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2000年08月31日(木) ■
宿題休暇其の二

今日で子供たちの夏休みも終了。
宿題休暇の甲斐もあって順調に宿題を終えたとご報告したいところではありますが
情けないことに光太朗の絵日記2枚は絵の部分が白紙状態です。
どんなに叱咤しても平然と遊びまわってたツケ。
とは言え低学年の忘れ物は親の責任なので明日引き続き取り組ませることになります。
始業式の明日は防災訓練のみで持参は明後日。
宿題提出期限になってないのが唯一の救いです。
本来はこんな綱渡り状態じゃぁいけないんですけどね。
隆之介懸案の自由研究は本人なりに満足のできる出来映えで一刻も早く他人に見せたいみたい。
この夏話題の牛乳について殺菌方法や栄養素、牛乳からできるものなど様々な分野に発展させたレポート。
先日電車内に置き忘れたパスチャライズ牛乳パックも当然利用しました。
低温殺菌牛乳って国内生産の3%以下って今回私も再認識。
それほど貴重な牛乳って意識なく飲んでたものですから。
隆之介の自由研究を通じて母も学んだって証拠です。
それにしても去年はもうちょっと余裕があったんだけど
今年はなぜか遊びも宿題も中途半端な夏休み。
ものもらい少年を抱えて(?)冷戦だったから(?)存分に遊べなかった悔いが残る夏です。

午前中から珍しく義父のお出かけ。
旦那と一緒の外出だったから駅まで車でお送りしたわ。
駐車場から道路に車を出したら後ろに一台待ってる状態。
旦那は速攻で後部右ドアから乗り込もうとしてたのに義父ったら左側でどこに乗ろうか躊躇してる。
旦那に「いいから後ろに乗れー」って言われても助手席に未練タラタラ。
義父が躊躇してる間も後ろの車が気になるしー
ってわけで旦那が乗り込むや否や発進させちゃいました。
もちろんほんの数m。
後ろの車の邪魔にならないように路肩に駐車するのは運転手の役目ですから。
義父への意地悪心じゃないってもちろんご納得いただけますよねぇ。
それにしても助手席を自分の定位置なんて思ってたら嫌だなぁ。
これからはサードシートの荷物置き場が自分の位置って教え込まなくちゃ。
義父の存在なんてそれぽっちの存在に過ぎませんから。



2000年08月30日(水) ■
宿題休暇其の一

明後日から2学期が始まるのに遅々として宿題が進まない子供たち。
ラストスパートをかけなくちゃ新学期に間に合わないし私の夏季休暇も残ってる。
ってことで今日は腰を据えて子供たちを叱咤激励するための休暇です。
昔の宿題の定番って言えば夏休み用ドリルだったけど子供たちには無縁。
ましてや読書感想文も絵日記もラジオ体操も宿題リストには含まれていない。
3年生の隆之介は��B4の用紙1枚に記入する夏休みの生活記録��掛け算九九が早く言えるように
��1学期に習った漢字�ぜ�由工作か自由研究�ゥ螢魁璽澄捨�習が必須課題。
他に先生から提示されたのが�ヽ┝蟷罎�暑中見舞い�▲▲ぅ妊�貯金箱等と言った応募もの。
1年生の光太朗にいたっては1学期に習った五十音ひらがな練習と絵日記2枚のみ。
こんなに少ない宿題だって言うのに親の気合が今一つ足りなかったと見えて
夏休み終了を目前にしても出口の見えてこない子供たちです。
隆之介が真面目に取り組んでると光太朗がチョッカイ出すし、隆之介が飽きちゃうと光太朗にチョッカイ。
2人のペースが合わなくて一向に進まない現状。
隆之介の漢字宿題は50問のうち着手は半分以下。
リコーダーは低音を出せないと先には進めないしとにかく低音練習あるのみ。
自由工作は工学院大学の理科教室で作った木箱があるけど本人がその提出は納得していない。
ってことで自由研究も未着手。
今更だけど牛乳工場見学を踏まえて牛乳についてのレポートを出したいらしい。
当人にやる気があるから深夜まで起きてても平気。
進めるうちに「もっと早くやり始めればいろんなことを調べられたのになぁ」って。
まあ明日には全ての宿題が終わりそうな目途がついて隆之介は一安心です。
一方の光太朗、明日で夏休みが終わるって実感がないせいか宿題に焦りもなし。
五十音だって残り数個まで来てるのに気が乗らないと一向に進まない。
丁寧に書けないと結局書き直しってことになるからねー。
絵日記2枚も明日に残された大きな課題。
何度尻を叩いても進まなくて全くこっちが嫌になっちゃうよー。

日曜に鹿児島から帰宅した義父が義母と相談して宿題に追われる子供たちに陣中見舞い。
お昼に宅配ピザを取ってくれるって申し出。
子供たちも大喜びだったんだけど近所の宅配ピザは平日昼間は営業時間外。
ってことで珍しく5人でピザ屋さんで外食。
冷戦以降初外食も淡々と・・・です。



2000年08月29日(火) ■
肉の日

お肉屋さんの陰謀としか思えないけど毎月29日は肉の日。
手にした新聞の折込広告には29日を挟んで3日間お肉の特売の文字が踊ります。
つい数ヶ月前までは家計は義母任せだったけど
双方が分担するようになってますます特売って文字に弱い私。
CMでも登場するお肉のチェーン店の今日の目玉は合挽肉100g59円&薄塩ベーコン100g89円です。
広告の品は当然のように数量限定だし私の帰宅時間には売り切れ必至。
んで今日は隆之介に買い物を依頼しました。
日曜に切開したものもらいの診察に行くついでに買い物してきてって。
出勤前で詳細の打ち合わせができなかったから電話で相談してってゴミの集積所まで一緒に歩きながら。
育ち盛り食べ盛りの男児2人を抱えてるから少しでも安価で済ませられればラッキー。
対面販売のそこのお店には数えるほどしか行ったことがないってことが心配と言えば心配。
店員さんと会話を交わす買い物形態って少ないからねー。
3時過ぎに学童から帰宅して眼科経由でお肉屋さんに直行する隆之介。
眼科で時間を費やしちゃったらしく「何をどのくらい買うの?」って電話があったのは6時近くとかなり遅目。
残念ながらお目当てのベーコンは売り切れちゃってたけど合挽肉は無事に購入できたって。
店員さんに「独りでお買い物?」って聞かれてウインナーなんかも試食してきたらしい。
帰宅後すぐにお肉を冷蔵庫に入れなかったのが減点だけど
「僕お肉大好きだからこれからも買い物手伝うよぉ」って言ってくれるし頼りになるなぁ。
義父母と別生活を視野に入れて子供の協力は不可欠ですもの。

買い物帰り、我が家を目前にして隆之介に立ちはだかるマクドナルド。
お腹が空いて耐え切れずにマックに寄っちゃったんだって。
ナゲット、ポテトS、ポテトLの計3点700円強のお買い上げー。
光太朗と分け合って食べたらしいけどそれだけで満腹に近い状態。
浅はかな注文の仕方はやっぱり子供じゃ。
お財布から小銭を先行して出すことはすでに学んだ隆之介だから
次は正しいマックのお買い物講座が必要?
広告のお肉が高いものについちゃったって感じ。
夕食前にマック食べ過ぎちゃった2人には何事もいい経験かしらね。



2000年08月28日(月) ■
脱走

私が重い買い物袋を下げて帰宅すると台所には涼しげな顔の旦那。
朝具合が悪そうな顔をしてたけど結局休んじゃったみたい。
でもお家にいたわりには洗濯物も取り込んでないしお風呂の準備もしてない。
辛うじて夕食の準備だけができてるけど体調不良だといまいち使えないなぁ。
と、旦那が「今日、りゅうが家出しちゃって・・・お義母さんに謝っとけ」って。
詳細も分からずに話も聞けないから隆之介と会話。
昨日ものもらいの切開をした隆之介は念のために今日1日学童を休んで
夏休みの宿題に励むことになってたはず。
昼食だって光太朗が学童に持参したのと同じお弁当を冷蔵庫に入れておいたんだから。
隆之介は一昨日も私とのやり取りでプチ家出しちゃったけど本人の話じゃ今日は全然違う理由らしい。
宿題の漢字練習をしようとしてたら義母があれこれ口出しして鬱陶しくなっちゃったんだって。
今朝も義母は「残り夏休み学童を1日休んでおばあちゃんと出かけよう」って子供たちを誘ってたし
「宿題おばあちゃんとやっちゃおうね」って今更ながらの提案をしてたほど。
出勤前の私が「私が休暇を取って宿題させます」ってお断りした布石もあるのに
やっぱり孫には余計なお節介したいらしい。
午前中は一昨日同様家族に無断で自転車で気分転換に出かけちゃった隆之介。
この時は短時間で帰宅したらしい。
で帰宅したら怒られちゃうしさらに鬱陶しい気分になっちゃって靴も履かずに再脱走。
気分は「うっせーんだよ。この婆!」って感じだったらしい。
裸足のままあっちこっちで遊んで3時間近く放浪してたんだって。
その間義母は責任感じて切れそうな精神状態だったらしい。
いざって時は小心者の義母だから。
感の鋭い隆之介には母親である私を毛嫌いしてる義母が許せないみたい。
だから一昨日のプチ家出とは心の状態が違うってことらしい。
このまま同居を続けると子供たちの心はボロボロだわぁ。
んで私が帰宅した時はそんな気配もなくお風呂掃除だって快く引き受けてくれる隆之介。
義母は「隆之介の面倒は一切見ない」って宣言。
って年貢未納を決定した時にも「子供の面倒は見ないし夕食も作らない」って宣言してるじゃん。
つまりは自分が必要とされてないことが不満ってこと。
義父母との関係がギクシャクしてて子供の心も揺れ動く我が家。
早期解決を図らないと結構やばそうです



