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2001年04月30日(月) ■
お稽古見学

朝から冷たい雨が降りしきる。
のんびり安眠を決め込むには打ってつけの環境に違いないがそうは問屋が卸さない。
9時半から子供たちの剣道の練習だから。
水曜と金曜が定例のお稽古日で日頃は練習を見ることも適わないけど
お休みの日に設けられた練習日くらいはと道場に出向く私。
いつもは徒歩で通う子供たちも今日は車だから楽チン。
元気よく「お願いしまーす」と道場に入ると隆之介たちはモップでお掃除。
光太朗たち新人君たちは所狭しと動き回って遊び回るだけ。
先生から「着替えてー」の合図があると新人集団はジャージに、隆之介たちは稽古着に。
着替え終わった新人たちが道場で黙想をし始めてもノソノソと袴を付けてる。
ってな具合で新人君たちの正座はより長時間に。
練習が始まって新人君たちは剣道の基本のすり足がメイン。
「責め」「引け」って声を出しながら道場内を歩き回る。
隆之介の時には平日練習ばかりで
竹刀を手にするまでの苦労を見たことがなかったけど基本中の基本って大変なのね。
今度は一箇所に立ち止まって「責め」「引け」「右に」「左に」の練習。
腕立て伏せや腹筋、手のひらの開閉なんかの練習も加わってチビッコたちは辛そうだったわ。
その間隆之介たちはこの1年間積み上げてきた練習を着々とこなす。
6日には初めて防具をつけることになるからこれが稽古着での最後の練習なのかな。
「メ〜ン、コテー、ドォー」道場には子供たちの真摯な声が響く。
防具を付けていないから今は打ち込まれる心配もないんだけど
いざとなったらポカリポカリと打ち込まれて嫌になっちゃうのかな。
とにかく今は基本訓練あるのみ。
道場半分のジャージ組のことが気になって集中してない瞬間もあったけど
そんなことをしてたら敵に狙われちゃうって。
少し早めに練習を終えたジャージ組の光太朗たちも見学。
最後に正座で先生からの点呼を受けて練習は終了となりました。
たまーにしか目にしない練習風景だから我が子ながらとっても新鮮。
少しずつでも進歩が見られて嬉しいな。
練習見学に数人の父兄が正座で居並んでたんだけど
私ったら途中からすぐに諦めて足を崩しちゃった。
あのまま1時間も正座して見学なんかできっこないもん。
子供たちったら板の間での正座にも顔色1つ変えなかったけど私には到底無理な作業。
自分でできないことを子供に強いてる私って強烈にいい母親だわ。



2001年04月29日(日) ■
みどりの日のこと

連休中だって言うのに特段変わりない日曜日。
昨日1日で体力を回復した隆之介は午後から塾の復習テスト。
第2・第4土曜日に受けられなければ翌日及び翌々日への振り替えができるって本当に有難い。
午前中は1人で曖昧な計算問題やら漢字の最終チェック。
私と光太朗はスーパーの朝市で買い物。
旦那は義母を伴ってこれまた別の買い物へ。
昼食時が近づいても義母たちの帰宅の気配はなく仕方なくこちらから電話で問い合わせ。
朝市からの帰り道で運転中だったから光太朗に対応させたんだけど
どうやら「おじいちゃんをお願いね」って言われたらしい。
買い物に行くと時間なんかお構いなしの2人だから帰宅時間なんて予想もつかない。
今朝も起き掛けに「足が痛い」って訴えてたのはどこのどなただったのかしら?
足が痛い老人は家で大人しくしてればいいのに。
で、光太朗と2人で急いで帰宅。
12時半時間厳守でテストを受ける隆之介の昼食準備に取り掛かる。
子供たちの大好きな冷やし中華日和。
でも冷蔵庫には3人分の麺しか存在しない。
義父の面倒ってまさか昼食を含んだ言い回しじゃないわよね?
一応「お昼どうしますか?」ってポーズで声かけ。
「そのうち帰ってくるだろ」「いいから早く食べていきなさい」って有難いお言葉。
3人で急いで昼食を摂ると隆之介を無事に送り届けて。
義父が昼食らしきものを食べたかどうかは不明のまま。
2科目のテストが終わってお迎えから戻っても義母たちは帰る気配もない。
痺れを切らした義父が再三義母の携帯に電話を入れるも一向に繋がらないまま。
「そのうち帰ってくるだろう」って義父の願いも虚しくついには夕食時間。
義父があまりにも不憫になってきたわ。
「お義母さんの食事は手抜き」って私に訴えるしさぁ。
ご飯を炊いて味噌汁作って義父には魚を焼いて他のみんなにはお肉を準備して。
てなことをしてたら能天気な義母から「誰か電話かけた?」って電話がかかってきた。
ついでに「夕飯はどうする?」って。
一応作ってますって答えたのに義母たちはお刺身やらお寿司まで買い物してきてたけど。
足の調子が悪いって言いつつ1日中ほっつき歩いてるなんて馬鹿げてるわ。
で、隆之介の復習テストの自己採点は散々。
2ヶ月毎の成績でクラス編成がなされるって言うのにこれで大丈夫なのかな?
塾が楽しいって言ってるだけ良しとしなくちゃいけないかな。



2001年04月28日(土) ■
GW突入

世間では黄金週間と呼ばれてる民族大移動の季節。
子供たちの行事に合わせてる我が家では特別なイベント予定もなく
あくまでもカレンダー通りの休暇予定なんだけれどそれでも休み続きで嬉しくて仕方がない。
これでG&B不在なら羽を伸ばせてどんなに素敵な休日になることか。
とにもかくにも今日はその連休の初日。
当初予定では午前中は隆之介の塾の復習テスト、午後は子供たちのスイミング、
夜からは剣道の父母の会の懇親会って予定だったのに
昨夜の子供たちの危険な状態での入浴を見ちゃった手前、
復習テストは振り替えで明日受けることに決定。
とりあえず子供たちの体力回復を第1にトコトン寝かせておく。
8時過ぎには目が覚めちゃったから脳がとろけるほどは寝なかったけど。
で、昼食後は子供たちのスイミングに出動。
4月最終週でテスト週間。
光太朗は相変わらず片手クロールの息継ぎで苦労してる。
隆之介は初めて個人メドレーのタイムトライアル。
苦手なバタフライを克服したもののバタフライでの消耗が激しかったらしく残りの種目ではペースダウン。
それでも25m×4種で2分1秒は初挑戦にしては上出来。
標準タイムもクリアして次回着衣泳で合格すれば次のランクに昇級できる可能性を残したわ。
今年の夏の水泳指導が待ちきれないばかりじゃなく
連休中にもサマーランドのプールに行きたいって。
夕刻からの少年柔剣道の父母の会の懇親会。
市内ではちょっとは知られた料理屋さんらしいんだけどこれまでご縁のないお店。
ナビを頼りにたどり着いたけどナビがなかったら到着できたかどうか。
旦那に送り届けてもらったものの開始時刻5分前ギリギリでの到着だったもん。
もちろん管轄の警察署長も先生方もご臨席。
警察署内でのお稽古だから当然といえば当然だけど。
でも堅苦しい会合じゃなくてあくまでも和気藹々。
お酒と会話も弾んでカラオケも登場。
あっという間に時間が過ぎちゃって2次会へ移動。
タクシーで場所を指定したら「お客さん、ここから先はイッツウで入れませんよ。」
お巡りさんだってその程度の認識なんだから一般庶民が逆進入しちゃうことって当然と言えば当然?
無事到着した場所は我が家から徒歩圏内ってこともあってより安心。
先生方の芸達者振りに感動しながらも交流を深め合いましたわ。



2001年04月27日(金) ■
水没

今日は子供たちの剣道の稽古日。
一昨日膝の水を抜いたばかりの義母は
「今日はおばあちゃん一緒に行かないから」って言ってたはずなのに
やっぱりって言うか予想通り自転車で同行してくれたらしい。
安心はしたもののこの機会に子供たちだけで通うことになるかと目論んでいた私は少しがっかり。
この機会を逃したらほぼ永久に同行しそうな気配かも。
始めたばかりの光太朗はジャージ姿で専ら基本となるすり足の練習。
腕立て伏せや腹筋など基礎体力をつける訓練ももちろん取り入れられて。
隆之介は6日には注文してた防具が届くらしく稽古着での練習はあとわずか。
1年間で学んだ基本の動作を繰り返し練習。
徒歩での往復とみっちり1時間の練習とでお腹ペコペコ、疲れはピーク。
私の帰宅を待って夕食。
しばしの食休みの後に入浴。
で、私も連続日曜出勤と1週間に2度のお弁当作りで睡眠不足。
いつもは子供たちと時間を共有するために一緒に入浴して色んな話をしたりするのに
今夜は子供たちだけでの入浴を促した。
入浴直後の10時半頃様子を覗くと2人で水鉄砲を持ち込んだりして遊びながら楽しく過ごしてる。
安心して1度床に着いたものの30分ほど経った11時頃気になって再び浴室を覗く。
まだまだ遊ぶのに夢中で楽しそうな声が響いてる。
「そろそろ出たらぁ」って声掛けをしてさらに床に。
で、一眠りしてそろそろ日付変更線を超える時刻のはず。
だけど一向に子供たちがお風呂から上がってくる気配もない。
私が熟睡してる短時間のうちにお風呂から出ちゃったのかなぁ。
と思いつつ念のためお風呂場チェックに出向く。
浴室の電気はさっきと同じように点いたままなのにお風呂からは物音1つしない。
ドアをバーンっと開けると浴槽に2人仲良く熟睡しながら沈んだ状態。
お互いがお互いの体を支え合うようにして辛うじて沈まない程度に。
1人で入浴してたら完全に沈んでただろうってくらい危険と紙一重。
口寸前まで湯舟に浸かりそうなくらい。
もちろん湯温はあっという間にぬるま湯状態まで下がってた。
慌てて子供たちを起こすと熱いシャワーをかけて体温を回復させて。
事無きを得たからよかったけど何とも危険な状態だったこと。
もちろんその場を離れてた私の管理不行届き。
浴室のある階下には義父母も生活してるはずなのに何の役にも立たないし。
入浴時厳重注意って今後の教訓にしなくっちゃ。



