≪ ≫ 初日 最新 目次 HOME


普通の日記
桜
HOME

2000年09月30日(土) ■
腕時計

今日は学校のある土曜日。
子供たちを送り出してしばらくしたら留守を旦那に任せて久しぶりの美容院です。
冷戦以前は半休とって美容院なんてお気楽な身分だった私も
今ではダッシュで帰宅して子供たちの夕食に追われるので美容院への足も遠のいたみたい。
自分のために時間が持てるって幸せーってささやかな気分転換です。
子供たちと私には旦那が昼食を用意してくれたし、う〜ん幸せかも。

夜になって旦那が突然アディダスの小箱を差し出しました。
どうやら腕時計らしく「開けてみな」って。
シンプルに銀の本体に黒の文字盤。
でも新婚旅行の記念に買ったスイス製の腕時計を愛用してる私は
他の時計は滅多に着用しないから無用の長物になっちゃうかもしれない。
しかも給与遅配が続く旦那には自由に仕えるお金はないはず。
私のお給料を多少なりとも渡してるんだから。
余剰金があるならもっと別の生きたお金に使ってほしい。
いくらお得な買い物でも私にとっては無駄遣い。
んで旦那の気持ちなんか考えずに率直にそう伝えてしまいました。
当然傷つく旦那。
「もう絶対に買わない」って。
だからーそう言うことじゃなくて今が我慢の時なんだってばぁ。
見るものすぐに買いたくなっちゃう義母に育てられた旦那は金銭感覚0に等しい。
しっかり者の私と対で家庭が成り立ってるのかも?
でも一応「時計ありがと」って心にもない言葉を発しておきました。
そうは言ったもののお互いに納得してるわけもないだろうなぁ。
金銭感覚は親次第って言うから旦那は義母の感覚そのまま。
私は旦那の金のなる木じゃありませんからねー。
そんな私たちの間に育った子供たちはどっちの感覚に似ることでしょう?
何でも容易く手に入るってことは物は満ちても心は満たされないって思いますけど。




2000年09月29日(金) ■
人事異動

職場のトップが変わって1週間、先日の訓示通り10月1日付けで人事異動が行われる。
辞令の1枚が人生を大きく左右するかもしれないほど紙切れ1枚に振り回されるのが勤め人。
とは言っても全国規模の異動があるわけでもなくあくまでもこの建物の中。
だから私はこれまで数回は何の抵抗もせずに快く異動を経験してきてる。
1度なんか産休中に電話で異動の話を承諾しちゃったもの。
でも一度異動すると動かしやすいコマって思われるらしく軽々しく動かされるため
ここ最近異動の度に名前が挙がってるのも事実。
拘り続けて20年以上異動を経験したことのない人もたくさんいるのに。
でも人事のトレードが一向に成立しないってことは
嫌われてるとか癖があるとか異動への障害が多いってことかもしれない?
そんな諸先輩に囲まれて働く私はまだまだ青いかも。
んで先週辺りからきな臭い異動の噂も流れ始めたけど噂はあくまでも未確認情報。
昨日までの時点で私自身に異動の内示もないし今回も異動を免れたかなってな感じ。
今の職場を離れることになったら快適なPC環境を奪われることは必至だもの。
いつでも首を洗って待ってるものの本音を言えば同じお給料だったら忙しい仕事より快適な方がー。
んでいざ人事異動の辞令交付。
該当者は別室で辞令をもらいそれ以外の傍観者はメールで異動の事実を知るだけ。
内示がなかったんだから蓋をあけても私の名前はないのは当然。
今回も噂では大幅って言いつつ傍目には小幅。
でも12月にも4月にも異動を行っていくっていうし徐々に新体制を整えていくんだろうなぁ。
あとは運を天に任せて進むしかないってことね。

1学期10点×10回の漢字テストで93点だった隆之介。
テスト結果そのままに通知表をつけるって先生の方針で1点に泣いて「できる」に甘んじてた。
94点から「よくできる」だったからよっぽど悔しい思いをしたんだろう。
2学期の目標は当然100点。
そして今日がその第1回目。
夕べもじっくり練習したし模擬テストもバッチリ。
今朝も最後の点検とばかりにさらに模擬テスト。
練習の結果が出て無事10点となりました。
でも先生がテスト予告してるのに0点の子もいたんだって。
テスト1つにしても子供の姿勢次第で全く違った結果になっちゃうってことね。




2000年09月28日(木) ■
騒動余波

珍しく旦那から「車だから一緒に帰ろう」ってお誘いの電話。
職場から自宅まで1時間ちょっと2人だけのドライブです。
旦那のスープラって滅多に乗ることがないことなのでちょっと緊張。
CDから小柳ユキの曲が聞こえてくる。
途切れがちな会話に電車で座って帰れば睡眠時間確保できたかもって思いながら。
旦那の運転って上手なんだけど乗ってて恐怖。
ちょっとメーターを横目で見ると140kmは出てるみたい。
ギアチェンジしてスピードダウンする時なんて車の悲鳴が聞こえそう。
これでもゴールド免許なんだからよっぽどラッキーな運転してるのね。
と言いつつ私もG免許。
自分で運転する人って他人の運転の癖は嫌がるって言うし我が家もお互いに譲れないってところかしら。
とりあえず本日のドライブ帰宅は無事終了となりました。

昨日の救急車騒動余波。
朝7時になってもお隣の気配を感じないし大ちゃんにモーニングコール。
とお隣のママが電話に出ましたぁ。
お隣って「お母さん起きてー」って子供たちがママを起こすのが日常茶飯事だから
もしかして手術で疲れたママは電話で起こされちゃったのかも。
おばあちゃんの手術は終了したものの麻酔が覚めてみないと今後のことはわからないらしい。
一命は取り留めたものの病院を転々とした時間のロスが悔やまれるなぁ。
1日も早い回復を祈るばかりです。

さらに余波と言えば完治した洗濯機。
ホースを少し引き抜いただけで脱水障害から完全復活です。
入浴後、汚れ物がもう少し溜まってから洗濯しようと思ってそのままにしておいたら
思いがけなく義母が回した洗濯機の音が聞こえてきたわ。
私たちの洗濯物に加えて私の知らない間に自室の洗濯籠から持ってきた義父母の洗濯物。
でも、洗濯は一切別って言ってたはず?
義母のご機嫌の波が秋の訪れとともに治まったのかな?
最近洗濯物を畳んでくれてその兆候は見えてたんだけど
それに加えて昨日の騒動で家族の有り難味を再認識したのかな?
自分たちは手洗いするって言ってたのはどこの誰だったのかって思うほどの変わり身の良さ。
義父母とは洗濯物を別にしてた快適さが損なわれると思うとかなり残念。
それにしても何で今日に限って?!
私の記憶では今月3回しか入浴していない義父が昼間入浴したから?
入浴の度にしか見かけない・・・ってことは着替えない・・・義父の下着との再会はご免です。




2000年09月27日(水) ■
救急車騒動

光太朗が休み時間に廊下で転んで突き指をしたとの先生からの連絡で義母は学校にお迎え。
隆之介は剣道の練習があって学童はお休み。
ってことで義父母と子供たちのいた午後大変な事件発生です。
番犬がんた君が激しく吠え立てるから誰かいるはずなのに玄関の呼び鈴は鳴らず。
義父母が不思議に思って外を覗くとうずくまったままのお隣のおばあちゃん。
「大丈夫?」って駆け寄るとか細い声で「救急車呼んで下さい」。
別居してるお隣のママのお母さんが所用でお隣に来てて
具合が悪くなって我が家に助けを求めに来たらしい。
おばあちゃんって言ってもまだ57〜58歳の若さ。
もちろん慌てて救急車の手配。
心臓に持病があるらしくニロトを口に。
でも「頭が痛い」って言うから動かさずにいたみたい。
光太朗ったらその気配に座布団や氷を入れた烏龍茶を持って行ったんだって。
義父は階段下まで救急隊員を迎えに。
でも救急車到着までのわずかな時間も長〜く感じたはず。
倒れたおばあちゃんったら「今日は洗濯機直しに来るから」ってしきりに家のことも呟く。
義母は励ましながらお留守番も確約。
救急車到着後いざ搬送って時に運良く中学生のお兄ちゃんが帰ってきて同乗して行ったそうな。
おばあちゃんかかり付けの医者は市外だから連携を取って。
でも検査したら心臓じゃなくてくも膜下出血で脳外科にさらに搬送。
その間お兄ちゃんからママに携帯で連絡がついて手術もギリギリ間に合ったみたい。
手術後の経過は気になるけれどがんた君が気がつかなくてそのままだったらと思うとぞっとする。
おばあちゃんの気がかり、洗濯機の修理も義母が立会い。
2人でお隣にいる時に電話が鳴って義母が出たらお兄ちゃんからの報告だったって。
お隣の洗濯機は水漏れで部品取り寄せになるらしい。
んで義母ったら「ついでに」って我が家のも見てもらっちゃったんだって。
電気屋さんの所見では洗濯機に故障なし。
でも排水溝に突っ込まれたホースが異常に長くて排水障害を起こしてたんじゃないかって。
排水溝からホースを引き抜いただけで我が家の洗濯機は完治。
買い替えを危惧してた洗濯機の復活は喜ばしい限りです。
しばらくして毎朝一緒に登校するお隣の小4の大ちゃんが帰宅。
1人じゃ不安だろうって剣道から帰った隆之介が遠征して義母がお夕飯の差し入れ。
慌しくて我が家のみんなが大活躍の1日でした。




