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2001年03月31日(土) ■
名残雪

東京ではここのところの暖かさで桜が満開だって言うのに急激な冷え込み。
ついには雪も降り出して桜と雪と言うなんとも風情のある光景を目にすることとなりました。
満開の桜をバックにヒラヒラと舞う雪って幻想的な美しさです。
春休みに入って毎日学童通いを続けている子供たちにも年度末。
基本的に我が家の子供たちは土曜日はお休みってことになってるから昨日で全ての登所日程も終了。
今日は平和な土曜日です。
でも隆之介は今日からN塾の春期講習。
今日から連続4日間8時20分開始で5日目に復習テストとあって否が応でも今朝も早起き。
遅刻しないように車で送り届けてって慌しい朝です。
隆之介は隔週で行われる復習テスト3回目の結果を持ち帰り帰宅。
9千人ほどの塾生全体でのランクも判る復習テストなんだけど回を重ねる毎に
1000人ずつランクがアップしていることになる。
ってただ単にスタートラインが悪かっただけだけど。
さらに今日まで500円均一のコートやらをクリーニング屋さんに届ける。
で、今日最大のお仕事といえばタイヤ交換。
カー用品店に預けていた夏タイヤへの履き替え期限は今日が最終日なんです。
子供たちのスイミングが終わってお店に向かう夕刻も降り続く雪。
名残雪だったらスタッドレスじゃなくて普通のタイヤでOKってわかっていながらも
旦那に確認の電話を入れて履き替え確認。
帯同した子供たちを休憩所で遊ばせておいて店員さんとやり取り。
夏タイヤからスタッドレスへの履き替えの時は
タイヤが見つからなくて一騒動あったんだけど今回はトラブルもなくすんなり。
前回騒動のおかげで連続して交換作業も保管料金も無料っていう恩恵もあるし超ラッキー。
でタイヤ履き替えが終了してカウンターで「お車プラドでお越しの○○さん」って呼ばれて。
係りのお姉さんったら「お会計は済んでますか?」って何度も確認するわけよ。
伝票にはしっかり「次回工賃及び預かり賃は無料」って書かれているのにさぁ。
夏の期間のお預けとなると1万円だからレジ担当者としたら不可思議かもしれないけど
実際にタイヤ担当者が記載した文字が信じられないってことかしら?
で、レジのお姉さんに呼ばれたタイヤ係りの人があっさり了承して終了。
でもなんだかとっても気分を損ねたわ。
レジのお姉さんの異様な爪と応対のせいって感じたのは気のせいかな。



2001年03月30日(金) ■
セリーグ開幕

私が帰宅するといつものように義父母が揃ってTVに見入っていた。
「ただいま〜」の声も耳に届かないほど。
日頃からTVがお友達って生活の義父母だけどその集中力は尋常じゃない。
もう完全に身も心もTVにしか向いていない。
なんと言っても今日はセリーグ公式戦の開幕戦。
しかもカードが伝統の巨人VS阪神戦とあって応援に余念がないって感じ。
熱烈巨人ファンの義母を抱えて頭が痛いシーズンです。
なんでも今年からプロ野球の試合数はこれまでより10試合も多くなるって話だし
一喜一憂が即家庭への影響となって現れるだけに10試合増は恐怖そのもの。
子供たちは気配を察知して義母とは距離を置く。
幸いにして開幕初日の今日はルーキー阿部の活躍で勝利を収めたからよかったけど。
で、TVを見ていた義母が「今日は甲子園かしらねー?」。
一緒に見ていた義父は質問を気にとめる様子でもなかったけど
この程度の認識の義母の野球観戦と思うと心穏やかではない私。
だって開幕戦と言えば昨シーズンのAクラスの球場で行われるのが当たり前でしょ。
それすらも理解せずに野球を見てるなんて。
しかも放送中何度もドーム球場の全容が映し出されてるのに。
途中子供たちが私との夕食のために2階から降りてくると義母のご機嫌は一気に斜めに。
試合運びが思うように進まないことを子供たちのせいにしようって魂胆。
子供たちは子供たちでアニメが見たいって譲らないからチャンネル争いは必至。
とにかくダッシュで夕食を食べるように命じて事無きを得ましたけど。
これからシーズン終了までこんなバトルがあると思うと鬱陶しいなぁ。
巨人が圧倒的優位な状態だったらまだしも形勢不利な試合の時は要注意だわ。
誰か心安らかに野球観戦ができる特効薬なんか持ってないかしら?
で、今年の巨人戦放映中の試みとして8時の男ってのができたらしいわ。
打者あるいは投手を当てるだけって単純なゲームらしい。
8時目前にして義母ったら「葉書を出さなくちゃ」。
一応「FAXじゃなくて葉書なの?」って聞いてみたけど聞く耳持たず。
即座に抽選って言うんだからどう考えても事前送付かFAXでの応募しか考えられないのに。
何にも考えない義母が「8時だから」って大きな期待を抱いてる。
もちろん義母はすぐに自分の甘い考えに気がつかされたんだけど。
それにしても8時の男ってやつはかなりの景品。
挑戦したくなっちゃったわ。



2001年03月29日(木) ■
人事異動目前

4月1日の定期人事異動を控えて職場内が騒がしい。
ここの所職場改革なんて声も上がってるだけに今回の異動は注目の的だ。
今の職場環境はバッチリだから当分異動なんて望んでないけど
こればっかりは上司の判断だからアンテナを広く張り巡らしておかないわけにはいかない。
勤め人として異動はつき物だから仕方がないにしても毎年この時期はちょっと恐怖。
で、4月1日を目前にして異動の具体案が聞こえてきた。
某所から漏れ伝わって手元に入手した異動案。
所属部長から内示がないし当然私の氏名は見当たらない。
とりあえず今回も安泰と一安心。
さらに異動人事をよーく見ていくとこれまでの慣例を覆す大抜擢人事。
年功序列型の人事が崩れ去って久しいけどあまりにもずば抜けた飛び級にびっくりだ。
諸先輩方を飛び越えて一足飛びに管理職に就いた同年輩の男性数名。
何人もの兄弟子を押さえて真打昇進しちゃう落語家なんてもんじゃない。
とにかくこれまでの常識じゃありえないほどの驚異的大出世。
彼の昇進はそれなりにめでたいんだろうけどなぜか湧き上がる疑問の声。
当然人間的な欠如から納得し切れない点が多いからに違いない。
根回し上手と言うかごますり上手というか。
そんな人種が跋扈すること事体が恥ずべきことなんだけどあまりにも露骨な態度だから。
しかも女性陣はそんな人事抗争に加わろうとはしないから
いつになっても役職が上がることもない。
いつかは部長職を狙おうと思ってる(マジ?)私の上にそんな女性陣が多いと
つまりは女性全般がそんな目でしか見てもらえなくなっちゃうってことよ。
私より数歩先を行く諸先輩方にはなんとしても頑張ってもらわなくちゃならないのに。
でもこれって今までの経験から先輩たちが諦めちゃったってことかもしれないわ。
何と言っても男社会に違いないから。
今のところ私より遅く奉職した男性後輩に顕著に抜かされる様子はないけどこれも時間の問題かな。
男性って女以上に肩書きに拘るから今回の昇進組はさぞ鼻高々なんだろう。
あいつに命令されると思うと納得いかないけどこれも定めってことかしら。
所属部署が違ってるだけ平和だもん。
若い上司を仰ぎ見る諸先輩の内心は穏やかじゃないんだろうな。
何にしても来週早々の辞令交付が楽しみだわ。



2001年03月28日(水) ■
お別れ会の日

私がいつものように帰宅すると旦那が夕食準備と子供たちの入浴を済ませてくれていた。
共働きだから協力なしでは成り立たないから有難いけど
食卓に用意されたおかずを見ると卵を使用した様子。
今朝の時点で4個あったから残り個数はお弁当にちょうどって思ってたから計算外。
で、冷蔵庫を確認すると義父母の卵は鎮座してるけど私たちのは欠片もない。
明日からのお弁当に支障が出ちゃうよーって急いで夕食を食べるとお買い物へ。
近所のスーパーで水曜日が卵の特売日だからラッキーと言えばラッキー。
でも買い物に出た10分程の時間が明暗を分けたって感じ。
私が帰宅するとお風呂の水音。
手洗いうがいを目的に洗面所兼脱衣所へ進入しようとも思ったけど
誰が入っているか定かじゃないし裸を見せられても困るから別の個所でうがい手洗い。
リビングを覗くと1人静かにTVを見る義母。
子供たちは夕食前に旦那と入浴しちゃったってことは残りは義父しかいないじゃん。
オーマイガーッ!!
15日、22日とそれなりに規則正しい入浴だったから油断したわ。
1番風呂は免れたけど義父後の入浴じゃお風呂に入ったって意味がない。
私の入浴は当然のようにシャワーのみ。
それにしても花冷えしてる今夜義父が入浴するなんて誰が予想できたでしょう。
3、10、15、22、28日とわずかながら微妙に前倒しになってるのも気になるわ。
今後ますます予想がつきにくくなるってことですもの。
どうせならこの勢いを持続して毎日入浴するようにならないかしらねぇ。

23日に通知表をもらって春休みに入ってるとは言え
毎日何がしかの予定があってなかなかゆっくりできない子供たち。
でも今日の隆之介はお昼を挟んで友人宅へお出かけ。
急遽京都へ転校しちゃう友人のお別れ会です。
2クラスで80人以上存在する隆之介たちの学年は
新年度を迎える度に3クラスへの期待が持ち上がるんだけどいつもギリギリで×。
修了式目前にもクラスで3人のお別れ会をしたばかりなのに
今日お別れする友人は修了式当日に転校が判明したらしい。
しかも双子。
これで4年生になっても今のままのクラス編成間違いなしだろう。
で、今日の待ち合わせは近所のマック。
マックランチを囲んでワイワイガヤガヤ。
持ち寄ったプレゼントを渡して別れを惜しんで。
‘8人衆’と称されたメンバーの転校だけに残念。
最後に楽しい思い出ができてよかったねっ。



