水浸し。
そのまま外に干しておいても乾かないのは明白だから靴乾燥機に直行させたけど。
どうせやらなくちゃいけないんだから早くやればよかったのに。
で、無事靴洗いが済んで母子仲良く夕食。
今夜は子供たちの注文のコロッケ。
途中渋滞にはまった旦那も夕食終了時には辛うじて間に合ったし。
何もない平和な1日ってのも結構いいものだわ。




2001年10月06日(土) ■
入浴の訳

第1土曜日の今日子供たちは登校。
宿題も万全とは言い切れずに今朝も私からお小言。
で、襖を隔てた部屋から義父母の声。
「机すら買わない親が悪いんだよ。結局は母親」
「買ってやればいいのにねぇ。俺たちだってそうしてきたんだし」
っていつもながら勝手な言い分。
義父母の声を遮るように子供たちを朝食に促す。
台所に喫煙に来ていた旦那も少々ウンザリした表情。
手狭な家に無理無理6人で住んでるって現状じゃやっぱり無理なことって多いって。
机を買っても置く場所に困る。
机の有無じゃなく勉強するのは本人の意思って旦那との共通認識もできてるし。
で、仕事で1泊留守にする旦那は
「泊まりってお袋たちには言ってないけど」って敵前逃亡しちゃってさ。
その場で襖が開かなかったから顔を突き合わせることがなくてよかったけど。
子供たちも旦那もいなくなって滅多にない2度寝を味わう態勢。
しばらくして義母が「出かけてくるから」って珍しくドア越しに挨拶。
戸締りの都合上階段を降りるとすでに義父の気配もない。
貴重な義父のお出かけ。
どうやら郷里の人たちとの会合らしい。
どうりで夕べも入浴してたはずだわ。
月曜日に入浴して金曜日に入るなんて奇妙だと思ってたのよ。
そう言えば火曜日にも別会合があって当日具合が悪くなったんだって。
「行こうと思ってたのに目眩がしてたから」ってその日も何件か電話してたもん。
ってことはお出かけ予定がなければ昨日まで入浴記録は伸びていたのかもしれないんだけど。
とにかく1週間に2回の入浴だなんて義父にしたら自己最高記録達成かもしれない。
そう言う意味では同郷親睦会も義父にはいい気分転換なんだろうけど。
鹿児島って本当に郷里意識が強くって。
来月は田舎でも同種の集いがあるらしい。
本人が航空券の手配をするかどうかは知らないけれど長期滞在を望むのみ。
今日も紫芋やらお饅頭など郷里のお土産を持参。
もちろん義母以外の誰も見向きもしませんでしたけど。
で、子供たちは午後からいつも通りにスイミング。
その足で結婚式を控えて床屋さんに直行。
夏の名残の伸びきったスポーツ狩りとも別れを告げちょっと素敵に変身。
近所の床屋さんに行こうと思ったのに駅前の1000円床屋の方が居心地がいいって。
子供なりに床屋の干渉って嫌なのかな。
やっぱり義父と同じ床屋ってのがネックだったりして?!




