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普通の日記
桜
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2001年06月30日(土) ■
火事

休日出勤の朝。
いつものように5時半にセットした目覚ましも鳴らぬ早朝鳴り響くサイレン。
救急車や消防車の音が我が家に近づく緊迫感。
熱帯夜を少しでも涼しく過ごそうと開け放した窓から漂う白煙と燃えた匂い。
明らかにどこか近くが燃えてるに違いない。
眠気眼から一瞬にして目覚め改めて窓から外の気配を覗う。
坂道の途中に存在する我が家から下界の様子を見ると
駆けつけた消防車や救急車の傍で慌しく動き回る隊員の様子が目に飛び込んでくる。
車と野次馬の姿は見えども火元は発見に至らず。
さらにパトカーやら緊急車両は増えつづける一方だ。
旦那に「近所が火事みたい」って起こして義父母にもお知らせ。
旦那も義父母も窓を締め切ったまま冷房の恩恵を受けていたから騒動に気がつかなかったみたい。
慌てて旦那と義母が外に飛び出す。
と、我が家から見えていた車の個所は火元からかなり距離があるってことが判明。
消火栓の都合でそっちに停車してただけみたい。
私も隆之介を起こすと野次馬と化す。
なんと火元は我が家とは目と鼻の先。
我が家と平行して走る隣階段の途中の家。
こっちの階段と向こうの階段の間には平行して2軒ずつが立ち並ぶ。
我が家の下の斜め下の一軒屋が火元って直線距離にしたらどれくらいだろう。
とにかく滅茶苦茶近いって。
特等席とも言える下のアパートの庭先から消火活動の一部始終を見ちゃった。
アパートの住人が第一報を知らせたらしい。
発見が早かったから周囲に延焼はなかったけれど階段状の住宅密集地とあって消火活動は大変。
消防車も救急車も下の道路に目いっぱい並んでるし。
大人たちは現場の様子と安全を確認して帰宅すると再就寝。
だけど隆之介ったら1人残ってお巡りさんや消防士さんが
第一報の様子を聞くためにアパートの住人を訪ねて来るところまで真剣に観察。
火事と言っても火の手が上がる様子を見ていないからそれほど現実味がないんだろうけど。
火災に遭ったお宅は火元と思われる2階だけじゃなく全部水浸し。
火事の怖さを少しは認識したかな。
消防士になりたいって自身の気持ちはどう変化したかなぁ。
で、こんな大騒ぎでも光太朗は平和に熟睡。
起床後火事があったことを伝えると「僕も見たかった」
集団登校前に少しだけ覗き見してたみたいだけど。
強風に煽られて延焼ってことだってあり得るんだから本当に火事って恐ろしいな。



2001年06月29日(金) ■
町探検

光太朗たち2年生の町探検も本日が3回目。
グループ毎に様々なお店やさんを訪問することになっている。
この物騒なご時世、子供たちだけでの探検を避けるために父兄同伴。
私も久しぶりの休暇を取って光太朗たちにお付き合いです。
連日の暑さは今日もピーク。
外に出るだけで「あぢー」ってため息が出そうなほどの猛暑。
日頃冷房三昧の私には辛い修行だ。
バッグには350mmのカフェ・オレを忍ばせ団扇を手にしていざ出陣。
「校門は閉めてって」張り紙を横目に10時頃校庭に着くと同伴父兄がちらほら。
2年生3クラス全員が帽子を被って校庭に集まり版毎に分かれて出発準備。
で、その時点で担任の先生からルートの変更を告げられた。
予定していたパン屋さんの都合が悪くなったから材木やさん→畳やさん→和菓子やさんだって。
光太朗ともう1人の男の子と女の子数人のグループ。
班長さんが地図を見ながら先頭を進む。
で、畳やさんに向かった時に中の1人が具合悪くなっちゃった。
畳を急遽ベッド替わりに横になって。
でも次の和菓子やさんに向かう途中に先生に収容されて保健室直行。
こんな暑さの中水筒なしでの行動は危険だわ。
和菓子やさんでは奥で実際に生菓子を作る作業を見せてもらったり。
作りたてをもらって子供たちは美味しそうに食べてたわ。
焼き菓子のちょっと失敗作らしきものを人数分お土産にもらって
時間が余ったから予定にはなかった花屋さんに行って人数分ガーベラをもらって。
駅に行った班は券売機の裏側を見せてもらったり
他にも郵便局やらペットショップやらグループ毎に楽しい探検。
お豆腐やさんのグループは豆乳を飲ませてもらったって言ってたけど
この暑さだったから本当に美味しく感じただろうな。
どの班も自分たちが一番いい思いをしたんだって思ってたみたいだけど。
12時過ぎに町探検終了。
帰宅後もお中元を出しに行ったり学校から帰ってきた子供をプールに連れて行ったりと大忙し。
で、今日は私たちの結婚記念日ってことで夜はいつものお寿司やさん。
秋篠宮さまと同じ平成2年の今日が入籍&挙式だったんだから。
旦那が「結婚記念日だから」って義母に話すと
「そんなこと言ったら私たちは今年40周年だったんだから」だって。
義父母の結婚記念日まで私たちが祝わなくちゃいけなかったのかしら?
何はともあれ無事11周年。
美味しいお寿司にご機嫌でした。



2001年06月28日(木) ■
綱渡り

昨夜剣道の稽古から帰宅した隆之介は防具一式を陰干ししようとしてビックリ。
一足先に帰宅したお友達の防具を背負ってきてたから。
時間を考えとりあえず先方には電話を入れただけ。
間違った当事者は気がついてなかったから更に驚いたけど。
で、今日はN塾通いの隆之介は剣道をお休みって昨日の練習終了後に先生に告知。
だけど防具取り違えが発覚したため防具交換に道場に行かざるを得なくなった。
学校からの帰宅は3時過ぎ。
当初は4時から練習となる光太朗を道場に送り届けてその足で塾にって段取りだったんだけど
さらに塾終了後道場に引き返して自分の防具を背負って帰らなくちゃいけなくなったって。
道場から塾までは徒歩で15分弱ってところ。
塾は5時から6時10分までが定刻。
隆之介もせっかく防具を持参した以上稽古に臨もうって気合。
でもいつもだったら基本組の練習時間を利用した4時からが防具着用の練習、
5時から7時頃が防具組の稽古のはずが
今日に限って6時過ぎには全部の練習が終了しちゃったんだって。
基本計画でさえ綱渡りって思ってたのに塾終了の方が遅かったから計画は全てパー。
帰りも光太朗を伴って一緒に帰宅してもらおうって予定だったのに。
で、練習が終わって1人待ちぼうけとなった光太朗。
隆之介の重い防具を背負って4階の道場から降りて待機。
見かねたお友達のママが私の携帯に電話をしてくれたから
「隆之介が来るまで待って一緒に駅に歩いて来るように」って伝言。
7時過ぎて私が駅に到着した頃にうまく合流できるはずって思ってたから。
何分待っても子供たちから電話が入らない。
子供たちが公衆電話を利用して電話をかけてくるしか連絡の方法がないんだからひたすら待つのみ。
念のため警察署に問い合わせてもそれらしき子供の姿はないとのこと。
1本路地を歩くだけで合流は不可能だから私は動くことができない。
30分ほど待ってようやく「ママ早く迎えに来て」って。
駅に来るようにって伝言が伝わらなかったのかなぁ。
間もなく合流。
空腹の子供たちに促されてまたもや外食となりました。
9時頃帰宅すると慎ましやかに夕食を食べる義父母。
「帰ってきたら夕飯があるかと思ったのに」って山形帰りの義母。
旦那に外食の許可も取ってたのにー。
自分たちの行動で精一杯なんだから義父母の面倒なんか無理。
義母のお土産は塗りのお椀と定番のさくらんぼでしたわ。



2001年06月27日(水) ■
さくらんぼツアー

「お義母さんいないんだから早く起きてよぉ」
忙しい朝、旦那を起こす。
「何でいないの?」
義母の1泊さくらんぼツアーを旦那は知らされていないようだ。
最も義母の使ってるカレンダーに書き込まれてなかったら私だってどうだったか。
義母は「おはよう。よろしくね」って一瞬顔を合わせたものの
詳細を明らかにしないまま集合時刻に間に合うように挨拶もなく出かけちゃったんだから。
どこの旅行会社主催のどこ行きのツアーに誰と出かけたのか。
携帯は持って出かけたけれどいつも繋がらない携帯だから万が一の時は困るだろうな。
実家の両親が旅行に出る際に旅行日程とか連絡先を残していくのとは大違い。
とにかく義母だけが楽しいご旅行に出かけちゃったってわけ。
で、取り残されたのは役立たず義父。
1人じゃ何にもできないから夕方旦那からも「オヤジのメシ頼む」って電話。
子供たちの剣道のお迎えを済ませて帰ると8時近いのに。
コンビニのお弁当を買うなりそろそろ独り立ちしてほしいよ。
いつものように警察署にお迎え。
7時に「お迎えお願い」って光太朗から連絡が入ったってことは
普段より若干早めに練習が終わったらしい。
半近くになって「警察署の者ですが」って電話。
お迎えが遅いのを心配したお巡りさんからの確認。
「こちらでTVを見て待ってますから」って親切なお巡りさん。
急いで警察署に駆け込むとハラペコの子供たちが待ってたわ。
「お腹空いたぁ」って訴えるけど義父の存在も気になるし自宅に電話。
「おじいちゃんご飯食べた?」「僕たち食べて帰ってもいいかな?」
運転中の私に代わって全ての対応は隆之介だったけどどうやらよさそうな気配。
母子3人で子供の好きなお好み焼き屋さん。
帰宅すると炊飯器もお鍋も使った様子はなかったからまたいつものインスタントラーメンかな。
手洗いうがいのついでにお風呂の準備をとお風呂場を覗くと湯船には満タンのお湯。
前回入浴が遥か遠い記憶になりつつある義父が入っちゃった?
慌てた隆之介がすかさず「おじいちゃんお風呂入ったの?」
準備しただけっていつものパターンらしい。
「じゃ僕たち先に入っちゃうよ」って断って帰宅直後の入浴。
夜が更けても結局義父の入浴はなし。
今夜は気配だけで明日が入浴本番かもしれないけど。
義母がいないから巨人の負け試合でも平和そのもの。
義父のお世話もなかったしラッキーだわ。



2001年06月26日(火) ■
暑い!

