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普通の日記
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2001年09月30日(日) ■
平和な1日

朝も早くから義父母の行動する気配。
雨戸を開け洗濯機を回し。
日曜朝お決まりの子供番組よりも早く。
昨日の時点では行こうか行くまいか検討中みたいな振る舞いをしていたものの
間違いなく心の中では本決まりだったってこと。
心にもない仕草でカモフラージュしなくてもいいのに。
義父母の活動気配には気づかない振りをしてひたすらベッドで様子を伺う。
まもなくドアをバタンと閉めて外出する音。
階段を上って外出の挨拶があるわけでもないからあえてこちらからもお見送りはせず。
コツコツと遠ざかる靴音はいつも通り義母だけって感じ。
横浜の義妹の長男=義父母の外孫1号の入学後初めての運動会へのお出かけだ。
外は曇り空。
午後からは雨って生憎の天気予報なのに。
で、しばらくして1階に下りるともぬけの殻。
予想に反して義父も一緒に運動会に出かけたらしい。
いつもならボリュームを上げて煩いくらいのTVも音無のかまえ。
室内に干された洗濯物。
愛煙家の義父がいないから空気も澄んでる。
もちろん入浴嫌いの義父から発散される独特の空気もないし。
誰に気兼ねするわけでもなく思い切り伸びやかに新聞を広げ好きなチャンネルを回し。
あぁなんて幸せなんでしょ。
義父母のいない空間がこれほどまでに平和だったなんて。
で、子供たちを伴って日曜朝恒例の買出し。
今日のスーパーの1番人気は葱1把100円。
帰宅してからものんびり。
特段出かける予定もなし。
予報通りに雨降り。
マラソン中継を見たり長嶋監督のお別れ試合を見たりしてまったり過ごす。
夕食は旦那が作ってくれるって言うから私は助手に徹して。
本当になんて平和な1日なんでしょ。
9時になっても義父母からは連絡が入らないし横浜滞在を密かに期待。
戸締りしなくちゃいけないから旦那に聞くと「きっとパチンコ屋」って。
やっぱり以心伝心?
まもなく両親揃って帰宅したのには驚いちゃった。
で、明日の早起きに備えて早めの入浴&就寝の準備をしてたおかげ。
義母には遭遇したものの義父には会わずに済んじゃって。
顔を合わせないって精神衛生上著しく効果があるんじゃないかなぁ。
帰宅後の義父母から義妹一家の様子を聞くこともなし。
たまにしか出かけない義父が外出したから雨に祟られたって気もしないでもありませんけど。
こんな平和な1日を過ごせる次のチャンスはいつ訪れるんでしょうか?



2001年09月29日(土) ■
千と千尋

今更ながらこの夏話題の千と千尋にようやく辿り着きました。
夏休み映画として7月末に封切られてからすでに11週目。
秋風も吹いてるしすでに時代に乗り遅れてるって感は否めません。
それでも観客動員1位をキープしてる最中ってことは
混雑のピークを避けて行く人やリピーターの多さを物語ってるんでしょうけど。
とにかく辿り着いたことは目出度いの一言です。
今日は第5土曜日だから子供たちは普段通り登校。
子供たちが授業してる間を利用して10時半から学童の保護者会。
激安店の日替わり購入後に出かけたから大幅に遅刻しちゃったけど。
で、保護者会終了後に学童で待ち合わせのはずだったのに子供たちったら下校の気配なし。
一足先に帰宅。
昼食の準備を整えて。
旦那は出勤だし義父母もお出かけ。
加えて毎週土曜日午後恒例のスイミングはカレンダー調整でお休み。
ネットオークションで入手した4日の社販に向けて
スーツのサイズ確認に百貨店に出向けば後は全く自由な午後。
子供たちが帰宅すると3人仲良く日程調整。
で、「千と千尋」って案が誰からともなく。
隆之介がすかさず映画館に上映時間確認の電話。
4時35分からの回だったら余裕かもって計画を立ててデパートに直行。
社販メーカーで扱ってるブランドは決まってるけどそれだけに限らずあれこれ試着。
試着室の暑さには隆之介も閉口してたけど。
化粧品を買って駐車スタンプを無事入手して。
映画館にはギリギリの到着。
車を止めてる間に隆之介たちが先発してチケット購入。
3人揃っての入場はわずかに5分ほど遅れちゃった。
でも次の7時までは待てないからそのまま入場。
館内は一時の混雑が嘘のように安易に座れちゃったし。
冒頭のシーンは見逃しちゃったけど千尋たちがトンネルをくぐる手前。
宮崎作品を十分に満喫。
光太朗は途中何度か退出しちゃったけど隆之介は食い入るように見入ってた。
10歳の千尋と10歳の自分を重ね合わせてたのかどうかは疑問だけど。
耳に馴染んだサントラ盤が今日ようやく画面と一致。
ビデオが出たらもう1度見たいなぁって3人揃っての感想。
とりあえず上映期間に間に合ってよかったけど。
で、今日の映画鑑賞のことは家族には内緒。
点数稼ぎに義母が誘いそうだけど明らかにされる日は何時のことでしょうか?
3人の秘密ってのが一段とこの映画を楽しく味わえた要素みたいな気もするけど。



2001年09月28日(金) ■
初体験

心臓の鼓動が高鳴る。
マウスを握る手が震える。
落札を待つ最後の瞬間だ。
もちろんネットオークション初参入。
職場から繋いでるから多少の遠慮もあったし侵してはならない領域って思ってたから。
でも今回は見境なく。
どうしても手に入れたい物があったから。
お目当ては某アパレル社社販の入場券。
来月20日に末弟の結婚式を控えてるのに未だに決まらない隆之介の装束。
新規購入を目論んでるのに先日の科学技術館でも買出し不能だったし。
で、その入場券が最後の砦って感じだった。
もちろん百貨店の子供服売り場への事前調査で取り扱いの多さも確認済み。
ラルフローレンキッズのタグもそこのメーカーだったし。
社販でどの程度放出されるかって不安は残るけど足を運ばないことにはことが進まないから。
全くの新参者ゆえオークション入会の手続きをしてからスタンバイ。
時間差で同じ会社の入場券が4枚。
今日締め切りを迎えるのは午前10時過ぎと午後2時過ぎの2枚。
他の会社の社販に比べて放出されてる枚数も群を抜いて少ない。
週末だと参入できないから何としても落としたいって気合も入る。
まずは午前の部。
私が入札する前にすでに47件の入札数。
人気の高さを如実に表している。
最後まで競ったけど新参者の浅はかさで遭えなく敗退。
傍でオークション常連の同僚から指示を仰いだけどやっぱり無理だったし。
ってことで再び午後の部に挑戦。
同僚の教え通りに30秒前からが勝負。
その時点で1400円だったんだけど見る見る間に値上がり。
どうやら最後まで粘ってる敵は多くはない模様。
自動入札を重ねて相手は2000円って値段に諦めたのか
私が2100円って値段をつけた時点でひとまず更新はストップ。
最終的に34件の入札数。
自動延長になってしばらく待つ時間がやけに長く感じたわぁ。
残り時間が刻々と0に近づいてようやく時間終了。
無事落札できたけどあんな紙切れ1枚が2000円もしちゃうんだもん。
当然行けばそれなりの買い物をしちゃうから得は得なんだけど。
それにしてもなんだか興奮しちゃうバトルだったなぁ。
で、よく考えると我が家にもお宝が眠ってるってことみたい。
何社か来てる入場券はごみ箱直行ってこともあるし。
落札できた来週のは平日だからお仕事休んで行くつもり。
行ったからには登録して次回からオークションに回しちゃおうっと。




2001年09月27日(木) ■
イエローカード

2学期も始まってほぼ1ヶ月。
光太朗たち2年生は連絡事項を記入したかどうか毎日先生の検印があるけれど
高学年では担任の連絡帳点検もなく全て自主性任せ。
隆之介たちのクラスでは相変わらず続出する忘れ物。
ってことで制裁措置が取られるようになった。
再三予告されてる通り本人限りじゃ忘れ物はなくならないってことで
家族に忘れ物を認識してもらうイエローカード。
もちろん手にしたからこそイエローって言えるんだけど。
それは先週の中頃のこと。
「忘れ物してカードもらっちゃった」って隆之介からの自己申告。
その場にカードの現物はないって言うけど何を忘れたのかを問うと毎日の宿題の1つの音読カード。
その日はしっかり音読もしたしそれ以来忘れ物カードの存在すら気にも留めなかったのに。
で、1週間を過ぎた今日。
隆之介から静々と手渡された忘れ物カードは2枚。
正真正銘のイエローカード。
もちろん初めて目にする代物。
確認すると「忘れ物確認カード」って表題になってる葉書大の用紙は
日付、忘れ物の内容、本来持参すべき日時、親のコメント欄って内容。
1枚目は先週本人から申告のあった音読。
自己申告のあった翌日が本来の提出日。
で、2枚目は音読忘れの忘れ物カードって内容。
こっちは今日もらったものらしく明日が締め切りになっていた。
全くぅ。
次の忘れ物カードをもらうまでその存在を忘れていたなんて。
2枚のイエローカードに縷々コメントを記入して明日きっちり提出するように指導。
忘れ物をしないように促したのはもちろん。
で、「もしかして忘れ物チャンピオン?」って聞いてみた。
本人は口篭もったものの観念して「僕と○○ちゃんかな。2枚がトップだと思う」って。
もちろんカード忘れなんてカードをもらってくるのは隆之介だけだと思うけど。
忘れ物カードそのものを忘れた隆之介はただの間抜けだよぉ。
2学期は忘れ物をしないって本人も固く誓ってたはずなのになぁ。
もしかしてどこぞのネジが1つ足りなかったりして。
そのくせ給食のナプキンだけは毎日欠かさず持って行く。
もちろんナプキンを忘れた人は給食にありつけないかお代わりができないって
法則があるからって察しがつくけど。
学習用品の点検もそのくらい真剣に行ってほしいわねー。
イエローカード持ち帰りの度にコメント記入も大変なんだから。
金輪際カード持参は承知しないわよっ。