2001年03月27日(火) ■
遠足日和

昨日のスキー検定終了後5時頃現地を出発した私は7時には地元八王子に到着。
途中、ナビで愛車の修理を扱うトヨタ社を検索して電話連絡を入れていた。
目指すトヨタ到着後急いで傷の確認を依頼。
左後部のタイヤを挟んで前後側面に数10センチずつの傷。
板金塗装をかけても部品交換でも金額的に大差はないって説明を受けて。
で、塗装だと傷跡が残ることに変わりないから部品交換で見積もりを出してもらっていた。
板金修理の部品料と技術料のトータルで\33495−。
もちろん当て逃げ犯の全額負担なんだけど。
で、面倒臭いことほど迅速な対応が求められてるでしょ。
昨夜のうちにチェ○キーの持ち主に電話連絡を入れていた。
先方も当て逃げしちゃった割には極悪人じゃなかったらしく「至急手配します」。
トヨタ社が言うには発注者と支払いはあくまでも私じゃないと困るらしい。
つまりは当て逃げって事態を重く見てお金の未回収を心配してるってこと。
私の銀行口座に相当額を振り込んでもらう手配を万端に済ませたのは昨夜のことだった。
で、今朝9時半頃私の携帯に「振り込みました」って連絡。
銀行で記帳して確認すると見積もり額より5円多い33500円が振り込まれていた。
こちらが迅速なら負けじと先方も見事な対応。
これで安心して部品の発注ができるってもんだわ。
早速手配して金曜日に修理をしてもらうように手配。
でもこれで下取りの査定も下がっちゃうのかな?
誰かが助言してくれたみたいに修理中の代車費用も見積もってもらえばよかったな。

体に残るスキー疲れを感じつつも今日は子供たちの学童のお別れ遠足。
春爛漫の立川昭和記念公園で過ごす1日です。
先生とボランティアの人に見守られグループ別に電車を乗り継いで目的地に着いて。
それはそれは目いっぱい遊んだ1日だったみたい。
早起きしてお弁当作り頑張った甲斐があって子供たちのお残しなし。
好天の元広げるお弁当の美味しさは格別だったことでしょう。
予め納めていた軍資金が現地で子供たちに手渡されて
売店で光太朗はシャボン玉、隆之介は小さなボールを購入したらしい。
それぞれに公園内を走り回って楽しい1日。
隆之介には残り少ない学童生活だけど楽しい思い出がまた1つ加わったよね。
見事に晴れた遠足日和で本当によかったわ。



2001年03月26日(月) ■
スキー検定

母子スキー2日目。
春休みの平日のゲレンデってかなり疎らな人口密度。
昨夜から今朝にかけての雪混じりの雨のせいか昨日の雪より足元は若干いい感じ。
気温上昇で視界がないくらいガスったりした瞬間もあったけど。
子供たちは午後からの検定目指して今日も朝から1日レッスン。
昨日とは違ってJr.Aクラス&エキスパートにはかなりの人。
麓で板をつけたまま体操を済ませると頂上まで行って本格的クラス分け。
まるで大人のレッスン風景と変わりなし。
昨年3級取得した隆之介も無級の光太朗ももちろんAクラス。
で、レッスンが始まると時々ゲレンデで遭遇する程度だけど
活発に練習をこなす子供たちに嬉しくなっちゃう。
午前の練習終了時に先生から「午後はすぐ検定が始まるからお昼休みに練習しておくように」。
去年隆之介が3級を受験した時はポールとウェーブ、ジャンプの総合点だったんだけど
今年度から受験要綱が変わってポールでのタイムが全てになったらしい。
ウェーブをうまくこなすことのできない光太朗には幸い。
で、昼食後3人で何本か一緒に滑っていよいよ集合の1時半。
3級以上は受験、それ以下はレッスン中の判断でってことになってる。
受験はポールを2本滑ったタイムでの判断が全て。
数人のJr1級保持者が数本滑ってその日の基準タイムが決まるから結構厳しい。
スタート地点とゴール地点双方に先生が待機して
トランシーバーで連絡を取りながらタイムの計測。
隆之介は2本とも無難に滑ったけど光太朗ったら2本目に転倒しちゃって。
直後はションボリとうなだれて見る影もありませんでした。
総合タイムだったら合格するわけがありませんから。
1級から3級までの受験が終わると普段通りの練習再開。
3時半のレッスンが終わって45分から公の場で結果発表。
級の低いクラスから合格者が呼び出されいよいよ光太朗の3級。
「93番」ってゼッケン番号を呼ばれた時は小躍りしそうなほどの喜びようでした。
Jr3級のバッヂをもらってSAJへの登録料を支払い。
隆之介も無事2級に合格できてダブルの喜び。
終了後個別でタイムなんかを教えてくれるって言うからもちろん聞きに行って。
1級から3級までは2秒間隔で合否を分けたって判明。
光太朗ったら1本目に好タイムを出しておいてよかったわぁ。
これで2人とも記録会出場に必要な3級以上を取得できたってことね。
来季の頑張りが今から楽しみだわ。



2001年03月25日(日) ■
警官出動

待ちに待ってた母子スキー1日目。
生憎の春の暖かさとあって積雪量はとにかく雪質は劣悪。
麓の方には水溜りもできてるしゲレンデ全体も雪と言うより細かく砕かれた氷と言った様相。
でもスキー場は好天とあって春休み突入となった家族連れで賑わっている。
明日のスキー検定が目的だから子供たちは真っ先にスクールの申し込み。
年に1度のJr.大会開催日だから参加を促されたけどスクールを選択して。
で、子供たちはJr.のAクラスでの受講。
大会開催が幸いしてAクラス受講者は午前は2人で貸切、午後は1人加わって3人。
プライベートレッスンだと本来は割高になっちゃうんだから超ラッキー。
子供たちにとっては雪質なんて関係ないのか疲れを知らずに滑りまくってました。
私はと言えば午前も午後も1人でのんびり休憩を交えて適度に滑走。
子供と一緒に滑るには悲しいかな体力不足を実感して。
で、午後のスクールを終えた子供たちが戻ってきて何本か一緒に滑って本日のスキー終了。
板を担いで駐車場に戻ると愛車のフロントワイパーに何やら紙切れが挟まっている。
手に取ると「チェ○キー  山梨 82−20 当て逃げ」ってメモ。
慌てて車を一周して点検すると左後輪の周辺に明らかに擦られた形跡。
焦ってスキー場のフロントでお巡りさんを呼んでもらって待つことしばし。
地元の駐在さんが親切に対応してくれました。
免許証、車検証を提示して車の状況を伝えて。
それにしても親切な目撃者のメモがどんなに役に立ったか。
駐車場の現場検証を終えた駐在さんが
「車種と車番がわかってるので間もなく見つかると思います」って断言してくれたもの。
傷そのものは大した事なかったんだけど当て逃げされたってことが気分を害してたから
お巡りさんの対応にどんなに救われたことか。
で、10時過ぎになって私の携帯に着信音。
数時間前に別れた駐在さんから「今甲府にいるんですけどチェ○キー見つかりました」って。
スキー場のある清里から程近い甲府の当て逃げ犯宅を家庭訪問してる最中ってことらしい。
先方も「ぶつかったかと思ったんだけど」って罪を認めてくれて
当然のように修理費負担を申し出てくれて。
お互いの連絡先を交換して一段落。
こうなると目撃者様に感謝感謝。
都会の警官と違って駐在さんの対応って親切丁寧って感じたのは気のせいかしら?



2001年03月24日(土) ■
卒所式

午前中隆之介はN塾恒例の復習テスト。
で、その間私と旦那は光太朗と一緒に車2台連なってカー用品店にお出かけ。
オイル交換やら色々車のお手入れも大変なんです。
2台の車のオイル交換やらエアフィルター交換やらで2時間ほどの待ち時間。
その間ショップ内を散策したり店員さんと話したり。
で、私の興味は車泥棒から愛車を守るグッズ色々。
盗難車��1がランクルでその中でも100って型が専ら被害にあってるんだけど
100が大方なくなってきたら次は私の愛車プラドが標的になりそうって報道されてるんだから。
何百万円もの被害を防ぐには自衛手段しかないもの。
数万円のグッズで盗難を防げればラッキーって感じかな。
あれこれ悩んでるうちに作業が終了して今回は見送りとなっちゃいましたけど。
近辺で泥棒集団の跋扈って報道がなくとも油断は禁物だから近々には考えなくちゃいけないな。
2台揃って車屋さんを後にすると一目散に家路に。
午後からは3年間頑張って学童に通った隆之介の卒所式です。
1年生の時から徐々にお友達が退所して今日を迎えたのは13人。
光太朗たち在所児童と先生方、ボランティアの多くの人たちと父兄に囲まれて心温まる卒所です。
3年生全員に先生手作りの卒所証書が手渡される。
個々を認め誰一人として同じ文章がない世界で唯一の卒所の証。
自分で作った紙筒に卒所証書を収めて在所児童から花束をもらって。
放課後の家庭代わりとなる学童生活で親子とも得たものは大きいわ。
働く母が安心して子供を託せたのはこの環境あったからこそ。
子供たちから一言ずつ挨拶。
涙しちゃう女の子もいて私も思わずウルっときちゃった。
隆之介が男児を代表して記念品を貰って。
これで学童生活から羽ばたいて放課後独り立ちと思うと感慨深いわ。
6年10ヶ月の保育園生活から通算すると10年近くお世話になってた保育行政からの脱却だもの。
各自が手がけた卒所文集を頂戴した後は余興。
手話を交えた子供たちの歌とか先生方やボランティアの人形劇や歌も披露されて喜び一杯。
だけどこのお別れお楽しみ会も中座してスイミングへ。
急いで帰宅して荷造り。
慌しく日程を梯子した本日の最終地点は母子3人での清里宿泊なんですもの。
月曜日のスキーJr.検定に向けての1.5泊が待ってます。



