singersong professor KMの日記

2004年06月28日(月) 生活のリズム

 どうも最近生活のリズムが狂っている。18日から21日,私用で外出して,そこでぎっくり腰にあってから,狂いだしたようだ。おまけに,25日には研究会後の懇親会,そして,2次会におつきあいして,さらに狂ったようだ。S先生とは,以前大分でお世話になったので,「義務感」のような感じ(そんな「義務感」を感じる必要はないと思われるが,これが「飲み助」の「義務感」というものだろうか)でおつきあいした。

 で,26日の研究会と懇親会。ここでも報告者のTさんには,「身内意識」があるので,これもおつきあいした。もっとも,さすがに連チャンで,それほど深酒をしたわけではないが。

 振り返ってみると,私用の前の週11,12,13日は,学会出張とゼミOB会で連チャン,しかも,10日は社会人大学院の皆さんとの懇親会だった。その前の週は6日が経営学部校友会で懇親会。ゼミ卒業生との2次会だった。一つ一つはそんなに疲れないが,土日がこういう形でのおつきあいや学会,研究会となると,どうしても疲れるようだ。で,リズムが狂ってきているようだ。

 仕事をしながら正常化していくのが良いように思う。仕事というのはリズム感を取り戻させてくれるものでもある。ま,しっかり仕事をしなさいということでしょう。

閑話休題。

 昨日JRびわこ線での帰り,電車の到着が遅れていた(下記記事参照)。30分程度遅れていたようだが,乗ろうとした電車の1本前のが遅れてきたのに乗ったから,若干の遅れで済んだ。しかも乗り継ぎの嵯峨野線もやはり同じように遅れていたので,こちらも若干遅れていた電車に飛び乗った。あわてて乗ったので,汗をかいてしまった。嵯峨野線のホームに着いたら発車しそうだったので満員電車に飛び乗ったが,よく考えれば,そんなにあわてずに次のに乗ってゆっくり座って帰った方がよかった。不思議なもので,電車が発車しそうになっていると,つい,飛び乗ってしまうもののようだ。

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線路脇の男性はね死亡  JR新快速 向日市

 27日午後8時5分ごろ、向日市上植野町釜桂のJR東海道線下り線で、線路脇を歩いていた男性が姫路行き新快速電車にはねられ即死した。向日町署によると、男性は20−40歳くらいで、服装は白のTシャツにグレーのスエットズボン。所持品はなく、同署で身元を調べている。
 JR西日本によると、同電車は現場に45分停車し、上下合わせて12本が運休、上り特急など上下計46本が2分−67分遅れ、約1万6000人に影響が出た。(京都新聞)
[6月28日1時20分更新]



2004年06月27日(日) 小学校でパソコンを教える必要があるか?

 先だって,女房と話していて,気付いたことがある。最近,小学生のチャット殺人事件などがあって,小学校でのパソコン教育が何かと話題になっている折りだけに,果たして,小学校でパソコンを教える必要があるか,疑問を感じた。

 こんなことが言われている。「二〇〇二年度に導入された文部科学省の新学習指導要領で、授業でのパソコン活用が盛り込まれた。しかし、活用促進ばかりが重視され、情報モラル教育は後手に回っている。市教委は「週五日制で全体の授業時間が少なくなり、パソコン活用の時間確保で精いっぱい。とても情報モラル授業まで時間がとれなかった」と説明する。」(http://www.nishinippon.co.jp/news/2004/sasebojoji/kiji/040612_3.html)

 横浜のある小学校のHPを見ていて,パソコン利用の長所,短所が書いてあったが,まず,長所として下の3点が上げられていた。

(1)目の前に提示される視覚的効果はかなりあると考えられます。 ネットワークでつないで画像の転送ができるようになっていて、友達の作品などが目の前(ほんの数十センチ)に送られてくるのはかなりのインパクトがあります。普段の授業での座席と黒板の距離とは比較になりません。

( 2)ネットワークはパソコンのこれまでのイメージを変えます。 スタンドアロンで利用していたのでは単に個人作業の道具となりがちです。ネットワークにつなぐことで1人の作品が一斉にもたらされ、それは普段の授業の1人の発言とまったく同じになります。