2001年09月26日(水) ■
送別会

朝から義母はご機嫌斜め。
「お義父さんの洗濯物だけいつも籠に残ってる」って。
当然入浴毎にしか下着を着替えない義父の汚れ物を私が拒んでるからに違いないけど。
そこは一応「洗濯機が満杯になると動かないから」
「他のを後にしてでもお義父さんのをって気持ちがないのね」とお互いに一歩も譲らぬバトル。
冷ややかな空気が流れたものの事無きを得たけれど。
それにしたって下洗いすらしてない下着なんか洗えっこないじゃん。
せめて毎日着替えくらいしてくれなくちゃ。
入浴しない義父と同じ布団に寝てる義母だって相当感覚が麻痺してるんだろうな。
お互いの気持ちは永遠に平行線に違いない。
で、出勤前。
今夜は後輩の送別会で帰宅が遅くなるから「お願いします」って言おうにも
私を拒否する義母のあからさまな態度。
事前調整のおかげで旦那が休暇を取ってくれてるからいいけどさ。
いつもだったら夕方自宅に確認のお願いをするんだけど今日は旦那の携帯に電話しただけだし。
朝のやり取りなど忘れて夕刻からの送別会に繰り出す。
号泣社長で有名な倒産会社から即戦力として中途採用された彼女が今日の主役。
人生をやり直そうとスペインに語学留学をするらしい。
今月末となる28日までギリギリ働いて29日には機上の人となるって
強行日程も凄いけど敢えて留学ってその英断には脱帽。
彼女の人生に幸多かれと祈らずにはいられません。
で、今夜の会食場所は中華のお店。
冷菜の盛り合わせ3皿→フカヒレの醤油煮込み→小エビと銀杏炒め→
季節の揚げ物2種→五色野菜と牛肉辛味炒め→青菜の蟹肉あんかけ→
ペキンダック→特製混ぜご飯→薬膳スープ→ミルクプリンフルーツソースって献立。
前菜のピータンもクラゲも大好きだし基本的に好き嫌いがないからどんどん食が進んじゃって。
円卓を囲んでビールやら紹興酒やらワインが並び話に花が咲いて。
で、各自一言ずつはなむけの言葉を述べて色紙にメッセージを書いて。
彼女と仲良しだった子なんか涙で顔がボロボロだしペンを握っても言葉が浮かばないくらい。
走馬灯みたいに頭の中を色々駆け回ってたんだと思うけど。
みんなで快く送り出そうって雰囲気たっぷりでいい送別会。
用意されたカラオケでもみんなそれなりの曲を選別してお別れの気持ちを込めてたし。
色紙用に用意されてたのが筆ペンと蛍光ペンだけってのが唯一の汚点かなぁ。



2001年09月25日(火) ■
ミラクル・アゲイン?!

今年のペナントレースもいよいよ大詰め。
対ヤクルト3連戦をモノにした巨人ナインにはますます上昇ムードが漂っている。
長島監督の言うところのミラクル・アゲインもひょっとしてって思わせるほどの勢い。
我が家でも連夜の熱烈茶の間観戦だ。
もちろん熱烈ファンは義母と旦那。
自力優勝が消滅したって私がいくら引導を渡してもその熱意は変わらなかったし。
負けがかさむ度にイライラして当り散らすんだから
今年の野球は終わったことにしてよーって思ってたくらい。
でもここに来て俄かに現実味を帯びてきたミラクル・アゲイン。
3連休の首位攻防なんかカブリツキ。
リビングのTVは義母に占領されてたし旦那は誰にも邪魔されずに自室でって感じ。
中継が終わると義母ったらさっさとラジオ放送に耳を傾けて試合終了まで熱心に。
で、今夜もご多分に漏れず我が家のTVは巨人vs広島戦。
序盤戦はお互いに一歩も譲らない。
でも打たれる度に「こんなピッチャーだめだ」とか一喜一憂。
とにかく障らぬ神に祟りなしって早々にその場を退散して。
6回裏に逆転してからは案外機嫌よく観戦してたけど。
今夜の試合も中継時間を遥かに上回る2時間58分。
もちろん義母は熱心なリスナーへと変身。
そのまま2対1で逃げ切り勝ち。
試合終了時には辺り構わず歓喜の声を上げてましたから。
それにしても巨人の残り試合ってたったの4試合。
直接対決はないから4つ全てを勝利したとすると5割7分2厘。
12試合を残したヤクルトが7勝5敗だとしても5割7分8厘で優勝なんだけど
もし6勝6敗の5分の戦いをするようだったら5割7分で巨人の優勝。
首位ヤクルトがこのまま優勝を意識しすぎてコチコチになって
自滅街道を歩んでくれれば万が一ってこともあり得るかも?
連日薄氷を踏むような観戦。
オールスター前の巨人のもたつきがこんな混戦を招いたんだけど。
白熱した戦いって私には楽しいけど義母の鬱憤が溜まるのは困りもの。
何とかさっさと決着をつけちゃってもらいたいわぁ。
で、ミラクルって言えば義父の入浴もミラクル気味。
帰宅して脱衣場&お風呂場を確認してオーマイガー。
洗濯籠には義父の汚れ物だし状況証拠からも入浴は確実。
ここ数日寒い日が続いてたから油断して汲み置きしちゃった私はガッカリ。
1週間で入浴するなんてまさにミラクル。
1週間周期でも義父には短いって思えちゃうんだから慣れって恐ろしいわぁ。



2001年09月24日(月) ■
3連休終了

3連休も今日で終了。
すっかり秋めいてきて布団から離れ難いし遅目の起床。
窓から見える富士山は山頂付近に雪を抱いて寒さを感じさせる。
本日の予定があるのは隆之介だけ。
土曜日に受験しなかった塾のテストと夕刻からのスイミング。
で、本日の私のお仕事は子供たちのスカウトの制服その他の記章付け。
隆之介は一回り大きな制服を着ることにして光太朗にはそのお下がり。
今まで付いてた記章類を全てはずして新規に縫い付け。
袖に所属隊を縫うこと1人3枚。
隆之介の制服には所属を表す記章がついてるけどそのままじゃ光太朗が可哀想だから一旦外して。
さらには自然保護の記章。
組分けの記章とチャレンジ章をクリアした何枚かの記章。
光太朗のビーバーの制服から外した記章はバッグに縫い付けて。
って具合にほぼ1日中色糸を使い分けて何枚つけたかお裁縫三昧。
カブのチャレンジ章項目に「記章を縫ったりボタンをつけたり」ってお手伝い項目があったから
隆之介にもお裁縫初挑戦させたりして。
新しい記章は硬くて縫い難いから張り替えの物をつけさせて。
初めての経験だったけど「お裁縫って面白ーい。アイロンより楽しいな」ってまずは上出来。
私が作業続行中だったから隆之介のスイミングの送迎は旦那と義母。
旦那ったらペコちゃんのCMを見て栗のケーキが食べたくなっちゃったらしく
お店に寄ったらしいんだけど
誰もが考えるとは一緒だったらしく栗ケーキは完売だったって。
ムースとか目についたお菓子を6人分購入して帰ってきてたわ。
夕食は旦那担当。
夕食後には6人でテーブルを囲んでデザートタイム。
で、義母ったらここ数日超ご機嫌で「毎月最終週にはみんなでケーキっていいわね」
光太朗は「誰の誕生日でもないよね?」って怪訝そう。
毎月恒例ってのも有難迷惑って気もするけど。
それにしても今年のお彼岸はおはぎじゃなくてケーキって不思議。
お彼岸の必須アイテムってわけじゃないけどなんだか妙な感じ。
夜更けになって給食の白衣にアイロン掛け。
ついでに制服にもアイロンプリントで記名完了。
全ての記章が無事張り付いたし完璧制服。
来月早々には赤い羽根の共同募金の街頭活動が待ち構えてるんだから
ばっちり準備ができてよかったぁ。
作業してた私を見かねて隆之介が洗濯物を畳んでくれたりの後方支援もばっちり。
1日中パジャマにガウンって輩はもちろん論外です。



2001年09月23日(日) ■
科学技術館

20日から行われてる某アパレル会社の社販は今日が最終日。
入場チケットを入手したからとりあえず行ってみることに。
予定では旦那と子供たちと私のはずだったのに義母もご機嫌で便乗。
北の丸公園の科学技術館。
10時開場を目指して旦那ったら「急げよ」。
もちろん運転手は私。
「だったら運転変われば」で車内には冷たい空気が流れたけど無事30分遅れで到着。
私のお目当ては来月のお出かけに用いる隆之介のスーツ。
子供服売り場にはそれらしき物は見当たらずお手上げ状態。
旦那のスーツとコートと私のコートを買い求めて計10ン万円のお買い上げ。
通常値下げしないメーカーだから損はしてないけど痛い出費だったりして。
義母もコートとか何点かを購入。
子供たちは暇を持て余しながらも限界まで待って。
館内にあるレストランで遅目の昼食。
で、待ちくたびれた子供たちとの約束通りに科学技術館の博物館へ。
大人600円×3人、子供250円×2人分の入場料を義母が支払って入場。
エスカレーターで2階に。
自転車広場やアトモスコーナー。
5階までの全てのスペースに科学的な物が目いっぱい詰まってるって感じ。
自動車、電力、鉄、新エネルギー、宇宙情報などなど
とにかく子供たちには興味を引かれるものばかり。
実験室やパソコン道場、イリュージョンコーナーなんかもあって。
大きなシャボン玉の中に入れるコーナーでは大人も子供もシャボン玉の中に。
もちろん我が家じゃ義母が「生まれて初めての体験だわぁ」って1番の大ハシャギ。
1日遊んでも飽きないくらい盛りだくさんの建物だから
こんなに楽しいんだったら買い物してる最中も子供たちを放り込んでおけばよかったなぁって。
とにかく見るもの聞くもの楽しいことばかり。
実験の時間割を調べていけばさらに充実してたこと間違いないけど。
閉館時間の4時50分ギリギリまで遊んで終了。
北の丸公園の駐車場って都心とは思えないほど安価だったのに驚いちゃったし。
帰りの運転ももちろん私。
隆之介のスーツを調達できなかったからそのまま南大沢のアウトレットに足を伸ばす。
ここでも該当するスーツは見当たらず。
でも放出してた1周年の福袋から150センチと170センチのボーイズの遊び着をゲット。
ってつまりは隆之介と私の分だったりして。
5人で90分お寿司食べ放題に挑戦して満腹になって帰宅。
今日もなんだか盛りだくさんな1日でした。