2001年10月05日(金) ■
卵かけご飯

本日の夕飯メインは子供たちの依頼で卵かけご飯。
我が家じゃ滅多にって言うかほとんど食べないから極めて珍メニュー。
それに合わせてカマスと具沢山の豚汁ってな感じで。
もちろんご飯は炊き立ての新米。
で、私が帰るなり子供たちったら「ご飯まだぁ?」
冷蔵庫を開け閉めして鎮座してるたった2つの卵クンの存在チェック。
それはそれは待ち焦がれてるって感じ。
スーパーの日曜恒例朝市で購入したL玉1パック100円ってのは普段通り冷蔵庫に眠ってるけど
子供たちが自分たちで購入した卵クンだから思いは一入に違いない。
それは昨日の夕方のこと。
子供たちをお迎えして帰宅。
車を止めた途端に聞いたことのない大きな音声が近づいてきた。
牛乳やら簡易スーパーって類の数々の行商には出会ったことはあるけど
どうやら今までに経験したことのないお店みたい。
「○○から参りました〜。朝取れたまごぉ〜」
加えてけたたましい雄鶏の「コケコッコォ〜」の鳴き声。
その珍しさに光太朗ったらその車に吸い寄せられたまま動こうとしなかった。
「美味しそうな卵!」「卵買おうよぉ」
冷蔵庫には普通の卵が眠ってるからもちろん却下。
でも隆之介が「僕30円なら持ってる」って10円玉3つを光太朗に手渡して。
光太朗ったらそれはそれは嬉しそうに購入に走る。
おばちゃんとのやり取りも楽しそうで少し離れた所の私と隆之介も微笑みながら見守って。
で、隆之介も確認に車に近づいて。
おばちゃんが「僕たち兄弟?」「じゃお兄ちゃんにも卵あげようね。仲良く食べなさい」って。
30円で1個だけのはずがレシートに5円おまけって書かれて無事2個ゲット。
生産農家の説明書付でお持ち帰り。
とにかく心から欲した地玉子だったから食べたくて食べたくて。
でも夕べは献立の都合で食卓に上らず今夜も待ちきれず。
で、焦って卵を持ち出した光太朗ったら落としちゃった。
頑丈な殻のおかげで白身が少し流出したもののほとんど救出できたからよかったけど。
卵を割るとコンモリとした黄身。
お箸で摘んでも崩れない。
「割った瞬間違いがわかる」って説明通り。
子供たちったらお醤油をかけてご飯に混ぜて。
それはそれは大満足のご様相。
毎週木曜の来訪って言ってたけど次も会えるかな?
子供たちのを見てから夕べ慌てて走った義母は車の影さえ見えなかったって。
購入希望の義母に遭遇チャンスはあるのでしょうか?




2001年10月04日(木) ■
お買い物

先日競り落とした社販の入場券。
今日明日が該当日だからお仕事はお休み。
早起きして光太朗の校外学習のお弁当を作って子供たちを送り出すといざ出陣。
券には3名入場可って記載。
お愛想で義母をお誘いしたけど断られて。
ラッキーって思いつつ急ぎ会場へ向かう。
開場は10時。
5階フロアを使ってのバーゲン。
開場から数分なのにも関わらず会場に近づくにつれ茶色の紙袋を提げた人とすれ違う。
会場建物にようやく到着。
開場直後でまだまだ込み合ってるエレベーター待ちの最後尾に。
お目当ての品を購入するには開場前に並ばなくちゃいけなかったって
今更ながらさっきすれ違った面々の晴れ晴れとした表情を思い起こして。
やっと5階に到着。
新規の手続きをとって入場。
初めての会場だから案内図を確認って思ったけど
人が群れてる個所がボーイズコーナーであることは間違いがないみたい。
入り口付近には目玉となる上着の類。
隆之介の結婚式の洋服を探してる私も1枚1枚サイズ確認。
1サイズ小さいのは残ってるのに隆之介サイズはなし。
27000円とか29000円のブレザーが10000円。
基本的に定番ってメーカーだから数年前の商品ってことを気にしなければお買得。
賢い主婦が見逃すはずがないもんね。
残念ながら上着は購入できなかったけど19000円ってベストを4000円で2人分購入。
これで紺のパンツをあわせたら参列OKかもしれないわ。
で、サイズ表示のあるワゴンコーナーへ直撃。
散々捜しまくって140�僂�130�僂猟衄屬稜鬚�Yシャツを定価より4000円安で購入。
長袖のシャツ類やら靴下やらとにかくジャンジャン手当たり次第袋に入れて。
ストッキングなんて消耗品だから人が溢れてて人の合間から手を伸ばすのが精一杯だったりして。
しばらくして連絡を取り合ってた旦那が合流。
もちろん仕事を抜け出して。
私の姿を見るなり大荷物に驚いてたけど。
旦那は自分の靴下とかベストを選んだりボーイズから子供たちや私のを選んだりして
用件が済むと支払いを私に任せた状態で仕事に戻って行ったけど。
お昼過ぎには混雑も緩和。
購入もれがないことを確認するとカードでお支払い。
150円から4000円まで40点も購入して5万円ちょっと。
定価じゃやっぱり買えないよなぁ。
疲れたけど大満足のお買い物。
戦勝品を目にした義母の無念は言うまでもなし。
次回は一緒にって今から注文出されちゃいましたわ。




