≪ ≫ 初日 最新 目次 HOME


普通の日記
桜
HOME

2001年07月31日(火) ■
金欠病?

今月も最終日。
いよいよ来月10日に迫ったカードの請求書が手元に揃った。
3月末に駆け込み購入したボーナス払いのエアコン&洗濯機はもちろんのこと
お中元も社販の洋服の類もコンパクトカメラもとにかく何もかも一気に押し寄せたって感じ。
加えて車の自損事故でバンパー取替え工事の費用も今月の支払い。
とにもかくにも来月10日が刻一刻と迫ってくる。
何としても9日までに入金を済ませておかなければ。
ブラックリスト入りだけはご免だもん。
で、私が通常使用してるカードは2種類。
カッパとタヌキで有名な某カードと車関係でキャッシュバックがあるT○Y○T○カード。
どちらも年会費あり。
もう1枚市内のアウトレットで特典のあるカードは年会費なしだけど
これはどっちかと言うとアウトレットお出かけ専門って感じ。
カッパとタヌキをメインにT○Y○T○カードで補佐してるって感じかな。
使えるカードが限られててもどっちも使えないことはないからとりあえず2枚で事足りる。
でもボーナス払いのつけが一気に目の前に現れるとやっぱり辛いものが。
だってカッパとタヌキの方で46万ちょっと、車のカードの方で16万ちょっと。
合わせて60万を超す支払いは厳しい。
実家近くの損害保険に入ってる関係で母には13万ほどの車両保険を立て替えてもらってるし
今秋には弟の結婚式も2台分の車検もあるっていうのに。
総トータルすると100万円も一瞬。
こんなに一気にお金が消え去ってもいいのかしら?
そう言えば隆之介の塾の後期分の教材費なんかも今月末に落ちるんだっけな。
つい先日まで7桁の預金が普通預金の通帳に入ってて楽勝ムードだったのに。
なんだか一気に貧乏になった気分。
夏休みには色々遊びのお金もかかるって言うのに。
で、旦那にエアコン&洗濯機を買った時に義母と負担割合を決めてないことをいまさらながらに訴える。
だってその2つだけでも25万円以上するんだから少しでも回収しないと馬鹿みたいだもん。
いつも子供たちの面倒を見てもらってるって負い目を感じてる旦那が言い出せるかどうかは微妙だけど。
あぁ〜ん。
旦那ったらいつだってお金のことは私任せなんだよなぁ。
で、私はとりあえず金策です。
あっちこっちに分散して定期にしてるお金をかき集めれば何とかなるかしら。
宝くじが当たれば一瞬にして解決できる問題かもしれないけど。
予想していたとはいえ痛い出費だわ。



2001年07月30日(月) ■
S新聞

夕べの帰宅が遅かったのに今朝の出勤は8時。
隆之介は実家に疎開させてるけど学童通いの光太朗にはお弁当を作らなくちゃいけない。
就寝前にセットした携帯アラームが4時半に鳴り響く。
わずかの睡眠時間を得ただけで起床してお弁当準備。
八王子発6時49分のおはようライナーに何としても乗りたい一心で。
普通の通勤電車と違ってこの電車は500円出せば座って寝て新宿まで行かれるんだもの。
目を閉じたら途端に意識不明。
平和な睡眠時間を500円で買えるなんて全く安いこと。

職場に来ていつものように新聞各紙に目を通す。
どの紙面も与党の大勝を伝える記事。
読者の声からラ・テ欄まで満遍なく読み進めるとS新聞に誤字発見。
某タレントのコメントに「〜かけずらい」って。
「ず」と「づ」の使い方って小学生レベルだわ。
こんな日本語がまかり通ってなるものかと題字横のS新聞本社に電話を掛ける。
交換のお姉さんから読者サービスコーナーなる部署に回されて。
で、「かけずらい」になってた旨伝えると「新聞用語集を確認するのでお待ちください」
ってことは新聞用語ってのは日本語じゃない場合もあるってこと?
「づ」と「ず」の使い方さえ新聞用語集を確認する必要があるのかな?
待つことしばし。
「やはり間違いでした」
はて?それで終わり?
「ご指摘ありがとう」でも「今後は気をつけます」でもなく。
厚意を持ってるからこそ5分もの間用語集確認を許してるのに。
さらにそう言うと何かこっちが悪意を持って電話したかのように
「お客様の電話・氏名を教えてください」って。
クレーマーじゃないのよ。
校閲ミスも許せないけど読者サービスのオヤジはもっと許せないわ。
読者の感情を逆なでするような横柄な態度。
世論をリードすべき新聞に誤字。
読者との接点である担当者に新聞の果たすべき役割って認識はないのかしら。
なんとも情けない意識の欠如。
一気に声の欄への投書を考えたけど馬鹿らしくなってやめたけど。
だってせっかく電話したのにこんな対応しかできない新聞社にこれ以上何かを期待できないもん。
S新聞のラ・テ欄。
どなたかお手元にあるかしら?
確認して大いに嘲笑しようじゃありませんか。
こんな対応されちゃうんじゃ不買運動でもしちゃおうかな。
それにしても「づ」と「ず」をマスコミにお勤めの大人がご確認だなんて世も末だわ。



2001年07月29日(日) ■
長い1日

夕べも就寝が遅かったのに今朝も勤勉なまでに早起き。
9時集合でビーバー隊に出かける光太朗のおにぎり作りです。
みんな早起きして車に乗り合わせ光太朗を落として選挙の投票って段取り。
でも出掛けになって光太朗の様子が変。
熱はないものの左耳の下が若干膨れてる。
周囲におたふく風邪が流行ってても罹患しないから今回こそはもしかしてって。
心配しながらもビーバー隊へ送り届ける。
その後の隊長との連絡で結局元気に過ごしたことが判明して
今朝の騒ぎは何だったのかなってことになったけど。
で、大人たちは揃って参院選の投票へ。
事前調査では「投票に行く」って答えた人が多かった割に投票所の混雑なし。
投票所に行ってから我が家の住人たちったら「どうやるんだっけ?」だって。
誰に投票したかは家族でも内緒。
日曜恒例のスーパーの朝市。
その後私は美容院、旦那は床屋さん、義父母は気分転換のパチンコ、隆之介は自宅待機。
私が帰宅すると昼食時。
旦那が用意してくれてたのには助かったわ。
で、今日から実家に1人旅って決めてた隆之介が荷造り開始。
必要な洋服やら下着、勉強道具をリュックに詰め込んで。
5時出勤って私と一緒に中央線に乗る予定にしてたから超特急作業。
光太朗の解散が3時半だからついでに旦那に駅まで送ってもらって。
四ツ谷駅で別れた隆之介からの第一報は上野駅到着を知らせる電話。
それから1時間ほどして実家への無事到着を知らせる電話に安堵したわ。
隆之介の行動力を信じてはいるけど物騒な世の中だから。
で、職場でのお仕事は淡々と。
隆之介が今日は実家泊じゃなくて妹宅泊って決めたからそっちにも挨拶の電話。
明日は従兄弟たちとプールに行くのかな。
「うん、大丈夫」って心強い返事。
1人で出かけてお泊りって逞しいよ。
この夏休みに読む計画の厚くて重い本も背負っていったけど遊んでばかりになっちゃうかな。
夜更けてタクシーでご帰還する私。
義父が参院選の開票報道に見入ってたけど旦那も義母も光太朗も夢の中。
選挙結果は純ちゃん人気で与党が圧勝だって。
帰宅してからの私。
1日から1泊で行われる光太朗たちの学童キャンプの準備。
シュラフ、懐中電灯、着替え、歯ブラシって事前準備の品をスーパーの袋に入れて完了。
疲れてるのに就寝は2時過ぎ。
明日の出勤時刻はいつもより1時間早い8時なんだけど。



2001年07月28日(土) ■
賞状

今月最終土曜日の今日も休日出勤。
休みなく働くのも残り数日だから気合で頑張る。
子供たちは午前中剣道のお稽古。
練習の合間を利用して保護者会。
旦那が車で送って行ったのにその場に立ち会ったのは義母だったらしいけど。
優勝目指した練成大会のこと、日頃の子供たちの様子、夏休みの相互交流イベントの話等々
久しぶりの保護者の顔合わせだったから話題も多岐に渡ったらしい。
9時半から10時半が光太朗たち基本組、10時半から12時が隆之介たち防具組で
いつものように防具組の練習は熱が入って延長気味。
2時半から今月のスイミングの試験に急がなくちゃいけないから
稽古終了後4人で近くのファミレスに急いで駆け込んだって。
で、スイミング。
隆之介は背泳の200m完泳でテストに臨む。
白帽さんになると自分の選択項目での受験が可能だから。
もちろん完泳でポイントゲット。
一方の光太朗も苦節ンヵ月クロールの息継ぎ11級にクリア。
2人揃っての好結果。
で、スイミングスクールのフロント。
隆之介は22日に行われた市内学童水上フェスティバルでの種目1位の賞状を手渡されたって。
学年別だから自由形も平泳ぎも背泳も1位。
選手コースのみんなが50mでエントリーしてるとは言え3枚の賞状は嬉しいよね。
これを機にさらに精進してほしいな。
旦那が額を購入してきれいに賞状を並べてたわ。
額に入れるほどのことじゃないのに旦那ったら親ばかだこと。
旦那と子供たちは買い物がてら外食したらしい。
義母は毎月恒例の友人とのお食事会。
義父ったら誰からも相手にされなかったのか夕食にありつけず。
義母が帰宅途中電話でお弁当購入を申し出たのに不機嫌なまま却下したって話しだから。
で、私が帰宅したらやっぱり不機嫌。
私の夕食に便乗しようって魂胆なのか「夕飯食べたの?」とかって聞いてくる。
お腹が空きすぎてるのか子供たちにも「煩い」って怒り散らして。
で、10時過ぎてからいつものチキンラーメンを食べ始めたの。
臭いにつられて光太朗が近づいて一口パクリ。
寝る前には食べさせないって私たちの基本路線をなぜに邪魔をするの?
義父とお箸を共用してるのかって想像しただけでぞっとしちゃうし。
もちろん念入りに光太朗の歯磨き励行。
旦那ったら子供の習い事に連れて行ってくれたのは有難いけどそれだけで滅茶苦茶協力した気に。
まだまだ私の半分なんですけどねー。