梅雨の最中のはずなのに30℃を超える連日。
子供たちは今年度2度目のプール授業で大歓声。
2年の光太朗たちも大プールに入れたって。
こんな日は授業に集中できるわけでもないんだから絶好のプール日和だね。
隆之介の今年度の目標はもちろん検定の最終ランク。
検定のない学校も多いって聞くけど目指すべきものがあるって大切だよね。
で、職場で1日の大半を過ごす私は冷房三昧。
旦那も出勤、子供たちは学校だから自宅で過ごすのは義父母だけ。
当然彼らの為に我が家の冷房もフル稼働。
どこぞにお出かけして電気代の削減に努めようなんてこれっぽっちも考えないんだから。
リサイクル法施行目前の3月、私の夏のボーナス払いってことにして購入したリビングのエアコン。
新製品だから当然効き目はバッチリだけど恩恵に与るのは専ら義父母だけ。
支払い方法について義父母と相談してないから私が負担するんだろうって嫌な予感もあるし。
電気代だって旦那の口座から落ちてるのに。
義父母ったら少しは家計を慮ってくれてもいいのに。
そのくせ私が汗だくで帰宅して夕食の準備なんかしてると
自分はすっかり冷えちゃったからって冷房をオフにしちゃうんだからいつもながら何とも自分勝手。
すっかり義父母の為に購入したって感のあるエアコン。
何もしないで気ままに過ごすだけなら扇風機や団扇で十分なのに。
で、夜も暑くて寝付かれず。
冷蔵庫に行って飲み物調達と1階に下りると誰もいないリビングの冷房がオン。
隣の義父母の部屋に冷気を誘い込むように部屋の扉が開いてる状態だった。
1日中何もしていないのに昼夜問わず冷房だなんて。
さっさとオフにしちゃおうと思ったけど後が怖いから止めたけど。
そんな暑さ続きなのに入浴もしない義父。
冷房よりシャワーの方が気持ちいいと思うんだけど。

暑さ続きで冷たい飲み物も需要大。
で、帰宅後ごみ箱にマックシェイクの空容器を発見した私は驚愕しちゃった。
隆之介を呼んで確認したら「捨てたのは僕じゃないよ」
分別ごみに消極的な義母の仕業ってのは分かってたけどこれはあまりにも酷い。
3cmほど残量がある黒と白のシェイクがそのままごみ箱に投入されてたから。
お店だって水物は分けてるのに。
解けきったシェイクの名残を流し場に捨てたけど全く困ったちゃん。
このままごみの日を迎えなかったことだけが幸いだわ。



2001年06月25日(月) ■
お散歩

駅で隆之介と待ち合わせて帰路を急ぐ。
でも今日は「ちょっと違う道から帰ってみよう」って迂回。
購入候補地となっている土地は坂道を上った場所にあるからそっちから帰ってみようって段取りだ。
もう一件見たい物件もあるし。
実は今日、当初からお願いしてたA不動産やさんから一通の電話連絡。
「48坪ほどの土地を売ってもいいって人がいるんだけど」
「アパートが乗ってて壊さなくちゃいけないんだけどそのままだと24万円の家賃収入」
「1度見てもらった方がいいかな」って。
週末にでも旦那同伴で見学することにしたけど
それがなんとB不動産やさんから紹介された土地と目と花の先の同じ町内。
現在進行形のB不動産やさん紹介の60坪は幹線道路に面した凸型の土地だけど
A不動産やさんが新たに紹介してくれたのは路地を入った閑静な角地。
何よりB不動産やさんを介した凸型より坪単価がかなり安いのも魅力の1つ。
10坪ほどの違いで1000万円も差が出ちゃうんだから。
B不動産やを通して*000万円って入札をしてる段階だけど
現在までに色よい返事もないしとりあえず現場視察を兼ねてのお散歩。
隆之介も引越しに同意してるし義父母から脱出したい思いで秘密の行動も納得だからご同伴。
駅からの距離は我が家と変わらないかな。
自転車の人たちが必ず押して上る坂道もそれほど苦にならない。
我が家を目前にした50段の階段の方がきついくらいだ。
小学校からの通学路も駅からの距離もいい感じ。
車で行動が多い私には徒歩で周辺を見るって滅多にないから楽しいお散歩。
隆之介は「○○君とこっちで遊ぶからこの道知ってるー」ってな具合だけど私には発見がいっぱい。
本当に幹線道路を一歩入るだけで住環境って全然違うものだわ。
それらしきアパートは発見できなかったけど「この家素敵だねー」って周辺探検はばっちり。
現在候補地になってるこの町内ってケーブルエリアってのも魅力だし。
散策を終え自宅へ急ぐ。
歩行者オンリーって道なんかもあって楽しい発見。
三角形のC地点にある我が家が最終目的地としたら
A地点をスタートしてB地点を通る三角形の2辺を通るルートで帰ったって感じかな。
いつもとは反対方向から我が家へ帰る。
不燃ごみ捨ての義母と遭遇しちゃったらどうするなんて危惧したけどセーフ。
いつもと変わりない帰宅。
疑いの眼差しのかけらもありませんでしたわ。



2001年06月24日(日) ■
休日出勤の日のこと

休日出勤を終えていざ帰宅。
職場を後にすると家族と今夜の相談をと何度も電話。
でも自宅の電話はひたすら呼び出し音が聞こえるだけ。
旦那の携帯は「電源が入っていないか電波が届かない・・・」
義母の携帯に至っては呼び出したかと思ったら「メッセージがいっぱいでお受けすることができません」
ってな具合で恐らくお出かけ中の家族の誰とも連絡がつかない。
何回コールしても誰とも連絡つかず。
それから1時間ほど経過。
八王子駅を降りて再度各種電話に再挑戦。
自宅も旦那の携帯も義母の携帯も相変わらず音信不通状態。
向こうから電話が来ることもなし。
誰とも連絡がつかないから仕方なく駅ビルの百貨店でお中元の下見をしたり時間調整。
当然その間何度もダイヤルし続ける。
我が家まで後5分、7時15分頃になって何の拍子か義母の携帯に接続可。
私「今どこですか?」
義母「みんなで新しくできた回転寿司に行って買い物して帰る所」
私「何度も電話したんですけど」
義母「貴方からの着信記録なんかないわ」
私「じゃ結構です」
確かに私は休日出勤だったけど帰宅が遅くなるなんて一言も発してないのに。
みんなの意識の中に私は存在しなかったってこと?
普段外出中の義父母には「夕飯どうする?」って電話する旦那からも何の発信もなかったのに。
旦那と義父母に促されて外出したであろう子供は私に電話をする余地もなかっただろうし。
何で一言の断りもなく団欒しちゃうのよー。
寂しく1人で帰宅。
しばらくしたら賑やかに5人が帰宅となりました。
で、私を見て「お疲れ様」って労ってくれたのは義父だけ。
子供たちは屈託ない様子で「おかえりー」
義母と旦那からは何の言葉もなし。
今日の昼食か夕食にと人数分買い置きしておいた冷やし中華を1人で作って寂しい夕食。
でもみんなの視界に入ってなかったみたい。
あんまり情けなくなって旦那に直訴。
私「私はみんなの意識の中に存在してなかったの?」
旦那「じゃ何か買ってくればよかったのか」
私「そうじゃなくて電話もなかったじゃないのぉ」
旦那「俺はかまわない」
旦那みたいに不規則な時間に帰宅する人は最初から頭数に入ってないけど
私はいつも家族を思って規則正しく帰宅してるのに。
なのに私が出かけたらそんなことは関係ないらしい。
話は平行線。
私の思いは伝わらなかったみたい。
なんだか思い切り空しいわ。



2001年06月23日(土) ■
申込書

不動産屋さんに紹介してもらった60坪程の更地。
現場視察は済ませたし今後の進展は旦那を伴わずにはありえない。
いよいよ同伴で不動産屋さんへ。
序盤ではこれまで話した内容の確認って感じ。
でも旦那を伴って来店するのは初めてだから確認してもらわないと。
この期に及んでも同居か別居か2世帯かって定かじゃないし。
で、営業マンと宅建主任者を交えてあれこれ聞いても
値段が確定しないと進展は望めそうにない。
ってことでいよいよ購入申し込み書に旦那が希望金額を記入する。
売値として提示されてる金額よりも500万円ほど低い金額で記載。
物件には当然値引きを予想した遊びの範囲があるはずだからって。
内金***万円、銀行からの借り入れ予定*000万円っておおよその目安も記入。
私的には500万円も引いて記入するのは断られるから危険って思ったんだけど
「だめだったら縁がなかったと思う」って旦那は断固として。
せっかく通学区内の結構広い土地を探してもらったのに本気で購入を考えてないのかな。
地主さんがその金額で妥協してくれないと買えないってことらしい。
共稼ぎだからある程度の借金返済も頑張れるはずなのになぁ。
新居購入には勢いが足りないのかもしれないわ。
今は運を天に任せてお祈りあるのみ。
で、万が一土地が購入できた場合の物件建築についてもほんの少しだけ相談。
大手の物件で坪30万円って提示があっても実際はどんどん加算されてっちゃう場合が多いらしい。
それよりは地元の在来工法の方がいいかなぁって。
大手メーカーが信じられないってわけじゃないけど
在来工法で建てて20年が経過してる実家があまりにも見事だからこの意見には納得。
それもこれも全ては土地の購入にかかってますけど。