(3)パソコンに対する抵抗感がなくなります。小学校段階でパソコンにふれる機会をもつことで、特別なものといった意識はかなり減り、当たり前の道具として認識することができます。(一番出遅れているのは先生かもしれません)

 これを読んでみてたいした長所に感じられないのだが,どうだろう。そして,逆に短所であるが,次のようなことが上げられていた。

(1)パソコンの操作を覚える時間を授業の中に用意しなくてはなりません。 当たり前のことですが、パソコンを使わない授業と比べ、教科の学習の時間は多少減ります。ただ、学年に応じて少しずつ操作法を教えたり、チームティーチングなどの授業形態をとることである程度マイナス部分を埋めることもできると考えます。

(2)目的にかなったソフトを見つけるのが大変です。本当に授業でやりたいことがソフトの内容によって制限されることがあります。例えば柱状グラフを出力したいのに実際は棒グラフしか出力できないといったことがあります。このあたりはソフトを開発する会社に現場の声をできるだけ伝えていく必要があるように思います。 (http://www2.yokohamafutaba.ed.jp/kotoshi/2004/living/joho.html)

 他方で週休2日制,「ゆとり教育」と言っておいて,一方でパソコン教育をする。本来小学校は「読み,書き,そろばん」と言われるような基本的な力を身につけさせるところである。そこで基本的な力をつけさせられないから,「分数のできない大学生」などというおかしな話が出てくるわけだ。「分数の」云々といわれたのは「ゆとり教育」や週休2日制などより前の話だから,いまはもっと酷いだろう。

 小学生にパソコンを教えるとなると時間がかかるだろう。それよりも基本的な力が付いた中学生や高校生に教える方がはるかに効率がよいはずだ。先の横浜の小学校の事例などを見ると,1年生にお絵かきソフトで「遊ばせて」いるようだ。そんなものパソコンでする必要は全くない。ばかげている。目的と手段を取り違えている。小学生には基礎的な力をつけさせるのが目的の筈だ。パソコンという手段がそのために最適かどうかだ。ところがパソコンを導入するというのが自己目的化して,必要もないのにパソコンを使っているだけだ。

 とどのつまりが,「チャット殺人事件」だ。こんなことも言われている。

 「今の子どもたちはゲーム,Webブラウザ,電子メールで遊んでいるが,コンピュータの本当の性能を生かしながら育っていない」。“パソコンの父”と呼ばれ,教育現場におけるコンピュータの活用に熱心に取り組んでいるアラン・ケイ氏は今年1月,来日したときに,こう発言している。「過去20年間に子どものために有意義なコンピュータの進歩はなかった」とも付け加える。」(http://itpro.nikkeibp.co.jp/free/ITPro/OPINION/20030317/1/)

 そうだと思う。必然性のないところにパソコンを導入するのが問題だ。パソコンのことを知らない人に限ってパソコンの必要性を説く。ばかげている。私など,同年齢の人たちと比べたら比較的早くからパソコンに親しんでいるが,それだけに,必要以上にパソコンを信頼していない。パソコンが有効な場面とそうでない場面がある。要は,何のためのパソコンか,だ。必要でないところにパソコンなど導入すべきではない。混乱が深まるばかりだ。

 大学における事務機械化の際も同様の問題を感じた。これについては別の機会に論じたい。要は,パソコンは単なるツール,手段でしかない。目的を明確にすべきだ。いまの小学生の教育にパソコンは不要だ。混乱を引き起こすだけだ。教える側にフィロソフィーがなさ過ぎる。だから,混乱する。



2004年06月24日(木) 台風で

 21日の台風で大学は休校になり,その日行なわれる予定の講義が7月3日に行われることになった。月曜日は3回生のゼミが恒例となっているが,21日は私の出張で,ゼミ生による交流会が予定されていた。それが流れて,7月3日にゼミができるようになった。喜ばしいのかどうか?