2000年09月26日(火) ■
生活科見学の日

朝からどんよりとした空模様の今日、光太朗たち1年生は春の遠足で行った公園への生活科見学です。
午前中で切り上げて昼食は学校給食・・・の予定なんだけど
今にも降りそうなお天気なのでリュックには一応教科書も持参。
でも先生方の天候判断の結果、無事決行。
リュック背負って虫かごを片手に元気に公園へと向かいます。
子供たちの足だと30分以上はかかると思われる「片倉城跡公園」。
公園ではコオロギを捕まえたり彼岸花を見たり身近な秋にたっぷり触れたみたい。
光太朗は虫かご持参だったんだけど虫網も持ってきてた子もいたらしい。
学校の授業とは思えない出で立ちでの登校だったんだろうなぁ・・・って想像。
お友達とたくさん遊んで楽しい一時。
光太朗の話だと「ぬっくり熊さん」って言う鬼ごっこらしきゲームもやったらしいんだけど
これって高鬼の別バージョンみたいなものかな?
でもやっぱり途中で心配してた雨がポツリポツリと落ちてきちゃったんだって。
一通り遊んだら荷物をまとめて学校へ急いで帰ったらしい。
とりあえず公園探検が催行できただけでラッキーかな。
こう言うイベントって一旦延期になるときっかけを失いがちだものね。
んで帰宅した光太朗ったらなぜか足がかすかに汚れてる。
公園内で校長先生をお友達の所に案内した時に湿った地面で滑ったらしい。
全く光太朗ったらドジなんだからぁ。
でも怪我がないだけ良としなくちゃね。

それはそうと、帰宅時妙なものを目にしました。
いつものように電車に乗り帰路を急ぐ私。
立って吊革に掴まる私の目に飛び込んできたのは前の座席に座るおじさんが読んでる本。
何とも古めかしく黄ばんで薄汚れた週刊誌です。
前の座席の人の新聞も読めちゃう私は興味深々。
と言ってもこれは昔と変わらぬ視力で老眼なんて野暮なもんじゃありません。
で、目を凝らして調査を進めると記事の中に「'86 世界の一流ブランド図鑑」の広告発見。
表紙にダービーの文字があるから14年前の春の週刊誌らしい。
でも頁に折れた様子はないから保存状態は極めてよかったみたいだなぁ。
おじさんが読んでるのは将棋とか麻雀のコーナーだから年代物でもかまわない?
それにしてもこんな古物・・・。
だって麻雀欄に出てくる泡介さんって今や鬼籍在住の人だしいったいどこで入手したんだろう?
おじさんの週刊誌を巡る疑問が頭の中を渦巻くばかりです。




2000年09月25日(月) ■
ファジーな洗濯機

ご承知のようにしばらく前から不調を極める我が家の洗濯機。
義母が取扱説明書を紛失したせいで洗濯機からの悲痛なエラーメッセージに対応することもできず
ご機嫌を伺いながら騙し騙し使ってるのが現状です。
洗濯からすすぎ、あるいはすすぎの2回目に移行する時、
さらにはすすぎから脱水に変わる時にピーピーと泣き叫んで止まる洗濯機。
センサーの働き次第なのか順調な時は全く障害もなく無事に洗濯終了となるのに。
今朝も私は洗濯機を気の毒に思いながらも騙しながらもいつものように洗濯を終えて出勤。
私の留守中に義母が自分たちの洗濯をする生活もいつもと変わらずです。
でも義母がご機嫌をとことん損ねたらしく洗濯機はちっとも反応してくれなくなっちゃったんだって。
すすぎの水が溜まったまま脱水に移行せず・・・だったらしい。
どこをどう触ったらいいか皆目検討もつかない義母は仕方なしに手絞りで脱水。
ギュギュっと絞って絶好のお洗濯日和の下干したそうな。
洗濯機も人を見るってこと?!
これぞ究極のファジーな洗濯機。
たまたま私の時には好調をキープしてるだけでいつ自分がそんな目に遭うかもわかりませんけど。
んで、旦那に洗濯機が不調となった旨お伝えした所「買い替えも検討しなくちゃね」って。
でも現在使用中のこの洗濯機自体が私の知らない間に義母と旦那が電気屋さんで購入してきて
私は代金の半額を請求されたっていう曰く因縁つきの代物です。
この時はパッキンさえ交換すれば使えた冷蔵庫も一緒に購入してきちゃったんだよねぇ。
義母って人は全てが万事この調子で物を大切にせずに新しいものに目移りしちゃうんです。
思い出しても腹立たしい冷蔵庫&洗濯機購入の経緯。
だからそう簡単に次の洗濯機にも同意するわけにはいきません。
義母は「私はこれからも手で洗うからいいわぁ」って。
老人2人の洗濯量じゃそれでも十分かな。
でもこれって結局自分は洗濯機購入にびた一文出さないっていう意思表示。
だから新規購入も共同出費となるのかは疑問だし本当に出資しなかったら断固使用を拒否しちゃう。
取扱説明書もなくて修理可能なものかも検討もつかない。
で、「お客様相談に電話するまで待ってて」って旦那に伝えたわ。
もちろん私が操作する時は意外と順調だし、
万が一不調に陥っても手で洗うなんてことはせずに近くのコインランドリーに駆け込む覚悟です。




2000年09月24日(日) ■
イメチェンか?!

昨夜の五輪サッカー敗退、停滞してる巨人軍の優勝と重なって
暗かった我が家のムードも今朝のマラソンの快挙で暗雲は何処へ?!って感じ。
日本中が高橋選手の金メダルに大喜びです。
マラソン終了後急いで朝市開催中のスーパーに行ったけどいつもの賑わいはなし。
みんなマラソンの余韻を味わってからスーパーに駆けつけたみたいで
いつもとはちょっと時間差でのスーパーの朝の賑わいです。
シドニー五輪は日本選手団の活躍が目立つけど残り1週間も頑張ってほしいものだわ。

雨も上がって夕方から義父母を伴って眼鏡屋さんへ。
昨日私が忙しくしてた間に新しい眼鏡を取りに行った旦那と義母が
何を思ったか義父のイメチェン作戦に出たらしい。
って言うかここのところ若干老眼が進んで新聞も見づらい状態の義父らしい。
数多いフレームの中から気に入ったのを選ぶ義父。
って言うか自分じゃ好みもはっきりしてないから旦那と義母の選ぶのを交互に掛け返るだけ。
今までのはダンヒルのいい値段のフレームなんだけど
老眼が進んできて少し見難くなってるらしく少々厄介な買い替え。
検眼時も片目は視力変化なしでもう片方はわずかな変化だからなかなか進まない。
検眼用のレンズを何度入れ替えてもはっきりしない返答だから店員さんも大弱り。
でも何とか検眼も終了して遠近両用の使用が可能なフレームを何点か選択。
義父には激安ので十分って思ったんだけど超特価のだけは選んでくれなかったわ。
値段じゃなくて似合えば何でもかまわないのになぁ。
結局今までのフレームとはイメージが異なる丸いタイプのグッチのものに決定しました。
これで少しは義父も垢抜けるのか?
とは言ってもやっぱり眼鏡だけ変えても義父の体質には変化がなさそうな気配です。
義父母には足がないからって理由で眼鏡を取りに行くのはまた今週末。
今週末も義父母の足代わりに車の運転手をするのは私ってことです。

足踏みしてた巨人軍の優勝。
眼鏡購入を終えて一見仲良さそうに6人で外食後一路帰宅してTVに釘付けの義母と旦那。
4−0で9回表まで展開して諦めムードって時に値千金江藤の満塁弾。
別室にいた私たちにも大きな拍手と歓声が聞こえてきました。
で、さらに一層大きな大歓声。
あぁ、やっと優勝が決まって我が家にも平和な日々が訪れそうです。
まさか消化試合でも一喜一憂ってことはないわよね?!