2001年07月27日(金) ■
立ち話

珍しく朝寝坊した私。
とは言っても起きたのは5時50分。
昨夜のうちにお米を研いでおかなかったのがゆとりのない要因。
急いで炊飯器を掛けてその間に眠気を覚ますシャワー。
冷凍食品のとんかつとスパゲッティにご登場いただいて
ハム入り卵焼き、ウインナー、ブロッコリー、プチトマト、マグロの角煮、竹輪詰めキュウリと
最終的な見た目はまあまあな出来映え。
2段の海苔弁にして。
当然家族には私の寝坊は悟られませんでしたわ。
ここ1ヶ月余り休暇なし残業ありってパターンでそろそろ疲れのピークかも。
私って疲れてるって態度に出ないから損なんだろうな。
で、子供たちは午前中剣道のお稽古。
光太朗は警察署からの帰りにお弁当持参で学童への立ち寄り。
昼食後のお昼寝タイムでは稽古疲れで熟睡。
みんながおやつを食べる時間になっても全く目が覚めなかったらしい。
隆之介は帰宅後自宅でお弁当。
で、帰宅後の光太朗発言にドッキリ。
「今日のお弁当って唐揚げとかアスパラベーコンとか入ってなかったね」って。
「色んなパターンを考えるの大変なんだよ」ってごまかしちゃったけど
これってお寝坊しちゃった私を見透かしてるかのようだったもんなぁ。
で、私の帰宅時。
駅前で光太朗の級友母子と出会う。
学童でも一緒の男の子。
光太朗と義母のお散歩に出会ってそして私とって偶然に驚いてた。
でも彼らのそんな驚きよりもさらにびっくり。
いつもその子ったら弁髪みたいに一筋の髪の毛を伸ばしてるのに今夜見たら茶髪の坊主頭。
いったい何があったって言うの?
仮称弁髪クンをよそ目に母2人で立ち話。
と、彼女ったらボソっと「旦那の田舎に帰るから」
話を聞き進めると義父母の同郷鹿児島だって。
結婚してから彼女の田舎には1度しか帰ってないのに鹿児島には毎年嫁修行だって。
生活習慣を話す度に「同じだよぉ」って妙に波長があっちゃって。
義父みたいな風呂嫌いってのは県民性とは言えないらしいけど。
「同居してて偉いねー」「嫁修行大変だねー」ってお互いに労い合い。
弁髪クンが飽きちゃって「早く行こうよー」って言うまでしゃべり続けたわ。
次回は立ち話じゃなくてって約束してお別れしたけど。
で、ここでも「毎日フルタイムで仕事しながらちゃんとお弁当も作って偉いよね」ってお褒めの言葉。
実家の母が私たち兄弟にしてくれてたのと同じことをしてるだけなんだけど。



2001年07月26日(木) ■
お弁当

さて私が帰宅すると食卓には食べ終わったばかりの子供たちのお弁当箱が2つ。
隆之介の黄色いのはきれいさっぱり食べ残しなし、
光太朗の水色のには若干のお残しが見受けられる。
今日は旦那が急遽休んだらしいのにこれが夕食?
昼食の時間が遅かったらしく旦那は「お腹空いてないから」っておくつろぎ中。
義父は珍しくお出かけ、義母はいつも通り1人で早めの夕食。
旦那が夕食準備してくれてるだろうって思ってた私はガッカリ。
1人で作って食べるのは煩わしいから有り合わせで夕食終了。
なんだかねぇって感じ。
それはそうと子供たちのお弁当って本来は昼食用。
学童に通う光太朗がお弁当だから隆之介の分も一緒に。
2人でちょうど1合のご飯。
毎日手を変え品を変え献立を工夫して子供たちの笑顔の為に辛い早起きだって頑張ってるのに。
それがなぜか夕食。
「今日休んだから。子供たちと映画見てくるね」って10時過ぎに旦那から予定外の電話。
今朝の予定では子供たちは学童やら学校のプールで1日を過ごすはずだったのに。
そのつもりで検温してお弁当も用意してって万全だったのに。
昨日とは一転しての涼しさに子供たちったらプールに3分遅刻して門前払いを食らったらしい。
8時40分の受け付けに間に合わないとプールに入れないってシステムだから。
で、休んだ旦那とデジモン+筋肉マン+ドレミの3本立てを急遽見に行くことにしたんだって。
学校敷地内にある学童にも「休みます」って口頭で連絡して。
隆之介が映画の整理券を自転車で取りに行ったみたい。
それはいいけどそんな中途半端からの3本立てって昼食はどうするのよぉ。
子供たちにお弁当作ってくる私の気持ちにもなってみろ。
と、旦那ったらあっさり「親父に食べさせるから」って。
旦那と義母と子供たちが映画鑑賞の間に義父の昼食にしようって考え。
自分たちは映画終了後お蕎麦やさんで遅目の昼食を取ったらしい。
でもお弁当は旦那の予定通り義父の口に入らず。
夕刻連絡を取り合った時点でお弁当は手付かずのまま。
私の気持ちを汲んで子供たちの夕食になったって訳。
旦那ったら電話で「悪かった」って言ってたもん。
子供たちは「パパったら自分がお腹が空いてないからって夕飯作ってくれない」って。
でも2人とも私の作ったお弁当を食べてくれて私としては嬉しい感じ。
本当はお昼に食べてくれるともっとよかったのになぁ。



2001年07月25日(水) ■
厄日?!

仕事の関係で6月末から休みなし。
1学期終了目前から朝のお弁当作りも加わってすでに心身ともにボロボロに近い状態。
早く休みがほしいよーって心から思う毎日だ。
で、今朝も5時過ぎに起床。
お弁当作りと洗濯を急ごうと階段を降りていたら右足が階段を踏み外しちゃって。
わずか2〜3段で止まったからいいようなもののしばらく身動き取れなかったわ。
やっぱり疲れてるんだなってしみじみ自覚。
でもわずかに痛みがあるだけで外傷は一切なし。
旦那には湿布しておけって言われたけどパンプス履いて歩けるからよかったけど。
で、出勤。
1ヶ月も都心は乾燥しきってたのに午後から一気に雨模様。
激しい雷と集中豪雨。
夜みたいに真っ黒な空に稲妻が何度も職場から見えたんだから。
これでしばらくは都心も癒されたかなぁ。
でもこの雷雨で影響が出てる電車もあるって話。
8時まで残業。
帰路を急ごうとしたら今度は中央線の人身事故。
いつもの快速電車は停車したまま。
幸いなことに八王子まではトロトロながら動いてるみたいだけど
どのくらい遅れてるのかは乗ってみなくちゃわからないって感じ。
迂回しても時間がかかることは確かだから運を天に任せて来た電車に乗っちゃったけど。
こんな時は足掻いてもしょうがないから四ツ谷から取り合えず着席。
前に電車が詰まってて動きはするものの各駅毎に微妙に長い停車時間。
それでも電車は帰宅ラッシュ。
途中駅で後続の通勤快速に抜かれるってアナウンスが入ったけど
やっぱり座って帰ることを選択した私。
1駅たりとも立って帰りたくなかったんだもの。
ようやく八王子駅に到着すると10時を少し回った所。
40分遅れって放送してたわりには思ったほど遅くならなくてよかったわ。
で、疲れて帰宅。
子供たちの話では「今日はおじいちゃんがお風呂掃除したんだよ」って。
ってことは自分も久しぶりに入浴したってこと?
お風呂場チェックに行くと案の定。
濡れタオル、ギトギト洗面器、お風呂の蓋やらお風呂マットの使用状況。
なんてこった。
私の記憶が正しければ2週間ぶりってことになるのに。
朝からいいことなしの1日だったけどこれが極めつけ?
今日って私にとっての厄日だったのかもしれないわぁ。



2001年07月24日(火) ■
武道館デビュー

昨年から警察署で剣道を習い始めた隆之介。
今春からは防具をつけて剣士予備軍となって久しい。
で、今日はいよいよ警視庁管轄の警察署の少年柔剣道練成大会。
当初は昨日選手発表が行われるはずだったのに先生からの指示で全員が防具持参。
早朝6時15分集合、柔剣道のみんな揃って6時半にバスで武道館を目指す。
光太朗のお弁当作りに追われてたから旦那が送り届けてくれて。
武道館は職場から2〜3駅。
選手に選ばれたら応援に飛んでいくから携帯に連絡してねって隆之介と約束して。
でもお昼になっても本人からの連絡はない。
署毎に指定された学年の選手を7人選抜して団体で戦う形式だから
連絡がないってことは選ばれなかったのかなぁって。
で、4時頃になって隆之介から「武道館のお土産のミニ竹刀買っていいかな」って電話。
ってことは全てが終了したってことよね。
試合結果については本人の口から一切なし。
気に入ったお土産の話で電話は終了。
帰宅して母子3人お寿司やさんで隆之介の慰労会。
「どうだった?」って質問に初めて結果を知ったってわけ。
日本1の道場とも言える武道の聖地武道館での初めての試合。
柔剣道で10面。
始めに別の署の先生方に稽古をつけてもらって改めて集合。
そこで選手発表となったらしい。
混成団体で4年、4年、4・5年、5年、6年、中1、中2って選抜。
元気いっぱいの隆之介は先鋒として起用されるかなって思ってたのに4・5年生の部で選手。
ってことは当然相手は5年生。
で、1回戦は実力なのかくじ運なのかとにかくシードで勝ち抜け。
2回戦では隆之介だけが引き分けたものの後の6人は揃って勝って6勝1分で3回戦進出。
でも3回戦目では1勝6敗と大差で敗れちゃったんだって。
3位決定戦は行われなかったけど同率3位。
初めての大舞台で銅メダルを手にしてきたわ。
勝てなかったけど先生に「よくやった」って言われるくらい隆之介は精一杯戦ったって。
初戦独りだけ引き分けたことを「勝ちたくなかった?」って野暮な質問。
すると隆之介ったら「精一杯戦ったから悔いがない」って。
愚かな質問をした母より卓越してたのね。
八王子署の5年生を補欠に回して選ばれたことも相手とも互角に戦ったことも立派だわ。
光太朗も俄然やる気が起きちゃって「僕は絶対に金メダル目指す」って大張きり。
でも本当に隆之介の晴れの勇姿を見たかったなぁ。
次回は必ず応援に行くわよ。