 せっかくの交流会を楽しみにしていた諸君のことを考えると,別の機会に交流会をせねばなるまい。ま,学生諸君と相談して決めようと思う。この土曜日というのはこういう使われ方をすることが多い。週休2日制の結果,スケジュールがどうしてもタイトになる。そこで,土曜日が犠牲になる。それならはじめから週休二日制などと言わなければよいのに,と思ってしまう。

 まして,小中学生の場合,きっちり週休二日制をとるので,時間割が相当タイトになって,かつ,「ゆとり教育」とかで,内容が薄くなっていると言われる。これで日本の将来を担う若い人たちの知的水準が低下するという危険が強まっている。だいたい「ゆとり教育」などというばかげたことを考えつく人たちの頭のなかがわからない。「詰め込み教育」がかつて批判されたが,これへの対応が「ゆとり教育」のようだが,かつてそんなに「詰め込まれた」のだろうか。いまの大人で,詰め込まれた記憶のある人はそんなに多くはないのではなかろうか。

 「詰め込み」に堪えられない子供たちに「ゆとり教育」を考えるのはよいとしても,一律に「ゆとり教育」を行うのは問題だ。要は,画一的な教育プログラムが問題なのであって,「詰め込み」が問題なのではなかったはずだ。どこでどう取り間違えて,「ゆとり教育」の画一実施になったのか。日本の将来は危うい。



2004年06月22日(火) 二度あることは三度ある

 昨日は旅先で「ぎっくり腰」を発症してしまった。久しぶりの「ぎっくり腰」で,かつ,(当然のことながら)突然だった。油断していたと言えばその通り。ちょっとした中腰が原因であることは間違いない。幸い同行者がお持ちだったコルセットをお借りして何とか家まで帰り着くことができた。今朝,医院へ行って,注射,飲み薬,コルセット,貼り薬の4点セットと相成った。とにかく小康を得た。快方へ向かっている。

 で,帰りの飛行機だが,雨中の空港から離陸する時,天井から水漏れ。当方も上着などに水を浴びた。それよりも,これで離陸しても大丈夫なの,と思ったが,離陸した。離陸してからこれは冷房の水滴が天井から漏れてきただけという説明だった。近年の航空業界の競争激化で外国人スチュワーデスを雇用してきたため,臨機の対応に鈍さが出ているのではないかと思った。降りる時に謝罪の言葉もなかったのは問題だと思う。同行者もいたので事を荒立てなかったが。ナショナル・フラッグの病は重そうだ。

 二度あることは三度ある。これで何もなければよいがと思いながら帰宅したが,帰り着くと留守電が入っていて,身内が入院したとのこと。今朝の電話でようやく,命に別状はないとの連絡が入ったが,ほんとに昨日一日大変だった。



2004年06月17日(木) 今日のゼミ

 今日の4回生ゼミ,UKW君の報告だった。例によって,SCDRでのゼミナールだった。大変凝ったできばえのパワーポイントでの報告だった。最初は出席者がやや少なかったのは残念。N君などゼミ終了後に入ってくる始末。最後はだから,TND君,W君,TMR君,Y君(遅刻,何せJRの車中に忘れ物をし,それを取り戻すための交渉に時間をとられたようだ。ゼミ最中も関連の電話が来る始末)という顔ぶれだった。

 今回の章は短く,比較的早く終わったので,全国の地図だとか名字だとかの便利なサイトで楽しむなどという,時間の方が長かった。次回,次次回はかなり長いので,こういうわけにはいかないだろう。で,7月8日はランチ・オン・ミーティングということに相成った。

 研究室に戻ってから,思い出したように,「阿P小伝」を再度読んだ。これは,山田俊雄先生のサイト(http://www.ritsumei.ac.jp/se/~rp009007/t_yamada/)にある,「語録」というタイトルのもとに収められているのだが,わが経営学部のH先生の若かりし頃の話が出ていたり(九大時代「同じ教室に学問的立場から九州電力の原子力発電政策を批判する学者」として登場),実に楽しい伝記である。こんな楽しい伝記の書ける山田先生(本学数理科学科)は尊敬できる人だ。この人となり,実に暖かく,ついつい引き込まれてしまう。ちょっと真似が出来ないが,良い雰囲気だ。