2000年08月27日(日) ■
再切開

夏休みに入って直後の7月末からものもらいで通院してる隆之介。
一度右目の患部を切開して膿を出し切ったものの術後のケアの不行き届きか
はたまた偶然にも同じような位置に再発したのか一向に治りきらない状態が続きます。
朝昼晩と1日3回服用する錠剤を2週間分もらっててそろそろ無くなる頃にも関わらず
まだ半分近く残ってるのを見ると本人の治ろうとする意識の希薄が見え見え。
って言うかまだまだこの年頃じゃ親掛かりじゃないと飲み薬は完璧に忘れちゃうよねぇ。
目薬もちゃんと射さないとぉなんて話してたら
突然思い出したように「そう言えば!」って隆之介が話し始めたのが昨晩のこと。
「次に来る時にはおうちの人と一緒に来て下さい」って先生が言ってたって。
オイオイ、それを言われて帰ってきたのはいったいいつの通院日?
昨日だってもっと早い時間に思い出せば午前中行かれたのにー
と思って診察券を確認すると運良く今日は診察のある日曜日。
カブスカウトの活動日だった隆之介に不参加の電話をさせると
光太朗をビーバースカウトの集合場所までお見送り。
慌てて行き付けの眼科に行ってきました。
日曜とあってか平日よりも待合室も空いている感じ。
しばらくして隆之介の診察の順番になると先生が「このままだと2〜3ヶ月かかります」って。
親との通院を希望してるってことは何か決断を求められてるってことでしょ。
隆之介は前回切ってることもあって「切りたくない」一辺倒。
一旦は診察室を後にしたものの必死の説得大作戦で切開することになって再び診察室へ。
最終的に本人が受諾したのは旦那との携帯電話でのやり取り。
やっぱりパパの存在は怖いらしい。
切開する処置室は診察室の奥の小さな部屋なんだけど隆之介1人が連れて行かれて
しばらくすると先生の処置が始まったと見えて待合室にいる私にも聞こえる悲鳴と泣き声。
目に処置するのって相当痛いらしい。
「ママはやったことがないから痛みなんかわからない」って。
今夏はものもらいでプールも棒に振っちゃったけど2回も頑張ったんだしこれで治るといいなぁ。
ガーゼを当てた右目が何とも痛々しい隆之介です。

ビーバースカウトでアスレチックを楽しんだ光太朗はもちろん元気いっぱい。
水上コースがなくて物足りなかったってやっぱり大物だね。



2000年08月26日(土) ■
プチ家出

夏休みも残り僅か宿題の追い込みのはず・・・なのに愚息ったら少しも進みません。
朝から叱咤激励しても歩みの鈍い亀状態。
何度も「やるって」言葉だけを繰り返す子供たちはまるで狼少年。
お互いに正面からぶつかって疲れちゃって
お昼を前に隆之介ったら「気分転換に散歩してくる」って逃避。
1人だと案外順調に進むから光太朗と宿題を進めてお昼になっても隆之介の帰宅気配なし。
自転車で出かけたみたいし2時半からは光太朗のスイミングだから
鍵もお金も帽子も持たずに出かけた隆之介のために玄関に置手紙と若干のお金を残して外出です。
「1人でサイクリングは楽しかった?心配してるから携帯に電話してね」って概要。
でもその後帰宅した義母によって片されたそれは隆之介に発見されなかったみたい。
何度か自宅に電話しても事情を知らない義母は「帰ってないよ」って。
かれこれ数時間、お昼も食べないし暑さの中どうしてるんだろう?
行きそうな大型スーパーや公園を探し回っても見当たらない。
5時からはPTAの仕事で校庭で行われる地区の納涼会のお手伝いだから募る焦り。
と、学校の交差点のゲーム屋の前で新型ゲームを観戦する隆之介を発見。
心配してるママが頭をよぎったって言うけど隆之介にとってはプチ家出事件です。
持参してた冷え冷えの果汁飲料を手渡して心配してた旨を伝えて一端一緒に帰宅。
5時からの納涼会に仲良く一緒にお出かけです。
私は係りだし、子供たちには若干のお小遣いを手渡して自由行動。
金魚すくいやかき氷などの過ぎ行く夏を満喫。
校長先生や教頭先生の姿もあって学校ならではって感じ。
お友達もたくさん来てたし子供たちは結構楽しそう。
地区行事だから中学の生徒の演技や児童の演技もあって盛り上がり。
7時から休憩だった私は急いで焼き蕎麦の買出しに成功したけど
焼き蕎麦もフランクフルトも焼き鳥も速攻売り切れで買えなかった人も多かったんだって。
ここで夕食って企んでた父兄が多かったから買えなかった人は大変な事態?
ストラックアウトやペットボトルボーリング、グラウンドゴルフなんかも楽しんだし
校庭を所狭しと走り回る楽しげな子供たち。
毎年恒例にして初参加の納涼会、機会があれば来年も参加したいものです。
帰宅途中にあるペットショップで藻も買ったし金魚飼育準備も万端です。



2000年08月25日(金) ■
遺失物

電車に乗ってると時々入る「ただ今遺失物捜索をしております」ってアナウンス。
車内への忘れ物なんて私には無縁かと思ってた。
ところが帰宅を急ぐ私が珍しくやっちまったんです。
って言うか遺失物初体験。
電車を降りて最寄の階段を3段ほど昇ってから網棚の忘れ物に気がついた私。
慌てて階段を降りて再び電車に近づくと一瞬遅くてドアが閉まって発車した後。
傍にいた駅員さん教えられたホームの端っこにある駅事務所まで足を運ぶ。
「遺失物の方は窓ガラスを叩いてから開けてください」って書かれた事務所。
トントンって開けると対応に慣れてる感じの優しそうな駅員さん。
「あの〜、今の電車に忘れ物しちゃったんですけどぉ」と恐る恐る尋ねる私に
「物は何?何両目に乗ってた?」って場数を踏んでる駅員さんはマニュアル通りの質問攻め。
「牛乳で、後ろの階段のすぐ下の車両です」って答えたら「ビニール袋入り?」。
「富山のマスの鮨って書いてある紙袋入りです」って具体的に答える私との問答は結構楽しいかも。
それから「確認するからしばらく待って」って。
2つ先の終着駅への到着を待ってからの捜索だからアナウンスは無縁らしい。
「ありましたよ。取りに行ってもらえますか?」って。
で私ったら「冷蔵庫に入れておいてもらえませんか」って不躾なお願い。
だって1時間半の帰路牛乳を持ち帰ることだってかなり際どい綱渡り。
だからこそ少しでも冷房に近い網棚に置いちゃったんだから。
「野菜室なら」って約束を取り付けたけど実際は取りに行くのも面倒だったんだよね。
なんで咄嗟に「飲んでいただくか廃棄を」って言い出さなかったんだろう。
低温殺菌のおいしいパスチャライズ牛乳だから駅員さんも大喜びしてくれたかもしれないのにー。
慌てて帰宅して子供たちと夕食を食べてから車で高尾駅まで出かけてきました。
駅に着いて「忘れ物取りに来た」って言ったらやっぱり窓ガラスの所に案内されて
ノートに必要事項を記載したら手続き終了で牛乳を手渡されたわ。
記入された遺失物には洋菓子とかスーパーで買ったばかりの生鮮食品も目立つ。
暑さでみんな注意力散漫なのかな?
もちろん�癸韻老搬單渡辰飽磴い覆掘�
笑点の着メロが持ち主不明って感じで同じ車内に鳴り響いてたけどきっとあれも忘れ物よね。
遺失物扱い所には頻繁に人が出入りしてたけどこんな牛乳ごときで恥ずかしいよぉ。



2000年08月24日(木) ■
義父の旅立ち

兄の死去に伴う法事のため鹿児島に向けて旅立った義父。
何事も義母任せの義父はこれまでのどんな鹿児島行きでも1人で羽田に行ったことがなかった。
つまりは付き添いの者が荷物持ち。
義母が電車で一緒に行くか私か旦那が車で送り迎えってのが甘やかしのパターン。
今朝も「おばあちゃんも羽田に行くかもしれないから家の鍵持って出て」って
子供たちに義母本人が話してるのを聞いたくらい。
でも最近義母の義父に対する態度が冷たいのよねー。
私たちへの冷たさとは別の種類の態度なんだけどご勝手にって雰囲気が伝わってくる。
だからGWに義父の旅行バッグ一式を家に置き忘れて洋服買出しなんて事件も起こっちゃったほど。
今更義父に自立を求めたって所詮無理な話だから義母はよっぽど義父を鬱陶しく感じてるんだろう。
そのくせ一緒の布団に寝てるんだか長年の習性とは言え義父母は難解極まりない。
で、義父の乗る飛行機は3時予定。
順調に羽田から帰宅しても子供たちが学童から帰る時刻に間に合うかどうかって所のはず。
途中心配して家に電話をすると「おばあちゃん行かなかったみたい」って隆之介。
出発前の義父母間でどんなやり取りがあったか想像もできないけど
お通夜・葬儀に列席しないばかりでなく空港にも行かなかったのね。
ますます冷め切っていく義父母の間。
私たちが検討してる引越しが具現化したら義父母2人でどんな生活をするんだろう。
義父不在の今夜の義母は鬱陶しい存在の義父もなく自分1人で好き勝手にテレビを見て伸び伸び。
一方、義妹がいなくなって子供たちとの平和な食卓も戻ってきた。
そばに義母がいても干渉なく母子3人で食べる夕食。
でも食後に私たちが梨を剥いて食べてたら義母も対抗して梨を剥いて食べてたわ。
双方が干渉しない現状は慣れたからいいけど敵意剥き出しってのは困りものだね。