2000年09月23日(土) ■
上進式

秋のお彼岸のお中日となる秋分の日、関東地方は生憎の土砂降りです。
今夜はスカウト活動の一大イベントとなる上進式が行われるって言うのに・・・。
2時半から3時半のスイミングを終えるとダッシュでキャンプ場に直行。
儀式に臨むために着用した制服を濡らさないように子供たちはポンチョ着用。
なのに制服が所々濡れちゃってる子供たちったら風邪なんかヘッチャラ?
ちょうど去年の上進式からスカウト活動に参加してる光太朗にとっては1年の節目、
隆之介には数回目の上進式です。
式が始まるまでの間、光太朗たちビーバーは小降りになったのを見計らってキャンプ場内でクリ拾い。
隆之介たちカブはテント設営したりキャンプ場内を駆け回ったり。
あっという間に真っ暗になったキャンプ場では懐中電灯が楽しい遊び道具。
で、カブ鍋と称した恒例のやみ鍋とお握りの夕食となります。
隆之介が持参したのはカボチャ、竹輪、ジャガイモ、玉葱、長葱。
それぞれが思い思いにお鍋に適したと思われる材料を持ち寄ってのごった煮。
何が入ってるのか食べるまでは分からない状態ってまるで義父の作る味噌汁みたい。
でもスカウトみんなで食べると美味しくってお代わりしちゃう子も多い。
初めて体験するビーバーの1人に「何が入ってるかな?」って
確認させながら食べたら出てくる、出てくる・・・。
豚肉、うどん、餅、ウインナー、里芋、人参、椎茸、エノキ、シメジ、牛蒡、ピカチュウ蒲鉾・・・
後はもう何が何だか分からないほど栄養満点で具沢山なお鍋。
夕食後はいよいよ神聖な上進式。
それぞれのスカウトたちが1年経って1ランクUPする。
うさぎスカウトの隆之介はしか、ビーバーの光太朗もビッグビーバーに。
ビーバーからカブ、カブからボーイに上進する子もいて隊編成が今日で変わるってこと。
隆之介たちカブ隊も今夜はテント泊の予定だったんだけど豪雨で帰宅を余儀なくされちゃった。
テント泊を期待してた子供たちは残念がってたけどこればっかりは仕方がないわね。
それぞれが無事上進を果たして新しい1年を迎えることでしょう。
んで帰宅。
隆之介ったらキャンプ場に忘れ物をしたことに気がついて戻ること2回。
全く先行きが心配な子供たちってことには変わりがないようです。




2000年09月22日(金) ■
社会科見学

大型バスに分乗して今日は隆之介たち3年生の社会科見学です。
多摩ニュータウン〜北八王子工業団地〜加住地区〜市役所と1日掛りで回る市内巡り。
以前から入念な計画を立ててようやく今日の催行となりました。
リュックにお弁当、水筒、お菓子、しおり、他必要な物を詰め込んで軽装に帽子着用で学校集合。
班別行動を基本に今日の見学は進められていきます。
学校での役割分担とは別に今日は行動的な隆之介が2班の班長。
隆之介ったら先生も認めるほどの感のよさに加えて
人に道を尋ねたりする度胸も抜群だから今日の班長は適任かも。
多摩ニュータウンの南大沢駅周辺では新しくできたアウトレットを横目に
数カ所で先生方のチェックを受けながら班別行動で色々な発見が課せられてるから。
いくら活発な子供たちが揃った学年とは言え
子供たちを野放しにするなんて先生方の大胆な行動には脱帽。
もちろん脱落者なしでチェックポイントを通過して1番安心したのは先生方でしょうけど。
整然と並ぶ新興住宅団地の屋根やお洒落なポストを始め自宅周辺とは違った発見があった模様。
次の工業団地。
市内在住でもそんなに関心がなかったせいか隆之介に教えられたって感じ。
ファナックを始め結構大きな工場が群生してるなんて知らなかったわぁ。
加住地区は市内でもまだ田舎らしさが残る場所。
畑の間をバスは走り酪農をしてる所もあったとか。
んで最終地点の市役所。
午後からチビッコの襲来でさぞ賑やかだったことでしょう。
80人もの児童が窓口を占拠してたんじゃないかとちょっと想像しちゃう。
子供たちって外に出ると意外な行動力を発揮したりするものねー。
先生方の決断で子供たちはまた一歩前進。
来週は学校に戻って今日の反省会が待ってるのかな?

社会科見学終了後の学校到着予定時刻は3時の予定。
でも全ての日程に遅れが出て結局到着は3時半を回っちゃった。
隆之介は4時から剣道の予定だったから焦って帰宅。
警察署の担当者に連絡を入れてダッシュで少年剣士に変身。
ハードな日程をものともせずに頑張る隆之介って感心だわぁ。




2000年09月21日(木) ■
紙芝居

自転車の後ろに紙芝居の道具を乗せて公園で拍子木とともに紙芝居の始まりぃ〜〜。
楽しみな駄菓子を口にしながら・・・って私は体験ありません。
荒廃した戦後の数少ない娯楽だった時代から時を経た今でも紙芝居は子供たちの興味の的。
同じお話だったらきっと絵本より紙芝居に興味を引かれるよね。
紙芝居は読むっていうより演じて見せるっていう方が正しいかな。
何歳になっても紙芝居が大好きって感じるのは演じ手の心が伝わるからに違いありません。
2学期に入って隆之介たちのクラスで取り組んでるのがその紙芝居。
10日ほど前の授業参観時もその練習風景を見てきた所です。
感情を込めて音読をするって言う担任の教育方針通り子供たちの力を遺憾なく発揮できる紙芝居。
で、最終目標に定めたのが低学年への披露。
数日前に教室内でのリハーサルも終えて今日がその紙芝居の発表の日です。
クラスの10班が1、2年計6クラスに分散したのは4時間目。
隆之介たちは1年2組でもう1つのグループと一緒。
4人の班員が選んだ紙芝居をそれぞれが役に成り切って協力して1つの芝居を演じる。
隆之介たちが演ずるのは「バーコーの怪物退治」と言うお話で
多くの登場人物の中で隆之介の担当は怪物とト書き。
きっと声色を使って怪物に成り切っての熱演だね。
自分の出番だけじゃなくて紙芝居そのものを丸暗記してるほどだもの。
1年生のみんなも興味深く真剣に聞き入ってくれたみたいで終わった後はホッとしたみたい。
終了後は1年生から「3年生はどうして大きな声が出るの?」とか質問も出されたらしく
隆之介が「あ・え・い・う・え・お・あ・お」の練習をしているからって答えたら
その場で一斉に発音練習が始まっちゃったって。
隆之介たちの紙芝居の発表会は大成功。
当然、光太朗たちの学級にも紙芝居グループの遠征。
こっちも同様に興味深くみてたらしい。
同じ紙芝居でも隆之介たちは積極的演じ手だけど光太朗たちはあくまでも受身だから感想もわずか。
でも十分に楽しんだことだけは確かみたいです。
隆之介が帰って報告をしながら「いつもママが読んでくれるみたいに声を使い分けたから」って。
やっぱり紙芝居って楽しいわよねー。
図書館の紙芝居貸し出しは永遠に不滅かもしれません。




2000年09月20日(水) ■
ブラジル戦

珍しく日本勢が大活躍を見せているシドニー五輪。
最近の話題の中心は何と言ってもサッカーです。
ソフトボール予選なんか全勝で頑張っててもこれほど脚光を浴びないのに。
日本が2戦2勝で予選の試合をこなしているものの
南アメリカがブラジルに勝つ番狂わせで星の潰し合いをしているので今日の日本vsブラジルが一大決戦。
日本が決勝トーナメントを賭けて戦う重要な局面です。
我が家じゃ義父母が熱狂的だから今夜のTVはサッカー予選とプロ野球かなぁと帰路につく私。
いつものように駅の改札を出るといつもの雑踏はなく一瞬目を疑っちゃった。
普段たむろしてる輩もチラシ配りのお兄ちゃんも一掃されて片付いてる。
ジベタリアンの姿もなく平和な駅周辺が戻ってきてるって感じ。
これって明らかにブラジル戦効果?
一億総サポーターになっちゃったかしら?
道路脇に車を停めて車載のTVで観戦してる人に遭遇するほど。
これで悲劇再びだったらみんなの怒りは爆発だなぁなんて思いながら自宅到着。
当然のようにみんなでサッカーの試合に目を凝らしてる。
でもなぜかいつもは帰宅が遅い旦那がいるのよねー。
しかも旦那も子供たちも入浴を済ませた気配。
まさか?!
まさかとは思ったけど念のために聞いてみたわ。
と、当然のように「休んだ」って旦那の答え。
いくらサッカーの試合が5時45分開始だからって休むことないんじゃないのぉ。
子供たちの入浴と夕食の準備が整ってたのは有難かったけど。
試合そのものは前半のブラジルの得点があるものの日本も善戦してる感じ。
スロバキアの結果次第で決勝トーナメント進出だから旦那はそっちも心配そう。
でも義父ったら「他力本願なんかー」って滅茶苦茶な言い方。
結局番狂わせは続いてスロバキアが南アメリカに勝って無事日本の決勝進出決定。
競技毎に一喜一憂する我が家の気風じゃ疲れちゃうねー。

光太朗は午後から保育園で行われた粘土教室、隆之介は夕方から警察署の剣道に。
でも粘土教室は義母と出かけたって言うし、隆之介だっていつも通り自転車で。
旦那ったら自分の休暇はあくまでも自分のためだけにあるんだねー。
送り迎えぐらいして働いてもいいのにぃ。
隆之介の宿題に檄さえなかったらしくせっかく旦那のいた今日も宿題作業は遅くまで続いちゃった。
全く旦那ったらお気楽な身分だわ。