2001年04月26日(木) ■
遠足��

今日は隆之介たちの遠足予定日。
昨夜まで雨が降ってたから決行か否かが心配なところ。
目的地は高尾山だから悪天候で足元が悪いって最悪のパターンだから。
とりあえず給食はないからお弁当の用意は欠かせない。
連絡網で催行のお知らせが入るわけでもないしとにかく準備あるのみ。
いつものようにお弁当の準備に早起きしようと5時頃起床。
と、光太朗が「お腹痛〜い」って訴えるからトイレに行かせてもう一度寝るように促して。
でもなんかとっても調子悪そう。
昨日の雨でも外遊びしたって言うし風邪引いちゃったかもしれないな。
お弁当準備も整って子供たちを起こして。
やっぱり光太朗は元気がなさそうにグダグダしてる。
検温したら熱はなさそうなんだけど。
隆之介は8時20分時間厳守で登校するよう指示がなされてた。
学校から最寄駅まで歩いてみんなで電車に乗る段取りもできてるからとにかく遅刻は許されない。
光太朗は登校直前に嘔吐しちゃったから授業ギリギリまで自宅で待機。
義母が自転車で送り届けてくれたらしい。
校門の所では隆之介の担任が時間に間に合わなかった児童1人を待ち構えてたって。
隆之介たち4年生の遠足は例年通り3・4年生合同での高尾山。
合同で小グループを作って一緒に歩く。
グループ内で仲良く行動できるように事前に何度か顔合わせもあったらしい。
行きは6号路のびわ滝コース。
4年生は去年に引き続いての高尾山でリーダーシップを求められてる。
隆之介はスカウト他で数え切れないほど登ってるにしても雨上がりの山はやっぱり危険。
他の班では転倒した人もいたらしいから。
山頂近くでお弁当を食べてケーブルカーで下山するってのも例年通り。
お握りを1つ残しちゃったけどおかずはお残しなしだから作った甲斐があるってもんよね。
で、登校した光太朗の体調は悪化の一途。
8時半頃やっと登校したのに10時半頃には自宅にお迎え要請の電話があったらしい。
膝の痛みをおして義母がお迎え。
帰宅してからの光太朗は自宅で安静にしてたらしく私が帰る頃にはだいぶ回復してて安心。
お腹の調子がもう少しなのか夕食は無理しない程度に食べただけだけど。
昨年度は3月の年度末に1日欠席するまで元気に登校してたのに今年は4月でもう皆勤の目はない。
2人とも遠足も終わったことだし少しは真面目に勉強に取り組んでくれるといいな。



2001年04月25日(水) ■
足痛

私が帰宅すると義父が1人でポツンとTV鑑賞。
どうやら義母は早々と就寝した気配。
急いで夕食準備をしていつものように母子3人での夕食。
食べ終わってその場を離れようとしたら突然のように
義父が「お義母さん具合が悪いから寝てる。声かけてみて」って。
とりあえず子供たちを寝かせる方が先決。
子供たちの勉強を見ながら義母の様子なんかも聞き出したりして。
一通り用事を済ませて「お義母さん、具合はどう?」
熟睡中だったのに気配で目が覚めてムクッと起きだして様子を話してくれたわ。
数日前から右膝の痛みを訴えていた義母。
糖尿で通院してる内科で足が痛いって言って湿布薬をもらってたらしいんだけど
日増しに膝から腿へと痛みが移っていく気がして今日整形外科に行ったんだって。
65歳以上で通院しても激安なんだしもっと早く外科に行けばよかったのに。
で、整形外科ではあちこちレントゲン撮影。
骨には異常なし。
骨粗しょう症って言われなかったから安心したものの
膝に水が溜まってたらしく大きくて太い注射器で水を抜く作業。
臆病な義母はお医者さんの手元を見ることができなかったらしいけど
どうやら水は大量ってわけじゃなくほんの少しだったって。
雑菌が入るといけないから数日間はシャワーさえも禁じられて診療は終了。
日課のお散歩さえ足に負担がかかるからこれも禁止されて帰宅したんだって。
でも今日は子供たちの剣道のお稽古日。
少し痛みはあったものの普通に歩けるからって油断して子供たちに同行してくれたらしい。
30分近い道すがら郵便局の段差でガクっと膝が落ちた感じがしてそこからが大変。
傘を杖にようやく道場まで辿り着いたらしい。
他の父兄が車で送ろうかって声をかけてくれるほどだったって言うからよっぽど痛そうにしてたんだろうな。
練習が終わって帰り道。
一箇所買い物を済ませてタクシーで帰宅ってのが全容だった。
膝に水が溜まるって老人特有ってわけじゃないけど結構よく聞く症状だよね。
隆之介の話じゃ1100円ほどの遠さ。
どう考えても同行は負担。
光太朗に「おばあちゃんが一緒に行かれなかったらどうする?」って念のため意志確認。
「隆君と行くから」って断言。
義母の症状がそれほどじゃないのが幸い。
万が一骨折→寝たきりなんてなっちゃったら介護は私ってことでしょ。
くれぐれも義父母には御自愛願いたいものです。



2001年04月24日(火) ■
遠足��

今日は光太朗たち2年生の遠足。
心配されたお天気も何とか持ちそうな気配。
目指すは立川の昭和記念公園です。
昨日は万が一雨天の場合を想定してランドセルの中身一式を学校に置きざり。
晴雨どちらにも対応できるようにリュックに遠足道具一式を用意する段取りだから。
で、光太朗ったら勉強道具一式を机の中に置いてくる際に
遠足のしおりも一緒に置き忘れてきちゃった。
私が帰宅してから空っぽのランドセルに気がついたけど時すでに遅し。
学校に取りに行かれる時間帯でもないしとりあえず通常の遠足準備なら慣れっこだから。
お弁当、水筒、おやつ、レジャーシート、お手拭、タオル、ティッシュを準備。
空模様と相談して雨具は持参しない方針に決定。
それに加えて大事な大事な腕時計。
昭和記念公園ではグループ別行動になるから各班で時計係が存在。
光太朗は時計をしていく係りになってたから。
で、今日の服装。
学年の配布物や先日の保護者会で再三確認されたポケットの存在。
八王子から中央線で立川、立川で乗り換えて公園のある西立川の行き返り、
切符の管理は各自でさせることになってたからこれはとっても大事なポイント。
切符を無くしちゃいけないから切符専用ポケットを用意してくださいって。
日頃はTシャツやらトレーナーを着用しててポケットなんかありっこないから今日は特別。
薄手の長袖の上に釣りに行くおじさんが愛用しそうなポケットいっぱいのベストを着せて。
ポケットは左前身ごろに3つ、右前身ごろに2つ。
事前にどのポケットを切符専用にするか家庭で相談しておくようにって
指示が出されるほど厳重なお約束だったんだから。
左のファスナー付に入れるように言っておいたけど実際はどうだったのかな。
ちっちゃい遠足集団100人が各自で自動改札を通るって想像しただけで邪魔かも。
切符の扱い方さえ学校で指導しなくちゃいけない時代なのかな。
切符を無くすことなく無事に公園到着。
広い園内はチューリップが見頃だったって。
公園で時間班のみんなといっぱい遊んで遊んで。
せっかくのお弁当もおやつも少しお残し。
食べるより遊びに夢中って想像の範囲だったけど。
雨にも遭わずに楽しい遠足でよかったね。
明後日は隆之介たち4年生が3年生と合同で高尾山なんだけどこっちのお天気も心配だわ。



2001年04月23日(月) ■
バリウム

再々就職した旦那が新しい職場に通うようになって1週間。
とりあえず順調なスタートらしい。
自分で仕事を切り開いていかないと給与がないって
プレッシャーから開放されたことも精神的にかなり余裕が出てきてるかな。
やっぱりサラリーマンは気楽な稼業なのかもしれない。
で、初出勤以前から本日実施って予告を受けてたのが職場での健康診断。
昨夜も早目に夕食を済ませてタバコも飲み物も珍しく真面目に控えてた。
今朝だって一切口にせずに出勤してたから。
で、帰宅後の旦那ったら開口一番「初めてバリウム飲んじゃったよぉ。」
「えっ?!今までバリウム飲んだことないの?」
30代後半の働き盛りの男性がバリウム未体験って方が珍しいと思うんだけど。
職場での健康診断って今までもあったはずなのになぁ。
「今までは胃のレントゲン断ってたから。」
ほほぅ、だからタバコやら飲み物も当日朝まで口にしてたのか。
ってことは完全な健康診断を受けたことがないってことじゃん。
未体験なのは臆病だったのかそれとも単なるサボりだったのかは定かじゃないけど。
ともかく新しい職場では少しは真面目に変身しようとしてるってことね。
その心がけだけはとりあえず認めてやろう。
で、旦那ったら「こんなに下剤貰っちゃった」って正露丸より少し小さめの4粒の赤い錠剤を私に。
「ってことは下剤飲んでないの?すぐ飲んで出さないとお腹の中で固まっちゃうんだよ。」
「でも2回出たから。」
旦那のお腹の調子って極めて良好って思ってたけど
下剤なしでバリウムを排出できるほどだったのね。
私には考えられない芸当だわ。
まだ少しはお腹に違和感があるらしく妙な顔つきをしてたけど。
ってことで赤い錠剤なんて旦那には恐らく生涯無縁。
ただで4粒も入手しちゃったから万が一の時に使っちゃおうっと。
せっかく催した便意にタイミングがあわなくて便秘になりがちってOL特有の症状だから。
幸いお腹が強烈に痛くなったりするような症状じゃないけど毎日規則正しくじゃないからね。
隆之介は登校前に必ずだから旦那体質、光太朗は時々気が向いたようにだから私体質。
で、初体験でバリウムに関して無知な旦那ったら妙な質問。
「白いまま出てくる?」だって。
これって個人差大きいから答えようがないわ。
旦那のお腹の中のバリウムが無事に排出されたかどうか謎に包まれたままです。