夏休み期間20日の学校プールがあるんだけど隆之介はものもらいでほとんど参加できない状態。
昨日の通院でも完治はまだだからプールは駄目って言われてた。
一昨年は切開してすぐに治ったんだけど今年はやけに治りが遅い。
今年のプールが終わるまでに進級試験に挑戦できるかな。
1年生光太朗の進級試験も徐々に。
最初は水に潜るだけの10級スタートで今日は自由泳法で25m泳げて4級合格。
3級になるにはクロールか平泳ぎの25m完泳が求められるからこれは来年の課題だね。



2000年08月23日(水) ■
電話

しくお弁当作りに急ぐ7時前我が家の電話が鳴り響いた。
早朝の電話は間違い電話か火急な知らせかが相場。
急いで電話口に出ると義父宛に掛かってきた知らない苗字の男の人からの電話。
「お弁当作ってて忙しいからおじいちゃん起こしてきてー」って子供たちに言っても動きなし。
仕方なく義父に伝えて電話口へと誘う。
と、誰かにご不幸があったと見えて義父の様子が見る見る変わってきた。
「うん、6時○分だな」
「段取りは?」
「力がなくて何もできなくて済まない。よろしく頼む」
どうやら最初に私が苗字を一文字聞き違いしたらしく
電話の向こうは義父の甥に当たる人物、つまりは旦那の従兄弟みたい。
義父の2番目の兄が亡くなった知らせだった。
義父の2番目の兄は母方の姓を継いでるから苗字が違う。
5人兄弟で末っ子の義父はすでに長兄と3番目を亡くしている。
今回2番目の兄が亡くなったことは順当と言えば順当、しかも年齢的にもちっとも不思議ではない。
義父が70歳を超してるってことはどう考えても平均寿命を上回っての大往生。
でも当然気落ちしてる義父。
義父の故郷鹿児島に帰省するのは珍しいことじゃないけどご不幸での帰省は足が重いだろう。
25日が友引とあって葬儀の日程もなかなか決まらずヤキモキするばかりの義父。
夜になってようやく25日通夜、26日葬儀と段取りも決まって鹿児島行きの手配。
もちろん航空機の手配から全て甥任せ。
いつもなら私たちが旅行代理店を引き受けるけど今回は頼まれもしないから動かない。
と、兄弟の葬儀だって言うのに義母は行かないんだって。
そのくせ旦那には「日程の都合はつかないのか?」って義父が聞いている。
なんかちょっと違うんじゃない?
年老いた兄弟の葬儀でただでさえ裏寂しい葬儀になっちゃうかもしれないんだから
連れ合いである義母が真っ先に駆けつけるべきだ。
今日だって義父は連絡を待つばかりじゃなく急いで鹿児島に急行すべきだったのにー。
ってことでしばらくの間、我が家は義父不在。
ますます義母と直面することになりそうです。
鹿児島行きを前にして義父の入浴。
恐らく18日に入浴して以来だと思う。
悲しいことに私の直前の入浴だしパンツとステテコの二位一体洗濯物は私たちの籠に入れられてた。
義父は洗濯籠の掟を忘れるほど放心状態ってことでしょうか。
伯父の冥福を祈るばかりです。



2000年08月22日(火) ■
牛乳工場見学

あっという間の夏休み第2段も今日でお終い。
実家からの帰り道を利用して今日は牛乳の工場見学です。
R16沿線に位置するのは中毒事件を起こしたばかりの某乳業野田工場。
見学予約して入場すると牛乳とコーヒー牛乳の飲み放題が待ち構えてた。
説明を受ける冒頭、例の件のお詫びの挨拶。
牛乳だけじゃないから信頼回復までには相当かかるね。
んでビデオでの説明を受けてから工場見学です。
畜産農家からタンクローリーで運び込まれた牛乳を計量してタンクに貯蔵。
それからほとんど無人化した工場の中で清浄されてパッキングされるんだって。
事件のせいで牛乳のラインは今のところ午前中のみの運行らしく残念ながら見学できず。
LLの果汁飲料のライン行程が動いていたのをじっくり拝見させて頂きました。
結構工場内の動きって楽しいね。
子供たちは飽きることなくじっと見てたし一緒に行った母も満足気。
工場に活気が溢れてたらもっと楽しい工場見学だったと思うと残念です。
見学終了時にはお決まりの果汁飲料のお土産。
最近スーパーで目にしない某印商品だけど安全確認は怠りないわよね。

某乳業見学を終えて駐車場で母とお別れ。
夕方からの学童の星空映画会に向けて一路八王子へと急ぎます。
星空映画会さえなければもうちょっと実家でゆっくりできたんだけど仕方なし。
柏から常磐道に乗って首都高経由中央道の八王子までの遠い道のりです。
空いていれば1時間半くらいで着く行程も混雑してて時間が読めない。
でも度重なる渋滞の割には2時間ちょっとで到着。
車中睡眠を取るように何度子供たちを促しても騒がしいまま。
運転に支障を来したらどうしてくれるのぉってくらい見事な元気さでした。
映画会には夕食を食べてから行かなくちゃいけないので3人で平和に外食をしてそのまま学校に直行。
心配された夕立もなく映画会は無事催行されました。
校庭の白い壁に映し出された「ワンピース」を食い入るように見てた子供たち。
くじ引きをしたり花火をしたりで楽しい夏の夜を過ごしました。
「2人とも元気でいいわね」って今日もお友達に言われたけど元気過ぎても困っちゃうんだよー。

ようやく帰宅すると義父母ともに在宅。
またいつものような生活のスタートです。



2000年08月21日(月) ■
オフ会

実家には短期滞在だって言うのに今日は柏でオフ会。
子供たちは母の引率で清水公園のフィールドアスレチックで好き勝手に遊ぶ段取り。
妹一家は残念ながら家族旅行で日程の都合がつかなかったけど
仕事中の弟は別にして義妹とその子供たちは一緒にアスレチックに行くらしい。
義妹って響きは一緒でも性格も行動も全然。
んで子供たちを見送ったら私もいざオフ会に出動。
10数人の淑女とその子供たちがランチバイキングに集合です。
さめボードが発端で「さめちゃんの里帰り日程に合わせよう」って話が進んで
ハッピーやるみに幹事さんをお任せしてたけど本当にこの日が待ち遠しかったこと。
90分のランチバイキングで980円の激安とあって平日だっていうのに結構混雑。
お店の前で待ち合わせして一斉に入場して自己紹介もほどほどに飲み物の注文。
飲み物別ってメニューを出されてさっさ注文したのが4Lのビールなんだけど想像できる?
11杯は取れるって簡単な添え書きがあって
テーブルにデ〜ンと到着したのが直径10cm強のメスシリンダーみたいな縦に長いサーバー。
もちろん周囲の視線はサーバーとその注文者に一気に注がれたわ。
参加者一同で乾杯して暑い夏の喉の渇きを癒してサーバーのお代わり。
なんと8Lのビールがどこかに消え去ったのでしたぁ。
楽しい会話も進んだしお食事の方も順調にこなしてあっという間の90分。
もちろん2次会へと突入いたしました。
パワフルで華麗で素敵な奥様の笑顔の絶えないこと延々。
今まで会ったことがある人も初対面のみんなも打ち解けて充実した一日。
読者の皆さんのご期待に応えるためにも今後ともさめ日記に精進いたしますことをお誓い申し上げます。

一方、私の快楽のためにアスレチックに置き去りになってた子供たち。
冒険、ファミリー、水上の3コースとも思う存分満喫してきたみたい。
引率の母は入場したら休憩所でお休み。
子供たちには冒険、ファミリーの両コースはお馴染みなんだけど
水上コースの解禁が小学生からだから光太朗は初体験。
一緒なら危険も少ないのに2人で行動するはずもなく
光太朗は頭まで水に落ちちゃって溺れそうになったって言うし
隆之介も水上ターザンで落ちちゃってびしょ濡れ。
シャワーを浴びて着替えての帰宅となりました。
武勇伝を耳にする度に怖い物知らずのわが子には冷や汗ものです



2000年08月20日(日) ■
4泊5日

旦那は昨日の理科教室をさっさと切り上げて子供たちと映画にって構想だったものの
子供たちの探求心の前にはポケモン構想は脆くも崩れてた。
んで今朝は気合十分で子供たちとポケモンの映画に。
私は旦那たちを映画館に送りがてら
近所のスーパーの朝市で1パック100円の卵やら1L100円のお醤油やら生活必需品を無事ゲット。
大荷物を携えてての帰宅となりました。
昨日の時点で冷蔵庫は満杯だったけれどこっちの生活を維持するにはどうしても必要な買い物だったから。
んで帰宅すると玄関口には例の桐の衣装箱。
ついに義妹たちの帰宅の日の気配です。
義母と義妹は慌しく荷物を運んでる。
義父に甥たちの面倒を見ててって言ってるけどこのGは子供相手は目茶苦手。
「面倒見てって言ったでしょ」ってお小言食らってる。
私は相手にされてないからいいんだけど子供たちには罪はないでしょ。
冷蔵庫に収納し終わるととりあえず甥たちのお相手。
甥1号はお箸もグーだったけど鉛筆持つ手もグー状態になってる。
通り掛かりの義母が見かねて「鉛筆の持ち方が違う」って。
でも一瞬にしてまた荷物運びに行っちゃったから引き続き私が指導。
上手に持てるようになって荷物運びを終えた義妹に
「ママー鉛筆が上手に持てるよぉ」って報告してたけど義妹はひたすら無視。
私のことが嫌いでも子供の努力は認めてやってほしいもんだわ。
でも帰り際になって「お世話になりました」って型通りの挨拶。
2人揃うとお互いに増長して扇動して家中が困るってことを分かってるのかな?
4泊5日の義妹のご滞在は無事(?)終了となりました。
義父は「みんながいる時にスイカ割ろうよ」って言ってたけど結局未開のまま。
義妹の次回里帰り騒動はいつのことでしょう?