2001年03月23日(金) ■
修了式の日

子供たちの今年度の通学も今日でお終い。
隆之介は低学年でなし得なかった年間欠席0をついに達成。
光太朗も最後の最後で1日お休みしちゃったけど無事に修了式を迎えることができました。
3年生の隆之介には3回目、1年生の光太朗には初めての修了式です。
学校ではお掃除と集会があるだけで通知表をもらって終了。
春休みに向けて訓示があったらしけどそんなことは子供たちにはお構いなし。
とにかくいかに楽しく遊ぶかが最大の焦点なんだから。
で、子供が興味なくとも親の関心事はやっぱり通知表。
絶対評価と違って子供の位置付けが分かるわけじゃないにしても習熟度の目安にはなるものね。
私たちの子供の頃って教科評価があってさらに項目毎に劣ってるとかできるの評価だったのに
今って教科全体の評価はなく全て項目毎に評価を受けるって妙なシステム。
これが教育改革の一環だったら笑っちゃうけど。
で、3年生の隆之介は「よくできる」「できる」「もう少し」の3段階評価。
先生からのコメントで「集中して授業に取り組めるようになった」ってあった通り
半数以上の項目が「よくできる」で「できる」がチラホラ。
恐らくクラスの中の上って所だろう。
隆之介には通塾の刺激がいい影響をもたらしてるのかもしれない。
もう一方の1年生の光太朗にいたっては「できる」と「もう少し」の何とも単純な2段階評価。
今学期の光太朗は通知表で見る限り全てが「できる」で成績優秀。
担任が可能な限り「できる」を付ける方針なのかって疑いを抱かざるを得ない。
まだまだ1年生だから誉め殺しもありかもしれないからねぇ。
行動の欄は2人とも未熟さを露呈。
行動採点って担任次第にしてもうちの子供たちのやんちゃ振りは群を抜いてるから。
ってことで今年度の子供たちの学校生活は終了。
隆之介は3年生にして初めて欠席0を達成。
で、最終週の19日にお休みしちゃった光太朗の通知表の出欠の欄。
先生が通知表作業の時には欠席なんて思いもしなかったらしく修正液で直した跡。
先生の期待を裏切ってしまって本人が一番無念なんだけど。
でも2人とも無事に今年度を終えることができて何より。
来年度以降もパワフルに頑張ってほしいわ。
とりあえず1年間の頑張りお疲れさまって労っておかなくちゃ。



2001年03月22日(木) ■
卒業式の日

今日は子供たちの学校の卒業式。
在校生を代表して参加する5年生と当事者の6年生以外はお休み。
隆之介たちは10時からお弁当持参で学童生活だからちょっとだけ余裕の朝です。
出勤前のお弁当作りだから私の忙しさは変わりないけど。
今年度で学童ともお別れ隆之介も今日は久しぶりに1日を通しての学童生活。
学校敷地内の学童だから卒業生やら父兄の様子も少しは見たのかと思ったけどそれがまたさっぱり。
式典の邪魔をしないように学童内で遊ばされていたってことかな。
隆之介も小学校生活の半分が過ぎちゃったから3年後には
・・・って思うと子供の成長って何だかあっという間だわ。

昨夜入浴の気配だけ見せた義父。
義父ったらたまにしか入浴しないくせに1番風呂でたっぷりのお湯じゃないとだめ。
郷里鹿児島は著しい男尊女卑で入浴でも食事でも主が1番らしいけど我が家じゃ通用しないのに。
で、義父の後塵を避けるためにお風呂の水を取り替えずに出勤。
帰宅前に電話で子供に命じて汚いお風呂の水を抜くって作戦。
今まで何度も成功してるかなり効率のいい作戦なのよねぇ。
我が家まで5分って所でいつものように隆之介に電話。
と「おじいちゃんが入るって」。
入るってことはすでに入ったのとはどう考えても違う状況らしい。
あえなく作戦失敗。
私が帰宅すると義父は見事に入浴中でちっともお風呂から出てくる気配もない。
もうこうなったら風呂水取り替え作戦はできっこない。
本日は玉砕。
で、子供たちと入浴って段。
洗面器を使おうとした彼らが「ヌルヌルして気持ち悪ー」と訴える。
とりあえず別の洗面器を用意して対応。
でもお風呂のギトギト感だけはどうやっても拭い去ることはできない。
ジャンジャンお湯を使って最後にシャワー。
眠気眼の光太朗も「今日お風呂で溺れたらばい菌で死んじゃうから」って必死。
私は湯船にも浸からずシャワーだけで済ませちゃいました。
4月並みの暖かさで桜も開花って言うけどこれからの義父の入浴予想はますます難解。
毎日なんて無理な注文はつけないからもうちょっと何とかならないかしらね。
で、入浴後洗濯物を洗濯機に投げ込んだ私。
でも朝義母が洗濯しちゃうから洗濯機にはちょっと余裕。
もう少し入れてから・・・と思ってたら何時の間にか義母が回してた。
え゛〜!
義父の下着混入?!
不幸中の幸それだけは免れたけど明日は混濁間違いないわ。



2001年03月21日(水) ■
いよいよ?!

昨日までの体調不良も回復して光太朗は今日から登校再開。
連絡帳にインフルエンザ検査の結果菌が発見されなかった旨記して。
先週で今年度の給食は終わっちゃってるから学校は午前授業だけど
放課後は学童での生活が待ってるからお弁当持参で。
暴れると熱が上がっちゃうよーって教えておいたけどどの程度静かにしてたのかは疑問。
帰宅後ズボンの裾の折り返しの中は砂だらけだったから。
でも先生からは「いつもの光太朗くんとは少し違って・・・」って連絡があったから
ホンのちょっとは病み上がりって雰囲気はあったのかもしれないわ。
とにかく元気になって一安心です。
折角のお弁当、隆之介はお残しなしだったけど光太朗はおかずの何点かお残し。
食欲も万全じゃないから仕方ないかな。
明日のお弁当は残さずに帰ってきてくれるといいなぁ。

私より旦那の帰宅が早く、夕食準備と子供たちの入浴は完璧。
で、食後の私に子供たちったら密かに耳打。
「あのねっ、おじいちゃんがお風呂に入ろうと準備してたよ」。
ひぇ〜。まさか?!
15日の入浴からお風呂無縁生活を送ってるのにいよいよ入る気になったってこと?
入ろうとしてたのはいつの時点なんだろう?
子供たちの日記や勉強に付き合ってるうちに入られちゃったら困っちゃう。
で、旦那に子供たちの面倒を見ていてもらって義父に先駆けて入浴。
もちろん子供たちと一緒の入浴じゃないから
万が一でもドアを開けられることのないようにお風呂のドアの前に「入浴中」の看板を掲げて。
これだって義父に覗かれた忌まわしい経験があってこそ。
子供たちの助言に基づいて早めの入浴に漕ぎ着けたおかげで後手に回らずセーフって感じ。
洗濯機を回してさらに義父の気配を伺う。
でもやっぱり入浴する様子はなし。
ってことはこれまで同様数日間のフェイントを重ねた後に入浴するってことかしら?
入浴の気配が見え隠れし始めてるってことだけは確か。
今日から先は日々戦々恐々。
毎日義父の入浴の気配を伺いつつ入浴しなくちゃいけないんだわ。
明日からは出勤前にお風呂の水を入れ替えてくるのはやめなくちゃ。
自宅到着間際に自宅に電話して隆之介に入浴確認
→お風呂の入れ替えって以前の作戦を実行しなくちゃいけないかもしれないもん。
ここしばらくは入念な連携プレーが求められることになりそうです。



2001年03月20日(火) ■
春分の日のこと

日曜日から発熱している光太朗は他の症状の回復に比べて熱だけが治まらない。
見た目にはすっかり元気な様子なのに朝の検温でも38℃。
だから春分の日のお休みは光太朗の体調回復になんとも有難いタイミングです。
隆之介は毎週火曜夕方からのN塾の授業が祝日日程で朝から行われたり
カブスカウトの活動やら振り替えたスイミングで多忙な1日だったけど。
塾が8時40分から9時50分で9時開始のカブ活動には遅れて合流したんだけど
車の中で着替えをしたりとそれはそれは大忙しだったんだもの。
午後5時半からのスイミングにはいつものようにスクールバスを利用。
帰りは旦那が迎えに行ったけどホント隆之介ったら頑張るよねー。
義母と旦那の買い物ついでのお迎えだったから
バスで帰宅した方が早かっただろうってくらい帰りが遅くなっちゃったのは気の毒だったけど。
で、多忙な隆之介は別にして光太朗と私は本来はお出かけ予定。
独身時代にアメリカ&カナダを旅行した時にツアーで一緒だった兵庫の友人が上京してるから。
子連れOkってことだったから妹の3歳の長男を交えて上野辺りで会おうって予定だった。
当然急な発熱で予定はキャンセル。
光太朗も楽しみにしてたはずなのに友人との再会は妹限り。
でも上野には行かれなくともそれなりに気分がよくなった光太朗は
義母の朝のお散歩について行きたいって自分から着替え。
当然断固却下。
ゲームやカルタなど室内で遊べるものを見つけて暇つぶしです。
もちろんお相手は私と隆之介だけ。
味覚もボチボチ回復してるみたいで適度に食欲も復活してるし
今日1日のんびり過ごせば明日からまた元気に登校できそうだから無理は禁物だもの。
徐々に38℃から37℃に下がって夕方になって36.6℃を確認した時はみんなで一安心。
結局処方されてた4服の解熱剤は3回服用しただけで済んじゃった。
38.5℃以上って目安だけど解熱剤ってそんなに頻繁に服用できないから。
熱性痙攣を起こした経験のある隆之介より熱に強いってのも頼もしい。
今夜もお風呂だけは入れなかったけど宿題に手をつける余裕も出てきたしもうほぼ大丈夫だろう。
で、光太朗に「治ってよかったね」って。
嬉しそうに「明日学校で暴れないようにしなくちゃ」。
祖母が看病してくれたことや
いつも喧嘩ばかりの隆之介が優しかったことに感謝の言葉を口にしていたわ。
ママが1番だったのは公然の秘密よん。