明日出勤予定だから都議選の不在者投票。
子供の通うプールの傍に市役所があるから見学途中抜け出して選挙。
ロビーに設けられた投票所は受け付け→投票用紙発行→投票って流れ。
昨今の政治への関心の高さを示すかのように鋭い出足。
これまで経験した不在者投票って閑散としたイメージだったのに人で溢れててビックリ。
受け付けを済ませると投票用紙を手に記載台に。
投票用紙に候補者氏名を記入すると2重封筒に入れて封印。
立会人に記名してもらって投票終了なんだけど
若い人がジャンジャン投票してるってとっても不思議な光景。
やっぱり政治は生き物って実感です。



2001年06月22日(金) ■
留守電

物騒な事件があって学校は学年ごとの下校態勢が続く。
今日の下校時刻は隆之介も光太朗もほぼ同じ。
帰ってくると急いで警察署に向かう。
線路を隔てて徒歩で50分近くかかる道のりだけど2人だから安心って感じ。
多くのみんなが家族の送迎で通ってくるんだから我が子は本当に頑張りやさんだ。
光太朗が通い始めた4月当初は義母の送迎付だったけど今じゃそれもないんだから。
でも梅雨で雨続き。
最近は仕事帰りの時間にお迎え。
私が一旦自宅に車を取りに帰って警察署に急ぐか駅から徒歩で直に向かうか何れかのパターン。
今夜は車で。
7時15分頃電車を降りると一目散に家路に。
車に乗り込むと一路警察署に急ぐ。
で、7時半頃信号待ちの合間に「早くお迎えに来て」って隆之介からの電話。
「あと5分。待っててねっ」
それを機に改めて携帯を確認すると着信ありで残されたメモ録。
5分ほど前の電話は運転中で出られなかったから。
さらに信号待ちの間にメッセージを聞く。
「隆君だけど早く迎えに来て。蚊に刺されて痛いよぉ」
練習が終わって2人で警察署前で遊びながら待ってるんだろうなぁ。
で、急いで駆けつけると予想通り待ちぼうけ風。
防具を背負った隆之介が車に飛び込んでくる。
光太朗はと見るとなんだか大荷物。
先日注文した稽古着が届いたらしい。
竹刀は隆之介の数本あるうちの1本を使うことにしたから注文はしなかったけど
竹刀袋とか稽古に必要なものを頼んだんだもん。
袴はサイズの関係で隆之介のを新調して光太朗にはお下がりってことにしたけど。
防具屋さんが注文に来た時にだって親は同伴できなかったから
身長と体重を明記した紙片持参で自分で注文したんだから。
先生の指示で兄弟で持ち物がわからなくならないように光太朗の苗字の縫込みは緑色。
今後の練習を想像して光太朗ったら大荷物にも満面の笑みで。
で、車内で「メッセージありがと」って隆之介に。
子供たちったら隆之介の伝言を何度も繰り返して聞いてたわ。
帰りがてらクリーニング屋さんに袴の洗濯を依頼。
お下がりだからってそのままじゃ可哀想だもん。
で、帰宅後光太朗も私の携帯にわざわざ電話。
「光太朗です。ママ 光クン剣道面白いよ。
でもねっ えっとね ママの近くにいたい。だからママ早く迎えに来てねっ」
もちろん2人の伝言はそのまま保存されてます。



2001年06月21日(木) ■
刃物余波

昨日の緊急連絡網でお知らせがあった通り学区内に出現した刃物男。
今朝の登校は保護者の責任で同伴登校か通学路での安全確認が求められてた。
我が家の子供たちは毎日隣の5年生と一緒に登校してるから今日はお隣ママに車で送ってもらって。
朝の通学路に元気な子供たちがいない状況ってやっぱり変。
学校がお休みの週末って様相だもん。
刃物事件は未遂で男は逃げちゃったらしいから当分こんな状況が続いちゃうのかなぁ。
学校でも事件に関して子供たちに諸注意がなされた様子。
今朝の全国紙にも事件のことが小さく掲載されたりしてたし。
で、学校から「不審者被害の防止について」ってお知らせを持ち帰り。
全家庭で漏れなく読んでもらおうって警告を発するオレンジ色のB4判。
事件の詳細やら対応なんかが事細かに記載されていた。
事件は昨日の2時頃、下校途中の児童が1人になった所後ろから男に両手をつかまれたらしい。
振り払って悲鳴を上げ振り向くとナイフらしいものがキラリ。
付近の市民が児童に声を掛けたら犯人は逃走、住民が110番通報したってのが全容らしい。
犯人は若い男とか特徴もあれこれ。
今日はPTAと連携して一斉下校。
学童からの下校にはお迎えが必要だから光太朗も一斉下校だったし。
当番制で登下校指導とか各学年の下校時刻の目安とか今後の対応も具体的に記載されてた。
私が光太朗の連絡帳からこのお知らせを取り出し時々重要な点を口にしながら全容確認終了。
で、この種のお知らせは家族全員に周知徹底の必要があるから義父母にも読んでもらおうと差し出す。
義父ったら「そう言えば刃物男はどうなった?」
自分の世界に入ってたみたいで私が今まで口にしてたことは関知してなかったらしい
「今読んでたのがそうだしこれ」って提示。
義父も入念に黙読。
義母にもと思ったら「私はもう読んだわ。」
義父母が孫を思う気持ちはわからなくもないけど順序が違うぞ。
通知表にしても連絡帳にしてもなんで私たち親より先に介入するのよぉ。
しかも自分が親だと思ってるらしく「送って行かれるけど用事があるからお迎えは無理だわ。」
誰も義母になんか頼んでないのに。
子供たちには入念に用心を促したり対応策を検討。
隣のママと相談して明日以降は子供だけで登校ってことに。
刃物男騒動が一段落しないと子供たちが家にいる時間も増大。
義父母のストレスも膨張しそうな気配です。



2001年06月20日(水) ■
海皇な夜

仕事関係の会食。
帰宅が遅くなる旨出勤前に伝えてあったけど念の為自宅に電話。
と、今日通学区の消防署に刃物男出現って事件発生を伝える義母。
子供たちの至急の連絡網が回って来たり
学童の先生が光太朗を自宅まで送り届けてくれたり大騒ぎだったらしい。
明日以降も集団登下校になるような話。
学童もお迎えが必要になっちゃうらしいからしばらくは集団下校だな。
事件は未遂だったものの刃物男は逃走しちゃったらしいから。
何にしても物騒な世の中だわ。

で、本日の会食は中国海鮮料理。
赤坂にある海皇(ハイファン)。
中華なんだけど普通の中華とはちょっと違う。
チャイナ服のお姉さんがいることと内装と調度品は中華風だけど。
冒頭の円卓には殻つきピーナッツと南瓜の種がおつまみとして出されてる。
まずはビールで乾杯。
20人弱で3卓に分かれたんだけど私が属した円卓の中に妙な薬を持ってる人がいて
「これ飲んだら翌日楽なんですよ」って言葉を信じて2粒の錠剤を口に。
肝臓にいいって話だけど薬を飲みながらお酒を飲む根性ってすごいよね。
彼の甘い誘惑に誘われて薬のお世話になったのは私を含めて5人以上。
薬の効き目はすぐじゃないから半信半疑だけど。
で、店内の生簀から取ってきたばかりの鯛が生きたまま「これからお料理します」って提示される。
円卓に用意された中国語で書かれたメニューを見て
みんなで何番目のお料理なのかって考えてもわからないまま。
魚って漢字が出てくるのは1番目の「鳳城魚滑」ってのと2番目の「海皇なんとか」だけど。
で、しばらくしてお皿に盛られて出てきたのはその鯛そのもの。
クラゲなんかの前菜からって中華のイメージからは遠く離れた鯛のお刺身。
鮮度ばっちりだから滅茶苦茶美味しい。
みんな2番目とか4番目って予想だったから正解者はなし。
カニミソとフカヒレのスープ、車えびの踊り、車えびのボイル、毛がにのボイルと続く。
ここの車えびの踊りってのは結構有名で
透明な蓋付ガラスに入れたピチピチ海老に中国酒を注ぎ入れて酔っ払わせた物を食べるって趣向。
どれもこれももちろん美味しい。
さらにはホタテが出たり3種の炒め物が出たりでお腹いっぱい。
最後も炒飯じゃなく「香荷葉飯」って蓮の葉で巻いた蒸した粽ご飯みたいなもの。
「凍甜品」と称する杏仁豆腐で一連のお料理は終了となりました。
はぁ〜大満足。