2004年06月16日(水) 松村通信を書いて

 一昨日「松村通信」を久しぶりに書いた。昨日にかけてあちこちにこれを送った。今回「通信」を書いたきっかけは「通信」でも書いたように,学会発表に行って話したこと,いろんな書物などを読んで言いたくなったことなどなどですが,なんと言っても,去年大阪の専門セミナーで聴講いただいたHさんが,「通信」を楽しみにしているが,最近頻度が落ちているとのメールを頂き,発憤したのが直接のきっかけだ。

 こういうご指摘を受けることで,まとめることが出来たわけで,感謝しなければならない。そういう背中を押してくれる人があってはじめて書ける,ということもある。ああいう文章を書くためには,ストーリーを考える必要があるので,頭の整理になる。もちろんそういうストーリーが頭のなかで醗酵してこないと,なかなかできないということもある。

 今後も,出来るだけ頻度を上げて,「ご期待」に応えたい。自分にとっても為になるのだから。



2004年06月14日(月) 東京出張

 金,土,日と東京(正確には埼玉)出張でした。とにかく,ここのところ,大忙しでした。木曜日夜大阪でMBA社会人の皆さんの懇親会で,盛り上がり,12時頃に自宅に帰り着いて,金曜日は朝の10時半から午後2時まで大学院の講義をして,大急ぎで京都駅に取って返し,その足で東京出張。

 金曜日夜はゼミOB諸君と懇親。松村ゼミでなくても立命出身なら誰でも参加できるということにしていて,ゼミ卒業生が立命出身の後輩を連れてきたり,正月に行った経営学部校友会セミナーに参加した人たちも含め16人も集まって「しまいました」。幹事の木村君にはご苦労をおかけしました。で,やはり2次会で12時半まで飲んでしまいました。大盛り上がり。

 土曜日は朝から埼玉大学での学会に参加。東京駅から埼玉大学まで結構時間がかかりました。自由論題,役員会,そして自由論題,その司会とそれなりに「お仕事」をしました。そして,夜には,ここでも懇親会。で,2次会まで参加して,ホテルに戻ったのは11時半ころではなかったでしょうか。

 日曜日,朝から学会。終わって,この結構不便な埼玉大学から,バス,京浜東北線,新幹線,山陰線で,帰り着いたのが,午後9時頃でした。

 なお,帰りの新幹線の中で矢代先輩お薦めの伊藤氏の書物「モノづくりこそニッポンの砦」かなり読みました。今朝の通勤車中でも読み,大半を読み終えました。感想を含めて,ここのところ,いろいろ書きたいことがたまってきているので,「松村通信」が書きたくなってきました。



2004年06月10日(木) これだったのか

 昨夜,大学を出てやや遅れてきたバスに乗り,南草津の駅に着いたのが10時前だった。ホームに人があふれていた。どうやら,またまた事故らしい。改札から階段を下りてホームに出たら,経済学部のI先生をはじめ教職員の一団に呼び止められて,電車来ないよ,と言われてしまった。掲示を見ると,乗車予定の10時4分発の2本前の電車,9時24分発の電車がまだ来ていない様子。

 これが10時10分くらいに到着した。電車は満員。最近よく事故がある。今朝,我が家は朝日新聞なので,新聞にも出ていない。何だったのだろうと,ネットで調べたらわかった。下記記事を見つけた。「そういうことだったのか」というわけ。

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快速電車にはねられ、死亡 野洲の東海道線

 9日午後9時10分ごろ、滋賀県野洲町冨波甲のJR東海道線で、男性が上郡行きの快速電車にはねられ、死亡した。
 JR西日本と守山署によると、男性は50代ぐらいで、運転士が線路沿いを歩いているのをみつけ、非常ブレーキをかけたが間に合わなかったという。約100人の乗客にけがはなかった。同署で身元や原因を詳しく調べている。
 この事故で、下り線の米原−野洲間で約40分間運転をストップ、上下線の3本が運休した。(京都新聞)