2001年03月19日(月) ■
初欠席

昨日から体調を崩した光太朗は一夜明けても不調の極み。
朝の検温時にも39℃を越していたので連絡帳にその旨を記入して隆之介に託す。
入学時から健康に気をつけて皆勤を目指してきたのに残り3日でのリタイヤは本当に残念だ。
隆之介は1年、2年と1回ずつ欠席してるけど本年度は何とか欠席0となりそうな感じ。
年間を通じて欠席なしで登校するって簡単なようで本当に難しいことだ。
でも熱には勝てず仕方なく。
光太朗は吐き気は治まっているものの相変わらずの高熱。
飛び石連休の間で休暇を取ってる人も多いけど
今月は度々休んでるし来週もスキー休暇を予定してるから
義母に光太朗の看護を頼み後ろ髪を引かれる思いで私は出勤。
こういう時には義母の存在が有難い。
出勤後何度か自宅に電話をかけて様子を伺うとあまりの高熱に驚く義母。
自分の子供じゃないから余計に気を遣っちゃうんだろう。
「何も食べないしうわ言言って寝てるし40℃も熱があるー」ってそれはそれは焦ってる。
昨日の休日診療医からインフルエンザかもしれないって聞かされてた私は
多少の発熱は覚悟してたけど義母には驚き以外の何物でもなかったらしい。
でもあまりにも義母があれこれ訴えるからかかり付けの小児科への通院を促す。
昨日の医院は一気に患者が殺到したため57番診察の光太朗の時にはインフルエンザの検査薬が品切状態。
本当にインフルエンザなのかも定かじゃないから。
電話でかかり付け医に確認を取ると検査薬の在庫は十分。
診察は5時半まで。
この時点で4時過ぎだし私が早退してもワープしない限り連れて行かれる時間帯じゃないから
義母にタクシーを利用してもらうように依頼して。
それまで寝てるだけだった光太朗も気を振り絞って通院の準備をして。
で、医者では昨日もらった薬を提示してインフルエンザの検査。
喉の奥に棒みたいなのを差し込んで検査したけど菌は発見に至らず。
医者が「具合は?」とか光太朗に質問してるのに義母が答えちゃって
「おばあちゃんに質問してるんじゃありません」って言われたらしい。
子供に答えを求めてる時に答えちゃうのはいつもだけど困った状態。
で、私が帰宅すると隆之介がコンビニで購入してきた氷入りの枕なんかもありました。
美味しくないと言いつつイチゴを食べたり
昼間の状態が嘘のように元気になったのは私の姿で安心したせいかな?
早く本調子に回復するといいな。



2001年03月18日(日) ■
休日診療

隆之介が体調不良で休日診療に行ったのは先々週のこと。
あれからちょうど2週間、今日は光太朗が絶不調です。
朝から本人が「熱い」って訴えるほど体温は急上昇。
加えて吐き気も頭痛も腹痛も咳もで今まで元気だった反動で一度に諸症状が出ちゃったって感じ。
例によって市の広報で休日当番医を調べて診察に向かいます。
休日の当番医は内科外科併せて4件。
総合医院も含めて内科を扱う3件のうち2件が小児科診察OKってことになってる。
出発前に光太朗の検温をして洗面器を持たせて。
最初に向かったのは本人の体力を考えて一番近い駅前の内科。
でもここは小児科を掲げてないことを理由にあっけなく断られちゃった。
大人だけの純粋な内科にしてもその場でぐったりしてる子供を何とも思わないのかな。
今日の小児科担当になってる他の2件は市内主要部から30分はかかる距離なのに。
でも仕方なくどちらかと言えば近い方を選択して車で走る。
午前の受付終了時刻に間に合わせようと焦ってもお彼岸の渋滞にはまってなかなか進まず。
予想通り車中で何度も苦しそうに吐く光太朗。
でも何とか午前のラストから数えて3人目に受付することができて。
やっぱり風邪が流行ってるみたいで通院する子供たちの多いこと。
2階の小児科での待ち人数は10人を下らない。
で、ここってとっても配慮がなされてて診察前から安心感。
階段のバーは大きい子用と小さい子用に2本設置されてるし
小児科全体がミッフィーちゃんの壁紙で明るい雰囲気、
待合室に用意されてる玩具や絵本だって子供を退屈させないような工夫だらけ、
加えて院内報で最近の小児科での診察状況を伝えてたから。
検温は38.7℃。
折れ線グラフに体温変化やその他の症状を書き記すように言い渡される。
身長、体重を予め測って待つことしばし。
可愛いドアを開けて診察室に入ると優しそうな女医さんが症状を確認した上で
「インフルエンザかもしれませんねー」だって。
それぞれの症状にあわせて薬もたくさんもらうことに。
で、診察が終わって先生の話の途中で光太朗はトイレに。
終わって処方箋を手にした私に「薬何味にしてくれた?」って。
苦い薬が飲めない子には+100円でイチゴ、桃、メロン、みかんの味付け可能って書いてあったから。
残念ながら普通の苦い薬をもらって帰宅。
夜には40℃にまで上がっちゃったけど早く治ってるくれるといいな。



2001年03月17日(土) ■
予約

子供たちが学校から帰ってくると午後からはスイミング。
出かけたついでにN塾に春季講座の申し込みをしたり買い物をしたり。
子供のいない午前中珍しく2度寝で体力回復を図ったんですもの体調はほぼ万全。
忙しくたってちっとも苦には感じません。
今週は風邪気味で通院しようって思ってたのにこの自然治癒力。
健康ってありがたいわねーって実感して。
で、N塾の春季講座申し込みで我が家の春の日程が確定。
習い事や残り少ない学童行事等日程を重視しつつも
子供たちと目いっぱい楽しみたいからあれこれ工面。
例年の5分の1にも満たない滑走日程しか得られなかった諸事情を鑑み
なんとか最終スキー計画へと入念な段取りを進めます。
母子が目指す清里スキー場のJr.検定は26日。
あれこれ画策して旦那にも一応は相談。
で、24日の学童卒所式終了後3人で清里に行くことに決めちゃった。
去年母子で一緒に宿泊したペンション。
速攻で電話予約を入れて一段落。
旦那抜きのスキー計画だとなぜか順調なのよねー。
積雪量は申し分なさそうだけど雪の状態はどうかなって今から楽しみだわ。

義母と旦那がいない間に義父と「お金無駄に使いすぎだよねー」って。
義父も義母の金遣いの粗さには閉口してるらしい。
挙句「DLセットじゃなくてソファがよかった」って。
だったら選考過程で意見を言えばよかったのにー。
ヒステリックになっちゃう義母と違って義父は意外と冷静だから淡々と。
って言うか家の中で誰にも相手にされなくて話をしてくれる相手に飢えてたらしい。
お金のことだけじゃなくて「最近のお義母さんの料理は手抜き」とか
義父の不満もいっぱい聞かされましたもん。
昨夏から義父母と私たちの食事が別になったことで色々な影響があるってことね。
美味しいお食事の用意をしても義父だけじゃ甲斐がないってことかな。
ヴァレンタインの干菓子購入の経緯も聞き込み。
で、話は止まる事を知らず。
同級生の再婚話から勤労動員の話やらもう途切れることなく。
動員されてた富山から鹿児島まで帰省した苦労話やら
30時間以上かけて上京したこととかそれはそれは尽きることなく。
義父と同じ年の友人で奥様を亡くした人って結構いるらしい。
我が家のG&Bのどちらかに万が一のことがあったらどうしましょ?
片割れになったらますます意固地になりそうだわ。



2001年03月16日(金) ■
切り捨て?

あと1週間で今年度も終了、2週間余りの春休みを迎えることとなる。
で、2月から塾に通い始めた隆之介は初めて迎える春季講座の日々となるはず。
だけど3月も中旬となった今現在も春季講座の概要が届く気配もない。
春休みの予定すら立てることができなくて困っちゃうし。
ってことで痺れを切らした私からN塾に問い合わせの電話です。
当然のように電話の最初は下手に出て。
基本的に月謝その他は銀行引き落としなのに
2月末までに口座届をしなかったこっちにも非があるから。
でも月初めに現金を持参した際にも一連の案内文書にも
一切春季講座の費用納入方法には触れず終いだったんだから。
なのに案内文書によると2月中旬から講座の座席抽選なんかもやってるって
現実とは異なると思われるタイムスケジュールが載ってたり。
でもみんなは事務手続きが進むにつれ着々と講座への心つもりもできてるってことらしい。
あまりにも案内とはチグハグな現実。
電話の向こうは慌てて確認をとる事務担当者。
で、かなり長い間待たされてから「申し訳ありません」って非を詫びる。
ってことはこのまま私が問い合わせしなかったら最悪の場合春季講座が受けられなかったってこと?
と、担当者ったら「おっしゃる通りです」だって。
いくらお受験を真剣に目指してないからってそんなうっかりミスがあっていいの?
現金納入の際に一言添えなかったこともタイムスケジュールをいい加減に作ったことも
普通の会社だったらありえないはずなのに。
お受験産業って成績の悪い人には冷たい仕打ちってことかしら?
結局週末に現金を持参することになったんだけどいまいち納得できないなぁ。
受験実績を上げるためにトップクラスだけ重視してるんじゃないかって。
入塾して2ヶ月足らずでこんな疑問が吹き出るようじゃ・・・。
隆之介本人が塾は楽しいって納得して通ってるから救われるけどこのままでいいのか考えちゃうわ。




2001年03月15日(木) ■
入浴?!