2001年06月19日(火) ■
不動産

虎視眈々と新居購入を目論んでる旦那と私。
義父母にはこれっぽっちもそんな素振りさえ見せずに。
去年の5月に我が家から3分って所に建売物件を見つけたものの
一瞬タイミングが遅くて別人が購入の相談に入っていた。
後日不動産やさんに聞いたらそれほどお買い得物件とは言えなかったからいいけど。
で、紹介してもらったA不動産やさんに行ったりして相談もぼちぼち。
�〇匐,�転校しなくて済むように同じ学区域 
��通勤に便利なように駅から徒歩圏内
��2台の車が置ける最低限の広さ
ってのがこちらが提示した条件だった。
いくら都下とは言え住宅密集地だから30坪や40坪の売り出しはあっても
それ以上の広さを持った土地なんて滅多に出るもんじゃない。
昨年のうちに中古物件の付いた60坪の土地が出たんだけど自分で更地にしなくちゃいけないから
A不動産やさんの「もう少し値段が下がるはず」って言葉を信じてたら別の人がお買い上げ。
それ以来条件を兼ね備えた土地にはお目にかかってなかったってわけ。
A不動産やさんが商売熱心じゃないかもって気がついてチラシを頼りにB不動産やさんにも依頼。
B不動産やさんは規模もそこそこ。
営業成績をあげるために営業マンも必死で条件に見合った物件探しをしてくれて。
徒歩15分、60坪、4*00万円って物件を提示してくれたのが先々週のこと。
現状は駐車場って言葉だけで場所の検討がついたから旦那も私も下見なんかしちゃったりして。
幹線道路が通ってるから路線価は我が家より坪10万円以上お高い所。
で、土曜日に図面ももらって前向きに検討って答えをB不動産やさんに返答。
なんかいい感じで進むのかしらねー。
提示価格より値引き交渉ができるかとかこれからのハードルも多い。
仮に土地を取得できたとしても家そのものの値段もかかってくるし。
で、本日B不動産やさんから旦那と私と今後の相談がしたいって電話。
一刻も早く進めないと第三者が介入してくる心配もあるから今週中に会いたいらしい。
平日夜でもってそりゃ無理な相談。
今週末にでも相談に行ってくる予定。
でもこんな検討段階なのに旦那から義父母との関係をどうするか明らかにされないのよ。
60坪あったら2世帯住宅は十分可能だし私の心配は募る一方。
それにしたっていざって時を想定すると資金繰りに頭が痛いなぁ。
ってお金の問題より義父母の心が最難関かもしれないけどさ。



2001年06月18日(月) ■
診断書

先週の金曜日に首都高で追突事故の被害者となった旦那。
あわや大惨事ってところだけど運良く渋滞停車中だったから被害はそれほどじゃなかったらしい。
ハザード点けて後続車に渋滞を知らせてもぶつかる時はぶつかるってことよね。
三重追突のアンコにならずに2台だけで済んだこともラッキー。
衝撃が大きくて前後を挟まれでもしたら事は簡単に済まなかったはずだもん。
ぶつかったセルシオ君が全面的に非を認めてるから10−0で先方の任意保険だけが出番。
双方の保険屋さんの話し合いってこともなく淡々とことは進むらしい気配。
土曜日に車の修理代の見積もりを調達しに行き付けのディーラーに。
詳細はわからないけど凡そ20万円ってところらしい。
後部バンパーやら全てお取替えってことかしら。
事故後旦那の車の状況さえ見ていない私。
走行に支障がないってことなんだから詮索する必要もなさそうだし。
で、当事者の旦那。
土曜日は車屋さんに行ってからお仕事に直行。
日曜は頭痛・発熱で外出さえしようとしなかった。
ってことで週が明けた本日になってようやく通院。
肘が抜けやすい光太朗の為に私が開拓した医院で膝痛の義母も通ってる整形外科。
リハビリ医ってこともあって信頼して通院できるから。
発熱余韻の旦那はお仕事さえお休みしての通院。
レントゲンを取られてあれこれ診察を受けて手にした診断書には「頚椎捻挫」
いわゆる「むちうち損傷」ってことらしい。
「要観察。1週間程の加療を要します」って但し書きも書かれてたわ。
始めは症状がなくても遅れて症状が出ることもあるらしいから予断はできないけど。
事故に遭っての通院だから全て自己負担。
1万円以上の検査費に加え5250円の診断書で旦那の懐は極めて寂しいものになったらしい。
明日先方の保険屋さんに診断書と見積書を手渡すらしいけど
今日のお休みだって修理期間の台車費用だって保証されるわよね。
この際ガンガン見積り額に上乗せしちゃう方法なんてないかしら。
事故で一儲けしようなんてこれっぽっちも思ってないけど被害に見合う保証はあって当然だもん。
ちっとも揉めていないのが幸いだけど事故って面倒。
愛車スープラも旦那の心も体も速攻で本調子に戻るといいのにね。
懐具合が寒い旦那が一番それを望んでるんでしょうけど。
それにしても一瞬の判断を誤ると誰だって加害者なんだから車の運転って要注意だわ。



2001年06月17日(日) ■
純ちゃんフィーバー

午前のスカウト活動を終えた光太朗の自転車の付き添いで午後から公園。
飽きることなく周回したり遊具の中を小回りしてみたり。
1時間程遊んでマックで休憩して帰宅。
直に5時のチャイムが鳴って5時半には友人と遊んでた隆之介も帰宅。
「小泉総理が見たい!」って子供たちの願いを適えるべく駅頭に出動。
本日10箇所ある都議選応援遊説のうち8番目と9番目が地元八王子だから。
昨日までは乗り気だった隆之介は遊び疲れて自宅待機。
義母は当初予定通りに早めの夕食を済ませてお散歩がてら遊説見学。
光太朗を車に乗せ目的地に向かうも途中から車は一向に動かない。
「ここから直進も右折もできません」って警官。
通行規制が行われてるらしい。
待ちきれずに光太朗が「僕 先に行くね」って車から飛び出す。
待ち合わせもしないうちに「迷子になっちゃうよー」って私の声に耳も貸さずに。
近くのコイン駐車場に車を止めてロータリーに近づくと人・人・人。
選挙演説でこんな聴衆は見たことがないってぐらいとにかく凄い人出。
宣伝車の周辺だけじゃなくどこもかしこも。
恐らく1万人ぐらいの人はいるんじゃないかって感じ。
高速渋滞にはまったのか総理の到着は予定より若干遅れ気味で。
顔を見せると「小泉総理〜〜」老いも若きも男も女もそれはそれは凄い人気。
私は取り巻く渦の一番外側。
総理の演説そのものよりも「旗で顔が見えない」「見えたわ。嬉しい」って
様々な群集の声を聞いてた感じ。
総理人気が投票に結びつくかどうかは定かじゃないけど純ちゃん人気は半端じゃないって。
で、演説が終わって総理は市内の別会場へ。
群集は蜘蛛の子を散らすように一斉に退散。
候補者を乗せた宣伝車が退散しても光太朗の姿がない。
案じてた通り迷子になっちゃったらしい。
探しても探しても手がかりすらなし。
学校のお友達には出会っても本人は以前行方不明。
駅前の交番にもそれらしき迷子はいない。
自宅に連絡を入れたけど帰宅してる様子もない。
遭遇できることの方が奇跡かもしれない。
しばらくして自宅から「帰ってきたよ」って電話で一安心して帰宅。
光太朗ったら人ごみを掻き分けて車に近づいたものの
位置関係がわからなくなっちゃって迷子になっちゃってたんだって。
心細く1人帰宅し深く反省。
で、「23日 石原 伸晃大臣来る」って入手したチラシを得意げに披露。
父の日だったのになぁ。



2001年06月16日(土) ■
ハヤシライス

子供たちは今年度初の一斉下校。
大阪の事件直後ってこともあって学校も保護者もピリピリしてるから。
今週になって事件を未然に防ぐ為の方策なんかも配布。
校門を閉める、監視カメラを設置する、集団下校を活用するなんてのが書かれてたっけ。
今年の校外委員さんは嬉しくないけど大活躍ってことになっちゃうわね。
昨年度校外委員をクリアしちゃって内心ホッとしてる私。
こんなに活躍頻度が高い校外委員さんって何年ぶりかしら。
学校周辺が落ち着いてて校外委員が暇って時が一番平和なはずなのに。
新年度初の一斉下校は校外委員に加えて担当教師も同行。
地区の集合場所は毎年変わらず鉄棒付近。
町会単位でメンバーを確認してプラカードを掲げて集団下校って具合。
で、10時頃この地区を担当する校外さんから我が家に電話。
いつもは学童帰りの光太朗も一緒に下校させていいのかって質問だった。
土曜日は基本的に学童はお休みだからもちろんお願いして。
校外さんったら義父母が電話に出た時に「光太朗君のことなんですけど」って言ったらしく
義父に「光太朗がどうかしたのか?」って鬱陶しい追求を受けちゃったけど。
学校で事故に遭ったら担任から第一報が入るって分からないのかなぁ。
11時頃になって先生に連行された子供たちの元気な声が近づいてきて無事下校となりました。
平時の練習がないと万が一って言う時に困っちゃうからね。
集団下校の機会が多くない平和を保ってほしいって切なる願いだわ。

子供たちは午後からスイミング。
隆之介は月曜日の振り替え分も含めて2時間ぶっ続け。
で、子供たちを伴って帰宅すると義母は月に一度のお友達との夕食会でお出かけ。
台所に向かうと義母が義父に用意していった冷凍カレーの解凍パック。
車中の相談では私たちもカレーって予定だったのに急遽変更してハヤシライス。
ってほとんど一緒の趣だけど。
さて夕食。
子供たちは大喜び。
一応義父に「ハヤシライス食べますか?」
「お義母さんが用意してくれてるカレーがあるみたいですけど」ってお伺い。
解凍カレーを温める作業すら義父には億劫だったらしくもちろん挙手。
で、子供たちってこの種の食べ物の時って食が進んじゃうんだよねー。
子供の「お替り!」って声に義父が「ご飯食べていいよ」って。
義母が炊いたご飯はお昼から6時間以上経過。
当然お断りさせていただきましたけど・・・。