2004年06月08日(火) 嬉しいことだ

 ゼミHPの掲示板でも書いたが,わがゼミ卒業生河原氏が社長を務めている,リンク・ワン」の東証マザーズ上場が承認されたとの情報が入った。今朝メールを読んでいて,本人からのおしらせのメールがさきに入っていて,そのあとで,S証券へ行っているT君からの知らせのメールが入っていた。エイチエスが主幹事だという情報も入った。ただ,私のメールを開ける順番ではT君からのメールをさきに開けたので,本人からの知らせのメールをあとで開いたことになる。もちろん,早速おめでとうを申し上げたが,本当に嬉しいことだ。

 掲示板にも書いたとおり,まさに「在学生にも励みになる」。昨日,たまたま3回生ゼミ生が「ベンチャー・リンク」に就職したいと言っていたが,彼にもそういったのだが,「リンク・ワン」というのが「ベンチャー・リンク」の兄弟会社で,わがゼミ卒業生が社長をしていると教えたばかりだった。奇遇と言うべきか。

 また,今週末の東京でのゼミOB会懇親会で盛り上がることだろう。もっとも上場承認を受けた会社の社長となると,挨拶回りなどで今週末も大忙しだろうし,懇親会には出られないだろうが。その辺りの情報は,まさにS証券のT君辺りに聞く必要がある。



2004年06月07日(月) 昨日は

 昨日は,朝から経営学部校友会総会,堺屋太一氏講演,経営学部校友会・経済学部同窓会,滋賀県校友会合同の懇親パーティと続いた。

 夜は,卒業生のC君,I君と京都駅前で呑んだ。結構遅くまで呑んだ。帰宅したのは12時頃だった。山陰線,居眠りをしていて,危うく乗り越すところだった。でも,無事帰宅。

 さて,堺屋太一氏の講演は「歴史から未来を見よう」というもので,大変面白い話だった。要は今日本は「思考停止状態」にあるという。そこで論じられるのは本来考えなければならないことを何も考えず(だから思考停止状態),固有名詞とささいな金額の話にすり替えられている。道路公団でいえば,結局何ら解決されず,少し金額を削ったくらいで終わり。年金問題など大きな問題なのに,何人かの国会議員の未納問題という固有名詞をあげつらって強行可決される始末。外交はと言えば,外交慣例を破ってまで拉致被害者家族を連れ戻しただけ。

 まさに,官僚の独走を許している。小泉内閣は結局何らの改革も行わず,口先だけで終わり,あとは官僚に丸投げ。官僚の跋扈を許しているという。私も先だっての京都新聞で書いたが,UFJ問題に見られるように,金融庁が何から何まで仕切ってしまっている。まさに,官僚跋扈。堺屋太一氏のこういうお話は,私も同感するところ大きかった。

 さらに,日本の戦後の国是として,日米同盟,経済中心でやってきて,これが80年頃完成し,絶頂期を迎えたが,それからがいけない。80年代から世界は変化してきた。つまり,自由化・情報化が進んだ。通貨問題資本問題が容易に解決できるようになり,技術変化のなかで,アジアが発展し工業化した。アジアの発展は世界変化(資本,技術=パソコン)の結果だという。

 この時代,知価社会となった。例えばブランドに意味のある時代となり,一本千円のネクタイが,ブランドがつけば2万円で売れる。これはデザイン,イメージを売っているわけだ。新聞と同じで,昨日の新聞はただの紙でしかないが,今日の新聞は情報価値があって売れる。これと同じ事がネクタイでも言える。そういった無形の価値が大事になってきた。90年代はまさに知価社会だ。水平分業から工程分業へと変わり,工業製品は中国などで作り,逆に,労働集約的なものが先進国でつくられる。デザインとか知識とかが大切な時代となっている。そのバツクに大勢の知的な人間が存在する。