昨夜体調が優れなかった私はいつもより早起きして入浴。
いつものことだけど6時前。
で、旦那も夜入らなかったと見えて起床後の入浴。
私がお風呂を沸かした後だから結構温かかったんじゃなかったかって予想できる。
旦那の入浴があって朝お風呂掃除ができなかった私が
帰宅してお風呂場を覗くと何やら嫌な気配。
旦那だったらお風呂の残り湯を抜いておくとか帰宅後の私へ配慮があるはずなのに。
お風呂マットが敷きっぱなしだし湯船のお湯は満タン。
加えて洗面器の置き場所もタオルの濡れ具合もまさに義父の入浴を示すシグナルだったから。
週末の朝旦那の入浴後に湯船満タンで熱くして義父の入浴を促す作戦ってのがここ最近の傾向。
先週の土曜日もそのまた前の土曜日もその作戦が奏功して見事に義父の入浴に結びついている。
だから極めて規則正しい1週間毎の入浴って信じて疑わなかったのに。
今日の入浴の気配はいったい何だって言うの?
いきなり初夏の気温になったって言うから自分から進んで入浴したのかしら?
八王子は20度を超したって報道されてたけど全く迷惑な話。
満タンのお湯を捨て去ることもできずに仕方なく入浴。
と、子供たちも「洗面器がギトギトするぅ」。
間違いなく義父が入浴したってことだわ。
洗濯物置き場が違ってからは久しぶりに着替えたであろう確実な下着チェックができないけど
これだけの状況証拠がそろえばほぼ間違いない。
子供たちと入浴しながら義父本人に入用確認を取るかについて相談。
でもこれまでのことを考えて3人とも口を噤んで確認断念。
余計なことを聞いたら怒られちゃうに決まってるもん。
で、入浴後ふと見るとヘルスメーターの位置も定位置から逸脱。
まさかこれも義父の仕業?
これからの季節、義父の入浴がますます予想し辛くなって困っちゃうな。
今日の入浴が本当だったら土曜日に再入浴ってことはあり得ないよねーって
子供たちとも確認したけど読者の皆様はどうお思いかしら?
久しぶりに入浴クイズ開催いたします。

それにしても義父ったら寒がりで困っちゃう。
しがみつくようにストーブ前に佇む義父。
寒い時なら家族も納得なんだけどこう暑くちゃ気持ち悪い。
自分次第でストーブを点けたり消したりするから酸欠状態寸前。
恐らく1日中こうしているんだろうな。
ボケ突入もそう遠い未来じゃないって予感。
義父には不安材料がいっぱいです。




2001年03月14日(水) ■
ホワイトデーの日

昨夜立ち寄った百貨店の特設会場でも
義理に報いようとプレゼントを購入する背広姿がやけに目に付きましたっけ。
今日はホワイトデーです。
旦那がゲットしたチョコのお返しを用意するのは毎年私の仕事。
今年はロイズの期間限定バニラとキャラメルの生チョコの組み合わせにポロのタオルをつけて。
自分がもらって嬉しいものが選択のポイントかな。
贈り物ってセンスが現れちゃうから難しいけど。
私にも上司たちからのプレゼント。
ゴディバのチョコや箱入りの花束なんてお洒落で嬉しくなっちゃうものも届いたわ。
みんなそれぞれに頭を悩ませた結果でしょうねぇ。
花束を抱えて帰宅すると我が家にはホワイトデーの気配はなし。
と思ってしばらくしたらGがいかにも和モノって袋を私に差し出したの。
なんだかとっても嬉しそうな表情を浮かべて。
でも和菓子って嫌いだから受け取ったものの困り果てる私。
去年も和菓子でそのまま置き去りにしちゃったんだっけ。
義父母のいない所で中を確認すると春らしい彩りの京都の干菓子。
職場の誰かに横流ししちゃおうっと。
出不精のGが自分で買出しに出かけたとは考えられないからBが買ってきたのかな?
10年も一緒に住んでたら私の好みも分かりそうなはずなのになぁ。
週末のバトルが響いているのか旦那からのプレゼントがなくてちょっと悲しかったけど。

それはそうと週始めの保護者会の寒さで風邪を引いちゃいました。
昨夜から鼻水が出て夜も眠れなかったくらい。
出勤前に鼻水対策にたくさんのポケットティッシュを用意していたら
義母ったら「風邪引いた」って私の言葉を信じなくて「花粉症じゃないの?」。
自分が花粉症だからってそんなぁ。
情けないけど職場のごみ箱はティッシュの山。
恙無く退勤時刻を迎えて帰宅すると義母が作りすぎたおでんのおすそ分けがあって
夕食の準備をしなくて済んだだけラッキー。
でも食後はさらに具合が悪くなっちゃってトイレに駆け込んで吐くこと数回。
その後の家事一切を放棄して布団に潜っちゃいました。
旦那もいまいち体調が優れなかったらしく義母が子供たちの面倒を見てくれて。
風邪の症状も変化しつつあるのか布団に入ると鼻水攻撃もちょっと落ち着いて。
咳と吐き気がすることを除けば見た目だって元気だし。
ってこれだけ自覚症状があれば立派な病人なのかな?
週末に向けて気合で元気にならなくちゃ。




2001年03月13日(火) ■
51000円

土曜日発売のJ○Lの激安航空券が取れなかった義母は
鹿児島行きの日程が2ヶ月後に迫ってるのに自らチケット購入の動きに出る気配がありません。
それほど真剣に電話掛に取り組んでたわけでもないのに土曜日に燃え尽きちゃったって感じ。
いざとなったら普通の値段のチケットで帰るからいいわぁって安易な発言を繰り返しておりました。
でも2ヶ月前なのに購入しなくて本当にいいの?
今は早割り商戦が活発で直前だとますます手配が難しくなっちゃうのに。
ギリギリまで動かなくて結果的に取れなかったら私の責任ってことにもなり兼ねない。
で、そうなることを回避すべく親切心半分で自宅に電話で問い合わせ。
案の定航空券の購入なんてまだまだ先のことって思ってたらしく
ちょっと驚きつつも予想通り「じゃお願いね」。
5月の第2土曜日に当たる12日にこっちを発って翌週の19日に帰宅するってのが義母の希望だった。
双方とも午後便を希望してるってことは私たちは送迎を期待されてるかもしれない。
当初予定の10日間より若干短縮されたものの1週間もの間義父の面倒を見なくちゃいけないし。
で、職場に出入りしてる旅行会社さんに電話で問い合わせ。
と、J○Lの激安チケットが完売された影響が航空他社にも及ぼしてて
どの飛行機も徐々に残席が少なくなってきてるらしい。
義母が安易に考えてたのとは全く異なる状況。
こちらの希望を伝えて該当便の残席を確認してもらうと再度義母に連絡して機種選択をお任せ。
義母が選んだのは往復ともA○Aで無事に航空券の手配も済んで一安心。
でも値段を伝えた途端電話での対応もいかにも口惜しそうって感じに。
J○Lの激安航空券で往復1万円ってのが頭の片隅に残ってたんだろうから仕方がないけど。
東京⇔鹿児島便って割引率がよくない路線って言うけど聞きしに勝るって感じ。
往復割引か早割りかの究極の選択だったらどちらかと言ったら早割に軍配だし。
割引の併用ができないって辛いわねぇ。
通常期で片道33000円のチケットが往復で51000円にしかならなかったから。
早割りだから半額にはなると目論んでた義母の慌て振りが伝わってくる。
航空料金だって当然義母の自己負担だからこっちは痛くも痒くもないけど。
激安運賃で往復1万円と比較しちゃうと4万円以上の差は大きいわね。
明日は旅行会社さんへのお支払いが待ってるわよ〜ん。




2001年03月12日(月) ■
保護者会��

「だめだって言ってんだろうが・・・」
上司の冷たい一言と同僚の刺すような視線を背中に浴びながらの午後半休。
先週の火曜日以降1週間に3回目の休暇ですもの無理はありません。
一瞬にして心を切り替え学校へと急ぐ私。
今日は光太朗たち1年生の授業参観&保護者会です。
先週の隆之介の時には職場を出るタイミングを逸したため2時半開始の会に大遅刻。
今日は2時半からの保護者会の前に授業参観が予定されてるんだから
お昼を食べることなく職場から脱出を図らなければなりません。
数分違いでも電車の関係で大幅に到着時刻が違ってくるんだからとにかく歩を進めることが大事。
授業冒頭からの参観は最初から諦めてとにかく授業中に着くようにって必死。
乗り換え駅の売店で時間調整にパンとコーヒーを調達して。
で、やっとのことで教室に着くと授業はちょうど半分を過ぎた頃。
3学期の生活科で学んできた「大きくなった私」のまとめの授業でした。
写真や聞いた話を元に紙芝居でみんなに発表したり親への手紙を披露したり。
光太朗は年度当初より少しは落ち着きが出始めたって程度で相変わらずの落ち着きのなさ。
後ろを見たりおしゃべりをしたり。
先生から自分の手紙が読み上げられた時にはちょっぴり照れくさそうにしてましたけど。
来年度の入学式で新2年生が在校生を代表して披露するピアニカでの「きらきら星」を聞いて授業終了。
理科室での全体保護者会&各教室での年度末の保護者会へと移って学校って寒いなぁって実感。
授業中の教室は暖房が効いていたのに理科室は火のない状態。
しかもおおっぴらにドアを開け放した状態だから風が通って足元が冷えること。
中学年の時と同様に校長先生が始業時刻を5分早める話をして退散してから
学年共通の話題や今後の課題なんかが議題になったけど寒くてそれどころじゃなかったわ。
足元にコートを掛けてブルブル震える父兄と平然としてる教師との間には深い溝が感じられましたもの。
教室に移動してからはお茶とお菓子を囲んでの話し合い。
8時25分始業って案に「うちの子は8時25分に家を出るんですぅ」なんて親や
「朝起きられないから」って軟弱な意見が相次いでびっくりしちゃった。
我が家は共働きで早寝早起き励行家族だけど時間にゆとりがあるとかえってルーズになっちゃうのかな。
今年度の学校行事も終了です。