2001年04月22日(日) ■
自業自得

例年にない早さの桜の見頃を終えて連日の暖かさ。
すっかり体がこの陽気に慣れきった頃に突然襲ってきた寒波。
昨日・今日の寒さは暖かさに馴染んだ体にはいつも以上に厳しい。
冷たい雨も降って義父なんかストーブを点けるほど。
私もクリーニング屋行きを逃れたジャケットを着用。
ホント半端じゃない寒さだ。
で、本日カブ隊の活動となっている隆之介。
カブスカウトの制服は半袖、半ズボン。
もちろん冬場の活動には防寒着が欠かせない。
今日の活動は屋外でサイクリングだから制服だけじゃ当然寒いはず。
半袖の制服の下に長袖Tシャツを着たらって私の提案を本人が却下。
集合場所までジャンパーを着て行ったのにその場で脱いじゃって結局制服だけで活動。
サイクリングは立川にある昭和記念公園で。
貸し自転車は22インチ以上はママチャリで嫌だからって20インチを借りたらしい。
その場は楽しく過ごしたらしんだけどやっぱり寒さにはかなわなかったかな。
帰宅したらクシュンクシュンって鼻水垂らし始めちゃった。
家族から一斉に「半袖だけで出かけたから」って集中砲火。
自分でも自業自得って納得してたけど。
今週は遠足もあるし風邪の前兆かもって夕食後は大事を取って入浴はせずに早めに就寝。
日曜日は宿題もないから安心して。
ってはずだったのに私がアイロンがけで目を離したら2人でTVを見たりゲームをしたり。
これじゃ何のために早く寝なさいって促してるのか意味がないじゃない。
2人を引き離して隆之介はようやく就寝いたしました。
遠足も控えてることだし本格的風邪引きさんにならないといいけど。
今週は2人とも遠足なんだから体調壊しちゃったら大変だよ。

昨年校外委員だった私。
3月中に今年度役員と引継ぎをしなくちゃいけなかったのに
双方の日程調整がつかず今日まで伸び伸び。
で、24日に今年度の全体会が行われるからもうギリギリ。
ついに路上での受け渡しとなりました。
町会に属してる児童の名簿と役員のバッジを引き継ぎ。
周辺の状況やら年間行事の説明も。
新年度校外を引き受けてくれた彼女も昼間は働いてるからね。
このまま児童数の減少傾向が止まらなかったら役員再任は必至だわ。
とりあえず引継ぎが終わって一安心だけど。



2001年04月21日(土) ■
登校拒否?

第3土曜日は登校日。
義母はお友達と日帰りバス旅行らしく早朝6時過ぎには家を出た気配。
転職した旦那、新しい職場は隔週出勤で本日は出勤。
子供たちは朝食後準備ができたらしばしの自由時間のはず。
で、事件はこの時間に起こった。
起床後「僕の遊戯王カードがなーい!」って騒いでた隆之介が
カードがないのは光太朗のせいって決め付けちゃってあっちこっち探しまくって大騒ぎ。
見つからないのはカードホルダー1冊とバラのカード数枚らしい。
本人の話だと就寝前には確実に片しておいたって定かじゃないけど。
置き去りにしておいたものを義父母が違う場所に移動させることって多々あることなんだもん。
そのうちの1枚を光太朗が探し出したのか「これ?」って見せびらかしたからさらに大騒ぎ。
「もう絶対に光太朗を許さない!」って凄い剣幕。
で、隣の大ちゃんと犬嫌いのKちゃんがいつもの時間にお迎えに来てくれて。
2人揃って玄関を出て門を出たから一瞬停戦って思ったのは甘かった。
「光太朗絶対許さない」って言いながら2人の目の前で押し倒しちゃった。
2人とも唖然ながら理由を話すと「僕もあるなぁ」って兄弟喧嘩に納得。
倒された光太朗は膝から血が出て泣いちゃって。
水で洗い流して傷テープを貼って。
その間2人は心配そうに見守ってくれて「一緒に行くから大丈夫」。
隆之介は自分に非があることを頭では分かってても気持ちが収まらなくて「学校に行かない」。
ランドセルを置き去りにして家の裏側に隠れちゃった。
大ちゃんもKちゃんも「隆も後からおいで」って隆之介を気遣いつつ登校。
いつも光太朗が誘う1年生のママから「いつもより遅いけどもう行っちゃった?」って電話が入ったり。
で、第1集団が登校してから隆之介の救済。
相変わらず拗ねたままだから「一緒に行くから出ておいでー」「遅刻しちゃうよ」。
「僕今日学校休むもん」声はすれども姿は見えず。
篭城する犯人を説得する母の心境。
何度か繰り返して観念したのか投降。
急いで車で登校したから遅刻せずにセーフ。
今日の全校一斉検診も無事受診。
で、朝のトラブルなんか嘘のように帰宅時は穏やかな隆之介。
心の成長過渡期にしてもあの騒ぎは何だったのかなって感じだわ。

義母のバス旅行は福島は三春方面。
日頃の行いが悪かったのか東北道で通行止めを食らったらしい。
口が裂けても本人には言えないけど。



2001年04月20日(金) ■
保護者会��

昨日の中学年の保護者会に引き続き本日は低学年の部。
昨日同様に午後半休を取ってダッシュ。
2年生の全体会は理科室。
5分ほど遅れて入室すると校長先生の話の最中で中身は昨日と全く同じ。
前任者が現場一筋、子供たちとの一体感を感じさせる校長だったのに比べて
教育委員会から来たって経歴も含めてイマイチ硬さが抜けきれない感じがする。
気負っているのか現場に馴染めないのか。
校長室前の俳句の投稿箱もきれいさっぱり片されちゃって。
子供たちは季節感を感じる俳句に馴染んで楽しんでたのにちょっと残念。
校長の意向ってのは学校運営に大きく影響するんだろうな。
昨日の4年の保護者会資料も今日の2年の資料も全く同じ形式で統一されてた。
去年までは学年の主体性で独自の資料だったから恐らくこれも校長の指示に基づいているんだろう。
全体会は昨日と同様に可もなく不可もなく終了。
会場を教室に移し学級保護者会。
役員決めを見越してかやっぱり参加者は少なくて20人ほど。
進級して少しずつ変化が見られてることなど担任からの話。
で、いよいよPTAの役員決め。
クラスから選出するのは学年2人、広報1人、ベルマーク1人、役員推薦1人、文化1人の計6人。
町会単位で選出される校外委員になってる人もいるからかなりの確立でご当選。
昨日の4年生同様に楽な役員には自薦者が出て最終的には広報と学年がネック。
みんなの目が未経験者を刺すように厳しくなる。
去年校外だった私も万が一引き受けるなら役員推薦って決めてたから
既に黒板に決定者の名前が記入された後だって言うのに
「学年と広報はだめだけど役員推薦なら」って発言。
この係りって次年度の本部役員を選出するだけだから
秋冬から4〜5回の活動があるだけってしっかり事前調査も済んでたんだもん。
私の発言で当初役員推薦に名乗り出た人が学年に回ってくれてラッキー。
狙い通りの委員をゲット。
これでお墨付きとは思わないけど一応はクリアかなぁ。
1組の決定が結局最後で学年全体の顔合わせまでの間他の皆様をお待たせしちゃったけど。
1クラス35人×3クラスの学年だから6年間に2回の人もあり得る?
次年度に向けてクラスの役員選出方法も考えなくちゃ。
で、帰り道が同じ方向の新委員さん2名と立ち話。
自転車のオジさんが買い物に往復しちゃうほどの長時間。
どうせやるからには楽しい役員生活を送らなくちゃね。



2001年04月19日(木) ■
保護者会��

新年度恒例の保護者会。
授業参観との一体方式は取らず純粋な保護者会。
低・中・高学年と3分割されるうち、本日は中学年の部。
明日は低学年の部が待っている。
職場を午後半休すると急いで帰路に。
電車に乗り遅れることもなく順調。
2時からの保護者会にグッドなタイミングで到着。
まずは4年生全体の保護者会。
変わったばかりの校長先生をはじめ担任や専科の先生方の紹介、
4年生全般の行動や成長等の一般論、学習内容や年間行事の説明。
学級編成があったからかなりの出席者。
可もなく不可もなく淡々と。
会場を各教室に移し学級保護者会。
当然問題はここから。
新年度と言ったら役員決めが必須。
学級と担任が変わったばかりなので担任から目標や指導方針が示されて。
で、いよいよ役員決め。
先生によって導き方も違うんだけどまさにいきなり。
自己紹介もなし。
そしたら1人が「この学年は小人数だし顔ぶれもわかってる。
すでに経験した人以外の人から選出する方法でどうか?」って。
やった人にとったら都合がいいことかもしれないけどそれでいいの?
だから年度始めの保護者会って参加人数が少ないんだよね。
全体会には来ても役員を逃れたいために不参加の人もいるっていうのに。
悶々としたまま議事は進まず。
簡単な役員はポツポツと決まっていったけど大きな役職に名乗り出る人はない。
痺れを切らした先の発言者が扇動して経験者がぞろぞろ退出。
「あとはやったことのない方で相談していただくのが・・・」って。
去年校外を経験した私や数人はそれでも退出には至らず。
だってそれじゃあまりにも無責任だもん。
役員をやらないのはやりたくないんじゃなくて条件が整っていないってこともあるでしょ。
小さい子供がいるとか介護問題を抱えてるとか。
なのに一概に経験済みだからってあんまりだよ。
取り残された中の1人が「我が家は母子家庭です。
でも仕事を休んでも子供のことなので保護者会には来てます。」って発言の後に
学年委員を引き受けてくれた時にはその思いを新たにしたもん。
一度経験したことを免罪符にクラス全体を考えないなんて卑怯。
最終的に決まらなくて未就学児を抱えながら去年も委員だった人が「私やります」。
なんとも後味の悪い決まり方。
児童数の増減がなければ6年までの3年間この体制かもしれないのに。
親がこんな考えじゃ学級内いじめも蔓延りそうだな。