2001年09月22日(土) ■
上進式

昨日までの雨も上がって今日は子供たちもお休みの第2土曜日。
今日から3連休。
隆之介は今日の塾のテストを後日受験ってことにして
午前中は夕刻から行われるスカウト活動の準備。
今夜の上進式後は1級昇進しちゃうからやり残した科目を仕上げなくちゃってラストスパート。
いまさらって感じだけど。
で、光太朗は歯医者さん。
2時半からは2人ともいつも通りにスイミング。
練習を終わって一旦帰宅。
6時集合の上進式に向けてダッシュ。
私はおにぎりを作ったりの持ち物準備。
子供たちは制服に着替えでそれぞれに。
スイミングに出かける前に準備をしていたもののとっても慌しく。
で、準備が整って雨戸を閉めると急いでキャンプ場に向かう。
途中の渋滞で5分遅れの到着。
もちろん5分前には覚悟を決めて隊長に電話連絡したけれど。
現地着後は7時半からの上進式まで夕食やらお遊び。
ビーバーからカブへと上進する光太朗たちは本番の説明を受けたり。
辺りが暗くなって上進式本番。
団に属するスカウト達が円陣を組んで集う。
井桁に組まれた薪に火が入り上進式。
吐く息が白くなるほど寒い中。
ビーバーのちびっこだけは上着着用を許されたけど他のみんなは半袖で。
上進するスカウト達が順次名前を呼ばれて前に勢揃い。
ビーバーの光太朗は1番先。
いつも一緒だった隊長が勤務の都合で副長に呼ばれたんだけど「隊長がよかったな」って。
ビーバーからカブ、カブからボーイって具合に年齢に達したスカウト達が上進。
光太朗はカブ見習いのリスの道に。
隆之介はカブの最年長クマスカウトにそれぞれ昇進。
今年はリーダーの手が足りなかったこともあってテント泊はボーイ隊以上ってことになって
隆之介も光太朗もちょっぴり残念そうだったけど。
式典が終わって解散。
でも2人とも一向に帰る気配を見せない。
夜食の準備に勤しむボーイ隊のサイトにお邪魔したり僅かながらでもキャンプの雰囲気を味わって。
9時を目前にしてようやく帰路に。
で、帰宅。
夕食会で外出してた義母も気分転換のパチンコに出かけてた義父も帰宅したばかり。
義父はお持ち帰りお弁当の真っ最中。
スカウト活動を知ってたはずなのに初耳って顔でとりあえず「おめでとう」
2人が同じ隊所属になってくれて本当によかったぁ。
これで今までより週末の日程調整が楽になること間違いなし。
週末は記章縫い付け頑張らなくちゃ。



2001年09月21日(金) ■
ゴキブリ

暑さ寒さも彼岸までとはよく言ったものだ。
夏の暑さが嘘のように寒さに震えるようになって昨日から秋のお彼岸。
他界した暁には婚家の墓に入りたくないと言った統計もあったりして。
もちろん私も何らかの手段を講じて死後の同居を免れたい気分。
故郷に錦を飾ろうと上京して来た義父母がすでにお墓を建ててるものの健在だし
義父母の実家のお墓は鹿児島、私の実家の墓は千葉県だから
今のところお彼岸でもお墓参りの習慣はなし。
って言うか婚家は神道だからお彼岸って仏教儀式そのものに縁がないんじゃないかと思うんだけど。
何はともあれ世間的にはお彼岸。
火曜・金曜が可燃ごみの収集日になってる我が家一帯。
朝のゴミ出しは私が取りまとめて旦那が持っていくって暗黙の作業分担。
でも時として義母が気分でゴミ出しなんかしちゃうことがある。
義母のことだからゴミ出しの約束なんかお構いなしで前夜に。
まぁとにかく思い立ったら吉日って感じでまっしぐら。
で、昨日の夜も私の帰宅後義母がゴミを出しに行ったそうな。
何を運んで行ったかは定かじゃないけど。
ゴミの集積所から戻るなり義母ったら顔面蒼白。
なんでもゴキブリが飛んで来て義母を直撃したとかで身振り手振りを交えての中継。
まだ体のどこかに付いてるんじゃないかって疑心暗鬼であちこち確認してるし。
現場じゃ上着を脱ぎ捨て振り払ったって言うけどざまぁ見ろって感じ。
約束違反の夜のゴミ捨ての罰が当たったって感じだよね。
寒くなって動きの鈍くなったゴキちゃんだから
首回りなんかをうろつかれたらって考えただけでぞっとするけど。
ゴキブリと言ったら夏の季語にも用いられる風物詩なのに
こんなに寒くなってから襲われちゃったなんてやっぱり日ごろの報いに違いない。
とりあえず自宅にお持ち帰りしなかったことは不幸中の幸い。
これに懲りて夜のゴミ出しを控えてくれるといいのになぁ。
蛾だってゴキブリだって夜な夜な出没してるのは間違いないんだから。
それにしてもこんな寒さの中を徘徊してるゴキブリったら凄い生命力だわ。
多くのゴキブリがすでにどこかのおうちに隠れきったって季節に飛び回ってるなんて。
義母の体を媒体にして我が家への侵入を企てたんでしょうけど未遂で終わっちゃったし。
って我が家にもゴキブリ並みの生命力を保持してる厄介な生命体がいるんだった。
誰のことかはご想像にお任せしますわ。



2001年09月20日(木) ■
洗濯物の行方

さて、義父の入浴以来洗濯籠の中の下着には知らん振りを決め込んでた私。
沈殿物のような汚れ物がひたすら洗濯籠の奥の奥に沈んだまま
その上に新たな洗濯物が上澄み液のように徐々に積み重ねられていくって図式で数日。
なぜか私が洗濯しようとすると義父の洗濯物を拒むかのようにそこで満タンになっちゃうんだから。
もちろん一緒に洗いたくないって意図が働いてること間違いなし。
幸いにもちょっとでも溜まってると洗濯機を回す義母も
ここ数日の天候不良で気乗りがしなかったらしく義父の汚れ物は置き去りのまま。
ってことは義母の洗濯物も自室で眠ってるに違いなかった。
私は普段通りに2階の和室に除湿機かけて洗濯物を干して出勤。
で、帰宅すると洗濯籠は久しぶりに空っぽ状態。
義父母の部屋をちらと覗くと中にぶら下がった洗濯物。
義母の怒りは7号目付近って所かしら。
結局義父の汚れ物に触ることなく済ませたから私にはラッキーだけど。
事を荒立てたくない大人だからお互いに知らん振り。
見て見ぬ振りを決め込んで。
っていまさらだけど洗濯機の購入代金は私の支払い。
3月に夏のボーナス払いってことで駆け込み購入したけど
結局旦那からの告知空しく義母からは負担金さえもらえなかった。
購入時に「洗濯機は使わないから」って大見得を切ったことなんか
義母ったらちっとも覚えてないんだろうなぁ。
洗濯機を使わせてやってるだけでありがたいと思えよー。
とりあえず義父の汚れ物を回避するには沈殿させておく作戦が有効って学習。
2度と同じ作戦が使えるとは思えないから次は漂白除菌剤への漬け置き作戦ってことにしようっと。
子供たちの靴下なんか毎日泥んこだから漬け置きしてから洗濯板で下洗いしてるんだし。
ちょっとでも汚れたパンツは入浴時に自分で下洗いさせてるんだから。
義妹の三位一体下着を洗った経験のある私は子供に無関心ではいられないし。
男の子だって自分の汚れ物には責任を持たなくちゃいけないもん。
でも靴下より汚い義父の連続装着おパンツじゃ何日漬けてもばい菌が抜けるとは思えない。
そのままにしておくよりはいいって程度問題。
置き去りにしておいても誰も文句は言われないし。
って考えた所で1つだけ難点発見。
これじゃあ義父のおパンツを触らなくちゃいけないわっ。
素手は嫌だからナメクジを葬る時と同じく不要になった割り箸がベストかしら。



2001年09月19日(水) ■
ダブルヘッダー

今日は校内研究会で該当するクラス以外は4時間で終了。
光太朗たちのクラスは1年生と合同で生活の授業。
今年に入って何度か体験してる町探検を1年生と一緒にって授業だったらしい。
光太朗たちは2年生2人+1年生3人の計男児5人。
前に訪問したご近所の材木やさんを仲良く見学したらしい。
一方の隆之介たちは研究授業クラスに該当せず昼食後の帰宅。
もちろん私がこのチャンスを見逃すはずがない。
月曜日のスイミングをお休みしちゃった隆之介の振替練習。
週間予定表で今日が4時間って確認済み。
昨日中にスクールに振替の連絡を取って。
水曜日はスクールバスの運休日だから自転車で。
巡回してようやくスクールに到着するバスよりも
一目散に目的地を目指す自転車の方が早いくらいだし。
とは言ってもスクールまでは相当の距離。
隆之介が自転車を飛ばしても20分から25分。
今日のスイミングは2時半からだから往路は楽勝。
クロール8往復やら1級に相応しいハードな練習にも根を上げることなく
上級生から「パワーあるなぁ」って感心されたって。
1時間の練習を終えて着替えてダッシュで帰宅。
次なるお出かけが待ってるんだから。
水曜の今日は剣道の稽古日。
5時間授業を終えて帰宅した光太朗はいつものように義母と出かけたらしい。
隆之介の稽古は5時から。
スイミングから戻ると一瞬の休息。
4時半に重い防具を背負って自宅を出発。
5時のチャイムとほぼ同時に道場に着いたって。
道場ではいつもと変わらぬ真剣な稽古。
来月の市民大会に向けて先生も気合入ってるし。
で、隆之介から練習終了を知らせる電話が入ったのは7時20分。
もちろんこの時点では着替えも荷造りも万全な体制。
迎えに行くことは今朝の時点で確認済みだったけど
先日の行き違いを教訓に連絡を密にする約束だったから。
ちょうど警察署に向かってる途中でほどなく合流。
2種目をこなしてきたとは思えないほど元気。
全く疲れ知らずって言うか基礎体力が有り余ってるって言うか。
車の中で今日の出来事を色々お話。
で、隆之介ったら直に希望がかなうならって3つの希望を口にしてたわ。
第3位に遊びたい。
第2位には食べたい飲みたい。
そして栄えある第1位に燦然と輝いたのはなんと眠りたい。
疲れてないみたいに見えたけど相当の体力消耗したんだろうな。
こんなハードスケジュールこなす子供っていないわよねぇ。