2001年03月11日(日) ■
DLセット導入

結果的にはスキーに行かなくて正解だったのかも。
家具の配送がなされることになっていたから。
子供たちに石打に行かなかった代りに
日帰り可能の遊園地かスキー場を提案したけどたまにはのんびり過ごしたいって
希望に従って全く予定のない休日とやらの実践。
時間が来て私たちははいつもの日曜同様スーパーの朝市へ。
義母は家具屋さんの対応に追われてて私たちの買い物にはちっともいい顔じゃなかったけど。
私たちが買い物を終えて帰ると家具屋さんは仕事を終えて帰った後。
子供たちに邪魔をされずに作業も捗ったでしょうって。
私の細心な配慮も義母たちの心には響くことはないかな。
あれこれ片付けをしながらお昼の時間が近づいて。
旦那に「お昼は?」って聞くと昨日から機嫌を損ねたままだから「出かけるからいらない」って。
義父母も同様だろうし母子3人分の昼食を準備。
で、しばらくすると義母と旦那は仲良くお出かけ。
義父に義母が昼食として差し出したのは昨日の残りのおにぎりで。
3人分しか昼食を作らなかったので義父には提供できず。
その後は義母も旦那もいなくてのんびり。
新聞を読んだりTVを見たり。
で、新聞記事の中で私が注目したのは昨日のJ○L激安航空券の完売ってニュース。
昨日の朝の9時半の発売と同時に義母も旦那も電話を掛け捲ってたけど
ちっとも通話できない状態だったし
頼んでいた駅のそばの旅行会社からも早々と取れなかったって連絡が入ったんだもの。
恐るべし激安チケット。
義母ったら激安チケットは取れなくても通常チケットなら取れるって安易な考えだけど
J○Lが満席ってことは他の飛行機だって取れにくくなると思うのになぁ。
当然私に課せられる航空券なんだから明日は電話攻勢しなくちゃ。
義母と旦那は買い物に出たきりだしそろそろ夕食準備と思ってたら義母から電話。
「焼肉するからご飯を炊いておいて」。
それからしばらくして「もう少ししたら階段下まで荷物を取りに来て」。
で、私と子供たちは不愉快。
私たちが大荷物でヘルプの電話を入れても決して取りに来ることのない旦那と比較しちゃったから。
でも行かないとさらに怒られるし仕方なく荷物運び。
6人で囲む食卓は温かいはずなのになぜか冷めてた雰囲気。
備え付けの2人掛けと3人掛けの椅子には私のスペースはなし。
1人悲しく箱に座った私の存在ってそんなもんなんでしょうね。




2001年03月10日(土) ■
スキー計画決裂

「じゃ、行くのはやめよう」
旦那の一声で石打へのスキーは没になった。
もちろん私と旦那の間で激しい応酬があってこそ。
そもそも今回のスキーは旦那が一方的に言い出したこと。
高校生からの定宿の存在と石打スキーフェスタの開催が彼を呼んでいたらしい。
2泊3日で滑れるならまだしも土曜の午前中には隆之介のN塾の復習テストもあるし
わざわざ6時間もかけて石打に行かなくても近場のスキー場にってのが私たち母子の意見。
もちろん交通費だって宿泊費だって馬鹿にならないし
石打スキー場って他のスキー場に比べて自助努力が足りないって言うかリフトの割引率もわずかだし。
で、旦那から昨日までに準備を整えておくように言われてたのに何もしていなかった私。
気が進まないんだから作業だって捗らない。
今日の午前中にノソノソしていたのが旦那の逆鱗に触れたらしい。
「行く気がないならやめよう」って。
私が寒い中外の水道で子供たちの上履きを洗ったりしてる間に
自分だけさっさと荷造りを済ませちゃってさ。
なんで私だけ3人分の荷造り+αの作業を求まられるわけ?
「だから始めから気乗りがしないって言ってるじゃない」
「自分で宿泊費だってリフト代だって出すわけじゃないんだから稼いできてから言ってよね」
お金のことを言った途端面子をつぶされた旦那は半端じゃなく激怒。
「じゃ光太朗と2人で行くから」
「プラドは私の車だから鍵置いていってね」
激しい応酬に光太朗もビックリ。
旦那ったら終いには「おまえとは別れる」とまで言い放ちましたから。
「準備するから一緒に行こうよー」って私が言っても聞く耳持たず。
結局定宿に旦那が「子供の具合が悪いから」って電話して。
で、隆之介を塾に迎えに行ったついでに子供2人を床屋さんに連れて行ったりと
私はあくまでもスキー計画はなくなったつもりで行動。
でも帰宅したら旦那ったら「本当に行かないのか?」って。
「だってさっき宿に電話してたじゃない?」「だからそのつもりで床屋に行ったりしたのに」
と「具合が悪いって言っただけで宿の取り消しはしてないから誰かと行くかな」
結局断りの電話を入れたらしいけど。
旦那ったら不機嫌なまま出かけて夜まで帰宅することはありませんでしたわ。
そばで義母ったら「花火なら行けばいいのに」とか旦那を擁護するような発言の嵐。
義母の存在が鬱陶しいのは言うまでもありません。




2001年03月09日(金) ■
保護者会��

もうすぐ今年度も終了。
ってことで子供たちの学校でも年度末の保護者会開催です。
低学年、中学年、高学年と別日程で組まれてて今日は隆之介たち中学年。
今週は校外委員会で火曜日に全休を取ってるし
あまりにも短期間に頻繁に休暇を取って職場からは顰蹙モノだけど仕方なく午後半休。
これで来週の月曜日も光太朗の授業参観&保護者会で午後半休なんだから
肩身が狭いったらありゃしない。
まあ、淡々とこなすしかありませんけど。
で、電車に乗り遅れて保護者会には若干の遅刻。
冒頭校長先生が各クラスを回って来年度から始業時刻を変更する旨発言があったらしい。
2002年の指導要領改定に向けて様々な動きがあるってことね。
過渡期の教育現場は難しそうだわ。
その後は担任から1年間の子供たちの成長の様子が伝えられて。
年度当初は落ち着きのないクラスだったけどだいぶまとまりが出てきていい学級になってるって。
今週ジャイカの人たちが色々なクラスを訪問した際にも素晴らしいクラスって誉められたって。
子供たちの転機はりんごの授業で自分を見つめ
自分の長所を再発見することによって他人を認めることができたことから。
ジャイカの人たちにとって日本滞在中唯一の小学校訪問だから
日本の子供って言えば隆之介たちのイメージってことだって。
隆之介たちのクラスはスペイン語を操るチリとメキシコの女性で通訳なしで対処したんだって。
様々な体験ができるこの小学校って有難いかもしれないわ。
それから進級の度に懸案となってる学級編成のこと。
隆之介たち1組は42人と大所帯のだし隣の2組も40人を越してるのに
転出する児童も数人いるから3クラスはまたもや微妙らしい。
新学期になるたびにヒヤヒヤしてるけど6年間このままかもしれないなぁ。
欠席が12人の今日が適正人数って先生も言ってたのに。
転出予定のママたちからご挨拶があったりした後お茶をしながら懇親会。
遅刻したくせに途中退席しちゃいましたけど。
教室内外には3学期の授業の成果を表す詩やマイコマーシャルの文章などがいっぱい。
成長の跡が伺えて嬉しく見入ったのは言うまでもありません。
で、せっかくの半休を無駄にしてはなるものかと子供たちをスイミングに送迎。
隆之介は週始めに具合が悪くて泳げなかったから2時間連続で振り替えちゃいました。
休暇を取ったら取ったで忙しいもんですわ。




2001年03月08日(木) ■
長尾クン

今朝もいつもの通勤特快を目指して出動。
その電車は八王子を出ると大概の駅に停まらず目指す四谷は4個目だし
山梨県からの直通とあって運がよければ途中で座れるから
ホームのどの位置の何番目に並んで待つかが明暗を分ける。
10分ほど前にホームに到着して3番目までに並べばほぼ確実なのに
2分遅れで到着した今日はいつもの位置はすでに5人もの人が列をなしている。
仕方なくその隣のドアの立ち位置の1番前に。
でもここは階段の真下とあって降りる人が多いから乗車が遅れがちな場所。
まさに1時間の通勤が快適になるかどうかを運に任せての賭け。
電車が進入してドア越しに空いてる座席や途中駅で降りそうな顔ぶれをチェック。
日々の積み重ねとは言え雑踏の中で一瞬の判断を求められるんだから。
百戦錬磨の通勤体験をしてる私たちの中に日ごろ乗りなれない人が紛れ込むと
いつになく大騒ぎになっちゃったりして。
いよいよドアが開く一瞬。
定位置となってる隣のドアから人が乗り込み始めてもまだ降りる人続き。
焦る気持ちを押さえて乗車すると幸いな事に3人掛けのシートの真中が空席。
躊躇することなく目指すシート死守しましたわ。
平和な睡眠時間を確保。
幸せな通勤時間を過ごせたことは言うまでもありません。
でも4月に入って新入生やら新入社員が多くなると整然としたこの雰囲気が壊されるのよね。
5月の連休明けまでは新人諸君の試用期間が待ってるんだもん。