2000年09月19日(火) ■
通報

1週間ほど前から自宅近辺の水道管の破損なのか水が涌き出てる個所が気になってた。
我が家が毎日昇り降りする階段の一番下の道路に面した所から水がこんこんと涌き出てる。
私は昼間自宅を離れてるし週末は荒天に加えて通報先の市役所もお休み、
その階段の利用者はたくさんいるはずだし誰かが通報してくれると思って数日過ごしたもののその気配なし。
ついに今日は職場から市役所に通報の電話です。
市役所の大代表電話にかけると電話受付のお嬢さんの声。
「漏水なんですけどー」って言った後「あっ、水漏れの漏水です」って思わず言い直しちゃった。
だって老衰と漏水って全く一緒の紛らわしい発音なんだもん。
関係ないけど本当の老衰だったら連絡先は市役所じゃないよねー。
担当の部署に変わって「すでにご連絡が行ってるかもしれませんが」と前置きしてから漏水の事実を伝える私。
住所とか通報者氏名なんかを連絡したけど
その個所についての通報があったかどうかは定かじゃないみたいな電話対応。
で、帰宅。
相変わらず水漏れしてるその場所には赤い円錐のコーンが目印に立ってる。
役所ったら仕事が速いのねーなんて思いながら
家に帰って「今日漏水の件で市役所に電話したよ」って義父母に報告。
と、義母も「私もお昼頃電話したのよ。何時ごろしたの?」って。
もちろん義母の電話の方が一足早かったことは言うまでもない。
義母の話では市役所から連絡を受けた水道工事の会社の人が自宅を訪ねてきて
数件漏水が立て込んでるので数日中に責任を持って工事する旨伝えたとか。
そうよ、本来は昼間自宅にいて連絡が取れる人が一報を入れるべきなんだからこれが当然の姿。
でも同じ日に役所に電話をするなんてこれって以心伝心?
それとも意思の疎通の著しい欠如?
同じ日に同じ住所の同じ家庭から2本も同じ通報を受けて
役所の担当者の人も驚いちゃったんじゃないかな?
それにしても他の人だって気がつかないはずがないのにみんな自分のことじゃなければ無関心なのかなぁ。
何はともあれ漏水個所の一刻も早い修復作業が待ち遠しいな。




2000年09月18日(月) ■
米びつの謎

先週の木曜に空っぽの米びつに遭遇した私はすかさず翌日の敬老の日に5kgのお米を購入してきた。
でもお米を米びつに入れる前に残ってた米粒を一斉点検したらお米特有の虫発見。
ってことで日光消毒するまでは米びつには入れないことにしていた。
週末はずっとお天気が悪かったから今日はようやく訪れた太陽の恵みに感謝しつつ
日干しですっきりした米びつに購入したお米を注ぎ入れ台所の定位置に戻す私。
あぁ、それにしても最近は洗える米びつってのが売り出されてるけど
この米びつって昔のタイプのだから洗えないのが難点だわ。
再度虫の被害に遭わないよう厳重に注意しなくちゃね。
購入してきた玄米を5万円もする精米機で自宅精米する実家のお米の味が羨ましいなぁ。
これだったら好きな加減のお米に精米できるし鮮度も虫も心配なんかないものねー。
米びつに虫が存在してたと知ってか知らずか義父ったらなんとも間抜けな会話。
「それってお母さんに買ってもらったんだっけ?」って義母に語り始めたじゃないのぉ。
ここで言うお母さんってのは義母の亡くなった母。
「新築した時から使ってるけどお母さんはここには来た事がないわよ」って義母に敢え無く却下されてた。
義父の頭の中はすでに現在も過去もごちゃ混ぜになってるのかな?
15年もの間使ってる米びつらしいけど、私が結婚してから米びつの日光消毒に遭遇したのは数えるほど。
私が出勤した不在中にやってる?
う〜ん、あれこれ考えるとなんか気持ちが悪くなってくる。
今まで家事一切を義母任せにしてきたツケとは言えよく健康な生活が送れたもんじゃ。
で、何はともあれ無事お米を配置につかせる私。
でも待てよぉ?!
木曜日に空っぽの米びつになってから義父母はどこでお米を用意してるんだろう?
まさか洗濯物の籠みたいに自室にお米も置いてるってこと?
私の目に付く台所には義父母のお米らしきものは存在しないんだからやっぱり?
平日の昼間の義父母の行動が目に見えないから想像は膨らむばかり。
今夜も義父母のお残ししたお握りが置き去りになってたってことはお米の存在だけは確実。
私も義母が長い間使ってた米びつを捨てて新しく洗える米びつを購入しちゃおうかなぁ。
でも今まで共同で10kgのお米を購入していた時に比べたら別々のお米事情は賢明なのかな。
家庭内別居は広がる一方の我が家です。




2000年09月17日(日) ■
クリ拾い延期

天候不良が続く今日、予定されていた光太朗たちビーバー隊のクリ拾いは延期の知らせ。
15日の公園掃除でカブ隊の年度内の活動を終了してた隆之介も
光太朗の家族として一緒に行くことになってたのでお天気がひたすら恨めしい2人です。
隊長からの連絡でビーバーは再度10月にクリ拾いを予定してくれるらしいけど隆之介は残念。
ってことで今日は予定がなくなって全くのフリーの休日です。
午後からは天気も回復傾向だけど外遊びはちょっと無理。
思い出したように2人でプラレールを引っ張り出してきて久しぶりに遊んでました。
全く男の子っていくつになっても電車が好きなんだよねー。

お天気が悪い日が続くと日々の洗濯物に困るのが現実問題。
私たちと義父母の洗濯物は冷戦以降は全く別扱いになってて干し場も全く別な状態。
お天気のいい日は2階のベランダが私、外の物干し場が義母。
天候不良の際に2階の和室に除湿機かけて干すのが私、自室に洗濯物のカーテンを作るのが義母。
ってことでここ最近は義父母の部屋には鬱陶しいくらいの洗濯物です。
洗濯は別のはずなのに義父母たちの汚れ物だけだと少量過ぎて
籠に入ってる私たちの洗い残しも一緒に洗濯されちゃうのが悩みの種。
だって義父の汚れ物と一緒じゃかえって汚れちゃいそうだし
部屋に干すことで湿った空気が一層義父母の匂いをつけちゃいそうなんだもの。
なんとも言い難い洗濯事情です。
ところで、ここに来て洗濯機に異変が発生。
洗いからすすぎに変る時、あるいはすすぎから脱水に変わる時に
洗濯機がうまく作動しなくてエラーを起こすこと度々。
F-7と表示された洗濯機からのメッセージです。
家電の管理は専業主婦の義母の仕事だから取り扱い説明書の提示を促してもどうやら紛失した気配。
悲しいことに洗濯機からのヘルプメッセージは読み取れないままです。
どうにも困って電源を抜いちゃう作戦で騙しながら洗濯してるんだけど
この作戦もいつまで続けられるかは疑問が残る。
騙し騙し洗濯してる私を見て義母も教えてーってうるさかったから秘伝を伝授。
でも本来はお客様センターとかに電話で問い合わせするべきなんだよねー。
エラーが出始めた当初104の番号案内でお客様センターの番号も調べたんだけど
後のことは留守番の義母任せにしてるからなぁ。
洗濯機のご機嫌がこれ以上悪化しないことを祈るばかりです。




2000年09月16日(土) ■
天候不良

台風17号が接近してるため大気も不安定なのか朝から激しい雷雨が続きます。
朝から何度となく周囲に轟く雷鳴。
時に激しく時に静かに降る雨と雷で今日は身動きが取れない状態です。
子供たちの通学時は運良く雨も雷も静寂を保ってる。
無事子供たちを送り出したと思ったらいきなり増す激しさ。
びしょ濡れになっての登校になったことでしょう。
んで子供のいない平和な一時は昨日始まった五輪のTV観戦。
トライアスロン競技を見てる時にまた激しい雷雨・・・と思ったら目の前に火花が飛び散った感じ。
ピカって光るのとほぼ同時にドーンって音がしたからきっと近くに落ちたんだよね。
当然のようにブレーカーも落ちてTVどころじゃなくなっちゃった。
こんな激しい雷雨が一日中波のように襲ってきて雷の嫌いな義母は生きた心地がしなかったみたい。
ちょっと離れた所では午前中いっぱい停電してたらしいからこっちはまだマシだった?
それにしても近年体験したことのない激しい雷雨。
午前中で授業を終える子供たちを車で迎えに出ることにしました。
義母は学校前のスーパーで買い物があったらしく雷が鳴る度に恐怖を口にするほど恐々同行。
激しい雷雨に半ズボンにサンダル姿で対抗する私。
校門前には同じように万全の態勢でお迎えに臨むママたち。
3校時で終了の1年生と4校時の3年生は若干の時差下校だから始めに出てきた光太朗は義母と買い物。
隆之介と近所のお友達を車に乗せての帰宅となりました。
車から自宅まではホンの少しの距離だけど
子供たちは靴をサンダルに履き替えてカッパで上から下まで完全ガード。
これほどまでに激しい雷雨って貴重な体験だわぁ。