2001年06月15日(金) ■
追突事故

「車ぶつけられちゃったよ」
お昼前、旦那から事故の第一報。
矢継ぎ早に事故の状況確認をしようと質問攻め。
「どこで?」「どんな?」「大丈夫なの?」
立ち寄りを済ませ重役出勤並みの遅目の出勤で11時過ぎ。
中央道から首都高に入って代々木のS.A付近で追突されたらしい。
車をエリア内に移動させ事故処理のお巡りさんを待つ間の第一報。
雨の5・10日、事故の起こる条件は揃ってたってことかしら。
先方とのやり取りの合間だったらしく電話は一旦終了。
しばらくして再度電話が入って「お巡りさんまだ来ないよー」
で、今度はちょっと詳しく事情聴取。
渋滞でノロノロって言うか旦那自身は止まってたところ後続車にぶつけられちゃったんだって。
ただでさえ代々木付近ってカーブの連続個所。
それに加えて合流もあるし首都高環状線の渋滞がいつもこの辺りまで伸びてるんだもの。
ちょうどS.Aの横辺りでぶつかっちゃったけど
そのままの位置に車を放置しておくとさらに事故渋滞で渋滞は加速しちゃう。
ってことでS.Aの出口から逆進入する形で車を止めて延々警官登場を待ってる所だって。
相手はセルシオ。
旦那のスープラは後部がかなり凹んでるものの運転には支障がないらしい。
旦那自身はそれほどの衝撃を感じていないのか電話の声はいつもと変わらず。
後遺症を心配して念のため医者に行くことを薦める。
「なんかさぁ、相手って凄い人なのかも。○○警察にも早くしてくれとかって電話入れてるぜ」
ヤクザとか怪しい人種じゃなく動物だか人間だかとにかく医者って話もしてるらしい。
ってな話をしてたら事故現場で動きがあったらしくまた電話は一方的に終了。
お巡りさんが来て事故証明を取って必要なやり取りも済ませ現場を離れたらしい。
旦那ったら終わったよの報告もなし。
午後になって旦那に電話を入れると普段と変わりなし。
事故車を車屋さんに運び込むのは週末ってことにして出勤したらしい。
速攻で見積もり取らないと事故処理が進まないのに。
事故った時って気分が落ち込んじゃうけど今回のショックはさほど感じられない。
やっぱり自分が加害者になった時の方がショックが大きいってことなのかな。
で、深夜になっても旦那は帰宅せず。
帰り道でも事故なんていやだからねって思って念のため電話。
「高速すごい渋滞だよぉ」って旦那の嘆き。
深夜の帰宅でようやく一安心となりましたけど。



2001年06月14日(木) ■
純ちゃんメール

本日創刊純ちゃんメール。
昨日午前中58万5千人って報道を見て私も駆け込み申し込み。
それからも徐々に増え続け今夜は100万人達成だって。
何という巨大メルマガ。
ギネス申請も考えてるってホント恐ろしい勢い。
今朝のS新聞ではメルマガ編集長の安倍官房副長官のインタビューなんかも載ってたし
とにかく世間が一気に政治に目を向けてるって感じ。
国会中継の視聴率だって半端じゃないみたいだしワイドショーでも連日政治ネタ。
純ちゃんはみんなが待ち望んだ救世主って感じなんだろうか。
で、昨日申し込んだ私も今日の配信を楽しみにしていた。
あまりにも膨大な数だからお昼までには送られてこないかもって思ってたけど
11時2分に差出人を首相官邸とする純ちゃんメールのご到着。
報じられてる通りライオン頭の純ちゃんが「らいおんはーと」ってコーナーで本音トーク。
総理は公人、24時間籠の鳥って自由人の純ちゃんにはちょっと可哀想かなって。
ワイドショーでも純ちゃんメールの内容が報道されたらしく
私が帰宅したら義母でさえ総理の動向に興味を抱いてた。
一方明日告示される東京都議会選挙。
もちろん政党の党首たる純ちゃんは大忙しに違いない。
我が家にも舞い込んだ事務連絡と称する一通の封書。
地元八王子に17日に総理が応援に入るってお知らせ。
最初で最後の日曜日だから総理も分刻みの日程に違いない。
市内2箇所で2人の候補者の応援をするって。
内容を確認すると念のため義父母にも伝える。
「総理と○○候補を応援しよう!お誘いあわせの上多数ご来場を」ってご案内だから。
政治には関心を示すことの少ない義母も純ちゃんには興味津々。
「いつもより早めに散歩に出て見てこようかなぁ」って。
義父もいつもは反体制的な発言ばかりを繰り返すのに身を乗り出して「どこで何時?」
鬱陶しいから封書で自分で確認してもらうようにお願いしたけど。
で、選挙の時の応援演説って時間を有効に使うために電車移動が一般的らしいから
義母には「間近で見たいなら演説会場より駅の方がいいんじゃない?」って
アドバイスしてみたんだけど「警護厳しいから」って却下。
「駅のロータリーだと○○の前辺りかしら」って1人でシュミレーションを描いてた。
日曜日にお目当ての純ちゃんと遭遇できるのか?!
子供たちが行きたいって言わない限り私はのんびりお留守番しようっと。



2001年06月13日(水) ■
お寿司やさん

今日は子供たちの剣道練習日。
義母の同行を断って2人仲良く道場通いの昨今だ。
4月から2ヶ月を経て光太朗はそろそろ稽古着や竹刀購入の時期に来てるらしく
今日父兄が同行できない場合は身長・体重を記入した用紙持参の指示。
用具やさんが道場に来たらしい。
光太朗も稽古着をつけるようになるとまた一段と練習に気合が入ることだろう。
で、いつものように電車を降りると自宅に電話。
八王子に近づくに従って雨脚が強まったことが気になってたから。
今朝打ち合わせはしなかったけど電話に出たのは義母。
練習開始前に何度か携帯にかかってきた公衆電話発の電話はやっぱり子供たちだったんだわ。
駅前の交番で電話番号を確認して道場に電話。
先生が練習終了を教えてくれたから迎えに行くことを伝えてもらって警察署に急ぐ。
一旦帰宅して車で迎えに行くことも考えたんだけどとりあえず徒歩で。
私が道場に着くと帰り支度の整った子供たちの姿。
練習が終わって2人ともお疲れ。
すぐに署内の自動販売機で喉を潤してたわ。
元気に挨拶をして警察署を退出。
さっきより少しだけ雨が弱まった感じ。
子供たちと「何食べようかー」って相談しながら路地を歩く。
普段歩くことのない私には発見がいっぱい。
子供たちは駅ビルの食堂街って主張してたけどとにかく自宅目指して。
「いつものお寿司やさんってこの辺だっけ?」
「うん。ここを右に行って・・・」って隆之介の言葉に従って進む。
「お寿司にしよっか」
もちろん2人とも異論はない。
前回お寿司やさんに来た時も道場から近いから帰り道に寄ろうかって話してたくらいだし
何といってもボーナスが出たんだから。
とりあえずお子様寿司1.5人前×2を電話予約。
とにかく2人ともハラペコだから一刻も早くって。
暖簾をくぐってお寿司やさんへ。
防具を背負った隆之介の姿に「格好イイ」って板前さん。
いつものように奥の座敷に通されて。
お子様寿司なのにプリプリのホタテなんかも乗ってる美味しいお寿司もあっという間。
私のを待つ間お知らせのプリントを見たり話をしたり。
7月には隆之介たち防具組の試合なんかもあるらしい。
大満足のうちに夕食を終え再び暖簾をくぐると運のいいことに雨はさらに小止み。
3人で仲良く帰宅したのは9時近く。
懸命に宿題を終えた子供たちの頑張りには脱帽。
もちろんお寿司を食べたことは3人の秘密です。



2001年06月12日(火) ■
石鹸

我が家の義父はマイペース。
趣味があるわけでもなく外出もなく。
私が出勤する7時30分過ぎにノソノソ起床。
日中は座椅子にもたれて寝たり起きたりTV三昧。
当然のように夜も睡魔が襲ってこないらしい。
みんなが寝静まった頃になってもボリュームを上げてTVを独占。
目が不自由なわけでもないのに副音声なんか使ってるし。
全く鬱陶しいったらありゃしない。
悪循環で結局翌日も近隣の犬がお散歩終了って頃に目が覚めるわけ。
退職後の義父の生活を案じて我が家に来たがんた君は放庭されっぱなしでお散歩知らず。
怠惰が洋服を着てるだけって言ったら言い過ぎだろうか。
で、そんな生活をしてる義父なのに今日はなぜか早起き。
夜中に何度かトイレに起きるから再度寝付けなかったのかも。
いつもと違った行動パターンは家族みんなを困らせることになるのに。
貴重な朝の出勤前。
スッピンで出勤する私は自宅を出るわずか15分前って
最終段階で洗顔&歯磨きをすることになっている。
もちろん洗顔後の基礎化粧品は入念に。
6時から半頃にかけて旦那が洗顔&歯磨き、時にはシャワー、
6時45分から義母が洗顔&歯磨き&化粧で長時間洗面台を占拠。
朝食後の子供たちが随時流れて行くから時差洗顔。
義父以外のみんなは毎日規則正しく洗面台を使い分けてるのに突然の乱入者がどんなに迷惑か。
いざ出勤準備と思って洗面台を覗くとなぜか義父。
平和ボケしてるから私が焦ってることも気に留める様子はない。
「顔洗いたいんですけど」
「うがいするだけだから」
歯磨きだけは2階の洗面台で済ませたものの再び1階に。
でも水は流れっぱなしだし終わる気配は感じられない。
無駄に時間を費やしてる場合じゃないのよ。
石鹸箱を手に2階に急ぐ。
私の後ろから義母が意地悪そうな声で「2階にも洗面台あるのに」って。
もちろんそんなのは百も承知だって。
だから歯磨きは2階でって決めてるのに。
私の使ってる洗顔石鹸は某メーカーの固形だからお湯&お水の水道を使いたかったのよぉ。
2階の洗面台は青い蛇口が1個だけでお湯が出ない構造なんだもん。
洗顔には優しいぬるま湯が欠かせないのに。
結局水だけでダッシュで洗顔。
身支度を整え1階に降りると何食わぬ顔の義父が庭を眺めタバコを一服。
我関せずって路線もここまで行けばご立派。
自分が疎まれてることに気がつかないお年よりって幸せなんだろうけど。