2001年10月03日(水) ■
車検

いつものように帰路を急ぐ。
八王子駅につくと我が家とは反対側出口へ。
駅を挟んで我が家とちょうど対角線上のT社ディーラーへと向かう。
昨日から愛社プラドは1泊2日の入院中。
特段具合が悪いわけではないけど購入から3年たってお定まりの車検だから。
格安の車検も出回ってるけどやっぱり安心のディーラー車検。
旦那は結婚前から車検が来る前に買い換えってパターンを繰り返してたから
何台も乗り継いでる割には我が家での車検経験はこれが数回目。
まだ五指で十分お釣りが来る。
10月29日が期日なのに早々と先月末に電話予約して段取りだって決めちゃったし。
ってもちろん私の車は私の担当。
で、ディーラーさんを困らせることなく作業日程の空いてる日って指定したから昨日から今日まで。
昨日我が家に係りの人が取りにきてくれて支払いを兼ねて今日取りに行くってパターン。
部品交換の必要の個所は昨日連絡をもらってるし見積り額も提示してもらってるから安心。
職場で今夏1ランク下の同じ車種の車検を通した人の経費を聞いてたけどそれより安価だったし。
到着後すぐに明細書を確認しながらカードでお支払い。
ブレーキパッドとリアワイパーラバーの交換がなされて全部込みこみで123000円。
安心料とは言え馬鹿にならない出費だわ。
で、安心料と言えば週末の6日が旦那の車の任意保険の満期日。
ってことで何日前だかに保険会社から継続払込の案内が届いてた。
開封した気配はあったけど旦那ったらそのまま。
もちろん夫婦といえど封書を見ることは厳禁。
期日までに払い込まないと継続扱いにならないのにさぁ。
旦那から封書を受け取ると仕方なく私から振込みって手はず。
毎度のことながら保険会社が提示してくる金額ってより大きな保証のついたもの。
前回並で十分なのにー。
で、数字を見比べると去年よりも保険金が3万円近く高い。
担当者の添え書きで「1件事故 18等級→15等級のため保険料UP」
私の自損事故の時は10数万円自腹だったのに旦那ったら何かの際に保険を使ったってことみたい。
それでも払い込まなくちゃいけないんだから覚悟を決めて本日お振込み。
今月中には旦那の車の車検もしなくちゃいけないのになぁ。
まさか車検さえも私の負担ってことはないよね?
車って本当にお金のかかる生き物だってことを今更ながらに実感。
カードの引き落とし日が今から恐ろしいぞっ。




2001年10月02日(火) ■
常識はずれ

十六夜の月の美しい夜。
帰宅すると何やら電話。
どうやら義父の次兄の親戚筋かららしく対応してた義母も釈然としない表情。
戸惑いつつも義父に取り次ぐと
「この度は大変なことでしたねぇ。ご丁寧にありがとうございます。今日届きましたから」
先方の困った表情が目に浮かぶ。
5人兄弟の義父の兄弟は郷里鹿児島から東京まで散り散りになってるし
すでに数年前に鬼籍に入ってる次兄は舞鶴。
今回亡くなったのはその次兄の配偶者の親戚だからさほど親しい間柄どころか遠い親戚。
なのに「何れお会いできたらいいですねー」
電話が終わって義母が「私がいない間に電話したの?」って質問。
話の様子だと四十九日の法要を終えた親戚から今日宅配が届いたみたい。
義父ったら義母の目を盗んで不祝儀の返礼コールをしたってことらしい。
「不祝儀の時は届きましたってお礼をしないもの」って念の為お知らせする私。
もしかして火に油を注いじゃったかしら?
義母も「全く。常識を疑われちゃう」
それでも義父ったら「いいんだ」って頑固に拒否したまま。
あっちがよくてこっちがよくないってことはないのに。
義父ったら全く聞く耳を持たずって感じ。
可愛い年寄りが求められてるって言うのに義父みたいな生き方は損だよなぁ。
世間の常識をモノともしない自分だけの世界ってのは入浴で実証済みだけど。
そう言えば義父の入浴間隔がいつになく早い。
先週、先々週は順調な火曜日ペースだったし今週は予想に反して月曜日。
ってことは次回はいつなの?!