2001年07月23日(月) ■
大暑の日のこと

の上では今日は大暑。
異常なほどの猛暑だからその言葉さえ鬱陶しく感じる。
先週から夏休みに入った子供たちは今日から学校プール開始。
夏休み全期間を通して20回って設定。
もちろん出席確認はあるものの強制でも何でもないから参加は個人の自由。
1学期の不審者出没でプールでさえ集団でって説もあったんだから
普段通りに子供たちが通学できる環境になっただけでもよかったよ。
光太朗は起床後検温して学童の準備と共にプールバッグを持参して登校。
午前中剣道の練習がある隆之介はプールより剣道優先。
何しろ明日は少年練成大会の本番なんだから。
当初予定では選手発表は前日の今日ってことだったのに帰宅後の隆之介に聞いてもはっきりしない。
どうやら試合当日の明日になって選手を発表するらしい。
暑さの中の稽古だからみんなバテバテだったらしいけどとにかく頑張ってきたって。
さて後は運を天に任せるだけかしら。
選手になれればいいのになぁ。

それはそうと職場に隠し持っていたチョコレートアイスがついに今日品切れになった。
お友達にもらってからここ数日密かに独りで楽しんでた代物。
なんとゴディバのチョコアイス。
ゴディバ色に彩られた小さ目のパッケージ。
連日少しずつ掘り進めて味わってたからこうなることはわかってたけど悲しい別れ。
369ml入りが3〜4日持っただけで奇跡に近いのかもしれないけど。
あぁ、それにしても美味しいチョコアイスだったなぁ。
ゴディバのチョコみたいに癖があるわけでもないし。
「時間まで甘くとけていくゴディバアイスクリーム」ってコピーはまさにその通り。
甘く深いチョコの味わい。
「チョコレートヘーゼルナッツトリュフ」って長ったらしい名前でも何でも許しちゃう。
それはそれは芳醇なチョコアイス。
チョコの中にチョコが入ってるって優れものだったんだもの。
2種類提示されてこっちを選んで本当によかったわぁ。
何も考えずに選んだけどもう1種類は「アイボリーチョコチップ」
後日HPで調べたらホワイトチョコにチョコチップが入ってるって書いてあったし。
369ml1個で1000円だなんて自分じゃ絶対に手を出さないはずだもん。
こんな差し入れは大歓迎よん。
自宅の冷蔵庫に眠ってるアイスクリームとは雲泥の差だな。



2001年07月22日(日) ■
水泳大会

夏だ!プールだ!ってわけでもないけど子供たちはスイミングスクールに通ってる。
就学前からだからどのくらい通ってることになるのかなぁ。
まさに継続は力なりって感じかもしれない。
スクールによって指導方法も進級の仕方もまちまちだろうけど
子供たちの所は6歳の誕生日になるとそれまでの幼児クラスから16級の青帽さん。
水慣れから一歩ずつ自由形→背泳→平泳ぎ→バタフライへと進んでいく。
帽子にクラスを表すワッペンつけて。
3級で4泳法泳げるようになったら白帽の2級になるって按配。
25mタイムやら完泳能力と言ったポイントをクリアしてようやく1級。
そして1級でも50mでもポイントをクリアすると選手コースに進むってシステム。
選手コースの人たちは毎日筋トレして何キロも泳いでるから白帽さんとは雲泥の差。
現在隆之介は1級、光太朗はクロール習得中の11級って段階。
で、今日は市内にある4つのスイミングスクール合同の水泳の大会。
選手コースの人たちは半強制で50mにエントリーしている。
隆之介たちも今月になって出場手続き。
隆之介はバタフライ以外3種の25mとアトラクション、光太朗はアトラクションのみで。
お弁当持参でいつもとは違うプールへと出向く。
で、午前の競技は50m自由形、平泳ぎに続いて「ビート板タワー」。
スクール毎にチーム分けされたメンバーでアトラクションに挑む。
50m背泳ぎ、バタフライとあってまたアトラクション。
昼食後はいよいよ25m主体の競技展開となる。
真っ先に自由形。
学年毎に泳ぐ。
隆之介は0.20.2で取り合えず1位通過って感じ。
5年生のタイムには及ばなかったけど全体でも2位。
平泳ぎはいつもより遅くて全体で3位の0.28.4。
背泳ぎは一緒に泳いだ6年生より好成績の0.25.8で1位。
選手たちがみんな50mでエントリーしてるおかげなんだけどとりあえずよかったかな。
25mバタフライと100の個人メドレーの後アトラクションと宝捜しと抽選会で全てが終了。
競技には参加しなかった光太朗もアトラクションのチームプレイでは活躍したらしく楽しかったって。
TDLのチケットは当たらなかったけど。
で、子供たちが頑張ったからって終わってから義母からご褒美。
隆之介にはGBアドバンス、光太朗にはアドバンス用のマリオのソフト。
充実した1日に大満足だったみたい。
来年は光太朗も競技に参加できるかな。
隆之介には50mの壁が待ってるかなぁ。



2001年07月21日(土) ■
夏祭り

さて、3連休中日の今日もお仕事。
光太朗はお弁当持参で学童で1日を過ごす。
さすがに今日は登所した子供たちも少なかったらしく退所の5時には光太朗1人だったとか。
でも1日中義父母と家にいるよりはずっと有意義な過ごし方。
今後も独り帰りが多いようなら防犯ブザーを持たせなくちゃいけないなぁって思ったけど。
隆之介は日中をのんびり過ごし5時半からスイミング。
いつもは私の送迎だけど今日はスクールバスを利用して。
暑い夏だからプールは気持ちよかっただろうな。
で、夕刻。
八王子駅を降りるとあちこちの町会からお祭りのお囃子の響き。
ふ〜ん、そんな時期なんだなぁなんて思ってたら携帯に着信あり。
「おばあちゃんと町会のお祭りに行ってくるから。少し遅くなるかも」って隆之介。
ダッシュで帰宅して夕飯の準備って思ってたけどこれで手抜きもOK。
どうせ子供たちは焼き蕎麦とか夜店の商品で満足しちゃうんでしょうから。
買い物を済ませ1人ありあわせの物で怠惰な夕食。
帰る途中も山車を引く町会や盆踊りに興ずる町会に出くわす。
この辺って統一日程でお祭りをしてるのかしらって感じ。
で、しばらくしたら元気いっぱいな子供たちが帰宅。
フランクフルトやら焼き蕎麦なんか食べたらしく「ご飯はいらないよ」って予想通り。
くじ引きやら駄菓子やら楽しそうなお土産のお持ち帰り。
帰ってからも部屋を暗くして光る腕輪なんかで目いっぱい遊んでたもん。
で、隆之介から事情聴取。
毎年恒例町会の盆踊り。
隆之介ったらお友達のお父さんに出会って真面目に踊るように言われちゃったんだって。
夜店と雰囲気だけを味わうつもりだったのにおそまつくん音頭とか踊ったらしい。
櫓の上に上がったかどうかは未確認だけど。
でもさほど帰宅が遅くなったわけでもないからとりあえず良しとしよう。
帰宅後すぐに夏休みの課題の1行日記に記入。
こうして夏休み初日は淡々と過ぎちゃったわ。
光太朗ったら帰ってからもゴジラなんかに見入ってたけど夏休みだからって夜更かしは厳禁。
すかさず入浴させてさっさと就寝させました。
相変わらず寝苦しい夜だけど。。。



2001年07月20日(金) ■
海の日のこと

世間では夏休みに入って海の日の今日から3連休とか。
母である私が休日出勤の我が家には何ら関係のない話だけど。
行楽に出かける親子連れを横目に悲しいけど出勤する電車が空いていることだけが私には幸い。
今朝も段取りをメモして旦那に託して出勤した。
で、昨日の通知表騒動の余波。
今朝念のため旦那の主張通り「すみませんでした」って義母に謝ったものの
さらに難癖をつけてくる態度にまたもやカチン。
「昨日宿題を確認してた時に自分たちでしまったんじゃないの?」って
一方的に私たちの非を攻め立てるんだもの。
本当に隆之介も私も知らなかったことなのに。
「誰のせいにしたわけでもないでしょ」って売り言葉に買い言葉。
定石通り義母のご機嫌はどん底に陥ったわ。
旦那には期待通りにことが運ばなかったことを謝ったけど。
私の帰宅時に洗濯物は取り込まれてなかったもんなぁ。
で、当の通知表。
旦那も見終わったはずだから保管しておこうと所在確認。
すると旦那ったら「神棚にある」ってヌケヌケと。
前回まで義父母がしていたことを旦那がするなんて。
「どうして神棚なの?」って問いに「うちのしきたりだから」って旦那の答え。
「嫌なら我が家から出て行けば」だって。
なんで神棚なのよー!
猛ダッシュで神棚から奪取してくるよう子供に指示したけど解せない。
私だって昨日の紛失騒動で行動の所見欄もまだ詳しく見てないのに。
って主張したら「新学期開始直前にでも見たらいいんじゃない」だって。
それじゃ夏休み中の子供たちの指導が半端になっちゃうのに。
何の為の通知表なの?
旦那が見たら私の手元に返ってくることを期待していた私が愚か?
奪取してきた通知表は速攻でしまっちゃったけど。
それにしても我が家の神棚って妙な存在なんだよなぁ。
実家は仏教だったけど婚家は仏教じゃなくて神道なんだもの。
つまり我が家じゃ人が死ぬと神様になれるって仕組み。
5男である義父の手元には何一つ崇拝の対象があるわけでもないのに厄介な神棚の存在。
それでいて神仏混交の実家で榊やしめ縄を供えたりしてたのとはまた違う。
根底に宗教観の違いって大きな問題を抱えてるんだからたかが通知表ってわけにはいかない。
ご先祖様にお見せするって万が一義父がその対象になったら?
神棚にってしきたりとやらを何としても改善しなくっちゃ。
旦那の意識改革も難しそうだわ。