2001年09月18日(火) ■
知らん振り

う〜ん、いつもながら予測不能。
帰宅後すぐに脱衣場でうがい手洗いをしながら思わず首を捻ったわ。
12日に入浴したはずの義父の入浴気配が感じられたから。
お風呂場のガラスに湯気、使ったままのお風呂マット、満タンに近いお湯。
そして何よりも洗濯籠には義父の汚れた下着。
1週間って短期の記録に驚きつつもさらに入念なチェック。
洗面器のギトギト感もいつもほどじゃないみたい。
湯船の水際に付着してる湯ノ花状の湯垢も驚くほどではない。
でもやっぱり義父の名残が浮沈してるには変わりなし。
次の人の入浴を促すかのように沸き立てで満タンってわけでもないのが幸いだけど。
ってことは誰にも邪魔されない昼間の入浴だったんだろうって予測可能。
で、即断即決。
誰を巻き込むでもなく密かにお風呂の栓を抜いちゃいましたわ。
あっという間にお風呂の水は空っぽ状態。
義父の残した汚れ水とはオサラバ。
そのまま夕食準備に突入。
義父の様子を伺うと入浴直後を示す肌の赤みは見られないものの久しぶりに綺麗さっぱり。
これが本来の義父であるべきなのにって。
で、私たちの入浴直前になって綺麗に洗って一番風呂を用意して。
もちろん誰にも気づかれず。
平和の為には最も望ましい状態。
だけど入浴後にさらに面倒なことが。
だって1週間履き続けた義父の汚い下着が洗濯籠に入ってるのよぉ。
私たちが使ったバスタオルやら洋服を入れても洗濯機はなお余裕。
ここで義父の汚れ物を入れなかったら先日の二の舞間違いなし。
「私たちの洗濯物は洗わない」って義母の怒りが聞こえそうだもん。
でも心を鬼にして義父の汚れ物は見ない振り。
洗濯籠にすでに放り込まれてたタオルとか靴下を取り出す時に
義父の汚れ物をうっかり触りそうになっちゃって焦ったけど。
洗濯籠に残されたのはわずかに義父のおパンツとステテコとシャツのみ。
「下洗いすらしない汚れ物は一緒に洗えません」って言い訳はできないけど。
これが無言の抵抗。
それにしても義父の入浴って予測できないなぁ。
夏の盛りに10日って日もあったのに秋風が吹くこの時期に来て1週間。
義父の体内時計ったらどうなってるんだろう。
これから涼しくなって汲み置きは必須ってことになるのに
義父の気まぐれでお風呂の水を取り替えるんじゃ堪らないわ。
知らん振り作戦を強行するにしても限界ってもんがあるのになぁ。



2001年09月17日(月) ■
小競り合い

4時少し前机上の携帯のベルが鳴った。
自宅から。
隆之介からに違いない。
涙声で「僕だけど今日のスイミング休んでいい?」「転んで腕を擦り剥いて痛いんだもの」
隆之介の説明が全て。
事細かに怪我した部位やらその時の状況を伝えてもらう。
「おばあちゃんは黙っててよ。あっち行って」
義母に介入されたくない隆之介は義母を振り払って子機でお話。
2階の自室にいるはずなのに傍からお節介をやく義母って構図が目に浮かぶ。
どうやら下校時の歩道で大きく手を広げて立ちふさがった男の子に倒されたらしい。
彼を追いかけようとした隆之介は通り掛かりのお姉さんに止められて不完全燃焼。
喧嘩両成敗って言うけど一方的にやられた悔しさが涙声になってるって感じ。
恐らく同じ擦り傷にしても自分で転んで擦りむいたなら諦めて普段通りプールに向かうだろうって。
「そんなに酷くないなら気分転換にプールに行きなよ」って促しても一向に聞かず。
「擦り傷だからプールの水がしみそうなんだもの」
「じゃやられた証拠に医者に行って診断証明取ってくる?」
もちろんそんな大げさじゃないから本人も通院は否定。
結局プールをお休みする代わりにスカウトの課題の消化を約束させたけど。
で、私の帰宅時に途中で合流して歩きながら話を聞くことを約束。
でも駅到着後に自宅を何度コールしても誰も出る気配もなく直に自宅に到着しちゃって。
帰宅後すぐに隆之介の腕の状態チェック。
右の二の腕を擦りむいて少し赤く膨れているけど心配するほどでもない。
これしきのことでって思うぐらいあっさりした擦り傷。
プールをサボるための口実だったのかって疑いたくなるくらい。
時間はたっぷりあったはずなのに約束してた課題さえ終えてなかったし。
状況次第では先方に電話って思ってたけどこれじゃその必要もなさそう。
「でも腕でガードしなかったら頭から突っ込んでたんだよ。僕死んでたかも」
「お姉さんに止められちゃって逃げちゃったんだもの」
とにかく悔しくて仕方がないって感じ。
男の子だから怪我はつき物だけど夕刻の涙は怪我したことより心の痛みって。
義母の存在が鬱陶しかったのも分かるわぁ。
泣き言を伝える電話を監視されてたら大人だっていい気がしないもん。
男の子だからこんな小競り合いは日常茶飯事。
明日になればお互いにケロッとしてるんだろうけど相手の子が謝ってくれるといいなぁ。



2001年09月16日(日) ■
祝宴

祝宴を終えて父から手渡された内祝いの金封を開けてビックリ。
なんと兄弟でお祝いに包んだ金封の額を遥かに上回ってたんだから。
旦那は金額を知って「記念品か何か考えた方がいいんじゃない?」
実家の父に帰宅を知らせた後に「多すぎるよー」って一応電話でアピール。
「みんなに同じだよ。気持ちだから」って一歩も譲らない父。
すかさず妹弟に連絡を取り付け対応策を検討する。
言い出したら聞かない父の性格を熟知してる私たちは喜んで頂戴することにしたけど。
父ったら今日の祝宴がよっぽど嬉しかったに違いない。
それにしてもン万円×4人分って嬉しい悲鳴を上げてないかしら。
こんな年寄りを目指したいよなって身近なお手本間違いなし。
今日は兄弟4人で計画した実父の古希の祝い当日。
本当は9日だけど本人が旅行中だったから1週間遅れ。
当初はスカウト活動で出席が危ぶまれた隆之介も揃って出席。
自宅出発の際には義父に「出かけてくるね」って告げただけ。
妙な詮索をされても困るけど妬み僻みはもっと困るから。
妹や弟宅へのお下がり物資もたくさん車に積み込んで。
祝宴は午後から。
途中渋滞にはまった我が家は遅刻。
遅刻なのに敬老の日の贈り物を調達してて到着は1時過ぎ。
末弟夫婦を除く兄弟姉妹+配偶者+子供たち+主役の両親の総勢14人。
末弟はどうやら胆石で寝込んでるって。
披露宴直前でちょっと心配だけど新婦が看護婦さんだから安心半分。
で、祝宴は柏の中華やさん。
もちろん個室で賑やかに。
父ったら超ご機嫌。
今夏ツアーで富士山登山をした話を始め70歳とは思えない精力的な活動の数々を披露。
子供たちが集ってくれたことを心から喜んでくれてたみたい。
兄弟みんなで金一封と記念のワインボトルのプレゼント。
隆之介を頭に1歳までの孫6人も仲良く遊んだり食べたり。
話は尽きないけど父からそれぞれの家族に内祝いを渡されてお開き。
兄弟は柏寄りの野田に住んでる妹宅に場所を移して歓談。
来月の末弟の披露宴の打ち合わせをしたり他愛無い話で花が咲いて。
楽しい時間はあっという間。
で、帰宅して初めてその内祝いの額に驚いたってわけ。
帰宅後も義父母には本来のお出かけ目的なんか言い出すことなく。
旦那は「柏に行ってきた」って言ったきり。
義父母のお祝いなんて誰も言い出さないもんなぁ。
人徳ってことに全てが言い尽くされちゃうのかもしれないけど。