2001年04月18日(水) ■
初稽古

習い事はあくまでも自主性に任せてる我が家。
共働きで同伴できない事情にもよるけど自分で望んでないものは長続きしないだろうって理由から。
だから基本は自分で通えること。
就学前から通ってるスイミングだけは週末だから私の送迎付だけど。
隆之介が2年になった時にスイミングを週1からバス利用で週2に増やしたのも自分の判断。
3年から剣道に通う時も習いたいって意志を尊重。
もちろん歩いて道場に通えることが絶対条件だった。
頑張って1年が過ぎ去年の暮れには昇級審査も経験して。
今月に入って防具一式を注文したからもうそろそろ基本訓練からは脱却って予定。
で、そんな隆之介に憧れて光太朗が「僕も剣道やりたい」。
基本的には自分で着衣を整えられることが条件だから
去年隆之介が入会した時は3年生位が相応しいって言われてた。
でも本人の意欲を確認してから先生や父母の会の会長さんに連絡すると即座に入会OK。
今日の稽古から道場にって指示。
防具をつけ始めると隆之介とは別の時間帯になっちゃうんだけど今日はまだ一緒の時間帯。
おばあちゃんに同行してもらって3人で道場に向かう。
学校が終わっていつもはのそのそ帰宅だけど時間厳守だから懸命に急いで。
練習自体は4時からだけど初めての光太朗には3時45分到着との連絡が入ってたから。
義母が道場に出向くのはこれが恐らく初体験。
隆之介とは何度か警察署の受け付けまでは一緒に行ったけど
「じゃここで」ってあえなくお別れさせられたこともあるから。
去年からやってる隆之介たちは稽古着に着替えると竹刀を持って並ぶ。
初稽古の光太朗以外の新人たちは2〜3回目の体験。
ジャージ等の動きやすい服装で立ち居振舞いや礼儀作法を習うのが先決。
まずは「神殿に拝礼」。
初めて見た義母は子供たちの凛々しさに驚いてたわ。
練習が始まったら買い物に出る予定だったのに1時間丸々見学しちゃったって。
他のお母さん方は毎回送迎ついでに見学してるらしいから義母の暇つぶしにもいいかもね。
初めての光太朗も見よう見真似でしっかりお稽古。
元気だけは人一倍だから自己紹介も返事も完璧。
終了時に先生に新人たちは誉められたって話。
最も最初から厳しくしたら最近の子はすぐ辞めちゃうから。
隆之介も光太朗も心地よい疲れ。
初稽古の光太朗は家でおさらいして見せてくれたけど入浴後はもちろん即熟睡。
頑張って通えるといいけど。



2001年04月17日(火) ■
宿題

学校も本格的授業が始まった様子。
当然宿題なるものも出されてる。
2年になった光太朗は担任もクラスも変わらず持ち上がりだから宿題パターンも今まで同様。
漢字と計算のプリント、音読練習がメイン。
低学年だし少しでも机に向かう習慣をつけようって1日1種のわずかな宿題が出されるだけ。
昨日は算数、今日は漢字って具合。
それでも光太朗は渋々やってるけど。
で、4年生になってクラスと担任が変わった隆之介は宿題ペースにイマイチ馴染めない。
3年の時はとっても熱心な先生で毎日のように漢字と計算の宿題が出てて
日々の積み重ねでクラス全体の成績も上昇傾向って如実な結果。
もちろん先生の方針も大きいとは思うけど
4年生は高学年で自主性を重んじるってことから最近の宿題は音読を含む40分の勉強。
2枚のチェック用紙におうちの人のサインをもらってくるよう指示も出てる。
宿題が始まったのは今週から。
「40分」の方はやった項目を記入するようになってて
さらに「自分から進んで勉強しましたか」「40分やりましたか」って5種類の質問。
1個20点×5項目で100点を目指そうって具合になっている。
初日の昨日は40分用紙の存在をすっかり忘れてて音読をしただけ。
今朝になって慌てて「パソコン、音読」ってインチキ記入をしてたっけ。
それでも先生のコメントは「60点。もうちょっと頑張れ」。
今日は「音読、漢字、塾」って書いてたけど
漢字なんかドリルに1回書いただけだしノートを埋め尽くすぐらい練習しないとだめだと思うよ。
取りあえず印鑑は押したけど。
で、音読。
こっちも「声の出具合」「間のとり方」「情景を思い描けたか」なんてチェック項目。
それぞれの項目に◎、○、△と全体に対しておうちの人のサインが求められてる。
昨晩は「春の歌」を数回読んだから確認した私が「母」って書いて持たせたの。
音読上手な隆之介はほとんどが◎。
今夜の音読は「きりん」。
で、私が夕食の支度をしていたら隆之介が「今日先生に2個チェックしてもらった」って見せに来た。
何が2個って思って見ると別人の手で「母」って書かれた音読用紙。
今朝も音読したのは事実だけど筆跡があまりにも違う。
通知表や連絡帳も誰よりも先に見ちゃう家人だけど今度は「母」?
思わず「隆之介にはお母さんが2人いるのねぇ」。
今までは「おばあちゃん」って書いてたのに「母」?
あまりにも解せない行動だわ。



2001年04月16日(月) ■
初出勤

去年の春転職って言うか共同で事業を起こした旦那の計画も頓挫。
まだその会社自体は存在するけど早くも先々の可能性を悟った旦那は「一抜けたぁ」。
自分で色々考えて再度の転職決定。
結局去年最初の会社を辞めた時にも誘ってくれてた会社に落ち着いたらしい。
この1年が旦那の糧になったことは間違いなさそうだけど支える側はどんなにヤキモキしたか。
で、4月3週目という中途半端な今日が新しい会社への初出勤日。
先週のうちに就業にあたっての様々な事務手続きも終了してたから颯爽と。
M百貨店で購入した名刺代わりの菓子折りを持参して。
新しい職場は中途採用の旦那を暖かく迎え入れてくれて条件もかなりいいらしい。
望まれて転職できるなんて幸せだよね。
当面の年収目標は私並って本当かどうかは定かじゃないけど。
それにしても旦那ったら直前にならないとお金のことを相談しないから困っちゃう。
銀行がお休みの週末になって「定期代が出るまで交通費自腹」って。
TDLに出かける前に私の通帳とカードを渡しておいたのに
「土曜日は時間外かかるんだろ」って結局下ろさなかったって言うし。
土曜日だって午後2時までならATMは通常営業なのに旦那ったら何も知らないんだから。
で、結局週末は定期券を購入しなかったって。
今日からの出勤に当たって毎回キャッシュで交通費を払うにはあまりにも大きな出費。
纏め買いの6ヶ月定期が一番いいに決まってるのに。
で仕方なく無け無しのお金を叩いてJR分だけでも6ヶ月購入を勧める。
地下鉄分については手持ちのメトロカードで通うようにこれも数枚持たせて。
放っておくと無駄遣いばかりだから何から何まで指示しなくちゃいけない。
こんな些細な努力でも馬鹿にならない蓄財になるのになぁ。
で、1日を終えて旦那が無事帰宅。
「定期買ったよ。これでいいんだろ?」って差し出して見せたのはJR6ヶ月分と地下鉄3ヶ月分。
とりあえず手持ちのお金を最大限生かしてない頭を捻った結果らしい。
朝持参したメトロカードはそのままの状態でお持ち帰り。
旦那としては上出来。
ここまで成長したなんて感慨深い。
これも私の日頃の努力の結果なのねぇ。
ここまで来るのに10年の月日が流れちゃったけど。
とにもかくにも旦那の仕事が順調に行くように祈らずにはいられません。
転職したことを悔やむような人生だけは送ってほしくないからねっ。



2001年04月15日(日) ■
PCが来た

昨日散々遊んで深夜の帰宅を果たした私たち。
TDLから自宅まで完璧熟睡だった子供たちは車から家までの僅かな距離でもフ〜ラフラ。
でも我が家に入って数秒の後には一瞬にして眠気も覚める。
リビングに鎮座してるバイオくん一式を目にしたから。
取りあえず着替えて寝ようって促しても心も体もPCを向いたまま。
ようやく諦めてベッドに入ったらバタンキューって一瞬にして寝ちゃったけど。
実はこのバイオくん、旦那が職場で使ってたのを持ち帰ったもの。
昨春意気揚揚と転職してバイオくんを購入したものの
結局頓挫して再転職することになったから自分の荷物を確保してきたってことらしい。
新しい職場ではマックを用意してくれるらしくバイオくんはご用済み。
ってことで我が家にもついにPCくんがお目見えすることとなったわけ。
喜んでいいのか悲しんでいいのか配偶者としては微妙なところ。
これまでの体験が糧になって新しい職場で金銭的にも役職でも優遇されてるってのが幸いだけど。
で、昨晩PCを目にしてから就寝した子供たち。
疲れてるはずなのに隆之介ったらよほどPCが気になったのか1人でノコノコ起きてきた。
開口一番「パソコンやってもいいかなぁ」。
昨日の今日で現状も知らないから「パパに聞いてからにしたら」。
用事を言いつけるとスローモーなのに別人のように敏速にダッシュ。
でも旦那は寝てて「駄目って言われちゃった」って一瞬にして玉砕。
旦那が起床後は念願かなってPCに触れたって。
子供科学館の「3年生のための初めてのPC教室」で自作の諸々をフロッピーに入れて持ち帰ってた隆之介が
始めてそれを披露することができたって感激してたもん。
子供って覚えるのが早いからバイオくんの電源の入力もゲーム方法も一発でマスター。
どうやらバイオくんは専ら子供たちに使われそうな予感。
妹宅のPCで馴染んでた光太朗も上手にマウスを操っていたからね。
ネットに繋がない状態でも子供たちには十分なのかしら。
1日中暇にまかせて家にいるGの遊び道具に成り下がるんだったらこのままで十分なんだけど。
自分で使うことを考えたらあれこれ考えなくちゃいけないな。

疲れ知らずの光太朗はスカウト活動日。
隊長の車で遠出。
スカウトだけでの活動日だったから詳細は分からないけどゴジラに会ってきたらしい。
横須賀方面らしいけどどこで何をしてきたのか全く思い浮かばないってばぁ