2001年06月11日(月) ■
待ち合わせ

第2、第4土曜日に行われる塾の復習テスト。
当日キャンプで受験できなかった隆之介は今日に振り替え。
今日のスイミングは後日って具合に玉突きだけど。
家庭訪問のおかげで4時間授業で早帰り。
一通りテキストに目を通してから適当な時間に塾に行くように
今朝も隆之介に指示したけど念のため3時頃自宅に確認の電話。
「何時頃行くの?」って私。
イマイチ乗り気じゃないらしく「自転車で行ってもいいかなぁ。」
「じゃ帰りに待ち合わせしよっか。」
「5時から受けて6時半ぐらいに終わるんだったら30分ぐらい待っててくれれば駅から一緒に帰れるよ。」
隆之介もすぐに了解。
「電話してくれれば合流できるから。」って打ち合わせ終了。
で、隆之介はお約束通り徒歩にて通塾。
塾では「5分後に開始」って案内されるのをこれまでの経験で学んでたから
自分なりに時間が分かりやすいように5時5分前に到着を果たしたらしい。
5時から受験。
終了直後の電話は帰宅途中の電車の中で受けられず隆之介がメモ録に残す。
で、しばらくして再度電話。
「今どこ?あと何分ぐらいで着く?」
「30分ぐらいかな」
「うん、わかった。じゃ」
7時になって八王子駅到着。
待ち合わせした本屋さん2階の喫茶店に急ぐ。
歩きながら喫茶店の窓ガラスの向こうで隆之介がにこやかに手を振ってるのを発見。
階段を上りお店に入ると「いらっしゃいませ」って
店員さんの声を無視するかのように一目散で隆之介の席に。
雑然とした雰囲気のお店じゃないから母子で何度か利用したことはあるけど
隆之介が1人で来たことはないしましてや周囲を見回しても子供の利用者なんか皆無。
1人飲んでたのはアイスミルクティー。
卵サンドも食べてた様子。
レシートを手にとると2人で話しながらレジに向かう。
卵サンド180円、アイミティー280円で計483円。
隆之介ったら万が一私の帰宅が遅くなっちゃって自分で払う場合を想定して
1000円を所持してることを確認してから入店したんだって。
子供1人で店員さんの案内もなかったから「どの席に座っていいですか?」って聞いて
往来する人が見えるように窓際を選んだらしい。
全く我が子ながら感心しちゃう。
しかも喫茶店に直行しちゃうと時間が余りすぎちゃうって分かってたから
少し下の本屋さんで立ち読みをして。
本当に何と賢い4年生。
15分足らずの帰り道。
隆之介はとっても満足げでした。



2001年06月10日(日) ■
団祭り

隆之介の宿泊2日目は光太朗たちビーバー隊も加わって賑やかに団祭り。
毎年趣向を凝らして団員全員で楽しむイベントで昨日からのキャンプもその一環。
オリエンテーリングをしながら山歩きをしたり地図を片手に町探検をしたり。
で、今年は例の団倉庫周辺で課題をクリアしながら進むゲームだったらしい。
去年までは光太朗のお供で参加してたけど独り立ちしたから付き添いの必要なし。
ビーバーは2年生3人、1年生2人で3つの班に分散。
光太朗は隆之介と同じ班にビーバー1人。
みんなで協力して課題をこなして順位を競ったらしい。
隆之介たちのグループは2位。
1位のチームには懐中電灯、2位にはステンレスカップ、3位には笛。
どの顔も精一杯頑張ったから満足そう。
で、光太朗たちビーバーは一足早く2時半の解散。
隆之介たちがテントやその周辺を片すのを尻目に帰宅。
4時解散の隆之介を迎えに行くと「すっごく楽しかったよぉ」って。
また一回り逞しくなったかな。

子供たちのいない間旦那と2人で買い物やらお出かけ。
当初お願いした不動産屋さんが利益を求めない人だったのかなかなか物件を斡旋してくれない。
せっかく紹介してくれた1件なんか「坪単価がもっと下がってからでいい」って言うから
その言葉を信じてたら別のお客さんにわずか100万円差で買われちゃった経緯もあるし。
ってなことで待ちきれずにちょっと前に別の不動産屋さんにも依頼。
あちこち網を張っておかないといい物件って探せないんじゃないかって方針転換したんだもん。
で、昨日その営業マンが電話で我が家から程近い更地を紹介してくれたから
密かにその下見なんかもしちゃったりして。
「ご一緒にご案内します」って言ってたけどあちこち回る必要もないから2人で秘密の視察。
現況は駐車場で約60坪。
我が家から徒歩10分、駅から15分強って所かな。
予想してた金額よりちょっと高目なのが気がかりだけどこれからの展開に期待したりして。
いくらまで下がる物件なんだろう?
家屋が密集してる地域だからいくら待ってもこれだけの土地って出そうにないもんなぁ。
さて貯金通帳と睨めっこして残高確認でもしようかな。
それにしてもこんな状況になっても旦那の腹の中は読めない。
果たして義父母はどうなるのか?
この期に及んでやっぱり二世帯住宅?
営業マン君から確認されても正確に答えられないんだから情けないわよね。



2001年06月09日(土) ■
キャンプファイヤー

梅雨入りしたばかりで早くも梅雨はお休み状態。
6月の第2土曜日で子供たちも学校はお休み。
隆之介は1泊2日でボーイスカウトの訓練です。
コンテナを団の倉庫代わりにしてる空き地に集合。
押し寄せる宅地開発ですぐ傍まで新築住宅だらけ。
12時集合でテントを張ったりの作業があったのにスイミングを消化してから4時頃合流。
子供たちが駆けつけた時には休憩タイム。
光太朗の歯医者を終えてさらに戻ると夕食準備に取り掛かったところ。
光太朗ったら特別参加を許されて「歯医者には1人で行くから早く食器取ってきて」ってすごい気合。
今日はカブ以上のスカウトが集ってるからまさに顕著な異学年交流。
大きなお兄さんから色々な指示を受けて楽しそう。
ただの空き地だから水の調達だってポリタンク持って
ちょっと離れた公園に行かなくちゃいけないけどそれさえ楽しくて仕方ない様子。
隆之介の属した班は焼きうどん、隣はカレー、その隣は・・・って具合で
光太朗ったら全ての班のお料理を試食してたもん。
夕食後は各班で出し物の練習。
ちょろちょろしてた光太朗を見つけた2班が一員に加えてくれてこれまた特別参加決定。
早く帰ろうよーって促すと嬉しそうに「ママは車で寝てていいから」だって。
8時になってキャンプファイヤー開始。
本来なら「大きな声で」なのに「近所の家の迷惑になるので小さな声で」って指示が出されて。
隆之介たちのグループは最近TVで放映されてる各種クイズ番組を合体させたみたいなクイズ。
「ファイナルアンサー」って促した答えが間違ってたら自分の恥じ体験を暴露させちゃう。
光太朗が間違った際「隆之介の弟」って発言したら
周囲は爆笑だったけど本人はなぜ笑われたか理解してなかったな。
で、光太朗たちの出番。
映画の有名な1シーンを再現して映画名を当てるこれまたクイズ。
でも演劇性が加わってちょっと楽しい。
光太朗は大きな声でみんなに引けを取らないほど上手にって言うかほとんど主役。
男女が船首に立つ有名なシーンやら暴れまくる某映画等を再現してましたわ。
全てが終了して9時過ぎ。
テント泊のスカウトたちと別れて退出。
空腹に気がついて9時以降は食べないって基本を打ち破り2人仲良く外食。
で、帰宅。
お風呂が沸いてて嬉しいって思ったのも一瞬。
せっかく水を入れ替えて出かけたのに義父の後塵。
泣くに泣けないってこのことだわ。