2001年07月19日(木) ■
通知表

1学期最終日。
恒例の通知表のお持ち帰りです。
我が家では子供たちの帰宅を待って義父母が先行して見ちゃうって悪例あり。
今日も心配して帰宅したけどどうやら今までとは違った気配。
子供たちに「通知表は?」って聞くとそれぞれランドセルから出てきたもん。
今までだったら義父母の後塵。
神棚から通知表をお供物のように下げてきたんだから今日からは一転。
父母が先に見るって本来あるべき姿に修正されたみたい。
隆之介たち4年生の通知表は「よくできる」「できる」「もう少し」の3段階の絶対評価。
適当に散らばってまあ平均的な通知表かな。
親の私としてはもうちょっと欲もあるけど仕方なし。
隆之介は自分の成績を自分で判断できる年齢だから来期の努力を自分ながらに誓ったんじゃないかな。
教科全体の相対評価があるわけでもないから何とも物足りない通知表。
光太朗たち2年生の通知表はさらに軟弱で「できる」と「もう少し」の2段階。
こんな通知表でどう判断すればいいのよーって聞きたいくらいなオールできる。
とにかく基準を満たしていれば全員だってできるが付いちゃうんだから。
で、ざっと目を通してから義父母の要望に従って通知表を手渡す。
私が台所仕事をしていたその時、見終わった義母が「ここに置くわよ」って。
その瞬間はちゃんと白い物体を目にしたのに
しばらくしてじっくり見ようとすると通知表がその場にない。
義母は「2階に持って上がったんじゃない?」って私を疑うけど触ってもいないんだからぁ。
さらに義母ったら「神棚に上げて嫌な顔された経験があるから」って。
義父までが「見せろって子供たちに言っても先に見せないしな」ってとことん私を追求する姿勢。
その場に置いてあった通知表がなくなったのは
義父がいつもみたいに神棚に置いたからって思ってたから私としてはさらに焦る。
そう言われたって通知表がなくなったのは私のせいじゃないのに。
で、子供たちにも「通知表知らない?」って聞き込み。
2人とも「2学期に持っていくのにないと困るよねー」
一瞬にして消えちゃったんだからまるでマジック。
あちこち探し回って結局隆之介のランドセルに納まってた。
夏休みの宿題を確認した時に一緒に仕舞い込んじゃったってのが真相らしい。
一部始終を知った旦那ったら義父母に謝っておけって。
私だって被害者じゃないのぉ。
とにかく見つかってよかったけど。



2001年07月18日(水) ■
待ち合わせ

今日は子供たちの剣道の稽古日。
4時から稽古の光太朗はいつものパターンで義母の送り迎え。
さっさと帰って義母の作った夕食を頂戴するってよくないパターンが続いてる。
食べずにいてほしいのは山々だけどなんともならないのが実態。
隆之介だけは母の気持ちを汲んでくれてるけど。
で、5時から稽古の隆之介は遠くから1人で帰宅。
危険防止のために稽古終了時間によって様々な合流方法で対処してるのが実態。
3年の基本組の頃はこんな物騒な事件もなかったから6時過ぎでも1人で帰宅させてたのに。
今じゃ7時過ぎて練習が終わるようなら車でお迎えに行くけどそれより早かったら駅合流。
少しでもこちらに向かって歩いてきてくれた方がロスタイムが少なくて済むから。
で、今夜は7時を回っても電話連絡なし。
心配になって駅到着後こちらから道場に電話を入れると練習が終わったばかり。
隆之介はお迎え希望だったけどちょっと考えて駅での合流を指示。
「買いたい物があるから駅まで来てね」って。
ダッシュで全館夏物オフ真っ最中の某百貨店に駆け込む
こういうチャンスを逃すと洋服購入だって遠のいちゃうからさ。
ってことで通勤着となるスーツをあれこれ物色。
紺色の定番を試着後1着お買い上げ。
2件目のコムサで次なる獲物を物色。
上着に袖を通してOKだったから試着室でスカートに挑戦って思ってたら
携帯電話に隆之介から「駅の売店の所にいるよ」
残念ながら2着目ゲットは断念。
一目散で隆之介の所に駆けつけましたわ。
喫茶店とか駅とかこれまでの待ち合わせのパターンの中でも今日は特筆すべきかも。
「こんな時じゃないと買い物できないんだもん」って言ったら
「僕と駅で待ち合わせしてて遅くなっちゃったことにすればいいんだね」ってすぐに事態掌握。
デパ地下でお惣菜を調達して仲良くお帰り。
で、帰宅。
3人分のおかずを買い込んで帰ったのに当然のように光太朗は夕食を済ませた状態。
さらに驚いたことにいつもは遅い旦那が今や遅しと食卓についていた。
でも旦那が待ち焦がれてたのは義母の作った冷やし中華。
私たちが買って帰ったお惣菜はやっぱり私と隆之介だけで食べるはめに。
とは言っても光太朗がサラダにだけは手を出したけどなんかすっきりしないって。
旦那ったらそんなに早く帰るんだったら電話1本よこせばよかったのにー。



2001年07月17日(火) ■
お迎え

昨日で給食も終わって夏休み目前。
学童通いの光太朗を抱える我が家はお弁当作りの毎日だ。
一方、学区内で刃物男が出現してから登下校は集団体制を保ったまま。
夏休みのプールにも諸注意が出されるほどで集団体制解除には程遠い。
集団下校は学年別コース別。
放課後を学童で過ごす子供たちは家族のお迎えを要することになっている。
4年生の隆之介は当然集団下校。
光太朗は剣道のお稽古がない日は5時まで学童だから義母のお迎え。
稽古日は集団下校ってその日の予定次第で。
そろそろお迎え担当義母も物分りのいい素振りに疲れてきたらしい。
「こんないいおばあちゃんはいないわよ」って自画自賛。
学童に通う子供たちの両親は基本的に共稼ぎだから祖父母のお迎えは普通なのに
この時とばかり存在感をアピールしより一層の感謝を求めたいらしい。
学童に提出した夏休みの予定表にも登所欄にお迎え予定まで記入しなくちゃいけなかったし。
義母のご機嫌を見ながらお迎え頼むこっちもいささか疲れ気味。
で、市のファミリーサポートさんにお迎えを頼んじゃおうかなぁって考えてた。
だって1時間700円の報酬さえ払えば気苦労なんか必要ないし。
1ヶ月の長丁場を平和に乗り切るには人様にお任せするのが妥当かなって。
でも旦那からは色よい返事はなし。
あくまでも私が義母のご機嫌伺いをするって構図を描いてるのかもしれない。
こりゃ大変だーって思ってたら本日舞い込んだ1通のお知らせ。
学童へのお迎えは保護者の負担を考慮して学校側と相談したって。
刃物男出現前と同じで5時か5時45分の集団下校。
あぁこれですっきりー。
でも義母は「おばあちゃんはその時間お散歩かも。鍵っ子になっちゃうねぇ」
子供たちにささやかな抵抗。
そんなにまでして自分の存在を誇示したい?
光太朗は「今までどうもありがとう」って丁寧に御礼してたけど。
で、明日は剣道の稽古日。
2人揃って集団下校しちゃうと一緒に家にいて騒がしくなっちゃうし
光太朗だけでも学童で昼食をとって帰宅すればーって思ってたのに
「炎天下お迎えに行くのは嫌だから」ってあえなく却下。
学童の保育料だってかかってるのに明日は義母の都合でお休みだってさ。
で、学童があろうとなかろうと子供たちのお弁当を作っておくことだけは変わらず。
出来合いの昼食オンリーの義父母と行動を共にさせるわけにはいきませんから。