2001年04月14日(土) ■
TDL 続TDL

新年度初の第2土曜日。
隆之介はN塾の復習テストもなし。
数日前にTDLの都民感謝デーのチラシを手にした私がこのチャンスを逃すわけはない。
母子3人で大晦日以来のTDLです。
開園の8時が到着目標時刻だったのに家を出るのが少し遅れたのと高速の渋滞で9時到着。
駐車場入場時に入場券売り場1時間待ちの張り紙を見つけて今更のように焦る。
かなり遠くの駐車場へ誘導されていくし途中隆之介を降ろしてチケット売り場に走らせる。
おかげでチケット購入時は割にスムーズ。
もちろん都民専用のパスポート購入。
3人ともカウントダウンで買ったホルダーの為か何だかやけに視線を感じる。
入園後目指すはもちろんプーさんのファストパス。
長蛇の列で90分待ち。
私が待つ間、子供たち2人でカントリーベアジャンボリーへ。
一旦私の様子を見に戻ってまだ時間がかかることを確認すると別のアトラクションへ。
スモールワールドは20分待ちって確認してミッキーレビューにしたっていうから我が子ながら賢い選択。
で5時45分から6時45分のプーさんをゲット。
それにしても今日の混雑は半端じゃないなぁ。
第2土曜日で学校がお休みだから遠方からの来園者も多いみたい。
待ち時間を考慮しながら適当にアトラクション巡り。
プーさん以外はどれも体験済みだからどれに拘るわけでもない。
私がスモールワールドに並んでる間子供たちはティーカップ。
で、3人でスモールワールド。
道なりにホーンテッドマンションに並ぶも子供たちは乗り物直前にトイレでリタイヤ。
並びながら午前中のパレードチェック。
もう一度ホーンテッドマンションに戻る元気も失せ食事を目指す。
お食事処もどこも大混雑。
軽食購入時に列を振り分ける係りの人もいて初体験。
とにかくどこも彼処も大混雑。
マークトウェインから降りるとちょうど午後のパレード。
超混みは避け大人の休憩所チキルーム〜ウェスタンリバー鉄道。
私が並んでる間子供たちは当然のようにスイスファミリー・ツリーハウス連続4回。
急激に風が強くなって一気に寒くなってきて。
ジャングルクルーズ〜カリブの海賊と回ってると予約の時間が刻々と迫る。
で、プーさん初体験。
ファストパスの発券は午前中には終了。
3時間半の行列を横目にすんなり入場してお楽しみ。
3人ともまた乗りたいって一致した意見。

って書いた所で字数制限。
よかったら続編も見てねっ。

続TDL(14日のTDL日記の続きです)
プーさんから次はトゥーンタウンへ。
7時半からの夜のパレードに間に合うようアトラクション選び。
ここはパレードの終点だから7時40分ぐらいでもOKって計算してミッキーの家の行列に。
子供たちは大好きな骨付きソーセージを食べたりして時間調整。
で、夕方からの強風で途中何度もファンティリュージョンの内容変更があるかもって放送が入ってた。
この行列に加わってる最中決定的アナウンス。
「本日悪天候によりファンティリュージョンは中止させていただきます」って。
もちろんこれで時間を気にすることなくミッキーと仲良くできるけど。
「さよならファンティリュージョン」のCMじゃないけど
来月終了のパレードだから最後にもう1度見たかったなって思いも。
60分ちょっと待ってお目当てのミッキーとご対面。
今夜の出で立ちはファンタジアの魔法使い。
一緒に写真を撮ってサインまでしてもらっちゃった。
同時に対面した家族はお手紙も手渡してたしやっぱり夢と魔法の王国だなって。
その後子供たちはドナルドのボートで一遊び。
逆身長制限のあるグーフィーの弾む家前で身長チェック。
隆之介は今回が恐らく最後になるかもってスレスレで心残りがないようここも体験。
逆にグランドサーキット・レースは132センチって本当の身長制限。
隆之介はここでもギリギリクリアして1人での運転初体験。
私と光太朗はもちろん2人で。
強風で花火の打ち上げもなかったから途切れることなくアトラクションを楽しみましたわ。
そろそろ帰ろうって思ったけど子供たちの「もっと」の声に負けて。
で、子供たちが最後の1つに選んだのはピーターパンでした。
ピーターパンにしたら短い45分の待ち時間。
これまでは親子で乗ってたのに初めて2人だけでのフライト。
いよいよ帰ろうってシンデレラ城前を急いでいたら2階建のオムニバス。
最終運行に間に合ってプラザを説明つきで一回り。
美しいパーク内の夜景を優雅に見たって感じかな。
閉園の10時になってお土産やさんをちらっと見て。
1日を満喫した子供たちは車がディズニーランドの駐車場を出た瞬間から眠りについてたわ。
で、駐車場のゲート前には明日の開園を待つ車の列。
明日が18周年当日だから徹夜で並んでるらしい。
帰りの高速ももちろん若干の渋滞で我が家到着は0時半。
1日たっぷり遊んでお疲れはもちろんです。



2001年04月13日(金) ■
13日の金曜日

13日の金曜日のジンクスもさして関係なく今日もいつもと変わらぬ1日。
子供たちは新年度初の避難訓練。
1時間目終了間際に火事の放送があって校庭に避難したんだって。
新入生を迎えてちょっぴりお兄さん気分を味わってる光太朗たち2年生も張り切って参加。
「1年生に笑われないように頑張ったよ」って。
下級生が加わったことでいい影響が出てるってことらしい。
この調子で少しずつ成長してくれるといいな。
そう言えば昨日「1年生を迎える会」も行われたんだって。
去年の今ごろジャンケンで選出された光太朗も1年生代表として言葉を述べたんだっけ。
進級したばかりだから緊張続きの新1年生の気持ちも手に取るように分かるんだろう。
でも1年の違いってやっぱり顕著。
毎日近所の1年生を責任もって誘ってる光太朗の姿はとっても微笑ましいもん。
ただ誘ってる子は女の子だから準備が遅くってヤキモキ。
今日も「これから髪を結うから」ってのんびりした姿勢。
隣の5年生が我が家の2人を誘い、さらに新入生を誘うんだけど待ちきれなくなっちゃうもん。
せめて迎えに行く時間までには準備を整えておいてほしいな。
今年度から始業が5分始まったからヒヤヒヤしながらの登校になっちゃうよ。

一昨日から給食が始まって光太朗の放課後はいつも通り学童。
でも隆之介は剣道がお休みになって久しぶりの自由時間。
お友達と外遊びの幸せな放課後になりました。
5時のチャイム後は即座に帰宅って約束だったのに
ちょっと遠くまで遊びに行ってたらしくちょっと帰宅が遅れちゃったけど。
で、警察署での剣道のお稽古に通いたいって意欲を抱いていた光太朗にも
来週18日から道場に通っていいって許可が。
親子で警察署に出入りすることになるから身辺調査も行われるんだけど
隆之介の時にそれをクリアしてる我が家は資格審査パスってことらしい。
でも3年生から1人で通い始めた隆之介に比べて2年生の光太朗には通うのに心配が。
通いたいって強固な意欲で「おばあちゃん一緒に行って下さい」ってお願いしてた。
来週から我が家にはもう1人剣士予備軍ができるってことね。
どんなお稽古生活が待ち受けてるのか楽しみだわ。



2001年04月12日(木) ■
冷やし中華

夕刻旦那から電話。
「車で来てるから一緒に帰ろう」ってよくあるパターン。
旦那との息詰まるドライブを考えると嬉しさも半分って所かしら。
毎日帰りの電車で睡眠時間を確保してるからそれがなくなっちゃうのも悲しいし。
約束の時間に迎えに来てくれた旦那の車に乗り込む。
「いやぁ今日は車停める所もないなぁ」って半ば呆れ返った様子。
都会の路駐は半端じゃないからねー。
そう言えば今日は旦那の帰宅が早いなんて知らなかったから
ご飯を炊く予定がなかったんだっけ。
朝子供たちの意見を聴取した結果
3人で冷凍室に眠ってる麺で冷やし中華にする予定だったから。
子供たちは冷やし中華大好き。
今日は足りないキュウリとハムだけ買って帰る予定だった。
だから旦那にも「ご飯ないよ」って率直に告げて。
車中の会話はもちろん子供たちのことが中心。
「隆之介は毎日頑張ってるよねー」とか「光太朗も剣道始めたいらしいよ」とか。
1時間の密室だから雰囲気が大事だから。
頓挫してる新居探しのことやら旦那の仕事のことについても言及。
あくまでも雰囲気を壊さない程度に。
で、車内トラブルもなく高速を降りてスーパーに直行。
旦那も冷やし中華って案を飲んでくれたから必要な食材の買い物のはず。
でもいざ旦那と店内に入ったら「この麺は美味いんだよなぁ」の一言で新規購入。
冷凍庫の麺を片しちゃうって私の思惑はあっさり断念。
キュウリ@25を4本とレタス@100やらを野菜コーナーで物色。
続いてハムを・・・と思って見ていたら
ここでも旦那が中華麺専用チャーシューなんてのを見つけちゃって。
男の人の買い物って値段なんて関係ないから。
もちろん美味しいほうがいいに決まってるけど。
食材を購入して揃って帰宅。
旦那と私が7時前に帰るなんて本当に珍しいから家人はビックリ。
で、2人揃って冷やし中華作り。
卵を焼いたり麺を茹でたりが旦那。
旦那の卵ってお砂糖で甘味が付いてて好みじゃないけど言うとご機嫌を損ねるからな。
でも「卵焦げ目が付いてるよ」って一言だけ言ってみた。
「焦げ目がついてた方が美味しい」って反論されたけど
じゃ今まで私が作ってたのは美味しくなかったわけ?
と言い合いながらも卵、キュウリ、チャーシューとひたすら切るのが私。
力を合わせて短時間で作業終了。
もちろん美味しい冷やし中華であったことは間違いありません。



2001年04月11日(水) ■
何だったの?!