ポケモンの映画が終わって旦那からお迎え電話かと思いきや「デジモンもやってる」って。
光太朗は見ないけど隆之介が見たがってるらしい。
パチンコやさんと同じ建物内の映画館だから旦那はパチンコして時間潰すって。
光太朗だけお迎えに行ってさらに数時間経ってから2人をお迎えに。
と、旦那はデジモンの間に映画代と食事代+α儲けたらしく遅目の昼食。
それから自宅に戻って一路私の実家に。
もちろん実家にも兄弟宅にも根回しOK。
やっぱり快く迎えてもらわないと居心地悪いもんね。



2000年08月19日(土) ■
衝突

今日は土曜日。
市内にある工学院大学が小中学生向けに「理科教室」を行うと知って朝からお出かけ準備。
いつもより遅目に起きると義妹一家はお休み中だけど年長の長男1人だけは起きている。
とそこにいた義父がその甥にパンでも用意してって。
義父も私の立場を知ってか知らずかかなり難解な仕事を提供してくれるもんだ。
10時開始の理科教室に急いで行かなくちゃいけないし丁重なお断り。
でも義妹たちが「朝マックしよう」「お義姉さんの分はいらないねー」って声が聞こえてきた。
明らかに私に対する敵意剥き出し。
彼女が買出しから帰ってくると子供たちの気持ちは大揺れだけど速攻でお出かけしたわ。
理科教室は60項目ほどのプログラムがあって自由参加と抽選で参加できるものの双方あり。
旦那と子供たちが自由参加のスライム作りや鏡作りをしてる間、抽選券ゲットにひたすら並ぶ私。
杉の木で作る小箱作りってのに2人揃ってご当選。
金づちやら釘やらを使って上手に箱を作ることができました。
ペットボトルの中のトルネード実験をしたり
液化窒素や水素、酸素を使った実験を見たり子供たちは理科三昧の一日。
スライム作りはレポートにまとめればそのまま夏休みの宿題にOKかな。
夕方4時の終了時刻まで十分に満喫して買い物して帰宅。
今夜は義母がお友達と会食だって言うから当然義妹も家に帰ったと思ってた。
と路駐してある義妹の車を発見したから唖然。
冷蔵庫に入れようと思ったものはなかなか収容しきれないし輪をかけての大迷惑。
義父に断って鹿児島から送られてきた賞味期限切れの食べ物を捨てちゃおうとしたら
義父は義母に断ってから捨てろってごみ箱から拾って冷凍するし
義妹は「私たちが邪魔ならそう言えばいいじゃん」って怒り出して
旦那の所にすごい剣幕で談判に行くしで一騒動。
もちろん旦那は義妹が来ることも知らなかったんだからって取り付く間もなく一蹴。
夕食の当てのない義父には「一緒にどう?」って夕食のお誘いをしたけど
義妹と一緒に夕食に出かけちゃった。
今日現在も私が運んできたスイカは置き去りにされた状態。
さらに弟宅から美味しそうな梨一箱30個が送られてきたけど食べるのは私たちのみ。
義母と義妹はたくさんの梨を無視して自分たちで購入して食べてます。
トバッチリ受けて梨もスイカも可哀想。
トラブルを撒き散らす義妹の滞在はいつまででしょう?!



2000年08月18日(金) ■
桐箪笥

義妹のご滞在も今日で3日目。
滞在予定も分からないからひたすらに帰宅を心待ちにするばかりです。
私が仕事から帰宅して夕食がないのはいつもと一緒。
義妹と甥たちの手前子供たちには食べさせてくれてるけどそれが余分な計らい。
1人居場所のない私は夕食を作る気も起こらないし今日もその辺にあるもので簡単に夕食を済ませちゃう。
それにしても義妹が来てからと言うもの義母はまともに夕食を作ってる気配なし。
鍋釜も使った様子もないし毎日買い弁で済ませてるのかな?
恐るべし専業主婦親子。
そう言えば夏休みに入って私が淡々とこなしてるお弁当作りも義妹は大の苦手らしい。
去年甥が年中で新入園児になった時に義母に泣きの電話が入ってたっけ。
義母と義妹の食生活に翻弄されて義父も子供たちも被害者だわ。

打ちひしがれて2階の和室に上がると義妹の着物一式が出されてた。
桐の衣装箱に加えて畳紙に包まれた数点の着物も一緒に置かれてる。
結婚して数年経っても着物が実家に置かれてるってのは私にも身に覚えがあること。
でも義妹の着物の収容場所に問題があったんです。
ず〜っと私の結婚持参品の桐の箪笥に断りもなく仕舞われてたから。
数年前から気がついてたけど排除を申し出ることもできずに仕舞われてた代物。
自分の箪笥に他人の物が侵入していた時はそれはそれは驚いたけど
波風立てちゃいけないと思って知らん振りして棚の順番だけ入れ替えておいたんだ。
だって一番上の段が上席なのに義母ったら勝手に義妹の着物を上段に置いてたんだから。
当然一番下の段に入れ替えたけどそれ自体がお情けだったんだよ。
んでその着物一式を確認したからすかさず箪笥の中味チェック。
私の箪笥には義母と義妹の着物のかけらもないことを確認すると
今まで使ったこともない和箪笥の鍵をかけちゃった。
さすが伝統工芸品マークがついてる見事な代物だわぁ。
鍵を掛けたことを義母が知ったら騒動が起こるからって旦那には止められたけど知らないよぉ。
だって他人の箪笥を開けることの方が非常識なんだもん。
義母が箪笥の鍵の存在に気がつくのはいつのことでしょうか?
もちろん義母の着物も義妹の着物も収容はお断りですけど。
着物の準備はしたものの今日のご帰還もない様子。
義妹の滞在日数が着々と更新されつつある今日このごろです。



2000年08月17日(木) ■
滞在2日目

義妹の滞在2日目。
私が帰宅すると義父と子供たちに加えていつもよりかなり早めに帰宅した旦那。
義母と義妹たちは1日中お風呂がいっぱいのいわゆる健康センターにお出かけして
そろそろ帰ってくるらしい。
遅寝遅起きの甥たちとは今朝も会ってないけど布団は敷きっぱなしでお出かけ。
健康センターごときじゃ冷凍庫のペットボトル集団は意味ないじゃん。
んで旦那曰く「ご飯とか簡単なおかず買ってくるらしいよ」って。
でも昨日の例の通り私の食い扶持だけはないかもしれないので台所へ。
それに年貢を納めないって決めたのは旦那なのに
義母にとって実の息子だから夕食にはありつけるってことかぁ。
お風呂で上機嫌となったご帰宅で私にも一緒の夕食を勧める義母。
「ちび玉が来てて凄い人だったけど気持ちよかったのよぉ」って。
珍しく我が家の6人+義妹と甥の9人での大規模な夕食会となりました。

私の帰宅時、階段下のおばさんに頂いたスイカ。
ご承知の通り我が家は階段を50段ほどと若干の坂道を登った所に位置してるんだけど
「今届けようと思ってたの。持ってってもらってもいいかしら?」って言われちゃ断りようがない。
すっごく大きなスイカは袋にも入らない素のままの状態。
仕事帰りでパンプスにスーツ姿の私が両の手に抱えて根性で持ち帰って置いておいたんです。
階段も坂道もキツイなんてもんじゃない。
2月のスキーで痛めたぎっくり腰を誘発するかと思っちゃったほど。
「頂いたんですぅ」って言ったら義母ったら「私がいつもお届け物をしたりしてるからよ」って。
私の労力より自分の日頃の外面の良さのご披露。
光太朗が来た時に「わぁ、大きなスイカ!」って驚いたから「ママが運んできたんだよぉ」って。
すると義母ったら「そんなに言われたら食べられないじゃない」
すかさず義妹が「神棚に上げておけばぁ」って合いの手。
実際に重さを量ると11キロもあってぎっくり腰に危険信号だったんだから。
根性と気合で運搬してきてこの調子じゃスイカなんかもらうんじゃなかった。
どうせなら義母と義妹が通った時にスイカの運搬を頼んでほしかったわ。

子供たちは学童で「子供科学館」見学。
プラネタリウムで夏の星座を見たみたい。
徒歩での科学館行きでかなりお疲れの様子だけど甥たちに生活を狂わされて可哀想。
滞在期間も聞き出せないし台風が去るまでひたすら我慢あるのみです。