で、帰りは四谷から八王子まで。
下り中央線の始発は東京駅だからすでにかなりの混雑状態。
朝みたいに規則正しい乗降客ってわけじゃないからとりあえず電車に乗り込む。
電車が進入してくると同時に窓越しに車内の様子をチェックして。
と、ホームに背を向けた座席で預金通帳を広げている妙な人を発見。
電車に乗り込んで押され押されて辿り着いたのが通帳の目の前。
車外からは通帳を広げていることしか分からなかったけど
ニヤニヤニタニタ笑ってみたり妙に神妙な面持ちになってみたり。
四谷以前から通帳を広げてたはずなのに新宿を過ぎてもずーっと睨めっこ。
彼の通帳は否応無しに目に入ってくる。
長尾匠って名前も残高130200円ってことも公共料金やらの引出しの記録も。
通帳って人前でしみじみ眺めるものじゃないのに。
おかげで私の退屈を払拭してくれたけど。
電車って色んな人種が乗り合わせてるよなぁって実感です。




2001年03月07日(水) ■
命名秘話

帰宅した私はリビングダイニング&キッチンに入るなりビックリ。
昨日ソファを放出して広々としたのに加えさらに小奇麗で広く感じられたから。
朝から頭が痛いって仕事を休んだ旦那の仕業に違いない。
結婚以来初の大掛かりな模様替えらしい模様替え。
今までの雰囲気とはがらりと変わってなかなかだわ。
意見聴取はされなかったけど労力を提供せずに済んだ私はラッキーかも。
で、我が家は対面キッチンなんだけど
キッチン側の壁を仮にAとし、時計回りにB.C.Dとすると
今までA壁にあったサイドボードがBに、BとCの角にあったTVがCに、
なおかつDにあったお荷物のピアノがCに移動したため格段の広さを感じる結果となったらしい。
仲良く食卓を囲む雰囲気はほのぼのとした温かみを感じる。
週末にはここにリビングダイニングのセットが搬入されることにもなってるし。
ここに来て住環境を整えてるってことは旦那にはお引越しの意思がないってことよね?
ダイニングセット購入の際にも意思確認をしたんだけれど
「買い替えしても引越しはできる」って言うし。
なんだか複雑な心境です。
で、綺麗に模様替えされるのが面白くない人が約一名。
それはもちろん一日中暇にしてる義父に他ならない。
一昨日まではソファに寝転んでダラダラしてたのに
愛着のあるソファが放出されちゃってそれはそれは不満そうな顔。
事前に意見を聞いた時には納得したはずなのに往生際が悪いんだから。
義父がソファに寝転んでるのを快く思ってなかった家族一同は万々歳。
これで義父の生活態度も好転してくれるといいんだけどねっ。

で、模様替えで突如現れたのが子供たちの命名の時に旦那が読んでた一冊の本。
「よい名前のつけ方」と言った類のそれだ。
隆之介が興味を持って取り上げると中からひらひらと一片のメモ。
と、そこには隆之介の名前を決めた時に占い師さんに見てもらった結果が記されていた。
子供の名前は親が命名するのがベストと言うその占い師さんを悩ませたんだっけ。
提示された満点の名前は央(ヒサシ)か功(イサオ)だったのに65点の名前をつけちゃったんだから。
でも星巡りとか様々な点を考慮して及第点。
若かりし頃の障害やら紆余曲折を得ていい晩年を迎えられるって言葉を信じて。
で、その紙片を見た隆之介ったら「やっぱり僕は今の名前がいい」。
生まれ持った運命ってあるのかもしれないな。




2001年03月06日(火) ■
粗大ごみ休暇

市役所から指定された粗大ゴミ回収日&校外委員会開催の日とあって本日お仕事はお休み。
少しだけゆったりした気分で子供たちを学校に送り出す。
9時〜11時予定でゴミ回収車が回ってくる手はずだから休憩する間もなく行動開始。
ソファ6個+壊れたTV+TV台+マッサージチェア+いらない折り畳みテーブルの総勢10個。
出勤を少し遅らせた旦那が音頭取りとなって私と義母が実働隊。
何しろ我が家は見晴らしのいい高台に建ってるもんだから
階段と坂道併せて50段程が大変な労力を要する難関だ。
息も絶え絶えに荷物を抱えて往復すること数回。
階段下のおばちゃんが顔を出して「大変ねー」。
下ろす作業だからまだしも下手したらぎっくり腰になりそうな感じ。
旦那と義母が3往復、私が4往復で全て運び終えましたけど。
で、全ての運搬を終えて家に入るとパジャマにガウンの義父。
のんびり座って新聞読んでTV見て。
粗大ゴミとして回収してほしかったのは何よりこのGであったのは言うまでもありません。
ソファだけで5000円を提示していた家具やさんに比べて役所価格は格安。
全部で4000円そこそこで回収していただきました。
重量でゴミの値段が異なるって言うけどGだったらいくらだったのかな?

昼食を挟んで今年度の校外委員のお疲れ懇親会。
主婦のランチって感じかしらねー。
話し合いもそこそこにポルトガル料理。
学校内外の情報交換で話が咲きました。
もちろん嫁姑問題やらも話題に上って。
でね、1人の表情がやけに明るいの。
「引っ越しました」ってお知らせ付だったからみんなで色々聞いたら諸事情があって母子で暮らし始めたんだって。
嫁生活から脱却できた彼女は晴れ晴れだし子供たちも落ち着いてる様子。
これこそ我が家の進むべき生活?
ちょっと考えさせられちゃいましたけど。
そして委員最後のお勤めを果たすべく来年度の地区の役員探しに翻弄される私。
選出方法は地区毎に異なるけど私の所では全て任されてるから。
新3年生からってのが慣例だから2名の該当者に電話。
でもどちらも色よい返事をしてくれないばかりか1人の人は
「なぜ3年生なのか?」とか「担当の先生に連絡を取りたい」って。
誰かが引き受けなくちゃいけないし
疑問点を解決するには町会や学校全体を巻き込まなくちゃいけないのに。
結局もう1人の人に決まったからゴネ得?
そうまで言い切る彼女の顔が見てみたいわ。



2001年03月05日(月) ■
危機的状況

5月に鹿児島帰省予定の義母に航空券の手配を頼まれたのは数日前。
紀香ちゃんが登場するCMも大いに流されてJ○L50周年国内全線5000円は周知の事実。
いよいよ発売は今週末。
義母にお知らせした手前なんとしてもチケット入手を目指さなければなりません。
で、職場に出入りの旅行会社2社に連絡して驚愕。
どちらも土日は休業日だから事前予約を受けても当日の入力は不可だから。
つまり出入りの会社じゃ手も足も出ないってことでしょ。
A○Aの1万円チケットが発売された時もわずか数時間で完売しちゃったって言うから
どうしたって土日営業の旅行会社にお願いするか
無理を承知で自分でダイヤルするかどちらかの方法しか考えられない。
土日発売はJ○Lの作戦にしても全くぅって感じ。
で、TDLカウントダウンへの道を拓いてくれた駅の旅行会社に問い合わせ。
ここは年中無休だし最大の穴場かもしれないから。
淡い期待を抱いて電話すると「すでに20件ほどのご予約が入っております」。
ジャンボ300席でおそらく1割程度が5000円企画に売り出されるにしても時すでに遅しって感じかしら?
期間内のどの路線を希望して予約をかけてるかまでは分からないけどなんだか危機的状況。
もちろんこの旅行会社に全てを託すしか方法はないんだから仕方がないけど。
さらに担当者ったら「電話予約じゃなく来店して記入してほしい」って。
早速義母に連絡を取って駅まで行かせたけど。
でもね、義母ったらいつも私が航空券の手配をしてるもんだからお店の対応に文句ばかり。
「自分で時刻表を見て便名を確認して記入しろって言われた」って。
チケット買うんだから便の確認は当然のことだろうに。
しかもそれに手間取って往路の予約しかできなかったんだって。
旦那と私が土日のチケット入手は困難を極めるって助言をしたので義母が予約したのは10日の午後の便。
13・14の両日が義母の目指す同窓会だから15日の割引チケットで帰宅すれば最安値なのにー。
義母ったら終了後も少し鹿児島でゆっくりしたいって方針。
兄弟たちが空港まで送ってくれることを考えて週末にしようかなぁって。
しかも義母の実家は建替え中で泊まれないから義父はお留守番だって。
義母の鹿児島行きに便乗させて義父母一掃を企んでた私はガッカリ。
10日間も義父のお守りが待ってるのかと思うと今からウンザリ。
こうなると義母の割引航空券どころじゃないわ。