2001年09月15日(土) ■
敬老の日のこと

今日は敬老の日。
第3土曜日なのに学校はお休みだから子供たちとしては1日得した気分。
土曜日と祝日が重なって私としては1日損した気分だけど。
で、子供たちはスカウト活動。
来週の上進式を迎えると1つ上のクラスに進むことになるから今日が年内最終活動。
光太朗たちビーバーは9日が最終日程だったけど
今日のカブ活動は兄弟参加も認められてたから同行ってことで。
9時集合で大好きなアスレチックなのに準備に時間がかかって集合時間ギリギリ。
前日の打ち合わせでは朝一番で渡す予定だった義父母への贈り物さえ渡せずに出発しちゃって。
で、子供たちを送り届けて帰宅すると義妹から義父母に敬老の日の電話。
義妹家からは宅配での贈り物が恒例なのに
先日の病的義母を心配して出かけてくるように誘ってる気配。
もちろん義母の外出に異論はないけれどどうせなら義父も誘ってくれ。
義母は横浜での待ち合わせらしくいそいそとお出かけ準備。
「泊まってくるかどうかは成り行き」って言いつつどうせ今夜も泊まるんだろう。
子供たちの帰宅を待ってたら贈り物が手渡せないから旦那が代行手渡し。
有田焼の湯呑をとっても喜んでくれたけどなぜかその場に置き去りになってたわ。
無事に義母はお出かけ。
子供たちは4時の解散。
旦那は「疲れてるから寝かせてくれー」
「私も眠いんだから」って言ったら「寝てればいいじゃん」
ってことでお言葉に甘えて洗濯物を干すと昼食時にも起きることなく安眠。
義父の存在なんか知らん振り。
義父には敬老の日でお風呂やさんも無料だからって外出を促してもお出かけ気配なし。
相変わらず出不精なままひたすらに時間を費やしてる。
で、お昼寝から覚めた私は子供たちを4時に迎えに行ってその足でスイミングに送って。
泥沼みたいな汚れ水に落ちたりしてパンツや靴まで真っ黒だった子供たちも
1時間泳いですっかり綺麗さっぱり。
アスレチック終了時にもプールに入る前にも当然入念なシャワーを浴びてるし。
で、一旦帰宅。
義父に外出の意思がないことを確認すると今度は親子4人で外出。
旦那と私の2台の車のオイル交換。
無料点検で全体チェックしてもらったら旦那のバッテリーに不備があってこれも交換。
オイル交換の間に子供たちとレーシングゲームで戦ったり。
結局帰宅したのは10時過ぎ。
って年寄りを敬ってる気配が感じられない1日だったかしら。



2001年09月14日(金) ■
すれ違い

剣道のお稽古日。
阿吽の呼吸を信じて子供たちとは朝の打ち合わせもなく。
で、7時を過ぎても隆之介からの電話がない。
とりあえず一昨日と同様に車を取りに戻って迎えに行く段取り。
自宅に電話すると義母が「光太朗はいるけど隆之介はまだよぉ」って。
前回は私の助言を甘受したものの結局1回しか我慢できずに
光太朗に同行しちゃって義母ったら根性なしなんだから。
子供たちを信じるってことができないのかなぁ。
ましてや禁止されてる自転車での送迎。
いい加減に素直に言うこと聞いてくれたらいいのになぁ。
なんて考えながら隆之介を警察署の駐車場で待つことしばし。
道場に電話をしても無人だっていうからこれ以上待っても無駄かもって。
引き返そうと途中まで車を走らせたら警察の夜勤の担当者から電話。
隆之介ったら私のお迎えにも気がつかずに署内の待合室でTVを見てたらしい。
慌てて署に引き返して無事合流。
って私も署内まで確認しなかったんだからどっちもどっちだけど。
先日の自転車禁止令を忠実に守った隆之介は偉いんだから。
それにしても迷惑義母ったら私の忠告を聞くこともなく今日も自転車での稽古通い。
あたかも稽古に通う仲間の1人が今日は自転車で危険な目に遭遇。
光太朗と一緒の義母は防具組でのやり取りをしらないにしてもあまりにも危険な行為。
防具一式を持参して自転車に乗って稽古に向かう途中の出来事。
竹刀が自転車のタイヤ部分に巻き込まれちゃったのか竹刀は折れちゃってあわや事故って。
幸いに怪我もなく竹刀を借りて練習に参加したって言うけど。
倒れた自転車が後続の車に引かれちゃうって最悪の事態だって考えられるんだから。
光太朗と義母じゃこう身軽にはいかないよー。
自転車禁止って先週言い渡したのに一向に聞き入れてもらえない。
先週同様ご機嫌斜めって事態に陥っても困るから今日はお知らせさえせず。
もちろん旦那から厳重注意を促してもらうようにお願いしたけど
義母が素直に受け入れるかどうかは疑問。
2人で稽古に通えるんだから下手に手を焼かなくてもいいのになぁ。
とにかく今回の事故未遂を知った隆之介は恐ろしさを再確認。
どんなに注意していても事故って一瞬。
老化の進んだ義母は反射神経だって鈍いんだから。
いい加減に加齢を自覚してくれないかな。
子供たちは自転車禁止って分かってるんだから唆すのだけは止めてほしいわ。



2001年09月13日(木) ■
防犯教室

3日から今週まで小学校の防犯週間。
5年ほど前にスーパー前で高学年女児が連れ去られそうになったのを機に設けられたとか。
ましてや今年度は学区内でナイフ男が出現したりの事件も相次いでるんだから。
クリスマスカラーみたいな彩りのリボンを着用して登校する毎日。
4日の低学年防犯教室、12日の一斉下校と順調に消化し終盤の今日が高学年防犯教室。
で、4日の大声コンテストで光太朗が入賞のタオルを持ち帰った日から
隆之介もあわよくば自分もって意気込んでた。
昨夜も翌日の段取り。
「助けてー」じゃなくて「バカヤロー」って叫んだほうが大きな声が出るんじゃないって私の助言に
「光太朗と同じ条件で戦わなくちゃいけないからやっぱり助けてだな」なんて言ってたほど。
本当なら「くそじじぃー」とか心の叫びを吐き出したらさっぱりするのに。
で、防犯教室は強制参加じゃなく全くの自由。
隆之介ったら今朝から鼻はムズムズ。
やや不調って感じ。
休み時間に保健室で検温してもらったら37度ちょうど。
無理してまで参加しなくたっていいのに防犯教室に果敢に挑戦。
剣道の稽古に警察署に出向いてるから顔見知りの警察官の人もいたらしい。
で、大声の結果。
光太朗がうるさいってレベルの120デジベルを超えたのに対して隆之介は110に満たず。
当然のように入賞はならず。
って体調不良だから参加したことに意義がある?
5時からは塾なのに4時を過ぎても防犯教室は終わる気配なし。
4時20分頃になって自宅待機の義母から「隣の大ちゃんは帰ってきてるのに隆之介は?」って案ずる電話。
学校に問い合わせるとちょうど終わった様子。
隆之介ったらダッシュで帰宅。
ランドセルを通塾バッグにチェンジしギリギリセーフ。
全く慌しい放課後だこと。

一方私の帰宅時。
デパ地下は7時過ぎの売り尽くしのお時間。
1280円のお刺身盛り合わせを780円で購入。
頭痛がしたから手抜き夕食。
一緒の食事時間になった義父が面倒くさそうに食べるのが鬱陶しい。
義母が「作り甲斐がなくて」って嘆くのは当然。
子供たちみたいに食欲旺盛だと作り手は嬉しいもん。
で、母子3人で食後の団欒中珍しく旦那が早めの帰宅。
「頭が痛いから」って諸々お願いしたのに
「帰ってきたばかりだから」って自分だけ寛いじゃって。
私に休息時間なんてないんだぞー。
って旦那には何を言っても伝わらないのかもしれないわ。



2001年09月12日(水) ■
先手必勝

子供たちの剣道の稽古日。
7時を過ぎても稽古終了の連絡がない。
自宅に電話すると「2人とも帰ってないわよ」って義母の声。
2人で道場通いって通常パターンに安心して早速道場に連絡。
お迎えを約束して30分後に無事合流して帰宅。
手洗いうがいをしようと脱衣場に直行。
いきなり目に飛び込んできたのは義父の下着。
お風呂の水を入れ替えてから出勤したのに義父に先んじられちゃうの?
いつものように夕食準備ができるまで自室で寛ぐ体制だった子供たちを呼び寄せ
稽古で汗まみれだし義父の入浴気配があるからってご飯前の入浴を促す。
義父の入浴後がいかに不快かを熟知してる子供たちは猛ダッシュ。
義父が入浴時間など考えずに着火した名残なのか子供たちが「温〜い」って遊ぶのに丁度いい湯温。
入浴時間を見計らって点火しないと燃料の無駄なのに。
で、私が夕食準備をしていると義父ったら機嫌良さそうに「沸いてるだろ?」
子供たちの様子を見てきただけなのに適温を確認してきたと思ったらしい。
「子供たちが入ってますけど」「いつ沸かしたのか冷めてますけど」ってお答え。
1番風呂を狙ってた義父は結局子供たちの後塵。
いつも通りの長風呂で8時過ぎから入浴したのに9時を回っても出る気配なし。
その間義母が何度もお風呂場確認。
っていったいいつ以来の入浴なの?
私の記憶が正しければ先月末以来ってことになるんだけど。
2週間に1度の1時間半じゃなくて毎日10分の入浴をお勧めしたい。
私がアイロンがけをしてた時にようやくお風呂から出てきた。
背中に感じる気配は裸。
義母が「着替えはそこにあるでしょ」って指示してたから。
で、しばらくして子供たちの汚れ物を脱衣籠に入れようと脱衣場に向かう。
何やら浴室から水の音。
ポタンポタンと滴り落ちるんじゃなくシャーって流れる感じ。
慌てて確認すると水道の蛇口から流れ出る無駄水。
間違って通常の反対に閉めた裏返しのお風呂の蓋の上にひたすら。
義父ったら水を止めるのさえ忘れちゃって。
ついでに洗面器と湯船チェック。
ギトギト&見事に浮いた湯ノ花状態。
誰がこんな汚いお風呂に入るもんかぁ。
で、私の入浴はシャワーのみに決定。
義父の入浴って気配から数日ってこともあるけど危険信号は見逃せないわ。
やっぱり先手必勝に限るわね。
ってテロに比べたらこんなトラブルなんて平和そのもの。
文句なんか言えませんわ。