夕方から懸案の旦那の誕生日のプレゼント探し。
気に入ったフレームは在庫がなくて次善の策を講じなくちゃいけないから。
結局眼鏡&サングラスの2点購入に落ち着いたわ。
車で出かける時、ちょうど雨が小降りになってて陽も射してたんだよねぇ。
空に二重に架かる虹を見つけてちょっぴり幸せ気分になりましたぁ。
これっていいことの前触れ?
そう言えば虹って言えば披露宴でも暴露された逸話あり。
結婚前に信州をドライブ中に虹がかかってた。
旦那ったら「虹に向かって走るんだねー」なんてロマンチックな発言。
でも地図を見てた私は「でも次の信号を曲がるんだよ」って。
やっぱり男の人はロマンチストで女の人は現実的なのかな。




2000年09月15日(金) ■
敬老の日のこと

今日は敬老の日、同居の我が家はまたしても義父母への贈り物の日です。
今年65歳となり統計的にも老人の仲間入りした義母も70歳を超す義父も正真正銘のお年寄り。
年齢的に老人に分類されない頃から子供たちからと称して続けてる私たちから贈り物の一貫。
だから義父母へのプレゼントって年間にしたら相当嵩んでるんだよねー。
んで、今年のプレゼントは先日旦那と購入しておいた血圧計。
直前、旦那からお言葉のご指導を受けた子供たちは
2人並んで「おじいちゃん、おばあちゃんいつもありがとう。いつまでもお元気で」ってご挨拶。
んでプレゼント贈呈。
義父母とも早速包みを開けて新しい血圧計の使用感を味わってました。
手動で圧をかけてた以前のタイプに比べるとボタン操作1つで済む新型だし結果も誤差が少ないらしい。
義父母とも年齢の割に血圧は正常値。
そんな単純操作の血圧計に戸惑ってた義父はやっぱり少しボケが始まってるかも。
TVでは特集でピンピン・コロリと生き抜くを題材にしてたけど長患いはごめんだわ。
ボケずに健康では老人に課せられた課題なんだから。
義妹の甥たちから義父母へのプレゼントはお花の宅急便。
実家の両親には子供たちから電話で声のプレゼントでした。

旦那と初の不動産やさん訪問。
知人から紹介を受けた小さな不動産やさん。
年季のいった社長さんは同じ町内に居住してるし地域でもかなりの顔らしい人。
こちらの条件を提示していい物件を順次紹介してもらう手はずにしましたぁ。
子供たちは転校は嫌って言うし駅から近いとなるとなかなか厳しいものがあるわ。
でも今日は今より駅から5分遠のくけど60坪弱の土地の売り出しを発見。
売出価格が当初4400万円のものが4100万円まで安くなってるけど
社長さんはこれでも買い手はつかないだろうって。
これが3600万円ぐらいまで下がったら我が家には買い時かも。
となると希望通りの注文住宅ができるかもしれない?
我が家の新居への道は一歩前に進み始めたみたいです。
今の所を売って二世帯住宅で一緒に住むなんて構想が出てこないことを祈るばかりだわ。

不動産や訪問を知らずに敬老の日スペシャルのパチンコに興じてた義父母。
夕食を一緒にって体裁だけお誘いしたらパチンコで儲かったらしく義父母にご馳走してもらっちゃった。
珍しく6人でのファミレス夕食。
傍から見たら仲のいい家族の光景だろうなぁ。




2000年09月14日(木) ■
健康調査

2学期が始まって2週間。
新学期早々行われた夏休みの健康調査の結果が印刷されて各家庭に配布された。
病気や怪我をした児童が項目ごとに人数表示されている。
子供とは思えない「急性胃腸炎で入院」なんて珍しい項目もあってちょっと目を引く。
100人以上の子供たちが主に夏風邪なんかで通院してるって結果の報告。
去年は急性虫垂炎で校内唯一の不健康だった隆之介、今年は夏休み中悩まされた麦溜種でエントリー。
1年生の光太朗は元気ハツラツ、病院とは疎遠だから結果を見るまでもない。
んで今年の麦溜種は3人。
今年も隆之介は希少病名に参加しちゃったってことね。
40日に渡る夏休み期間中を健康で過ごすって意外と難しいことなのかなぁ。
我が家みたいに健康の塊みたいな子供たちでさえ通院するんだから軟弱な子は大変かも。
来年こそは健康調査の数字に表示されなくて済むように健康に留意したいものです。
でも授業に影響がない夏休みに罹患するなんて隆之介ったらいい根性してるな。
今年は2人とも欠席0を貫けるかな?

いつものように帰宅後夕食の準備を急ぐ私。
明日は祝日だし少しぐらい遅い就寝になってもいいやーって今朝はご飯の用意をせずに出勤。
急いでご飯を炊かなくちゃと米びつのレバーを押してもお米が出る気配なし。
じっくり米びつの底まで点検したもののわずかに数十粒の米粒があるだけ。
義父母の食べたご飯の形跡は残っているものの我が家には私たちが食べるお米はないらしい。
お米がないと貧乏な生活を強いられてるって実感が沸沸と湧き上がるわぁ。
今日の食い扶持のお米さえないってこう言う生活を言うのかしら?
こんな窮地に追い込まれても慌てず騒がず平然とグラタンの準備に勤しむ私。
冷戦突入前に購入した共通のお米が底をついちゃったんだから仕方がないわぁ。
明日はお米を買ってこなくちゃね。
野菜同様にお米も別扱いにするとなると私たちのお米は冷蔵庫にキープかな。




2000年09月13日(水) ■
チョコ3題

9月も中旬になったと言うのに日曜の火力演習で日焼けした私の顔はボロボロ。
少しぐらい日焼け止めじゃ秋の陽射しにはかなわなかったらしい。
鼻の頭と額と頬は当日は1人お酒を飲んだかのような真っ赤。
んで今は赤みも収まって情けなく焼けた肌。
もちろん半袖から出てた腕の部分も綺麗に焼けている。
ってチョコみたいに褐色とは言わないけれど。

チョコ大好きな私の楽しみはロイズの季節限定品の通販生活。
ロイズ商品の中に入ってた葉書でカタログを取り寄せ、通販購入するようになってだいぶ久しい。
定番の生チョコや様々なチョコのおいしさも季節限定品のおいしさも格別。
アイリッシュ、ダージリン、シェリー、カルヴァドス、シャンパン・・・と1年を通して期間限定販売がある。
んで今日届いたのは生チョコ限定のカフェ、定番のオレンジブランデー他。
職場のみんなでまとめ買い注文なんだけど通販センターへの登録は私名義だしいつも電話注文するのも私。
あぁ、これでしばらくは幸せ気分だわぁ。
チョコレートがあるだけで幸せになっちゃう私って単純?

同居の義父母と家計も食事も別になって1ヶ月半。
冷蔵庫にはお互いの食材が所狭しと押し詰まっている。
牛乳も卵も野菜も同じ物がダブって存在するんだから窮屈だよね。
義父母の買ってきた物には手をつけないのが私たちの掟。
これまでも賞味期限にとらわれずたくさん買ってきては旦那や私が処分する
無駄の多かった義母のお買い物だけど夫婦2人の食生活になってさらにそれが加速。
老夫婦の核家族はそんなに買い物が必要じゃないってことに気がついていないらしい。
しかも保存方法もかなり怪しい。
実は数日前から気になる物が我が家には存在してる。
それは賞味期限が9月6日の食パン。
数日前に義父母用のパンケースで何気なく発見したそれは6枚切りの食パン袋に残った2枚。
賞味期限を遥かに超過した食パン表面はマーブル状態に点々とチョコレート色。
この栄養満点で高温多湿はカビさんの最も好む環境だから当然の出来事。
義父母とも知ってか知らずかパンケースは数日経って今日も依然そのまま。
マーブルを通り越してチョコペーストを塗ったチョコパン状態に進化です。
他の色のカビに邪魔されずに純粋培養されたチョコカビパン。
このまま放っておいたら義父母が間違って食べちゃうか?
義父母の物には手を出せないってもどかしいわぁ。




2000年09月12日(火) ■
授業参観

2学期早々の授業参観で今日も休暇の1日。
雨降りの中、夏休み前に持ち帰った朝顔を片手に、もう片方には一斉下校で使用したプラカードと傘。
こんな悪天候を恨めしく思いながらの登校となりました。
1時間目は隆之介は国語、光太朗は算数でちらっと覗いては教室の掛け持ち。
やっぱり休暇を取った旦那もあっちこっちウロウロ。
隆之介は紙芝居を読む、つまりは上手な読み聞かせの練習でとっても上手。
光太朗たちは1〜20までの数字の概念と計算。
点棒やおはじきのない学校で唯一の教材のブロックを利用しての授業でした。
2時間目は図書の隆之介と音楽の光太朗。
図書室で好きな本を好きな姿勢で・・・って隆之介は絨毯で寝転んで読んでたよ。
その間、先生に招致を受け隆之介の2学期の好変化などを伺いました。
光太朗たちはピアニカ演奏や大きな声で歌う練習。
4班に分かれて歌ってたけど光太朗たちが1番元気は当然かな。
休み時間は教室に隣接した会議室に陳列された3年生の夏休みの自由研究と自由工作の鑑賞。
みんな知恵を絞ってそれぞれに苦心作を提出してるのねーと感心するばかり。
んで、3時間目の隆之介は算数。
1〜2時間目は通常の授業形態じゃなかったからさほど感じなかったけど
2学期になって落ち着きが感じられる教室内。
円の中心を見つける授業だったんだけどみんな真剣。
真摯な授業態度に光太朗の国語には行かれなかったわ。
4時間目は隆之介たちは総合、光太朗たちは生活でどっちも係り決めで似通った内容。
そして給食。
1年生は当番の人が席に運んでくるけど、3年生は並んで配膳を受け自分たちで席に運ぶ。
給食準備1つをとっても整然と並んで1学期とは格段の進歩の隆之介。
お腹が空いた母たちも午後からの授業に備えて近くのファミレスに腹ごしらえ。
でもお握り持参で張り付いてた母もいたんだって。
1年生の給食は父兄が子供たちの傍でお話をしながら食べてもよかったらしく
「ママと一緒に食べたかったなー」って帰宅した光太朗から聞かされたわ。
そして午後からは隆之介たちの5時間目。
体育館で体中のエネルギーを発散させてました。
両親揃っての参観者は我が家だけじゃなかったんだけど結構珍しいのかな?
それにしても2クラスで83人なんてやっぱり多すぎ3年生。
やけに教室が狭く感じた1日でした。