私が帰宅するとTVに見入る義父の顔がやけに照り輝いている。
しかもパジャマ。
お酒に弱く晩酌する習慣などありえない義父の顔がなんだか輝いている。
これってもしかして?!
慌てて浴室を覗くと「あちゃーやられたぁ」。
浴室のドアは曇ってるしお風呂マットは敷かれたまま。
いつものように蓋を開けて点検するとやっぱりお湯は満タン。
義父専用のタオル掛けに掛かってるタオルも入浴を示す濡れた状態。
でも一昨日完璧なる入浴サインを出していたじゃない。
夕刻からお風呂は沸いてたし夜更けには実際に入浴する音だって聞いてるんだから。
ドアの外側から点灯と音を確認しただけだから
実際に義父が入ったかどうかイマイチ確信がつかめないのも事実。
まさかあの入浴の音は私の希望的な空耳だったとでも言うの?
お風呂に座敷童みたいなのが住み着いてるのかなぁ。
義父の入浴を促してくれる童ならいいけど。
それとも夏日続きで義父の入浴間隔が狂ってきた?
はたまたボケが始まって自分がいつ入浴したかさえ忘れてしまったのか?
何にしても今夜義父の入浴があったことは紛れもない事実。
入浴の度に一喜一憂するのも悲しいけどこれが現実。
こんな事態になるなんて予想外の展開だから
外出先から子供に電話をしてお湯を抜くっていう遠隔操作もできず。
渋々諦めて義父の後塵を拝しましたわ。
もちろん洗面器はザラザラだから子供たちったら入念に洗ってから使用。
夏日でシャワーだけでも済むのが不幸中の幸い。
それにしても一昨日の気配は幻だったんだろうか?
それとも改心して1日置きにしてみたのかな。
ここまで予想不能状態に陥るとは思ってもみなかったわ。
あぁ誰か確実に義父の入浴を当てる方法を見出してくれる人はいないかしら?
どんな著名な占い師さんでも厄介な予想だろうな。
入浴予想が徐々に厳しいものになってるこの事実は同居人には最悪。
いっそのこと神懸りでもなんでもいいから毎日規則正しい入浴を導いてくれないかしら。

隆之介が少年剣道から持ち帰った今年度の連絡名簿。
目を通すと2年生が2人含まれている。
新2年生の光太朗も練習を覗き見したりして十分なやる気を示していたから
入会可能かと会長宅に電話で問い合わせ。
どうやら入会は了承されそうな気配。
本人の希望通り稽古に通えるようになるかな。
出費を考えると頭が痛いけど。



2001年04月10日(火) ■
ふぐ

先週フランス料理を満喫したばかりで今宵はふぐ。
冬場が旬のふぐだけど調理法を変えれば通年味わえるから。
3月末突如退職しちゃった職場の先輩オジさんの送別会。
新宿の安くて美味しいフグやさんに現地集合。
20代から60代までの老若男女合わせて4人でテーブルを囲む。
事前にお品書きを取り寄せて「夏のふぐコース」を選択。
冬場と同じメニューとかオコゼのメニューも存在したけど興味はおニューの夏のコースだ。
まずはビールで乾杯。
夏日の今夜最初の一口は特別美味しく感じる。
2種類ある冬のコースは何度か体験済み。
温泉卵→ふぐ皮サラダ→ふぐ刺し2人前→ふぐちり→ふぐ雑炊→お新香→フルーツが「ふぐ定コース」。
温泉卵→ふぐ煮こごり→ふぐ皮サラダ→ふぐ刺し→ふぐ唐揚→ふぐしゃぶしゃぶ→
ふぐちり→ふぐ雑炊→お新香→フルーツが「ふぐづくしコース」。
でも今日の夏のコースは初体験だから興味津々。
温泉卵→ふぐ皮サラダと序盤は一緒。
紅葉おろしと浅葱をたっぷりポン酢で味わう。
続々さっぱりメニュー。
皮刺し→煮こごり→冷しゃぶ→唐揚→中落焼き→焼きふぐとビールや冷酒の進むこと。
ふぐ雑炊→お新香→フルーツでコース終了。
冬場は雑然としてる店内も空いてるしおいしくて大満足。
で、オジさんは将来の見通しもないのに退職しちゃったんだって。
確かに職場には閉塞感が漂ってるけど判断を誤ったんじゃない?
当面の軍資金は退職金と失業手当らしい。
先々週の退職以来職安や区役所通いで結構忙しくしてるって。
将来の見通しがないってちょっと不安も口にしてたけど。
送別会を機にまた美味しいものを食べちゃったって感じかな。
で、駅から家に帰る途中の道端での事件。
歩道に面した塀のないある家の前を通ると
地下足袋履いた青年が腕を組んだまま仰向けになって倒れて寝てる。
生きてるのか死んでるのか全く動く気配もない。
1度は通り過ぎたけどこのままじゃ本当に死んじゃうかもしれない。
慌てて引き返してベルを鳴らす私。
ピンポーン。
10時半を過ぎているから鳴らしても誰も出ない。
再度ピンポーン。
と勝手口のドアが開いて50歳ぐらいのご主人。
「そこに人が寝てます」ってお知らせしてお役ご免。
ご主人ったら怖々と若者を揺り動かしてたけど依然動きがない。
その後のことは該当するお宅任せ。
起き上がって無事退散してればいいけど何だか気になるな。



2001年04月09日(月) ■
省エネ効果

帰宅した私がお風呂の準備をしようと浴室を覗くと何気に熱気が漂っている。
ドアのガラスには湯気の影響でうっすらと水滴。
お風呂マットは敷かれてる状態。
で、恐る恐るお風呂の蓋を開けて湯船チェック。
と義父の入浴後特有の満タンのお湯にはなっていないものの完璧にお湯は沸いた状態。
これじゃ入浴済みかどうか明らかな判定が不能。
慌てて義父の様子を密かに探ると普段着のまま。
入浴したら早々にでもパジャマに着替えちゃうだろうから間一髪セーフらしい。
「お風呂沸いてるだろ」ってなんだか得意げ。
状況から察するといつ入浴してもおかしくはないほど切羽詰ってるって感じ。
義父母はすでに夕食も済んでるから焦って子供たちと夕食。
で、いつものように子供たちに日記を欠かせて食休み。
日記途中もお風呂が気になって。
その間義父に先駆けて義母が入浴した気配。
子供たちも一刻も早くって思ってるから日記が終わってないのに「お風呂入ってくる」。
帰宅した旦那と隆之介が一緒に入って。
光太朗もその時点で眠くて仕方がなくって。
「僕はママと入る」って頑張って睡魔と戦ってたはずなのに結局ダウン。
眠っちゃうと体が重くて入浴作業は大変になっちゃうから出たばかりの旦那に介添えを頼んで。
と思ったら旦那ったら洋服を着たまま光太朗をお風呂に入れて洗って完璧。
光太朗が出てくるのを待ちながら脱衣場で洗濯準備をしてた私も間髪を入れずに入浴する準備。
一瞬でもお風呂が空いた気配を見せると義父が入って私が入浴するタイミングを失っちゃうから。
次から次へと入浴して省エネ効果は抜群ってところ。
でも私が帰宅時にお湯が完璧に沸いた状態だったってことは何時ごろ点火したのかしら?
それによっちゃやっぱり不経済。
溢れんばかりのお湯じゃなかったことだけが救いかな。
で、深夜になってやっとのことで義父が入浴。
だったらみんなをヒヤヒヤさせずに始めからのんびり終い湯に入ってよぉ。
1番風呂じゃなくちゃ入らないって九州男児のプライドはそろそろ捨て去ってほしいわ。
結局義父の入浴後の湯船は満タンだったけど。
それにして予想不能の義父の入浴。
3月は3日、10日、15日、22日、28日の5回の入浴で新記録達成だったのに。
先週気配だけは感じたけど本当に入ったかどうか定かじゃない。
まさかこれが今月初?
これからの季節ますますお風呂チェックは欠かせないわ。




2001年04月08日(日) ■
生誕祭

日曜の朝だって言うのに子供たちを送り出すのに忙しい。
今日は2人ともスカウト活動で高尾山で行われる仏舎利法要。
目指す最終地点は同じなのにカブ隊の隆之介は往路は徒歩なので早い集合。
我が家から車で20分以上はかかる高尾山口駅に8時。
最寄駅から電車って方法もあるけど休日で鈍行の本数もわずかだから集合時刻に間に合わない危険性も。
一方の光太朗は往路はケーブルカー利用って決まってるから8時半に近所の公園。
2人の行動にこんなに時差。
2人のお弁当の準備もあってさすがに私1人じゃ対応しきれない。
ってことで隆之介の送りは旦那に依頼。
7時半過ぎに出かけていって8時には帰宅。
いくら暴走族向きのスープラが愛車だからって早すぎるぅ。
聞けば裏道を駆けて行ったとのこと。
子供たちの留守中は新学期の準備。
提出書類やら道具箱の点検・補充やらも抜かりなく。
義父母はカタクリの可憐な花を見たいとオニギリ持参で公園散策にお出かけだからのんびり。
で、今度はお迎え。
復路は2人とも徒歩にて下山の予定で隆之介が高尾山口に2時、
ビーバー隊の光太朗は隊長が車で公園まで送ってくれるから公園に2時半。
隊長に電話連絡して隆之介たちの解散場所に合わせてもらって2人まとめて引き取る段取りをして。
でもいざ2時に高尾山口に出向くと隆之介がいない。
他の団員はいるのに「お迎え来ないかもしれないから」って一足早く電車に乗っちゃったらしい。
乗る前に携帯に電話で確認してくれればよかったのにぃ。
しばらくして自宅に電話を入れても隆之介の帰宅はまだ。
行き違いになっちゃったってことらしい。
最寄駅を見に行ってから自宅に電話で帰宅確認。
もう1人で何の不安もなく電車に乗れるんだから偉いもんだわ。
で、車中での光太朗との会話で今まで頑なに教えなかった年齢がバレタって事実が発覚。
いつものように「ねぇママ何歳?」って聞くから適当に誤魔化してたのに
「僕本当は知ってるもん」「学校に提出する書類に年が書いてあったから」って。
これは迂闊だったわ。
で、光太朗ったら「僕の目は洞穴じゃない!」って。
オイオイそれを言うなら節穴でしょうって。
親子2人で大爆笑。
年齢不祥も終わりを告げたってことだわ。

って書いててまだまだ書ききれないことがいっぱいだわ。
珍しく1日分が規定の文字数で書ききれないので続きは続編にて→。


生誕祭(続編)