2001年07月16日(月) ■
毒気

それはお仕事での出来事。
みんなと同じように書面に記入してもらおうと提示した
用紙と鉛筆を大きく振り払われて見事に鉛筆は数mのダイブ。
私ともう1人のおばさんはあっ気に取られちゃったわ。
何せ飛んでった鉛筆が顔にでも当たったら大変なことになっちゃうんだから。
敵は60過ぎのでっぷりしたおばさん。
何が気に触ったかは知らないけれどとにかく凄い剣幕で。
「暇そうにしてるんだからやってくれたっていいじゃない」って。
誰にでも同様の処置をしてるのにこんな怒られちゃったのは初めて。
それはそれは鬼のような形相。
彼女が意気込んで去っていくのを私たちは呆然と見送りつつ憤慨。
何であんなことされなくちゃいけないの?
私たちが何か間違った対応したかしら?って。
で、しばらくして戻った上司の元に一本の電話。
当然さっきのおばさん。
って言っても同じ職場の大先輩なんだけど。
案の定上司の元には私たちの不始末を訴える内容の電話。
一通り電話で話しを聞いたうえで「よく言っておくから」って電話を切ったけど。
で、今度は私たちから「何で謝るんですか」って事の真相を伝える。
一方的に先方の言い分だけ聞いて私たちが悪かったことになるって許せないから。
と、双方の話しを聞いた上司が「そんなことだろうと思ったけどあぁ言わなかったら事が収まらない」って。
で、「知ってるかい?」って言いながらこんな話をしてくれた。
人間の息を零下260℃くらいで何らかの作用を加えると喜怒哀楽で違った色が採取されるんだって。
怒ってる時は茶色、嬉しい時はピンク、悲しい時は灰色、ブルーって。
どこか異国でそんな実験もされてるらしい。
「毒気に当てられるって言うだろ?」
しかも怒りの感情にはモルヒネの何十倍の毒を含んでるって話も。
ってことはさっきすごい剣幕で去っていったおばさんったら猛毒の塊だったんだわ。
上司に言いつける電話だってワナワナと振るえた様子が伝わってきたっていうし。
それにしても瞬間湯沸し器みたいにかっとなって分別のないおばさんだわ。
まるで我が家の誰かさんみたい。
年を取ると見境なくなっちゃうのかなぁ。
そんな反面教師を見習わないようにしなくっちゃね。
自分も毒性の魔物にだけはなりたくないわーって自戒。



2001年07月15日(日) ■
鰻

仕事を終え帰宅すると我が家はちょうど夕食団欒中。
私宛に来たお中元の霞ヶ浦産天然うなぎを食してる最中だった。
旦那が白焼きを蒸して美味しく味付けしてうな丼にしてくれたらしい。
折り詰めされた中には5匹の白焼きに加えて
肝や頭も入っていたからちゃんと肝吸いまで用意して。
で、いつもは夕食も別のはずの義父までがうな丼を食している姿にちょっとムカっ。
出されたから食べてるんだろうけど所有者はあくまでも私なのに当然礼もなし。
うなぎ嫌いの義母は1人だけ別メニューを食べ終わって散歩まで済ませたらしい。
で、旦那が一足先に食べ終わって席を立つ。
私も食べ終わって丼やらの食器洗い。
次なる作業の段取りも自分の中で決まってるからとりあえず2人分だけ洗って。
子供たちと義父の分はみんなが終わってからまとめてって決めていた。
アイロンをかけながら子供たちの進行状態をチェックして。
と、義父母が義父の食器が取り残されてることに気がついて
義母「こんなこともやってないわ」
義父「おまえがそう言うつもりなら」
一瞬にして私は悪者扱い。
子供たちだって自分たちの食器は自分で洗うんだから義父だって自分で洗えばいいのに。
心の中では誰のうなぎを食べたと思ってるんだよーって。
さらに義父母はエスカレートして「ああでもない」「こうでもない」って
私の悪口大会みたいになっちゃって。
「だからー」って言い訳しても聞く耳持たない2人だから馬鹿らしくて無抵抗。
一方的にそうだって決め込まないでほしいもんだわ。
大体義父におまえ呼ばわりされるなんて心外。
子供たちが洗った後始末をしながらって思ってたのにさ。
次なるトイレ掃除って作業も立てこんでたからすぐにその場から退散したけど後味悪ゥ。
トイレ掃除を済ませて旦那に抗議したけど通じなかったし。
「やらなかったからだろ」「なんで親父がうなぎ食べちゃいけないの?」って。
そもそも夕食が別って原因を作ったのは自分なのに旦那ったら他人事みたいなんだから。
「だから別居」って訴えたけど「だったら出て行けば」ってあっさり。
やっぱり旦那にとって1番の家族ってのは義父母なのねー。
トイレ掃除をクリアした私が子供の水泳帽にラインを縫い付けてる間も暇そうにしてただけ。
目まぐるしくお仕事を済ませてさらには子供の宿題を見て。
疲れた体に鞭打って義父母の面倒じゃこっちが先に参っちゃうわ。



2001年07月14日(土) ■
合同練習

夏休み目前の第2土曜日。
朝から隆之介は多忙を極める。
お隣の立川警察署との剣道の合同練習。
それが終わってからカブスカウトの夏の仮舎営でテントにお泊り。
とにかく大忙しの1日だ。
去年の4月から少年剣士予備軍になった隆之介にとっちゃ始めての対外交流。
9時15分に八王子署前を出発して10時頃には立川署での練習開始。
24日に武道館で行われる少年練成大会を目指しての合同練習だから試合形式。
もちろん本番は選ばれた7人が異学年混成団体戦を戦うことになるけど
今日は参加した全員にチャンス。
道場に到着すると立川署の面々は防具着用済。
隆之介たちも立川署の剣士たちが練習するのを横目に急いで防具を付けて。
で、先生に真っ先に名前を呼ばれて「ここに座れ」って指示を受けた隆之介。
他のメンバーも次々に指定された位置に座る。
初めての隆之介には何のことか分からなかったけど団体戦形式で戦うんだから
つまりは切り込み隊長の先鋒ってこと。
元気のいい隆之介を突破口にって先生は考えたらしい。
双方とも名前を呼ばれていざ勝負。
でも2人とも初体験で心の準備ができてなかったのか元気のない挨拶はやり直しを命ぜられたって。
やり直し後は気合十分互角の戦い。
相手は女の子だったけど負けもしなかったけど勝てもしなかったって。
とりあえず自分の出番が終わってホッとしたらしいけど。
全体成績は7勝7敗3分で全く互角。
練成大会の当日選手は学年指定で4年生以下は2人って言ってたような。
選手に選ばれるかどうかはますます微妙。
でも都民であることって凄い特典だよね。
武道の聖地武道館で試合ができるかもしれないんだから。
とにかく頑張ってもらいたいなっ。
で、八王子署到着後は一旦帰宅してシャワーを浴びる隆之介。
2時に集合がかかってたカブ隊の舎営へと急ぐ。
お疲れのダブルヘッダー。
遅れていったからテント準備は整って夕食準備突入って段階。
隆之介は鍋でご飯を炊く係りに任ぜられたって。
お米を研いで水加減して火の加減を見て美味しいご飯が炊けたそうな。
夜になってもなかなか気温が下がらないけどこんな中でもテント生活。
それでも心から楽しい言えるんだから素敵だよね。
一方の光太朗は午後からスイミングがあるのみ。
「僕も早く防具を付けたい」って思いは募る一方で。
で、私が休日出勤だったから今日の引率したのは全て旦那でしたわ。



2001年07月13日(金) ■
かき氷

13日の金曜日。
子供たちは剣道の稽古日。
通常4時からの光太朗たち基本組が1時間繰り下がって5時から。
5時からの隆之介たち防具組も6時から。
光太朗は最近じゃ義母と一緒に行って一足早く帰宅するってパターン。
隆之介との合流が私の勤め。
で、今夜は中央線の車両故障とかで駅到着が7時45分頃になっちゃったの。
大丈夫かななんて思いながらも車中の人。
でも幸いその時間まで隆之介からのお迎え依頼コールはなし。
急いで自宅に向かう。
途中電話で段取りをつけて光太朗を同行させ道場へのお迎え。
8時過ぎても隆之介からの電話なし。
痺れを切らしてこちらから問い合わせ。
終わって間もなかったらしい。
駐車場が満車だったから光太朗を伝令に走らせ私は警察署前でおもむろに路上停車。
急いで隆之介たちが出てきたからよかったけど。
さて「何食べようか?」って相談。
光太朗が「おばあちゃんにおにぎり買ってもらって食べた」「あんまりお腹空いてないな」
それでも子供たちの好きなお好み焼に決定。
子供たちはショーケースを入念にチェックしていざ注文。
お腹が空いてないはずの光太朗も目が食べたかったらしくって。
大人1&子供2なのにいっぱい注文。
3種ミックス玉の大盛、ご飯と味噌汁とサラダがついたヤキソバ定食、
何とか言うお得なセットとドリンクバイキング。
そのセットメニューってマジ盛りだくさん。
ハーフオムソバ+自分の好きな具が選択できるハーフお好み焼き
+ドリンクバイキング+サラダ+コーヒーゼリーでしめて1260円。
私と隆之介で分け合ってって算段。
光太朗は独自の路線でヤキソバセットを黙々と。
だけどやっぱり義母に与えられたおにぎりの影響大。
途中で「僕食べられない」ってリタイヤ。
お残し。
で、1人でトイレに行ったりうろちょろ。
再度店頭のショーケースに釘付けになっちゃった。
お腹が一杯なのに「かき氷が食べたい!」って。
2人で1個を分け合えばって提案にも聞く耳持たず。
隆之介はイチゴ、光太朗はブルーハワイ。
でも本当に美味しく感じたのは始めの何口かだけみたい。
光太朗ったら結局食べきれなくてこれまたリタイヤ。
これ以上食べたら吐きそうって素振りさえ。
そんなになるまで食べるなー。
夕食前に食べたおにぎりが災いしてることは言うまでもありません。
連日の暑さでかき氷が食べたくなるのは分かるけど。