2000年09月11日(月) ■
旦那の誕生日

今日は旦那の誕生日。
毎年ギリギリでもプレゼントを購入してお渡ししてるんだけど今年はちょっと違った趣向。
土曜日に下見に行った眼鏡のフレームの在庫状況を確認してるからです。
陳列してあったダンヒルのフレームが気に入ったらしいけど一回り大きいフレームの在庫確認。
つまり旦那の顔が大きいってこと?
週末はメーカー確認ができないので今日私の携帯に連絡をもらうことになってたんだけど
今日も連絡がないところを見ると気に入ったフレームはなかったってことかな?
だとしたらプレゼント第2段を考えなくっちゃなー。
いつものように旦那の帰宅は遅いからケーキでのお祝いもない。
昨日お寿司屋さんでの前祝があった以外は普段と変わりないお誕生日となりました。
そう言えば、隣の奥様に「旦那さんって素敵だよねーってお友達が言ってた」って聞かされた。
ン?うちの旦那って太っちゃってちっとも素敵じゃないよー。
数年前のイメージ通り格好いい旦那に戻ってくれるといいなぁ。

旦那の誕生日の今日、先週マグ訪問が400回になったの機にHNを改名いたしましたぁ。
新しいHNはさめちゃん☆。
マグったら私の退会を惜しんでくれてたのか何度も手続きに戸惑っちゃった。
ネット友達に教えてもらって手続き完了したけどこれからも皆さんよろしくね。

今日は久しぶりの雨降り。
剣道の練習日だった隆之介は徒歩にて警察署へのお出かけです。
竹刀を肩から下げてリュックに入れた稽古着背負って傘指して。
いつもより1時間遅く5時から6時の練習を終えてまたトコトコ歩いて帰宅。
仕事帰りの私の帰宅時刻と偶然一緒になって家の近くで元気な隆之介と出会いましたぁ。
辺りはすっかり暗くなって明るい人通りの多い道を選んで帰ってきたんだって。
これから日が短くなる一方だから習い事も辛くなるね。
それでも頑張る隆之介には感心するばかりです。




2000年09月10日(日) ■
火力演習

陸上自衛隊ができて今年で50周年。
昭和60年から始まった一般公開による総合火力演習を見学できるチャンスが巡ってきました。
去年の公開演習は2日間で6万人の見学者だったらしいし
50周年の特別3日間開催の今年は10万人規模かな?
ようやく手に入れたチケットを持って北富士演習場へ向かいます。
6時半に我が家を出発して中央道を一路富士の裾野へ走らせる私。
指定された駐車場へ車を停めて数度のチケット確認を受けると9時半頃現場到着。
10時20分の開始までにはまだまだ時間があるのに
会場のスタンドはすでに満席に近くてようやく隙間に腰を落ち着けたのは座席の端と通路。
地べたのシート席まで超満員での演習開始です。
砲弾の射撃やミサイル、戦車の紹介、空挺部隊のパラシュートでの落下で第一部終了。
3km離れた標的を打ち抜く技には嘆息です。
2機のヘリコプターからスカイダイビングさながらに降りた総勢24人の豆粒が
無事パラシュートを開いて空中を散歩した後に着地するのはクラゲの浮遊みたいな感じかな。
戦車だって重厚で動きが鈍いイメージを払拭するかのようなダッシュ可能な迅速にして機敏な行動。
「僕の創造で描く戦車とは全く違った」って隆之介の率直な感想です。
第二部は戦闘を模した実演。
仮想の敵に防御、偵察、攻撃などの本番さながらの訓練。
訓練だから4分の1の弾薬使用らしいけど激しい爆音と振動で泣き出しちゃった幼児もいたもの。
迷彩色に施された戦車がさらに草木でカモフラージュされて隆之介も光太朗も大感激。
オートバイなんてジャンプあり片手運転ありでまるで仮面ライダー状態だし男の子にはたまらないよね。
8機の戦車が一斉に砲撃をする迫力もミサイルの弾道が目に見えることもしっかり脳裏に刻まれました。
演習終了後は実際に演習に参加した装備品、つまりはヘリコプターとか戦車が間近で見られる。
旦那は帰りの渋滞を嫌がって帰る方向だったんだけど子供たちの熱意に押されて見学。
で、ン万人の人が一斉に帰ろうとするんだから帰路は朝より大変。
駐車場行きのバスを待つのに30分以上。
秋の行楽客の中央道渋滞も定番といった感じで3時間余りのドライブとなってしまいました。
往復200kmの運転でお疲れなのはもちろん私。
帰宅後は家族6人でお寿司やさんで明日の旦那の誕生日の前祝。
いつもながらハードな我が家の日曜日です。




2000年09月09日(土) ■
父の誕生日

今日9月9日は重陽の節句。
私の実の父の誕生日でもあります。
旦那の家族と私の実家の家族って誕生日に縁が深いらしく
9日の父を追うように11日が旦那、1月20日の義父と22日の私、
3月12日の母と誕生日忘れちゃったけど義妹、5月24日の弟と27日の義母と
かならず誰かの誕生日が接近してて結婚前から浅からぬ因縁を感じていたくらいです。
んで今日は実家の父の69歳の誕生日。
行動的な父母は金曜から2泊で熱海にお泊りで今日は実家には不在のはず。
宿泊先でお誕生日を祝っているに違いありません。
ってことで子供たちからドラえもんのお祝い電報を打ちました。
NTTさんからドラえもんが届いて両親揃って驚くことでしょう。
プロペラから電報が出てくる仕組みが一瞬にしてわかるかな?
まだまだ現役で仕事をしてる父は向上心も衰えないし義父とは両極端な生き方です。
子供たちの羨望のおじいちゃん、元気で長生きしてもらわなくちゃね。

来週の旦那の誕生日&敬老の日を前にプレゼント購入の下見。
旦那には眼鏡かなぁなんてちょっと素敵なのをお取り寄せ頼んだけど、
掛けてみなくちゃわからないから実際には何を選択するかは未定段階。
義父母への敬老のプレゼント探しも毎年悩むところ。
誕生日から始まって年間のプレゼントも相当数だから特別な贈り物が思い当たらないから。
んで旦那と売り場を回って購入したのが血圧測定の機器。
数年前に購入して使用中のがあるんだけど計測能力が大幅にUPしてるらしいから。
とにかく健康管理をしっかりして義父母には健康でいてもらわなくちゃ困ります。
最近、体験入院の余韻も冷めたのか義母の健康管理も疎かになりがちだから
再度健康の意義を見直してもらいたいものです。
この間小耳に挟んだ義母の血糖値はまた300台だって言うから糖尿も悪化してる?
これからの年寄りは健康で長生きが至上命題なのになぁ。




2000年09月08日(金) ■
野球観戦の日

滅茶苦茶ジャイアンツフリークな義母、どこでどうチケットを入手してきたか
今日は東京ドームで試合観戦です。
現在7連勝中、絶好調のジャイアンツvs今季巨人が唯一負け越してるヤクルト。
巨人の独走がセ・リーグの面白さを減少させてるのに愚かな巨人ファンは常勝を祈ってる。
万全な準備をして球場へと向かったはずです。
隆之介は剣道の練習日。
学童から早帰りすると留守番の義父母が不在なので自宅の鍵を携えて自転車で警察署に。
5時までの練習を済ますと学童に取って返し光太朗と一緒に帰宅します。
義父母の存在に邪魔されることもなく2人で伸び伸び。
私の帰宅までTVを見たりゲームをしたり羽を伸ばしすぎって思えるくらい。
でもたまの自由を謳歌してるんだから目を瞑ろう。
日頃の義父母の呪縛から逃れて幸せな2人です。
んで私が帰宅すると当然のように留守番してた子供たちだけだし
明日は学校のない土曜日とあって私も解放された気分。
義父母がいないってことがこんなに清々しい気分だったなんてー。
もちろん、今夜は炊飯器争奪戦なんて事態にも陥る心配もありませんから。
と、朝掃除を済ませて水を張っていったお湯に点火しようと浴場を覗いて仰天。
見事に久々の義父の入浴気配が残されてた。
義父は自分勝手にお湯を満杯にして入る癖があるからお湯を捨てるには勿体無い。
ってことで仕方なく諦めの境地でお風呂を沸かし子供たちと入浴。
でも今夜はいつもとちょっと違う。
蓋を明けたその途端いやーな臭いがお風呂から漂ってきたから。
隆之介と相談して海藻の入浴剤を加えてその場はどうにか回避できたけど当然湯船には入らず。
お風呂嫌いな義父の強烈な臭いが発生したとしか思えません。
何のためにお風呂掃除をして出勤してったのか義父ったらー。
湯船も洗面器も湯垢でギトギト。
当然のように別の洗面器を使っての入浴となりました。
やっぱりお風呂も別の生活にしなくちゃ快適な生活にはならないわねー。