2001年09月11日(火) ■
台風休暇

昨夜から心配された台風15号は関東地方直撃。
夏休み終盤の台風みたいな肩透かしじゃなく真正面からバッチリ。
昨日学校から持ち帰ったプリントには「休校はないと思われますが」ってあったけど
結局これって台風の時間と経路の読み間違い。
プリント通りに7時15分に家庭数の連絡電話。
子供たちは休校って知らせに喜んでたけど。
で、旦那は間引き運転されてる電車を避けて車で出勤。
予備の洋服と靴とタオルを持って抜かりなく。
そんな旦那を横目に私も休暇取得に決定。
昨日の時点で台風が酷かったら休むかもって予告してきたし仕事の段取りはOK。
雨戸を閉めてただでさえ息苦しい空間に義父母と子供たちって心配だったから。
で、8時半頃。
土砂降りの中を隆之介と通院中の皮膚科へ。
さすがに台風直撃の今朝は誰もが敬遠するらしく通算6番で3人待ちって状態。
あっという間に診察を終えて帰宅。
子供たちは暇を持て余してゲーム三昧。
階下には義父母が身を潜めてるから2階に篭りきりで。
昼食は簡単にスパゲッティでいいよねぇって3人で相談してた。
そろそろお昼時って頃になって台所へ行くとすでにその場は義母に占拠された状態。
レンコンとオクラと何とかって数日前の私の夕食メニューそっくりな天ぷらの下準備がされて。
で、スパゲッティを茹でようと大鍋に手をかけた瞬間に「私が先」
茹でるだけって言うと「フライだから」って完全に拒まれちゃって「じゃ後にします」
台所を2人の女が使うなんて所詮無理なんだから。
で、時間を見計らって台所に下りるとちょうど揚げ物は終了したところ。
すぐに義父母と私たちの別メニューって昼食と相成りました。
で、天ぷらって何だかたくさんできちゃうでしょ。
義父母ったら子供たちに頻りに「食べて」って。
当然ありがた迷惑だったらしく子供たちは一切手を出さず。
食べ終わるとすぐにその場を離れちゃったんだけど聞こえるのよ、彼らの声が。
「勧めても食べないんだから。可愛げのない」
私の教育が悪いって言いたい放題。
子供たちは「食べたくないのに」って水と油。
鎌倉に上陸した台風が東京23区を通過ってニュースを見てから
雨脚が弱まったのを確認すると私ったら気分転換に美容院に出かけちゃったもん。
5時からの隆之介の塾もいつも通り。
旦那の誕生日ってことでケーキを買って義父母も誘って食べたけどやっぱり奇妙な関係だわ。



2001年09月10日(月) ■
台風接近中

昨日の騒動から一夜明けて我が家は表面上はいつもと変わりなし。
心の底に渦巻くモヤモヤなどどこ吹く風。
臭いものには蓋をして平穏無事な家族を演じてるみたい。
完全にガス抜きしてるわけでもないから近い将来再び爆発するんだろうけど。
で、台風15号接近中。
珍しく職場では「帰路に支障が出る人は早目に帰宅せよ」って指示。
もちろん一級河川を渡って帰宅する私はさっさと手配。
交通機関が全面マヒしちゃったって体験もあるし。
4時過ぎに退勤して5時半頃帰宅。
風雨の緩急を縫うようにして。
一瞬タイミングが違っただけでびしょ濡れになっちゃったりするから雲の動きを見逃さず。
で、帰宅後急いでハーフパンツとTシャツにサンダルって男の子みたいな格好にお着替え。
まさに塗れても支障のない格好で光太朗を伴って外出。
バスで5時半からのスイミングに出かけてる隆之介のお迎えと運が良ければ通院目当て。
いつもの皮膚科が6時までの診察ってことになってるから。
6時ギリギリに診察券を出しても待ち人数の関係で
6時半に終わるスイミングとの掛け持ちも可能って思ってたから。
車を皮膚科に横付けして光太朗を診察券提出のお使いに走らせる。
一向に院内から出てこないから不思議に思って入ってみると看護婦さんが「どうぞ」
いつもだったら7時過ぎまで待つのがパターンなのに台風接近で誰もが帰路を急いだらしい。
「本人はここにいないので出直してきます」ってお断りして退散。
せっかくの計画も台風で水の泡。
で、計画変更で図書館に本の返却に。
図書館の壁に大きなポストみたいに設けられてる夜間返却口。
漢字の読めない光太朗に「口」って書いてあるからって指示。
少しの間周辺をウロウロ。
通行人の女性に教えてもらって無事に任務終了。
車に戻って来て「迷った?」って聞くと「出入り口」って存在が迷いの種だったらしい。
とりあえずこれで1つお利巧になったけど。
スイミング終了時間ちょうどに隆之介のお迎え。
旦那のお迎えもって携帯に電話したけどまだまだ電車の中で時間が合わず。
いつものように母子3人での夕食最中に旦那の帰宅となりました。
子供たちは学校から台風接近時の登校についてってお知らせを持参。
今夜は雨戸を閉めて完全防備。
明日はどんなお天気が待ってるんでしょう。
我が家の台風も一過性だったらいいのにねぇ。
どうやら15号は関東地方直撃の様相です。



2001年09月09日(日) ■
悔し泣き 悔し泣き2

平和な日曜日の朝。
ちょっと遅目に起きて洗濯機を回そうとするとそこには義母。
私が子供たちのパジャマを入れてからって思ってたのに義父母の汚れ物を入れて洗剤を入れる瞬間だった。
「入れちゃいけなかった?」って聞かれたから「洗剤量はここに表示されますけど」って
指し示したとほぼ同時に義母が自分の汚れ物を洗濯機から取り出して。
洗濯物を取り出すなんて嫌味は義母にしてみたら普通だからその行動を特別とも思えず。
3月に購入してから使い方さえ理解せずに使ってたってわけか。
で、それからが急変。
何が何だか異常な状態。
別人格になった義母。
「自分たちの洗濯物だけしかしないじゃない」って叫びながら
電話に記憶されたAボタン(義妹宅)に電話して
「助けて〜〜もう我慢できない。一緒に住んで頭がおかしくなった」
まるで何かが憑依してるかのよう。
さらに義母の実家のBボタンを押して鹿児島にもヘルプメッセージ。
とにかく何だか訳のわからない状態。
自分が何をしているのかさえ分からないらしく家の中をウロウロ落ち着かない。
正気を失った状態の義母には誰も手がつけられる状態ではない。
って言うかここまで酷い状態を曝け出してるのって初めてだから。
義父が疫病神を見るような目付きで私に「下手に出てくれ」
根本的には私に出てけって思ってる義父だもの当然といえば当然。
別室で旦那も「謝れ」
謝るようなことなんか何一つしてないって私の言葉に「正論なのは分かるけど」って。
しばらくして正気に戻った義母。
「何があったの?教えて」って義父に。
2件からは心配して折り返しの電話。
「電話なんかしてないわ。自分でも分からないのよぉ」ってパニック状態だし。
分からないのはこっち。
しばらくして義母が落ち着きを取り戻した頃「申し訳ありませんでした」って頭を下げて一言。
それを見ていた旦那が「優しい言葉もかけないで。ちゃんと謝れ」
謝るべき事実がないんだから言葉なんか見つからないって。
今更事実を説明したって事が収まるわけでもなし。
今度は「すみませんでした」って言ったきり直角に腰を折ること数分間。
旦那が「もういいから」って言うまで。
もちろん心からの謝罪じゃないけど悔しくてやり切れない気持ちでいっぱい。
脱衣場に駆け込んで嗚咽。
さらにトイレで思い出して号泣。
 
(珍しく文字制限内で終了せず。悔し泣き2に続く)

(こっちは後編。前編をお先にどうぞ)
 
子供たちも心配してくれたけど。
で、隆之介が「この家出て行こうよ。僕たちママに付いていくから」
「パパはおばあちゃんたちに恩があるから絶対に出て行かないよ」
子供なりに現実を理解してる。
「ここはおじいちゃんの建てた家なんだから」って子供たちも疎外されてるから心を痛めているはずだし。
ってな会話をしてるうちに義母の感情の起伏も一段落。
「買い物に行って来るね」って旦那に言うと
「行かないって言うと思うけどおふくろに一声かけて」だって。
私だって何も考えずに独りの時間がほしいからご辞退。
スカウト活動に出かける光太朗を乗せてお買い物となりました。
で、買い物に行ってる間に旦那は何かを食べたらしく昼食は隆之介と。
傍でTVを見ている義父母は透明人間って扱いで2人の世界。
しばらくすると光太朗も帰宅して3人で部屋に引きこもり。
で、本来今日は11日に誕生日を迎える旦那の誕生会のはずだった。
プレゼントだって買わなくちゃいけないし夕食は外食の予定。
だけど今朝の騒動で5時を過ぎても誰も行動に出ない。
旦那に「出かけるなら早く行こうよぉ」って何度も催促。
旦那ったら「そんな状況じゃないんじゃない?」って躊躇してるし。
でも「出かけるって言ってあるんでしょ」「確認してきて」って言って6時過ぎにようやく行動開始。
渋々着替えて出かける準備をする義父。
義母は朝のことなど嘘のように「靴外に置いておくと乾かないわよぉ」
6人で車に乗ってプレゼント探し&外食。
今朝の騒ぎは一体なんだったのかって思うほど淡々といつもと変わりなく。
先週旦那と目をつけてきてた長財布は売り切れだったからプレゼント購入には至らず。
お誕生日2割引って葉書が来てたファミレスで一見和やかな夕食となりました。
何だか訳の分からない私は1人でビールなんか飲んじゃって。
そうでもしなければやってられないって心境だったんだもん。
帰宅して子供たちは珍しく旦那と入浴。
旦那との入浴って嫌いなはずなのにって思って光太朗に質問すると「誕生日だから特別」
本当の誕生日じゃないけど子供なりに気を遣ってたらしい。
それにしても義母の行動の解せないこと。
心の中の悪魔が突然出没。
根本的要因が私との同居って分かってるんだから解消する方向で考えようよぉ。
私まで精神を病んだらどうするのよー。