(これは8日付の日記の続編です。前編をお読みの後にどうぞ)
高尾山での仏舎利法要は例年のことだけど隆之介には特別な思いが込められている。
自分もお釈迦様と同じ4月8日がお誕生日だから。
帰宅後「お釈迦様の誕生日を祝ってて自分もみんなに祝ってもらってる気分だった」って。
これまでの仏舎利法要は8日から微妙にずれがあったけど今年はドンピシャの当日だから。
隆之介も無事に10歳の誕生日を迎えられたってことです。
で、我が家恒例の家族誕生会。
本人の希望がカラオケだから夕刻から義父母も同行してカラオケ屋さんへ。
前日までは「カラオケだったら行かない」って言い切ってたのに
今日になったら外出先から再三電話をかけてきて「出掛ける時には連絡頂戴」って。
結局は一緒に行きたかったらしい。
夕刻のカラオケ屋さんはすごい混雑状態。
満室で入室の際に「延長はできません」って宣言されちゃったほど。
2時間を選択。
「子供の歌が多い所」って頼んだら見事にキッズルーム初体験。
テーブルと椅子の普通のパターンじゃなくて土足厳禁の部屋。
スリッパ着用なり素足でもOKでソファも座って寝転んでってお子様御用達。
しかもそこは子供たちのプレールームにも変身する部屋らしく
安全に子供を放置しておけるようにカーテンで中が確認できるようになっている。
って大人の我々には嬉しくもない措置。
でも今日の主役は隆之介だしカラオケを歌うのは子供たち2人だけ。
逝去が報じられた並木何とかさんの追悼「リンゴの唄」から
「ラブ・レボリューション21」までそれはそれは多彩なレパートリー。
圧巻は光太朗の「川の流れのように」だしどんな教育をしてるか目に見えるようでしょ。
「リンゴの唄」熱唱時に飲み物を運んできた店員さんが驚いた顔してたもん。
混雑してたこともあって頼んだお料理はなかなか出てこない。
予定時刻直前になって「延長どうしますか?」って電話があったけど
「入室の際に延長はできないって言われてるから。お料理もキャンセルして下さい」。
2時間歌い放題の子供たちはハラペコ。
美味しいものより簡単で早いファミレスが本人の希望する所となりました。
誕生日プレゼントは本当に欲しいものが見つからないって理由で保留。
でも充実した誕生日になったことでしょう。
私の母歴もようやく10歳です。






2001年04月07日(土) ■
卓球クラブ?

新学期が始まって子供たちはそれぞれに新しい教科書をもらったり係り決めをしたり。
新年度スタートとあって落ち着くまではちょっと時間がかかるかな。
隆之介たち4年生は今年度からクラブ活動が始まるし上級生の仲間入り近しって感じ。
で、3年生の3学期にはクラブ活動の予備調査みたいなのを何度も繰り返し行ってたんだよね。
事前調査を踏まえて今日希望クラブを届けたそうな。
記入できるのは全部で3つ。
しかもその中には体育系のクラブは1つしか選択できないってことになってる。
人数制限があったりで第1希望がかなうとは限らないんだけど。
3年の頃からこれからの有意義なクラブ活動に夢を描きあれこれ悩んでた隆之介だけど
今日提出した希望を聞いて私も旦那もビックリ。
まさに寝耳に水、予想外の展開。
第2希望の科学パソコン、第3希望の囲碁・将棋ってのはまだしも第1希望に卓球を選択したって言うから。
これまで一度だって口にしたことがなかった卓球。
体育系を1つしか選択できないんだったらもうちょっと活動的なものを選べばよかったのにーって。
と、隆之介ったら「僕にも考えがあって卓球にした」って。
よくよく聞くと去年の担任が卓球クラブの顧問。
あっ気ないお別れだったから週1でも先生と会える機会を持ちたいってことらしい。
同様の理由でK君も第1希望に卓球を選択。
K君だって隆之介と同じで卓球ってイメージじゃないんだから
隆之介が知らない所でもっともっと希望者が殺到してるかもしれない。
去年の担任が子供たちを愛して育ててくれた結果がこれなんだわ。
こんなにまで慕われてるって現状を再認識したら先生は号泣ものかも。
こうなると何とか本人の希望通りの卓球クラブに入れるといいなぁ。
イメージだけで卓球を疑問視した私たちより子供の方がよっぽど成長してる。
美しい師弟愛には脱帽です。

下校後の子供たちはいつものようにスイミング。
で、その足で隆之介の前歯のチェックに歯医者さんに出向いてまいりました。
本人は自転車転倒から2度目の通院も自分1人で行く予定にしてて当初の予約は昨日の夕刻だったんだけど
1日遅くたって週末だったら私が一緒に行かれるからって予約を変更して。
先生から一応の太鼓判を頂戴して一安心。
前歯を酷使すると危険って状態には変わりないけどこの程度で済んで幸い。
ビーバーの前歯は健在ですわ。




2001年04月06日(金) ■
始業式の日

子供たちの学校は昨日で春休みを終えて今日が始業式。
同じ日に行われる入学式では光太朗たち新2年生が在校生を代表して
ピアニカ演奏と歓迎の言葉を披露することになっている。
朝食後念のためにピアニカの最終練習。
上履き、防災頭巾、防災頭巾入れとただでさえかさばる荷物に加えてピアニカ持参。
学童のお弁当もあって大変なお荷物。
お道具箱や絵の具と荷物が一段落するまではこんな感じでしょうけど。
隆之介たちの学年は入学当時から80人ギリギリで進級の度に組替えかもってことで
上履きには「4の 」とクラス欄は入れずに登校。
光太朗たちは1年から2年への持ち上がりだから真新しい上履きに「2の1」って記入して。
登校すると校庭に学年ごとに集合。
隆之介たちは去年担任だった熱血先生の「4年生はこっちー」って合図で集合。
クラス編成の用紙を手渡されて衝撃的な事実を伝えられたらしい。
クラスが増えるわけでもないのに異例の組替え。
昨年度末の保護者会で担任がようやくまとまりが出てきたって言ってたのに。
子供たち同様に先生もがっかりしてるだろうな。
隆之介は2組で39人。
上履きにクラスを書き込まなくて本当によかったって感じ。
で、その後一斉に校庭での始業式。
校長先生は定年退職でチェンジだし先生方にも多少の人事異動があってそれぞれのクラスの担任発表。
隆之介たち新4年生は本来持ち上がりのはずなのに
去年2組の担任だった男性教諭が教頭となって他校に異動した煽りで組替えにまで発展。
担任さえも変わるって事態になったらしい。
隆之介たちは思いがけない担任との別れにがっかり。
2クラスしかないからお友達関係にはさほど変化はないらしいけど。
新しい担任は小学校生活初の男の先生。
ちょっと怖そうで優しそうってのが隆之介の印象。
担任が変わったってことは予想外の家庭訪問が待ち構えてるってこと。
母はかなり憂鬱だわ。
光太朗たち新2年生は何の変化もなく進級。
入学式での演奏も言葉もしっかりできて1年間の成果を発揮できたって。
ピアニア演奏の「キラキラ星変奏曲」は去年自分たちが耳にした曲で今度はそれを披露する番。
代々下級生に引き継いでいくのって素敵な伝統って感じ。
子供たちの進歩に先生方も目を細めてたらしい。
ちょっと前に入学したはずの子供たちがそれぞれ4年と2年なんだから
小学校の6年間なんてあっという間なんだろうな。




2001年04月05日(木) ■
お弁当

春休みの午前中に行われていたN塾の春期講習も昨日でお終い。
光太朗は規則正しく学童通いだけど隆之介は珍しく何の予定もない1日。
学童は卒業しちゃったし1日をのんびり過ごす予定にしておりました。
で、私は今朝も隆之介の昼食用のお弁当も用意して出勤。
春期講習開催中ももちろんお弁当の準備を怠ったことはないんだけど。
だって義父母の昼食ってコンビニ弁当だったりデパ地下だったりで任せられない状態。
家計が別ってこともあって光太朗の分+αを作るくらい何てことはなかったから。
で、私が帰宅すると隆之介用の黄色いお弁当箱は綺麗に洗った状態。
自宅で食べるようになってから義母が一緒に洗ってくれるから
今日もその状態かと特段気に留めることもなかった。
光太朗もお残しなしで2段のお弁当は綺麗に重ねられた状態でお持ち帰り。
いつものように「今日のお弁当美味しかった?」って確認。
光太朗は「コンニャク!」ってお勧めの一品を披露してくれる。
でも隆之介からは何の返事もなし。
別室で訳を聞くと「おじいちゃんが食べたんだもん」。
義父からそんな話は一言も聞こえてこないのに。
さらに事情を聞くと風邪気味で休暇を取ってた旦那が昼頃から行動を開始して
義母と隆之介を伴って買い物に行くことになって
外食を決め込んだためにお弁当が食べられなくなっちゃったってことらしい。
で、「おじいちゃんにあげればいい」ってことになったんだって。
義父に食べてもらうために作ってるわけじゃないのに。
しかも私の帰宅後義父からはお弁当の感想も礼も何もないのに。
隆之介から事情を聞いた私は再度お弁当箱の洗浄。
義父が洗ったままじゃ次に使えないもん。
で、義母が入浴中に隆之介がこっそりと義父にお弁当の感想を聞きに言ったの。
義父から出た言葉は「美味しかった」。
そりゃそりゃ愛情たっぷりのお弁当ですもの。
隆之介と「何でさっきは何も言わなかったのかな?」って検討。
「おばあちゃんがいる所で言うとおじいちゃんもご飯を作ってもらえなくなっちゃうから」
って隆之介の鋭い読みはあながち冗談とも思えない。
ちなみに今日は2段の海苔弁。
レンコンのキンピラ、玉コンニャクのおかか煮、ゆで卵、バターコーン、
ポテトの肉巻、ブロッコリー、ウィンナー、ニンジンのベーコン巻とおかずも満載。
こんなことになるんだったら自分が食べたかったなぁ。