2001年07月12日(木) ■
日帰り出張

重要な任務を負っての日帰り出張。
それもなんと火の国熊本まで。
今朝の時点で九州地方は梅雨末期の大雨。
熊本行きの飛行機は天候調整で飛ぶかどうかさえも危ぶまれてた状態。
11時の便には間に合わないから13時25分の飛行機を予約。
空港に着くと真っ先にカウンターで熊本便が順調に飛んでることを確認。
チェックインして窓際の席をキープ。
搭乗案内があって乗り込むと27Hの席は右翼の上で景色を楽しめる場所ではない。
しばらく間があって離陸。
で、九州が近づくにつれてシートベルト着用サインが点きっぱなし。
フワンと大小様々な小気味よい揺れ。
連続してジェットコースターに乗ってるみたい。
機長から「活発な梅雨前線の雲が・・・」って説明で
スチュワーデスさんも着陸まで着席しっぱなしだったからかなりの揺れ体験。
私には楽しい1時間半の空の旅。
15時10分頃空港に着くとダッシュで市内行きのバスに乗り込み目的地まっしぐら。
無事任務を果たすと熱いお茶一杯飲んだだけで空港に引き返す。
来た時と同じようにバスに乗って空港にとんぼ返り。
カウンターに行って予約の便より1便早い便に変更手続き。
当初は現地でどの程度時間がかかるか分からなかったから余裕のある便を予約してたから。
18時20分のフライトだと羽田着が19時55分、
帰宅は何時になるのかって心配だったから少しでも早い便に乗れてラッキー。
それでも17時35分発で19時10分着。
せっかく熊本まで飛んだのに滞在時間は2時間あまり。
自由時間は全くなし。
帰りの飛行機を待つ間空港でお土産の物色。
航空運賃をかけて熊本まで買出しに出かけたみたい。
職場へのお土産の他に自宅用にお土産諸々。
帰りも窓際の10H。
今度の席は翼より前だから見晴らし良好。
下に流れる雲を楽しんだりライトアップされた首都圏の美しさを満喫したり。
超ハードな日帰り出張だったことは言うまでもありませんけど。

帰宅すると10時近く。
で、いつものようにお風呂場チェックも抜かりなし。
10日にお風呂に入った気配があったからまさかとは思ったけど。
ギトギト感のある洗面器、専用タオルかけに干された濡れタオル。
紛れもなく正真正銘Gの入浴サイン。
フェーン現象で最高気温って言ってたから我が家にもその余波?
10日のサインが偽だったとは思いたくもないけど。
この調子で入浴記録を更新してくれるといいのになぁ。



2001年07月11日(水) ■
石頭

このところ自席を離れて別の部署で過ごすことが多かったりしてる。
だからいつもみたいにネット三昧って訳にもいかず寂しい毎日。
お仕事だからって割り切れば遊びの部分に関しては問題はないんだけど
PCが手元にないってことは仕事関係の必要書類もお昼のメニューも自席に帰らないと見られないってこと。
やっぱりこうなると不便だ。
で、今居候してる部署の先輩に「PC持って来ていいですか?」って提案。
年配男女石頭2人。
もちろん回線上何ら問題もないことを確かめた上での提案だったのに
あーでもないこーでもないって面倒がってあれこれ難癖つけて呆気なく却下。
ってつまりはPCが移動できるってことがわかってないだけかもしれないけどさ。
もちろんコンピュータ担当の部署に確認すれば移動可って許諾は下りそうだけど
なんかこれ以上物申すのが面倒になっちゃったんだもん。
無駄な抵抗はしないで自席に戻ったら淡々とPCに向かえばいいやって。
で、この石頭男に「グリーティングカードって何?どうすればいいの?」って質問された。
自分のPCにメール着信を知らせる音が鳴ってすぐのこと。
「〜さんからグリーティングカードをお預かりしています」って
お手紙を受け取って対処に困ってたらしい。
職場にPCが導入されて2年近く。
まだこんな人種が存在してたんだぁ。
指定された個所を開くと上司から「お誕生日おめでとう」のメッセージ。
この上司からは私もお祝いメルを頂戴したことがあるんだけど
職場で横一線に始めたPC習熟度にもかなりの開きがあるってこと。
「返事出さなくちゃ」って私の提案にも耳を貸さなかった石頭。
後で出会った時に頭を下げて御礼してたけど面白みも何もないよなぁ。
そういえば我が家のPCバイオくん。
説明書を貸してってやる気十分だった義父はどうしたのかしら?
名称を覚える段階以降の進捗状況が聞こえてこないってことはすでに諦めモードに入ってる?
また何か問い掛けるとやぶ蛇になっちゃうから知らん振りが1番だけど。
それにしても家庭でのPC普及も著しい昨今なのに我が家周辺は遅れてるのが実態らしい。
保護者会費で初心者のPC教室って話が出てるほど。
学校のPC教室で行うことで話は進んでるけど予習復習の可能性もあり?
我が家にバイオくんが存在してることは内緒にしておかなくちゃ。



2001年07月10日(火) ■
放映

純ちゃんグッズに新製品登場。
公募で決まった「シシロー」くんをデザインしたあれこれ。
ライオンの着ぐるみに包まれた純ちゃんが優しそうににっこりと微笑んでる。
職場の後輩から「新製品買いに行きましょうよー」って電話を受け
仕事の合間をぬって買い物客の列に加わったのは午前のこと。
で、連日報道陣やら買い物客でごった返す売り場。
新製品発売日とあって当然のようにカメラが待ち構えていたんだよね。
今日発売されたのはシシローくんのタオルとウチワとシール。
私がタオルを広げて見てから購入するシーンを捉えていたのは確か。
でも本当に放映されるとは考えてなかったのも事実。
それがどうしてどうして。
お昼前に出入りの銀行員さんに「TVに映ってましたねー。」
どうやら11時半からの民放のニュースで流されたらしい。
それも銀行マンの言うには完全に私って判明できる映像らしい。
同様に午後も職場の先輩に「TV見たわよ。」
お仕事抜け出して買いに行った反響がこれまでとは。
で、ちょっぴり残業しながら職場で夕方のニュースを見ていた時のこと。
選挙を目前に控えて各党のキャラグッズを報道してた。
純ちゃんグッズ新製品って段になって放映された私の姿。
あれじゃ知ってる人には分かっちゃうなぁ。
どこのチャンネルかは内緒だけどグレーのスーツで登場してるのは間違いなしに私です。
午前午後のニュースで同じ映像が流れたことからも分かる通り
この種の映像って何度も手持ちのテープを流すことが多々あるんだよねー。
残念ながら我が家で見ていたニュースでは発見に至らなかったらしいけど
今後まだまだ再登場もあり得るかも。
ってことで目を凝らして報道に見入ってるとさめちゃんを見られるかもしれなくてよん。

帰宅すると子供たちは義母と入浴を済ませた様子。
子供たちの在宅時間内での義父の入浴は確認できなかった模様。
でもいつものG専用タオルはかすかに濡れた状態。
くつろぐGのお肌はテカテカ。
これは間違いなくお風呂に入った証だわ。
で、子供たちが「今日はおばあちゃんがお風呂掃除してくれたから綺麗なお風呂」って言ってた通り
湯船も洗面器もギトギトしてる様子はない。
とにかく入浴したことは間違いなさそうだけど。
それにしてもこの猛暑なのに10日ぶり?
私が10日間の入浴サインを見落としちゃったってことはないよね。



2001年07月09日(月) ■
夜更けの番組

連日の暑さにもかかわらず一向に義父の入浴気配はなし。
湯船が満たされることも洗面器やお風呂マットが使いっぱなしにされることも
ましてや濡れたタオルが見受けられることもなし。
昼間義母が密かに下着の洗濯をしていたら私は見ることはかなわないけど。
とにかく入浴クイズ開始以来お風呂場の検証だけでは今のところ結果は得られず。
30℃を超す気温の毎日でも冷房の効いた部屋にいるだけだからこんなもん?
とにかくこの夏の光熱費は義父母のために支払ってると言っても過言ではないかもしれない。
旦那も私も不在の日中のことだけどメーターが回り続ける実態はあまりにも悲しい。
で、義父母の無駄を追求したくてもできない私の援軍とも言うべきTV番組が放送されていた。
義母はすでにお布団、宵っ張りの義父が暇つぶしに見てたのがそれ。
「現状を当然と感じて勿体無いと言う感覚もなくなってきてる・・・云々」って声に耳を傾ける。
「炊飯器に6時間以上保温しておくなら電子レンジを使った方が、沸騰ポットについても・・・」って
ご丁寧にグラフを用いて淡々と省エネを訴え続ける番組。
つい「お父さんたちの生活のことですね」って口をついて本音が出ちゃった。
義父ったらご飯の保温のことについては「お義母さんに教えてやってくれ」
自分が早起きして必要ない時間帯にポットの電源を入れちゃうことについては
「すぐにお茶が飲みたくても沸くのに30分かかるから」って。
炊飯器の保温についてはこの番組で言われる以前から様々な紹介がされてるから
本人がやる気があればもうとっくにそうしてるでしょうに。
義母に教えてもトラブルの原因になるだけだろう。
義父母の怠惰な無駄エネ生活に怒り心頭の私は
「お茶だってやかんで沸かして電気のないポットで十分なんですから」って。
TVの番組中でも述べてたけど現代人が当然と感じてることこそに
無駄が多いって義父母は分からないのかなぁ。
あまりにも馬鹿馬鹿しくてさっさと退散したけど当然のように退出したリビングは冷房中。
こいつらの為に光熱費を支払ってるんだって思うとますます馬鹿らしくなっちゃう。
暇な1日ずっとTVやラジオはかけっぱなし。
座椅子で寝転びながら寝てるか起きてるか定かじゃない状態なのに。
寝てると思ってスイッチを消すと激怒ってやってられないよなぁ。
どうせ無駄遣いするなら連日の入浴にしてほしいわ。