2000年08月16日(水) ■
義妹の襲来

雷鳴轟く夕刻、帰宅した私を待ちうけてたのは義妹と未就学の2人の甥の予告なしの襲来。
爆音と共に厄介な奴らがやってきたって感じです。
夏休みだからいつかは来るだろうと思ってたものの
今回も連絡を取ってたのは義母だけだから義父にも旦那にも当然私たちにも突然の訪問。
突然の竜巻みたいな襲撃です。
義母と性格が類似する義妹は来るたびに騒動を巻き起こしていくし
義母の気持ちを扇動して平穏な我が家に隙間風を起こしていくのが常。
ましてや冷戦状態の我が家の現状を考えるとここ数日が恐ろしい。
義母の教育の賜物で靴下とパンツとストッキングの三位一体汚れ物なんてのも
恥ずかしげもなく晒してしまう我侭義妹の襲来を無事に乗り切るには
とにかく知らん振り作戦あるのみです。
でも義父母と洗濯を別にしてる今回は義妹たちの洗濯もしなくていいと思うと嬉しいかも。
と、私が目にしたのは義父母と義妹、甥たち、隆之介、光太朗と仲良く食卓を囲んでる光景。
でも「お邪魔します」でも「今晩は」でもなし。
義妹は実家って意識で我が物顔。
冷戦で私たち母子の夕食には関知しないはずの義母も
義妹の手前「みんなで一緒に食べよう」って隆之介たちを誘ったらしい。
でも私がお風呂掃除をして再び食卓を見るとすでに何もない状態。
つまりは私に対する態度は依然変化なし。
義母と義妹は頻繁に電話連絡を取っていると見えて冷蔵庫の使用状況についても承知してるかのよう。
リビングは占領されて居場所もなく
夕食を作るのも馬鹿らしくてその辺のもので簡単に食事を済ませちゃった。
子供たちの日記、入浴を済ませて母子3人で就寝したものの明日の準備で再び台所に。
と、11時過ぎだって言うのに甥たちはアイスクリームなんか食してる。
そう言えば10時過ぎに義妹が外出した気配があったっけ。
さらに明日学童に水筒持参になる子供たちの希望でスポーツドリンクを冷凍室で凍らせようと冷凍室を開けたら
見事に義妹の入れた500mlのペットボトルが7本も入っててほぼ占領された状態。
いくら実家と言えど全てのペースを狂わす大迷惑。
何とか子供たちのドリンクボトルを冷凍室に入れることに成功したからいいけど
駄目だったらペットボトルを追い出しちゃおうかと思っちゃった。
そして12時近くまで響く甥たちの声。
いつまでのご滞在かもわからないし結構憂鬱だわぁ。



2000年08月15日(火) ■
終戦の日のこと

昨日に引き続いて今日も夏季休暇。
少ないながらも若干の夏休みの宿題を抱えてる子供たちに朝から一喝です。
1年生の光太朗は50音練習と絵日記が2枚。
3年生の隆之介には絵手紙か暑中見舞いの葉書、自由研究、リコーダー練習、漢字練習、
掛け算九九が早く言えるように、アイデア貯金箱等。
2人とも親の監視がないと率先して宿題をやる気配もなし。
ってことで今日は徹底的に宿題の監視役です。
昨日からボチボチ宿題のひらがなを始めた光太朗もなかなか進まず。
一文字につき8字の練習を課せられてるだけなのに本日を終わってまだ「と」まで。
丁寧に丁寧に書いて失敗するたびに消して書き直しだから本当になかなか進まないのが現実です。
一体いつになったら全文字制覇ってことになるんでしょう?
一方の隆之介が今日の課題としたのは絵手紙。
先生がまとめて郵政省のコンクールに出すらしい。
1枚描き上げたら昼食にしようって段取りだったのになかなか進まなくって
いつしか君が代や黙祷の声がどこからともなく聞こえてくるよぉって子供たちから知らされる次第。
ってことは正午を回ったってこと。
今日は終戦の日だからって会話をしたけど本当に何時間宿題に費やしたことか。
2時過ぎになってようやく絵手紙が完了して隆之介との約束のミスドタイム。
書き損じの葉書を持って郵便局に行きがてらドーナツを購入してくるってことらしい。
気分転換に往復30分以上の所に自転車で出かけた隆之介。
ミスドの点数が溜まったから景品を何にしようかぁって相談電話がかかってきた。
もちろん景品の選択も隆之介にお任せ。
ドーナツも自分で好きな物やら光太朗の好みの物やら考えてチョイスしてきたみたい。
んで葉書の交換は1枚につき5円の手数料だったって。
「郵便局はすぐ分かったのか?」って聞いたら傍にいた義母が「建て替えしてて場所が違う」って。
ん?電話でもそんな話は一言もしてなかったからトラブルなくことが済んだと思ってた。
隆之介ったら移転先の郵便局も無事見つけられたって感が鋭いだけあるわ。
それにしても残り2週間ほどの夏休み期間。
残りの宿題を順調に終えることはできるのでしょうか?
月末に宿題お手伝いの為の夏季休暇なんて有難くないからねー。



2000年08月14日(月) ■
クリア章

隆之介たちのカブキャンプも今日で終了。
お出迎えもあって私は今日も夏季休暇です。
昨日の荒天とは打って変わって晴天の午後の解散。
登山で私服の往路とは違って解散はスカウトの制服です。
元気に逞しさを増した隆之介の制服に目をやると胸にはクリア章、
右肩には水泳とキャンプのチャレンジ章が輝いてます。
学年毎にウサギ、シカ、クマと段階に分かれてるカブ隊でその年のカリキュラムが終了した証クリア章。
もちろん取得は個人の自由だからクリア章を付けてる子の方が少ない位。
クリア章取得後じゃないとチャレンジ章にも臨む事ができないから団では挑戦する子は少ないみたいなんです。
ってことで隆之介の制服のワッペンは語らずとも誇らしげ。
隆之介の一層の活躍を期待しなくちゃね。

帰宅した隆之介に全行程の内容を聴取。
1日目は御岳山登山と鍾乳洞見学を経て宿泊地に到着したらしい。
周囲の暑さを忘れるほど鍾乳洞はヒンヤリ気持ちよかったって。
バテバテの子もいたって言うけど隆之介はチョイバテ。
露天風呂のある宿泊施設だったから山登りの疲れもだいぶ癒えたんだって。
2日目は竹細工で器と箸を作って昼食は自分の手作り器で蕎麦を食べたみたい。
上手に刃物が扱えたのかな?
もちろんお蕎麦の味は格別だったよね。
川遊びの後、夜はナイトハイクで真っ暗な森に虫捕りの仕掛け。
3日目の雨天については昨日の訪問で周知の事実。
そして最終日の今日、みんなの前で隊長からクリア章とチャレンジ章をもらったんだって。
去年は急性虫垂炎で参加できなかったけど今年は実り多い充実した日々だったんだね。
大きなリュックにはお土産の汚れ物が一杯です。

私のお休みを利用して夕食は光太朗と一緒にハンバーグ作り。
光太朗の小さい手でこねてこねて形作り。
ウインナーで細工してネコ、パンダ、ウサギと言った可愛いハンバーグができました。
お疲れ気味の隆之介はソース作りの担当。
自分たちの作ったハンバーグは美味しかったと見えていつもより満足そうな2人。
義母と台所でかち合っちゃっうことを除けばこのままの生活も結構いいかもって感じです。



2000年08月13日(日) ■
キャンプファイア中止

今日は台風の影響で朝から雨降り。
11日から14日までの日程でカブスカウトのキャンプに出かけてる隆之介たちにも鬱陶しい雨です。
今夜のキャンプファイアは当然中止。
光太朗たちビーバー隊もカブ隊のキャンプ地を訪問する予定だったのに朝から中止の電話連絡です。
空を見上げては雨を恨めしく思うばかり。
スカウト日程はなくなったものの夕方から光太朗と2人で現地を訪問してみることにしました。
4駆のナビを頼りに現地に近づくに連れ激しい降雨を実感。
川は激しさを増してるし狭い山道はガスってる。
1時間ほど走って目的地に到着。
カブ隊はバンガロー泊だから日程を継続してたけど
近くにテントを張ってキャンプしてたボーイ隊はさすがに撤収中止になるほど。
キャンプは天候判断を誤ると大変な惨事を招くから。
到着からしばらくして隆之介たちの夕食。
この日のメニューは当然飯盒で炊いたおいしいご飯と炭火で焼いた焼肉。
ボーイ隊のお肉が余ったことも幸いして私たち2人もご相伴になっちゃいました。
光太朗も食器を自分で洗ったりとすっかりみんなと一緒の行動。
家でのお手伝いの成果が出てるのか流し台に背伸びして上手に洗い物。
んでその後はキャンプファイアに代わる集会所での歌やスタンツのご披露。
子供たちの歌や踊りに大笑い。
光太朗もクイズに踊りにと楽しそうに参加しました。
スカウトの楽しさを垣間見たようで見学は成功。
宴も終わって帰宅って段になって光太朗ったら「僕も泊まりたい」って。
ちょうど1人ホームシックで帰宅することになって泊まる所は確保できてたんだけど
いきなりの宿泊って準備も何もしてないもんねぇ。
すんなり諦めモードに入って「来年は泊まりたいねぇ」って帰宅でした。
ビーバー隊は基本的に宿泊しないんだけど来年はお泊りさせてもらおうっかな。
もちろん強靭な体力を持った母の参加は免れません。
集会所での夜のイベントでさえ楽しかったんだから
キャンプファイアが催されたらもっと楽しかったんだろうなぁと思うとちょっと残念です。