2001年06月08日(金) ■
個人面談&家庭訪問

時期はずれの感も否めないが子供たちの学校では今日からが家庭訪問。
隆之介たちの先生は事前に各家庭の訪問希望日程を確認して予定作り。
今日の最終行程3時45分から4時と決まったのを受け
持ち上がりとなる2年の光太朗の個人面談を同じ日にお願いした経緯もあって今日はハードな日程。
午後半休を取ってまずは2時からの個人面談。
でも小学校殺傷事件報道に見入ってしまって予定してた電車に乗り遅れ。
1時1分の特別快速に乗れば2時には楽勝で到着だったのに乗ったのは1時5分の普通快速。
八王子駅についたのが2時。
徒歩でも10分もかからない小学校だけど660円かけてタクシーで横付け。
15分刻みの面談予定だから遅刻なんて以ての外なのに5分遅刻。
本来は走ってはいけない校舎の廊下を大急ぎで教室に向かう。
待ちわびた担任が職員室前まで出向いてくる途中ばったり。
遅刻を詫びると担任の配慮か偶然のラッキーか次の予定がなくなったって。
で、教室であれこれお話。
これまでも時折色々話しているから衝撃的事実を伝えられるでもなく。
30分からの後続の人がドアをノックする音を合図に終了となりました。
帰り際、校庭で遊んでいたクラスメートの女の子たちからも情報ゲット。
光太朗ったら意外にも女の子に人気があるって一面を知ったわ。
急いで帰宅し子供たちを剣道に送り届け大急ぎで自宅に引き返す。
家庭訪問予定時刻を過ぎてもO先生の姿は見えない。
4時を過ぎた頃になってがんた君が吠えて先生到着を知らせる。
事前に本人に今日話題になるであろうことを聴取していた。
担任からは「質問等をまとめておいて」って指示が出てたけど本人の自供に基づいて話の切り出し。
「忘れ物が多い、授業態度がイマイチ、お友達と仲良くできないことがある」って3点。
先生ったら自分をよくわかってるなぁって感心した表情。
それに沿った話やさらに膨らませた会話で30分ほど。
最終日程ってこともあって時間を気にしないでじゃんじゃん話しちゃったもん。
初の男の先生。
細かいことは気に止めないけど怒る時はドカンと一気に爆発しそうな感じ。
去年の熱心な先生とはまた一味違ったいい先生。
隆之介に欠けてる面が育ってくればいいリーダーになり得るって。
ってことで家庭訪問も難なく終了。
子供たちを剣道に迎えに行くと懸案となっていた外食。
事件の話題にも触れてみたけどなんとも物騒な世の中だわ。



2001年06月07日(木) ■
1年生

久しぶりの晴天。
心爽やかに我が家を後にする。
子供たちは隣の大ちゃんのお迎えがまだだから私の方が若干早く。
で、階段を降りるといつものように独りトボトボ歩く1年生発見。
新学期になってから毎日のように独りで登校する男の子。
黄色い帽子に黄色いランドセルカバーが1年生の証。
我が家より学校に遠い所に自宅があるのか早目に登校してるところを毎朝のように見かける子だ。
新入生ってご近所お誘い合わせで行くのが常なのにっていつも気になっていた。
もちろん名前も知らない。
川沿いの道で2人きりになって思い切って声を掛ける私。
「おはよう!1人で学校?」「おうちはどの辺なの?」
思った通り我が家よりちょっと奥。
しかもその周辺の子供たちはみんな仲良く通学してるはずのになぁ。
家を出るのを後5分遅くしたらみんなと仲良く通学できるはずなのに。
誰も誘ってくれるお友達がいないのかしら?
「そこの家にリホちゃんって子がいるから一緒に行けば」って引き返すことを提案。
大ちゃんに誘われた我が家のやんちゃ坊主たちが1年生のリホちゃんを誘って行くのが日課。
この周辺は危険防止の為にも誘い合って登下校することになってるから。
でも「リホちゃんって友達じゃないもん」って却下。
それどころか毎日独りで行ってるものの
私が声をかけたことによって溜まってたものが込上げて来たらしく泣きべそ状態に。
「グスッ・・・」
で、その子ったらボタンのかかった右胸のポケットから可愛いハンカチを取り出すと涙をふいて。
まるで私が泣かせちゃったみたいな構図。
「グスッ・・・」
お友達作りの上手じゃないタイプの子なんだろうな。
わずか数回会話を交わした所で大通り。
通りに出た所で今度は可愛い1年生5人ほどの集団に出会った。
思わず「この子独りなの。一緒に行ってねっ」って。
本人は躊躇してたけどその中の1人の女の子が「一緒に行こう」って声をかけてくれてなんだか安心。
1年生は3クラスなんだけど本当にこの子はお友達がいないのかなぁ。
新学期から2ヶ月たったとは言えまだまだ心細いでしょうに。
それにしても毎日寂しくても独りで登校するんだから偉いよね。
誘ってもらえる上級生がいて自分が誘う下級生がいるって我が家の子供たちは幸せ。
他人事ながらご近所のお友達が彼の存在に気がついてくれるといいのになぁって思っちゃったわ。



2001年06月06日(水) ■
ほか弁

「今日待ち合わせして一緒にご飯食べよっ」
子供たちの登校と一緒の出勤となった私に隆之介からの提案。
G&Bとの息詰まる夕食には飽き飽きしてるってことらしい。
もちろん私に異論はない。
幸いにして今夜は冷凍ご飯の一掃を目指してたから炊飯器は掛けてきてないし。
でも子供たちの剣道に義母が同行するとこの計画は全てパー。
「おばあちゃんと一緒だとだめなんだよ」「ママの携帯に電話して」って隆之介と約束。
さて学校から帰宅した子供たち。
「今日は2人で行くからいい」って義母の同行を断って2人元気に道場へ。
4時から基本組の光太朗、その後隆之介たち防具組の練習。
終わるのはいつも7時過ぎだから駅で合流にはちょうどいい時間帯の予定。
一方退勤直前の私の元に旦那から入った電話。
職場で不要になった半分枯れそうなブーゲンビリア入りの大きな植木鉢を自宅に持ち帰る為に
車で出社したついでに立ち寄ってくれーってお願いしてたから。
直径40cm以上、花を含む高さは55cm以上もある大鉢だから私には到底運べない。
よりによって子供たちと待ち合わせてる今日って思いつつ
この機を逃すと次が期待できないから妥協して。
何たってこの大鉢は草花大好きな義母のご機嫌取りの一環なんだから。
6時過ぎ、職場に不似合いな黒のスープラで旦那登場。
ちょっと大きさに驚きつつ花が散らないように綺麗にビニールで覆って乗車完了。
一目散に家路を急ぐ。
車中での雰囲気も極めて順調。
で、ご飯を炊いてないことを告げて。
7時になっていつも通り子供たちの帰宅確認を目的に自宅に電話。
と、「まだ帰ってない。2人で行くって言われたから」って義母の声。
義母が鹿児島に帰省してた間だってちゃんと通えたんだからこれぞ本来の姿。
インターを降りて時間を見るとちょうど稽古終了の時間。
旦那に警察署に直行してもらうとちょうど剣士たちが続々退出してくる。
「まだ上だよー。さっきまで光太朗君よく寝てたわ」って。
4階の道場に上がると2人とも片付け最中。
やっぱりそこでも「よく寝てたわよぉ」って言われちゃった。
で、稽古終了で「ありがとうございましたぁ」って元気な挨拶を済ませると一緒の帰宅。
子供たちったらどこで何を食べようかーって嬉しそう。
でもここで旦那の存在を直言。
結局外食は旦那に却下されほか弁買っての帰宅でした。
義母が鉢に大喜びしてくれてよかったわぁ。



2001年06月05日(火) ■
梅酒

東海地方まで梅雨入り。
夜にはこっちでも雨が降り出し鬱陶しい梅雨の季節の到来だ。
梅雨前線が本州の南岸沿いに停滞してるから当分こんなお天気が続くんだろう。
で、梅雨と言えば梅の季節。
粒ぞろいの青梅が店頭に並び、我が家の梅の木にも青々とした梅が実をつけている。
我が家の青梅はまだ収穫時期とは言えず。
恐らく次の晴天にでも義父母があれこれ言いながら収穫するんだろう。
義母は毎年の様に梅干し作りに挑戦するもののその成功確立は5割って所。
上手に行く年もあれば季節の変化に対応しきれずにカビさせちゃったり。
義母の自己満足の世界で食べるのは義父母だけだから私には関係ないけど。
同様に梅酒なんて物も作っている。
コップ1杯のビールで顔を赤らめちゃうほどお酒に弱い義父母だし
我が家で晩酌する習慣の大人は誰もいない。
飲まないってことは減らないわけで
去年義母が作った梅酒だって冷蔵庫で眠ってるのに今年も懲りずに梅酒作り。
旬の物で季節を感じることが大事なんだろうけど作る一方で減らないのは考え物だって。
作るのが楽しみだったらお友達にでも差し上げたらどうなんだろう?
で、夕べのうちに綺麗に洗っておいた青梅。
子供たちの朝食中、義母ったらおもむろに梅酒瓶を用意し製作開始。
氷砂糖をザラザラっと適量。
続いて青梅を丁寧に瓶の中に入れて。
後は焼酎を入れて時間がたてば出来上がり〜のはずなんだけど
義母がおもむろに注ぎ込んでる液体は琥珀色だし熟成された梅酒の香りがしている。
対面キッチンのこちら側で洗い物をしながら様子を伺ってる私にも伝わる異様な気配。
「梅酒じゃない?」って指摘で慌てて注入を止めるも時すでに遅し。
かなりの分量の梅酒が瓶に注ぎ込まれちゃってた。
慌てて笊を使って梅酒を別容器に放出する義母。
数メートル離れた私でもその容器が梅酒ってのは判断できるのに義母ったら買い物間違い?
青梅の描かれた「梅酒のひととき やすらぎのいっぱい」なる紙パックの商品。
安くていい物をって思って2Lのそれを購入したらしいけど大間違いしちゃって。
で、私の帰宅後。
今朝の紙パックは何事もなかったかのようにひっそりと置き去り。
ごみ箱には「果実酒用リカー35% おいしい果実酒作りましょう ホワイトリカーゴールド」の空き箱。
どうやら無事に梅酒の仕込みが終わった様子。
でも例の紙パックはどうするんでしょう。