日頃義父母が一喜一憂する野球放映も今日は無縁。
延長もなく9時からのTV番組はガイド通りだし
11時頃の帰宅を予想してたらちょうどその頃のご帰還。
上機嫌での帰宅じゃないところを見ると今日の巨人は負けたに違いない。
TV観戦の際にはそばで騒ぐ子供たちを敗因にする義母だけど今日の敗因は何とする?
自分が球場に足を運んだからって自覚はないわね。きっと。




2000年09月07日(木) ■
炊飯器騒動

我が家で現在稼動中の炊飯器は大小2台。
普通の家庭に存在する一升つまり10合炊きの炊飯器と‘1人分でもおいしく炊ける’って3合炊き。
早炊きでも時間がかかる1升炊きに比べて3合炊きはほんの15分ほどで炊飯完了の便利物。
用途に応じて使い分けをしてるのが現状です。
冷戦以前は義母が夕食前になると大きな炊飯器で3〜4合のご飯を炊いてたんだけど
それぞれが別の食事を用意するようになって大きな炊飯器の出番はほとんどなきに等しい。
朝食にご飯の習慣のない我が家だからなおさらのことです。
一昨日までのお弁当製作期間は毎朝お弁当のご飯を小さい炊飯器で炊いてたから
少し多目に炊いたご飯を冷凍して夕飯のご飯にしてた私。
でも今日からはお弁当も必要ないし帰宅後の炊飯じゃ夕食は慌し過ぎ。
ってことで朝からお米を研いで小さい炊飯器に準備してたんです。
すると「それって夕食の?」「私たちも夕食に使うのよねー」って迷惑そうな義母の声。
旦那はほとんど家で夕食を取らないから母子3人じゃ大きな炊飯器は必要ない。
もちろん義父母2人にも大きな炊飯器は不必要。
小さな炊飯器をめぐるトラブル勃発ですぅ。
準備してるそばからそんなこと言われたって
義母は暇な1日を過ごしてるんだから何とか手段を講じてくれるでしょ・・・って出勤。
だっていざとなれば釜飯の容器だって鍋だってご飯は炊けるもの。
去年末の義母の入院時にも隆之介への電話による遠隔操作で炊飯器のスイッチをお願いしてたから
今日からもお願い電話だわーなんて思っておりました。
んで1日を終えて帰宅すると何事もなかったかのように小さい方に炊けたご飯。
でも隆之介からの報告によればー
義母ったら私が研いだお米を大きな炊飯器に移して小さな炊飯器で自分たちのご飯を炊いて
炊き終わってから小さな炊飯器に私が研いだお米を移し変えたんだってぇ。
それをわざわざ子供たちに口頭で嫌味ったらしく報告したらしい。
もちろん義父母は冷凍ご飯なんてことはするはずもなく
余ったご飯はお握りとなって置き去りになっておりました。
まもなく可燃ごみとして捨てられる運命にあるものと思われますが。
今食べてるお米は冷戦以前に購入したお米だけどあまりにもこれじゃ無駄が多いよ。
義父母の行動に惑わされることなく冷凍ご飯を溜め込むだけが自衛の手段なのかな。
冷戦が加速しそうな炊飯器騒動の勃発です。




2000年09月06日(水) ■
一斉下校

新学期早々、防災の日の引き取り訓練は参加しなかった私も
PTA主催の今日の一斉下校はほぼ強制参加を強いられてる。
1学期の学校主催の一斉下校のお手伝いには都合がつかなくて参加できなかったので
満を持しての一斉下校初体験です。
町内ごとに異学年が整列して帰宅する一斉下校。
学校では頻繁に行うわけじゃないから子供たちにはお祭り気分に近いかな。
これまでも一斉下校の度に周辺道路での監視を呼びかける通達文なんかもあったんだけど
昼間地元にいない私にとっては何もかもが初体験。
去年の校外委員だったお隣のママを強力な助っ人としてお願いしての参加です。
居住してる町内は通学路が途中で分岐してるからお隣ママと途中でお別れする算段。
役員集合からしばらくして給食終了、下校のアナウンスが入ると昇降口から子供たちが出てくる出てくる・・・。
腕章をして甲子園さながらにプラカードを持った私たちの元に続々集合してきます。
町内ごとの集合場所は毎回同じ場所だから子供たちは迷うことなし。
整列させて点呼を取って子供たちの集合を確認したら町会ごとに帰路を急ぎます。
子供たちには一緒に帰ろうって誘ってたのに
「僕、お友達と一緒に遊ぶから」って学童行きを選択した光太朗には振られちゃった。
隆之介だけが私と一緒の途に着きます。
分岐点を過ぎて町内に入ったら隆之介と隣の大ちゃともう1人の坂上3人組が真っ先にお別れ。
町内の子と言っても初めて見る顔も多いしもちろん家だって初めて確認。
町会の境界も再確認できたし役得だったかな?
最後の兄弟を送り届けて無事お仕事は終了となりました。
道すがら監視に出てくれてたお母さんも数人。
こうやって地元の人たちにみんな守られているんだねー。
数年前には頻繁に不審者が出たから一斉下校が多かったって言うけど今は平和だわぁ。
こんなの頻繁にやられたら欠席せざるを得ないもん。

一緒に帰宅した隆之介には夏休みの体験談のメモ作成が宿題に出されてた。
グループごとでの予備審査で選ばれちゃったらしい。
クラスで10人だけに出された名誉ある宿題。
明日の漢字テストの練習もしなくちゃいけないし原稿用紙も埋めなくちゃいけない。
ちっとも原稿用紙は埋まらず苦戦する隆之介です。
深夜1時までやっても中途半端だったんだけど明日は大丈夫かなぁ。




2000年09月05日(火) ■
開校記念日

新学期開始から数日、今日は子供たちの小学校の開校記念日です。
市内でも歴史と伝統を誇る子供たちの学校はかれこれ90年以上の歴史。
在校中に100年を祝うことだけはギリギリ無理そうだけどそれなりに由緒正しいみたい。
市内に70校もある小学校のうちの限られた�皀好�ールだけあって
親子3代で卒業生ってのも多いんです。
もちろん、鹿児島から義父母が流れて住み着いた我が家はここに根を下ろしてまだ数年。
子供たちが通うことで学校との親近感を増していってる段階に過ぎません。
それにしても私が卒業した小学校は遥か昔の私の在校時に100年の記念イベントを行った。
ってことは今ごろは100年+αの歴史。
歴史の重みの違いを感じずにはいられません。

何はともあれ、今日は子供たちがお休み。
とは言ってもいつものように学童での生活が待ってます。
明日から給食が開始されるので1学期末から始まったお弁当作りも今日で一段落。
子供たちはママのお弁当が食べられなくなるのを残念がってくれてます。
最後は大好きな唐揚をメインにその他色々盛りだくさん。
当然お残しなしの綺麗なお弁当箱で帰ってきましたぁ。
8月いっぱいものもらいでスイミングを休会していた隆之介も今日の火曜日からスクール再開。
学童を早帰りしてプールのスクールバスで練習に向かいます。
久しぶりにお友達と再会して自分が休んでる間に進級したみんなが羨ましかったみたい。
早く進級した〜いって日記に気合が溢れてました。

それにしても今日は涼しいを通り越して寒いくらいの陽気でした。
天気も愚図ついてるし子供たちに長袖を着せようと朝の準備を整えてたら
義母ったら「こんなの着たら暑いんじゃないのぉ?」って余計なお世話。
いくら活発な子供たちだって20℃そこそこだったら長袖です。
着脱できるように万全の体制を整えてるのに口を挟まないでほしいわぁ。
義母が着衣の準備をしたのか凄い寒がりで夏でも長袖を多用してる義父も半袖。
なんだか無理に対抗心を燃やしてるだけって感じがしなくもありません。
年寄りの冷や水で風邪なんか引いたって知らないからねー。




2000年09月04日(月) ■
秋の気配

一気に涼しくなって今日は秋の気配です。
2学期になって水泳授業も残り数回になった子供たちにチャンスはあるのかな。
今日の光太朗たち1年生の授業は当然のように中止。
残念ながら持参した粘土授業に振替となりました。
しばらくお天気も悪いみたいだからものもらいで検定受験できなかった隆之介は挽回できないかなぁ。
学校での水泳授業は1年生が1回、3年生が2回を残すばかりです。