2000年08月12日(土) ■
義父との会話

義母はいつものように散歩かパチンコかで憂さ晴らしと見えてお出かけ。
独りたたずんでる義父に何気に現状についての聞き取り調査を実行する私です。
いくら入浴しなくて不潔な義父でも会話が成り立つ所がいい所。
ヒステリックですぐに「キィー!」ってなる義母とじゃ会話にならないからねぇ。
とりあえず「お義母さんから何か聞いてますか?」って私から話を振ってみました。
具体的なことについては義母任せの義父だから詳細はもちろん知らなかったけど
食事や洗濯と言った目に見える生活のことについては当然感づいてたみたい。
義母の激しい感情の起伏に翻弄されてるのは私たちだけじゃなくて義父も同じ。
義父母間の会話も激減してるし義母が作った食事も結局時間差で個別に取ってるらしい。
「保育園のお迎えがあった時は当てにされてるって実感があったからまだよかったんだと思う」って私。
子供たちが入学して義母の手を煩わせることが少なくなって
義母は自分の存在意義を失いかけてるから焦ってるんじゃないかって推測したから。
何か物を買い与えて子供たちの気を引こうとしてた義母だから子供たちが離れるのも一瞬ってこと。
結局存在意義を見出したくて私たちの夕食作りを放棄したものの
母子して手を携えて楽しい夕食を取ってる現況を目にする度に情けなくなってるんだろうって。
お金のことは抜きにしても義母の心情は自分で自分を苦しめてるって。
義父も義母の激しい性格には手を焼いてるんだけどさすがに最近の態度には閉口してた。
義父は「女同士で腹を割って話せ」って言うんだけど
義母との会話が成立しないってことは百も承知してるから事は進展するはずもなし。
優しくしたら義母みたいな突っ張った性格の人はかえってこじれちゃうし厄介極まりなし。
義父とは一応話はしたけど意見交換って段階で終了。
これまでの経験からすればお金を渡せば手の平を返すかのように義母の機嫌も直るはずなんだけど
小作人生活から脱却するべくお金を渡すことなんか毛頭考えてもいないのが現状。
義父が間に入ったら義母の感情はさらにこじれそうだからしばらく現状維持ってことにしました。
でもこちらには大きな痛手は全くなし。
今日のところは義父との会話を通じてこちらの誠意を見せておいただけって感じかな。
誠意を感じさせるだけの作戦も時として有効手段ですからね。



2000年08月11日(金) ■
洗濯物

今日から3泊4日のスカウトキャンプに出発する隆之介を送るために私は午前半休。
光太朗をいつも通りに学童に送り出してから荷物の最終チェックです。
1合ずつ袋に分けたお米計6合から水着、着替え、食器、野菜と本当に荷物の多いこと。
それでも今年は寝袋不要なだけ嵩張る荷物が少ないぐらい。
大荷物は車で宿泊地に運ばれる。
個人の携行リュックには水筒とお握り、ポンチョと言った必要最小限の荷物。
今日は一日掛りでちょっとハードな御岳山に登るんだって。
ただでさえ暑くて死にそうなのに防御の為のGパン着用だなんて山登り大変そうだな。
出発前に「さめちゃんは元気過ぎるからリーダーの前を歩かないように」って注意を受けてたっけ。
光太朗たちビーバーと一緒に日曜にはこの宿泊地を訪問予定。
元気で日程をクリアしてほしいです。

冷戦状態に突入してからと言うもの、洗濯にも若干の変化。
今までは出勤前に私が干して夕方義母が取り込んでくれるってパターンだったのに
私たちの洗濯物に関しては当然のように一連の作業が全て私の仕事となった。
これまで不本意ながら一緒に洗ってたGさんのキッタナイ洗濯物も見かけないし
きっと私の不在中にしっかり洗濯してるんだろうって思ってた。
たまにしか入浴しないGさんは下着の交換だって限られてるからスッゴク汚いの。
箸も使わずに洗濯してた私って今考えると模範的だったのかも。
この間見かけた「洗濯物」って書かれたスイカの空き箱、もしかしてあれが義父母の汚れ物入れ?
んで半休の今日は現場を見ちゃったわ。
年寄り2人分の洗濯なんてたかが知れてる量だけど
何のために6.5キロを洗える洗濯機にしてるのかって感じ。
でも敵がそう言う行動を取るんだから私だって自衛手段。
水道料金を支払ってるのは私たちなんだから本来水も使っちゃいけない。
洗濯だって近くの川でドンブラコってしてくるべき。
ってことで義母が洗濯しそうな気配を察知して洗濯機を若干操作しちゃいましたぁ。
洗い時間を少し短めにしちゃったし、これまで「もっと」だったすすぎも普通に変更、
脱水はそのままにしておいたけどこれだって2人の洗濯物じゃ勿体無いって。
毎日私に隠れてこっそり洗濯してたのかと思うと涙ぐましい努力ものだね。
これからも自分の洗濯が終わったら洗濯機の操作をさせていただきますわ。
もしかして私って結構意地悪になってるかしら?



2000年08月10日(木) ■
行動開始

「りゅうく〜ん」出勤前の私が通院の再確認をしようと隆之介を呼ぶと
奥から「りゅうくん、りゅうくんって当てにしちゃって」って声。
そりゃ当てにならない義父母より隆之介の方がずっと頼りになるのは事実ですけど
忙しい時間帯に呼んでるのは眼科の通院の確認なんだから一々口を挟まずに放っておいてほしいわ。
ものもらいを切開したものの治りがよくないので隆之介は今日も1人で通院です。
学童から早帰りして予約なしに通院。
やっぱりまだ治ってなくてお盆休み前だから2週間分の薬をもらって来た。
今月のスイミングは全滅っぽいからスクールに連絡して休会手続き。
本人が1番鬱陶しいだろうけど炎症を抑える飲み薬を忘れたら治るものも治らないって。
早くよくならないとプールもどこも行かれないね。

昨日学童のキャンプから帰宅したばかりだって言うのに隆之介は明日から3泊でスカウトのキャンプ。
もちろんこっちのキャンプの方が本格的な荷物。
お米やら着替えやら自分の身体の半分ほどの大きなリュックに荷物がいっぱい。
去年は虫垂炎で行かれなかったから今回は倍期待が大きいらしい。
明日からのお天気に恵まれるといいね。

義父母との冷戦もいよいよ長期化。
旦那も腹をくくったみたいです。
知り合いの紹介で不動産やさんに電話連絡取っちゃったもんね。
旦那との相談で一応の予算も検討したしいい物件が見つかったら即座に購入引越しになっちゃうかも。
今夜義父のお姉さんにあたる親戚の伯母さんから電話があった時にも
「2人でのんびりと食べてるのよぉ」なんて応えてるし
義父母が対外的にもそう言う方向なら話は早いってもんだわ。
子供たちに「いいおうちが見つかったら引っ越そうか」って聞いたら
光太朗は「みんな一緒がいいなぁ」って事情がわかってない様子。
隆之介は「僕たちがいなくなったらおじいちゃんたちは叔母ちゃんちに行くの?」って。
慎ましやかに老人だけでも暮らしていけるってことは子供には難しいかな。
何にしても少しだけど前に向けて動き始めた我が家。
あとは運を天に任せて物件が早目に見つかるように祈るばかりです。



2000年08月09日(水) ■
キャンプ終了

昨日から1泊で行われた学童キャンプも無事終了。
子供たちは元気に帰宅です。
リュックサック背負って大荷物を手にして。
学童から自宅までジャンケンで荷物を持ち合いながら帰宅したんだって。
その勝負は五分五分。
寝袋とか汚れ物なんかもあったから両方の手にサンタクロース並みの大荷物だね。
何はともあれ無事の帰宅お疲れさん。
昨日は暑さの中、高尾山を登って宿泊先の高尾グリーンセンター着。
センター到着後すぐさま水着に着替えて川遊びを楽しんだみたい。
あらかじめ決められてた夕食の炊事当番が定番のカレーとか焼きトウモロコシを作る間も
担当外の2人は遊び放題。
たくさん遊んでお腹が空いて夕食のカレーはしっかりお替りしちゃったって。
夜のプログラムはもちろんキャンプファイヤー。
途中から激しい雷雨に襲われたみたいだけど
「キャンプだホイ」や「アブラハムの子供」等歌や踊りで賑やかに過ごしたみたい。
光太朗なんか雨の中でも踊ってたって。
そして一夜明けて・・・なんと光太朗は参加者でただ1人オネショをしちゃってたみたい。
時々するけどまぁなんて間の悪い日のオネショなんでしょ。
本人はちっとも気にしてないのが救い。
暑くて寝袋を広げた状態で寝てたから被害はそれに留まったのが不幸中の幸いだ。
朝食を終えて山を降りる形で自然科学博物館へ。
高尾山の動植物の展示物を見たり木工細工をしたり。
3年生で学童最後のキャンプとなる隆之介は木工のお土産ありだったけど
光太朗は遊んでて作らなかったってことかな。
夜行性のムササビの飛ぶ様子なんかは私にじっくり教えてくれたけど。
学童からの交通手段は往復ともに徒歩と電車で移動。
ダウンしちゃった子もいたって言うし大荷物抱えての帰宅も子供たちだけで相当疲れただろうなぁ。
帰宅後はよっぽどお腹が空いてたと見えて買い置きしてるお菓子を漁ったりして
ついには義母にそぼろご飯を少し分けてもらったらしい。
冷戦中の義母も本当は子供たちの面倒を見たくてウズウズしてるんだろうね。
でも少しばかり腹の足しにはなったものの本当の夕食とは言えず。
今日も帰宅後の私と子供たちは母子3人の夕食となりました。
今回の冷戦はいつになく長期化してるからこのまま別食事生活に突入しそうな気配です。