2001年06月04日(月) ■
偏屈

この春から膝の不調を訴えている義母の調子は相変わらず。
ちょっとよくなったかと思うとまた痛くなっての繰り返し。
散歩は極力控えるようにって言われてても
糖尿予防の為に止められない性分なんだから悪循環そのもの。
加えて鬱陶しい梅雨に入ろうってこの季節、どんな病気でもなかなか完治しないのが実態だ。
今夜も膝をさする義母。
見かねて「具合どうなんですかぁ」なんてちょっと優しい言葉をかける私。
医者から5回注射に通うように命じられた3回が終了した所らしい。
5回って根拠は私には理解不能。
「よくなったり悪くなったり。注射すると痛くなっちゃう」
「水を抜いているわけでもないんだけど」って義母が答えると突如義父の乱入。
「今の医者ってのは信じられないからな」
「どうやって水が溜まってるって判断できるんだ?」
日頃誰にも相手にされない鬱憤が溜まってるせいか余りにも喧嘩を売るような言い方。
穏やかに話していた義母も私も一瞬にしてカチンと来て「お義父さんみたいな患者は嫌われるね」
B「いいお医者さんだからって他から回ってくる患者さんも多いんだから」
 「素人には分からなくても専門の医者だから水が溜まってるって分かるのよ」
私「今の医者って定義付けするのは変」
B「信用して通ってるから体を任せられるのよ」
確かに医療ミスが取り沙汰されるのは事実だけどそれもこれも医療技術の進歩があってこそ。
義父に医者の資質そのものを云々する資格なんてありっこないのに。
もしかしてGって根っからの医者嫌いなのかもしれない。
通院さえも嫌がって60歳過ぎて急性虫垂炎から腹膜炎を併発して
死にそうになったのはどこの誰だったかなぁ。
義父の医者嫌いが災いして大袈裟なことになっちゃったのは何年前だったっけ。
入浴したーいって欲求のないGには入院そのものが快適な環境だったんでしょうけど。
義母の通う医院は義父以上に年配の大先生とその息子の若先生と女医さんの一家3人体制。
リハビリ医にも認定されててとっても親切で上手って近所でも評判なんだから。
家でゴロゴロしてるだけの偏屈Gに昨今の医療事情をとやかく言われたくないよなぁ。
暇に任せて批判的な発言を繰り返すTVばっかり見てるから偏屈に磨きがかかっちゃうんだってばー。
とにかく義母の膝の状態はまだまだ完治には程遠い状況らしい。
せめてこれから悪化しないようにと祈るばかりです。



2001年06月03日(日) ■
日曜日のこと

昨日から義妹宅に出かけた義母はやっぱりお泊り。
炎天下に曝されてる草花たちはまたもや可哀想な運命だ。
義母の代理で義父の仕事ってはずなのに一向に動く気配なし。
でも今朝は珍しく入浴の気配が漂っていた。
洗濯機が止まって洗濯物を干す前にお風呂掃除でも
と思って覗くと細く長く水が出しっぱなし。
残り5cmほどで溢れそうになってるから水道の蛇口を閉めて。
ハテ?いったい何日ぶりの入浴になるんだろうってぐらい久しぶり。
洗濯物を干し終えると私は美容院に直行。
開店と同時に駆け込まないと混雑しちゃうから子供たちには朝マックしてねーって言い残して。
で、美容院での気分転換を終えて帰宅。
お風呂場を覗くと入浴したのかしないのかイマイチ確認できず。
義父の入浴後に水の入れ替えって思ってる私は本人に入浴を確かめる。
沸かしてお湯になってるのに入らないってエネルギーの無駄でしかないのに。
「入ろうと思って・・・10分だけ火を点けたんだけど」
だったらさっさと入れよぉ。
沸かすのは入る時だけで十分。
しかもいまさら気がついたように「水止めてくれてありがとね」だって。
しばらくして観念したらしく久しぶりの入浴を果たした義父。
もちろん満タンに近いお湯はさっさと抜いちゃいましたけど。
やっぱり自分たちの健康のためには多少の無駄遣いは仕方ありませんわ。
で、夕方。
横浜の開港祭を満喫した義母が興奮の中に帰宅した。
「凄い人出。花火も綺麗だったわぁ」
見事なら自分1人で出かけるんじゃなくて義父も連れてってくれよ。
なんなら揃って義妹宅に一生お泊りしてくれても結構。
義妹から調達してきたゲームボーイアドバンスを子供たちに手渡す。
意味もなく玩具を与えるのは止めてって言っても一向に埒があかないんだから。
しばらくして自転車購入を目的についでに夕食も外食しちゃいましょってことになって6人でお出かけ。
隆之介に24インチ6段ギアのMTBを購入。
今までの22インチは光太朗にお下がり。
私の自転車も買っちゃおうかなぁって現在検討中。
買い物を終え夕食を食べてからスーパーで買い物。
小銭を出そうとバッグの中の小銭入れを探すもちっとも見当たらない。
慌ててお食事処に引き返すまでわずか10分ほど。
闇の中に黒い小銭入れが落ちてたとあって誰にも気づかれなかったらしく無事発見。
日頃の行いがいいから事無きを得たんだよね。



2001年06月02日(土) ■
忍者再び

火曜日の運動会の演技途中でCD故障に見舞われた光太朗たち2年生。
最終段階の決めのポーズを始め全行程を見てもらえなかったという子供たちの残念な思いと
父兄の要望に応える形で今日の3校時に「ハイパー忍者再び」
学年の6月の配布物の最後に大きなご案内が掲載されていた。
我が家からは旦那と私が学校に出向く。
忍者の再演が決まった数日前に光太朗が挨拶をすることも決まっていたから。
私と旦那が学校に到着したのは2時間目の後の20分休み。
元気に校庭で遊ぶ子供たちの中に光太朗を発見。
次の授業の為に体操服に着替えているものの
忍者の必需品となっているリストバンドとハイソックスがない。
昨日揃えて学校に持参してたはずなのに本人に確認したら持ち帰っちゃったって。
休み時間が終わっていよいよ再演かと待ち構えたら1回練習。
運動会本番では踊る場所を確認できなくて写真やビデオ撮りに支障が出たけど今度はバッチリ。
で、本番。
演技の前に2年生の各クラス代表が1人ずつ前に出る。
光「今日は僕たちのためにこ〜んなにたくさんの皆さんが集まってくれて・・・」
・・・中略・・・
光「それじゃ2年生のハイパー忍者 いっくぞ〜〜!」
音楽が始まってそれぞれのポジションに走って合流。
挨拶もしっかりできたしとっても上手に踊れたよ。
終わった忍者たちが観客の所に駆けつけて握手会&サイン会。
最初の挨拶で女の子が忍者と握手やサインOK&一緒に帰れるって嬉しいことも教えてくれてた。
数日前から発言のペーパーを入手してた我が家のみがペンを差し出し握手&サイン会。
「ハイパーにんじゃ にんぽうひかる」ってのが光太朗のサインでした。
で、子供たちと別れ学童の保護者会&父兄会にはしご。
年間行事の役員決めだってのにいつもながら参加者が少なくて話し合いは難航。
そのうち授業を終えた子供たちも続々と学童に集合。
お弁当持参で午後から学童のお楽しみ会って予定になってたから
早起きして母子3人分のお弁当の用意もしてたんだもん。
4年生1人じゃ嫌って隆之介は一旦帰宅してお弁当食べてから公園に合流。
みんなでお弁当を広げてから3時の解散まで目いっぱい外遊びを満喫。
スイミングは休日だったけど5時前に子供の歯の診療があったから日程は綱渡り。
義母が義妹宅に遊びに出かけ義父の夕食の心配をしたものの自宅は留守。
3人で焼肉屋さんへ直行しちゃいましたわ。



2001年06月01日(金) ■
面

運動会も終わって今日から6月。
新学期の喧騒から脱却してそろそろ真剣に学習に取り組んでほしい時期だ。
3年から4年への進級は持ち上がりって信じて疑わなかったのに
組替えがあったりして隆之介たちのクラスの雰囲気が落ち着かないのは事実だろうけど。
で、閉塞感を吹き飛ばすような嬉しいニュースが舞い込んだ。
それは去年の担任からの1通のお知らせ。
3年生の3学期に授業で書いた詩が先生方ご愛読の「教育技術」という雑誌に掲載されたって。
見慣れた先生の字で「おめでとう。これからも作文や詩を書くことの大好きな子になってくださいね。」
何月号に掲載された物かは分からないが
「子供の作品」という掲載されたページがコピーして添えられている。
隆之介たちのクラスから5人。
隆之介だけが唯一2度目の掲載だ。
3学期の詩の授業の前に週末を利用して題材を見つけてくることって言われてたのを思い出す。
 
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   めん                
                      
 「めん」                
 道場に声がひびいた。          
 おなかの中から声を出した。       
 竹刀をおもいっきりふった。       
 なんだかとても気持ちがよかった。    
 手を長くのばして            
 おもいっきり走った。          
 体にたまった声が            
 なくなるまで道場を走った。       
                     
 体にあたる風が気持ちよかった。     
                     
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去年の担任を慕ってクラブを選択したほどの隆之介だから喜びは尚のこと。
本当に嬉しそうにお知らせを持ち帰って来た。
今の担任に不満があるわけじゃないけど去年の担任の印象が強烈だったからなぁ。
もう1年受け持ってもらえたらどこまで成長が見えたんだろうって今更ながら残念。
何かに掲載されるとか人に誉められるって子供にとっては大きな自信だもの。
今の担任は方針が違うからこれから先こんな風に掲載されることはないのかなぁ。
校長室前の俳句の投稿箱も撤去されて久しいし子供たちの意欲を煽る何らかが必要かもしれないな。