さて、新居購入を目論む私。
人事担当者に借金できる金額などを聞いてみることと致しました。
今まで無関心だったお金のことだけどふ〜ん色々あるんだねぇ。
勤務年数に応じて退職金の範囲内で借りられる金額も決まってるみたい。
私の勤務年数って規定で言う所の10年以上20年以内って所に位置してる。
ん?15年以上20年以内だったかな。
んでこの勤務年数で職場から借りられるのは一律わずか400万円。
家を買うなら頭金の一部にしかならないけど金利も低いしほとんど審査なしでいいらしい。
ただし返済にもボーナス20回払いって縛りがかかってるのが難点。
う〜ん、職場からの借金以外にいい方法を考えなくちゃいけないな。
退職金の範囲内って文言もあることだし
ついでと言っちゃぁなんだけど人事担当者に退職金の計算もしてもらいました。
額面でようやく1000万円の大台に手が届くかって状況らしい。
これって働きを考えたら多いのか少ないのかは別として
今春旦那が退職した時の一時金に比べるとン倍の金額だわぁ。
この調子であと数十年お勤めしたらいったいいくらぐらいになるのかな?
退職までの数十年、無事これ名馬となることができるでしょうか。
職場は男女格差なしの給与体系だから私と同年齢の男性陣はこの給与で家族を養ってるんだよねー。
旦那の仕事が軌道に乗らない今は母子3人だったらどんなに裕福かって思っちゃうよ。
もちろん新居を購入してる人も何人もいるって担当者からも聞き込み済み。
私の収入なら銀行からでも借金はできるんだって。
それにしても借金するにしてもいい物件を見つけて売買契約交わさなくちゃいけないし
ますます家探しが火急の課題となってることを実感。
忙しい私に代わって平日の家探しに歩いてくれる人はいないかしらね?




2000年09月03日(日) ■
お疲れ曜日

連日の宿題お手伝いの疲れが出たのか朝から鬱陶しい気分。
それでもビーバー隊で出かける光太朗を送り出すとスーパーの朝市へ直行。
お昼近くになって気分転換に出かけた義母は帰る気配もなく隆之介と義父の昼食を準備します。
旦那は旦那でつまみ食いした菓子パンでお腹がいっぱいになっちゃってるし私も特別食べたくないし。
でも義母みたいに義父の分を作らないなんて愚かな行動にはでない。
一応「食べますか?」って声掛け。
隆之介と義父と2人だけの昼食です。
準備終了後は頭が痛いからってしばらく休んで2時解散の光太朗のお迎え。
光太朗達は公園で飛行機を飛ばす予定になってたけど
今日の強風じゃ飛行機は無理ってことになって急遽予定変更して立川の防災館に行ってきた。
地震と火事の体験で防災の日直後のイベントとしては時宜を得たって感じ。
帰宅後はここ数日の宿題騒動でおろそかになってた日記のまとめ書き作業。
朝から取り組んでる隆之介はなかなか進まないけど帰宅した光太朗をゲームで釣ると順調な進み具合。
やっぱり崖っぷちは光太朗の方が強そうだ。
夕食前に2人の日記全て終了してたら買い物の予定だったけど隆之介が終わらず。
頭痛が収まらないので夕食の準備も旦那任せにしました。
夕方、義父が脱衣所の鏡の前で頭髪を整えながら「ちょっと出かけてきます」。
洗濯機に向かってたけど私もちゃんと「行ってらっしゃい」って応えたんだよ。
でも義父ったら聞こえなかったと見えて私の耳に向かって大きな声で「ちょっと出かけてきます」。
ムッとした私も同じような大きな声で「行ってらっしゃい!」。
ラジオのイヤホンさした右耳を私の方に向けて聞こえないなんて。
「気違いのいるこんな家にはいられない」って義父は捨て台詞を残していったわ。
2階にいた旦那にも私の声だけは聞こえたらしく
「言い方がきつい」って怒られちゃったけど義父が仕掛けてきた言葉の暴力。
受けて立たないわけにはいかなかったのよぉ。
もちろん同じ土俵に乗っちゃって後悔してることは当然です。
今朝は買い物に出た時にもぼ〜っとしてたのか車のフロントグリルを擦っちゃうし全くいいことなし。
隆之介の日記が全て終わったのはまた夜遅くなっちゃったしお疲れは取れそうにありません。




2000年09月02日(土) ■
アウトレット

いよいよ今日は宿題の提出日。
2人とも無事に提出して一安心です。
当然のように宿題を忘れた子はいなかったって言うからみんな追い込み頑張ったんだろうな。
今年の経験を生かして来年は早めに終わらせてほしいとひたすら願う母です。

午後の診察を待って眼科に診察に出た隆之介。
前回の切開後1ヶ月近くかかっても完治しなかったのに
今回は日曜に切ったばかりなのにプールのお許しも出るほどに回復してた。
1週間で治ると思ったから前回も切開したのに前回はケアの問題?それとも切開失敗?
隆之介は今夏の楽しみを半分奪われちゃって可哀想。
そろそろ秋風、プール終了の声も聞こえてきます。
学校の水泳授業が数回残ってるから検定に頑張るんだろうな。

出かけてた旦那から「夕食に出かけよう」って電話あり。
義父母に声をかけたら珍しく一緒に出かけることになりました。
最初の予定はおいしいラーメン屋さん。
でも車に乗ってから「昨日南大沢にアウトレットがオープンしたよねぇ」って運転手の私。
車中のみんなの同意を得て市内にできたアウトレットに出かけることになりました。
もちろん義父はウンザリした表情。
車を走らせることほんの20分でアウトレットに到着。
所在地も名前も知らなくて向かったけど目指す所は一緒とみえてどの車も同じ方向に走ってるし
捨て看板に矢印が見えてきてそれを確実に認識したわ。
目指すアウトレットは「ラ・フェット多摩」。
6時前に到着するもオープン2日目とあって混雑してること。
お目当てのナイキショップの他アディダス、ボブソン等成長著しい子供たちの物を物色。
義父母同行と言うこともあって残念ながら買い物はそこそこ夕食となりました。
義母ったら「夏休みに頑張ったから」って夕食ご馳走してくれたんだけど不気味ー。
同行した義父は買い物に興味があるわけでもないしひたすら暇そうにしてた。
帰りの道のりは車でわずか15分ほどだったしこれから我が家のお散歩コースになっちゃいそう。
もちろん次回以降は義父母抜きで時間を気にしないで買い物三昧です。




2000年09月01日(金) ■
2学期スタート

昨日までの必死の宿題追い込み作戦も適わないまま新学期当日を迎えました。
でも今日は防災の日で引き取り訓練がメインなので宿題は明日以降の持参。
今夜も深夜に及ぶことを覚悟しての2学期初登校です。
持ち物は通知表と上履きと一番大事な防災頭巾と椅子に掛けておく防災頭巾入れ。
キルティングがぼろぼろになった隆之介の頭巾入れはついに新しいものと交代です。
いつものように隣の大ちゃんと一緒の登校。
んで新学期の今日、3年生にも1年生にも新しいお友達が加わりました。
光太朗たちのクラスに1人の転校生。
3クラスある1年生は1人の増減はさほど気にならないんだけど問題なのは隆之介たち3年生。
1組は1人増で41人だし2組にも2人加わって42人、総勢83人もいて2クラスっていう非常事態です。
1組は隆之介みたいな落ち着きのない子が8人衆と称されるほどの存在感を示してるほどだから
3クラスになって28人学級になったらどんなに担任の荷が軽くなるか。
席替えも班編成も後日の作業になるみたいだけど先が思いやられます。
今日の学校のイベントは新学期の顔合わせと引き取り訓練が全て。
校庭に子供たちとお迎えの父兄が対面して並びそれぞれに引き取ってお帰りです。
隆之介が1年生の時だけは義母に頼んだけど
実態に即して行うのでお迎えができないなら無理して来なくてもいいっていう学校の方針に従って
去年からお迎えなしで学童直行にしてる我が家。
今日も当然お弁当作って学童組。
義母は学校を覗いたらしく「お母さん方たくさんいたわねー」って言ってた。
引き取り票がないと身内でも一緒に帰宅できないから義母は指を咥えて見てたのかもね。
夏休み中の日課だった昼寝もなくなって学童生活も通常形態に復帰です。

さて、明日の宿題提出期限を前に今夜も気合の入らない子供たち。
隆之介は無事ノルマを達成したものの光太朗には追われてる実感がありません。
絵日記の絵を残すだけになってるのになかなか描き始める気配なし。
牛乳工場見学と花火の日記。
牛乳工場のを先に手がけてたんだけどイメージが沸かなくて進まない。
気分転換にと花火の絵を描かせたらあっという間に仕上がってその勢いで2枚終了。
深夜に及ぶ時間切れ間際のギリギリの終焉でした。
授業のプリントも時間が迫らないと始めないって光太朗の火事場の馬鹿力?
秘められたパワーをもっと早く発揮してほしいものです。