2000年08月08日(火) ■
紙くず同然

今日から1泊2日で子供たちは学童のキャンプで不在。
1年生から3年生の児童と付き添いボランティア等総勢70人を越す大移動です。
初体験の光太朗は新しいシュラフも購入して心ウキウキ、3年生の隆之介は今年が最後。
それぞれの思いで元気に出発しました。
高尾山に登ってナイトプログラムをこなして付近の宿泊施設で就寝の予定。
都内とは言え程近い所に自然の宝庫があるこの環境だからこその日程です。
でも今日も暑い1日。
ましてや夕方から激しい雷雨。
夜のプログラムが順調に消化できたかどうかは明日の帰宅報告を待つばかりです。
学童から特別な連絡がないってことは無事の証拠だよね。
ってことで私の帰宅時に家にいたのは義父母2人。
相変わらず冷戦続行中の我が家に流れるのは冷たい空気のみ。
義母は巨人戦に熱中してるし簡単な夕食を取るや否やすぐに自分の部屋に直行。
義父母の間にも会話らしい会話はないし私とも当然皆無に近い。
明日の子供たちの帰宅が待ち遠しいです。

さて、バブルが弾けて以降ゴルフ会員権相場の急降下の激しいこと。
なんと慎ましやかに暮らしてる我が家でも一応会員権と名の付く紙切れを所持しております。
但し売買して利益を得ようとか大胆な構想があるはずもなくただ単に旦那のプレー用。
友人も一緒のゴルフ場の会員なので便利かなってちょっと安くなりかけた頃に購入した物なんです。
ところが今やその会員権はただ同然。
利潤追求してる人ならこの損益に黙ってないかもって状態です。
このゴルフ場再建のためと称して舞い込んでくるDM。
封書は家族であっても開封厳禁だから旦那からの閲覧を待ってた私。
と、現状を打破するために寄付金を募るってことらしい。
紙くず同然の会員権に追加支援策?
運営業者も資金繰りに大変なのか15日の支払期日目前に同様の文章が間隔を置いて5通。
趣旨に賛同した人だけって文面に見えるから早速電話で問い合わせしたら
現会員の半数ほどしかお金を振り込んでいないのが現状らしい。
当初入金する方針でいた旦那も私からの説明を受けて納得。
だってただの紙切れに近い会員権に追加投入するほど我が家はお気楽じゃないもん。
損益が出たことは仕方がないけどこれ以上損はしたくない。
最悪倒産になってプレーできなくなったら困るけどもうどうにでもなれーって感じだね。



2000年08月07日(月) ■
ごみ騒動

私たちの楽しい熱海行きの間時間が余った義母は2階和室のお掃除に勤しんでた模様。
ここは子供たちが日記を書いたり義妹が泊まりに来た時には宿泊所となったりで
言うなれば共通スペースみたいな部屋だけどいつも汚すのは当然のように我々。
散らかしっぱなしでお出かけしちゃったから義母の怒りは込み上げてたんだろうね。
私たちが昨日帰宅した時に見たのはさっぱり小奇麗に片付いた和室。
でも義母が「暑い中大変だったんだから散らかさないでよ」って言う声にも知らん顔してた私たち。
礼も言わないって義母はますます不機嫌になる一方だけど
義母の片付けって表面上綺麗に見えるように何もかも覆い隠すもんだから
何がどこに行ったのかさっぱりわからなくなっちゃって当事者には困りもの。
部屋に置いてあった学童キャンプの栞もどこにも見当たらない。
ってことで義母には秘密裏に今朝も玄関先に置かれた黒いゴミ袋を漁る隆之介と私。
考えもなしに怒りに任せて何でもかんでもゴミ扱いしたと見えてあれこれ色んなものが出てくること。
お目当てのキャンプの栞を無事発見救出。
破れたゴミ袋はそのまま玄関先に戻しておきましたわ。
と帰宅した私に「明日はゴミの日だけど玄関のゴミ袋は出していいのか?」と問いただす義母。
いいも悪いもゴミとしてまとめちゃったのは当のご本人様でしょ。
ゴミ袋が勝手に玄関まで降りてきたって言うの?!
もう義母のお好きなようにお任せ。
私たちがあんまり素知らぬ振りだから「もう部屋は使わないで」だって。
それと和室に置き去りになってたものでまだ見つからないものが数点。
2学期の準備近くになったら焦る事間違いないから
そのうち義母の目を盗んでいろんな場所からガーって引っ張り出して点検しなくちゃ。
最近じゃ捨てる技術なんてのも流行ってるけど当事者の許可なく捨てていいはずもない。
やっぱり義母に一掃される前に私がキッチリ掃除しなくちゃいけないなってちょっと反省です。

隆之介は今日も眼科へ単独通院。
切開して1週間以上経ってるのに今日も炎症を抑える錠剤を貰ってきてた。
1人で行かせて患部の詳細なんかが把握できないけど今回の麦瘤種はやけに治りが遅いなぁ。
もしかしてこの分だと今夏のプールは捧に振っちゃうのかな?
今週末はスカウトキャンプだし早く回復してくれるといいなぁ。



2000年08月06日(日) ■
帰宅

さて我が家の熱海の休日も最終日。
今夜も花火が催されるとあって保養所には次のラッキー抽選を引き当てた後輩がやってきます。
ってことで10時には後始末をきっちりチェックアウト。
幼子を抱えて宿無しとなった我々は人が立ち並ぶ防波堤付近で釣りもどきです。
でも事前に針やら疑似餌やらを購入して臨んだのに出遅れが響いて釣果は皆無に等しい。
光太朗が2回ほど小さな魚を釣上げた他はみんなボウズです。
潮加減が微妙に違うと釣れなかったりするんだから難しいもんだよね。
この間弟宅の乳幼児は車中でご休憩。
ママがいないと大泣きしちゃう人見知りの時期だし本当に一緒に遊ぶのは当分先のこと。
点数制の釣り大会のはずだったんだけどポイント4の光太朗のダントツ優勝です。
んで今日も子供たちはビーチへ。
弟一家も最近も鴨川に行ったらしくって海は嫌いじゃないみたいし楽しみな様子。
でも熱海では海周辺の駐車場待ちの長い行列にウンザリ。
熱海の海岸を諦めて帰り道にあたる近くの湯河原海水浴場へ。
人工的に作った熱海のサンビーチと違ってここは本来の海水浴場。
海の家が立ち並び砂浜が広がってるし多少波も立つのでサーファーもどきの姿もかなり多い。
チビッコたちは波打ち際で砂遊び。
隆之介と光太朗は浮き輪を付けて波乗りに。
どんどん遠くの方まで流されてのんびりプカプカ浮いていたかと思ったら
一瞬にして大きな波に飲み込まれて浮き輪だけが波打ち際に流されて来たり。
絶えず波の出るプールにいる状態だからやんちゃな子供たちには楽しくて仕方がないみたい。
今日一行で水着になった大人は弟1人。
もちろん私はパラソルの下に避難してたんだけど足と腕は今日も焼けちゃった。
私の足ったらほんのりピンク色に変色した状態。
子供たちが海を満喫して帰路に着くと日曜とあって当然の帰宅渋滞。
私と旦那は交代で運転できるからいいけど弟は1人だから可哀想。
海風で車の侵食を心配して洗車して10時前帰宅。
いつもだったら持ち帰った洗濯干して就寝なんだけど
8〜9日に学童のキャンプがあって事前持込品の締め切りは明日。
寝袋、パジャマ、歯磨きセットなんかもしっかり準備しての就寝となりました。
出かけてる間行われてた八王子祭りにも義妹の来訪気配なし。
ただし留守中も近所のお葬式やらお掃除やらでお疲れの義母の機嫌は劣悪みたいです。



2000年08月05日(土) ■
熱海花火大会

今夜は各地で大きな花火大会が催されたみたい。
手賀沼も松戸も小田原もだから各地で浴衣の女性が闊歩してたんだろうなぁ。
ミニ浴衣や履物の相違にはちょっと違和感も感じるけどね。
んで私たちも当初予定通りに熱海の花火大会見物。
海岸沿いには花火を見るためのステージなんかも設置されてるけど私たちはマンションのベランダから。
花火時刻になる前に早々と入浴も夕食も済ませて余裕での見物。
今朝渋滞にはまって午後になって到着した弟一家も温泉に入浴後食い入るように見入ってます。
もうすぐ3歳の姪も0歳の甥も驚いて泣き出しちゃうかと思ったけど喜んで見てる。
5000発の花火が次々と上がるたびにビルの屋上からも歓声が聞こえるし
都心に近い割に閑古鳥のないてる熱海の温泉も花火の日ばかりは町中が活気に溢れてます。
残念ながら今日の花火は風がなさすぎ。
残された煙に邪魔されて美しさはイマイチ。
お腹に響いた爆音だけが余韻となって残ります。

弟一家の到着まで午前中いっぱい私たちは熱海の海岸へ。
子供たちは大喜びで海に遊び、旦那も一緒に水着でビーチに。
隆之介ったらものもらいでプールに入っちゃいけないって目医者さんに言われてるのに海はいいのか?!
私はと言えばパラソルの下1人お留守番。
短時間しか海に行かなかったはずなのに足は焼けて痛いし腕も大焼け。
これで水着を着用してたらどんな被害を被っていたことか。
昨今の紫外線はオゾン層の破壊で体に有毒だって言うから日焼けは厳禁。
ましてや新陳代謝の衰え始めた私たち世代には海は危険極まりない場所です。
去年までは保育園の室内プールで色白だった光太朗は
今年は学校のプールで徐々に下焼きしてたから日焼けに泣くこともなくてよかったぁ。
一気に焼けて水ぶくれなんてちっとも海が楽しくないもんね。

弟到着から花火までの時間調整に行った熱海の新名所○○1丁目。
吉本が興行してる所らしいけどまさに話の種って類のもの。
ゴチャゴチャしてる展示物は入場料と釣り合わないかも。
う〜〜道路脇の看板に騙されてノコノコ出向いた私たちが馬鹿だったわ。
この施設も話題性がなければすぐに閑古鳥ってとこね。