電話と言えばもう1本。
先日別次元突入時にBボタンで郷里鹿児島に電話をした義母。
それ以来当然私は悪者になってるって想像に難くない。
「稲刈りもあるし気分転換に帰っておいで」ってお誘い。
「11月に同窓会があるから」って悩んでる振りをしてるものの行く気配は感じられない。
「どうせなら長期滞在して」って先方。
受け入れ先があるなら願ってもないことなのに。
散々理由を述べてはいたけど所詮は義母の心次第。
日頃散々「鹿児島に帰る」って駆け込み寺みたいに言ってるんだから仲良く帰ればいいのにさー。
とは言っても都会暮らしが長い2人には鹿児島の田舎じゃ退屈だろうな。
義父なんか上京してすでに半世紀以上が経ってるしー。
稲刈り時期とは言わずに余生を郷里で過ごすのも悪くはないかもしれませんよ
って心の叫びは届きそうにありません。




2001年10月01日(月) ■
都民の日のこと

今日は都民の日で学校はお休み。
例年なら学童対抗ドッジボール大会なのに月曜日で職員数が少ないってことで今年は月末催行に。
子供たちと実際に体験する初めての都民の日です。
ってことで私も休暇。
社会人だと都民の日って実感はないから子供の存在って大きい。
でも我が家の子供たちには甘い1日じゃなくて普段より早起きスタート。
都民の日の今日は赤い羽根の共同募金活動開始の1日だから。
スカウトの一員である子供たちは街頭活動の為に制服着用で7時集合。
登校するよりも早く起きて準備して。
生憎の空模様。
通勤通学を急ぐ時間帯だから募金してくれる人は多くはないし一段と疲れるって構図。
でも8時半まで頑張って街頭活動。
子供たちを労って3人で茶店のモーニングを取りながら1日の段取りを相談。
雨でも遊べる室内って考えて格安渋谷ツアーってことに決定。
一旦帰宅すると身支度を整えて雨降りの中10時過ぎに出発。
渋谷駅頭の人々を横目に隆之介はハチ公にご挨拶。
雨の中を徒歩10分目的のHNKに到着。
毎日1時からのスタジオパークって生中継は国会中継の関係でお休みだったけど
アフレコをしたりアナウンサーのように原稿を読んだり様々な体験をしたり
収録中の「おかあさんと一緒」スタジオを覗いたり最先端技術を身近に感じたり。
で、入場料はわずかに大人200円、子供0円。
あいにくゴーヤーマングッズは売り切れてたけどどうもクングッズを購入したり。
それにしてもゴーヤーマン恐るべし。
飾ってあったゴーヤーマン手拭い見本@380がいい味出していたのよぉ。
あれで剣道の試合に臨んだら大いに笑えたかもしれないのになぁ。
退出すると休憩を挟んでデンコちゃんでお馴染みの電力館へ。
もちろんここも入場無料。
電気を用いた子供の遊びがいっぱい。
都民の日で学校がお休みとあって子供のコーナーは凄い人だかり。
誰もが考えることは同じってことらしいけど。
5時過ぎから地元で予定が入ってたから目いっぱい遊んで帰宅。
八王子⇔渋谷の片道子供運賃が@340だから×2人×往復分。
通勤定期で途中精算の私は@130×2と3人の交通費を加算しても激安。
でもその後の予定に間に合いそうになくてタクシーを利用して1メーター650円。
光太朗は5時15分から歯医者さんで今回で完治。
隆之介は5時半からスイミング。
珍しく旦那も早く帰宅した十五夜の宵。
6人で食卓を囲む珍事となりました。