2001年07月08日(日) ■
放棄

このところ続く休日出勤。
今日ももちろんご出勤。
旦那に本日の段取りを伝えて抜かりのないようにお願いして。
で、依頼した本日午前中の予定は盛りだくさん。
9時から塾の公開模試に出かける隆之介の送り。
その足でスーパーに直行。
朝市で牛乳とか冷凍食品4割引とか日曜の午前中ならでは特典を満喫してもらう。
買い物を置きに一瞬だけ家に戻ると10時からのスイミングに光太朗を送るってな按配。
1時間スイミングで時間調整の後はゆったりした予定だけど。
珍しく義母の助けを借りずに全て旦那1人でこなしたらしい。
ようやく旦那も独り立ちしてくれる気になったのかな。
隆之介が塾のテストから帰宅してしばらく休息を取ると今度は私以外の5人で外食。
昼食ぐらい適当に作って食べればいいのに。
休日出勤続きの私がみんなを慰労するために夕食をご馳走するからって
出勤前に旦那に伝えてあったんだから。
5人で出かけたのは某ステーキファミレス。
サラダバーなんかもあってそれはそれは目いっぱい食べたらしい。
とにかく夕食時になってもあまりお腹が減らなかったって言うんだから。
で、仕事が終わって当初の予定通り駅でみんなと待ち合わせ。
私より若干遅れて到着した車を覗くと義父がいない。
あれほどみんなでって言っておいたのに。
「お義父さんは?」って聞くと「お腹がいっぱいだから来ないって」って答え。
この5人のメンバーじゃ先週の日曜と変わらないんだってばぁ。
何のためにわざわざみんなでって念を押したかわからないって。
先週の日曜はアウトレットついでに美味しい焼肉を5人で堪能したけど
その時に同席しなかった義父を考えて誘ったんだもん。
もちろんその思いをボソッと口にして。
今朝ほど確認して行ったにもかかわらず私以外の4人は腹ぺことは言えない状態。
旦那が選択したのはお蕎麦やさん。
時々行くそこは満席に近いほどの商売繁盛。
もっと高くて美味しい物をご馳走するつもりだったのになぁ。
で、義母にはちょっとした鼻薬。
残業やら休日出勤でご機嫌を損ねる前にお年玉みたいなポチ袋を手渡す。
「だから今夜誘ったんですけどお義父さんは来なかったから。放棄したってことでお義母さんだけ」って。
義母は一瞬にして上機嫌。
帰宅後「お義父さんも行けばよかったのに」って義父に伝えてましたわ。
この鼻薬の威力はいつまで持続するでしょうか。



2001年07月07日(土) ■
七夕の日

今日は学校のある土曜日。
珍しく晴れた七夕。
木曜日の七夕集会で用いた願い事の短冊やら笹飾りを自宅に持ち帰った光太朗。
なんと「ゲームのコードを返してもらえますように」ってな内容の願い事。
あまりにもゲームに熱中して他のことに手がつかないからって
私が没収しちゃったのは事実だけど普通は七夕の願い事に書くかなぁ。
光太朗の願いがお星様に届くかどうかは甚だ疑問ですけど。

母は相変わらず休日出勤。
光太朗は珍しくお弁当を持って学童で放課後を過ごす。
5時のお迎えはバッジを着用した義母のお仕事。
で、隆之介は午後からスイミング。
毎週土曜日のスクール日は私が車で送迎、火曜日のスクールはバス利用の隆之介だけど
今日はバスの申し込みをしていない。
旦那も私も出かけてて足がない。
ってことで隆之介は1人自転車で遠出。
土曜日スイミングの光太朗も一緒に出かけることができればいいのに
学校の決まりで3年生の自転車教室を終了しないと父兄の同伴が必要ってことになってるから。
市役所傍のプールまで車でもかなりの時間がかかるのに自転車で。
猛暑だから帽子着用、飲み物持参。
でもさすが隆之介。
自分なりに分かりやすくて安全な道を通っていったらしい。
油断した頃に事故が起こりやすいって言うから今が一番危険かもしれないけど
とにかく本日の所は無事に行って帰ったわ。
夏休みに入ってすぐの22日に行われる市内学童スイミングフェスティバルの申し込みも完了。
隆之介は3泳法の25mでエントリー、光太朗はアトラクションのみでエントリー。

仕事を終えて帰宅。
自宅近くになって電話で打ち合わせを済ませ隆之介と光太朗と車で合流。
半年分の駐車場代の支払いに出向く。
転居ってことになれば駐車場を借りる必要もなくなるのになぁ。
支払いを待ってる間、子供たちは「猛犬危険」とは名ばかりの可愛い犬と遊んでたわ。
半年分のお支払い。
で、地主さんったら「○○さんって何してるの?」って不信人物チェック。
車7台で満杯となってる駐車場の左奥を借りてる奥さんが「もう1台」って言ってるらしい。
ご主人は単身赴任で1台しか必要ないはずなのに。
地主さんも不思議そうに顔を傾げてたけどマジ理解不能。
ここ数年借り手に動きがないのを知ってて依頼してるんだろうし。
駐車場代金を支払ってからは母子3人ファミレスの人となりましたわ。



2001年07月06日(金) ■
保護者会その2

連日の熱帯夜。
いつものように朝の準備をしようと1階に下りると冷房はガンガン。
それに加えて電気ポットが沸騰を終えたメロディ。
当然義父母の何れかの仕業に違いない。
恐らく明け方トイレに起きた義父が犯人だけど。
すかさず冷房のスイッチオフ、ポットと繋がってる省エネコンセントのスイッチもオフにする。
5時頃からお湯を沸かしたって実際にお茶を飲むのは8時近いんだろうから
そのまま保温だなんて待機電力の無駄以外の何物でもないし。
本来やかんで沸騰させたお湯を電気を用いないポットに保管して置く方がお茶には適してるのになぁ。
生産性のない義父母の無駄遣いが無意識にここまで進んでるって危険だわ。
義父母の生活時間帯に電源を入れてることそのものが勿体無いことなのに
生活してない時間帯にお湯を沸かしちゃうんじゃなー。
義父のお目覚めの頃合を見計らってポットの電源を再びオン。
義父母との光熱費攻防は永遠に続くのかなぁ。

さて、午後から長男の保護者会。
全体会が行われることなく冒頭から教室で。
どの学年でも同じように1学期全体の生活や学習のまとめのお話。
で、先生の話の最中教室全体を見回して目を引いたのが黒板横のホワイトボード。
今日の保護者会のために先生が特別に記入したと推測される宿題や提出物の忘れ物者のリスト。
不本意ながら隆之介の名前もキラリ。
40分勉強や音読と言った毎日のノルマに加えて
授業中に提出し切れなかった習字や作文と言った項目もあったんだけど
隆之介の名がその作文って項目に明記されてたから。
しかも見事なことに「遠足」と「運動会」の両項目。
それぞれ3人ほどしか該当者がいないうちのワースト3入り。
4月下旬と5月下旬の学校行事の作文が未提出だなんてー。
いまさら鮮明な記憶が蘇るはずもないのに。
どうせならもっと早く未提出をお知らせしてほしかったわ。
担任は人権に配慮して書き出しも今日限りって言ってたけど。
そう言えば行事直後にはランドセルの中に原稿用紙が入ってたんだっけ。
「書かなくていいの?」って何度も聞いたのにこの結果とは情けない。
授業をサボってるって見え見えだよねぇ。
早速作文を仕上げろって言いたいところだけどまずは記憶の底から蘇らせなくちゃ。
いつになったら提出できるのかしら。
低学年じゃないけどまだまだ親の関与が必要なのかなぁ。



2001年07月05日(木) ■
保護者会その1

1学期終了の合図とも言える学期末恒例の保護者会。
午後半休してダッシュで2時半からの会に急ぐ。
日頃冷房三昧で昼間の外気に慣れてないから灼熱地獄は応えること。
太陽が眩しい。
体温ほどに上昇した気温が皮膚呼吸さえ苦しめてるって感じだし。
駅から程近い学校がやけに遠く感じた瞬間。
学校に着くと子供たちが事件余波の集団下校真っ最中。
2年の保護者会全体会の行われる図書室へ向かう。
当然冷房とは無縁の学校。
窓を開け放しても暑苦しさが漂ってくるだけ。
お扇子とお茶のペットボトルを持参した私の作戦勝ちって感じかな。
保護者会は全体会も学級懇談も淡々と。
特筆すべきは今日のプールのことぐらい。
暑いからプールが唯一の憩いの時間って感じなのに水温30℃、
プールサイドの気温に至っては40℃だって言うんだもの。
別の学校でプールサイドで腕立て伏せをさせて火傷しちゃったって報道があったけど
まさに暑さの中の難行苦行って感じだよ。
新設校だと紫外線に考慮して屋根があったりするらしいけど
創立90年になろうとする由緒正しい学校だからねー。
夏休み中も20回のプールが予定されてるらしいけど
事件の余波で集団登校だって言うし楽しく無邪気にプールに通うってのとは程遠いかな。
終了後学童で遊んでいた光太朗と一緒に帰宅。
生活科で栽培してたミニトマトの鉢を抱えて。
熟したトマトも私に見せたくて収穫してなかったから早速その場でもぎ取るよう促すと
光太朗ったら校庭の水道で洗うとそのまま口にポコン。
「甘くって美味しい」
鉢の両端の持ち手を片方ずつ担当して2人仲良く帰宅となりました。
帰宅後床屋さんに急ぐと子供たちを夏向き頭に散髪。
ちょうど塾終了時刻を狙って隆之介と合流って段取りをつけたのに
お散歩義母が隆之介を待ち伏せしてて別のお店で時間を費やしてたって。
ほんの少し計算してたのとは誤差が出ちゃったけどとにかく2人とも綺麗さっぱり。
で、帰宅後お風呂場を覗くと今朝汲み置きしたお湯が温かい。
夕べもお湯になってて誰かと思えば義父の仕業だったんだもん。
昨日もみんな焦って入浴したのに結局義父は入浴しなかったけど今日も同様?
隆之介が「おじいちゃん入ったの?」って聞いたけど答えはNO。
心の中ではお風呂に入らなくちゃいけないって自戒があるのかなぁ。
何にしてもG入浴警報報発令中だから目が離せない一両日です。