2001年09月08日(土) ■
サマーランド再び

2学期初の第2土曜日。
隆之介の塾の復習テストもないから予定は午後のスイミングだけ。
昨日のうちに2時半からの練習を4時半からに振り替えて今日も朝からサマーランドです。
もちろん今日も母子3人激安割引チケット。
旦那も誘ったんだけどお仕事だって言うから仕方なく。
5日の開校記念日に続いて1週間に2回。
5日は10時開園に5分遅れでも駐車場は2列目。
そして土日の今日は開園が9時なのに10時頃の到着だったからほぼ10列目の100台超。
それでもピーク時とは比較にならないラッキーな状態。
自宅で水着を着込んでってるから脱いでロッカーに荷物を入れてって段取りもよく。
子供たちは空気銃みたいな空気入れで浮き輪を膨らましたりで作業分担。
光太朗ったら加減が分からずに大好きなトーマスの浮き輪をパンクさせちゃったけど。
まずは屋外のプール。
天気予報では曇りのち雨って感じだったからお昼過ぎから室内って予定で。
第2土曜日とあって子供連れの家族がちらほら適度な混雑状態。
隆之介は5日に続いて4年生からって水深3mの飛び込みに何度も挑戦。
子供たちったら飽きもしないであっちへ行ったりこっちに入ったり。
で、飛び込んでる隆之介は放っておいて光太朗とTシャツとサンダルを身につけて遊園地へ。
光太朗はハヤブサなるコースターに初挑戦。
隆之介はこういう類は苦手だから敢えて誘わず。
最前列の絶好のポジションでハヤブサ体験。
「面白かったねー」って大満足。
再びプールゾーンに戻って今度は水着のままOkなアトラクションに。
もちろんこっちは何度となく体験してるしちっとも怖いってもんでもないし。
スライダーとか何種類かで身長制限に満たなくて
CM通りに「プチ○○○食べて大きくならなくちゃ」って子供たち。
で、昼食後も空模様は大丈夫。
でも室内に入らないと波体験ができないからって時間を見計らって室内へ。
1時、2時、3時と3回の波を体験。
子供たちったら監視員さんに注意されない程度により前に前に。
室内では子供たちを横目に軽くお昼寝なんかしちゃったりして。
室内スライダーは身長制限130�僂埜�太朗ったら恨めしそうに眺めてたけど。
4時半からのスイミングに間に合わせなくちゃって時間を見計らって終了。
スイミング、歯医者さんと今日も目いっぱい。
5時頃雨が降ってきたけど今日もプール遊びができたんだから日頃の行いの賜物だよね。



2001年09月07日(金) ■
自転車禁止

7時を過ぎても練習終了を知らせる隆之介からの連絡がない。
自宅に電話で問い合わせると義母がお迎えに出かけたらしく義父がお留守番。
途中で合流か警察署へのお迎えって朝の打ち合わせに反する行動だ。
今日は子供たちの剣道の稽古日。
光太朗たち基本組は4時から、隆之介たち防具組は5時からって時差練習はいつも通り。
防犯面と1人で迅速な準備ができない光太朗には義母っておまけつきもいつものこと。
でもいつもと違ってたのは禁じられてる自転車で稽古に出向いたこと。
何も持たない状態で自転車に乗るのも注意を要するのに
竹刀や防具を持参する剣道の稽古に危険を承知で自転車で。
しかも時間差で出向く2人ともだなんて。
あれだけ自転車禁止って言われてるにもかかわらずあまりにも安易すぎる義母の行動。
遠いから歩くのが嫌だからって子供たちをそそのかしたんじゃないかって勘ぐりたくなる。
本当に子供たちを心配してくれるなら厳しさを持ち合わせてるはずなのに。
義母ったら光太朗と一旦一緒に帰宅して隆之介の迎えに再度警察署に出向いたって言うんだから。
で、隆之介たちの練習終了。
いつもならみんなに元気に挨拶する隆之介も多少の後ろめたさを感じていたのか心なしか元気ない挨拶。
自分で背負うはずの防具も義母が背負って帰ったって言うんだからなおさら。
で、私の帰宅に遅れて義母と隆之介が帰宅。
義母にはとりあえず「お帰りなさい」
で、隆之介には「どうして自転車で行ったの?自転車で行っちゃいけないの知ってるでしょ。連絡待ってたのに」
すかさず義母が「お疲れさまでもなしに自転車はいけないって私への当てつけか」って激怒。
もちろん同行してる義母を暗に責めてはいるんだけど。
「自転車はだめなんです」「嫌なら人に頼むようにします」って言ったら
「お金で済む話じゃない。今まで苦労して保育園だって送っていってたのに」
義父までやり取りに首を突っ込んできて話はより一層広がって。
「あんたが来る前は笑いの絶えない家だったんだ。出てけ!」
「ストレス溜まって病気になったのよ。疫病神!」
自転車禁止って話から果てしなく広がる泥沼世界。
で、話の分からない2人は無視して剣道ママ宅に電話して現場情報をリサーチ。
存在感を訴えたいのは認めるけど迷惑な域に達してるかも。
子供だけでの稽古通い復活かもしれないわ。
自転車はもちろん禁止です。



2001年09月06日(木) ■
お話キャラバン

新学期初めての木曜集会。
今日の催しはお話キャラバン。
1学期終了目前に選出されたメンバーが本の朗読をする会だ。
3年生3人、4年生4人、5年生3人、6年生3人の計13人。
もちろん隆之介もそのうちの1人。
指導教諭が去年の担任だからって自ら名乗り出たんだもの。
先生に「隆之介は上手だから是非とも参加してほしいなぁ」っておだてられたこともあるけど。
出し物は「嵐の夜に」
絵本作家で有名な木村裕一さんの作品。
中学年の絵本じゃ定番って感じで今じゃシリーズも5冊を数えてる。
光村の4年生の教科書に掲載されているらしい。
13人の読み手には夏休み前に「嵐の夜に」が手渡されて
暗記するぐらい覚えてくるように指示されてたんだけど当然夏休み中に読んだ形跡はなし。
今週になって昼時に3回ばかり集まってみんなで練習したらしい。
教科書にも「演じてみよう」って目標。
普段は敵同士のオオカミとヤギが嵐の夜に真っ暗な小屋の中で出会いお互いに仲間と思って話すって内容のお話。
聞き手は暗闇での出来事を想像しながら。
で、文中のオオカミ、ヤギ、ト書きを13人で分担。
オオカミ、ヤギ、ト書きは途中交代で全員が参加。
当初隆之介はオオカミを演ずる予定だったんだけど最終的には導入部分全てを担当。
お話をいかに興味深く誘い込むかって1番大事な読み手に抜擢されちゃったってわけ。
最初の部分を独りで朗読するわけだから自宅でも何度も練習して。
で、休み明けの今日の集会がいよいよ本番。
練習では先生から太鼓判をもらったものの
やっぱり全校児童を前にして読むのって緊張しちゃうのよね。
練習の時も「ゆっくりはっきり」って心がけてたけどやっぱり少し早めになっちゃったんだって。
校長先生や教頭先生を始め全校児童から大きな拍手とお褒めの言葉を頂戴したらしいけど。
だけど自宅での練習を知ってた光太朗って厄介な存在。
お話が終わると「隆之介〜」って叫ぶと
「ごうごうとって所の読み方が違ってたぞぉ」ってその場で指摘しちゃったんだって。
何もその場で言わなくても。
隆之介は恥ずかしかっただろうなぁ。
せっかく頑張って読んだのに身内から指摘されちゃってさ。
でも帰宅してから大きな喧嘩にならなかったってことは許せる範囲の行動?
音読には定評のある子供たちだから競ってくれると楽しみなんだけど。
11月の学芸会もこの調子で主役級を狙ってほしいわ。



2001年09月05日(水) ■
開校記念日

2学期開始直後だけど今日の子供たちは開校記念日でお休み。
去年までは2人とも学童での生活だったからお休みなんて関係なかったけど
隆之介が学童を卒業した今年からはフリーの1日が出現しちゃった。
で、予め計画を立てて今日は母子3人でサマーランド。
我が家から30分圏内だし激安割引券をお友達から入手。
まさに安近短って感じのお手軽レジャーです。
10時開園だから自宅発は9時半。
夏休みの間は滅法混雑してる園内も9月の平日とあってガラガラ。
フリーパス券での入園だけど子供たちは屋外プールでひたすら遊びまくり。
で、しばらくしたら6年♂、4年♂、2年♀の仲良し3兄弟に偶然出会っちゃった。
4年と2年の2人は子供たちとずっと同じクラスだしママももちろん仲良し。
自営のパパも一緒でアクティブに遊べて子供たちはますます楽しそう。
ママ達はプールサイドで仲良くおしゃべりだし。
でも今日のプールは時間制限。
4時から光太朗、5時からは隆之介の剣道の稽古があって忙しいから。
3時になって慌てて帰り支度。
でも遊び足りない光太朗は1人であっちこっち。
私と隆之介は痺れを切らしてシャワーを浴びてダッシュで帰る準備。
光太朗も慌てて私たちを探し始めたものの見当たらなくて半べそ状態。
すぐに探し出したけど着替える余裕もないし
水着のまま車に乗せて着替えさせダッシュで警察署へ。
で、到着するといつもに比べ警察署そのものに漂う何やら緊張した雰囲気。
遊び呆けてた私たちは知らなかったけど午前中に全国紙を賑わす強盗障害事件が起こってたらしい。
よくよく聞くとパチンコ屋の店長が襲われて一千万円が強奪。
犯人の1人が逃走中だからって市内の学校じゃ集団下校の徹底が指示されたって。
しかも場所は八王子南口の義父母行き付けのお店。
万が一私たちの不在をいいことに開店と同時にお店に出向いてたら事件に遭遇したの?
何とも身近で恐ろしい出来事。
で、2人ともプールであれだけ遊んできたのに疲れも見せずに稽古を頑張ってた。
「夏休みも終わって2学期。市民大会や昇級審査に目標を定めて気合入れて頑張れ」って
先生から喝入れられてたしー。
7時に終了。
足りない算数ノートの買出しとハラペコさんたちの夕食で帰宅は9時近く。
今日も目いっぱい充実した1日。
入浴時に鏡を見ると日焼け跡がくっきり。
子供たちは直ぐに直っても私は来年まで消えないんだろうなぁ。