2001年03月04日(日) ■
休日診療

朝から大雨。
スカウト活動予定日の光太朗はさすがにこんな大雨じゃ中止だろうなって思ってたけど
念のため隊長に電話したら雨天決行。
10時集合には間に合ったけどそれにしてもギリギリだったわ。
お弁当持参の活動じゃなくてよかったって心から思ったもん。
本来は公園で行う予定だった割り箸鉄砲工作を公園脇の会館で行ったって。
自分たちで作った鉄砲で的当てなんかもやってかなり楽しかったらしい。
雨でお出かけできないと思ってただけに今日の活動はなおさら楽しかったんだろうな。
隊長が作ってくれた割り箸鉄砲が隆之介へのお土産でした。
で、一方の隆之介。
夜中に突然吐き気を催してから明け方まで吐く事数回。
今まで元気な毎日を過ごしてきたのについに風邪に襲われたかーって感じ。
たまたま数日前に吐き気を訴えた光太朗のために隆之介が用意した洗面器があって
ベッド周辺は嘔吐の余波を受けずに済みましたけど。
一日中元気もなく「医者に行く」って自己申告。
自分から通院を希望するなんてよっぽど体調が優れないってことらしい。
市の広報を確認して休日指定のお医者さん探し。
11時半過ぎに確認したところ一番近い医者は午前の診療が終わったって言うし
午後は1時受け付けで1時半から診療だって言うから
開始早々の混雑時間帯より少し時差を置いて行った方が待ち時間もなくていいかなって計算して。
で、市報の地図だけを頼りに初めての指定医を目指す。
到着してビックリ。
築何十年か知らないけど内科・外科を併せ持つ病院のドアと言うドアは木製。
入ってすぐの待合室の壁は古めかしいタイル張りだし
隆之介を怖がらせるには十分過ぎる環境らしい。
ここの病院って入院施設も整ってるらしいけど夜中には奇妙な音が聞こえてきそうなほどの無気味さ。
でも意外と綺麗な診察室で先生の診察を受けた隆之介は
「元気そう」って言われ処方された薬を手に帰宅。
先生の予知した「子供は治りも早い」ってわけにはいかず夜更けにも吐いちゃいましたけど。
午後からN塾のテストが予定されてたけど嘔吐・腹痛に加えて頭痛って症状だから
もちろん本日はお休み。
で、旦那が夕食を作ってくれたんだけど「元気が出るように」ってカツ丼。
吐き気がして気持ち悪い時に油モノってどう言う感覚なのかしら?
もちろんそんな物には目もくれず胃を保護する牛乳と薬を飲んで就寝した隆之介でした。




2001年03月03日(土) ■
雛祭りの日

今日は女の子のお節句雛祭り。
我が家には縁遠い話ですが。
子供たちを学校に送ってしばらくすると私も学校に出動。
学校敷地内の学童で来年度の入所説明会と保護者会が行われるから。
来年度の説明会は淡々と。
隆之介の初年度入所時にはスキー日程が入っててサボっちゃったけど
それ以降は真面目に出席してるから例年通りって感じかな。
可もなく不可もない一通りの説明を受けておしまい。
来年度は1年生28人、2年生20人、3年生27人で運営されるらしい。
学年が上がるに従って人数が減少する傾向にあってかなり珍しい現象かもしれないわ。
光太朗たち2年生は一番勢力が小さい集団ってことらしい。
で、その後の保護者会の方が重要。
今年度最後の保護者会だから次年度の役員を決めたりが主な議題だから。
今年度名ばかりの副会長を勤めた私も一応議長席に。
ほとんど活動しなかったから申し訳ないんだけどこれで無罪放免って思うと嬉しくて。
会長さんが今年度の行事報告を終えるといよいよ役員決め。
今日は会長・副会長と書記、会計と言った柱だけなんだけどなかなか手間がかかる。
学年によって出席率もばらつきがあるんだけど新2年生はホンと少なくて。
もちろん委任状なんて物も提出してもらってるし出席者だけが損をするんじゃってことで
2年生から選出すべき会長職をあみだくじで選んじゃった。
結局欠席者が選出されちゃったけど今後の展開はどうなるかな?
で、子供たちの登校前に「学童集合で一緒に帰ろう」ってことになってた。
光太朗は会議中もテレビを見て待っててくれて。
会議が終了していざ帰宅ってなっても隆之介は現れなかったの。
同じクラスのお友達の姿が見え初めても出てこないし
級友に念の為聞くと「急いで帰ったみたいよー」って。
それじゃってことで光太朗と2人校庭の球根の生育状態を見たりしながら帰宅。
義母が用意してくれた雛寿しを食べてたら玄関先で「ママー」って隆之介の声。
ちょっと遅れて学童に寄ったら行き違いになったってことらしい。
「一緒に帰ろうって言ってたのにママの嘘吐きぃ」って隆之介ったら布団をかぶって泣いてたわ。
お友達に聞いたけど下駄箱まで点検しなかったからなー。
しばらくして隆之介が機嫌を直してくれたからよかったけど。
いつもはスイミングの午後もカレンダー調整のためにお休み。
ちょっとのんびり過ごす土曜の午後となりました。




2001年03月02日(金) ■
断水の日��

雨天順延ってことで昨夜の断水予定が今夜に変更。
今宵は通常通りの帰宅だから断水への備えも万全です。
旦那から「遅くなる」コールがあったので彼の帰宅に備えてペットボトルに水を蓄えたり。
でも昨夜は水の備蓄なんてなかったのよぉ。
万が一計画通り断水だったらって思うとちょっと。
私の存在なんてそんなもんなんでしょうかねー。

昨夜の帰宅が遅かったせいで昨日の連絡事項も今日に持ち越し。
で、隆之介から数種のテスト結果を提示されてちょっぴり嬉しくなりましたぁ。
1つは学校で行われた学年末のテスト。
社会と国語の計5枚のテストは全て100点だったから。
テスト結果を見せられる前に「僕5人のうちに入ったよ」って報告された時は
クラスで“8人衆”と言われていたヤンチャ集団から5人に残っちゃったのかって
疑いの念を抱いちゃったことは密かな反省です。
もちろんクラス全般の成績がUPしてるのは担任の先生のご指導の賜物なんだけど。
で、もう1つのテスト結果は2月24日にN塾で行われたカリキュラムテストの結果。
N塾では2週間に一度の割合で習熟度テストを行うことになってて
2月からスタートした隆之介にとっては初挑戦の結果ってことになる。
テストが全てと言うわけじゃないけど「優」と記されたノートのお土産つき。
しかも2月24日カリキュラムテスト○○クラス2位って書かれている。
もちろん辛うじて入塾を果たした隆之介はトップクラスにいるわけじゃないけど
それにしたってクラスで2位ってのはこれから学ぶ意欲を高めてくれるでしょ。
間違って一ランク上のクラスで苦しみもがくよりずっといいスタートだったような。
テスト結果を受けて教室内の座席まで変わったって言うから塾ってまさに点数次第なんだねぇ。
で、ノートと一緒に持ち帰ったテスト結果には全体の回答率と自身の正誤が照らし合わされてる。
点数配分が大きい文章問題を落としちゃったりまだまだミスは多いけれど
2月からわずかの期間でも塾で学んでる結果が出てるって感じ。
今までだったら凡ミス続出だっただろうから少しでも真剣さが出てくれてよかったぁ。
2位って結果に気分をよくしてこれからも頑張れるといいねっ。
だからといってお受験に結びつくかどうかはまだまだ定かじゃありませんけど。




2001年03月01日(木) ■
断水の日

仕事がらみの会食を済ませてダッシュで帰宅するとすでに11時過ぎ。
急いで手洗いうがいをしようと蛇口をひねると水が出るぅ。
数日前に舞い込んだ断水予告には今夜11時から明朝5時までって記載されてたはずなのに。
うがいをしても手を洗ってもちっとも水の出なくなる気配もない。
ましてや茶褐色の汚い水でもない。
不思議な気分で再び予告に目を通すと「悪天候時は翌日」の文字。
そう言えば帰り道に水道工事の個所なんてなかったもんなぁ。
焼肉食べて帰ってトイレもお風呂も入れないのかなって心配してた私は一安心。
雨のおかげで命拾いした感じ。
そうじゃなければ綱渡りの危うい時間帯だったんだもの。
当然のことだけど水の有り難味を実感。
でも飲んで帰った日は入浴不可って鉄則通りに入浴は翌朝回しにしましたけど。
で、今夜の焼肉は赤坂にある結構有名なお店。
芸能人ご用達でも知られている。
お店を入って1階のテーブル席を横目に私たちはB1の個室に直行。
掘りごたつ式の和室でのお食事会です。
今夜のメニューは焼肉会席。
いきなりお肉を焼いちゃう庶民の味とは趣向も違って
数種の前菜後にようやくお肉を焼く段取りまでたどり着くことになっている。
ニラでリボンをかけたような辛味のお豆腐、くらげのサラダ、ユッケ、スティックサラダ、芽昆布等など
それはそれは綺麗で美味しい前菜の品々がお盆に並ぶ。
もちろんビールやらワインやら飲み物もフンダン。
焼き物が来る前にすでにお腹が大満足。
で、いよいよ網にお肉やらカニなどを乗せていく。
最初に焼くのは魚介やネギ入りタン塩などの塩のもの。
新鮮な食材は火を通す必要もないほど。
もちろんレモンのたれでおいしくいただく。
とろけるような上質のお肉。
幸せな気分で食べて飲んで話に盛り上がって。
盛り付けの皿が入れ替わって今度は最上級のロースとカルビ。
霜降りの見た目も鮮やかなお肉が美しく美味しい。
サンチュに巻いてそれぞれの好みで辛味をつけて。
カロリーさえ考えなければホント幸せ。
最後は冷麺かあわび粥のチョイスで私は冷麺を選択。
キムチをたっぷり添えてシコシコ麺を味わいましたぁ。
食後にはフルーツ、アイス、コーヒー。
残念ながら芸能人にはお目にかかれなかったけど
それを差し引いてもあまりあるほどご機嫌な夕食であったことは間違いありません。
当然家族には今夜の食事の内容は内緒です。