2001年07月04日(水) ■
ドライブ

退勤時刻間際に旦那からの電話で珍しく一緒に帰宅。
1時間余りのドライブ。
いつもだったら車中の会話は子供のことが中心なんだけど今日の主たる会話は新居についての相談。
彼 「不動産屋さんとの進展は?」
私 「特になし。本当に2世帯なの?説得するの?」
彼 「大丈夫だろ。五分五分かな」
私 「引っ越さないって言われたら?」
彼 「今まで通り」
ってことはこの機を逃すと現状維持ってこと?
私 「別居できると思ってたのにー」
あくまでも旦那は義父母を帯同してのお引越しを望んでるみたい。
で、角度を変えての質問。
私 「誰名義で購入するわけ?」
彼 「2人で共有」
転職してる旦那は社会的な信用に欠けてるから大きな借金なんかできっこない。
つまりは私が借金を背負うって構図のはずなのに。
お金は出すけど口は出せないってこと?
私 「どういう家を考えてるの?」
彼 「1階が親父たちで2・3階が俺たち。大きなお風呂を作って共有」
彼 「みんなに希望を聞かなくちゃいけないけどな」
彼 「いい大工とかいないかなぁ」
私 「実家は親戚筋の在来工法。柱も吟味してるし瓦が乗ってからも時間を置いたんだよ。
  外壁だって素材を考えて作ってるから修繕の必要もないよ」
メーカー任せの現在の住居を暗に否定してるかもしれないけど。
それにしても冗談じゃないわっ。
お風呂や台所といった生活の全てを別にしてもらわなくちゃ意味がないのに。
義父母の気持ち優先で私たち母子の煮詰まった気持ちなんかお構いなし。
私 「子供たちが『おじいちゃんが何十年も働いて作った家』って言われて
  肩身の狭い思いをしてるんだよ」
旦那がこのまま同居を望むなら私たち母子だけで別居しちゃうからって心の中で叫ぶ。
もちろん旦那には伝わらなかったんだろうけど。
で、やっぱりネックは金銭的なこと。
狙ってる4*00万円の土地に家を乗せて周辺を整えたら総額でどれくらいになっちゃうんだろう。
だったら一回り小さな土地に親子4人で小ぢんまりと暮らせばいいのにさ。
旦那ったら夢と現実が乖離してることに気がついてくれないのかなぁ。
ってな具合で気まずい雰囲気を味わうことなく淡々とドライブ終了。
帰宅後は珍しく4人で食卓を囲むこととなりました。
それにしても旦那ったらどんなタイミングで義父母に相談を投げかけるつもりなんだろう?
新居の実現には幾多の紆余曲折が待ち構えているようですわ。



2001年07月03日(火) ■
やっぱり

停滞中の不動産探し。
幹線道路に面した60坪4*00万円って物件は一応希望金額提示まで進んではいるものの
週末も休日出勤が重なってB不動産やさんとその後の打ち合わせができずに滞った状態。
一方のA不動産やさん紹介の路地に入った48坪はアパートが乗ってる状態。
値段的にはこちらに軍配が上がるけど広さの面では60坪が優位に立ってるって感じかな。
今日もB不動産やさんにその物件に動きのないことを電話で確認。
「商売人だったら購入するかもしれないけど普通の邸宅としては滅多に購入しないんじゃないか」って。
土地に見合った上物も必要になるんだからなおさら。
「それだけの財力は普通ありませんから」って。
先方に待ってもらってるわけでもないのに物件に買い手がつかないって
やっぱり金額的なことが大きい要因らしい。
となると500万円ほど差し値した購入希望額を提示したのは失敗だったかな。
もっと大幅にダウンさせることも可能だったかもしれないのに。
で、今更って感じだけど両物件を地図で再確認。
位置とか利便性を考えるとどっちも同じかなぁとか地図を辿ってた。
記入された地価にも目を通して。
と、4*00万円って物件の坪単価に誤りを発見。
不動産やさんがマーカーで示してくれた個所とは交差点1つずれがあったから。
坪単価で5万円違うってことはもっと差し値してもよかったってことじゃん。
しかも「都市計画道路にはかかりませんね」って確認してたのに僅かながら道路にかかってる。
あの担当者の目は節穴だったってことかしら。
とりあえず交渉が止まってる段階だからいいようなものの安心できる気分じゃないわ。
しかも今日になってついに旦那から明かされた新居構想。
「1階は親父たち、2・3階は俺たちで」「そうしないと負債が大きすぎる」って。
玄関を別にして完全分離の2世帯をって願い出たけど聞き入れてもらえるかどうか。
別居が無理なら完全分離じゃなければ意味がないもん。
どう足掻いてもこの親子関係から逃れられないって分かってても
こうして旦那から実際に提案されるとやっぱりショックだわ。
でも買い替えって不動産やさんには伝えてないんだよ。
今住んでる家が簡単に売れると思ってるのかなぁ。
旦那ったら自分が買うのはより安くって思ってるくせに売るのはより高くって思ってるし。
まだまだ新居へのゴールは見えませんわ。



2001年07月02日(月) ■
予知不能

いつものように出勤前の洗濯干し。
夕べ洗濯機を回した義母が自分たちの洗濯物だけ取り除いて私が干す分だけ籠に残しておいてた。
いつもなら私が満タンにして洗うのに。
8�鼠僂覆里傍訴譴辰燭蘊�ない量でも電源オン。
いくら洗濯日和だからってそんなにマメに洗わなくてもいいのに。
自分のペースで洗濯機を回したいよぉ。
4人だけの洗濯物だったら朝1回のまとめ洗いで十分のはずなのに。
同様に年寄り2人分だったら毎日何度も洗う必要なんかないのに。
おかげで旦那の口座から落ちる毎月の電気代も水道代も悲しい限り。
夏のボーナス払いってことにして3月に洗濯機とエアコンを購入してるけど
私のカードで支払って義母からは一銭もいただいてないのに。
本当に義母ったら夜洗って朝洗って1日に何度洗ったら気がすむんだろう。
義母の金銭感覚にはいつも閉口させられる。
で、今朝もいざ洗濯物を干そうとしてビックリ。
1枚の義父のおパンツが混じっていたから。
水色の本体に白の縁取りがされたヨレヨレのブリーフ。
義父が下着を履き替えるってことは入浴した証なんだけど連日の暑さに惑わされたのか。
夕べは義父の入浴の気配がなかったから私たちがお出かけ中に入ったってこと?
帰宅直後にお風呂場を偵察しなかった私は義父の入浴後の気配を察知することもできなかったけど
確かに1人さっぱりとパジャマに着替えてたのは紛れもない事実。
そして目前のおパンツって何よりのお着替えの証。
自分たちの洗濯物は頑なに義母が扱ってるはずなのになんでおパンツ?
これってつまりは私への嫌がらせ?
前回の義父の入浴って記憶にもないくらい遠い過去のはずだから
このおパンツがお日様と遭遇するのだって何日ぶりか分からないはずなのに。
一応事を荒立たせることなく何事もなかったかのようにおパンツも干したけど。
それにしても毎日30度を超す猛暑だから義父の入浴予想ってますます難問だわ。
使用後の塗れタオルだって下手したら私の目に触れることなく乾いちゃうし。
こうなったらお風呂場の気配だけが頼りだわ。
今まで以上に入念にチェックしなくちゃ。
で、今思うと夕べの入浴。
子供たちは旦那と入ったから私は簡単にシャワーで済ませてよかったぁ。
そうじゃなければ義父のエキス入りを体験するところだったんだもの。
ここまで予知不能となった今こそG入浴クイズへと突入です。



2001年07月01日(日) ■
正夢?

「あぁ〜ぶつけちゃった」
旦那と子供たちと某アパレルメーカーの社販から帰ってきての出来事。
旦那のスーツやら私のジーンズやらお買い物を満喫しての帰宅。
数日遅れの結婚記念なのか旦那にJ-PRESSのプラチナの指輪も買ってもらってご機嫌だったのに。
往復とも運転手は私。
自宅に戻らずその足でアウトレットに出向こうと同行する義母を待つのに
道の左端に寄せて停車していた愛車プラドをバックで駐車場に入れようとしていた時のことだ。
私は路上停車OKって思ってたから適当に運転しちゃったのも一因なんだけど
何でもない状況でのバックなのに左前方を壁に擦っちゃって。
ガガーと言う悲しい音。
左前方のバンパー部分には大きな破損。
ぶつかった個所が悪かったのかネジが外れてバンパーが左側だけ落ちそうになってる。
いくら猛暑で頭が朦朧としていたとはいえあまりにも無残な姿だ。
「邪魔だから駐車場に入れろ」って後ろで見ていた旦那に言われても
あまりのショックで運転する気にもならなかったもん。
旦那ったら被害状況を見るなり経験値から「保険使った方がいいかもな。相当かかるぞ」って。
バンパーをガムテープで補強しながらその足でディーラー直行。
見積もりを出してもらったら保険を使うのと自腹と収支はギリギリって所。
ちょっとした油断で13万円の損害だってさ。
早速部品の取り寄せをお願いして今週中に修理を依頼したけど泣くに泣けない愚かな私。
夕べ見た嫌な夢が今朝も脳裏に残ってたからなおさら。
滅多に夢を覚えてるってないんだけど今朝はあまりにもはっきり覚えてたんだもん。
夢の中で急な坂道に停車する私。
甘いサイドブレーキで後ろに動き始めた車が道路の壁にぶつかって大破するって内容の夢。
これってバックに注意しろって正夢だったの?
起きてから隆之介には「嫌な夢見ちゃったよー」って報告してたのに。
夢が近い将来を暗示してたとしたら壁に擦って13万円ほどの自損で済んだのが幸いなんだけど。
で、旦那ったら「車買い換えたら?悪運がついてるから」ってお気楽発言。
絶対に買い換えないって私の抵抗に「じゃお払い行っておいで」って。
スキーに行って当て逃げされたのも左後方だし左側には危険がいっぱい?
やっぱり悪霊が住み着いてるのかしら?
事故直後だから当分運転は慎重にならざるを得ないわ。
13万円捻出にも頭が痛いよぉ。