 学生諸君には,自分の商品価値を見極めてほしいし,従来のような社内価値ではなく,自分の商品価値を考えてほしいという。自分の好きなところに就職すべきだという,学生諸君への提言もあった。知価社会論は堺屋太一氏のここ数年の主張でもある。果たして,日本がそれで生き残れるのか,その点の疑問は残った。ものづくりへのこだわりが今日の日本を作り上げたという事実は紛れもない。知価社会へ移行するとしても,アメリカ型ではあり得ないだろうと思う。つまり,マイクロソフトは知識を売っているとしても,それが可能になったのには,アメリカの政治力・軍事力の裏付けがあったからではないか。では,日本企業の生き方はどうあるべきか。別途考える必要があるように思う。

 もう一つ付け加えたい。学生諸君らからの質疑応答のなかで,国際会計基準が英米主導で決定されるが,日本はどうすべきかとの質問があった。どのようにすれば影響力を発揮できるかとの質問であった。それにたいする堺屋太一氏の答えがふるっていた。日本の意見が通らないのは日本が「知恵遅れ」だからだという。面白い表現だった。日本の会計学者がダメだとのこと,そういわれてもやむを得ない面がある。専門馬鹿では国際社会で通用しない。イギリス人であるIASB議長 デビット・トゥイディ氏に太刀打ちできる教養ある会計人が日本にいないと言われればそれまでかもしれない。教養と政治力・交渉力で日本人は負けてしまうようだ。交渉力,それも英語での交渉となると,日本人が負けてしまうのは,およそ想像がつく。ではどうすればよいのか。



2004年06月04日(金) JRへの「提言」

 JR,今日も遅延してきたので,びわこ線,かえって間に合って乗れた。先日の新聞で,だったか,書いてあったが,新快速の時刻表がほとんどゆとりがないので,ちょっとした遅れでも,取り戻せない。それで延着が常態化しているという。

 そういえば,しょっちゅう延着している。2,3分遅れはほぼ常態化している。山陰線とびわこ線の接続はぎりぎりのことが多い。だから,はじめから2,3分びわこ線を遅らせてくれれば,あわてずに乗り継げるはずだ。

 JRは,もう私鉄とのスピード競争では勝負がついているから,そんなにスピード勝負をしなくて良いと思うのだが。競合している京阪や阪急がもうスピード勝負ではなく,利便性,つまり途中で止まる駅の数を増やして,出来るだけ沿線の乗客を増やそうとしているのだから,JRは定時運行できるよう,無理な時刻表を改めるべきだと思う。

 なにか,JRへの「提言」のようになってしまった。



2004年06月02日(水) えらくスムーズ

 今朝は,えらくスムーズに大学に着いた。というのも,JRびわこ線の電車が丁度遅れてきて,かえってそれに乗れたためだ。山陰線の車内で環状線がどうのこうのと言っていたが,それが下記の人身事故のようだ。今JR西日本のHPを見たら少しは経緯がわかった。

 最近しばしば,荷物が多いので,ゴロゴロと荷物を引っ張っている。だから,京都駅でエレベーターを降りたら,丁度普通電車が入ってきた。行き先を見たら「米原」となっている。これは好都合とばかりに乗り込んだわけだ。

 どうやら9時9分発の電車が遅れていたようだ。13分発なら京都駅で切り離され,前4両が野洲行となり,後ろが湖西線近江今津行となる。だからホームの前の方に行かなければならない。いつも面倒なので,次の電車25分発に乗ることにしている。ところが,今日は幸か不幸か前の電車が,それも9分発の電車が遅れてくれたので,タイミング良く乗れたわけだ。そしてもちろん座った。

 座らないともったいない。後ろの車両へ行けば,絶対座れるわけだ。だから,とにかく探して座る。そんな後ろへ行かなくても座れたが。

 だから,いつもと違うのでバスでも,いつも会わない人と一緒になる。経営学部の若い先生Kさんと出会った。

−(JR西日本列車運行情報)−−−−−−−−−−−−−−−
午前8時07分頃、大阪環状線鶴橋駅構内で発生した人身事故のため、大阪環状線では列車の運転を見合わせていましたが、午前9時02分、運転を再開しました。そのため列車に運休や遅れが発生しています。なお、午前10時20分で振替輸送を終了しました。


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