2000年08月04日(金) ■
熱海行き

明日の花火大会を目的に今日から我が家は熱海行き。
冷戦の余波で義父母が行かなくなったことでかえって心時めく私たち。
せっかく行ってもいつだって帰宅後に「疲れるから行かなきゃよかったぁ」とか絶対に文句なんだもん。
本人からの申し出で行かないんだからこっちからさらに誘うことはもちろんありません。
でも何故か今朝になって「ご近所でご不幸があったから熱海には行かれない」って義母。
先日の申し出があった時点で義父母の熱海行きはなくなったと思ってた私は少々唖然。
心の中では義父母も一緒に行くつもりだったのかな?
まあそんなこんなで荷造りして4人でのんびり出発です。
旦那も私も休暇を取ったし今日は到着だけが目的だから午後近くになって出発。
宿泊先は職場の保養施設でリゾートマンションだから素泊まりだけど
花火の見えるロケーションバッチリの場所です。
花火の日はいつも抽選になるほどの人気なんだけどなぜか毎年のように見てる私。
そして今回も義母の気まぐれは直前に回避されて急遽行くって言いそうだったから
使用人数をキャンセルしてなかったのが事実なんです。
と、車中で旦那にその事実を話したらせっかくだから私の実弟を誘っちゃおうってことに。
携帯に電話連絡を入れたりして話はトントン拍子でまとまりました。
弟一家は明日の朝到着予定ってことらしい。
それにしても旦那ったらこういう機会に自分の妹を誘うことは皆無。
義妹の性格が義母と似通ってて自己中心的に動いちゃうから。
弟一家の所には2人の乳幼児がいるけどこっちの方がよっぽど御しやすいってこと。
ってことで明日からの賑やかな2家族同居。
スーパーで買い物をして冷蔵庫もいっぱいにして邪魔者のいない家族水入らずの生活。
義父母は花火に行かれないことを後悔してると思うとちょっぴりいい気味です。



2000年08月03日(木) ■
ソフトボール大会

今日は子供たちの市内学童・児童館ソフトボール大会。
夏休みの間も私がお仕事に精進できるのも元気な子供たちのおかげです。
光太朗が「えぇ〜誰も応援に来てくれないのぉ」ってちょっとガッカリした様子だったけど
熱海行きで明日休暇を使うので応援には行かれません。
その分お弁当は子供たちの希望の品のオンパレード。
子供たちは目的地までバス移動。
3年生が徐々に退所した今、チームで今日の大会に参加してる3年男児は隆之介1人。
隆之介は言わばチームの柱としてセンター守備です。
男女各学年を網羅したチーム編成だし練習もさほど熱心に行ってない。
ってことでセンターの隆之介は守備に疲れたみたい。
初戦から順位決定戦まで全て破れたという情報。
子供の口から詳細が聞き出せなかったからウヤムヤなんだけど。
先生方も参加者全員を試合に出すように大変だったみたい。
だってキャッチボールでさえ上手にできない光太朗も途中からキャッチャーしたって。
もちろんキャッチャーの後逸やベースまで届かない投球なんかもあったんだろうなぁ。
「僕ねーキャッチャーやったんだよぉ」って嬉しそうな口調だったのが救いかな。
これを機に自宅でもボールに接する機会が増えればって来年に期待しなくちゃね。
せっかくのお弁当も2人とも少しずつお残し。
隆之介は午後の試合が迫ってて後で食べようと残してた好きなものが食べられなかったらしい。
光太朗は校庭を走ってきた子の勢いで砂利が入っちゃったらしく仕方なく。
畳めるお弁当箱に入れた意味がなく2人ともちょっと残念そうでした。

帰宅した我が家は義母の抵抗が続いてる。
さすがの私も今朝少し多目に炊いたご飯を冷凍してきたので準備は怠りなし。
台所には義父母の食した気配だけが漂ってて汚れたフライパンが残されてた物証。
義母ったらここの所義父と2人だけの夕食にかなり手抜きしてるみたいです。
洗ったばかりのお皿だってほんの少し、食生活は垣間見ることができますから。
そして冷蔵庫には昨日私が購入してきた卵とは別の卵を別の棚に発見。
ハムとかベーコンも記名はないけれど「手を出すな!」って無言の圧力。
年貢を納めないことから発展した家庭内別居状態。
でもこれが健全な家計を取り戻せるチャンスかも。



2000年08月02日(水) ■
巨人戦

明日は子供たちの市内学童ソフトボール大会。
私たちの夕食準備がないって言うかご飯粒さえないのもすでに連日で慣れっこだけど
明日のお弁当のおかずの用意もあったし私の帰宅後3人で買い物がてらファミレスで夕食。
スーパーで購入した特売の卵には子供たちと冗談で「卵に名前書いちゃおっか」って。
同じ土俵に上がらないで平静を装ってる私は義母にとって可愛げがないに違いありません。
冷戦も数日目に突入して義母も私たちと話したくて仕方がない様子。
子供たちに昼間の雷雨の様子を聞いてた時もさり気なく会話に加わってきた。
家庭内別居も義母の気分次第だからそろそろ終焉となるのかな?

さて、今夜は巨人戦の放映日。
何を隠そう義母は熱烈な巨人ファンで放映日には近寄りがたい雰囲気。
今日の序盤は7−0と大差で勝ってたから超ご機嫌でよかったものの
途中から雲行きが怪しくなるにしたがって義母のご機嫌も急降下。
自分の病気を私たちに転嫁するのと同じように
傍にいる何の責任もない子供たちに「あんたたちがうるさいから」って。
采配が悪いと言っちゃあTVに文句を言いそこで振るからだと言っちゃあ文句を言い。
まるで自分中心に世界が動いてるって感じ。
試合時間が長引いて放映が終わるとラジオを抱え込んで人を寄せ付けない。
部屋に篭ってる義母の機嫌を計ろうと光太朗が「巨人勝つといいねぇ」なんてご機嫌取り。
ついに7−7になって「あぁ〜桑田を出すからだぁ」って離れた部屋にも聞こえる悲鳴。
熱烈観戦は疲れちゃうんじゃないかと思えるほどの気合の入れようだ。
野球観戦だけじゃなくサッカーはヴェルディ、ニッポンチャチャチャのバレーボールに至ってはほとんど全て。
スポーツには時の運で勝ち負けがあって当然なのに常に勝利を求める義母。
17ゲーム差で巨人がダントツ首位でも今日の勝敗に拘り続ける。
ようやく長い試合を終えて8−7で勝った時には「キャー」って雄たけび。
3時間半を超える長い試合の間ずっとこの調子なんだから疲れちゃうに決まってる。
毎日どの試合を見てもこの調子だから私たちは巨人戦が嫌い。
外出してても観戦したい放送があるとそれを目当てに帰宅するからいい迷惑だ。
毎日の勝敗に一喜一憂してストレスを溜め込んでって義母のスポーツ観戦はリフレッシュ効果なし。
同様に子供たちにも人との競争を強いるのはやめてほしいよ。



2000年08月01日(火) ■
病気のせい?!

土曜日にものもらいの切開をした隆之介、今日は経過観察の為に通院です。
昨日から機嫌を損ねてる義母も糖尿から来る白内障で同じ眼科に通院中。
今年になって両眼とも白内障の日帰り手術は済ませたものも定期的に通わなければなりません。
んでたまたま今日の12時が義母の予約時刻。
土曜の時点で予約の取れなかった隆之介は義母と一緒に自転車で通院。
土曜の時点で「一緒に連れて行くわ」って約束したので今日は渋々かもしれませんけど。
予約なしの隆之介も義母と一緒に診察を受けられて超ラッキー。
でも切開後の治りはイマイチで点眼液が一種増。
まだまだ当分の間プールはお預けです。
義母は眼科側の内科も通院日。
去年の暮に糖尿の教育入院をした義母だけどここの所また数値が悪化してるみたい。
義母のイライラは病気から来るのか私たちの存在がそれを悪化させてるのかとにかく悪循環。
「あんたたちといると治る病気も治らない」とまで宣言されてるんだから。
時々起こるヒステリーは病気の仕業と思わずにはいられない。
食生活ももちろんのことストレスと上手に付き合えないから糖尿もよくならないんだよね。
隆之介同様、義母も糖尿の薬が一種増となった模様。
私の帰宅時、野球放映に熱中してたものの完全無視とはならず「お帰り」の声。
ただし夕食がないのは昨日と一緒。
って言うか昨日はご飯があったけど今日はご飯すらない状態。
途中のスーパーで買い物してた食材で夕食を準備する間ご飯も1合だけ炊いてね。
その間隆之介はお風呂掃除をしてくれたりと協力的。
子供心に冷戦状況に微妙に反応して義母のご機嫌取りに巨人軍を応援したりと涙ぐましい努力です。
そして3人で慎ましやかな夕食を摂ってる時に旦那が帰宅したんだけどこれには義母は無反応。
私より旦那への怒りが大きいってことかな?
今まで義母がやってくれて助かったことも多かったけどこれからは自分でやるだけ。
当てにしなければ腹も立たない。
義父母の大人気ない行動は私たち4人を一段と結束させるに大いなる効果。
子供たちとは手と手を握り締め「協力〜」って合言葉。
4日から6人で熱海の花火大会に行く予定だったんだけど
糖尿が悪化しちゃったから行かないって直前の義母の申し出。
当然義母が行かなければ義父も行かない。
一緒で息抜きができない状態を脱して今週末はお互いにのんびりになりそうです。