2001年04月04日(水) ■
デイナー

今宵のディナーは仕事の延長。
年度末の仕事終了の慰労と先日の昇進祝いを兼ねての集い。
部署メンバー総勢12名で青山の由緒正しき洋館を目指す。
青学の桜を目出ながら路地を進むと別世界。
昭和2年に旧子爵邸として建てられたクラシカルな館には三色旗。
ドアを開けて一歩踏み込むと歴史の重みが漂ってくる。
黒服の人に案内されてダイニングテーブルのある個室へと直行。
まるで迷路を進むように複雑な内部仕様になっている。
伺うとホテルニュージャパンの蝶ネクタイの主も居住していたとか。
所属長の到着を待つ間ソファで食前のビールを飲む。
2階の部屋からは都会とは思えない大きな木を配した中庭も見える。
で、部長の到着でメインダイニングに着席。
オーナーシェフはフランス在住年数が人生の半分以上、
奥様もフランス人とあって素敵な会話も提供してくれる。
今度の金曜日夜の某TV番組にはここのお料理もシェフも登場するらしい。
全員揃ったところでまずは白ワインで乾杯。
さっぱりとした口当たりのよさにワインが進む。
ウニのムース・キャビア添えから始まってオマール海老のコンソメ仕立て、
あわびのサラダ・トリュフソース、口直しにはカンパリオレンジのシャーベット。
シャーベットのわずかな苦味がまた一段と食を進めてくれる。
白から赤のワインに変わって供されるメインのお肉。
どれもこれもただ単に美味しいだけじゃなくて
蕗や筍、空豆と言った季節感たっぷりの食材が使われていてひたすら感心する。
なんとも贅沢な味わいだ。
パンもワインもお料理も洋館の雰囲気に負けないほどに贅を尽くしている。
子爵や蝶ネクタイの御仁たちもこんな団欒を送っていたのだろうか。
で、部署メンバーのうち来週再来週に誕生日を迎える男性が2人。
弾んだ会話から誕生祝をすることになって
テーブルをソファに移してデザートとコーヒー。
特別に用意してもらったバースディケーキの蝋燭を合同で吹き消してもらって。
楽しい雰囲気のままに予定時刻は終了。
安いワインの防腐剤は悪酔いの原因って言われてるけど今夜のワインで酔うはずもなし。
雰囲気覚めやらぬまま家路についたのでした。
で、帰宅すると子供たちはもちろん義母もすでに就寝。
旦那に「夕食どうした?」って聞くと「久しぶりにみんなで回転寿司に行った」だって。
やっぱり今夜のお料理のことは内緒にしておこうっと。




2001年04月03日(火) ■
自転車事故?

私の携帯が鳴ったのは3時少し前。
昨日のアダルト勧誘が懲りずにって思って電話に出ると電話の向こうは隆之介。
頼りなげな様子で「歯が欠けちゃった」「僕自転車乗れないし剣道も辞める」。
今にも泣きそうに声が震えている。
詳細は分からないけど自転車で転倒したらしい様子。
早速いつもの歯医者さんに連絡をつけて隆之介を直行させる手配。
「自転車で行っちゃだめだよ」って念押しをして。
で、帰宅を見計らって自宅に確認電話を入れても隆之介はまだ。
歯医者に様子を聞くと大げさなことにはなっていなかったので一先ず安心。
「欠けてた所を詰めたので取れ易いかもしれません。」
どうやら前歯の先端がほんのちょっと欠けてたらしい。
隆之介が次回予約まできちんと取って帰宅したってことも判明。
再度自宅に電話を入れると今度は隆之介も帰宅していて会話成立。
歯科医院でもらってきた手紙を読んでくれるほどの余裕。
病院で手当てをしてもらって本人も安心したってことね。
手紙の内容はさっき先生から教えてもらったことと一致。
配慮の行き届いたお医者さんだから隆之介1人でも安心して通わせられるんだけど。
で、私の帰宅。
真っ先に隆之介の元に飛んでいって前歯の確認。
言われなければ欠けたことなんか全く分からない。
詰めものが取れない様に注意は必要みたいだけど。
で、隆之介から事情聴取。
義母とお使いに出かける途中の事だったらしく義母の証言と併せて。
どうやら自宅から程近いカーブを伴った緩やかな坂が事件現場らしい。
見通しの悪いカーブをハイスピードで曲がった隆之介が
前を歩いていたおばさんに気づくのが一瞬遅れて転倒して避けたってのが真相らしい。
転んだ目の前にガードレール。
ビーバーみたいに大きくて可愛い前歯でガードレールと戦っちゃったんだって。
舌触りのザラザラ感で歯の欠損を実感したんだね。
それも正面向かって右側の1本だけって奇跡的被害の少なさ。
レントゲン結果も異常なし。
車1台がやっとの2m程の狭い道だから慎重な運転が求められてるのに。
で、自転車を投げ出して上手に転んだらしく体の他の部位には傷跡1つない。
通行していたおばさんにも被害が及ばなかったって言うから幸い。
中学年の時期って自分を過信して事故を起こしやすいって言うけど正にその通り。
結局歯医者にも自転車で。
事故って一瞬だから更なる注意が必要だわ。




2001年04月02日(月) ■
着信あり

今日から事実上の新年度。
残念ながら業績不振のわが社に新年度の新人採用はなし。
で、先週の事前情報以上の大規模な人事異動が行われ該当者は出勤直後に辞令交付。
もちろん私は該当せず。
でも何階級特進したのか知らないけど後輩男性に飛び越えられてしまったのも事実。
「さめちゃんはお仕事できるから」って言われ続けたって評価に反映しないんじゃ意味がない。
自己アピールしたもん勝ちってことなのかしら。
来年も悲哀を味わうことになるんだろうなぁ。
路線を変更して責任ある地位を目指さずに一生のほほんと生きちゃおうかな。
なかなか微妙な人生の岐路に立ってるって感じですわ。
定年退職まで20年以上はあるんだからこのまま埋もれていくのは悲しすぎる。
ってまさか現状でも余剰人員ってことはないわよね?
すぐにでも肩たたきにあっちゃったらどうしよう。

携帯って電波の微妙な具合に反映するらしくちょっとの位置の違いでアンテナ本数に差。
我が家でも職場でもこの現象は同様。
下手をすると役立たずの携帯ってことになりかねない。
で、今日もいつものように職場のロッカーに携帯を置いてお仕事に勤しむこと数時間。
退勤間近になって電話を確認すると「着信あり 15:56」の文字。
念のため着信記録を見ると「0334○64567」って全く知らない電話番号。
非通知じゃないって安心感もあって発信元にコールバック。
と電話口から聞こえてくる声は乾いた女性の声。
「お電話ありがとうございます。こちらは他人の秘密の生会話をこっそり聞いたり
放送禁止用語満載の100のH番組を自由に聞けるアダルトボイスの○○ヴォイスです」
「ただ今新規登録〜〜。尚18歳未満の〜〜お断り致します」
ひたすらにテープの声が流れてくる。
なんじゃこりゃって感じ。
携帯番号って旦那から譲渡されたものだから以前旦那が使ってたってこと?
旦那に聞くとどうやら潔白、この手の物ってよく流れてくるものって判明。
携帯をターゲットに誰彼かまわず勧誘を仕掛けてくる新手の手法ってことらしい。
それにしても着信のあった時点で電話の応対をしていたらどうなってたのかしら?
乾いた女性のテープじゃなくて生身の勧誘を受けてたってこと?
確認の電話をかけた私の着信記録が先方に残ってるから今後も勧誘電話が掛かってくる可能性あり?
個人情報を守るには気が抜けない時代になったものだって痛感です。




2001年04月01日(日) ■
エイプリールフールの日

つい先日華々しく新世紀を迎えたばかりだって言うのにもう4月。
可もなく不可もない新年度を迎えちゃったのはいいのか悪いのか。
隆之介を春期講習に送り届けると日曜恒例の朝市に直行。
卵買出し要員に光太朗を伴い万全の準備です。
さすがに凍るような寒さ到来とあって開店早々のスーパーの混雑はボチボチ。
霜柱も氷も4月になって目にするとは想像もつきませんでしたから。
給食開始まで学童に持参するお弁当の準備を考慮しお肉やら野菜の購入。
冷凍庫を占拠しちゃう勢いで買い物しちゃいましたわ。
私の後で買い物に行った義母ったら冷蔵庫を眺めて一瞬躊躇して
いらなそうな食材をごみ箱にポイって投げ込んだり冷蔵庫に昇進させたりして苦労してたもん。
まぁこれも早いもの勝ちってことかしら。
毎日暇にして好きな時に買い物だってできるんだから義母には我慢してもらいましょ。
で、今日のお昼は子供たちとお約束の餃子作り。
お肉をこねたり包んだりって大好きな作業だから。
ここしばらくご無沙汰作業とあって子供たちの手元も頼りなさげ。
でも数が進むにしたがってどんどん上手に。
シュウマイみたいな形にしたり襞をつけたりつけなかったり
創意工夫を凝らして楽しく作業を進めましたわ。
3人で2袋合計56個の餃子を作り上げて。
で、いつもの昼食って義父母と私たちって別のはずなんだけど
義父母たちったら一向にお出かけの気配なし。
それどころか私たちが台所を占拠してるせいか昼食を作る気配も感じられなかった。
で念のため「お昼食べますか?」って聞いてみたら義父母ともに予想に反して「食べる」って答え。
ホンの少し前にインスタントラーメンを食べた義父も食べるって答えたからそれはそれはビックリしたわ。
私たち親子だけの昼食を想定してご飯を2合しか炊かなかったから焦っちゃって。
で義父母の食べるご飯は冷凍ご飯解凍で済ませちゃったけど。
突然の便乗なんだからこれでもありがたいと思えよぉ。
最終的には旦那が揚げ餃子と焼き餃子に調理してくれて。
専業主婦のくせに餃子さえ手作りしない義母だから今日の餃子はもちろん好評。
義父ったら「さっき作ってたやつ?」とか聞くし。
餃子ごときでそんなに感心されても困っちゃうんだけど。
母子のコミュニケーションも取れて楽しかったわ。
夕食には義母の食材でうどんすきだったからお相子ってことかしらね