2001年09月04日(火) ■
大声

「ママのバカ〜、ゲームボーイ返せ〜」
光太朗の声が追いかけてくる。
夕べ就寝前になっても止めなかったのを見咎めてゲーム機は没収中。
今朝も起きるなり返せ攻撃。
私が出勤する前に登校の身支度を整えたらって言っても聞く耳持たず。
一向に準備をする気配もなくただただ返せ攻撃。
結局私の出勤時刻になっちゃったってわけ。
返せ攻撃に妥協せずすることなく出勤。
私が玄関を出ても声は途絶えることなく。
ランドセルを背負った光太朗もダッシュして。
一旦はランドセルを放り投げて追いかけてきたから
「ランドセル取っておいで。帰ったら携帯に電話して。どこにあるのか教えるから」って。
ランドセルを取りに戻ったけど声は相変わらず。
「ママの嘘吐き〜、ゲームボーイ返せ〜〜」
数10m離れててもよく通る大きな声で何度となく。
子供たちとの分岐点となる国道が近づいて大きく手を振ってバイバイ。
「ママのバカ〜」
さらに大きな光太朗の声がしたからそこで諦めたかと思ったの。
だけど「泥棒〜〜」って一段と大きな声に驚いて振り向くと光太朗も国道を渡った状態。
私以外の通勤を急ぐ人たちも驚いて振り返ってた。
その声を最後に声も途絶えて一応は安心したけど。
で、光太朗は普段通り登校して学校&学童生活。
5時半頃予定通りに携帯に電話。
「ごめんね。どこにあるの?」
子機を持つように指示して在り処を教えたから無事見つかったみたい。
朝の騒ぎが嘘のように従順。
で、私が帰宅してから子供たちのランドセルチェック。
光太朗のランドセルの中に贈り物を発見。
可愛い袋には「4」の数字。
さらに「121.5」って書かれた感謝状も一緒に。
そう言えば今日って学校で低学年の防犯教室が行われたんだったわ。
ピーポくんやお巡りさんが校庭で色々なことを教えてくれたらしい。
その一環として行われた学年別大声コンテストで光太朗は4位入賞だったんだって。
2年生の上位入賞者はみんな同じクラスって言うから一段と先生のご苦労を思い知ったりして。
で、光太朗に「助けて〜じゃなくてママのバカ〜ってやったら1位だったんじゃない?」って意地悪な意見。
どうやら本人も余力を残してたらしいけど。
ちょっと照れくさそうに朝の騒動を思い返して「ごめんね」
それにしても120デジベルって飛行機のエンジン近くの音と同じくらいのうるささ。
万が一の時以外は発揮しなくてもいいのにな。



2001年09月03日(月) ■
お弁当終了の日

1学期終了間際の給食終了から今日まで本当によく頑張ってきましたこと。
明日からはいよいよ2学期の給食開始。
今日でお弁当作りも一段落です。
夕べ駆け込み宿題に付き合って1時過ぎの就寝だったにもかかわらず今朝も早起き。
今日も彩りよくバランスを考えたメニューだったのに光太朗は鮭をお残し。
本当に魚嫌いになっちゃったのかなぁ。
で、2学期開始早々で短縮授業の子供たち。
夏休み中に作成した工作やら宿題の数々を持参しての登校。
夕べ寝る間も惜しんで頑張って作った自由工作ももちろん携えて。
隆之介たちの担任が週初めに発行する2学期初のクラス便りには
未提出の物は早く出すようにって書かれてたけど
ごみについての発表も漢字テストもすぐに行われるような感じ。
子供たちは駆け込み製作でもとりあえず未提出の物はないから良しとしなくっちゃ。

それはそうと感応式信号って厄介よね。
よく渋滞の先頭はどうなってるのかって疑問を抱くことがあるけど今日も目から鱗状態。
つまり渋滞の先頭ってのは先頭になり得る厄介な人種が存在するからであって
みんなが同じようなペースで走ってさえいればそれほどの渋滞にはなりっこない。
今日の帰り道の路地での出来事。
左右に走る方が優先道路だからこっちは車なら感応式、人は押しボタンって信号。
本来ならば停止線に従って停車した車を機械が察知して信号が変わるってシステム。
道路の向こう側へと渡りたい私。
それまでのその車の停車時間を考えても信号が変わるのは時間の問題って思ってた。
なのに一向に変わる気配なし。
で、よくよく押しボタン信号を見ると「ボタンを押してください」状態になったまま。
車の停止位置を見るとセンサーから大きくずれてるし。
当然感応式は無反応。
このままじゃ一生かかってもボタンを押さない限り信号は変わらない。
運転手ったら何も気がつかない。
思わず信号待ちしてる車の直前をウロウロ歩いてセンサーを作動させ
運転手側の窓をノックして「ちゃんと止まらないと信号は変わりませんよ」って。
窓から顔を出した初心者マークの50歳ぐらいのおばちゃん。
一瞬のことで何を指摘されてるのかも分からなかったみたい。
キョトンとした表情で信号が変わるのを待ってたけど。
でもこんな運転手がいるから渋滞が増えちゃうんだよね。
停止線に停車できないなら教習やり直ししてこなくちゃねっ。



2001年09月02日(日) ■
いまさら

昨日新学期初登校となった子供たち。
夏休みの宿題提出期限は3日の月曜日となっているものの何人かは当日持参。
いまさらって感じだけど友人の作品を目の当たりにして初めて
期間中何度も促した自由研究にいよいよ焦りを感じたらしい。
で、「やっぱりやった方がいいかなぁ」って隆之介の昨日の帰宅後発言。
醤油工場見学レポートにするのかごみ問題を調べた関連でペットボトル工作をするか
二者択一で事を進めようってのが隆之介。
やらないよりはやった方がいいけど果たして間に合うのか?
しかも今日は午後から剣道の試合で青梅まで遠征。
試合は4年生以下、5年生以下、6年生以下、中学生、中学生で編成された混成団体戦。
隆之介は5年生以下の次峰として参加。
1回戦は不戦勝だったけど次の試合は大将1人が一矢報いたけどあっ気なく完敗。
4時頃帰宅してから焦って必要な物を買出しに出かけたってわけ。
念のためレポートにも工作にも対応できるような準備。
この日別行動だった旦那と光太朗も帰宅して合流。
さらに一緒に買い物して夕食を外で食べて。
当然この流れじゃ夜8時でも子供たちは自由研究には未着手。
準備だけは整って帰宅。
自由研究なり自由工作を提出するなら明日に限定されてるのにー。
帰宅して明日の持ち物チェックに連絡帳を確認。
光太朗のには書かれてるけど隆之介の連絡帳は白紙のまま。
2人が同じクラスの兄弟を考えて仲良しママのお宅に電話で問い合わせ。
まずは隆之介が同級生に確認。
続いて念のため光太朗も。
そして私とママで宿題確認。
どうやら先方もごみ調査についてやってる最中。
で、それまでは動きのなかった光太朗が突然「僕もやる」
電話で同級生の自由工作を確認してようやく焦りを感じたらしい。
隆之介はペットボトル工作。
ペットボトルを切ったり溶かしたり穴を開けたり繋げたり。
光太朗は木工細工。
昨日購入してきてた木切れの袋詰めがいきなり日の目を見ちゃうって。
ボンドでつけて彩色してニス塗って。
タイヤの軸の穴あけとか要所要所旦那も珍しくお手伝い。
で、2人ともようやく自由工作完了。
まずまずの出来映え。
集中してやればこんなに簡単にできちゃうんだなぁっ言うかもっと早く着手しろー。
おかげで今夜も就寝はしっかり深夜。
土曜日に持ち帰った防災頭巾を始め自由研究やら宿題、お道具箱と明日は大荷物になりそうです。



2001年09月01日(土) ■
新学期

今日から2学期。
駅付近が都の大規模防災訓練の会場になってるせいか8時過ぎから周辺はかなり賑やかな様子だ。
新宿の繁華街歌舞伎町じゃ死者44人って大惨事も発生したって言うし
いざと言う時に備えた訓練の大切さは最もだけど。
で、学校でも定番の引き取り訓練。
隆之介が入学してから4年目にして私は訓練初体験。
今までの3年間は平日だったから子供たちは学童か義母のお迎えだったから。
10時半のお迎えを目指して父兄が続々学校に集結。
ママたちも宿題のことが心配で情報交換したりして。
校庭では防災頭巾を被った子供たちが校庭に続々。
兄弟のいる家庭は高学年からって指示通りに4年2組の前に並んで。
隆之介→光太朗の順番で引き取り訓練はあっさり終了。
初体験の私は興味深く参加したんだけどなんだか拍子抜けしちゃったわ。
子供たちは久しぶりに級友と再会してとっても嬉しそうだったけど。
同じ方向のお友達と楽しそうに帰宅。
でも我が家は今日も予定が満載。
ランドセルを背負ったままで車に乗り込み隆之介の皮膚科に直行。
土曜日は午前診療だからって11時半に駆け込み隆之介が順番確認。
さらに30人以上、1時間半待ちは覚悟って状態。
3人で昼食を取って1時に病院に逆戻り。
でも予想より進度が遅くてまだまだ10人待ち。
2時半からのスイミングには間に合ってって祈るように待ってたおかげでギリギリセーフ。
もちろん予め車の中にはプールバッグも用意して。
で、もう1つ用事を終えて夕食後の帰宅が8時半。
義父母も昼間からお出かけだったらしく帰宅後慌しく雨戸を閉めて洗濯物を取り込んで。
で、やっと終わったって時に義父母のご帰還。
取り込んだまま畳んでない洗濯物を手にしてた私。
義母ったら「有難う」ってそれを受け取って。
でも一瞬にしてご機嫌斜めに。
畳んでないってことが意に反したらしい。
久しぶりに洗濯したはずの義父のシャツとステテコとおパンツその他。
「だから私も今帰ってきたばかり」って言ってもちっとも理解を得られない。
おまけに義母が今日も「お先」ってシャワー。
私たちが入浴するつもりでバスタオルも着替えもそこに置いておいたのに。
で、今度は「バスタオル使わなかったから」って嫌味たっぷり。
一刻も早く畳んで来いって言わんばかり。
義父が「お互いに感謝の気持ちを」って円満解決を促したけどそりゃ無理って注文だわ。